[10250] Re[10248]: やはり手話か? 投稿者:TI 投稿日:2004年01月13日 (火) 21時54分今の10代〜20代前半の聴覚障害者は2級であっても、発音というか喋るのが上手い人が結構多いように思いますが。むしろ、読話のほうに限界があります。私の知っている先天性聴覚障害者(2級)は、相手には対応手話(口話つき)をしてもらって自分は声だけで喋るのが一番楽だそうですがちゃんとコミュニケートしていますよ。ろう者にとって一番自然なコミュニケーション手段は日本手話でしょう。でも、対応手話や手話つき口話だからといって、アイワさんのおっしゃっているような人ばかりではないですよ。
[10249] 申し訳ありませんでした。 投稿者:大学生 投稿日:2004年01月13日 (火) 15時58分大変失礼なことを頼み申し訳ありませんでした。
[10248] やはり手話か? 投稿者:アイワ 投稿日:2004年01月13日 (火) 15時22分最近、難聴、ろうの方と接する機会が多く、あくまで主観的感想を述べさせていただきます。(私は、聴親です。)接した方々の出身および現在状況は様々です。インテ出身者、ろう学校出身者、インテから聾学校戻り組み。そして現在、日本手話中心者、日本語対応手話(口話)中心者、筆談は別として(あまり得意でない方もいます。)、コミしていて非常に困るのは、あまりにも中途半端な口話です。こちらは、聴ですから、口が動き声が出ていればどうしても、神経はそこに集中します。しかし、実態は何を言っているのか、ほとんどわからない。多少込み入った会話などすることはできない。
また聴からその指摘もしずらい。(特に初めてお会いした方)かといって日本手話で語りかけてもいまいち。(日本手話はあまり得意でない様子)どちらかは、ある程度通じて頂きたいと思ってしまうのです。聞くところによると、日本では口話中心の教育体系であったとのこと(変わりつつあるのかな?)しかし、口話が達者という方はめったにいません。(私のまわりだけかもしれませんけど)(中途失聴者を除く)
中途半端な口話(喋る側も聞く側も相当の努力をしないとコミが成立しない、
また、込み入ったコミが成り立たない)よりは、「日本手話」か筆談の方がましかなと思ってしまうのです。
(あくまで、私的な感想です。)
[10247] Re[10244]: 主人と少し話したら 投稿者:せなこ 投稿日:2004年01月13日 (火) 14時03分はじめまして、monさん。
> で、主人は一言私に言いました、「悩んだら負け」
これって違うと思います。大いに悩むべきなのですよ。大切な我が子の為にどうすべきか悩むのは当たり前!悩むのが当たり前!!!!失礼とは思いながら書かせていただきますが、ご主人は逃げているのではないですか?ちゃんと向き合ってくれているのかちょっと・・・他人ながらに心配です。
[10246] 学生よ,甘ったれるな。 投稿者:桃象 投稿日:2004年01月13日 (火) 10時30分こういう掲示板に大学のレポート,卒論等への協力を依頼するような真似は慎みなさい。(聞こえない子を持つ親たちの情報獲得手段におけるインターネットの影響というような課題を検討する場合はまた話は別になるでしょうが)
本当にやる気があるのなら,まずろう系聴覚障害者団体事務所,聾学校,手話サークル等へ足を運ぶべきでしょう。
==
[10245] 協力をお願いしたいのですが 投稿者:大学生 投稿日:2004年01月13日 (火) 10時11分はじめまして。私は今大学に通っています。今回お願いがあって投稿させていただきました。
学校の授業で、「ろう文化とろう社会」というテーマでレポートを書くことになりました。私はろう学校の少なさについて、書きたいと思っています。そこで、皆さんの意見をぜひ聞いてみたいと思い、投稿させていただきました。なお、投稿者名などは一切公表しません。皆さんの意見を参考にさせていただくだけなので、遠くて大変だとか率直な意見をお書き下さい。レポートの決まりなのでここのURLだけは書かせていただきます。ご協力お願いします。
[10244] 主人と少し話したら 投稿者:mon 投稿日:2004年01月13日 (火) 07時43分今回、やはりこのHPのことなど息子の耳に関してちょっと主人に話をしてみました。
やはり私一人で抱えるには重い問題であるし、私一人抱える問題ではないので・・・。まず何より、息子の状態がどのようであるかわからないので今いろいろと考えていても「これ」と言う方法は何もない事です。しかし岡山での教育方、仙台で選択するであろう方法など、親の会のこと等とても参考になりました。
で、主人は一言私に言いました、「悩んだら負け」
何でいつもあっさりしてるんでしょうね。
[10243] 無題 投稿者:ささくれきのこ 投稿日:2004年01月12日 (月) 22時05分発声指導/訓練を批判するつもりは全くありません、と前置きして。
「遊びを通して」「ゲーム感覚で」「ほめられるとうれしい(→いやでも我慢する)」等々
聞きますが、うちの子は最初からトリツクシマもありませんでした。嫌がる嫌がる。
親のやり方が悪い、熱意が足りない、根気がない、のは間違いないけど、それ以前の問題でし
たね。おかげで助かりました。何をもって向き不向き、成功失敗というのか、私には全くわか
らないんです。聞こえないこどもにとっては、苦手感も克服感も達成感も実感できない作業な
んじゃないかなあって。発声指導でイキイキしてるのって、先生だけのように見える。
うちの方針は、本人が希望してからでいいや、です。
[10242] 桃太郎さん、ありがとうございました 投稿者:アクト 投稿日:2004年01月12日 (月) 21時50分桃太郎さん
いろいろありがとうございました。参考になりました。
>現在は週に2日間、始業時から午後3時まで授業に同席してノートテイクして頂いています。
ということは半分以上の授業は情報保障はないということなんですね。ないよりはまし、なのでしょうがなかなか厳しい実態ですね。授業の発言も同時通訳的に書くのでしょうね。子供同士のおしゃべりはどうしているのでしょう? ノートテークはできないから手話通訳でしょうか?
