>読み書きができるとか、なんとか社会で言葉が通じるとか、そんなことは「自信をもっ
>て使える言葉がある」ことに比べれば、大した事じゃないと私は思います。
>(桃象さんはこの意見に反対ですよね。)(ささくれきのこさん)
別に反対ではないですよ(笑)。まあ、変な例えかも知れませんが、下町の豆腐屋の親
父は息子に「日本語を自信を持って使えるようになれ」と教えることはあまりないかも
知れませんよね〜。むしろ、英語を勉強しろと息子にうるさくいうかもしれないですね
(笑)。
でも、外交官で外国生活が長い人(日本人)は、息子に対して「きちんとした日本語」
を身につけて欲しいと思い、そのような教育を施すかも知れませんよね〜。
ある1つの言葉に対する家庭の姿勢も、やはり家庭の状況次第で色々変わってくるもの
だろうとも思いますね。
少なくとも、私の家庭では手話は生活言語そのものであり、殊更、手話が自信を持って
使えるようにす(る)べき言葉であるとかという意識を持つことはほとんどなかったと
言うことだけは言えますね。
その他にもいろいろ言うことはできるのですが、まあ、そういうことになると、やはり
日本語の読み書きができた方がいいと言う考えが強くなるんでしょうね。(自分で他人
事みたいに言ってどうすると突っ込みが来そうですが)。もっとはっきり言えば、「自
信を持って使える言葉がある」と言うことが大事という考え自体が思いもつかないと言
うことになるんでしょうね。この辺りが手話を生活言語としているデフファミリーの強
みでもあり、弱味でもあるんでしょうね。
>しかも、日本手話をやると日本語がダメになる、というのは大間違いです。こういう
>デマこそ糾弾されるべきです。
まあ、糾弾するもなにも、そんなデマはほっといて、可愛い我が子といっぱいお話をし
て、可愛いわが子をいっぱいろう児たちと遊ばせて、可愛いわが子にいっぱい絵本を読
ませてあげればいいんですよ。その後は、まあ、やはり本人の言語センスと言うか、本
人の才能がものを言うことになるんでしょうね。
==
最近の話はおいらの頭では処理しきれなくなってるな・・・
>聾学校手話導入
おいらの理想は以前にカキコしましたが、中国のとある大学のように手話通訳ではなく先生自身がある程度の手話で授業することになると、配属前に少なくても2年の手話研修が必要になろう。少子化による採用減で新採教員の平均年齢が上がりっぱなしの日本ではたして実現可能なのだろうか。また、若く情熱あふれる先生なら、早く生徒とかかわりたいと思う方が普通であろう。配属前研修が必要になれば、特殊学校と普通学校どっちを希望する方が多いかというのは明白だろう。
>再生医療
最近日本でもES細胞が話題を集めているようだ。研究者たちの成果であろう。大きな期待を背負い、将来的には医療各分野で大きな成果を示す要素は十分にある。聴覚障害者やその関係者が期待を寄せているのにも頷ける。一方で遺伝子組み替え技術が実用化されてずいぶんになるが、その安全性には疑問視の声が絶えず論議が続いている。倫理問題、人権問題も絡んでくるこの再生医療が現実味を帯びてくるのはいったい何十年後のことになるであろうか。
>閉鎖的
別に聴覚障害に限ったことではない。学校側の努力が見て取れる場合においても、聴覚障害者側が不十分だと思っていれば不十分なのだ。「よく頑張ってくれています。」といわれても「満足しています。」と言われることは未来永劫こないのがあたりまえだ。我々は「よりよい環境造り」を目指しているのであって、「完成」を目指しているのではない。
私は聴覚・口話重要視の学校がまだ多数あるのは知っていたが、いや、どちらの比重が高いかを見ると本県もそうなのだが、「手話導入をして下さい。」などと今更言われるような学校があるのかと驚いたくらいだ。
>YAYOIさん
だいさんと同様に、私にとってYAYOIさんの意見はストレートで実に興味深い、ストレートというだけなら桃像さんと同じに感じるのだが?これからもお互いに「論破」ではなく「論議」しましょう。言葉の使い方には配慮しましょうね〜イントネーションや表情が無い分、印象が悪いととてつもなく厭味に聞こえたりします・・・
>手話は日本語
??どうしたらそうなるのか理解不能だ、私は手話とであってまだ3年目だが明らかに違う言葉だと思っている。文章で書く場合に日本語化するからだろうか?アメリカのとあるHPにはアイヌ語、奄美語同様、日本手話と日本語は区別されている。
>日本手話をすると日本語が覚えられない
わたしはあるいはそういった面もあるかもしれないと思っている。他言語を覚えるといことになるからだ。ところが、手話をしなかったら日本語が理解できるとでも言うのか?できるはずがないではないか、できてもそれはほんの一部だ。理解できる言葉を捨てて、正確に理解できない言葉を中途半端に覚える。いったい何の意味があるのか?それってただ単にその方が聴者に都合がいいからだろ?経営者から見れば、仕事ができるくらいの日本語能力があれば苦にならずに障害者雇用問題クリアできるもんねー。
本校に職業実習で協力してくださっている会社の社長が言った「来年の実習生と手話で話ができるように社員で勉強しないとね。」実際しているのかどうかは知らない。この会社に来年生徒が実習に行く予定は立っていない。しかし、「なるべく口話のできる生徒を紹介してください。」というほとんどの会社よりは、よっぽど健全な人間の姿だと私は思う。
きっとそんな方がいると思い・・・
本来のタイトルにあった掲示板になる事を願っています。
みみあるての事はこの掲示板であったやりとりをコピーしただけです。
私も知りません。
迷っている気持ちってとても正直で大切だと思っています。
読んでるだけで出てこないと思われている様ですが
やり取りがあまりにも個人攻撃になってましたからね、出にくかったです。
自分は別にここで誰が好きとか誰派みたいのはないです、似ていても何処か違う部分があるし、だから考える様にはなりますね、YAYOIさんの色々な意見も
マジ考えさせられましたよ、、、、だから
気に入らない事とかあるかもしれないけど、憎まれ口みたいな方向になってしまうのは
勿体無い気がします。
一番初めの障害者手帳の事だって自分すぐ意見出来なかったし悩みましたよ、
子供は(聾)どう考えるかなって、今はまだ3歳だから分らないと思うけど
どう考えるかなーて、、想像でしかないからなんとも言えないけど。
あと「治ると思っていて欲しい」って気持ちもこれまたすぐに答えが出なかったです
と言うか今もはっきりした答えは出ていません
自分的には「治そうと思いながら今の状態の子供と手話で生活していく事」は
ちょっと難しいかな、やっぱり違う気持ちを2つ持つのと同じ気がして
同時には出来ないです、将来もし本人が治したいと言った時はそれでもいいけど
同じ気持ちになれるかは分らない、、、です。
YAYOIさんの意見て白黒はっきりしていてストレートだと思います
言い回し(先輩って付けながら悪く言ったり)や過去の事(みみあるて)とか出たりする時は「?」って思う時もあるけど
それ以外は真直ぐで毎日考える程悩んでます(笑)
だから冷静になって欲しいです、その、意見の事じゃなくて対話と言うか
カキコミのやり取りを冷静に。
その方が自分みたいに時間かかりながらも考えている人達にもっと考えさせる事が出来ると思います、そしたら
少し意見しようかなって思う時が来るんじゃないでしょうか?待ってられないかな?
