[7800] RE:読唇ソフト 投稿者:MU@沖縄 投稿日:2003年01月17日 (金) 12時26分ぽんじゅるさんへ
そのソフトの事は、とっくにMlでも流れてましたよ。
私もデモを見てみましたが・・・・
単に人物が不気味に見えただけ・・・
ろうあ者は手話
難聴者は筆記
それが一般的なコミュニケーションでしょう。
わざわざ読唇ソフトを使う理由が分かりません。
でも、そのソフトを作るからには、それなりのニーズがあるのでしょうね。http://www.ne.jp/asahi/miadomo/estas/
[7799] 読唇ソフト 投稿者:ぼんじゅる 投稿日:2003年01月16日 (木) 14時36分Speechviewという会社が、読唇ソフトを開発したそうだ。
デモは、次のURLで見ることができる。
問いかけてみたところ、難聴者間の反応はイマイチですね。
なぜだろう。
このソフトが役立たないから?
いや、何か・・・。http://www.speechview.com/demo.html
[7798] 教えて下さい 投稿者:ぼんじゅる 投稿日:2003年01月16日 (木) 14時12分聞こえる親の皆さん、教えて欲しいことがあります。
子供が聞こえないと初めて知るのは、大抵、病院だと思います。
情報を得るのは、病院の他に、どんなところでしょうか?
保健所?
自治体による相談室?
通園施設?
ろう学校?
最近いろいろわかったことですが、自治体や保健所などの講演会のうちに、聞こえない子供を
持つ親向けのものがあるらしいですね。
その一つの案内ビラを見ました。なぜか、医者や言語治療士だけ。
ろう相談員やろう協会長などのろう成人を招いて話していただくような企画を考えてはいない模
様。
そのような講演会に対して、人工内耳へ直結するようなことになってはと、危惧を感じています。
ぼんじゅる
[7797] バカンス先での出来事 投稿者:ぼんじゅる 投稿日:2003年01月16日 (木) 13時53分遅くなりましたが、新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
皆さんの正月休みはいかがでしょうか?
東京では、正月の後に、雪に見舞われ、大変寒かったそうですね。
私は、遥か遠い大西洋の島へバカンス。
この数年間で疲れきった体に、強烈な日射のエネルギーを吸収(太陽電池じゃありません、念の為)。
海辺での波によって発生されるマイナスイオンもたらふく吸収。
日本人を、空港以外で滅多に見かけなかったが、別に気にすることではない。
昼間は、海辺で寛いで、夜は、欧州的な賑やかな町でぶらつく。
開放的なづくりが多いレストラン、カフェやバーなどで、外から、既に入っている客を眺めることができて、
その中に、ろう者グループを見つけることも。
道路での私:ハロー!私ろう者。君達ろう者?
向こう:ろう者!どこから?韓国?日本?
私:日本から。君達は?
向こう:****
(それ以降は、いろいろなお喋り。プライバシーの為書きません。悪しからず)
そういうようなことが、ろう者交際術の一つであって、聴者の世界ではなかなか難しいようですね。
他に、8年以上振りの再会という偶然なことも。
バカンス先では、必ず、ろう児を連れて家族揃って滞在しているのを、時々見かける。
ある空港での目撃。
ニアミスの距離であって、接触して話し合う機会を逃がしてしまったし、こっちは日本人、向こうは外
人という溝のせいでしょうか、ただお互いに見ているだけで終わってしまいました。
搭乗手続きを待つ列の先に、20代後半か30代前半の若い夫婦に、男の子、女の子の二人。
この男の子が聞こえない。年齢は、推測で男の子が3歳。
この家族は、恐らくオランダ人。(母親が、「飛ぶ、オランダ」と手話ってたから)
父親は終始パクパク態度を貫いている。母親は手話ったりパクパクしたりして混沌状態。
男の子が喋ることがない。というか、無反応。終始、両親から一方的に話してるだけ。
だが、男の子が飛行機に乗れることを理解していて、その楽しみで気分を高ぶらせてる様子で、ひ
っきりなしにチェックゲートの方へ行こうとせがむ。
そして、機内でのこと。
男の子が好奇心旺盛で、一人でいろいろなとこを見て回る。
両親は、不安な様子で、男の子がどこへ行くかをしっかりと見るために、ひっきりなしに、座ったまま
背伸びして、あっちこっちギョロギョロと見ている。
男の子が戻ってすると、父親はパクパク。
男の子が、父親に掴まれるのを嫌がって、泣き顔で口が「あ」、引き下がろうとする。
そこで母親が登場。父親と同じく、パクパク。
男の子は抵抗的な態度。母親が仕方がなく手話り始める。
その両親は、憔悴なのか、苛立ちの様子。
その両親の憔悴様子は、世界でも同じですね。
両親のかんばりは悪くはないが、親子コミュニケーションを通して、子供自身の、豊かな心と知識が
育っていくことの事実を考えると、その男の子が心配になってきた。だが、その男の子だけではない。
この両親もだ。
無我夢中で必死に育てて来た日々が無駄だった、棒に振られた思いだった、どんな気持ちだろう。
そう思うと・・・・。
ぼんじゅる
[7796] Re[7793]: 補聴器バラバラ? 投稿者:狛 投稿日:2003年01月16日 (木) 12時59分> 又は、古いような方法ですが、箱型補聴器というのもあります。このばあいはイヤモールドにコードがついていて、補聴器につながっています。これならあんまりイヤモールドなどの分解の心配はないのでは??古すぎですけどね(汗)
今年、初書き込みです。
箱型補聴器は懐かしいですね。この補聴器を使っていた時、人の話を聞くときは、ラジオを切りなさい。って、大人の人から怒られた記憶があります。いつも、胸のポケットにいれていたので、汗で壊れてしまいました。親もがっかりしたようです。昔は結構高い物でしたからね。小さい時には結構本を読んでいたので、会話のやり取りも本を読むことで覚えました。その後、手話という言語を覚えてから、徐々に補聴器を使わなくなってきました。今の環境では手話での会話にも抵抗がすくないですからね。いまは、補聴器は使っていないのです。昔と違って、手話に対しての抵抗感も少ないと思います。
小さいときに、文法的な手話を覚えるのもいいのでは?。
今年も皆さんのやり取りを拝読させていただきます。
[7795] お役に立てれば 投稿者:忠鉢啓太 投稿日:2003年01月15日 (水) 21時27分北海道に在住しております、忠鉢(チュウバチ)と申します。
私は16歳で、普段は学校へ。
そして、テープライトという職業をしております。
テープライトと言うのは、講談・公演・インタビュー等の録音テープや
ビデオカメラのテープ等から文字に書き起こす職業です。
企業や、その他もろもろからは報酬をもらっております。
その他にボランティアとして、聴覚障害をもっている方々からのご依頼は
無償でさせていただいております。
アドレス:king-of-restaurant@ezweb.ne.jp
までご連絡いただければ、質問にお答えいたします☆でわ!!
[7794] 2歳児なら・・・ 投稿者:MU@沖縄 投稿日:2003年01月15日 (水) 12時55分teraママさんへ
今は保育園にいる間は補聴器なしでもいいじゃないかと思いますが・・・
0歳児が飲み込んで窒息死させてしまったら、とっても危険ですし。
補聴器が気になって、友達と思いっきり遊べないようでは、それこそ可哀相です。
言い聞かせて納得できる年齢になるまで、あと少し待ってはいかがでしょう?
私は4才の時に付けさせられました。当時もイヤだったけど、次第に慣れていったような・・・
(結局、今は補聴器を捨ててしまってるので、何の意味もなさいませんが)http://www.ne.jp/asahi/miadomo/estas/
[7793] 補聴器バラバラ? 投稿者:ちひねこ 投稿日:2003年01月15日 (水) 12時42分補聴器に違和感を感じて放り出すようですから、たぶんフィッテイングがいまいちあっていないのだと思います。聞こえている音に、嫌悪感を感じているのであれば、付けているのはいやなはずです。聞こえ方は人によってまちまちですが、たとえば、頭に響くような、ウワーンという感じに聞こえたりする事もあります。
もう一度、納得するまでフィッテイングをやってみられたらいかがでしょう。
そして、もう一つは「そんな!!」といわれるかもしれませんが、保育園に行くときは補聴器を付けない。保育園で何かあってからでは遅いです。安心できるようになるまで、保育園では補聴器無しというやり方もあります。
補聴器本体と、チューブを接着剤で固定すると、チューブに水が溜まってますます聞こえにくくなりますのでお勧めしません。
又は、古いような方法ですが、箱型補聴器というのもあります。このばあいはイヤモールドにコードがついていて、補聴器につながっています。これならあんまりイヤモールドなどの分解の心配はないのでは??古すぎですけどね(汗)
[7792] 補聴器をバラバラにしちゃうので相談です 投稿者:teraママ 投稿日:2003年01月15日 (水) 00時29分もうすぐ2歳になる娘を持つ母親です。
ここはためになる情報が多いので、できるだけ掲示板は見るようにしています。
が、なかなか時間がなくて、時間の空いたときに見るのですが、
皆さんとても書きこみが活発でビックリします。
さて、保育園に通所している娘のことで相談です。
というのは、こうです。
保育士さんから「0歳児も一緒のクラスに補聴器をバラバラに分解するのでは困る。なんとかならないか。」と。
以前も同じような内容で投稿しましたが、前回は補聴器をバラバラにし紛失されても責任が持てないというのが主旨でしたが、今回は小さい子が飲み込むと危険だというのが主旨です。
前回の場合は補聴器に違和感を感じるのか外してバラバラにして放り出すのですが、
今回の場合は少し進歩して補聴器をバラバラにするけれど、イヤーモールドをおしゃぶり代わりにしたりポケットにしまったりするようになったようです。
そのため消えたイヤーモールドを小さい子が飲みこんだと園では大騒ぎしたらしいですが
結局はうちの娘のズボンについてたポケットにあるということがわかりました(^^;
以上のような経緯で危険だということで補聴器を外されました。
補聴器本体とチューブを接着剤で固定することはできませんかと保育士さんも提案してくれた
のですが、接着剤で固定することは無理な注文ですよね?