子供達も手話や指文字など覚えてくれればいいですね。
monさん
>仙台で不安を感じるようだったら岡山に帰るつもりでいますが・・
宮城県では、難聴児は一度、この耳鼻科医が運営に関与しているヒアリングセンターに行くことになっているようですね。そこには仙台市立病院から小児難聴の経験のある医者が派遣されており、初期の相談と補聴器のフィッティングを行うようです。療育部門としては、宮城ろう学校か宮城ろう学校の小牛田分校があり、そこに紹介されることが多いようですね。この二校とも今は、手話も使って指導を行っています。それとは別にととさんがおっしゃていたように、宮城難聴児を持つ親の会もありますし、いろいろと相談されると力にのってくださると思いますね。
[10241] Re[10236] mon様 投稿者:桃太郎 投稿日:2004年01月12日 (月) 12時44分先にも書きこみましたが、かなりやの先生は数多くの難聴児と接していますから、子供の成長にみあった指導をしてくれると思います。たとえば、コップの水をストローで吹いてブクブク泡を出したり、英語の「R」と「L」の舌の使い方が違うように、口の開け方や発声など遊びを通した様々な指導があるかと思います。
検査機関も岡大から来られていますから各先生方とよくご相談されて、お子様にとってひとつの方向が決まったらその道で育ていくのが親の役目かと思います。補聴器については素人なのでなんとも言えませんが、幼いので補聴器の良し悪しを聞いてみる事は出来ません。声かけに対する反応やことば使いの変化などに注意しておけば、ある程度うまくフィティングされているかどうかは素人でも判断がつくと思います。そしてこれには「時間も薬」と言う事ですね。
>仙台で不安を感じるようだったら岡山に帰るつもりでいますが・・
かなりやに2時間近くかけて通ってきた人や、学校の近くにアパートを借りて週末に実家に帰って子育てをしてきた母親が居られたと聞いた事があります。親は皆さん子供の為に苦労していますね。
[10240] Re[10235]桃太郎様 投稿者:おち 投稿日:2004年01月12日 (月) 12時02分 岡山の話題が出てきましたので、昔、岡山に住んでいたこともあり、かなりや園や新生児スクリーニングについて、ちょっとだけゴミ情報を。
ろう教育の明日の機関紙(2003.12)に「かなりや園と岡山ろう学校」というレポートを木島氏(大塚ろう)がまとめていましたので、ろう教育の明日のサイトに非公開でアップしました。後日、このファイル(アドビのpdf)は削除します。
http://www.normanet.ne.jp/~deafedu/deafedu38.pdf
なお、かなりや園のスタッフは某大学出身者が多く、某大学では聴覚主導(人工内耳)のスタンスを維持していることは有名です。そういった背景も修了後の要素に含まれていると考えられます。
最後に、私は聴者ではなく、聴覚障害教員として細々と暮らしております。ハイ。
[10239] アクト様 投稿者:ゴジモンママ 投稿日:2004年01月12日 (月) 11時08分かなりや学園の修了生の多くは、通常学級ないしは難聴学級に進学します。
それは、たぶんどこの地域の難聴幼児通園施設でも同じではないでしょうか。
ただ、そうした進路選択のときに、親子にどれくらい十分な情報が与えられているか、だと思います。言語力や聴力だけからの振り分けでないことを願っています。
また、ろう学校という学ぶ場があることを必ず子供に伝えておいてほしいと思います。
就学先を選択するときに、必ず親子でろう学校も見学できること、ろう学校の存在をきちんと知った上で、我が子が学び、生活する場がどこがふさわしいかを考えてほしいですね。
[10238] Re[10235] アクト様 投稿者:桃太郎 投稿日:2004年01月12日 (月) 08時48分返事が遅くなり、申し訳ありませんでした。
>「教育支援員」というのは、いつ、どこで、どんなことをする方なのでしょうか?