息子は難聴児です。今のところ、音声優先で会話してます。手話単語と補聴器のおかげで言葉を理解す
るようになり、特別な訓練も努力も無く「まあまあしゃべれるようになりました。」ひらがなとカタ
カナも年相応によめます。だから、日本手話をモノにすることが目下最優先事項です。難聴者の方々
の意見を見て、予想以上に深刻な問題なんだと感じました。
「インテして、複数の会話や先生の言っていることはわからなかったけど」という言葉に、無関心で
いられる聴者がいるでしょうか?「がんばって大学を卒業して」と続いたとしても、埋め合わせには
ならない。自由に会話できるという意味で、聴者と聾者(日本手話の使い手)は言葉に対して同じ
立場なんです。読み書きができるとか、なんとか社会で言葉が通じるとか、そんなことは
「自信をもって使える言葉がある」ことに比べれば、大した事じゃないと私は思います。
(桃象さんはこの意見に反対ですよね。)しかも、日本手話をやると日本語がダメになる、という
のは大間違いです。こういうデマこそ糾弾されるべきです。
「口話読み取れます。発声できます。」といいながら、いつも会話に取り残され、分かったふりをし
て周囲にあわせ、トラブルがおきてから「聞こえてなかったの?きこえない時はちゃんといってよ。
わからなかったら何回でもきいてよ。」といわれ続ける人生。私なら拒否します。私自身が、口話の
上手な難聴者と聾のネイティブサイナー、どちらか選択できるとしたら、迷わず後者を選びます。
これは「しょせん聴者」の、感覚的な反応なので、非難されても仕方ないのですが。持っているもの
を失う事は、はじめからないより辛い、我慢できないって事です。
難聴者が、聴者には追いつけず、聾者の輪には入れない、という状態にあることはよく分かりました。
困難に晒され、乗り越えてきた難聴者が、聾児の親に「ゴールはあっちだよ、逃げちゃダメだよ」と
自分が辿った道を示すのはいい。でも、「それはいや」と拒否する親もいるんです。
そのレースは幻だし、最初から、あるいは途中で降りた人をいくら見下し、非難したところで、誰も
帰ってはこないんですよ。せっかくトップを走ってたのに、みんなずるいじゃない、私みたいに頑張
れば、きっとできるよ、という声が聞こえてくるんですが、空耳でしょうか?そのレースは成立しな
い。努力した成果は、あなた自身が感じ、恩恵を受けていればそれで十分でしょう。世間一般では口話
の大変さなんて誰も知らないし、正当な評価も賞賛も受けられない。子供時代に気づいたはずです。
手話の世界で居心地よくすごしている聾者を、「不自由」「日本語ができない」「閉鎖的」と揶揄して
いる難聴者。一般的な、予備知識の無い聴者からどういう目で見られるか、わかっていますか?
聴者にとっては都合がよく、便利だから、本当の事を言わないでいるんだと思います。私だって言え
ません。「小さいころは厳しい発声練習を強要されて、お母さんを恨んだけれど、おかげで話せるよ
うになって、感謝してます。」という、中学生の言ってる事が、その場の聴の母達、あまりよく聞き
取れず顔を見合わせたという悲しい出来事がありました。慣れない人ならさっぱりでしょう。どうす
るんでしょうね。残酷なのはわたしですか?きりんさんですか?他の誰かですか?みんなですか?
きりんさんへ
> 早速のレスをいただきまして、ありがとうございます。
> 私はいちど手話を習おうと思い、講習会に行ったことがあるのですが、手話が日本語と違うものだったので、
> 30過ぎの自分には無理だと挫折しました。
私だってそうです。手話に触れたのは、成人してからです。
私と同じ年の同級生(ろう者)が大勢いますが、彼らの輪の中に入っていけないんですよ。
もはや、母国語になりえませんでした・・・
> >日本語を「書く」「書いて伝える」のはできますよ。
> >全く日本語が出来ない訳じゃありません。
>
> 手話を教えたろう者の講師と筆談してみましたが、あまり上手に書けていませんでした。
> 手話通訳者に聞くと、日本語の読み書きがろくにできないろう者がすごく多いそうです。
> 手話が日本語と違うことに原因があるのではないでしょうか。
私だって、20過ぎまで文章力は散々たるものでしたよ。
インテグレーションし、高校卒業した自分が、ですよ〜
ろう者の日本語書記がうまくないのは、ろう教育に深く関わってるからです。
口話教育に重きを置きすぎて、従来の学問を教えてくれず、もっぱら口話、口話教育でしたよ。
これでは、健聴児と同じに学力を身に付けろというのが無理です。
> それから、あのテレビのニュースで、ろうの女子中学生が
> 「勉強がわからないんです、問題がわからないのでなく、先生が何を言っているのかがわからないんです」と
> 話していましたが、それは手話だけで日本語の読み書きができないからではありませんか。
> 昔ろう学校の先生に会ったことがありますが、ゆっくり話してくれるから、日本語ができればわかるはずです。
> 普通の学校で先生の言っていることが全くわからなくても、黒板や本を読んで自習して大学を出た難聴者はおおぜいいます。
・・・学生時代を思い出します・・・。
いくら先生がゆっくり話したところで、100%理解出来るわけではないんです。
まして、ずっと前の席に座らせていただいただけで、それで学校側は「配慮した」つもりで入るんですから、
始末が悪い。
> ちひねこさんが書かれた、ろう学校見学記は、不思議で理解できないことばかりです。
> 日本手話が日本語をできなくする原因ではないかと思います。
> ろう者はたしかに明るい性格でうらやましいくらいですが、いつも手話の仲間で固まっているのはどうかなと思います。
いや、ちひねこさんの書かれたものは、すべてさもありなん、と私は批評しています。
おそらく、これが手話を取り入れたろう学校の現実でしょうな。
私も2年前、一度ろう学校の全学年をざっと見学させていただいてましたから、これと似たような感じを受けた事がありました。
(詳細は私のサイトの「ろう学校不要論」にあります)
タイトルを信じて・・・
聞こえない子をもつ親だけでなく、本人、教育関係者、聴覚障害児教育に関心のある方なら、どなたにも開放しています。悩みや相談、意見、雑談でもかまいません。いろんなことを話し合いましょう。
ただそれだけだったのに・・・異なった考えを話せば >自分の意見や主張を返す。
そういわれればいろんなことも話せなくなる。
ここは同じような道を辿ってきた方は同じ所へたどり着くと断言しているようです。
きりんさんは違う道をたどっている方もいるそう言いたかったのかなーって思います。
いま同じような道を辿っていろ人にもここの掲示板でいろんな選択肢があるという事を伝えたかったのです。
まーこれも押しつけといわれるでしょうが・・・でしゃばりたくなりました。
迷ってきた一つの物事に対して掲示板の答えはいつも同じような気がして・・・
ROMするだけでは知らず知らず洗脳されているようです。
(コトバワルクテスミマセン。)
同じ人しかレスしないので仕方ありませんが・・・
ちひねこさんはやはり先輩です。
ここで発言しながらいろいろ考えを私も教わったつもりです。
まだまだ教わりたい事もまだまだぶつかっていきたい事もこの先あるので・・・
私は逃げません。
誰かさんのように・・・来るなといわれれば別ですが・・・
何か疲れてきたので、いったん潜ります。
今日は車を見に行ってきます。ぼろぼろの車を、ぴっかぴかの新車にチェンジしに。
思うんだけれど、交通情報のラジオって全く役に立たないですよね。何かあったとき、ラジオか何かで放送するからその指示に従うように、って教習所の本に書いてあったけれど、じゃあ私ら聞こえない・聞こえにくい人はどうしたらいいんでぃ??
文字情報が必要だなー、って思う今日この頃。
ナビがどんどん進化して、将来的にラジオの情報並に、リアルタイムでパッと出てくれるようになるかも知れないけれど、ラジオが殆どの車についていて無料に近いのに、ナビだと大金はたいて買わないといけない。
何だか、大金はたいて買わないとやっていけないモノが多いなぁ…
ではでは、もぐってきますー。
YAYOIさんへ
ふーん。ばれちゃいましたか。みみあるてのことは知っているけれど、どういう基準でみみあるたーというのかは知らないのです。何回位書き込めばみみあるたーになるの??みみあるて的なことをいう人がそういわれるの??