いい案が思い浮かばないので、皆さんのお知恵を借りたくて投稿しました。
いつも困ったときばかり投稿するようですみませんが、よろしくお願いします。
[7791] 龍の子学園親の会講演会 第1回「ろう教育学講座」のお知らせ(1月25日) 投稿者:tama 投稿日:2003年01月14日 (火) 12時45分龍の子学園親の会講演会
第1回 『ろう教育学講座』
龍の子学園親の会
『バイリンガル・バイカルチュラルろう教育の理念と実践』
〜 どのようにしてろう学校で実践していくか 〜
講師 Darlene Ewan 「ダーレン・エワン」 氏
(龍の子学園アドバイザー)
バイリンガル・バイカルチュラルろう教育の基本を分かりやすく説明し、実際にろう学校でどのようにして実践していくかを具体的にお話していただきます。どなたでも参加できますのでお気軽にお越しください。
(手話通訳が付きます)
【日 時】2003年 1月25日(土) 午後1:30時〜3:30 (午後1時より受付)
【場 所】世田谷福祉専門学校 (1階) 世田谷区船橋7−19−17
【参加費】龍の子親の会会員 1,000円(家族割引有り)
龍の子通信購読者 2,000円
非会員 3,000円
【申込方法】事前の申し込みは必要ありません。当日、会場までお越しください。
【主 催】 龍の子学園親の会 FAX: 03-5982-9910(学園内)
小田急線「千歳船橋」下車…徒歩18分
or…小田急バス「梅ヶ丘駅行」で「宝性寺前」下車
小田急線「経堂駅」下車…小田急バス「千歳船橋行」で「宝性寺前」下車
京王線「八幡山」下車…徒歩18分
Darlene Ewan 「ダーレン・エワン」氏 略歴
* アメリカ人ろう者、ワシントンD.C生まれ
* ギャローデット大学(ろう者学・社会学専攻)→
ウェスタンメリーランド大学院終了(バイリンガルろう教育専攻)
* 劇団「DEAFIA」プロデューサー、ストーリーテラー
(ポエム・ASLストーリー・ABC物語)、
* ろう学校教師、スペイン語教師、ろう者講師など経験豊富
* 5代目デフファミリー。親戚のろう者は250人(博士号取得7人)
* 龍の子学園アドバイザーとして昨年8月より来日
[7790] 龍の子学園親の会「ろう教育学講座」のお知らせ 投稿者:tama 投稿日:2003年01月14日 (火) 12時24分『ろう教育学講座』
龍の子学園親の会
2003年1月から6月まで毎月一回、アメリカからダーレン・エワン氏を招き、全6回、シリーズで『ろう教育学講座』を開催いたします。
ダーレン氏はギャローデット大学でろう者学を、ウエスタンメリーランド大学院でバイリンガルろう教育学を専攻し、ろう学校教員の経験もお持ちです。
今回は大学や大学院での講義の一部を紹介し、ろう児をもつ両親やろう学校の教員に必要な情報を提供していただきます。
どなたでも参加できますのでどうぞお越しください。 (通訳がつきます)
1回目 1月25日(土)
「バイリンガル・バイカルチュラル教育の理論と実践」
〜どのようにして聾学校で実践していくか〜
2回目 2月22日(土)
「ろう児を教育するということ」
〜ろう学校の教員は何を求められるのか〜
3回目 3月(日にち未定)
「ろう児の誕生と社会構造」
〜親は子供のために何ができるか〜
ADA法、診断の時点でどんな教育上の選択肢があるか、
バイ・バイ教育を選んだ親にはどんなガイダンスがあるか、など
4回目 4月26日(土)
「ろう教育に必要な心理学」 〜ろう心理学の基本〜
5回目 5月24日(土)
「ろう教育に必要な社会学」 〜ろう社会学の基本〜
6回目 6月28日(土)
「聾教育の展望」 〜何をどう変えるか〜
【会場】世田谷福祉専門学校 (1階)東京都世田谷区船橋7−19−17
【参加費】会員1,000円 龍の子通信購読者2,000円 非会員3,000円(当日会員登録可)
【申込方法】事前の申し込みは必要ありません。当日会場までお越しください
【主催】龍の子学園親の会 FAX:03−5982−9910(龍の子事務所内)
※各回の詳しいご案内は改めてご連絡させていただきます。
[7789] Re: 4歳児と母親の会話 投稿者:桃象@国仲涼子ファン 投稿日:2003年01月14日 (火) 11時32分大変いい話をありがとうございました。こういう書き込みがあると,私も嬉しくなります。
そうです。親子の豊かな会話が小学低学年の頃までにどれだけできるかが大事だと思います。ととさんがこのサイトの中で紹介されているお月さまの話と同じです。
まあ,人それぞれであることは言うまでもありませんが,中学生になっても母ベッタリの子というのは,ちょっとな〜と思うこの頃です。
==
[7788] 更新のお知らせです 投稿者:MU@沖縄 投稿日:2003年01月13日 (月) 19時43分年末年始のうちに更新しょうと思ってましたのに、
なんだかんだ言って、結局仕事始めが過ぎ、ようやく遅れて
ゆうべ更新する事が出来ました。
と言っても、トップページのみですが。
漫画のテーマは「お年玉」
皆さまのお子さんがまだお金の価値が分からない頃、普通親が
預かって管理してますよね?
使い道は補聴器っていう親はやはり、多いんでしょうか?http://www.ne.jp/asahi/miadomo/estas/
[7787] 新生児聴検について 投稿者:ゴジモンママ 投稿日:2003年01月13日 (月) 16時06分少し前に新生児聴覚スクリーニングについて情報をお寄せ下さいと
書き込んだ者です。
お寄せ下さいとお願いしておきながら、その時のメルアドが間違って
いたようでご迷惑をお掛けしました。
上記のメルアドが正しいので、もし情報をお寄せいただける方がいたら
よろしくお願いいたします。
今までにも送信してくださったのに、宛先不明で戻ってしまった方が
いらしたら、本当に申し訳ございません。
みすずさんが書き込まれているように、手話喃語というのがわかってきた
そうですね。
生後6,7ヶ月の過渡的喃語は聞こえない子でも出るそうですが、8,9ヶ月
になって出るダ・ダ・ダ、パ・パ・パという喃語は聞こえない子は出ないそう
です。音声語で言語獲得ができないデフの赤ちゃんはすぐに手での言語獲得
の準備を始めるそうです。
その月齢の聞こえる赤ちゃんでは、けっしてしない動作や手の置き方をする
そうです。
デフの赤ちゃんは誰も教えなくても、手のひらが前を向き、胸のあたりに手の
位置があるそうです。そして大人ではやりにくいが、赤ちゃんならやりやすい
手の動きをして手の喃語を自ら作り出すとか。その喃語を読みとれる人がいて、
喃語に「あー、何々ね」などと反応していくとだんだんに言語としての手話に
なっていく、ということがわかってきたらしいですね。
かつては何もわからない無力な存在とされていた赤ちゃんのさまざまな能力が
だんだん解明されていくのですね。ベビーサインや手話喃語など、さまざまな
新しく紹介されるものが、どうか子育て真っ最中の親子の暖かな関係作りに
益となりますよう願っています。
[7786] 4歳児と母親の会話 投稿者:いのししの娘 投稿日:2003年01月13日 (月) 11時33分今年もよろしくお願いします。
私がみた4歳児と母親の手話による会話。これはある会の講演で紹介されたビデオの中にあったんですけど、これが口話だったら、果たしてできたのだろうか?と思いました。
(デフフリースクール幼児クラスでの親子の会話)
4歳児:それじゃ、バイバイ。
お母さんがここに戻るのは)何時になるの?
母親:何時って? 私はここには来ないわよ。
あとで○○駅に行くから。
4歳児:えっ、○○駅なの?
母親:そうだよ。××(フリースクールのスタッフの名前)が△△君(4歳児の名前)と一緒に○○駅に行くでしょ。お父さんが迎えにくるから。
4歳児:でも、××はいないよ。
母親:いるよ。
4歳児:どこにいるの? ××は(いま)何してるの?
母親:後で来るって。いま風邪引いてるって。
4歳児:うん(考え込む) でも、行けないよ。
母親:えっ? どうして?
4歳児:だって、(○○駅までは)遠いもん。
母親:でも、△△君なら大丈夫だよ。
4歳児:(すねる)
母親:お母さんもこれから仕事がんばるから、△△君もがんばるんだよ。
4歳児:(ちょっと考えて)うん、わかった。家でお母さんが帰ってくるのを待ってる。
というような会話でした。このあたりまえの会話が、口話教育を受けている子どもたちと母親の間に成り立っているのだろうか、と思いました。私のろう学校幼稚部時代をふりかえってみても、親からの一方通行だけの会話が同級生に多かったように思います。
[7785] 手話喃語 投稿者:みすず 投稿日:2003年01月13日 (月) 00時56分monaさんへ はじめまして。私は聴者です。
聞こえない、聞こえにくい赤ちゃんは手話喃語をするってご存知でしょうか?
どの程度の聞こえからそれをするのかは勉強不足でわかりませんが、赤ちゃんが「バブバブ」という子音の入った喃語を発するには、周りの大人の模写と自分の声のフィールドバックが必要とされます。
聞こえない子どもも「あーあー」という初期の喃語はするので、聞こえないことがわかりにくいそうですが、「バブバブ」には発達せず、そのかわりに「手の喃語」をするそうです。
「手の喃語」は手話の基本要素のいくつかの形に分類されています。つまり、聞こえる子どもが「バブバブ」で音声語の練習をするように、聞えない子は手話の準備を1歳前に始めているんです。それは周りに手話をする人がいれば幼児手話に発展し、放って置けば消滅するそうです。
だから、優先させるのは手話ではないでしょうか。せっかく準備してたんですからね。
「口話が身につかないと学力が遅れる」・・確かに口話で授業をしているのならそうなるでしょうね。
私は去年、都内のろう学校の公開授業に行きましたが、先生の話している言葉はわかっているようなのに、肝心の「話の内容」が理解できてないような生徒さんがいました。
口話が学力に影響するのではなく、口話に思考が付いていってないのでは?と思いました。
私の入っている手話サークルの難聴者は補聴器を付けていて、口話もわかりやすいほうかも知れません。でも、講演会などに行った時には読み取りに限界があるし、手話通訳は全部はわからないし、せっかくの話が全部はわからなかったってことがあって残念そうでした。
口話を進める方は、「手話を使うと口話が出来なくなる」なんてことまで言うんでしょうか?
本当にひと昔前の考えですね。
ろう者でも親でもないのに口を挟んで済みません。
[7784] monaさんへ 投稿者:みーママ 投稿日:2003年01月12日 (日) 23時19分みーママです。
口話の学校の中で手話を使うことにはいろいろ言われることと思います。
昨年4月に引っ越すまでは、口話の療育センターに通っていました。
STにはっきりと「手話を使って育てます。」と言って、療育時間内も手話を使うようになりました。
STが指示することを私が手話で言い直して。
どんなに大声で何回言ってもなかなか理解できない口話に比べ、1回しただけでわかる手話。
当然、みーの方が他の同級生よりすることが早いわけです。
昨年4月から手話の学校に転校して、楽しい毎日です。
今日も、隣のアパートの屋根からのぞいていた太陽を見て
「お日さま取れないよね。」と手話るのです。「そうだね。お日さまはとお〜くにあるから
取れないね。」と話をしました。
こんなほのぼのとした会話をするかと思えば、出かけた先で喫茶店に入って、
みーはアイスクリームを頼み、次男がショートケーキを頼みました。
次男が早く食べ終わり、みーに「アイスちょうだい、ちょうだい。」すると、
「兄ちゃんはお水飲んでなさい。」と生意気なことを手話ります。
2才7ヶ月のみーが口話で育てていたら到底できない会話だと思います。
聞こえない・聞こえにくい小さな子の言いたいことを表出できる言語は手話だと思います。
周りからいろいろ言われて迷われることも多々あるかと思いますが、
我が子のかわいい思いを手話で表出してもらって、今のかわいい時期を楽しみましょうよ。
こんなかわいい時期はアッ!という間に過ぎてしまいます。
口話で鬼になって訓練していたら、我が子のかわいい時期を見逃してもったいないですよ。
私も見逃さないよう、みーの手をしっかり見ていきたいと思います。
[7783] Re[7781]: お返事ありがとうございます 投稿者:はっぴぃえんど 投稿日:2003年01月12日 (日) 21時19分momaさんへ
はっぴぃえんどです。
>私に口話教育の大切さを訴えたその方は、早くに日本語を習得しなければ、学力的
>に遅れがでてしまうから、口話教育が必要なのだとおっしゃられていました。確か
>に大人になれば健聴者の世界にでていくわけで、その時に口話で相手の話がわかれ
>ば、それにこしたことはないと私も思います。でも、また聞いてしまうのですが、
>口話は聴力の重い軽いは、本当に関係ないのですか?