学校内での情報保障をしていただく人です。
現在は週に2日間、始業時から午後3時まで授業に同席してノートテイクして頂いています。
この制度が導入された1学期の終わり頃に校長先生と支援員の3人でお話する機会があり、子供が生れて今日まで育ててきた10年間を振り返りながらお話をしました。帰ろうとした時、校長先生が「実は私の母親が高齢で近く補聴器を購入しようと思っている」と言われ、家族にそうした人が居れば理解も進むかなと感じました。
2学期の参観日は体育館で運動会の器械体操をしていました。その時の支援員の姿は、我が子にだけ付きっ切りではなくて学年全体の「お姉さん」といった感じで、他のクラスの子供にも目を向けた指導補助と言いますか打ち解けた印象を感じました。
大人に対する情報保障とはまだまだかけ離れていますが、後に続く人のためにも制度が維持され
今後は学生ボランティアも含め、全ての授業に支援員が派遣されるよう願っています。
>それから、かなりや学園というところは、ほとんどの子をインテグレーションさせる
と聞きましたが本当ですか? ろう学校にいくことはあまりすすめないのですか?
この質問にどうお答えして良いか迷いますが、今から10年前にかなりやの門をくぐり
当時の様子を思い出すと、卒業式は4人でした。現在は、奈良・兵庫・香川とばらばらになり
年賀状のやり取りぐらいで直接の交流はありません。
就学先は、ろう学校1名 難聴学級1名 普通学級2名でした。
かなりやの先生は数多くの難聴児と接していますから、「3歳でここまで出来るようになった」「5歳にしてはここまで達していない」と言った現状から進路指導をされていると思います。
適材適所といいますか決して偏った進路指導はしていないと思います。
[10237] MIA DOMO更新のお知らせ(1月) 投稿者:MU@沖縄 投稿日:2004年01月11日 (日) 17時11分トップ漫画テーマは「子ども用通信教育」
我が子の為なら、教育費を惜しまない!?
MUが感激した、最近の出来事とは・・・
今、友人から借りた「僕たちのことばを奪わないで!」を読んでるところです。http://www.ne.jp/asahi/miadomo/estas/
[10236] Re[10230]: mon さんへ 投稿者:mon 投稿日:2004年01月10日 (土) 00時16分桃太郎さんは岡山の方なんですね。
しかもかなりや学園に関わった方だったんですね。すこしほっとしました。
>monさんが、かなりや学園から宮城県のヒアリングセンターを紹介されのでしたら、
まず間違いないと思います。
そうおっしゃっていただくと私も心強いです。
>岡山かなりや学園に、私の子供は生後7カ月からお世話になりました。
現在、市内の普通学級の5年生に在籍しています
重い難聴だと普通学級には入れないですか?まだ未熟な脳ですが、脳波の検査の結果(せいご10日くらいのときにしたもの)では、聞き間違いじゃなければ150デシベルでも反応がないといわれました。かなりやでは「内耳」が働いてないみたいだと言われました。
これから検査を重ねていくのですが、とても悪い結果が頭から離れません。
私がかなりや学園に相談に行ったときには、生後6ヶ月くらいのうちの息子ほどではないみたいですが重い難聴を抱えてるお子さんに出会いました。まだまだ補聴器もつけはじめみたいでした。私と同じ年代か少し若いくらいの親子でした。
仙台で不安を感じるようだったら岡山に帰るつもりでいますが・・・。
[10235] 桃太朗さん、桃太朗さん、ちょっとおたずねします 投稿者:アクト 投稿日:2004年01月09日 (金) 23時20分>おかげさまで15年4月より市内の難聴児に教育支援員が派遣されました。
「教育支援員」というのは、いつ、どこで、どんなことをする方なのでしょうか?
興味を持ちましたので、少し詳しく教えていただけませんか?
それから、かなりや学園というところは、ほとんどの子をインテグレーションさせる
と聞きましたが本当ですか? ろう学校にいくことはあまりすすめないのですか?
[10234] お久しぶりです 投稿者:アース 投稿日:2004年01月09日 (金) 15時40分ここに書き込みするのはどのくらい久しぶりか忘れました。皆様,御無沙汰しております。
桃象さんが紹介されているHPの団体,私の地元にあるんですけども,まあ,彼らもあるひとつの意思をもって動かれているわけですから,その辺は尊重したいと思っています。私自身,教育問題に関係しているわけですから,それなりにこの一連の動きは興味深く見守っています。ただ,私は混乱とは思っていません。今まで黙っていた保護者達が,ようやく自分達の意見,言葉を発信し始めたという点で,大いに評価しています。
人権救済申立をした団体,全日ろう連の見解を支持する団体が現れたことは,1つの時代の流れでしょう。はてさて,これからのろう教育を取り巻く議論はどんな方向に向かっていくことでしょうね。
それでは,また。
[10233] Re[10232]: 支持? 投稿者:MU@沖縄 投稿日:2004年01月09日 (金) 13時30分> http://kenkaishiji.hp.infoseek.co.jp/
>
> 某サイトで紹介されていたページにこんなものがありました。おもしろいですね〜。
う〜ん、何をもって支持するのでしょうね?(-_-メ)
このままでは、同じくろう教育を関心を持つもの、関係者、その親たちを、
さらに混乱を招きかねないのでは?