そういう意味で言えば、みみあるたーのことはよく知りません。
でも、ここにきている人は私よりは「みみあるてとはどういうものか知らない」人がいるのだから、そういう「内輪にしか分からないような」言葉を使って批判したり書き捨てしたりするのはいかがなもんでしょう??
聞こえる人の場合だったら、あるグループの中で、突然誰かが「あの子ってみみあるたーじゃん、ねー」と言い始めて、そのみみあるたーって何なのかを知っている他の子が「そうそう、みみあるたーだよねー、だからあの子が来ると荒れるんだよねー」って知らない人には何が何だかさっぱり??な会話を繰り広げてるのと同じになるのかな??
みみあるたーってどういう性質なのか、どんなことをする人なのか、そういうこともわかりません。そういう人が殆どじゃないでしょうか??みみあるては無くなったと聞きましたが、無くなったあとにここの掲示板を初めて見た、みみあるての事を知らない人にとっては「????」でしょ??
YAYOIさんはここで何がしたいんですか??
追い出されたくなくて、いろいろ言葉に反応してるんですか??
みんな、貴方が何をしたいのか、何を望んでいるのかつかみかねていると思います。
確かに、いろいろな考えがあってもよいのが掲示板ですが、ここはととさんの運営する掲示板、サイト管理者の方向性があります。ととさんは多分貴方とは違った考えの方ですが、それでも否定はしていません。でも、貴方は否定してばっかり。
「おかしい、おかしい」って言い続けている。
だからどうして欲しいの?と思います。
自分と同じ考え方の人が欲しいの??
自分の考え方が否定されているようだから、追い出されると思うの?
自分と同じような考え方の人が、来なくなってしまったのを見ているから、自分も追い出される、と思うの??(いつからここを見ているのか分からないけれど、過去ログは見ているようだから)
ここに書き込まなくなる。ここを見なくなる。他によいサイトを見つけてそこに乗り換える。いろいろあるでしょうけれど、ネットの世界だもの、どんなところに乗り換えようが自由ですよ。ここに意味を見いだせなくて、去っていくのも自由なんですよ。
YAYOIさん、私のことを先輩だというのなら、桃象さんの方がよっぽど先輩ですよ。貴方と同じような道を辿ってきた方ですから。
私もいったけれども、書いている本人に荒らしている気持ちはなくても、不愉快な気分を与える割合が多ければ、それは「荒らし」に近いです。
だから、私も「口話教育万歳!!インテで頑張ろう!!」みたいな掲示板に行けば真っ先に「荒らしだ!!」といわれることでしょう。そんな掲示板はまだ行ったことがありませんが。というより、荒らしても仕方ないから行きません。
貴方はまだ若い。だからもっと場の雰囲気をつかむように心掛けてください。
「自分の考えを伝える、自己主張する」ことと、「我を押し通す」事は似ているけれども違います。その事もよく考えて勉強してください。それが出来なければ、高校生だ、中学生だ、っていわれても仕方ない。厳しいことをいうようだけど。
相手の考えや立場をいったん受けとめた上で、自分の意見や主張を返す。それが「自分の考えを伝える」ということで、これさえちゃんと守っていればむやみに掲示板は荒れないと思います。「荒らし」と評価されることも少ないはず。「追い出される」とか「荒らしだ」って言われたくなければね。
貴方の文章は誰かを思い出させますが、まー、ここでは深く追求しません。
私の書かれた見学記が不思議ですか??
手話教育に否定的な人が見ればそうかも知れませんね。
その事については、多分貴方に説明しても平行線になるだろうと思うので止めておきます。文章からすると、相当に「手話をやっているから日本語ができないのだ」と信じておられるようですから。
本当に何も知らなくて書いているのではなくて、ある程度の情報、経験を持って確信的に書いているように見えるので、私がいくら説明しても納得しないでしょう。
ですから、いったんここでうち切ります。あとは他の方にバトンタッチ。ではでは
>もしかして、これは新手の掲示板荒らしかもしれない…。もうYAYOIさんたちの考えは
十分に分かったことでしょうし、ここら辺りでお開きを。
桃象さん貴方ですよ。 これが追い出している言葉では?
>みみあるたー??
ちひねこ先輩みみあるてと間違えた事くらい分かっているよね。
過去ログ引用
[8214] Re[8213]: みみあるて Re[8215]: あ、ほんとだ あたりに[8216] Re[8215]: あ、ほんとだ ・・・
>みみあるてにいた人が沢山きてますねー。
荒れに荒れたみみあるて、どうして復活不能になってるのか一度考えてみてはどうでしょう。廃墟の原因になった人もここにいますね。荒れて、どうしようもなくなって管理人が閉鎖したって感じでしたよ。ちひねこさん、あなたもその荒らした中の一人だと記憶してますけど・・・。
まぁ昔の話ですね。
過去ログ[11] [10] [9] あたりかな・・・
愛依ママ さんも参加されていたのは以外です。
奈々さん。きらさん。私も含めそのように思っている人も沢山いるのでは?
>YAYOIさんは、何を求めてこのサイトに来ています?
対話です。常連さんの偏った対話ではなく本当に聞こえない子をもつ親だけでなく、本人、教育関係者、聴覚障害児教育に関心のある方なら、どなたにも開放しています。
悩みや相談、意見、雑談でもかまいません。
をしたいが為に・・・
黙ってROMしているけど気持ちを怖くて発言できない方たちとの対話です。
そうでないと・・・ここの掲示板のタイトルの意味がなくなってしまう。
みんな迷いに迷ってタイトルを見つけここへ来るのだから・・・
間違っているとか間違っていないとかそういう会話ではなくて・・・
今思っている事考えている事見て感じたこと等のいろんな発言があって当たり前のはずなのに・・・
愛依ママさんは過去ログより強い母になっている事を感じますね!
攻めるのではなくきちんと聞いてくれていることに感謝します。
>「勉強がわからないんです、問題がわからないのでなく、先生が何を言っているのかがわからないんです」と
話していましたが、それは手話だけで日本語の読み書きができないからではありませんか。
昔ろう学校の先生に会ったことがありますが、ゆっくり話してくれるから、日本語ができればわかるはずです。
普通の学校で先生の言っていることが全くわからなくても、黒板や本を読んで自習して大学を出た難聴者はおおぜいいます。
きりんさんのこんなお話が沢山出てもいいはず・・・
私たちには同じ年齢の事同じ教育を受ける権利もある!
>新手の掲示板荒らしかもしれない本人にその気はなくても、
その気はありません。桃象さん。
>登場するつもりはなかったのですが、奈々さんの発言を見てつい出てきてしまいました。
私はこの掲示板に出会っていろいろと勉強させていただきました。
なるほど〜!と思ったり、え?それは違うんじゃないの?と思ったり。
世の中には様々な考え方があるものです。
そーいったいろいろなことを見聞きすることで人間は成長していくものですよね?
そこにちゃんとした議論があるのなら荒れたっていいじゃないですか。
言いっ放しの発言こそ ??? と思うのは私だけでしょうか?
奈々さんへ ではなく桃象さんへといいたい発言ですね!