僕自身聞こえる身ですし、ろう教育の経験もないので、明確には分かりませんが、聞
こえる人間が持っている常識で判断して、口話に聴力の重い軽いが関係ないはずがな
いではないでしょうか。
口の形やわずかに聞こえる(?)音を頼りに、ということだと思いますが、聴者の僕
でさえよく聞き取れないことがあります。口の形に至っては皆さん様々なわけで、例
えば「ま行」を唇を合わさずに発音できる器用な方もいらっしゃる。
さらに言えば、それで相手の言葉がわからなかった場合に、我々聴者は何気なく聞き
なおしたり、聞き流したり、といったことが出来ますが、おそらく難聴の方は自分の
耳や、努力が足りないなどのせいに思われることが多いのではないでしょうか。分か
らなかった非は自分にあると。どうでしょう、難聴者の方。
それでなくても、情報量が圧倒的に少ない中でのコミュニケーションですから、常に
緊張や努力が必要になっているのではと思います。
これは僕の私見ですが、仮に手話の場合には、ろうの方に比べ、聴者が手話から得ら
れる情報量が圧倒的に少ない気がします。つまり、上記の逆の条件ですね。ろう者の
手話を見ると、そこから僕が汲み取れるアクション(つまり情報)がとても少ないこ
とが分かります。結果として彼らの手話は殆ど伝わらず「やっぱなぁ」とへこむこと
が多いです。
さらに、聞いてみると一人一人手話の形や表情が違いますし。僕なりに考えてみると、
口話でコミュニケーションしている難聴者ってこんな感じなんじゃないかと思って、
「そりゃ無理だな」という判断に至りました。
>ずるい考え方かもしれませんが、重度の娘でも、必ず口話で人の話がわかるように
>なるという保障があれば、心を鬼にして娘の将来のために、口話教育をすすめてい
>くかもしれません。でもやはりそんな保障ないですよね。
保証はないですよね。可能性はあるにしても。
ただ、口話か手話かというのは、我々成人が使用するコミュニケーション手段という
意味だけでなく、小さな子供にとっては、それが「自分の」言語になる、という別の
面もあるかと思います。手話をやっていれば、おそらく10中89、日本手話が身につい
て、手話で考えて、手話で夢を見て、手話で独り言を言う、そんな風になるんじゃな
いかと思います。意味概念からして手話を通していきますからね。
また、手話ではそれがほぼ間違いなく可能なのではないかと思います。耳を使わない
ですから。
口話でやった場合には、そもそも情報量が少ないので、はっきり言語として身につく
かどうか、これが、上記の「可能性はあるにしても保証はない」という点でしょう。
そもそも情報量が少ないわけですから、意味概念を口話で身につけるのは難しい気が
します。さらに、重度であればなおさらでしょう。これについては母親があきらめる
かどうかなど関係なくて、いわゆる「耳が遠い」わけですから、情報量が決定的に不
足しちゃいますよね。母親がどうのという問題じゃないと思います。失礼しちゃいま
すね。
その方が「大きくなってからでもできる」というのは、手話の形や発音方法など、テ
クニックのことでしかなくて、小さい子の場合には、意味概念や考える力など、いろ
んなことを抽象化したり判断したりできる基本の言語力が大切で、それを育てるには
口話の情報量ではあまりにも不足、ということでしょうか。
>何かもう本当わからなく
>なってきました。でもやはり本当に聞こえない方の話を聞く方が、説得力がありま
>すよね。いくら頭で考えても、私は聞こえる世界をしっているわけだし。
そうですね。ウチは地域の手話サークルでろうや難聴の方と(手話できる聴者を挟ん
でですが)話をしました。皆さん気を使ってくれて、できるだけ声で話してくれたん
ですが、僕の話は全く通じませんでしたね。通訳の方に通訳してもらってました。
それで思ったわけです。口話で努力して、結局この人たちは「身につかなかった」ん
だけど、手話はさして努力しなくても身についてるジャン、と。
そんなわけで、やはり聞こえない/聞こえにくい人の言葉は手話なんだろうと。とに
かく彼らの手話は自然なわけです。
ただ、1つの不安は、手話ができて口話ができない、ということで聴者とのコミュニ
ケーションができないのでは、ということでした。
これについては確かにそうですが、努力しても100%は出来ないのも確かですし、いざ
となれば書いたりすればいいらしく、彼らもそれで別段不自由には言っていなかった
です。むしろ余計なこと言われなくてすむし、という不謹慎な人もいたくらい。
momaさんの考えられている通り、手話がまず必要と言っていいのではないかと思いま
す。といって自分の考えを押し付ける気はありませんが、ウチの娘は2歳でやはり重度
ですが手話でやってます。もし娘が口話をやりたいと言ったら、ろう学校に「口話部」
でも作らせようか、位に思いますね。「遅刻しちゃう、口話部の朝練早いから」とか
手話でやったり。口話の先生は喜ぶだろうか・・・
すいません。長くて。
[7782] monaさんへ その2 投稿者:ちひねこ 投稿日:2003年01月12日 (日) 20時24分>私に口話教育の大切さを訴えたその方は、早くに日本語を習得しなければ、学力的に遅れがでてしまうから、口話教育が必要なのだとおっしゃられていました。
これこそ、前時代的な考え方です。
もう50年以上前から延々と言われてきた言葉ですよ。
それで、口話教育をやった結果全てのろう者が日本語を習得出来たでしょうか?学力的にも遅れをださずにろう学校を卒業させたり、インテ成功者を沢山だすことが出来たでしょうか?
答えはノーです。
口話教育が、本当に効率の良い、そして成功率の高い教育法であるならば、もっともっとインテ成功者が出てきても良いはずですよ。でも、それはほんの一握りではありませんか?しかも毎日毎日の会話が勉強や訓練のような有様で。
今、会社で働いていて思うのですけれど、学校の知識は驚くほど会社ではあんまり使わないですね。数学とか、物理学者とかを目指すんでない限りそんな高度な計算、実生活ではあんまり使いませんし、地理、歴史とかも一般常識くらいの知識を持っていればなんとかなることも多いです。今は大学に行っても就職出来るかどうか怪しいですし、勉強、勉強ばかりで頭でっかちになって、中身は空っぽなんていう弱々しい子供達も増えてきてます。
その方は、いったい何を基準にしてそのようなことを言うのでしょうかね?
学力が全てではないはずです。ある職業に就きたい夢がある場合、その夢を叶えるためには必要な勉強は勿論ありますが、企業は学力云々よりも人間的な面、仕事をこなせるかどうかを重視してきています。
口話教育に、聴力の重い、軽いはやっぱり関係してきますよ。
どちらかと言えば聴力の軽い方が、音の助けがかなり得られやすい、口話と音の組み合わせが聴力が重い人よりも出来ると思います。発音も明瞭に出来るのではないでしょうか?
だから補聴器や人工内耳を勧めるのだと思います。
聴力の重い人は、それこそもうちのにじむような努力をやってこないと読みとりが上手くならないし、発音も上手くならない。でも、自分ではしゃべれているつもりでも、他の人にとっては聞きづらいこともあります。
わかりにくい発音を聞いてイライラすることよりも、筆談で大切な事柄を明確に伝えてもらった方が仕事上は効率がよいのではないかと思いますね。その逆もそうです。大切な事柄ほど、口頭ではなくて紙に書いて渡してもらった方が、後で情報のズレも少なくなります。聴者としては、書く労力がめんどくさいでしょうが、あとで「いった、いわない」にならないためにも、お互いのためにも必要なことだと思います。
日本語の力を身につけるためには、喋れることよりも読み書きなどで日本語の概念を理解出来ることの方が、ろう児にはあっているでしょうね。
たとえば、英語の原文を理解出来なくても、横に日本語訳があれば内容が分かります。
さらに、英語の原文と日本語訳を比較して、「英語のこの部分は日本語ではこのようにいうのか」と学習していくわけです。そうして少しずつ英語の力を身につけていきます。会話出来るまでには行かないのが、今の日本の英語教育の欠点ですけどね。
その関係を、手話と日本語に置き換えていったらどうでしょう。眺めただけでは意味の分からない日本語を、手話に置き換えて説明してやれば、理解出来ますし、日本語のおもしろさも教えようによっては分かってくると思うのです。口話教育は、やっぱり苦しさが残るだけだとも思っています。
全てはこれから、という時期にいるのですね。
こんな時期だからこそ、いろいろ情報を集めてください。
今は混乱しているみたいですが、monaさんはどちらかというと手話を優先しようと言う気持ちがおありのようなので、それをベースにして情報を整理していってください。
そして、結果次第では、その口話教育を勧めた方に非難されるようなことがあっても、自分の選択に間違いはなかったと胸を張って進めていってくださいね。
[7781] お返事ありがとうございます 投稿者:mona 投稿日:2003年01月12日 (日) 19時48分まだまだ勉強不足なんでしょうね。口話教育について、手話の奥深さについて、私自身がまだ全くわかっていないんだと痛感しました。まだまだ娘は小さいので、全てはこれからという時期で、何を今優先したらいいのか、焦ってしまっているのです!
ちびねこさんのいう、「子供にとってストレスなく言葉を操れる環境」まさにこれこそが必要なことだと私も思っています。そうそう!とうなずいてしまいました。そのためには何が必要なのか?健聴者の私に、聞こえない娘の世界をどれだけ理解してあげれるかは、わかりません。でも、口の動きだけで、人の話を理解することがどれだけ難しいかは、よくわかります。やはり手話で色々なことを教えてあげたい、と思ってしまいます。
私に口話教育の大切さを訴えたその方は、早くに日本語を習得しなければ、学力的に遅れがでてしまうから、口話教育が必要なのだとおっしゃられていました。確かに大人になれば健聴者の世界にでていくわけで、その時に口話で相手の話がわかれば、それにこしたことはないと私も思います。でも、また聞いてしまうのですが、口話は聴力の重い軽いは、本当に関係ないのですか?