それを憂えてたまりません。
で、この日本ろうあ協会はあの人権救済申立は反対なんですかね?
その辺を見極めたいと思います。http://www.ne.jp/asahi/miadomo/estas/
[10232] 支持? 投稿者:桃象 投稿日:2004年01月09日 (金) 09時21分http://kenkaishiji.hp.infoseek.co.jp/
某サイトで紹介されていたページにこんなものがありました。おもしろいですね〜。
まあ,過去60数年間の手話暗黒時代のことを思えば,現在の教育現場の混乱もマクロ的には「揺れ」として捉えるしかないのでしょうね。いずれにせよ,れんこんさんのようなしっかりした考えを持つ親が1人でも多く増えることを祈るのみです。
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[10231] はじめまして!! 投稿者:popo 投稿日:2004年01月09日 (金) 01時34分こんにちは。
私は短期大学で保育を勉強中の学生です。
このページを見つけたのは、学校でとっている手話の講義で調べたい事があった為です。
私も含めて、これまで自分の周りに難聴の方がいなかった為本当に勉強不足ですが、学校の講義で深く興味を持ち始めたところです。
私は、もともと子どもが好きだったという事もあり、また、私が幼児期に体験した楽しい思い出を、私も子ども達に少しでも残してあげられるような人間になりたいと思っていました。私は自分が通っていた保育園の先生が大好きでした。それは、きっと先生が私自身をちゃんと受け止めてくれていたからだと思うのです。
学校の講義で、子どもはそれぞれに個性があって、その子個性が認められないと満足感が得られないという事、そして身体的な障害も個性の1つであるという事を学びました。(障害について学んでいると、自分の中にある差別的な感覚に気づき、恥ずかしく思います。)様々な個性を持つ子どもを受け止めていくには、その子自身を理解する必要があり、色んな視点から学んでいかなければいけないと思いました。
手話には前々から興味もあり、履修できて嬉しく思っていますが(手話の講義は大人気ですごい倍率の抽選になりました。)、音声に頼っている生活の中では、意識的に練習しないとなかなか覚えられないものだなぁと感じています。でも、これからも頑張って覚えていきたいと思います。
実習などで保育の現場を見ると、職員体制などから、全ての子どもを一緒に保育する難しさも感じていますが、健常児だけで行われる保育にも疑問を感じます。いろんなお友達がいて、お互いに理解し合おうという気持ちが生まれないんじゃないかと。。やっぱり、色んな子が一緒に生活出来る様な保育が理想だと思うので、そういう課題意識を持って保育に携わっていきたいと思います。私は、保育においても障害においても、本当に未熟なので理想論なのかもしれませんが。。
この掲示板でも、いろいろ勉強させて頂きたいなと思っています。
[10230] mon さんへ 投稿者:桃太郎 投稿日:2004年01月09日 (金) 00時29分 久しぶりに岡山に関係のある書きこみを観てお邪魔します。
岡山かなりや学園に、私の子供は生後7カ月からお世話になりました。
現在、市内の普通学級の5年生に在籍しています。
おかげさまで15年4月より市内の難聴児に教育支援員が派遣されました。
岡山県では新生児聴覚スクリーニングが導入されて、かなりや学園への
相談回数も増加してきている事を聞いています。
monさんが、かなりや学園から宮城県のヒアリングセンターを紹介されのでしたら、
まず間違いないと思います。
たった一人ぼっちで相談に行くのは心細いものです。
私も我が子の相談に行く時は不安な気持ちでいっぱいでしたが
その気持ちを変えたのは、子供の笑顔を見て「なんとかせねば」でしたね。
[10229] ようこそ、後藤田和美さん 投稿者:ととさん 投稿日:2004年01月08日 (木) 23時41分なるほどぉ。こんなハンドルネームも面白いですね。
今、大学生とのこと、書き込みから推察すると、特別な情報保障は受けていないの
でしょうか? もし、何らかのものをしていたら、ご紹介下さい。
今後ともよろしくお願いします。
[10228] 管理人さん、初めまして!! 投稿者:後藤田和美 投稿日:2004年01月08日 (木) 03時20分後藤田和美といいます(本名ではありません)。これからどうぞ、よろしくお願いします。(大体の事は10219のところにあげていますが、難聴歴約20年です)
[10227] ようこそ、monさん 投稿者:ととさん 投稿日:2004年01月07日 (水) 23時07分管理人として、出遅れてしまいました。(最近ではいつもの事ですが… (^_^;