今日は日曜日たっぷりのレスタイムがありました。
ちひねこ様
早速のレスをいただきまして、ありがとうございます。
私はいちど手話を習おうと思い、講習会に行ったことがあるのですが、手話が日本語と違うものだったので、
30過ぎの自分には無理だと挫折しました。
>日本語を「書く」「書いて伝える」のはできますよ。
>全く日本語が出来ない訳じゃありません。
手話を教えたろう者の講師と筆談してみましたが、あまり上手に書けていませんでした。
手話通訳者に聞くと、日本語の読み書きがろくにできないろう者がすごく多いそうです。
手話が日本語と違うことに原因があるのではないでしょうか。
>手話通訳が必要なのは、ろう者だけではありません。聞こえる人にも必要です。
>例えば、ろう者の社員が居たとして、社員総会などで演説するときにろう者のためにゆっくりと話すわけにも行かないでしょう。そこで手話通訳が必要になる。
私は要約筆記を利用していますが、いつでもできるわけではないので、手話通訳の場合も同じでしょう。
手話通訳なしで相手と話すためには、口話と読み書きができないと不自由すると思います。
それから、あのテレビのニュースで、ろうの女子中学生が
「勉強がわからないんです、問題がわからないのでなく、先生が何を言っているのかがわからないんです」と
話していましたが、それは手話だけで日本語の読み書きができないからではありませんか。
昔ろう学校の先生に会ったことがありますが、ゆっくり話してくれるから、日本語ができればわかるはずです。
普通の学校で先生の言っていることが全くわからなくても、黒板や本を読んで自習して大学を出た難聴者はおおぜいいます。
ちひねこさんが書かれた、ろう学校見学記は、不思議で理解できないことばかりです。
日本手話が日本語をできなくする原因ではないかと思います。
ろう者はたしかに明るい性格でうらやましいくらいですが、いつも手話の仲間で固まっているのはどうかなと思います。
ずっとROMだった、あお。といいます。
登場するつもりはなかったのですが、奈々さんの発言を見てつい出てきてしまいました。
私はこの掲示板に出会っていろいろと勉強させていただきました。
なるほど〜!と思ったり、え?それは違うんじゃないの?と思ったり。
世の中には様々な考え方があるものです。
そーいったいろいろなことを見聞きすることで人間は成長していくものですよね?
そこにちゃんとした議論があるのなら荒れたっていいじゃないですか。
言いっ放しの発言こそ ??? と思うのは私だけでしょうか?
ネットという性質のものに名指しで発言する意味を考えて下さい。
(しかもこのサイトのアクセス数を見れば・・)
もっと具体的に言わないと奈々さんが何を言いたいのか分かりません。
ちひねこさんが落ち着いて対処されているのに
私がガタガタ言うのもおかしいかもしれませんが・・。
私にはちひねこさんやMUさんが気に入らない人を追い出そうとしているとは見えません。
偉そうなことを言ってすみません。
奈々さんがどのように考えて先ほどの発言をされたかが気になってしまって・・。
YAYOIさんは、何を求めてこのサイトに来ています?
対話ですか?それとも内耳再生も事を伝えたいのですか?
私は「このサイトには内耳再生に現在は興味?必要性?現実性?が???と判断されている」方が多いと思っています。
そのことより、今目の前にある事を、ある問題を、本人達の気持ちや考え方を見つめて行きたいと思っている方が多いと思っております。
だって、毎日子供は成長して行き、叶いもしない夢みたいな事を追っている時間などないのです。(考え行動しなくてはならない事が山積みなのです)
そこの所を分かって欲しいです。
これは、決して揚げ足を取ったりしている訳ではないのです。
でも、前よりずっとYAYOIさんが気持ちや考え方を書き込んでくれる事が、私は嬉しいのですが・・・
成人された息子さんとのことを書き込んでくださり、ありがとうございました。
私は中等度の聴覚障害高校生の親です。こあらさんの息子さんが味わった集団の場での困難さ、外見上はあまり不自由なく話せる状態の聴覚障害の理解を得る難しさに、そうだよねと頷いています。
大学2年生になって、いかに中・高校時代が孤独だったかとうち明けられたとか。
ちひねこさんがふれられたように、自分の親に話せたということ、またその後に親であるこあらさんが、息子さんの立場に寄り添って考えられたこと、そのことが大きいと思います。
親子で、そうした本質的なことを話すのは、いつも側にいるからこそ意外に難しいものです。
このことだけは、親には絶対言えない、我が家ではそのことにふれるのはタブーだという家族はあちこちにいます。
息子さんといい親子関係をお持ちなのだと想像しています。
また機会がありましたら、大学2年のときのやりとりなど、親のこあらさんがどのように対応したかなど、教えてください。
大学生などから、そうしたことを親に告げたとき、親に泣かれてしまい、結局十分に自分の思いを伝えきれなかったという声も聞きます。また、反対に頭ごなしにそうした思いを否定されたという声も出ています。大学にまで入れたのは、誰のお陰だと。
親子で分かり合えることは、限られた部分でしかない。でも家族だからこそ寄り添える部分は必ずあると思っています。これからの参考にしたいです。よろしくお願いします。
文化と文化のふれあうところでの境界線上の問題は、負の面ばかりではなく、きっとその場からしか見えない豊かなものもあるのではないかと私は思っています。
文化人類学者のルース・ベネディクトも幼い時からの聴覚障害があったとか。さらに同性愛者としてのジェンダー面の境界的立場も、彼女の考察の深まりに大きく関わっていたという指摘を読みました。彼女は「周辺的存在に目を向けよ」と説いていたとか。
ただ好きこのんで、この微妙な立場に立つことはないと思っています。しんどいところが一杯あると想像されます。我が身でないだけ、親は難しいですね。
去る27日に、「ろうの子供と親107人が人権救済申し立て」をしたというニュースの中で、ろう学校には「日本手話」を取り入れてほしいということがありましたで。
たしか、昨年、「聴覚障害者のみなさんへ」の時間に、日本ろうあ連盟が手話を調査をした結果、以前より手話が日本語化しているという内容の放送(今どきの手話)がありましたが、今回の申し立てについて、日本ろうあ連盟が、どのような手話が、ろう学校に導入される手話としてふさわしいのかについて見解を出さないのでしょうか。あるいは、すでに、出しているのでしょうか?
> 幼いときに通っていた言語センターの先生に「聾学校の先生になってはどうか」と言われたことがあるのですが、福祉そのものが嫌いなので福祉学科を選びませんでした。
> 大学でも言っていましたが、福祉は「してあげる」精神が強く、「してもらうのが当然」という人が多いのが実状です。
> 俺は「やれるだけ自分でやって、出来ないところは「悪いけど、これやってもらえますか」と頼む」という考えを持っているので、自分は障害者だからやってもらって当然。という、障害に胡座をかいて座る人が嫌いなのです。
> 人に感謝しながら生きると言うことを忘れたらダメですよ、ってことですね。
私は聴者で、聾児の母です。おっしゃる事、本当にそのとおりだと思います。私も、進路に福祉を
選ばなかったのは、そういうややこしさが面倒だったからです。
しかし、実際そういう失礼な障害者に会った事が無いんですよ。ありそうな話だと思うけど。
健常者で、偽装離婚して手当てを貰っている人とか、大なり小なりズルしているひと、依頼心が
強くて周りに迷惑かけている人、理不尽な権利を主張する人、とかなら知ってますけど。
聴覚障害の場合、手帳も「へ?」と思うほど役に立たないし。実際補聴器購入時に25%くらいの
足しになったのと、イヤーモールドの補助だけですね。まだ幼児だし。「これっぽっち?」と感じ
るのはいやしいのかな。でも知らない人は、当然なにか補助貰ってると思ってるみたい。
胡座かけるほど福祉って充実しているのかな?うちが6級だからかな。
やっぱり、納得いかない障害者、に、実際やな目にあわない事にはなんとも。
「やつら楽して甘い汁を吸っている」「プロ弱者。わがままで頑固」という認識とのギャップがね。
「自分はそうはならない」って決意するまでも無い環境なんですけど。誰も甘えさせてなんかく
れないですよ。
ハトさん、お知らせをありがとうございます。
でも、「NHK 衛星第一放送」って・・・
衛星放送じゃないと見られないってことなんですね?