ずるい考え方かもしれませんが、重度の娘でも、必ず口話で人の話がわかるようになるという保障があれば、心を鬼にして娘の将来のために、口話教育をすすめていくかもしれません。でもやはりそんな保障ないですよね。何かもう本当わからなくなってきました。でもやはり本当に聞こえない方の話を聞く方が、説得力がありますよね。いくら頭で考えても、私は聞こえる世界をしっているわけだし。
[7780] MU沖縄さんに同感です。 投稿者:きょうこ 投稿日:2003年01月12日 (日) 17時23分自分は生粋(?)の聾学校育ちにもかかわらず、中途半端なろう者です。
ちょうど童話に出てくる獣か?鳥か?と迷うコウモリのような感じです。
小学部のときに同級生が口話から手話に自然にシフトしていくのを、横目に見ながら「手話はダメ」「せっかく覚えたことば(発音)がダメになる」と
親やろう学校の先生にいわれ、いいようのない恐怖感のなかで手話を覚えることを拒否して来た私です。
これまでの強制された口話から開放され、嬉々として手話を使いこんでいく同級生たち。
ほんとうは羨ましかった、でもことばや発音がダメになることが子ども心に怖くてたまりませんでした。
確かに進研テストではろう学校始まって以来の府で2番目の成績を取りはしたし、勉強においては完璧でした。
けれども、空しかったです。勉強ができる、それだけでした。
自分を解き放つことが出来たのは、附属ろう学校の手話が飛び交う寄宿舎でした。
手話を禁ずる親もろう学校の先生もいない、思う存分手話を覚えることが出来たのでした。
手話!手話!無指向に飛び交う手話。
ですが成人して、やっぱり手話で考えられない中途半端なろうあ者ができあがったのです。
手話で話すときに、いちいち頭の中で日本語に置き換えてしまいます。
よどみなく手話で話すことが出来ません。
手話ニュースでも、手話よりも下に流れるテロップを見てしまいます。
聴覚障害の重い子どもにとっては、手話以外のことは総て強制、強請、矯正でしかありません。
哀しいかな、聴覚障害が重ければ重いほど、完全な音声言語を発することは不可能になっていきます。
健聴者のような音声言語に近づけるような血を滲ませるような努力よりも、
思考の力を身に付けるような手話、コミュニケーションを心がける方がずっといいです。
いいかげんにろう学校の先生も発音訓練、手話禁止、人口内耳(はっきりと効果のある場合以外は)、補聴器装用は余り意味がないことを押して知るべきです。
それが私の幼少の頃から1/2世紀を経た今も変わらずにいることに驚きと怒りを感じます。
[7779] monaさんへ 投稿者:ととさん 投稿日:2003年01月12日 (日) 01時40分> 口話教育は聴力の重い軽いは関係ない。母親が最後まであきらめなければ、
> 必ず子供はしゃべれるようになるからと言われました。
まだ、こんな前時代的な事を言っている人がいるんだと思うと唖然としてしまいます。
このことばを裏返せば、しゃべれない子にしたのは、母親があきらめたからと言う
事になりますよね。 聞こえなくて、しゃべれない人はたくさんいますよ。その母親
全てがあきらめた悪い親なんでしょうね。
全員にピアノを習わせれば全員必ず、ピアニストになるんでしょうね。母親があきらめ
なければ。 と言っているようなもので、だれもそんなことば信じないですよね。
何故、多くの人があきらめたのか? それは、ピアノには適していないと考えたからで
あり、ピアノよりも適しているものを見つけたから、もっと他に価値のあるものが
あったから、ですよね。 ピアノをあきらめないばかりに、悲惨な状況に追い込まれた
親子がたくさん居る事実を、その方はどう考えているのでしょうかね。
monaさん、こんな陳腐な雑音なんか気にせず、自信を持って手話を使ってっ下さい。
[7778] ようこそ、ボーロさん 投稿者:ととさん 投稿日:2003年01月12日 (日) 01時38分今混乱の、真っ只中であることは、ここへ来ている親ならば、皆さん経験しています。
ですから、遠慮なく何でもここへ書き込んで下さい。
お子さんは今何ヶ月ですか? 0歳児でも、親はいろんな事を話し掛けますよね。
子供がせれを理解していると思って話し掛けていますか? 子供にとって、抱きしめ
られている、親のぬくもりと、話しかける親の優しい笑顔、そんなものが、心の安定
になっていますよね。聞こえないって診断されても、今まで通りに愛情を注いで下さい。
すべては、そこからであるし、それがなければ先へは進めません。 それから、少しづつ
聞こえない、聞こえにくい事を学んで行けばいいのです。慌てないで下さい。
親の心の安定が子供にとって一番大切なものになるはずです。 これからです。
楽しい事がたくさんあります。待っていて下さい。
[7777] ようこそ、ヘンリーさん 投稿者:ととさん 投稿日:2003年01月12日 (日) 01時37分ちひねこさんが、答えてくれましたが、一度ろう学校へ行って見てください。 お子さんににとって
今も、そして将来も必要なのは、同じ仲間です。それを得るためにも行って下さい。 ろう学校へ
通うかどうかは、後の問題として、仲間を与えてやって下さい。 そして、おかあさんにとっても
同じ親の仲間が必要ではありませんか? 今、本音や不安な心をしゃべれる仲間が大切ですよね。
親子とも仲間作りから始めて下さい。 そして、質問や、愚痴、子供の自慢話でもいいですから、
ここへ書き込んで下さい。書き込むだけで落ち着いたり出来るものです。
最近は難しい話になっていますが、ラフなことも歓迎ですから。
これからよろしくお願いします。
[7776] 復活1号、ぴよこさんへ 投稿者:ととさん 投稿日:2003年01月12日 (日) 01時34分風邪のため、返事が遅れて申し訳ありません。 そして、新しい方も含めて、多くのご意見
ありがとうございました。 私の言いたい事は、皆さんからの書き込みの中に含まれていますので
多くは語りませんが、ぴよこさんの書き込みで他の方が触れていなくて私が気になった点をひとつ。
> うちの子は昨年10月に人工内耳をしました。まだまだ反応はイマイチで実はそのことで
> 悩んでいます。
補聴器や人工内耳での装用効果がある子は、そのほとんどが装用直後から著しい反応の違いが
出てきます。 音の出ているものへの興味や声の模倣などです。訓練とは関係なく違ってきます。
我が子の場合、110dBですが、補聴器を付ければ、50dB程度の音でも反応します。
これは、あたり前のことで、補聴器で音を60dB大きくすれば、反応するのです。人工内耳でも
同じで、40dBの音が入った時に神経が反応するまでの電気を流せば、反応します。
しかし、それを声として判別できるかは、別問題なのです。同じ40dBの音で反応している子
が聞いている声は、個々で違うのです。声としてかなり明瞭に聞いている子もいれば、ただ音が
あるとしか判断できないような声としてきいている子もいるのです。このあたりは手術前に担当
の医師から、十分な説明があったとは思いますので、ここで、あえて言うようなことでは無かった
かもしれませんが、我が子の場合、補聴器の効果が十分にあるとと思いこんで、子育てをして
きました。 そして、2年以上の期間を棒に振りました。 そんな経験から書かせてもらいました。
ぴよこさんの場合、手話もしているとのことですので、お子さんが、手話を使って行くのか?
音にシフトするのかで、その判断が出来ます。だから、安心だと思っています。大切な幼児期、
親子で楽しい時間を過ごして下さい。それが、大切だと思います。
[7775] monaさんへ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2003年01月12日 (日) 00時49分>しかし先日ある方から、口話教育は聴力の重い軽いは関係ない。母親が最後まであきらめなければ、必ず子供はしゃべれるようになるからと言われました。手話をまず第一に子供に覚えて欲しいと思っていた私に、「手話は大きくなってからでも覚えられるから。口話教育は大きくなってからでは出来ないのだから、後になって取り返しのつかないことになってしまうよ」と言われてしまいました。
えぇぇぇ〜!!そんなこといわれたんですか??
手話は大きくなってから覚えられるから??
手話は、まぁ確かに大きくなってからでも学ぶ機会はあると思うんですが、「自分の言葉」にはなり得ませんよ、その場合は。なぜなら日常的に使う言葉とは、学ぶものではなく自然と身につけていくものだからです。言語獲得時期というものがあり、その時期を過ぎた場合、手話は習得言語ではなくて、学習言語になってしまいます。その学習言語として手話に接した場合は苦しいですよ。自分は聴力的に重度の難聴で、ろう学校の生徒達と変わらないほど悪いのに手話が出来ない。これは手話を知れば知るほど重いジレンマと化してしまいます。
逆に、口話教育の方が、ある程度の年齢に達してからやった方が効果的でしょう。何かを身につける時には、その事柄に対して興味を持っていないとなかなか身に付かないものだからです。口話教育を重荷あるいは強制的だと感じながら受けている時は、思っているほど伸びないですよ。
子供にとってストレスなく言葉を操れるという環境を用意してあげることが、とっても大切だと思うのです。いつかは聴者の世界に入っていく、その時自分の手話が通じないという壁に当たるかも知れませんけれど、ろう者の方が聴者より通じない、言葉を伝えることの苦労を知っている。そんな苦労をさせたくなくて口話教育をやるのだ、という考えの方がいらっしゃるかも知れません。でも、音声言語を完璧に習得出来ない以上は、それは避けて通れないのです。完全に習得出来ない言葉を一生懸命教えて、本当に獲得出来るはずの言葉を疎かにする。どっちの方が罪が重いのか、時間をかけて考えれば分かることだと思いますね。
口話教育を重視した結果、セミリンガルが生まれます。中途半端に二つの言葉が混じる。中途半端だから混乱する。その状態は、子供の精神的状態にも影響を及ぼすと思うのです。
子供が自然に獲得していくはずの手話を後回しにして、それで手遅れになることの方が、その子供にとっては苦しくなると思いますよ。ここでも繰り返しいっていますが、私は手話を獲得するには遅すぎました。本当に手遅れです。悲しいですよ。
周りの人(主に聴者ですが)からは上手い方だと勘違いされているのですが、ろう者と会うと「手話、まだまだだな、まだひよっこ」と言われ、自分でも考えていることを十分に伝えられない、悔しいですよ。かといって音声会話でも十分に伝わっているわけではないし。
そういう面を、口話教育は見ないようにしてきたのかも知れません。口話教育をやらないと手遅れだ、というのは聞こえる人に合わせたニーズからいっているわけですよね。聞こえない、ろう者達のニーズはいったいどこでかなえられるんでしょうか。何だか悲しくなりますね。
monaさんは、このまま手話で子供さんを育てていってください。いつかは感謝される時が来ると思いますよ。「手話で良かった」って。大丈夫です。
母親があきらめずに頑張る、そう、今まで頑張りすぎなんですよ。頑張ればいつかは、って。頑張れば頑張るほど底なし沼に沈んでいくようなそんな頑張り方をしてしまうようならば一度は立ち止まる必要があるんじゃないかな?
なぜなら、見ていて分かるほどに頑張っている親を見ると、子供はなにも言えなくなってしまうから。お母さんと一緒にずぶずぶと頑張ってしまう。
ここは一つ、お子さんに聞いてみたらどうでしょうか?「手話でお話ししたい?それとも口話でお話ししたい??」って。
子供のやる気が出る方法を選ぶことも、大切だと思いますから…
だって、学校に行って勉強するのは親ではなくて子供だから…
[7774] うのみにしないで! 投稿者:MU@沖縄 投稿日:2003年01月12日 (日) 00時37分monaさんへ
そういう先生の言うことにうのみにしないで下さい!
どうか自分の信念や育児に自信を持って、子どもに手話で楽しくコミュニケーションを心がけてください。
そういう先生は健聴者としての価値観を押し付けてるに過ぎません。
私は生まれつきのろう者で、長年口話教育を受け、同級生の中でもわりと口話が上手な方でしたが
実社会ではほとんど、役立ちませんでした。
手話を禁止し、結果手話が母国語に消化出来なかった。(インテグレーションしましたので)
そういう意味で、今ではろう学校に深い恨みを抱いてます。
ろう学校ほどじゃないにしても、親をも恨んでいたりしてます。
親も同時やむを得なかったと、頭では理解しているつもりですが、なかなか割り切ることは出来ないんですよ。
ですので、monaさん親子さんには、私の二の舞いになって欲しくないんです。
又、手話を教えてるろう学校に変えようかと考えてるなら、ぜひ実行されるべく行動すべきです。
私が親なら、そうします。http://www.ne.jp/asahi/miadomo/estas/
[7773] Re[7771]: 特別支援学校 投稿者:たか 投稿日:2003年01月12日 (日) 00時21分「特別支援学校制度」については昨年10月に文部科学省から
意見募集(すでに期限が来て終了していますが)がなされています。
構想としては、障害を持つ子供も基本的には普通学校に通学させ
「ろう学校」「盲学校」「養護学校」の3つを統合させた「特別支援学校」
で不足する特殊教育を補うというものだと認識しています。
現在はいわゆる重複障害の子供たちの教育が分断された特殊学校制度によって
不充分な体制となっていること、特殊学校などで障害者と健常者を分断せず
可能な限り同じ時間を過ごさせること_、将来的に障害者も健常者も同じように
暮らせる社会の実現を図るノーマライゼーションの観点、を主たる目的としていると
理解しています。
各障害者団体や教育関係団体からの反発もあるようで、
現状の案そのままということもなかろうかと思いますが、
基本的にはこの方向で話しがすすんでいくのだろうと思っています。
個人的には、教職員を始め学校教育関係者の各種障害者教育に関する
一方的ではなくフラットな認識の向上、そこに通う障害者を分断して
クラスの一人だけが聴覚障害者という状況を発生させて今ある
インテグレーションの問題を繰り返さないことが確認できるなら
この方向性も理解できるものだと思っています。
(ニワトリとタマゴの問題と同じで各種障害に対して健常者の
理解がないのは日常的に障害者と接する機会が薄いことにあるという
議論も理解できます。僕も含めて人間の多くはある特定のステータスを
もつ人間に一人出会って受けた印象を、それがそのステータスをもつ人の
属性であるかのように演繹して理解しますので、健常者にとっても
日常的にできるだけ多くの障害者と接する機会を確保しなければならないのでは
ないでしょうか。)
詳細は以下の文部科学省のサイトから
「パブリックコメント・意見」→「2002/10/25」を参照ください。
http://www.mext.go.jp/
[7772] 無題 投稿者:mona 投稿日:2003年01月11日 (土) 23時24分久しぶりにお便りします。
最近わけがわからなくなってしまいました。口話教育というものから、これからどうしていったらいいのかとか。娘は重度の難聴で、今通っている聾学校は口話教育専門の所です。私なりに娘の難聴が分かってから、色々調べ、口話教育よりも娘には、手話がまず必要なのではないかとおもっていました。なぜなら、口話教育は軽度の子にとっては有利だけれども、重い子程難しいということ。子供が一番母親とスキンシップをとりたい、とらなければならない時期に、口の形をみなさい!という教育ばかりで何か、子供との関係が寂しいものになってしまうのではないかという恐れ。色々なことを知りたい、そして教えてあげたい時期に、重度の子にとって口の形を読み取ることよりも、手話を使った方が早いのでは?と。
で、聾学校では手話を取り入れていないので、自分で勉強し、今の聾学校を変わろうかどうしようかと迷っているところでした。しかし先日ある方から、口話教育は聴力の重い軽いは関係ない。母親が最後まであきらめなければ、必ず子供はしゃべれるようになるからと言われました。手話をまず第一に子供に覚えて欲しいと思っていた私に、「手話は大きくなってからでも覚えられるから。口話教育は大きくなってからでは出来ないのだから、後になって取り返しのつかないことになってしまうよ」と言われてしまいました。何だかもうわけがわからなくなってしまって・・・何を子供にとって優先したらいいのか?