他の方々がアドバイスしてくれていますので、もう書くことが無い状態です。
でもひとつだけ。 アクトさんも書いていますが、今は同じ聞こえない子をもつ
親と直接お話しするのが、気持ちを落ち着かせる上で大切だと思います。
宮城県ならば、お近くの方を紹介できると思います。よろしければDMを下さい。
[10226] monさんへ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2004年01月07日 (水) 12時46分アクトさんやゴジモンママさんなどが適切なアドバイスをしてくれたので、私からはあまり言う事はないのですが、
子供を育てるときに、あまり力まないでほしいなと思います。
「こうであらねばならない」と思うときついですから。
聞こえていても、聞こえていなかったとしても、
あなたにとってはかわいい子供だと思います。
赤ちゃんの時期は本当にあっという間だと思いますので、今は赤ちゃんにいっぱい笑顔を見せて、顔やしぐさなどで語り掛けてください。
聞こえていない子供は、本当に聴者と同じ聞こえを持ってはいません。でも、私はそれを悲しいと思いません。聞こえていない事も含めて「私」だからです。
聞こえない事は個性というのかどうか、私には言い切れませんが、一つだけ確かな事
「聞こえていないなりに感じる事、見えるもの」はあります。それらを小さい頃から感じながら育ってきた為、聴者から見たら不思議に思う事があるかもしれません。
そのなかに「聞こえていないままでもいいや」という感覚があります。
聞こえる方がいいという聴者から見たらとても不思議で、理解不能かもしれません。
聞こえていた方がいいというのは、聴者の自然な気持ちです。
聞こえていなくても大丈夫、というのもまたろう者の自然な気持ちの現われです。
そして、出来る事なら聞こえを取り戻したい、もっと聞こえるようになりたいと思う難聴者がいても、それも自然なのです。
どれがいけない、というのはありませんが、押し付けにならないように相手のあるがままの姿を見つめて付き合っていけばいいのではないでしょうか。
そして、自分の通ってきた道を振り返ってみる事も時には必要かもしれません。過去の中に、これから先どう進めばいいのかのヒントが隠されている場合があります。
旦那さんは幸いに、聞こえないかもしれない事を受けて止めていらっしゃるようなので、少し話し合ってみてはどうでしょうか。落ち着いた頃に。もし、聞こえなかった場合の事を考えて、これからどうするのか、夫婦での共同作業が多少必要になるかもしれないから。(私の母は一人で頑張りすぎちゃってきつかったようなので)
自信を無くすような事があっても、それはそれでいいんです。いつでも自信満々なお母さんなんかあまりいませんよ。大切なのは、子供と向き合ってはなすこと。子供の事が分かっていれば、不安も少ないのではないかと思います。 これからですよ。聞こえない子供がもたらしてくれる新しい世界を、体験する事が出来るのは。
[10225] 自信を持つことが大切です。 投稿者:後藤田和美 投稿日:2004年01月07日 (水) 11時20分> 子供側の意見ととって良いんですよね、ありがとうございます。わたしも、出産後息子の事を友人に打ち明けたところ、「今はそんなに心配するような世の中ではないし、理解してくれる人たちはいっぱい居るよ。それに、みんな力になるよ。もっと重い障害を持った子達も居るんだから自分たちだけじゃないんだし、赤ちゃんかわいいでしょ?しっかりママの腕の中で生きてるんだよ」って。
> 「聞こえない」ことも個性。そのとおりだと思います。
> とにかく、強い子(精神的にも肉体的にも)に育ってほしいです。
> ありがとうございました。
いえいえ…こちらこそ、ありがとうございます。子供側の意見ととっていただければ大丈夫です。あとはお母様(monさん)がどんな状況であっても自信を持ってお子さんを育てていけばいいと思います。もし、途中で自信がないように感じてしまってもmonさんには周りに支えてもらえそうな方がおられるようなので相談などを持ちかけるといいと思いますよ。素敵な仲間がたくさんおられますね〜♪
つきなみですが…聾学校に通うかどうかはお子さんの聴力の様子をみて決めたほうがいいと思いますよ。私は難聴であるにも関わらず、そんなひどくない感じでしたので普通の小学校から高校、そして、現在は大学に通っています。私自身は普通の学校でも補聴器さえあれば全然(とまではいかないかもしれませんが)問題はなかったものでして…。これから、じっくりお子さんの様子を見ていってくださいね。
[10224] こんにちは、アクトさん 投稿者:mon 投稿日:2004年01月07日 (水) 10時55分はじめまして。
