先生が「図書室まで行って,不思議の国のアリスの本を探して,隣の部屋で感想文を書きなさい」とおっしゃったら,それを聴覚障害児に伝えるだけで,あとは何もしないのが情報保障。
先生がおっしゃったことを聴覚障害児に伝え,それから聴覚障害児と一緒に図書室に行き,本を一緒に探してあげ,感想文を一緒に書くのが生活支援(笑)。
生活支援と情報保障の兼ね合いの問題は聴覚障害者,聾者の福祉の永遠の課題です。
==
昨日、2001年分のログを整理したところ、設定ミスで、書き込みが出来ない
状態になっていました。 みーママさんからの指摘で気付いた次第です。
先ほど、修正して書き込みが出来るようになりました。書き込もうとされた方、
本当に申し訳ありませんでした。
ちなみに、ログは、50件を超えると自動的に「過去ログ」の中に入っていきます。
しかし、そのままだと、ファイルが大きくなり過ぎ、検索に時間を要することに
なりますので、1年ごとにまとめました。 また、トップページから「過去のログ」
に入ると、日付とNo,から、捜すことができます。 目的に合わせて利用して下さい。
3週間の出張から戻ってきました。
その間、出張先で、ここを読むことはしていたのですが、さすがに書き込む
までは出来ませんでした。 初登場の人や、質問をして来た方々には申し訳
ないと思いつつ、皆さん方で、フォローし合って頂き、ありがとうございま
した。
タクママさん、まるかいさん、少年Hさん、ベルさん、ゆんたくママさん、
Haradamufujiさん、ようこそ、これからよろしくお願いします。
今の会社で産休、育休を除いて、働き始めて足かけ5年になります。
その長い時間をかけて、職場のみんなもすこしずつ変ってきました。
私さんに何を伝えれば一番いいのか、何の情報が一番ほしいのかそれこそ、
かゆいところに手が届く感じで、口で或いは紙に書いてくれます。
毎日、顔をつきあわせて、一緒に仕事していく中で、
私もみんなに聞いて聞いて(ほんとに聞いてばっかです)聞きまくった結果です。
わからないまま仕事しては、あとあと差し支えるからです。
それは、職場のみんなもよくわかっているようです。
惜しむらくは皆、手話を覚えてくれていません。
聴覚障害者に仕事をしていく上で、必要な情報を与えること
これが情報保証だというのは、なんとなくわかりました。
生活支援をこどば通りに受け取ると、聴覚障害者の生活を支援することなのかしら?
保育園での通訳は?
両者の違いについて教えて下さい。
かな〜〜?
今の会社ではかなりの情報を筆談で補っています。
仕事の進め方、注意事項、これから仕事のやり方が変わりました。などなど。
朝礼の時も後で「今日は仕事が一杯です」とか。
これが凄く助かってます。
何でも筆談なので、確実に情報が入るんです。
後で自分でメモして書き込んでいます。
入社当時から「仕事の説明は筆談でお願いします!」と言い続けてきてたのでみんな慣れてきたようです。本当は手話の方がいいのでしょうが、専門的な言葉を使っての説明は難しい面があるようです。
説明してくださる教育担当の人は筆談をあまりやったことがないような人だったのですが、それでも一生懸命書いてくださいます。言葉で説明しにくい所はもう絵で説明?してくれます。これが意外と分かりやすい。
私も全部口話を読みとろう!と気張っていないので読みとれなかったりするとすぐ「?」表情になってしまい相手がそれを感じた瞬間にすぐさっさと筆談に取りかかってくれるのには驚きましたけど…
これが、会社における情報保障だと思います。小学校のとはだいぶ条件が違いますけど。
生活支援。うーん。会社の場合ですと昼休みとか、休み時間とかに当たるんでしょうね。これは人間関係がものを言う?んじゃないのかしら…
昼食の会話とかはもうその人に対して話したければ手話なり、筆談なり個人的なやり方になりますね。私としては、公的な情報保障と私的な情報保障に分かれている感じです。
公的な情報保障(仕事)に関してはきっちり保障してほしい。
私的な情報保障に関してはまぁ、個人差はあるでしょうけどあまり気張らない程度に保障されればよいのではないかと思っています。
学校だと、授業の内容、進め方、注意事項など、またHRなどでの重要連絡事項までが情報保障にはいると思います。
昼食時や休憩時間などでの会話、遊びの時はこれはクラスの人たちが工夫し合ってその子供に情報提供できるといいのではないかと思います。つまり、聞こえない子供が、今その情報がリアルタイムで入ってきていない、ということをクラスメイト達が知っておく必要があると思うのです。クラスメイト達も、聞こえないクラスメイトにはどう接すればいいのか、を学ぶ必要があると思うからです。
学校での授業についての情報保障は当然、なされるべきです。
授業以外でのクラスメイトとの関わり方や、会話の中での情報保障などは臨機応変で、できるならばクラスメイト達が自分から情報を提供するなどのやり方があればいい。
これが私の情報保障の考え方ですが、どうでしょうか?