口話教育というものについてもわからなくなってしまいました。
[7771] 特別支援学校 投稿者:メグママ 投稿日:2003年01月11日 (土) 18時32分初めて投稿します。
うちの娘は重度難聴で、ろう学校の小学部に行かせようと考えていますが、
最近になってろう学校が特別支援学校に変わるらしい話を聞いて、不安に
なっています。
どなたか、よくご存知のかたがいらっしゃいましたら、教えて下さい。
[7770] 子どもの発想 投稿者:みーママ 投稿日:2003年01月11日 (土) 18時06分*先日、窓に流れる結露を見たみーが「雨だ!」と驚き、バタンと倒れこみました。
「みー、雨嫌いなのよね。晴れがいい。」と手話っていました。
みーの目線では、窓から外の天気はわからず、ただ流れる結露だけが見えるんですね。
*料理をしているところへ台所に来たみー。
私が持っている“にら”を見て、「草だ!」
う〜ん、今日の夕飯は草か・・・
[7769] ここは・・・ 投稿者:みーママ 投稿日:2003年01月11日 (土) 17時49分
> 人工内耳を付けている子供を見ると、確かにまだショックを受けてしまいますけれど、この子供達にも、本当に手話はとても必要です。聞こえない友達も。
> 人工内耳を付けても、まだまだ聞こえにくいのですから…
ちひねこさんの仰る上記の2つは本当に大切だと思います。
『手話と聞こえない友達』
聴覚障害のサイトがたくさんある中で、上記の2つを訴えているサイトは数少ないと思います。
だから、人工内耳の相談やインテの悩みのカキコは「へ〜、なるほど。」と大変勉強になるので
ありがたいですが、『手話と聞こえない友達を大切に』というレスになっていくかと思います。
医者にしても先生にしても人工内耳・口話を勧める話が多い中、手話を勧めるこのHPは貴重です。
聞こえない・聞こえにくい子を持つ親はできるだけ沢山の情報を集めて、その中から我が子のことを決めていって欲しいと思います。
[7768] ゆたかです。 投稿者:きょうこ 投稿日:2003年01月11日 (土) 15時10分不思議です。
教えたわけではないのに長女も二女も一才を過ぎた頃、肩を叩いて自分の方を振り向かせる事を覚えました。
そして、長男もやっぱり私の肩を叩きます。なぜ?親が聴こえないことを本能的にわかるのかしら?
「お茶ちょうだい」も専ら、私と夫に対してだけ手話で表現します。
子ども三人育ててきて、ゆたかが一番よく(手話になる前の)手でのサインをしてくれるので、
彼の言わんとすること要求していることが手に取るように分かります。
やっぱり他の人が通訳してくれるより、自分以外の人が先に子どもの言うことを分かるより
自分が先にわかるのってもの凄く嬉しい。
母親であるわたしが一番にわかる、この当たり前なことがなぜ、長女、二女のときに出来なかったのでしょうね。
[7767] お久しぶりです。 投稿者:きょうこ 投稿日:2003年01月11日 (土) 15時01分体調を崩して、ほんとうの寝正月でした。
前に述べた聾学校出身者は文章が苦手であるという掲載文に対しての、反論。あれを訂正します。
聾学校であろうがインテであろうが、結局はその聴覚障害者がいかに日本文化や日本語の
世界に身を置いているかによって違ってくるのだと思います。
どの位文章と接し、書く機会が多いか、によって文章の構成力、理解の力に差がついてきます。
小学部高学年に聾学校の図書館の本を読み漁った経験が、今のわたしの力になっています。
今のわたしが流暢にペラペラしゃべれたとしたら?そりゃ、便利でしょうが?
今のわたしにとっては、その程度に過ぎないのです。
いかに人間として、いかに形成していくかが一番大切なのではないでしょうか???
はっきりいって、ペラペラなんかどうでもいいのです。
[7766] 人工内耳の影響 投稿者:みすず 投稿日:2003年01月11日 (土) 00時21分ちひねこさんのおっしゃっる、人工内耳をつけないとおかしいという状態になる危機感(って表現はあってるかな?)は、先日(ってもう去年ですが)テレビドラマを見ていて感じました。
「ナイトホスピタル」です。あれって字幕放送でしたでしょうか?
ドクターの中にろう児の母親がいて、最終回で人工内耳で聞こえるようになってハッピーエンド、でした。
後日、見ていた知り合いに聞いたら、人工内耳は自分と同じに聞こえると思っている人がほとんどでした。
人工内耳に関するHPを読むと、ぴよこさんのおっしゃるようなことが体験談として書かれていましたので、かなり効果のある子どももいるのかなとも思いますが、あのようなドラマで成功例だけを見せると、人工内耳の手術をしない親は「なんでしないの」なんて回りから言われちゃうんじゃないのかなあ、と気になりました。
でも、「聞こえない子どもをもつ親の掲示板」であるなら、人工内耳でも今後出てくるであろう悩みや相談ごとができる場所としてあってもいいと思うのです。
例えばインテお断り、なんて雰囲気だったら変ですよね。インテだって聴者に近づける為にする(させる)人、ろう学校の方針が合わなくてする(させる)人、と様々でしょうから。
[7765] やっぱり人工内耳の話題は 投稿者:ちひねこ 投稿日:2003年01月10日 (金) 22時29分みんな 注目してしまうんですよね。
人工内耳を付けてしまった子供達と、それを選択した親たちを受け入れる雰囲気…
うーん、人工内耳を付けても、きこえない子供に変わりはないのですが、「聴者に近づけるため」に付けた場合はやはり抵抗感を持ってしまうんですよ。
例えば、人工内耳はすばらしい!!とかいわれてしまったらじゃあ、聞こえないままの私達は悪いんでしょうか?ってひねくれた気持ちになってしまうこともあるかも知れないし。
何より、私は長年補聴器を付けてきた経験から、補聴器を付ければ付けるほど「これって、聴者と同じに聞こえている音じゃないんだよなぁ、機械が作ってくれるような音だものなぁ」とむなしさを感じることもありました。
補聴器を通した音でしか、私は知らないんです。しかもその範囲は聴者よりはるかに狭いと思います。その限られた範囲で一生懸命に聞き取ろうとするのってやっぱり限界があったし、上手くしゃべればしゃべるほど相手は私が分からないことに鈍感になるし。
でも、これだけは起きて欲しくないと思います。たとえばの話ですが、人工内耳が増えすぎて、人工内耳を付けないことがおかしい、みたいな状態にはなって欲しくないです。
人工内耳を付ける選択があっても良いでしょうし、付けない選択があってもいい。
ただ、それらは本当は本人が選択するべき事柄だと思います。
軽度難聴の方の立場は、私からだと想像になってしまうのですが、私の母と父が難聴気味です。まぁ、ある程度聞こえるので普通に会話は出来るんですが大きい声を出さないと聞き取りにくいとか、たくさんの人の声が混じると困るとかちらっと聞いたことはあります。聞こえているようで、実ははっきりと聞こえているわけではない。曖昧ですよね。聞こえが曖昧であるが故の苦しみは、私には理解は出来ないのですが。
一番グレーゾーンに入りやすいと思います。聴力的にも、立場的にも、
ちょっとでも聞こえがよいと地域校に入ってしまいますから。
うちの手話サークルにも本当は難聴だけれど、聴者として入っている人がいるんですよ。今まで聞こえるんだーと思っていたのが、実は難聴だと聞かされ、え??そうなの?という感じ。本当にわかりにくいです。補聴器を付ければ良く聞こえているみたいなので、普通に音声で会話しているんですよ。そういう分かりづらさはインテした高度難聴より度合いが高いでしょうね…
人工内耳は聴力的には中程度の難聴にまで改善してくれるものなのかも知れませんが、大切なのはその後です。人工内耳を付けても、ろう者として成長して欲しいのか、そうでないのか。手話を使って話をしようと思うのか、そうでないかです。
手話は後、手話は後、なんて後回しにしてしまったら私みたいなのがいつまでたってもなくなりませんね。
人工内耳を付けている子供を見ると、確かにまだショックを受けてしまいますけれど、この子供達にも、本当に手話はとても必要です。聞こえない友達も。
人工内耳を付けても、まだまだ聞こえにくいのですから…
[7764] それから 投稿者:ぴよこ 投稿日:2003年01月10日 (金) 22時19分みなさんのいろんなご意見ありがとうございました。
はっぴぃえんどサンのご意見はなんだかホッとしました・・・
ここの、ととさんがお風邪だそうで、お留守の間になんだか引っ掻き回してしまいましたが
スミマセン・・
また、遊びにきます。
[7763] 今では・・・ 投稿者:ぴよこ 投稿日:2003年01月10日 (金) 22時11分もう読むまいと思いつつ読んでしまって・・・
最後に一言(多分ね!)
いまの人工内耳、40dbちかくまで聞こえるようになりますよ!!
だからね・・本当なんですって!!
そりゃはずせばきこえないけど・・・
みーーーんな、我が子に一生懸命なのは同じ!
がんばりましょう!!
[7762] 優秀って・・・ 投稿者:みすず 投稿日:2003年01月10日 (金) 21時40分今年は読むだけにしようと思いつつ、つい書き込みました。
「難聴者のなかで優秀」っていうのは何を持って優秀というのか??
多分、音声で話すのが上手いということなのでしょうね。
でも、聴者は音声で話すことで優秀さを計られたりはしないですよね。当たり前ですけど。
手話が一般に普及し、見直されている中で、まだそのような考え方ってあるんだなあと思ってしまいました。
人工内耳は聞こえる者としては、親御さんのお気持ちはわかります。聴覚の恩恵を受けて生活しているわけですから、これがない生活は危険ではないかとか社会にでて不利ではないかとか考えるでしょう。
ここは人工内耳反対派が多いし、私も、ペースメーカーと同じだ、とは思えないのですが、これから増えるであろう人工内耳の子どもさん達や親御さんを受け入れる雰囲気があっても良いのではないかなあ、とも思います。
確かに今の人工内耳は中途半端な聞こえしか与えないでしょう。でも、軽度難聴者を生み出すだけ、と言ってしまったら、軽度難聴者の立場はどうなってしまうんでしょう?