私としてはまだ診断も確定していないから・・・、と言う期待もあるのですがおそらく「聞こえない」と言い方は悪いのですが諦めています。この諦めると言う表現はなんか使いたくない言葉ですね。
これから通うであろう病院なのですが、出産したのは岡山なのですが、息子は生後2週間の間に2箇所の病院、そして岡山県の難聴児の受け皿となっているかなりや学園に足を運んでいます。最終的にかなりや学園のほうから現住所のある宮城県のヒアリングセンターを紹介されました。
ヒアリングセンターに関してはまだどんな施設でどんな事を指導しているのか把握しておりません。あと、仙台市のろう学校にも足を運ぶ予定です。
乙武さんの話で思い出しのですが、産後、里帰り先から主人に息子の事を告げるため電話したときに思わず私は「可哀相だ・・・」と泣いたんです。それを聞いた主人はすかさず「かわいそうなんかじゃないだろ!」と私に言いました。主人は何の躊躇もなく受け入れたみたいでした。受け入れる強さはまだそのとき私にはありませんでした。
ある日、他のHPを見ていたとき人口内耳についての親同士の会話の事を見つけました。
それには「人口内耳の手術をしてもたいして聞こえるようにはならないみたいだし、聞こえるようになるかどうかわからないのに痛い思いをして手術するより、今のまま(手話を使って話す事)のほうがよっぽど楽しくて良いよね」って。(抜粋ではないため多少表現の違いがあります)
この書き込みを読んだときに、少し何かが私の中で変わったきがしました。そして、この書き込みを読んでから「何を望むべきなのか、自分は何を望んでいるのか。夫は何を望んでいるのか。」など考えるようになりました。
いま、こうして「ろう」に関するHPをみてこうして「書き込み」していることを主人は知りません。教えるつもりもありません。あくまでも私が「情報」を求めてやっている事なので・・。
<でも、大きくなっていく将来の我が子がどう育っていくかというところまで考えると、それは、やはり、成人のろうの人の話を聞き、これまでの教育で失敗をしてきた親や教育者の話を聞くべきですね。医者はそこまで見通して話してませんから。
そのとおりですね。このお言葉はとてもいい勉強になりました。
これからもこのHP、お世話になりそうです。
[10223] monさんへ 投稿者:アクト 投稿日:2004年01月06日 (火) 21時12分こんにちは、アクトと申します(悪党ではないです、念のため)。
新生児聴覚スクリーニングでみつかって、まだ2ヶ月なんですね。驚かれたでしょうね。
急に言われても納得いかない、ですよね。まだ、診断も確定はしていないし。しかし、やっぱり聞こえていないみたいなんですね。でも、もしかして、よくなるかもしれない、という期待もどこかにある・・・・。いろいろ考えて揺れていらっしゃるのでしょうね。
たしかに、まだ、確定的なことはいえないでしょうね。聴性脳幹反応(ABR=脳波)というのは発達的な変化がありますからね。
ところで、病院は、小児難聴専門医のいる病院ですか?それとも普通の耳鼻科ですか? また、そこにはSTもいますか? 耳鼻科医やSTは、小児の難聴の経験はどのくらいあるかわかりますか? さらに、聞こえない子供の教育や大人の人の生活、手話などについてどのくらいご存知ですか? 病院も実はまちまちなんですね。ですから、まずは信頼できる病院をみつけるのが大事なんですね。診断がはっきりしたら、教育を受ける機関をさがすことになりますよね。
< 私も医師から「治す方向」の事ばかりを聞いていた気がします。今でも「聞こえてほしい」「話してほしい」気持ちは十分にあります。しかし、やはりそれは親の勝手な意見なのでしょうか?子供は望まないのでしょうか?
2ヶ月のこどもを前に問いかけても理解できないのは承知のうえです。今この子は何を感じているのでしょうか? いつその答えは出るのでしょうか?
ちょっと話ちがいますが、乙武さんご存知ですか? 早稲田大学出た「五体不満足」を書いた人ですよね。彼は一生治らない「先天性四肢欠損」ですね。彼を一目見た人は皆、異口同音に「可愛そうに・・・あんな不自由な体に生まれて・・」と思うでしょう。なのに、彼は、なぜ、あんなに明るく積極的でさわやかで、なんでも挑戦し、そして聡明なのでしょうね。もしかしたら、彼は「治りたい」と思ったときがあったかもしれないですね。でも、いつまでもそう思っていたら、彼はあそこまではならなかったでしょうね。だって、それって「今ここにいる自分」を否定することになってしまいますから。「こんな自分ではいたくない。」と。
聴覚障害だって、聞こえる人は「可愛そうに、できるなら、治してあげたい」と思いますよね。それが普通の考え方ですよね。医者もそう思いますよね。「今は人工内耳で、かなり聞こえるようになりなすよ」と。それもひとつの考え方なんですよね。聞こえる側のね。
< 子供は望まないのでしょうか?