残念。
ご覧になられた方よりのご感想をお待ちしてます。
ハトです。
ろう児の教育に関する「人権救済申立」に関してNHKの「キーパーソンズ・今週の主役」で放送されるようです。
/////////////////////////////////////////////////////////
本日 5月30日(土) 夕方 6:00〜 <再放送 深夜0:00〜>
NHK 衛星第一放送
キーパーソンズ・今週の主役」
/////////////////////////////////////////////////////////
番組のホームページは下記です。
http://www.nhk.or.jp/persons/
取り急ぎお知らせいたしました。
皆さん、こんにちは。
こちら横浜はものすごい雨で
いささかうんざりしていますが
皆さんがお住まいの地域はいかがですか?
ちひねこさん
わたしの落ち込みモードの書き込みに
真摯にお返事してくださってありがとうございました。
はじめてではなくても
こんなに直接お話できたことはなかったので
とても嬉しかったですよ。
> 苦しいけど、楽しい、楽しいけれど、苦しいっていうのは中途半端だからです。
> よりどころ…うーん、こんな自分でもいいんだ、って思う事じゃないですか??
なんだかとても気持ちがスッとしました。
けっきょくシンプルにいきつくのでしょうか。
> でも、中途半端があまりに辛いときは、両方の世界に関わることをお休みします。引きこもるのだ。
> 出来れば自分に優しく生きた方がいいです。
ありがとう。
わたしもそういう意味で引きこもってかなり時間がたちました。
そろそろ一歩ふみだしてみようと考えています。
> りおさんのだんなさんはろう者ですっけ??
いいえ、聴者です。
でもわたしにとっては一番の理解者だと思ってます。
手話の勉強をするまでの余裕はないけど(このご時世ですものね)
わたしが勉強することに関しては応援する気持ちがあるようですよ。
> りおさんはどういう風に過ごしたい??
> どんな自分で居たいですか??
> どういう風に人と付き合っていきたいですか??
> それが一番大切なことだと思いますよ。それがはっきりしてくれば、多少なりとも、何をよりどころにすればいいのか分かってくるかも知れないです。
> 結局は自分をよりどころにするしかないし、みんなそうやって自我を持って生きてるんだと思う。
ちひねこさん、いろいろな意見をありがとう。
やっぱり答えは自分の中にあるということですね。
自分のペースでがんばります。
ちょっと掲示板の趣旨に沿っていなかった書き込みだったと思います。
皆さん、ごめんなさいね。
またROMに戻ります。
ありがとうございました。
手話のことをもっと勉強してください。
言語的な側面から勉強されること、お勧めします。
ろう者の使っている手話は「日本手話」といいます。
日本「語」が日本「手話」になってるんです。
「語」の部分が音声言語だとしたら、
「手話」の部分は視覚言語です。
両方の言語性質は違います。その事も手話を使い、ろう者と沢山話せば実感を持って理解できるのではないでしょうか??
だから手話のことをガタガタ言う前に、とにかく手話を使ってみなさい、ということです。ろう者と話してみなさい。
日本手話はろう者にとっては立派な言語で、大切な言葉です。
聴者が耳で聞くのをただ目で理解しているのですから・・・
口で話しているのを手を通して話しているだけです。
言葉としては日本語じゃないですか?
なにを通して理解しているかだけのことだと私は持っていますが・・・
まだ手話を知っているとはいえない私が言うのも変ですが・・・
私はそう思っていますが・・・違いますか?
荒らしているつもりはないのですが・・・私も過去の方のように追い出されちゃうのかな・・・
<なるべく境界者の宿命なんて
面倒くさいことは考えず、お気楽に生きていってほしい、というと、
この掲示板の皆さんには呆れられるでしょうか。
はじめまして、ちひねこです。
別に呆れたりはしませんよ。
境界者の宿命というよりは、自分の立場がバランスを取らないと難しいという危うさはあるけれど。
お気楽に生きられるのならばそうした方がいいと思います。
ただ、これからも息子さんはたびたび「自分は何だったのか」悩むことがあるかも知れません。その時はどーんと受けとめてあげてください。
境界のことについて、考えるか考えないかは息子ざんの自由ですから。
親はだだ見守ることしかできないのかも知れませんね。
貴重な経験談、ありがとうごさいました。
ちゃんといえた息子さんは、立派だと思います。
普通はなかなか言えない人の方が多いから。(私もそうです。なかなか母親に全てを言えない)
ももぞさま。了解しました。新手の掲示板荒らしかもしれない。なるほど。本人にその気はなくても、結果的にはそれに近くなっていますからね。
この話題はここでお開きにしましょうか。
それでも内耳再生について何か言いたい、聞きたいことがあればかがりさんの所へ行けばすむことですね。
<日本語は自由に伝えられない言語ということですか。
<日本語ができないから、いつも手話通訳がついているのですか。
日本語を音声でやりとりするという条件が付くならば、伝えるときに制限がかかる、といって良いと思います。確実に伝えられるかどうか、という点ではそうです。
日本語を「書く」「書いて伝える」のはできますよ。
全く日本語が出来ない訳じゃありません。
日本語が出来ないから、手話通訳がついているっていうのなら、私だってそうなりますが(苦笑)
私は貴方と同じく20歳くらいまでは手話を知らずに育ちましたので、日本語中心ですが、それでも手話通訳必要ですよ。
出会う人誰もが、親切に分かりやすく話してくれるわけではありませんし、会議とか、大会とか之沢山人が集まる場所では特に必要です。
手話通訳が必要なのは、ろう者だけではありません。聞こえる人にも必要です。
例えば、ろう者の社員が居たとして、社員総会などで演説するときにろう者のためにゆっくりと話すわけにも行かないでしょう。そこで手話通訳が必要になる。
<日本語ができないから、いつも手話通訳がついているのですか。
これをいうのならば、聞こえる人の場合
手話ができないから、いつも日本語通訳がついているのですか?
になっちゃいますが。
外国人が日本にきて、テレビなどでコメントするときに通訳者必ず居るでしょう??