ちなみに、私の席の隣には中国人がいますが、見事な書記日本語を書かれます。うーん。どうやって身につけたのだろう。というか、中国人と筆談し合っているなんてなんか不思議な気分です(笑)
小中学校における生活支援とは教育の一環としての支援です。教育を受けるにあたり
聴覚障害の児童であれば情報保障と言うことになりますが大学のそれとは異なります。
まず担任の先生とよく話し合いどのような形式でやっていくか?ということは事前に相互理解が必用です。担任の役割と支援員の役割をどういう形でしていくのかということですが聴覚障害児を取り込んだクラスと言う意識がないと障害を持った子は支援員にお任せと言うことになり、友達との関わり、先生との関わりも希薄になりせっかくのインテグレーションの意味を成しません。
ではその方法ですが担任は周りも育て本人を育てることを考慮した支援員との関係を構築していく必要性があります。
次に支援員本人の情報保障の方法ですが、学齢が低く語彙も少ない場合を例に挙げると
分からない言葉をノートに書いていったのでは子どもも見てくれませんし、かえって
勉強嫌いになる要因を作ってしまうやもしれません。その児童にあった支援というのはいちがいには言えません。まだ小学生段階ではそれぞれの持つ課題が様々で傾聴態度に問題がある児童、座ること自体が出来ていない児童、これらには問題はないが読み書きが課題の児童、というように1つ1つ対処していく努力が必要です。
ここで何より大切なのは児童と支援員の信頼関係です。信頼関係なくしてどの問題も解決出来ません。子どもを育てることを基調にどのような支援(情報保障)してあげるのか考えていきます。
給食の時間は?というのがありましたが周りとの関わり、自立心も同時に育てる工夫をして自分で出来ることはさせてできなければ出来るようになる援助がひつ様なわけです。生活支援員とは単に耳の代わりでなく、教育の一環として子どもをどのように育てていくか?ということをクラスで、学校全体で考えていく仕事だと考えます。
松山市の学校生活支援員は上記のような取り組みをしており、全国的にみても先駆的事例だと思います。
富士山大噴火?のゆたかママです。
どなたか、生活支援と情報保証の違いについて
教えて下さい。
大津市に要求を出すためにも、
けど要求者が少ないと突っぱねられそう。
ひろぱぱです。
以前、掲示板にコメントあった中で「生活支援と情報保障は違う」という
表記があったかと思いますが、私もそのとおりだ、と思っている一人です。
娘の情報保障環境を獲得する中において、明確に分けてい置かなければな
らない部分だと考えています。
具体的には、ノートテイクや要約筆記の重要性を唱えても、「それは休み
時間や給食の時間にも必要ですか?」と返されてしまい、なんとなく話の
論点がずれてしまうのです。
あくまでも授業における「情報保障」をテーマにしているつもりなんですが
なんか生活支援の方に話がいってしまうような違和感がいつもあるのです。
ただ、生活支援と情報保障の違いについては漠然とそう思っているだけで、
自分なりに文章としてまとめているわけでないのも実情です。
(そう思っているだけ、といったほうが正しいかもしれません)
「生活支援と情報保障の違い」について語っている本などがありましたら
ご存知の方、ご紹介ください。
また、みなさまの経験の中で、生活支援と情報保障について考えていた
ことや、その違いについてまとめた考え等ありましたらご教授下さい。
まとまりのない文章で大変申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいた
します。
情報保障の話題で盛り上がっているところに申し訳ありません。
メイさんへ
レスをありがとうございました。
みーの耳のこと、わかったようでやっぱり理解しきれないんですね。
みーとコミュニケーション方法が違うが為に、そのコミュニケーション方法を私が駆使できないが為に不安なんですよね。
そんな時、みーの先輩の言葉はとてもありがたいです。
そうですね、みーが幼稚部にでもはいってから手話のスキルアップを目指します。
今は、みーと私が楽しく話せて、お互いにわかりあえていればいいですよね。
でも、みーの成長とともに、また不安になって嘆くことがあるかもしれません。
この不安は、私が日本手話を使えるようになるまで(いつのことやら・・・)繰り返し襲ってくると思います。
そんな時、みーの先輩方また助言をよろしくお願いします。
みなさん、いろいろコメントありがとうございます。
情報保障にはいろいろ方法論があって、それぞれメリット
やデメリットはあろうかと思います。
そんな中で、個人的な思いとしては、自治体に広く「情報保障」なる
ことばの浸透および「情報保障環境」を実現して欲しいといったところです。
まず実践あるのみと思っています。
方法論としてはみなさんお書きになられた内容が大変参考になります。
小学校(中高も含むのかな)において、情報保障は確立されていない
ので、一つでも多くの自治体で実例を作っていきたいと思っています。
いろいろな方法論、事例等アップしていただけるとより助かります。
今後ともよろしくお願いいたします。
ゆたかママさん、落ち着いてくださいな。
このページが壊れそうですよ。
1度ならず、何度も繰り返して申請しましょう。
そのうち相手が折れてくるよ。
桃象様
そうですね、ココで話す内容ではなかったですネ。
紙面では誤解もありますし、あれこれ言いたいことはいっぱいあるのですが、これに関しては、地元の手話講習会なり登録手話通訳者の研修会等でよく話し合ってお互いの理解を深め、更に聴障住民の要望に応えてゆけるよう努めてゆきたいと思っています。
現に活動をなさっている立場からのご指摘に感謝いたします。
難癖だなんて…ココではそんな受け止め方することはないですよきっと。管理人さんがいいから?
わたしの娘たちの通う保育園で、下の子でクラス役員を担っています。
その月一回の役員会でいつも通訳を頼んでいますが、
通訳を見ながらメモしているのでいつも不便を感じています。
保育園、全保護者へのお知らせを発行する広報係も兼任しているので、
いきおいポイントを抑えたメモが必要になってきます。
この1月に三者懇談会という、保育園、保母さんの職員組合、保護者
の話し合いがあって、内容がかなり専門的なので意を決して、
ノートテイカーと通訳を頼んだのですが!
何と大津市の返答が、ノートテイクか通訳かどちらかを選べと!いうことなのです。
でノートテイクの方がいいので、そちらを選ぼうとしたら今度は
ノートテイクは自己負担で(主催者に出してもらう、この場合は保育園?)
ということで渋々手話通訳を頼みました。
この時は理解ある父兄の要約筆記で事なきを得ましたが。
通訳も欲しい!ノートテイクもほしい!欲張ってはいけないの?
その両方があって、何とか健聴者に追いつけるのです。
わたしはNHKの手話ニュースでも、手話より下の文字を見てる人なのです。
皆さんどう思われますか?大津市に要求を出していこうと思っていますが、
助言くださいね。お待ちしています。
パソコン筆記通訳ってものがあるって初めて知りました。世の中、進歩しているのですね。
確かにわたしでさえ、思考と同じスピードで文字が打てるのですから
内容の濃い筆記通訳が出来るのでしょうね。ぜひ、体験してみたいですね。
手話通訳者って結局のところ、やっぱりその人の人格によるところが大きいでしょうね。
手話を覚えにきているのに、そばにろうあ者が一杯いるのに健聴者同士で音声言語で
しゃべりまくる人が結構います。手話使ってくださいと何度いい続けたことでしょう!