子供は最初から、「聞こえるようになりたい」と思っているのではないですね。でも、親(周囲)が望むから、子供もそう思うようになるってのはありますね。子供はやはり親に愛されたいですからね・・。
<「必ず幸せにしてみせる!」と心に誓っていますが、子供にとっての幸せとは?この子を産んだことに後悔はありません。機嫌のいいときは「あー、うぅー」と声を出します。かわいくて仕方ないくらいです。私はずっとこの声を聞いていたいです。
それが母親としての自然の感情なのでしょうね。子供にどんな障害があろうと抱きしめていたい。可愛いくてしょうがない。それでいいんですよ。本当は。それが一番大事なことですよね。
<しかし、いろんな情報を知れば知るほど自分に自信がなくなっていく気がします。
それはそうですよね。だから、専門家の支えが必要なんですよね。でも、その専門家の方向が180度違いますからね、現実は。「聞こえないこと」を否定する方向と肯定する方向。結局、どういう方向を選ぶかなんですよね。どっちでも選べるんですね。でも、大きくなっていく将来の我が子がどう育っていくかというところまで考えると、それは、やはり、成人のろうの人の話を聞き、これまでの教育で失敗をしてきた親や教育者の話を聞くべきですね。医者はそこまで見通して話してませんから。
<私の親、主人の親(息子には祖父祖母にあたります)は最初から「聞こえるようになる」ことを望んでいます。もし、私たちが「聞こえないまま」を選択したら私たちの両親たちはどう思うのでしょう。
「聞こえるようになるなら・・・」と思う気持がどこかにありますよねやっぱり。人工内耳で少し聞こえが改善する可能性がある。それも確かですしね(うまくいけばですが)。そして、聞こえて本当にうれしいのは・・・誰? 本人? 周りの聞こえる人? それもよく考えたいですね。
[10222] 失敗しました。改めて、後藤田和美さんへ。 投稿者:mon 投稿日:2004年01月06日 (火) 16時33分誤って、まだ何も記入してないのにエンターを押してしまいました。
子供側の意見ととって良いんですよね、ありがとうございます。わたしも、出産後息子の事を友人に打ち明けたところ、「今はそんなに心配するような世の中ではないし、理解してくれる人たちはいっぱい居るよ。それに、みんな力になるよ。もっと重い障害を持った子達も居るんだから自分たちだけじゃないんだし、赤ちゃんかわいいでしょ?しっかりママの腕の中で生きてるんだよ」って。
「聞こえない」ことも個性。そのとおりだと思います。
とにかく、強い子(精神的にも肉体的にも)に育ってほしいです。
ありがとうございました。
[10221] Re[10219]: 初めまして 投稿者:mon 投稿日:2004年01月06日 (火) 15時31分> 初めまして。私は聴覚障害を持って約20年近く経ちます。今は大学生です。よろしくお願いいたします!
>
> 早速ですが、先ほどの通り、私は難聴です。小学校の頃とかは自分に対してすごく不満に思い、親に当たったりしていたことがあります。でも、今、思えば親に当たらなくても良かったかなあ、って思うんです。要するに、難聴だからこそ得られた事のほうが大きいような気がしてくるようになりました。確かに難聴だと不便な面とかはいろいろあります。でも、そういう事で周りの人に助けてもらったりすることで周りの人と関わることができるようになるのではないかと感じました。中には関わりにくい人とかもいると思います。でも、そういう人たちだけがいるわけじゃない。ちゃんと私や難聴の方々、あるいは他の障害を持つ方々、いろいろといると思います。そういう人の事を理解してくれる人がきっとどこかにいると思うんです。
>
> ですから、耳が聞こえない子供がいたとしても悩む事はないと思います。むしろ、言葉は悪いかもしれませんが、耳の聞こえない子供の生活をそっと見守ってあげてください。人は個人個人が違うので、障害を持つ方に関してはそれもその人の個性だとは言えないでしょうか。
>
[10220] monさん、はじめまして 投稿者:ゴジモンママ 投稿日:2004年01月06日 (火) 13時48分まだ2ヶ月のお子さんのお母さんですね、はじめまして。
私はもう17歳になる聴覚障害の子どもがいます。
やはりmonさんと同じように新生児期に聴覚障害の疑いを告げられ、その後半年ほどしてはっきりと聞こえていないと診断がつきました。
その間、本当にいろいろな思いで混乱し、不安が大きく大変でした。
今、<新生児聴覚スクリーニング支援ネットワーク>というHPを立ち上げる準備をしています。テスト版のようなものはできていますので、DMをいただければアドレスをご連絡します。支援機関、先輩の親、成人聴覚障害者などのメッセージを載せる予定です。まだ、聴覚障害ミニ情報のようなものの載せていきますので、あと少しでこちらの掲示板にもお披露目ができるかなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
[10219] 初めまして 投稿者:後藤田和美 投稿日:2004年01月06日 (火) 12時08分初めまして。私は聴覚障害を持って約20年近く経ちます。今は大学生です。よろしくお願いいたします!