確かに彼らにとっては「日本語は自由に伝えられない言語」です。
でも、その人の言葉を知りたいときに、英語などではなく日本語で知りたいと思うでしょう。日本語が自分にとって自由に操れる言葉だから。
外国人の場合は日本語ができなくても、ヘンに思わないでしょう。言葉が違うことがはっきりしていますから。
日本語が出来ないから手話通訳がついている訳じゃありませんよ。
日本語だと自分の思うことを自由に伝えようと思うときに、制限がかかるからです。
また、相手から情報を受けとるときにも、日本語だと同じく制限がかかる。
日本に住んでいるのに、そんなバカな、と思うかも知れませんが、日本語での会話のやりとりが音声中心である以上、そうならざるを得ないと思います。
ろう者は見る人だからです。見る人にとって必要な言葉は、当然「目で見て分かる言葉」です。
これでもよく分からないのであれば、ここだけではなくいろいろな手話関係のサイトを回ってみてください。手話について言語的に説明しているサイトもあります。それでは
初めて投稿させていただきます。私は難聴者ですが、手話を知りません。
テレビのニュース23を見まして、ちょっと気になりましたのは、
ろう者と思われる方が
「私たちにとって自分の思いを自由に伝えられる言語は手話なのです」
(字幕タイトル)
と話されましたが、日本語は自由に伝えられない言語ということですか。
日本語ができないから、いつも手話通訳がついているのですか。
失礼な質問と思いますが、どなたか教えて下さい。
難聴の長男と言っても、もう大学院生、今さら親がとやかくいう
段階ではないのですが、4月ごろから少しずつ過去ログを拝見し
我が家のことも書いてみたくなりました。
長男の難聴が分かったのは、小学校3年のときでした。
後で考えれば、幼いときから聞こえていなかったんだな〜と
思われるふしが多々あるのですが、ひどい喘息だった三男に
ばかり目がいっていたせいか、それまで気がつかなかった
のだから、お恥かしい限りです。
優等生タイプの長男は、補聴器をつけながらも、さほど親に心配を
かけるでもなく成長し、大学に進学して親元から巣立っていきました。
自分がいかに孤独な少年時代をおくったかについて、私に訴えはじめ
たのは大学2年のころからです。
両親と2人の弟、聴者ばかりの家族がワーワーと話しはじめると
彼にはほとんど分からず、常に孤独を感じていたといいます。
鈍い母親の私は、長男はあまり分かっていないな、と知っていても、
彼の気持ちなど深く考えずやり過ごしてしまっていたようです。
ましてや、中学・高校でのことなど思い出すのも嫌だ
ということでした。
長男の聞こえの世界は、正直、私には実感できません。
騒音のないところで補聴器をつけていれば、慣れた人の話は
真後ろからでも理解できるようです。電話も使っています。
それでも、1対1の会話には、あまり不自由しないけど
複数の人に一緒に話されると、ついていけないといいます。
また、長男の話し方はきわめて聴者に近いためか、難聴だと
いくら言ってもピンとこず、早口の小声で話す人なんていうのも
いるようです。
大学では、聴覚障害学生の会にも入っていましたが、結局、ろう者
の世界も長男には手の届かないものだったようです。
長男がどれだけつらい思いをして生きてきたかを何度となく聞かされ
私も苦しんできました。この掲示板にいらっしゃる多くの親御さん
の投稿を読みながら、自分は何と無知で安直な母だったことか、
と涙も流しました。
ただ、読み終わって、長男は中度難聴・境界者という宿命に生まれ
たのだから、その宿命を生きるしかないと、いささかオーバーですが
そう思います。
というふうに、いろいろ思い悩んでいたのですが
ゴールデンウィークに、長男の彼女を紹介してもらい
考えすぎだったかなという気もしてきました。
な〜んと、思い出したくもないはずの高校の同級生なんですよ。
1年ほど前に帰郷する列車のなかで偶然再会して、つきあうように
なったそうですが、「な〜んだ、あんなに高校時代なんか消しゴムで
消してしまいたいといっていたクセに」と拍子抜けしたような
ホッとしたような。
とりとめのない文章になってしまいましたが、皆さんの過去ログを
読ませて頂いたお陰で、私も少し気持ちの整理がつきました。
長男にも、この掲示板のURLをメールで教えたのですが、読んで
いますかね〜。今のところ、彼女・論文・スノボー
という三点セット(彼女もボーダーで似たような専攻の大学院生なんで)
で頭が一杯みたいなので、なるべく境界者の宿命なんて
面倒くさいことは考えず、お気楽に生きていってほしい、というと、
この掲示板の皆さんには呆れられるでしょうか。
もしかして、これは新手の掲示板荒らしかもしれない…。もうYAYOIさんたちの考えは
十分に分かったことでしょうし、ここら辺りでお開きを。
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はじめまして、になるんでしょうか??何度も書き込みを見ているので、初めましてという気はしないのですが(笑)そして私は書き込み魔??
苦しいけど、楽しい、楽しいけれど、苦しいっていうのは中途半端だからです。
私も中途半端。りおさんと程度は違うかも知れないけれど、宙ぶらりんという根本的なところは同じじゃないかと。
よりどころ…うーん、こんな自分でもいいんだ、って思う事じゃないですか??私は中途半端な存在だから、完全な存在にあこがれますし、いいなーとも思います。そういう意味では聴者もろう者も完璧な存在ですね。両方から教えてもらうことは多いです。で、教えてもらうことが多ければ多いほどラッキー!?じゃありませんか??聞こえていれば絶対に気づかない考え方や視点をろう者は持っているし、聞こえなければ感じることのない感覚、音をどの様に感じているのか、声の文化はどんな感じなのかを聴者は持ってます。
聴者から「これこれで。こういう風にやってる。こういう暗黙の了解とか、決まりとかあるよ」って手話で説明してもらうと、へー、そうなのかって感じ。手話覚えて、聞こえない側のスタンスで聴者を理解しようとするようになってから、たくさんの情報をもらうことが出来るようになりましたね。
でも、中途半端があまりに辛いときは、両方の世界に関わることをお休みします。引きこもるのだ。
出来れば自分に優しく生きた方がいいです。
お休みして、やっぱり離れられないんだなーと思いながらひょこひょこっと入れさせてもらう、そんなことの繰り返しです。
手話が下手だといわれれば反省しつつ、「次こそはぎゃふんと!!」ろう者達と楽しくおしゃべりしたいですし。
聴者でも面白いことを話してくれる人であれば、筆談でしゃべりまくろうとかね。
りおさんのだんなさんはろう者ですっけ??(違っていたらごめんなさい)そうでしたら、だんなさんから教わることはいろいろ多いと思いますよ。
インテとかを経験してきて思います。無理のしすぎは禁物。そして自分を卑下することも。(昔は結構自分を卑下してましたからねー。あれできないもん、これ出来ないもんって)
りおさんは、りおさんのままでいいと思います。自分にあったペースでやっていけば。対応手話でもいいですし。もっとろう者と話をしたくなったら、自然とろう者に通じるように手話が変わっていくと思います。こうでなければいけない、というのはないので。
りおさんはどういう風に過ごしたい??
どんな自分で居たいですか??
どういう風に人と付き合っていきたいですか??
それが一番大切なことだと思いますよ。それがはっきりしてくれば、多少なりとも、何をよりどころにすればいいのか分かってくるかも知れないです。
結局は自分をよりどころにするしかないし、みんなそうやって自我を持って生きてるんだと思う。
若輩者が偉そうに申しました。お許しくださいね。では
[8661] 再生医療は・・・
の文書はhttp://rm-promot.com/info-j.htmlから引用させていただいております。
>ちなみにこれは揚げ足取りではありません。忠告ですのでご了承の程を。
そこまでヒネクレテイマセンヨ!
本心でありがとうございます。
連続でYAYOIさんへ
貴方が再生医療にかなりの期待を抱いているのは誰が見ても分かります。
でもここで貴方に対してレスを返してくれた方は殆どは、再生医療に期待を抱いていないと思います。それは分かってください。
「期待しないのはどうして??」という疑問に対する答えも、貴方に対してのレスにちゃんと書いてますから。
「必要ない」と判断した人もいるし、「目の前の子供がどんどん大きくなっていく、今できることをやらなければいけない」と優先順位を決めている人もいるんですから。
「内耳再生は我が子にとって本当に必要かどうか」見極めるためにいろいろ反論もします。
貴方が自分の考えを知って欲しいと願うように、
私達も「人工内耳や内耳再生を選択しない」考えを知って欲しくて貴方にレスをしています。それを揚げ足取りとか、いちいち書き捨てていてはよくないですよ。
貴方は貴方の目指すものと一緒だという人と活動していってください。貴方が納得するまでやり抜けばよいと思います。誰も止めません。反対しません。疑問を投げかけることはあっても、最終的に反対はしないと思います。
でもその一方で、そうでない人たちもいるということを忘れないでください。
治療は本当に、喉から出るほど必要だという人もいれば、必要ないかなーという人もいるのです。
かがりさんや貴方にとっては本当に必要な治療なのでしょう。そう思うならばそれでいいのです。
治療のニースがあるかどうかは人それぞれです、それは貴方も分かっていますね??