> 話が跳びますが、心の伴わない手話って、受ける方は意外と敏感に感じてしまいます。
> 「うまい手話通訳」はたくさん居ますが、「わかる手話通訳」って案外まだ少ないような気がします。逆に、手話はまだ十分ではないけれど「わかる手話(通訳)」っていうのもあるんですよ言葉や手話がどんなに丁寧でも、その態度をみれば馬鹿にしている(軽んじている)と、すぐにわかりもします。手話(通訳)を「してあげている」っていう態度には、敏感ですしホント傷つきます。自然に(心から話がしたいからと)手話が出てきてくれたらとってもうれしい。
難癖をつけるようで,こちらとしても心苦しいのですが,このような考え方が手話通訳の養成を阻んできた面も少なからずあるとも思っています。もちろん,心の問題はとても大切です。しかし,手話がまだ十分ではなくてもわかる手話通訳があるとはいう話は避けた方が賢明なのではないかとも思います。「上手い手話通訳」=「わかる手話通訳」でなければならないはずです。要するに「手話通訳技術」と「聾者に対する姿勢」がそろって初めて「上手い手話通訳,つまり聾者にとって分かりやすい手話通訳」と言うのが望ましいのではないかとも思う次第です。
==
パソコン筆記通訳,音声認識ソフトと聴覚障害者を取り巻く科学技術は日進月歩の状況
であり,私達聴覚障害者にとってはこれらの福祉機器を利用した情報保障手段をいかに
利用するかという新しい課題が生まれてきているようにも思います。
手話通訳についても同じようなことが言えます。日本語対応手話をわざわざ使わなくて
もパソコン通訳や音声認識ソフトが使えるのならば,それを利用すればすむ問題でしょ
うし,そうなるとパソコン筆記通訳や音声認識ソフトがあるような場での手話通訳はど
のような手話を使うのが望ましいのかという問題にも答えが出てくるようにも思いま
す。この問題はひいては,聴覚障害教育における手話の問題にも大きな示唆を与えてく
れるようにも思います。
==
> ノートテイクですか、小学校では例が聞かないようです。たいていは大学ですので。
私の子どもが通っている小学校では昨年から在籍聴覚障害児に対するノートテイク活
動を本格化させています。このような試みは既に全国各地の地域小で散発的にせよ,
始まっているのではないかと思います。ただ,そのような取り組みの大半は親の献身
的な努力に終わっているようでもあり,学校と親が専門家の協力の元に組織的に取り
組んでいる例は松山市の他はまだほとんどないのではないかとも思います。
地域校における情報保障では「生活支援」と「情報保障」という概念を区別して考え
ることが大切になってきます。より分かりやすくいえば,情報保障を行えば,聴覚障
害児の学校生活はうまく行くという考えはダメということです。この辺りは原田さん
に直接お尋ね下さい。
==
メイさん、こんにちは。
パソコン通訳、確かにOHP通訳よりも
見やすく、文章もきれいなことが多いですよね。
手書きですと、早い人でも一分間に90文字くらいだそうです。
パソコンですと、早い人だと200文字くらい打てる人もいます。
私はまだ150文字位なのですが・・・
2人入力でしたら、一分間300文字くらいにはなるでしょうか。
単語登録なども使えますしね。
これに関しては入力スピードを測るソフトがあります、
「一行窓」というソフトなのですが、最近はiptalkというソフトでも測れるようです。
NHKの紅白歌合戦では音声変換を使用していたそうなのですが、
かなり誤変換が多かったな、という気がします。
あれは別室で別のアナウンサーがヘッドホンをつけて
話し手の言っていることを繰り返し話し、インプットしたそうです。
それであの認識率だったようです。
ですから、小学校で音声変換ソフトを活用するのは、今は難しいと思います。
雑音が多いですし、話し手もかなり変わりますから。
(子ども達に発言を求めることが多い)
子ども達にその誤変換された文字を読ませるのはかわいそう、と私は思います。
ある程度年齢が上がってくれば、誤変換の元も何となく予測ができますから。
小学生ならば、先生もゆっくり話しますから
一人入力でも十分ではないか、というのが私の考えです。
ちょっと出しゃばり過ぎのメイですが許してネ。
今、私の周囲では今や「パソコン通訳」の時代と思っています。
ノートテイクやOHPで育った(育ててきた)世代ですが、職場の研修・講演会・交流集会などはもうノートテイクやOHPでは満足できなくなっています。
手話を使いこなせない難聴者や中途失聴者との一対一の通訳としてはまだまだ有効ですが、どうしても人が会話を文字化するというのは大変な作業ですから省略されたり語尾がハッキリしなかったりでなかなか満足できません。
一度パソコン通訳を経験してしまうと残念ながら見劣りは否めません。
ただ、研修や集会でのパソコン通訳は3〜5人がグループを組んで対応しており完成度の高いものになっているわけで、学校の授業に今すぐには当てはめられないだろうとは思います。
みなさんもご存じの、日本テレビのニュースや昨年末のNHKの紅白歌合戦では、こういった方法で同時字幕スーパーが実現しているわけです。
ノートテイクよりはずっと多くの情報が伝えられると思います。
端末入力者と難聴児とがそれぞれ持つパソコンをつなげれば、遠隔通訳も可能ですし(教室で通訳者が目立ちにくいので難聴児もやりやすいかも)、後にフロッピーからの記録起こしも比較的容易にできると思います。
ただ、まだまだパソコン通訳養成が追いついていません。
当事者に聞いてみると「ワープロが打てれば誰にでもできる」というようにおっしゃっていました。もちろんその入力技術にはランクもあるのでしょうが。
パソコン通訳に資格制度はまだありません。
ですから要約したり切り捨てたりがほとんどなくて…と完璧はいかないでしょうが。
小学校なら担任の先生が一人ですから、音声変換ソフトを活用して、それを補うパソコン通訳なら一人でもできるかも??
全国大会レベルでは、舞台の発言者を大型スクリーンに映すのと併せて間違いなくパソコン字幕がついています。そういう時代です。
技術的に可能なことは何でも取り入れて、情報保障に役立てられればと思います。その昔(^^;)ワイヤレスマイクと受信機をもっと早く買ってほしかった私…です。
教室を歩き回る先生を恨めしく思っていたのは私だけでしょうか(口が読みとれない)?
パソコン通訳グループも全国にぼつぼつ結成されてきています。
難聴者協会あたりが把握してると思います。
逆にパソコン通訳は、まだ制度化されていない反面、融通がきく面もあるかもしれません。
一度、模擬教室でデモをやってみてはいかがでしょう?
知識や情報に誤りがありましたら、どうかみなさん補ってくださいね。
<今回、みなさんに質問なのですが、小学校で情報保障、特にノートテイクを<
考えているのですが、実践されている小学校を知っていらっしゃる方、情報をいただければ
<と思います。
< このたび、市長ならびに教育委員会と打ち合わせを行う段取りまでこぎつけ、普通小学校
<に通学している娘(難聴です)の、情報保障をテーマに話し合う予定になっています。
ノートテイクですか、小学校では例が聞かないようです。
たいていは大学ですので。
でも、情報保障の面から小学校のうちからのノートテイクは欠かせないと、私は思います。
私は今デザイン専門学校で学んでますが、ノートテイクを要請しましたが、人材的に難しく、
実現されませんでした。
その代わり、と言ってはなんですが、自己負担で「音声認識ソフト」を購入し、担任の先生のご協力で
試験的ですが、やってみよとしているところです。
大丈夫ですよ。
その気持ちがあればじゅうぶんです(^^!)
そのうち、保育園とか遊びの会とかにみーちゃんが行っている間、ポッカリ空いた時間ができてその待ち時間に他の親御さんと手話を学び合ったり、悩みを語り合えるようになると思います。
3人のお子さん相手では、3度のご飯と洗濯だけでくたくたでしょうに…。
自分の話全部を手話にするのではなくて、みーちゃんがお話したがっている言葉から手話も併せて学んでいってはいかがでしょうか?
お兄ちゃんたちの2歳頃を思い出してみれば「なーんだあっそうかぁ〜」と、ねっ!!