早速ですが、先ほどの通り、私は難聴です。小学校の頃とかは自分に対してすごく不満に思い、親に当たったりしていたことがあります。でも、今、思えば親に当たらなくても良かったかなあ、って思うんです。要するに、難聴だからこそ得られた事のほうが大きいような気がしてくるようになりました。確かに難聴だと不便な面とかはいろいろあります。でも、そういう事で周りの人に助けてもらったりすることで周りの人と関わることができるようになるのではないかと感じました。中には関わりにくい人とかもいると思います。でも、そういう人たちだけがいるわけじゃない。ちゃんと私や難聴の方々、あるいは他の障害を持つ方々、いろいろといると思います。そういう人の事を理解してくれる人がきっとどこかにいると思うんです。
ですから、耳が聞こえない子供がいたとしても悩む事はないと思います。むしろ、言葉は悪いかもしれませんが、耳の聞こえない子供の生活をそっと見守ってあげてください。人は個人個人が違うので、障害を持つ方に関してはそれもその人の個性だとは言えないでしょうか。
[10218] 何を望めば・・・ 投稿者:mon 投稿日:2004年01月05日 (月) 22時59分はじめまして、2ヶ月になるわが子は生後5日目に耳の聞こえが悪いのではとはじめて言われ、その後の検査の結果やはり「重い難聴」があると言われました。
しかし、今後も検査が必要だと言われ確定ではないとも言われましたが、実生活の中でも大きな音、小さな音、音には反応しません。
二人目の子で、長男です。
ショックでした、いまだに信じられない自分と「聞こえないんだ」と割り切って生活している自分が居ます。とても矛盾してると思いますが、「まだ2ヶ月だし」という甘い考えをまだ持っているのでしょう。
インターネットでろう児のことをいろいろと検索してこのHPにたどり着きました。
掲示板を覗いてみても、未知の世界でなんだか難しい気もしてわからない事だらけでした。そして、情けないですが息子の今後を考えて掲示板の書き込みを見るたび涙が出る毎日です。
私も医師から「治す方向」の事ばかりを聞いていた気がします。今でも「聞こえてほしい」「話してほしい」気持ちは十分にあります。しかし、やはりそれは親の勝手な意見なのでしょうか?子供は望まないのでしょうか?
2ヶ月のこどもを前に問いかけても理解できないのは承知のうえです。今この子は何を感じているのでしょうか?
いつその答えは出るのでしょうか?
「必ず幸せにしてみせる!」と心に誓っていますが、子供にとっての幸せとは?この子を産んだことに後悔はありません。機嫌のいいときは「あー、うぅー」と声を出します。かわいくて仕方ないくらいです。私はずっとこの声を聞いていたいです。
しかし、いろんな情報を知れば知るほど自分に自信がなくなっていく気がします。
私の親、主人の親(息子には祖父祖母にあたります)は最初から「聞こえるようになる」ことを望んでいます。もし、私たちが「聞こえないまま」を選択したら私たちの両親たちはどう思うのでしょう。
[10217] 手話実験ご協力依頼 投稿者:植田那美 投稿日:2004年01月02日 (金) 17時12分明けましておめでとうございます。
突然の書き込みで申し訳ありません。
慶応大学院修士2年の植田と申します。
現在、私は大学院の修士論文で、手話未経験者や、手話を学ぶ聴者、難聴者、中途失聴者、ろう者が手話をどのように見ているのかということを分析しているのですが、もしこの掲示板をご覧になる方々に実験のご協力をしていただければと思い、書き込みをさせていただきました。
実験の内容は、ネイティブサイナーの手話文(動画像)を見て質問に答えていただくものですが、手話の経験の有無は問いません。
どなたでもご協力くださる方を大歓迎いたしますし、ぜひ手話に関わる一人でも多くの方にご協力いただければたいへん助かります。
実験にご協力くださる方は以下のWebサイトへのアクセスをお願い致します。
http://www.sfc.keio.ac.jp/~kanti/jsl2/
なお、実験の所要時間は10分から15分程度、実験期間は1/7(水)までです。
最後になりますが、このような勝手な書き込みによってご不快な思いをさせてしまった場合は、本当に申し訳ございません。
いずれにせよ、2004年が皆様にとってよい年になりますように。http://www.sfc.keio.ac.jp/~kanti/jsl2/
[10216] 新年あいさつ 投稿者:MU@沖縄 投稿日:2004年01月01日 (木) 15時28分明けましておめでとうございます。
いろいろ合った(遭った?)2003年でした。
2004年こそは、いい年でありたいもんです。
いろいろな議論を交わした昨年でしたが、ひとえに聴覚障害を持つ幼い子供の為に、
皆さまも真剣なのが伝わってきました。
互いに言い合うのでなく、お互いに高め合いながら、又幼い聴覚障害児に対し
何がベターなのか、一緒に考えていきたいと思ってます。http://www.ne.jp/asahi/miadomo/estas/