最後に一つ、医療の分野の充実は、必ずしも全ての人に幸せをもたらすとは限りません。「充実」と「行き過ぎ」は紙一重です。
えっと、皆さんこんばんわ。
過去ログに偶然たどり着いて、そこから本HPに来ましたw
俺は先天性難聴で、最も聞こえない方に当たります。
遍歴は、普通の幼稚園から大学へと順に卒業し、現在は専門学生をやっております。
手話は大学でやっていた程度で、殆ど口話で何でもできます。
友人も健聴者が多く、聾者は少ないですね。
でも、見た感じほど楽な道は通って来ていません。
小学・中学の頃はずっといじめられていたし、周囲の非難も多かったけれど、今となっては過去の話です。
耳が聞こえないことは、一つの個性だと思ってます。(でもちょっと辛いときも。。。)
そんな俺は大学では福祉科に行かず、国文科に行っていました。
幼いときに通っていた言語センターの先生に「聾学校の先生になってはどうか」と言われたことがあるのですが、福祉そのものが嫌いなので福祉学科を選びませんでした。
大学でも言っていましたが、福祉は「してあげる」精神が強く、「してもらうのが当然」という人が多いのが実状です。
俺は「やれるだけ自分でやって、出来ないところは「悪いけど、これやってもらえますか」と頼む」という考えを持っているので、自分は障害者だからやってもらって当然。という、障害に胡座をかいて座る人が嫌いなのです。
人に感謝しながら生きると言うことを忘れたらダメですよ、ってことですね。
これでも、昔はかなりの悪童でした。(今更ながら反省)
小学・中学の頃は、やはり言葉が通じない事によるすれ違いや勘違いが非常に多く、その度に喧嘩をかましてきました。その度に周囲から「障害者ってやっぱりこんなもんだよね」と冷たい目が・・・。(当時の俺の親は大変苦労したと思います(爆))
それはそうと、耳の治療なのですが 最近は日進月歩のようですね。
医療前線に勤めている人に聞いたのですが、「耳と脳を繋ぐ神経を造り出す」研究も行われているそうです。これが実現すれば、感音性難聴も治療できる日が来るかもとは言っておりましたが・・・。
いつか、そういう日が来るといいですよね!
YAYOIさん。下の投稿は多分どこかのサイトか文献から引用したのだと思いますが、それならば「引用しました」と一言断った方がよいと思います。
このままでは貴方が考えて書いた文章だと勘違いされますから。
貴方とほぼ同じ考えの文章だとしても、引用したことに変わりがなければそうすべきです。
無用な混乱を防ぎ、快適なネットを楽しむためにも必要なエチケットですよ。
ちなみにこれは揚げ足取りではありません。忠告ですのでご了承の程を。
「再生医療」とは、機能障害や機能不全に陥った生体組織・臓器に対して、細胞を積極的に利用して、その機能の再生をはかるものであります。現在、臓器や組織の機能がそこなわれた疾患に対しては、臓器移植又は人工臓器による治療しか有効ではありません。しかし、臓器移植には、常に拒絶反応、免疫抑制の医学的問題と深刻なドナー不足という社会的問題を抱えており、これらの諸問題の解決策として、「再生医療」の実現が強く求められています。
「再生医療」は、臨床医学、基礎医学以外に分子細胞生物学、発生工学、細胞工学、組織工学、材料工学等、さらに、生命倫理学、法律学、医療経済学等を包括して成立する領域であります。 既に、皮膚や骨の分野においては、再生医療として実用化され、世界的に臨床応用されていることは周知のところでありますが、肝臓、膵臓や血管の領域に関しても、その再生医療の実用化がおこなわれつつあります。近年多分化能をもった細胞(万能細胞)を用いる研究の目覚しい発展があり、中枢神経や角膜、網膜、内耳、さらには心臓などに対する再生医療の実用化も将来的に可能になるであろうと考えられており、その成果が待たれています。
「再生医療」を含むバイオテクノロジーの急速な発展は、21世紀の人類にとって、「IT革命」と並ぶ、重要な人類発展の柱と位置付けられるに至っています。この世界的潮流を受けて、日本政府は平成11年1月29日に「バイオテクノロジー産業の創造に向けた基本方針」を申合せ、バイオ関連研究開発事業を『ミレニアムプロジェクト』として国家戦略を構築し、実行に着手したところであります。その目標のひとつに「疾病の克服、健康の増進」があり、(例)としては、「オーダーメイド医療の提供による副作用の予防、生体適合材料の開発」が挙げられています。これを実現する領域が「再生医療」であります。
> けんこうなひとに余計な負担を求める事にはならないのでしょうか?
何処が負担になっているのでしょう?>ささくれきのこさま
苦しんでいるのは何も難聴者だけではないってことです。
命に係わる人だって沢山待ち望んでいる医療なのではないかなー・・・
HP見ればみるほど魅力ありますねー・・・かがりさんe('0`)g_ファイト!!!
ここの掲示板は揚げ足取りがピカイチ
> でもそれをみんなに求めすぎたり、それがあたり前になってしまうと危険だと思います。
ひとつだけ質問させてください。内耳再生医療の促進を国や諸機関に働きかける事は、
けんこうなひとに余計な負担を求める事にはならないのでしょうか?
わがままを承知の上で、腰を低くしてお願い申し上げている、という雰囲気ではないですよね。
揚げ足とりとは、こういうことをいうんですよ。>YAYOIさん
愛依ママさん期待していたらごめんなさい。私はしっかりしていません。
> 障害を持っている、持っていないに関わらず相手の事を知ろうとする努力が必要なのではないですか?
確かにそうだと思います。
でもそれをみんなに求めすぎたり、それがあたり前になってしまうと危険だと思います。
私には小児リウマチで、足の弱い友達がいました。
その友達はよく体調が悪いからという理由で約束をドタキャンしてたし、荷物は持ってもらってあたり前という感じで謝ったりお礼を言う事はしませんでした。
足が弱くなくたって荷物を持って長距離歩いたら疲れます。
その人の障害については知っていたけれど、なんだかなぁ…って。
障害があろうとなかろうと一緒にいる人に合わせる努力って必要ではないですか?
ちひねこさん、はじめまして。
中度の難聴者のりおです。
横レスですがお許しを。
ちひねこさんのお話は
日本手話と日本語対応手話の違いですね。
わたしは自己紹介くらいしかできないレベルですが(もちろん対応手話です)
>「借り物の言葉」
にはかなりグサッときました(苦笑)
ちひねこさんでも
>楽しいけれど苦しい、苦しいけど楽しい、というような感じ。
という思いをしているのなら
わたしのような中途半端な人間は
なにをよりどころにすればいいんだろう。
どこにも(深い意味で)受け入れられないことを承知で
手話を勉強していくしかないんでしょうね。
それが理解するということにつながるんだろうな。
>聴者の輪の中にはいっていきたい様子が、見ていても分かるんですよ。
そうですね。
だからこそろう者がうらやましいと思うこともあります。
聴者に媚びてしまう自分がわかりますから。
そうかなー・・・
かがりさんが言いたかったのは聾の方達に携わってる先生達が頑張ってみてもそれ以上を望まれ閉鎖的であると言っていたという事を言いたかったのではないでしょうか?
確かにどちらにも言い分があると思いますが・・・
どちらかというと配慮してもらって当然と考えているのではないでしょうか?
ここでいう聾の方々は聴者と共に理解し合おうともしていないという事を言いたかったと思いますが・・・
かがりさんのHPを見る限りしっかりした信念の持ち主でありすごく頭のよい方だと思えますが・・・軽々しく残念な言葉を発言される方とは思えません。
互いに配慮しあうことの重要性を愛依ママさんは一番ご存知のようですが・・・
かがりさんの言葉は何で残念な発言と取れるのでしょうか?