[7761] 教育の先にある雇用の問題 投稿者:たか 投稿日:2003年01月10日 (金) 17時59分聴覚障害だけに関係することではありませんが、情報公開法の規定に基づいて
各労働局へ障害者雇用状況報告に基づき作成された「雇用率未達成企業一覧」の
開示請求があり企業名、産業分類、労働者数、障害者数、雇用率、不足数といった
情報が公開される方向にあるようです。
法定雇用率1.8%以下の会社が雇用率未達成企業となるようですが、
このように情報を公開させ企業に自然体ではなく努力して
障害者を雇用せよという仕組みにしなければ、障害者は雇用されにくい
ということも意味しており、ここに聴覚障害者も含め障害者も健常者も
同様に扱わなければならないとする議論の現状での限界を感じています。
(つまり一定の社会的地位をもつ企業はある程度の雇用者を雇用せざるを
えず、かつ、あからさまにリストラ対象としにくいという事情もあり、
健常者に比べ若干でも雇用を支える制度が厚いという状態も
逆に生まれてしまう。)
雇用者数等の関係で、ここで義務が発生する会社はある程度の規模の
会社となり、障害者の多くが働かれている中小企業の
場合にはこの対象とはならず、その場合、障害者はリストラ対象に
なりやすいようですので、実態はおそらく障害者にとって
より厳しいものとなっていること思います。
障害者というステータスだけではなく、個人の資質を見て雇用して欲しい
という意見もあるかと思いますが、これは大学名だけで雇用せず個人の資質で
判断して欲しいということと似たような議論で、そのとおりだとは
思いますが、確立論で慣習的になりたってきている側面もあり
一朝一夕には変わりにくいものかと思います。
最近は学歴社会というのは徐々に色褪せ、個人の努力が要求される
時代になってきていると感じるのですが、これは金銭的な勝ち負けや生んでいる
付加価値がそのとおりのものとして評価される時代になってきている
ことなのだと思っています。
(それはそれでせちがらい世の中になったものだと思いますが・・・)
この状況の中で障害者も健常者と同様に扱わなければならないと
主張するには、障害者のなかから「障害者であるのに」という
枕詞をつけずとも評価できる付加価値を創造できる人・会社が
多数でてくることが重要かと考えます。
(さすがに手話だけしかわからないと、例えばビジネスの基本となる
法律が読めないという問題が発生する可能性がありますが、
別に日本語が堪能だとか発音がきれいだとか、
そんなことはあまり関係ないように思います。)
そういう意味で聴覚障害者だけによる会社で、この不況下、
理念だけでなく、おカネの稼げる会社がでてくればいいなと、
そんな風に思います。
(そんな会社をうちの子がつくってくれたらなぁ・・・)
余談なのですが、本日うちの長女が3歳になりました。
皆さんはお子さんにどのような仕事をしてもらいたい、
どのような職をもってもらいたいと思いますか?
(もちろん職選択は子供の自由です!ここはあくまで親の勝手な夢として!)
[7760] Re[7754]: 本当なんです!! 投稿者:はっぴぃえんど 投稿日:2003年01月10日 (金) 17時15分こんにちは。初めまして。はっぴぃえんどと申します。
人口内耳について、読んでいて少し思うことがありましたので、投稿しました。
> 何を話しているのかは分かった。と、いう程度。でも、彼は、難聴者のなかでは
> 優等生!!という経験があります。
僕も同じような感覚を持ちました。初めて難聴者の方の話を聞いたとき(しかも、
それなりに優等生とのこと)愕然としました。「わっわからねぇ」。
その時はあまりの衝撃に、受け止めるだけで精一杯だったのですが、その後様々な
方の意見を聞くうち、その衝撃の受け止め方が変わってきました。
確かに、慣れるに従いはっきりした発音に思えてきて、言っている事が分かるよう
になるので、さすが優等生はやっぱ違うね、と感心していたのですが、だんだん、
発音が分かる分からないがいったい何になるのか、という感じがしてきたです。
少し過激な言葉になりますが、所詮聞こえない人は聞こえる人と同じ話方はできな
いと思うんです。それを、がんばって話せるようになりました、難聴者の中では優
秀です、と聴者に向かっていったところで、あまり意味がない気がしました。元々
の土俵が違うわけですから。価値観が違うというか。
「聞こえる」という世界の価値観を元に聞こえない人の話をしても、される側(つま
りこの場合難聴者ですが)にはつらいだろうと思うわけです。
ウチの子供もほとんど聞こえない(らしい)ので、それが分かったときは、確かに
「聞こえる方がそりゃいいだろう」と思って、色々話を聞き調べたりしたのですが、
上記の変遷を経て、聞こえる聞こえないという問題よりも、その人がその人に不利な
価値観を身につけて生きていくことの方がタイヘンな問題なんじゃないか、と思うに
至りました。
その意味で、うちの子には特に何もせず、淡々と手話を使って話しかけてます。感覚
的ですが、僕には手話でコミュニケーションしていることが、聞こえの問題から限り
なく独立にやり取りできるような気がするからです。そうすることが、あの人にとっ
てはあの人らしい価値観を手にできるような気がします。
#ちなみに僕の手話は全然ダメです。自分の名前のろくに表現できないほど。
#早くしないとウチの子にあきれられる日も近い。ウチの子ちなみに2歳。
そうは言っても、言葉の問題だけでなく、僕から見れば、やはり聞こえるのも便利だ
なぁ、と思うこともしばしば。走り出しても普通の子供なら音で脅かせば躊躇しそう
なものですが、ウチの子は自分も一緒に走っていって止めないといけないし。
ただ、そう考えているのも自分の立脚点が「聞こえる」ところにあるからで、聞こえ
ない人はそう考えないかもしれません。
> でも頑張ります!子供に聞かれたときも、堂々と答えられる親で在りたいと思いま
> す!!
ですね。堂々と答えられるだけの信念を持っていることが大切と僕は思います。
人口内耳を決断されるご両親が、どれほどの決意や覚悟を持って決められるのか、実
感はありませんが、かなりのものだと思います。せっかく人口内耳を手に入れられた
のですから、それを最大限活かして、多少聞こえの悪いことくらい跳ね返す子に育て
てください。お互い精一杯「親」をがんばりましょう。
もしこの書き込みを読まれて、嫌な感じがした方がいらっしゃいましたらごめんなさ
い。
[7759] お久しぶりです 投稿者:ゴジモンママ 投稿日:2003年01月10日 (金) 12時18分ととさん、お風邪だとか、お身体の方はいかがですか?
自分に用のあるときだけお邪魔して申し訳ございません。
ただいま、新生児聴覚スクリーニングに関する情報をいろいろ集めています。
こちらの掲示板をご覧になっている方で、新生児聴覚検査で聴覚障害の疑いが
ありと言われた方や、すでに確定診断を受けている方など、もしお差し支え
なければ、その経過や問題点、要望などを教えていただけますか?
私のメールあてに、どんなことでもいいですので、情報をお寄せ下さい。
私は、聴覚障害児の親で、親の会の役員をしています。
各地域ごとでさまざまな取り組み方をしているので、なかなかその全容が
掴みにくく、どうしても医療サイドの情報に偏ってしまいます。
当事者の声をぜひお聞かせ下さい。親の会としてどのような支援ができるのか、
また必要とされているのか、学ばせていただきたいです。
よろしくお願いいたします。
人工内耳に関してのやり取りも興味深く読ませていただいております。
人工内耳の装用児は、そのマッピングがきちんとでき、その後の聴能訓練が
功を奏すれば、大体80dBの聴覚障害児くらいになると聞いています。
補聴器を使えば40dBくらいまで聞こえる状態と似ているのかと思います。
それくらいのお子さんは、べらべらしゃべるし、発語を聞いただけでは聴覚
障害児とはわからない子が何人もいますよ。わが家の息子もしゃべるのはよく
しゃべるし、2階にいても呼べば返事します。
でもそんなことはその子の成長にとり、とても小さなこと。もっともっと大事
なことがあります。息子も重度の聴覚障害児とはその様相がちがうだけで、
さまざまな問題を抱えています。それはたぶん小さいお子さんの親御さんには
見えにくいことだと思います。
聴覚障害児の早期教育に詳しい耳鼻科医は、人工内耳は中程度難聴児を増やすだけ。
70〜80dBの子どもの教育の難しさをきちんと捉えないと今後さまざまな
悲劇が引き起こされると言っています。
びよこさんのカキコを読んで、その言葉を思い出しました。
>月6回の指導では少ないですよ・・・私がシッカリみてあげる自信もないですし・
という箇所です。
幼児にとっては療育などは、必要悪だと思いませんか?その年齢でしかできない
ことをしっかり体験させてあげてほしいなと思います。
たっぷり遊んでたっぷり可愛がってもらって。お母さんができることはたくさん
あるじゃないですか。子どもが育つのは療育施設の中でではないはず。
暖かな家庭の中で、しっかりと受け止めてくれる親のもとで育つのではない
ですか。親子の時間がたっぷりあるのは、お互いの人生の中でホンのひととき、
あっという間に親の元から離れていきます。
今の時間を、小さいお子さんの親御さんは大事にしてほしいなと思います。
こんなことを言えるのも、息子が高校生にもなり、親子で過ごせる時間も残り
少なくなってきたからでしょうか?
[7758] 雑感その2 投稿者:桃象@国仲涼子ファン 投稿日:2003年01月10日 (金) 10時45分>こんなに反対が多いとは残念でした。でも頑張ります!子供に聞かれたときも、堂々
>と答えられる親で在りたいと思います!!
なつかしいですね。私達夫婦にもこんな思いに狩られて,やみくもに育児に関わっていた時期がありました。様々な情報は,育児にとっては必要条件であっても十分条件ではないんです。手話,人工内耳などの場合は尚更そうでしょうね。
実際,みーママさんが述べられたような経験にしても,何か劇的な出合いとか出来事があるわけではない場合が多いんですよね。様々な小さな出来事が少しずつ積み重なって,いつの間にかそういう考えにたどりついたと言うことの方がはるかに多いんでしょうね。
まあ,親の方は一生懸命,子供の手を握りながら一緒に歩いているつもりだったのに,いつの間にか子供は親の手を離して歩いていると言うことになるんです(苦笑)。
昨日の夜も夕食の後片付けをしているときに,息子と娘が何やら話し込んでいるようだったので,「何話しているんだ?」と聞いたら,娘曰く「お父さんには関係ないこと!」,息子の方はと言えば「まあ,ちょっとね…」と言うだけ。妻は地元のろう協の役員会で外出とあって,なんとも言えない気持ちにさせられた一時でした。
==
[7757] 雑感 投稿者:桃象@国仲涼子ファン 投稿日:2003年01月10日 (金) 10時33分まあ,もう人工内耳をつけちゃったんだから(敢えてこういう書き方をします),
あれこれ言ってもしょうがないすっよね。手話もやっているというし,取り敢えずはね,それでやってみてくださいね。
子供が使う手話について,何かわからないことがあったらまたここに来て下さいね。もう読んでいないのかもしれないけれど。
==
[7756] 人工内耳にしない理由 投稿者:みーママ 投稿日:2003年01月10日 (金) 00時26分遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
2才7ヶ月のろう児を持つみーママです。
みーが聞こえていないと診断されたのがちょうど2年前です。
医者から「補聴器をつけて訓練すれば聞こえるようになるし、話もできるようになる。
無理なら、人工内耳があるから・・・」と言われ、
人工内耳をすると決めていた私です。
半年後、この掲示板に出会い、初めての書き込みで人工内耳について書き込みをして、
ととさんやちひねこさん、桃象さんを驚かせた私です。
その私がみーに人工内耳の手術をやめさせたきっかけは、成人ろう者の方々の生の声でした。
聞こえないことはやっぱり聞こえない本人たちから教えてもらうしかないんです。
いくら医者でも、先生でも、どれだけ想像しても聴者にはわからない世界です。
だから、聞こえない本人たちが自分の経験を話してくださることは、
聞こえない子を持つ親は真摯に受け止めるべきだと思いました。
今回もちひねこさん、あるるさんが書き込みしてくださいました。
私もお二人が仰るとおりだと思います。
少しでも聞こえればいいという問題ではないと思います。
聴者と同じ聞こえでなければ、苦労するのは我が子。
昨年の秋、中途失聴(2年前)のママと知り合いになりました。
当然、ペラペラしゃべります。
つい彼女が聞こえにくいということを忘れてこちらもペラペラとしゃべってしまったら、
「手話つかって」と言われ、「ハッ!」としたことがありました。
聴者ではないってことは、ペラペラしゃべれても聞き取りにくいということなんです。
人工内耳にしても聴者とは違うのだったら、我が子のありのままの姿のろう児として
自信を持って育てていくことにしたみーママでした。
[7755] 訓練施設の有無は 投稿者:ちひねこ 投稿日:2003年01月10日 (金) 00時23分ここの他に、人工内耳関連の掲示板など探せばあると思うので、そこで聞いてみても良いと思います。ここでは、ろう学校に通っている方が多い方だと思いますから。
思うのですが、音声会話をベラベラ話せるようになって、そこからどうしますか??