お腹空いた、のどが乾いた、眠いよ、もっと遊びたい、お水ちょうだい、アメちょうだい、
アイスクリーム、スイカ、みかん、痛いよー、怖いよー、暑い、寒い、待ってー、もういーい(かまわない)?、本読んで、お風呂、ご飯、トイレだよ、一緒に、危ないよ、お家に帰りたい、はやく、おいしい、甘い、辛い、すっぱい、かわいい、(お花)きれいだね、おはよー、おやすみなさい…etc
手話でなくてもいいんですよ、通じればいいんです、家族間の身振りで。
知り合いの方で、お子さんを養護学級のある小学校に毎日送り迎えしている方がいるのですが、学校が終わるまでの待ち時間、今までは図書館で時間を潰してたのを、今は昼の手話講習会に切り替えて学んでいるそうです。とても熱心で、表現はまだ拙くても心がグッ!と伝わってきてうれしい出来事でした。
また、久し振りに地元の手話講習会に顔を出したら、娘二人が保育園に通っていた頃のお父さんが学んでおられました。保育園時代は一度も話す機会が無いままに卒園だったのに、手話を学んで3年目ということで今や講習会後の二次会までも楽しくおつき合いしています。
その当時は、お互いに必死の毎日でもう精一杯でした。
でも、志があればいつか実を結ぶんですね。うれしかったなぁ〜。
みーちゃんには、みーママさんの笑顔が一番大切なコミュニケーションですから、どうか楽しく過ごしてくださいね。でも、泣きたい時は、これもまた我慢しないで泣いちゃいましょう。
話が跳びますが、心の伴わない手話って、受ける方は意外と敏感に感じてしまいます。
「うまい手話通訳」はたくさん居ますが、「わかる手話通訳」って案外まだ少ないような気がします。逆に、手話はまだ十分ではないけれど「わかる手話(通訳)」っていうのもあるんですよ言葉や手話がどんなに丁寧でも、その態度をみれば馬鹿にしている(軽んじている)と、すぐにわかりもします。手話(通訳)を「してあげている」っていう態度には、敏感ですしホント傷つきます。自然に(心から話がしたいからと)手話が出てきてくれたらとってもうれしい。
成人聴覚障害者の方々、子どものころの思いをカキコしてくださってありがとうございます。
聴親として皆さんの思いを深く受け止めます。
手話力がないから、まだみーは小さいからわからないだろうと思って、聴の兄たちにベラベラと音声言語のみで話してしまう。
きっと、みーは「何いってるんだろう?私も知りたい。」と思っているのでしょうね。
兄たちが座って遊んでいると、そこへ必ず座って仲間に入るのです。
「楽しそうだな。一緒に遊びたいな。」と思っているのでしょうね。
こちらのHPに出会って、みーにとって1番わかる言葉は手話なんだと知って手話を始めました。
私がみーに伝えたいことはわかってもらえているようです。
みーが私に言いたいことも理解できていると思っています。
いまの1歳7ヶ月の段階では・・・
でも、ここからなんです。
私の手話もなかなか上達しないし、手話が家族のコミュニケーション方法になるには
まだまだ道のりが長そうです。
こんな状態では、みーが一人ぼっちと同じですよね。
私の手話のスキルアップしかないし、家族にも覚えてもらうしかないのですが、
なかなか・・・ジレンマです。
あせらずに・・ とは思うのですが、みーはどんどん成長していくし・・・
先輩ママさんやろう者の方が、「子どもは聞こえない・聞こえにくい集団の中にいたら自然と日本手話を覚えます。聴親は対応手話でしょう。それでもかまわないと思います。我が子の日本手話をじっと見て、読み取れるようになりましょう。そして、我が子には手話環境を与えてあげましょう。」と仰っていました。
なるほど、と思ったのですが、やっぱり手話がなかなか覚えられないから悩むんです。
聴親で手話をと思う方は、少なからず皆さん同じ悩みをお持ちではないでしょうか?
ひろぱぱ です。
情報提供ありがとうございました。
原田様宛て、メールをさせていただこうと思いましたが、
アドレスが不定で届きません。
アドレスをお教えいただければ幸いです。
私のメールアドレスは投稿者をクリックいただければ出てきます。
よろしくお願いいたします。
うんうん!せっかく新しい家庭作ったのだから、子どもと同じ思いやら味わいたくない。
さびしくて、皆と笑えない。テレビを見てもストーリーがさっぱり。
親にいちいち聞いても、テレビが面白い時は答えれくれないし。
一番つらいのが家族の団欒、ごはんでしたね。さっさと食べて自分の部屋に閉じこもる。
今でいう、引きこもり寸前だったかも?ろう学校受験、寮生活で逃げられたけど。
ちびねこさま、がんばって伴侶をみつけて、がんばって子どもつくりましょ?
インテって苦しいですね。うちの旦那の妹が小学校から聴こえなくなって今では
スケールアウトなんですが、幼少時の記憶がまったくないと語っていました。
聴覚障害を背負う者にとっては、情報獲得は目からの情報しかないので、
周りの状況をわかろうとするあまり、肝心の記憶が抜け落ちていったのだと。
だから、小さかった頃を聞かれるのが一番困るとこぼしていました。
その、彼女も大学生活で手話を学び、自分の障害を知ったといいます。
旦那もわたしとのつきあいで初めて手話を覚えて、手話を通して相手の話が手にとるように
わかることにびっくりしていましたっけ。メールやり取りしません?
メイさま、また教えて下さいね。勉強になります。最近、唯と澪が2人で
手話で話すようになったんですよ。片言ですが、子どもの会話が見て分かるのは嬉しい。
口話の練習ですが、私は全然やってないのです。
聞こえないとわかったのは、小学校のころです。その当時は補聴器なんて高くて
買えませんでした。教室では一番前が指定席。
その後、なかなか聞こえない状態を分かってもらえないので、
呼ばれても返事をしないから、生意気だ!とかと誤解が多かった。
そうこうしてる間に、自然に相手の口を見る癖がついたのかな。
テレビでも、声は聞こえないから、自然に俳優の口を見るようになった
とおもいます。
時に、人と話すときは相手の目を見ろと、言われると気が引けますね。
メイさんの書き込みが参考になりますよ。
久し振りのメイです。
ちひねこさんの投稿読んでいて涙がでてきちゃったのは私だけではないでしょう。
夫は小学校低学年、私は中学生で中途失聴し、今は聞こえる娘二人と4人家族です。
ベビーサインの話がちょうどありましたが、なるほど、親の都合とはいえ我が家は知らぬ間に実践していたようです。
とにかく共通したコミュニケーションを確立するためには、周囲が聞こえない方に合わせる必要がありますから、娘にはオッパイふくませながら「おいしいね」「暑いねぇ」「こまったねぇ」と手話と音声同時に話しかけてきました。傍らで見ている夫にもわかるように(娘と私の話に夫も口や手を挟めるように)家の中ではとにかく手話で、まだ「あーあーうーうー」しか言えない赤ちゃんに話しかけてきました。
言葉が出る前から「ちょうだい」「おいしいね」「のどが渇いた」「パパ」「あっち行く」「遊ぼう」「お家」「好き好き」…いつの間にか覚えていっぱいお話してくれました。
そう、結婚前は聞こえる家族の中で聞こえない私が一人。
親には言えなかったですねぇ、話が聞こえない私の「目の前で笑わないでよ!ばか!」とは、言えなかったなぁ。今が一番幸せ、と言ってらした方の気持ちがよくわかります。
家族一緒に笑いたいから「日本語字幕付きDVD」の「ゴジラ」や「ガメラ」なのだし、口論するのも手話ですねぇ。今では聞こえない親を説得するため、娘たちも手話で作戦練って交渉してきます。(^^;;;)
ろう教育集会にも家族4人で参加して、娘二人は子供企画で聞こえないお友達を作って帰ってきます。来年もまた会おうねって約束してくるのは子供たちの方(笑)
手話で話す聴の子も参加してますから、みなさんもお子さんと一緒に参加してくださいね。
赤ちゃんの身振り手振りは、遊び感覚で一緒に楽しめます。
聞こえる子だって、歌や遊びで言葉遊びをするでしょう?