考えの違う人の発言はやはりマイナスと取ってしまうものなのでしょうか?
障害がなくても自分の事で精一杯って言う私の友人などは人間失格ですか?
あーあ。又お説教かな・・・
ただ聴覚障害といっても全く聞こえないのと少し聞こえちゃったりするのとは考え方が違ってきちゃうのかな・・・と最近思います。
もちろん聞こえるにもいろんな段階があるのだし・・・難しいですね。
<世の中には聴覚障害だけでなく、本当に沢山の障害があり、沢山の配慮が必要です。
健康な人は全ての障害に対して配慮していかなければいけないのですか?
自分勝手な言い分に聞こえます。
なぁんか残念な言葉だと感じましたね。
かがりさんは自分の考えをしっかり持った方だと思っていたのですが・・・
やはり私もかがりさんは「分かっていないのかなぁ?」と思いました。
だって世の中には、色々な障害を持って生きている方々が沢山います。
障害を持っていない方も沢山います。
みんなが相手の事を思いやる気持ちが、大切なのではないですか?
障害を持っている、持っていないに関わらず相手の事を知ろうとする努力が必要なのではないですか?
我が家は娘が聴覚障害、私が足に障害を持っているのでお互いに助け合い相手の事を考え理解しようとしています。
互いに配慮しあいながら、助け合いながら、話し合いながら生活しています。
でも、未だに分からない事だらけです。
だからこそ、知りたいと思っているのですが・・・
<世の中には聴覚障害だけでなく、本当に沢山の障害があり、沢山の配慮が必要です。
健康な人は全ての障害に対して配慮していかなければいけないのですか?
自分勝手な言い分に聞こえます。
確かに世の中にはさまざまな障害があり、それに合わせた配慮が必要です。
でも、ボンジュルさんは何も「配慮しろ!!」っていってるんじゃないですよ。
「ろう者達はろう者達だけで固まっている、付き合いにくい」っていうのなら、そんな事を言うあなたたちはろう者の何を分かっているのか、と。
配慮の問題じゃありません。理解の問題です。「付き合いにくい」と思うのなら、どうしたら付き合えるようになるのか、それを考えるべきじゃないですか??手話を使っているから付き合える事にはなりません。理解をしてから、配慮するにはどうしたらいいかという行動が生まれるのではないでしょうか??
私には、あなたも結局はろう者をマイナスの存在として捉えているように見えてなりません。
私もボンジュルさんと同じく、「聴者の論理」を感じます。
すべての人に分かってもらうのは無理でも、ろう者に関わろうとするならば相手の事を「理解する」行為は必要です。それをしないで、「ろう者はああだこうだ」と表面を捉えて批評するのは自分勝手だと思われても仕方ないかもしれません。
昔の私を見ているみたい、とは言いませんが、確かにこういう考え方をもっていた時期はあります。今の私が見たら怒るでしょう。それくらい考え方が変化してきたのだと思います。
考え方が変わればある程度スタンスも変わるでしょう。
手話をはじめた当時は、聴者にとっては近づきやすい存在だったと思います。声付き手話するし、聴者の考え方に「そうだね、そうだね」ってうなずくから。ろう者にいってもなかなか分かってもらえない事を私にいって、肯定してもらいたかったのだと思います。
でも今じゃあ、私も聴者からは遠いですね。昔みたいに寄り付いてこなくなりましたから。それどころか「これはまずいんじゃないの」という言動を見つけたら叱るし。
「どうしてろう者はこうなの?」って言おうものなら説教??しますし。
あんまりに態度が過ぎる聴者には近づかないようにしてるし。
ただ、中途失聴者の場合はそうもいかなくて苦しい面もあるんじゃないかしら??
確かに今の自分は聞こえない、でもかつては聴者だった。だから聴者の輪の中にはいっていきたい様子が、見ていても分かるんですよ。だけどその中で手話を使わずに口だけでぺらぺらおしゃべりしている手話学習者も多いんです。それで怒り爆発!!って例もあるんじゃないかな??
かといって、ろう者の中にはいっていっても、違和感は当然ありますよね。つい聴者の視線でろう者を眺めてしまうから「違う、違う」って言いたくなったり注意したくなったり。ある時はろう者の気持ちが分かるときがあったり、そうでもなかったり。結構揺れていると思いますよ。
確かに、中途失聴者でも手話が出来る人はいます。でもそれはろう者にとってわかりやすい手話なのかどうかというと、疑問がありますね。ほとんどの人はつたない英語をしゃべるように、何となく「借り物の言葉」みたいな感じで手話を使っているのではないでしょうか?
中途失聴者および、手話を母語として獲得してこなかった難聴者たちはろう者達の手話と、自分の手話の性質が違う事を少しずつでもいいから理解していく必要があるんじゃないかと思います。「自分達の使っているのも手話だ」とおっしゃりたい気持ちがあるかも分かりませんが、ネイティブの方から見たら「不完全な手話である」様に見えるかもしれません。
私は完璧に日本手話は使えません。手は動きますけどね。日本手話もどきのように、手は動きますけど、いまだにろう者達から「今の動きは下手だね」「その使い方はあってないよ」って言われますから。楽しいけれど苦しい、苦しいけど楽しい、というような感じ。
YAYOIさん、私から言える事は、たくさんの考え方を柔軟に吸収していってください。時には「おかしい」と思うような考え方に出会うかもしれません。今はまさにそんなときかもしれないですね。ただ、そこで「おかしい」ってとまらないで、「どうしてそういう風になるのか」を考えていってください。
私もかつて、ろう学校の勉強が遅れている事をただ「ひどいなぁ3年も遅れているのか」と思っただけで、それがどうしてなのかを考えようともしませんでした。考え方が狭かったんです。そこで「なぜだろう」って疑問を抱く事をせずに、「3年も遅れてるなんて、ろう学校はなんてひどいんだ」って自己完結してしまったんですよ。今の私なら、昔の私を殴ります。
感性を磨いたり保つ事は大切です。その感性で持って、物事の背景を見つめていってください。
そして、自分の感性が、他者にとっては拒絶の反応が取られるかもしれない。
特に違う文化圏に足を踏み入れようとするときはそうです。
だから、他者の感性を受け入れる事も、時には大切です。
これから世界を広げて、あなたという「木」にたくさんの枝葉を付けていってくださいね。
> かがりさんの言う「聾の方達に携わってる先生達」は、それをしなかっただけでしょう。
> 閉鎖的とか、つきあいにくいとか、そう言っている言動こそ、「聞こえる」本位主義だし、無責任
> ですね。
世の中には聴覚障害だけでなく、本当に沢山の障害があり、沢山の配慮が必要です。
健康な人は全ての障害に対して配慮していかなければいけないのですか?
自分勝手な言い分に聞こえます。
あなたのような経験を聞こえない子を持つ親を対象にした講演会で話した,いわゆるイ
ンテグレーションの成功者とみなされている人はくさるほどいます。率直に言えば,私
はYAYOIさんの書き込みを読む度に軽い失笑というか,「昔は私もそうだったんだよね
〜」というような様々な思いが入り交じった笑いが出てくるのを禁じ得ません。おそら
く,ちひねこさんへMUさんも同じなのではないでしょうか。
でもね,人間は生きている限り考えが変わっていくものです。若いときにはわからなかっ
たこと,見えなかったことが,ある歳になるとわかるようになる,あるいは見えてくる
ようになるものなんですよ。まずはいろいろな人に会ってみることです。でもね,大切
なことは若いときの感性を保ち続けることです。歳をとるとね,感性がホントに鈍って
くるんですよ。世の中はそんなもんだよというようなもっともらしい理屈をこねる力だ
けはどんどん伸びるんですけどね(笑)。
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