もしかしたら、手話もペラペラ、音声会話もペラペラを目指しているのかも知れませんけれど、ぴよこさん夫婦には、何か目指すものがあるんだと思います。
でもこれだけは忘れないで。子供には子供なりのスピードがあります。
周りのスピードを気にしないでください。
子供と一緒に歩いていってください。
[7754] 本当なんです!! 投稿者:ぴよこ 投稿日:2003年01月09日 (木) 23時57分うーーーん・・・ベラベラ・・・は、本当なんです。
私は健聴者で、聞こえない子を持ち初めて難聴者と出会い、何人かの紹介で、
「○○さんは高度難聴だけど、とても流暢にお話するよ」とのことで、
○○さんとお話してみると、それまで難聴者のかたとの接触が全く無かった私にとっては
何を話しているのかは分かった。と、いう程度。でも、彼は、難聴者のなかでは優等生!!という経験があります。
その私が言うのです!!欲目では無いんですよ!!
百聞は一見にしかず・・・なんでしょうけど。
それに、オコトバではありますが、人工内耳の最先端は皆さんよりも私のほうが
良く知っていると思うのです。
それに、デフファミリーのお子さんも手術しましたよ。それって、少なくともその親御さんは
子供には少しでも聞こえさせたいと願ったからですよね?
でもね、反対の方は反対でもいいんです。
ただ、この掲示板でも新たに聞こえない子を持つ親になられた方が来られますよね。
そのときに、無闇に反対しないで欲しいのです。
そもそも、私がこの掲示板で得たかったのは、訓練施設の有無であって、人工内耳の賛否討論ではないんです・・・
こんなに反対が多いとは残念でした。
でも頑張ります!子供に聞かれたときも、堂々と答えられる親で在りたいと思います!!
[7753] ここは 投稿者:ちひねこ 投稿日:2003年01月09日 (木) 23時48分どちらかというと、人工内耳やろう教育、インテの情報に関してはマイナス面の情報を割と載せている方です。
ですから反感を覚える方は、確かにいらっしゃると思います。
何か物事を判断する時には、プラス面とマイナス面を両方見て決めることが必要なこともありますよね。
でも、何かをアピールしたり、進めたりする時にマイナスの面まで説明してくれるところは勇気がいりますよね?
「このテレビは高画質ですが、壊れやすいんです」と言われてそれでも買うかどうか。
でも、「このテレビは高画質です」とだけ言われて買ってみたら壊れやすかった、こんなことなら初めからきちんと言ってほしい!!
最初の時に現在得られるだけの情報を得た上で購入するか、何も知らないで購入するかでは、気持ちの持ちようが違うと思うんです。
そして、前者のケースでも「やっぱりあれは失敗だったのかな」と後悔する場合がないとも限りません。
大切なのは、そんなときに「あれは失敗だった」と振り返って見つめられることです。そこからどうしたらよいのか、次はどんなのを買えばいいのか、前に進むことは出来るともいます。
後者も「何も知らないで買ってしまった、あぁ、どうしよう」となるかも知れません。その時点で知らなかったのは仕方がないのです。では、どうすればいいのか 新しいテレビに買い換えるのも良いでしょう。その時に、きちんと情報を集めることです。「本当に必要なものは何なのか?」を判断出来るくらいの情報を。
ろう教育も同じです。「これで良いのか?」「間違っているかも?」と思うことがあったらやっぱりいろいろ情報を集めたり、意見を交わしたりすることが必要になってくると思います。やっぱり良くない、という結果が出た時どう動けるかが鍵ではないでしょうか?
時には、耳の痛くなるような情報が必要になることもある、ということです。
人工内耳で頑張っておられる方には人工内耳の批判は聞きたくないでしょうし、
インテで頑張っておられる方には、私のようなインテ不要論(まぁ、批判ですよね…)のような体験談はあんまり見たくないでしょうし、
逆に手話で頑張っておられる方は「手話なんか必要ない!!」なんていう主張を見たくないかも知れない。
でも、あえて見てみないと情報のバランスが取れないのかなとも思います。
賛成があれば、反対がある。物事にはそういう二面性があるのでしょうね。
やり直しのきかない事柄ほど、多面的な情報が必要なのではないでしょうか?
[7752] 人工内耳について 投稿者:あるる 投稿日:2003年01月09日 (木) 23時27分初めて投稿します。人工内耳について色々意見が交わされていますね。私自身、小さい頃から補聴器で聴力を活用していて、発音もまずまず、です。インテをしていたので健常者の世界で育ちました。主に口形と補聴器からの音を頼りに会話をしています。親も、健常者と同じように接してきていましたが、やはり限界はあります。ぴよこさんのメールに「同じ学園の人工内耳をしたお友達は、全員パーフェクトにペラペラです!!後ろからの呼びかけにもバッチリ反応していますよ」とありますが、それは補聴器の私でも可能です。補聴器でもかなり小さいときから活用していればかなり効果があります。しかし、結局はそれだけではないかな?と思うのです。慣れた人、慣れた単語、慣れた音調に対してはある程度聞こえますが、そうでない場合、口形も合わせます。中には口形と声を併用しても分からない人もいます。集団になると、いくら補聴器での聞き取りがよくてもお手上げです。私は聾学校の幼稚部ではかなり発音もよい、と言われてインテしましたが、インテした当初は、周りは私の発音は奇異な物に聞こえたそうです。毎日又よく合う仲間の場合、その声は聞き慣れているので、その集団内では確かに「パーフェクト」です。しかし一旦外にでれば、「奇異」なのです。そうした現実もあるのです。結局、補聴器も、人工内耳も、本当の耳には及ばないわけです。所詮は、機械です。本当の耳には沢山の神経がありますが、人工内耳はほんのわずかです。自分が慣れているところではパーフェクトに見えるかもしれませんが、一歩なじみのない世界に踏み込むと・・・。成功例に目を向けるだけでなく、厳しい現実にも目を通された上で、狭い世界でのパーフェクトを目指すより、広い世界で壁にぶつかったときに、「聴覚障害者」として自覚し、どのように柔軟に対応していくか、考えて欲しいものです。そういった壁にぶつかって、一番苦しくなるのは、親でなく、本人なのですから。それが聴覚障害児をもつ親には必要ではないかな?と思うのです。そうした覚悟も踏まえて、子供の「聴覚障害」をありのまま受け入れて欲しいものです。
[7751] 聞こえることよりも大切なもの 投稿者:ちひねこ 投稿日:2003年01月09日 (木) 23時18分人工内耳に反対する理由の1つとして、
パーフェクトに聞こえようとすることよりも、大切なものを見いだしたからだと思われます。
子供の意志を、無視しているといえば多少いい方はきついですが、私もその通りだと思います。
子供が自分で何が必要かをまだ分かっていないのに、親が決めても良いのかどうかと言う議論は今までに何度もなされてきました。
全員パーフェクトにペラペラかぁ。前の投稿にも書きましたけれど、大勢の人の中で個人個人の声、音色、トーンなど聞き分けるのは、いくら人工内耳でも限界はあると思うのです。いうならば、「声の文化」がある。私達聞こえない人たちはどうやってもそれを理解することは出来ません。
聴者の友人に聞いたのですが、聴者は電話で誰が出たのか、名前を言う前にすぐ聞き分けられるし、そうでないといけないような暗黙の了解があると。それが本当かどうか分かりませんが、それを聞いた時に、ついていけないと感じてしまいました。私から見れば神業に近いです。
あと、補聴器は必要ないと思ったら外すことが出来ます。ずっと付けないでいることも可能です。人工内耳は一度付けてしまったら外すことは出来ません。スイッチを切ることで、使わなくなることも可能ですが。
きこえない子供は、確かに大きくなれば聞こえる人ばかりの世界に入っていきます。ですけれど、聞こえる人にはなれません。私がそうでしたが、聞こえる人ばかりの中でずっと育っていると自分は何者だったのか、何者なのか頼りなくなることがあります。
私は現在完全に補聴器を外して生活しています。仕事場でも、どこへ行く時でも。
昔は補聴器を外すのが怖かったのですが、ある時試しに外してみたんです。そしたら何にも危ないことはなかった。むしろ、音に気を取られて注視力が疎かになることの方が危ないかな、と思いました。外してから、周りの空気というかそういうのに敏感になったように思います。仕事もある程度の読話と、それでもダメだったら筆談がある!!そんな感じですが・・・
逆に、補聴器を付けていたころの方が無理をしていたかも知れません。無理をして一生懸命聞き取ったんだけれども結局分からなくて、ということが多かったです。
今はもう、聞こえることにあこがれは持たなくなりました(元々あまり持っていなかったんですが)
耳が聞こえない分、視力に頼って生きているので、目が見えなくなったら本当に困ってしまうでしょうね。
でも、盲の人は目が見えないことで私達が思っているほど困ったり悩んだりはしていないかも知れない。聞こえなくなったら困るかも知れないですけど。
聞こえるにこしたことはない、という考えも否定は出来ません。
でも、これからあるかも知れない。子供が「どうして人工内耳を付けたの?」「人工内耳を外したい」ということがあるかも知れない。別に深い意味はなくて、ただ聞いてみただけ、という感じで。そんなとき、親はどう答えればいいのか。
今まであったインテ問題も同じです。
「どうしてろう学校に通わせてくれなかったの?」「どうして普通校に入れたの?」そういう質問、わりとあるんじゃないかと思いますね。
しなくても心のどっかでふと思うことがあるかも知れない。
そういう時に親がどう答えるか、ですよね。
その逆もありますよ「どうしてろう学校にばかり通わせるの」「普通校に行ってみたい!!」ってね。
何が大切なのかは人それぞれです。
子供の体は子供のもの。
子供の心は子供のもの。
何が必要で、何が必要でないかは、子供がこれから経験しながら選択していくのでしょう。
その時に、親の思いと、子供の思いがずれることもあり得ると思っていた方がいいです。そういうものだからです。
ですから、いつか自分の子供が「聞こえることよりも大切なものがある」という思いを持ち始めた時、親としてはそれを認めてあげて欲しいと思います。
親の自信とは別に、子供の持つ誇りも大切だからです。
まぁ、人工内耳に誇りを持つ子供が現れないとも限りませんけれど。
思うのは、人工内耳を付けた子供達が大きくなって、その時まだこの掲示板が残っていれば、人工内耳ってどんな感じなのか、書いてくれる時が来るのかなぁ?と。
[7750] どうしてかな・・・? 投稿者:ぴよこ 投稿日:2003年01月09日 (木) 20時26分難聴児をもっておられる親御さんのなかには、どうも人工内耳に反対の方が多いように思います。なぜですか?私たち夫婦はなんの迷いもなくオペへ踏み切りました。
子供の意見を無視してる??子供が自分の意志を持つようになってからでは、そのときに人工内耳を希望したとしたら、今装着する数十倍の努力が必要なんですよ!
仲間はとっても大切です。私は手話も習っています。1歳の息子は可愛い手で小さな手話を披露してくれます。でもね、いずれこの子が出て行く世の中は健聴者の社会です。
そこで、人工のお耳であろうと聞こえるにこしたことはないと思うのですが・・・
人工内耳の反応が人それぞれであることも理解できますが、補聴器でも同じことが言えるのであれば、どちらを選んでも良いのではないでしょうか??
それに、今のところうちの子の反応はイマイチではありますが、言ってもまだ術後2ヶ月ですし・・・同じ学園の人工内耳をしたお友達は、全員パーフェクトにペラペラです!!後ろからの呼びかけにもバッチリ反応していますよ。
こういったリアルタイムの現状を皆さんにも知って欲しいと思います。人工内耳は近くまた新機種が出ます。常に進歩してるのですよ。
ですから、私は聾教育も新しい風を入れて欲しいのです。教育はいつも保守的だと感じます。
熱くなってしまいました。すみません。
でも私たちは、人口内耳の選択にじしんを持っています!!