「片手だけ」や「指一本」で出来る手話を拾ってみても驚くほどたくさんの手話があることに気づきます。小学生対象の手話講座とかでも応用できると思います。
そんなに頑張らなくても、家族の中ではとにかく毎日の休み無しですから、出来ることを実践すればよいのです。聞こえる兄弟姉妹には、とにかくほめてあげてください。
「ありがとう」「上手になったね」「すごくよくわかったヨ」って言ってあげていいと思います。
家族の中で聞こえなくて寂しい思いはもうしてほしくない。
家族に一人でも難聴の人がいるならば…です。
子供のうちは、本人がその寂しさをうまく言えないですから、なおさらです。
ココにたどり着いた大人のみなさんへのお願いです。
まぁ、何年先かわからない話ですが、
わたしも、生まれてくる子供がろうであろうと、聞こえようと手話でコミを取ろうと決めています。(何が何でも!!ではないですが)
ここしばらく考えていたんですよ。
私は母や家族との会話でいいようもない孤独感を感じていました。十分に会話に入れてもらっていない、という想いが常にあったことにも気づきました。
でもそれは、家族の前で言ってはいけないことのような気がして、ずっと言えずにいました。今でも言えないままです。
「何を話してるの?」と聞いた時にやっぱり口だけでしゃべられると確実には掴めない。
でも相手は説明しきったつもりでいるんです。それが分かるのでまた「分からない」とも言えなくて…
弟に対しても何度も怒らせたし。
もし、自分の子供とコミを取る時、やっぱり親と同じようにやられたらイヤです。子供とはきちんとお話ししたいです。
私のわがままなのかもしれないけれど…
今は私やゆたかママさんとかがこうやって自分の体験を書き込みしていますが、本当は私たちと同じような人たち、沢山いると思います。
声に出していわないだけで、そして、気づくのも怖くて、気づくのが悪いような気がして気づかない振りをしてやり過ごそうとしている人たちもいるかもしれない。
でも、もういやなんです。そういう親子関係がずっと繰り返されるのは。
自分のためにしてくれることが分かっているから、何も言えなくなってしまう。
言いたいのに、言えない。
それがどんなに苦しいことか、インテの呪縛から解かれた時に一気に見えてしまって、なんとも言えない気分です。
> みーの周りは聴ばかりです。私が意識して手話を使わないと、みーがひとりぼっちになってしまうのです。
> だから、私は手話を一生懸命覚え、またフリースクールなどに参加して手話環境をみーにあたえるようにしています。
わたしの親2人のうちどちらか一人でもみーママさんみたいに、娘が孤独にならないように
何らかの配慮を日常的にしてくれてたら!家出することはなかったでしょう。みーちゃんが羨ましいです。
物心ついてから気がつくと、ずっとひとりぽっちでした。
自分の置かれている状況がつかめず、ぽつんと一人ほっとかれている状態でした。
重度の聴覚障害者にとっては手話が、やっぱり一番の言語だと思います。
自分は音声言語を手話に転化しただけの、中途半端な手話を使っています。
ろうあ者の使う、ほんとうの芸術的な日本手話は使えないでいます。
日常生活の中では接する聴覚障害者はインテのだんなだけ、2人の娘には音声言語、手話、
身振り手振りという(文法は音声言語)アバウトなコミュニケーション方法でやっています。
はじめから音声言語で入ってしまって失敗したなと思うこの頃。
子どもが健聴者でも手話で入っていって、一向に構わないじゃないかと思うようになりました。
何せ保育園に居る時間が長い、朝7:20預け夕方6:00迎えなのだし、
私たち親と居る時間全部思い切って手話にしようと努力中です。
とくに長男大には、手話と音声言語半々で接するようにしています。
ゆ・た・か・と指文字やら、大きいという字をあらわしたり。
いつしか彼の中で手話と音声言語が結びつくというか花開くことを祈りつつ。
ひろぱぱ様
6671投稿の原田です。
始めての投稿でしたのですが不慣れで投稿者名が私になってしまいました。済みませんでした。
支援員のことは松山市の教育委員会にお尋ねになっても資料が手に入ります。
この制度は松山市長に研究計画書を提出、説明し、形となりました。1年目は一日4時間、今年からはは6時間です。娘は中学1年なので助かっております。何かご質問等ございましたらまたこの掲示板にてお知らせいただきたいと存じます。
1つ質問させてください。
桃さんが仰っている「口話」とは、読み取り訓練や口話教育を受けた「口話」ですか?
私が手話で話しているといっても、手話を習い始めてまだ半年ですから音声言語に手話単語をのせている程度です。
手話っているときには声が出ています。それに、みーの上に聴の兄が2人(6歳と4歳)いるのですが、兄たちと話すときは音声言語のみです。(本当は兄たちと話すときも手話をつけたいのですが、まだまだ手話力が追いつきません)
これだけ周りに音声言語があふれていたら自然に覚えないでしょうか?