[7749] 初めまして 投稿者:ボーロ 投稿日:2003年01月09日 (木) 19時10分初めまして、ボーロと申します。
「難聴」で検索し、ここに辿り着きました。
昨日、子供(0才児)のABR検査の結果が出まして
「軽度難聴・50db」と診断されました。
私自身、難聴について何の知識もなく
これからどのように子供を育てていけばよいのか等
教えていただきたいと思います。
よろしくお願いします。
[7748] ぴよこさんとヘンリーさんへ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2003年01月09日 (木) 12時51分ぴよこさんへ
人工内耳をつけられたそうですね。
将来的にはろう学校に通わせて、手話を身につけさせたいと考えていますか??そうでしたらろう学校をお勧めします。
ただ、人工内耳は個人差があり、効果がわりと目に見える人、目に見えにくい人がいます。
補聴器のフィッテイングと同じです。
これは私個人の考えですが、人工内耳をつけても聞こえる人並みにはなりません。多少の音が聞こえるだけでもいい、とお考えの方もいらっしゃるでしょうが、中途半端に聞こえる、というのも苦しいと思います。また、人工内耳に関する情報、知識も補聴器以上に正しく広まっているわけではなく、「人工内耳をつけているんだから聞こえるはずでしょ」といわれる事がこれからもたびたびあるだろう事も、考えられます。補聴器でも同じだったからです。
ろう学校内でも同様に人工内耳についての正しい知識があるのかどうかは疑問です。「少しでも聞こえたら楽しい、助かるはず」という聞こえる人側からの想像でしかありません。
実際に付けている本人は果たして音をどう感じているのか??
人工内耳を付けても、聞こえる人と同じような音を感じ取る事は、難しいと思いますね。その聞こえの違いを、周りの人は頭の片隅にでも入れておいて、その子供と接する必要があるでしょう。それはどこへ行っても同じだと思います。家庭でも。
人工内耳用の指導まで行っているろう学校は、私の知っている範囲では聞いた事がありません。
付けるだけ付けて、後はどうするのか??もしかしたら従来の口話指導法のまま人工内耳装着児に接しているかもしれません。かといって、地域校に行ってもそれ以上に対応は難しくなるとも考えています。どこまで聞こえるか、が問題ですが、学校の授業以上に大切なのが子供たち同士のつながりだからです。他人数で話をするときに、人工内耳がどれだけ活用できるか、です。
その点を考えると、ろう学校はまだまだ問題点が残っていますが、子供同士の会話が分かる、というところはいいのではないかと思いますし、手話という母語を身につける事が出来るのは口話ができることよりもはるかに大きいでしょう。
あまり音の反応や聞こえばかりにこだわっていると、子供が罪悪感を抱くようになってしまいます。聞こえていないのに、聞こえているふりとか分かっていないのに分かっている不利とかをして親を安心させようとするかもしれません。
本当は私は人工内耳には反対ですが、付けてしまった子供に対しても手話は必要だし、健やかに成長してほしいと思っています。
ヘンリーさんへ
今月で3歳になる男の子がいるんですか。
今、保育園に通っているとの事ですが、ろう学校も試しに??一度たずねられてみたらいかがでしょう。補聴器のフィッテイングもやってくれると思いますし。
一つお聞きしたいのですが、今まで会話のとき、息子さんの反応はどうでしたか??おしゃべりか、そうでないか。
会話がいまいちかみあわないとか、そういうのがあれば、息子さんは話が分からなくてそうなっているのだと思います。聞こえにくい子供は、耳よりも目を活用します。誰にいわれるでもなく、自然とそうなっていきます。ですから、視覚から得られる言葉=手話をこれから使ってみる事をお勧めします。はじめから難しく手話を覚えるのではなく、ホームサインからでもいいです。通じる事からはじめてみてください。
息子さんは、今言葉を体の内にためています。いいたい事、知りたい事などが出てくる時期だからです。お母さん、お父さんがそれを引き出してあげてください。ここをたずねてきたあなたならきっと出来ると思いますよ。何かあったらまた書き込んでくださいね。
[7747] 風邪でダウンです。 投稿者:ととさん 投稿日:2003年01月09日 (木) 09時27分年明け早々、風邪でダウンしてしまいました。
ぴよこさん、ヘンリーさん、返信は少し待って下さい。
[7746] はじめまして 投稿者:ヘンリー 投稿日:2003年01月07日 (火) 15時49分はじめまして。今月で3歳になる男の子のママです。通ってる保育園の先生から検査をすすめられ昨年の9月に難聴とわかりました。現在、病院から紹介された発達センターという所に通ってます。補聴器を明日はじめてつける事になりました。これから色々な訓練が始まると思います。
なにも知らないので何か知識や情報を知ろうと思いPCで検索してここを知りました。皆さんのコメントや掲載されてるのを見て正直涙が出ました。何故涙が出たかはわかりませんが自分の無知識さかも知れません。。。うちの子は70db位だと聞いてます。今は保育園に通い、保育園側も受け入れてくれますが聾学校に行った方が良いのでしょうか?
これから質問や相談事を書くかと思いますがどうぞよろしくお願いします。
[7745] 補聴器 投稿者:すぅめっちぃ 投稿日:2003年01月06日 (月) 17時16分わたしも手話がほとんどできなかった当初、生徒に補聴器をつけるように指導していましたが、現在はどっちでもいいと思っています。担当が高校生なので親の考えというより生徒の考えに任せてます。プールや体育の後は壊れないように外している生徒が多いですし(むしろ私の方から外せということも)、補聴器を装用していても電源をoffにしていたりボリューム0にしている生徒も居たりします。(nonnonさんの話と同じような経験があるのかも?)
その場合手話・口話が基本で指文字、筆談(板書)ですね、キューは例外を除いて使わないようにしています。(・_・)......ン?これは付けていても同じか^^;
ですが、できることなら少しでも生徒に音を感じて欲しいとも思っています。理科の教員だからでしょうか? 試験管の水素に点火した時の「キュポッ」という音がたまらなく好きなので(笑)
私は皆が補聴器・人工内耳とか、皆が手話といった指導には批判的で、生徒の聴力に合わせた指導でいいように思います。せっかくの聾学校なので、ある程度の手話を身につけて卒業して欲しいという気持ちもありますがね。転編入の生徒もいますので、なかなかそうはいかないのが現実です。
etuさんのおっしゃるとおり、当事者の先生と話した方がいいかもしれませんね。二人だけですと感情的になってしまうかもしれませんので、第3者として生徒相談(カウンセラー)の先生を入れたほうがいいように思います。
[7744] Re[7740]: 愚痴を聞いてください。 投稿者:etu 投稿日:2003年01月05日 (日) 17時57分おめでとうございます。
etuといいます。
早速ですが、家の娘はろう学校の小学部に通っています。
私も、補聴器は付けても付けなくてもどちらでも良いと思っています。
で、娘は付けてないのですが、担任にはハッキリとこちらの意志を伝え
話し合いました。
nonnonさんは、先生とはお話されましたか?
もしまだでしたら、かなり強くハッキリと言ってみるのはいかがでしょうか?
[7743] はじめまして 投稿者:ぴよこ 投稿日:2003年01月05日 (日) 00時50分はじめての投稿です。宜しくお願いします.いっぺえ先生からの紹介で、こちらのHPを知り
内容の濃さに感激しています。さて、私も、もうすぐ2歳になる難聴の男の子の母親です。
うちの子は昨年10月に人工内耳をしました。まだまだ反応はイマイチで実はそのことで
悩んでいます。私たちは大阪在住ですが、岡山の施設へ月に6回通園しています。そこ自体は
大変信頼の出来る先生に恵まれて、申し分ないのですが、なにせ遠い為、経済的にもこれ以上回数をふやすことも出来ません。しかし、月6回の指導では少ないですよ・・・私がシッカリみてあげる自信もないですし・・・皆さん、関西圏でお勧めの施設はないでしょうか?
大阪の人は聾学校の幼稚部から始められてる方が多いようですが、聾学校は人工内耳に批判的なところがないですか?
わたしの一番求めてることは、せっかく人工内耳にしたのですから人工内耳用の指導を、理解を持ってしていただけるところです。
人工内耳は今、学会でも花盛りだそうですね。ということは、人口もそれなりに増えていて、
装着されてる方も、コレを読んで下さってるでしょう・・・
人工内耳のお子さんを持っておられる方も、そうでない方も、どうぞわたしにご意見を下さい。
宜しくお願いします。
[7742] あけましておめでとうございます 投稿者:ととさん 投稿日:2003年01月04日 (土) 23時49分遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
nonnonさん、
MUさんが言うように、親が信念を持って、子に接することだと思います。
私の知っている親で、子がスケールアウトである為、小1の時に補聴器を
外した人がいます。 先生は「少しでも補聴効果があるかもしれないから
外さないように」と言い続けましたが、子供の様子などから、音のにこだわる
よりも、視覚的な方向(手話)へ進んで行こうとの判断から、外すことを
決断しました。
nonnonさんとしては、先生から子供への情報が気にかかっているようですが、
それも、子供にとってはいい経験だと考えればよいのではないでしょうか?
子供が判断する時は、周りからの情報に大きく左右されます。 子供が
「聞こえないと楽しくない」と言ったとしも、これから、自分の聞こえる音が
楽しいのかを経験して行けば、今後、自分にとって最適な判断はどちらかを
決めて行けると思います。
私の経験ですが、補聴に私や先生がこだわっていた頃、しょうちゃんは自分から
補聴器を付けていました(忘れることもしょっちゅうでしたが)。 しかし、
親がこだわらなくなってからは、学校へ行く時意外は付けません。 映画に行く
時などは、付けたりします。 そのつど自分で判断しているようです。
今、眼鏡をかけているのですが、眼鏡を掛け忘れることは絶対にないですね。
自分にとって必要なものは、自分で判断していくと思います。
[7741] そんな先生は・・・ 投稿者:MU@沖縄 投稿日:2003年01月04日 (土) 12時41分nonnon さんへ
そんな先生、さっさとごみ箱に捨てておしまい!
・・・と言いたいところですが、そうもいかないのが現実なんでしょうね。悲しいことに。
私も、幼稚部の頃親も私も補聴器をお風呂、寝る以外絶対に外してはならない、という押し付けられ
親もそういう先生の言いつけに守っておりましたよ。
厳守のあまり、幼児虐待まがいもされたことも忘れません。(参照:いくお〜る1月号)
ろう学校の先生で一番困るノは、健聴者としての価値観を押し付けたがるタイプの事です!
私から言いたいのは、nonnon さんの親としての自信と理念をしっかり持ち、お子さんを守ると共に、
誇りを持って先生にうまく付きあって下さいね。
つまり、先生の言うことは「ハイハイ」と聞き流し、お子さんのしたいようにさせてあげるのが一番だと思います。
お子さんが「補聴器、必要 聞こえないと楽しくない」と言うなら、気が済むようにそのようにしてもいいですよ。
いずれ空しいことと分かる時がきっと来ますから。http://www.ne.jp/asahi/miadomo/estas/
[7740] 愚痴を聞いてください。 投稿者:nonnon 投稿日:2003年01月02日 (木) 07時32分明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
お正月早々の愚痴で恐れ入りますが、皆さん聞いてください。
うちの子供は聾学校の幼稚部に通っているのですが、担任の先生の補聴器をつけるという考え方に困っています。
うちは学校のみだけ補聴器をつけているのですけど、先生もそれをわかっていて子供にいろいろ言うみたいです。
いわく先生は子供に「聞こえないと困るんだよ。」「聞こえないとたのしくないよ」「補聴器をつければ聞こえるようになるよ」とか等、子供に言っているみたいです。
子供が「補聴器、必要 聞こえないと楽しくない」と言っているので、驚いています。私は補聴
器はつけてもつけなくても別に子供の意思でつけてもつけなくてもいいと思っています。
それなのに先生が子供にいろいろ言い含めているみたいなので本当に迷惑しています。
こういう経験のある方いらっしゃいましたら、対処の方法がありましたら参考にしたいなーと
思っています。