当然、発音ははっきりしないでしょうから下手かもしれませんが・・・
私は、あえて一生懸命口話教育をするつもりがありません。
発音・発語訓練をして話せるようになるより、1つでも手話単語を覚えて家族とコミュニケーションがとれるようになってほしいです。(当然家族も手話を覚えていかなくてはいけませんが、
兄たちに強要はさせないでいます。)
やっぱり言葉は無理なく、自分が自由に使えなくてはいけないと思うのです。
その上で、話せたらとても便利だと思います。
みーの周りは聴ばかりです。私が意識して手話を使わないと、みーがひとりぼっちになってしまうのです。
だから、私は手話を一生懸命覚え、またフリースクールなどに参加して手話環境をみーにあたえるようにしています。
愛媛県難聴児を持つ親の会会長の原田と申します。
会長を務めるかたわら愛媛大学教育学部障害児教育聴覚言語障害研究室で研究を続けて4年になります。
昨年の学会では松山市の「学校生活支援員」について発表させていただきました。松山市では2年前から地域で学ぶ障害を持つ児童生徒に支援員がつきました。これまでも問い合わせが何件もあり、資料を提供させていただいております。
親の会に入っていらっしゃるのでしたら3月に東京で講演も予定しております。
詳細につきましては直接メールにてご連絡いただけたらと存じます。
> ひさしぶり(ほぼ2年ぶりでしょうか)に書き込みをしました。
> ひろぱぱと申します。
> 今後とも、よろしくお願いいたします。
>
> 今回、みなさんに質問なのですが、小学校で情報保障、特にノートテイクを
> 考えているのですが、実践されている小学校を知っていらっしゃる方、情報をいただければ
> と思います。
>
> このたび、市長ならびに教育委員会と打ち合わせを行う段取りまでこぎつけ、普通小学校
> に通学している娘(難聴です)の、情報保障をテーマに話し合う予定になっています。
>
> 何卒よろしくお願いいたします。
>
>
今日は、しょうちゃんのマラソン大会でした。
小学部3・4年は、4km。川沿いの道を走ります。
2年まで通ってた、地域校のときは、700mだったので
いっきに6倍近い距離を走る事になります。
最初は、「きつい。つかれた。長い。」と言ってましたが、
毎日の練習のおかげで、20分強で走り終わりました。
体はチッチャイけど、たくましくなったな〜 と感慨にふける母です。
話はかわって、4月からおー君が小学生になります。
新しいランドセルや机の準備をした日の夕食時、しょうちゃんが
「おー君は、どこの小学校に行くの?」と聞いてきました、
「しょうちゃんが2年生まで通ってたO小学校だよ。どうして?」
「ぼくが、いっしょに連れて行くと思った。」
「いっしょに通いたかったら、またO小学校に変わる?」
「いいや、ぼくは、ろう学校だよ。」と。
地域校からろう学校に変わって、約一年が経って、親からみた
しょうちゃんは、ぜんぜん変わってないんだけど、周りの人には、
変わったと言われます。以前は、『必死にがんばってる。』
いまは、『がんばってる中にゆとりがある。』そうです。
そして、「人間には、このゆとりが大切なんですよ。」と。
ゆんたくママさん、はじめまして。かかさんです。
ご自分の経験を書き込んでいただき、ありがとうございます。
最近、若い世代の方と話す機会が増えたのですが、
みなさん、ゆんたくママさんと同じようなことを言われます。
聞こえない子を育てる親は、今まで、聞こえない子を育てた親の
経験談に耳を傾ける事は多くありましたが、その子が
抱えていた思いや、親にして欲しかった事に、あまり耳を傾けなかった
ように思います。
手話のおかげで、いろんな世代の方の話や、経験を聞く事ができ
わたしの世界も広がってます。
ところで、最近ととさんの書き込みが無いでしょう。
ととさんは、来週まで出張です。2週間ほど管理人不在です。
すいません。
ほぼ大が健聴者だと分かりました。20デジベルは聴こえているし、会話音域の音は
皆まんべんなく聴こえているそうです。音声の獲得には何ら支障がないといわれました。
翻って、つい最近家で取っている産経新聞で赤ちゃん学というシリーズが掲載されていました。
ベビーサインっていう手話でも音声言語でもない、身振りに近い赤ちゃんの身振り手振りです。ベビーサイン前進国のアメリカでは教室やら接する場所が沢山あります。
頭に手をやるごめんなさい、手を合わせるちょうだいのサインなどなど。
音声言語から入った赤ちゃんに比べると、4ヶ月半もことばが進んでいる、
親子間のコミュニケが親密になる、感情が激しい赤ちゃんでもベビーサインで
自分の思いのたけを表すことで気持ちが落ち着くなど。
同じことが手話にもあてはめられませんか?
思い切って、大を手話で育てて行こうと思います。自分のためにも大のためにも。
上の娘たちのコミュニケに四苦八苦している私。唯はちょこっと出来るけど
二番目の澪は姉が出来るのにかまけて通訳させてるし。
それでも私に対しては手話と音声言語が半々。
保育園生活で否応なしに音声言語が身に付くならば、
家では手話で時には音声言語をまじえつつ、
大の自己表現には手話かボディランゲージをして
私に伝えられるように育ててみようと決意しました。
久しぶりに早く帰れたので書き込み。
こないだ、又あの3歳の女の子と接する機会がありました。デフファミリーなので、会話は純粋な日本手話。いつも驚かされますが、今回も又驚かされました。デフママとは小学校からの知り合いです。
ずーっと、親子の会話を見ていたのですが、「口話を教えた覚えがない」とデフママはいっていましたが、娘の方はちゃんと口話が出来ていました。発音はどうだったのか分かりません。声なしで口パク状態だったのかもしれませんが。
たとえば、
娘「私怒ってるんだから!!」
ママ「どうして?」
娘「ママ、ちゃんと遊んでくれない!!もう!!」
ママ「ごめんね、ママが悪かったね」
とか、
娘「このお菓子、誰の??食べたい」
私「あー、これ○○さんのだね、うーん、ママに食べていいのかどうか聞いておいで?」
娘(デフママの方に駆け寄り)「お菓子食べたい。食べていい??」
ママ「こら、これからお風呂はいるんだからダメよ、我慢しなさい」
娘「やだ、食べたい〜」
私「お風呂から帰ったら食べよう?みんなこれからお風呂だよ?」
ママ「ほら、みんな出かけるよ〜」
娘(しばらくすねている)「やっぱり食べたい」
ママ「しょうがないなぁ。ほらこれ(お菓子を差し出す)2つだけよ」
お菓子を食べ始める女の子ですが、思ったより食べるので他の友だちが
友だち「こらこら、そんなに食べたら虫歯になるよ」
娘「それはいやだ〜」
私「虫歯になると注射するんだよ。注射好き?」
娘「注射嫌い!!」
私「じゃあもうお菓子食べるの終わりにしようね?」
娘「うん…」
これ全部手話なんですけど、その場にいる全員に状況が伝わるんですよ。いまどんな会話しているのかとか。大人達が、デフママだけじゃなくてみんな相手してくれる。
そのせいもあって、ことば数はかなり多いみたいです。自己紹介をしてもらったのには驚きました(笑)「ママの名前は、○○です。パパの名前は△△です」
その時、きちんと口語は付いていました。どうしてちゃんとつけられるのか、それは私にも分かりませんけど…
子供が気持ちよく自分の言葉を相手に伝えられること。
また、それを受けた相手も子供に分かる言葉で返事を返すことができること。
この二つがあって、言葉は育つのかな、と思いました。
私も、あんなにのびのびと口話を自然に覚えられたらよかったのに、と羨ましくも思いました…
みーままさんは、手話で話ししているそうですね。でも、やはり、口話も使った方がいいとおもいます。
太鼓の練習のときは両手が使えない(当たり前やね)から、目と口を多用します。
太鼓を打つ早さが変わるときは、中心になっている人の方をみて、目と目で確認したりします。これは、経験と練習の積み重ねですけどね。また、なんか、音が合わないときは、お互いに口を見たり、腕の振りをみて音を合わせていきます。口話の練習も必要。
でも、最初から最後まで相手の口を見て太鼓を打つのは、どうもね。
また、手話だけ覚えると会話に弊害がでるのでは。日本手話と日本語対応手話は全然違う文体ですから。音声での会話にもなれることが必要とおもいます。
聞こえない両親を持つ聞こえる子の手話には、声がないと事です。これは習性とも言われてます。私も二十歳で覚えた手話は「声のない手話」です。それまでは補聴器と口話でした。で、いまは、手話で話すと自然に声が出ないのです。声をだすと、なぜか手が止まるのですよ(苦笑)
ひさしぶり(ほぼ2年ぶりでしょうか)に書き込みをしました。
ひろぱぱと申します。
今後とも、よろしくお願いいたします。
今回、みなさんに質問なのですが、小学校で情報保障、特にノートテイクを
考えているのですが、実践されている小学校を知っていらっしゃる方、情報をいただければ
と思います。
このたび、市長ならびに教育委員会と打ち合わせを行う段取りまでこぎつけ、普通小学校
に通学している娘(難聴です)の、情報保障をテーマに話し合う予定になっています。
何卒よろしくお願いいたします。
ろう家族の桃象です。私も昨日「ここが変だよ!日本人」を観ましたが,最も印象に
残ったのは,こういう言葉があるのかどうかは知りませんが,「盲家族(bling
family)」もいると言うことでした。いるんですね〜。両親が盲,あるいは弱視,
子どもも盲か弱視という家庭があるんですね。同じだな〜と妙に安心しました。
そう言えば,昔こういう疑問を持ったことがありました。
「ダウン症の両親の子どもはやはりダウン症なんだろうか」と。
だから,世間がろう家族に向ける素朴な疑問には,いちいち目くじらをたてる必要はな
いと思うこの頃です。
来週は「ここが変だよ!日本人」で障害児教育を扱うようですね。人気番組で障害児教
育の問題が話し合われると言うのは,高く評価できると思いますよ。
==
国仲涼子を応援しよう。
桃象さん、情報をありがとうございました。見ました。
視覚障害者の方のお気持ちがわかりました。
先天性盲の方が、「初めから見えないのだから怖いことはない。これが当たり前なんです。
楽しんで生活しています。」
と仰っていました。
生まれつきの障害者はどの障害も同じなんだなと思いました。
「不便なことはあるが、不幸ではない。これが自分たちの普通なんだ」って・・・
来週は「日本の障害教育を考える」で、聴覚障害者も出演するようですね。
是非、見ようっと!
初めて参加します。私は聴覚障害を持っています。現在2級です。皆さんすごいですね。うちの母とえらい大違い!なあちゃって…私の子供のごろというのはMU@沖縄さんのように手話はだめの時代でしたから、大変でしたね。とにかく健聴者と分からないように話しができる事、これ一直線だから、当然家の中でも口話ばかり…コミュニケーションが取れませんね。兄弟も何かあるたび「知らん振りしやがって]「聞こえない事をせいにするな]と言います。兄弟仲は決して良いとはいえませんね。けど今のお母さんたちは子供を優先に考えている。何より勉強をしていますよね。聞こえない子に兄弟がいるときはその兄弟にも年齢ごとにきちんと説明をしてあげてください。健聴者に合わせる生活をするのではなく、障害をもった子に合わせてあげてください。これが親の一番しなければいけないことじゃないかなと思います。でもこれをみる限り皆さん大丈夫ですよね。私は18歳まで78dbありました。仕事をし、一時的に体調を崩し、気がついたときは96dbになっていました。そして現在105dbです。落ち込んでいたのは2,3日かな?仕事をもっていたから、落ち込む暇がなかった。ただ人との話しが本格的に分からなくなった、さ〜、どうしょうと思っていたときに「手話]に出会いました。よかったです。自分のことばかり長くなりごめんなさい。すっかり、それてしまいましたね。このサイトを見てとてもうれしくなったから。皆さん、頑張って!
「ちゅらさん」や「君の手がささやいている」の脚本を書いた方は聴覚障害と浅からぬ
縁がある模様です。この方に「ろう学校の幼稚部で悪戦苦闘する親」をテーマにしたド
ラマを書いて欲しいと手紙を出すのも1つの手かもしれません。最近は朝ドラだけでな
く夜ドラも始まるようですし,こういうメディアを使った戦略もいいかもしれません
ね。今日は「ここが変だよ!日本人」のバリアフリー特集ですね。
そう言えば,「金八先生」では「性同一性障害」を真正面から扱っていますね。ホント
に時代は変わったもんです。「金八先生」にインテしている聴覚障害生徒を取り上げて
もらい,教室の中の孤独,みそっかす,情報保障の問題を真正面から扱ってもらうのも
1つの手かもしれませんな。
みなさん,国仲涼子を応援しましょう。(しつこいな,俺も)
==
みーは聴覚障害があるかもしれないとわかって検査入院したときに小児神経科で入院しました。
合併症があったら困るということだったようです。
耳以外の障害はないということで退院してから、発達を見るために3ヶ月に一度通院していました。先日、その検診で病院へ行ってきました。
一般的な発達表があるらしく、その表にそって先生が質問してきます。
1歳6ヶ月の行動として、
*「このごみを捨ててきて」と言ったら捨ててきますか?
*お菓子が取れない・おもちゃが取れないなど自分にできないことがあったら親を呼びに来ます か?
10近く質問された中に上記の質問がありました。
みーはほぼ全部「できます。できます。」と答えたら、主治医が「耳が聞こえないのに正常の発達をしていてすごい。」と仰いました。
小児神経科の先生なので、手話を使えばまったく聴児と変わるところはないというのがご存じないのかなと思い、「上記の行動は手話で話しているからできると思うのです。もし、音声だけで話していたらできるかどうかは疑問です。」と言ったところ、深くうなづかれていました。
発達に問題はなさそうなので、3ヶ月毎の検診も終わりになりました。
私はこの方が主治医でよかったと思っています。
みーが聞こえないとわかったときに主治医に質問しました。「手話しかありませんか?」と。
そしたら「そうですね。」と答えが返ってきました。
耳鼻科医には「訓練をすれば話せるようになります。」と皆さんがお聞きになっている言葉を私も聞いていたので、主治医の言葉にそのときの私はとてつもないショックを受けました。
でも、今思うと、そのときの主治医の言葉があったから後になって手話サークル探しを始められたのだと思います。
最後に主治医は「今は人工内耳もありますが、日本で人工内耳手術とその後のケアーをしっかりできるところはまだいくつかの病院でしかありません。」とおっしゃっていました。
よいことばかりいう医者が多い中で、はっきりと問題点もいってくれた主治医に感謝しています。
この主治医に出会ったおかげで、みーは幸せのスタートラインに立てたと思います。
栗之佑ってお子さんのお名前だったんですね。かわいい〜。
今はおつらいでしょう。でも、栗之佑さんが仰っていらっしゃるようにみーんな通ってきています。
私が思うのに、子どもが聴覚障害だとわかってからここのHPにたどり着いた方は幸せの第1歩が踏み出せたと思います。多くの情報が得られるからです。
さらに、投稿できた方は幸せの第2歩が踏み出せたと思います。個人的に知りたい情報が得られますし、すばらしい方たちとの出会いがきっとあると思います。
次に、手話を覚えてろう者と少しでも会話ができるようになったら幸せの第3歩が踏み出せると思のです。
私の勝手な思いですけれど・・・(これ以外の方が幸せになれないという意味ではありません。)
私は、まだまだ第2歩です。第3歩を早く踏み出せたらいいなーと思っています。今までは突っ走ってきていろいろな方に「肩の力を抜いたほうがいいよ」と助言をいただいてきました。今は少し落ち着いて小走りくらいになったかな?
栗之佑さんもこれからまだまだ精神状態がいろいろなときがあると思います。でも、検査結果を待っている不安な時より、つらくてもはっきりした今のほうが自分たちの歩いていく道を探して、進んでいけるので精神衛生上は良かったかなと思います。
また、栗之佑君のお話聞かせてくださいね。
はじめまして。現在中学1年生の難聴の子供を持つ母親です。子供は地域の中学の難聴学級に在籍しています。今日、栗之佑さんの投稿を読んで10数年前の自分を思い出してしまって・・・
何のアドバイスもできないのだけれど、まずはご自分の心を落ち着かせて次にむかって一歩を出してほしい。聴こえない子供って表情をよみとる力に長けているように思うのです。
だから、まだちょっとしんどいかもしれないけどスマイル・・ね d=(^o^)=b
お互いに心のやさしい子供に育てていけたらいいですね。
ゆたかが聴こえないかもというABR検査と
ゆたかが聴こえるかも、健聴者の可能性が高いという検査結果に
わたしの心は揺れ動いています。
子ども達のうち一人は聴覚障害者であってほしいと漠然と思っていたものの、
実際に聞こえないかもと聞いて、まず思ったのは復職できるのだろうかということでした。
この不景気の中、どんどん下がっていく主人の給料だけでは生活が成り立たなくなってきました。
上の娘たちは揃って5月生まれなので、11ヶ月まで育児休暇をきっちりとって
4月から保育園に預け働き始めました。
一番下の子が一番可愛いとよく言いますね。その通りなんです。
7ヶ月の一番可愛い盛りのゆたかを預け、働いて給料をもらわないことには
一家5人の生活ができないんです。最後まで育児休暇を取りたかったです。寂しいです。
話題がそれました。すみません。
聴覚障害者であって欲しい気持ちと、現実問題として健聴者であって欲しいという気持ちが
複雑に入り混じっています。わたしたちは聴覚障害者なので聴覚障害者の気持ちがわかる、
健聴のだんなやわたしの両親よりはベターな方法で、接し方で、難聴の子を育てられる
と思いますが、生活の面から考えると健聴者の方がいいという結論です。
それに、自分たちの苦しい思いを大に味わせるには忍びないという親心もあります。
健聴者の可能性が大きいけれど、太鼓の音にびっくり(お姉さんたちがうるさい、嬌声が
飛び交っている環境)しないので、生活面での大の置かれている状況を考え合わせながら
様子を見ていきましょうとの事。
ささやき声も聞こえる。だいと別の人がまちがった読み方で呼ぶと反応しない。
ゆたかと呼ぶとたちどころに振り向く。
自分の名前がゆたかであることは音声として認識している。
お姉さんたちのおしゃべりが聴こえる方向へ、顔を向けて聞いている。
ゆたか自身もおしゃべりが大好き、こちらの呼びかけにいつも何がしの声を出している。
30デジベル以上は聴こえているらしい。4000ヘルツの音もまんべんなく聴こえている。
エトセトラ。今も自問自答中です。
こんにちは。
ご無沙汰しています。みなさんから励ましのメールを頂いて気持ちを切り替え覚悟をして今日検査をしてきました。
思ったとおり栗之佑は、105db以上の全聾であることがわかりました。はっきりいってショックです。でも以前より涙がでません。もうこうなったら行動を起こすしかないのです。
落ち込んで、体調をこわし点滴に通う日もありました。眠れなくてダウンしてしまったこともありました。でも私が、つぶれていては、何も始らないのですよね。
ここに来ているみなさんも経験されたことと思います。
これから小さな栗之佑を連れこの子にとって一番良い治療、接し方ができるように学んで行こうと思います。
聾学校では、手話は、教えていないと言っていましたが、みーママさんのように私も栗之佑とコミュニケーション取りたいので、手話が出来るようになりたいです。
全聾だと補聴器もあまり期待しないほうがいいのですよね?
これからもここで私と栗之佑の経過についてお知らせしてゆきたいと思います。
国仲涼子さんは絵本の読み聞かせを手話でやる練習をしているようです。
この前は「花さかじじい」を練習したそうです。(ボンジュルさんやいのししの娘さんが教えているのかなぁ。)
できれば全国のろう学校の幼稚部巡りをして欲しいっす。やはり,無理かな〜。
みなさん,国仲涼子さんを応援しましょう。
==
ご無沙汰しています。
さて、現代思想2月号(青土社)・特集「先端医療-資源化する人体」に、「聞こえない子どもに人工内耳は必要か ろう者の立場から」というテーマで、木村晴美+小薗江聡の対談が掲載されています。賛否両論あるかと思いますが、まずはご紹介まで。
私自身、この場でキュード云々を論議する気持ちはないです。子供のためには何がいいのか、それを探っているだけです。
自分でも、相方とキュードを試してみたら話はできます。どっちかと言うと自然に手話になっていますけど。
キュードを会話の方法と捕らえるよりは、音声の訓練と思えばいかな。と思ってます。
言葉にも日本語、英語、中国語等あります、自分にあった言葉を見つけたらいいのではないでしょうか。聴者にも、言葉より手話で話したほうが楽な人もいるかと思います。
ナニワのおばぁーも、音声より手話の方が話しやすいのではないかなと思ってます。
ろう者の母語は日本手話と主張していますが、個人的には愛媛の地域手話が味があっていいなとおもいます。
久しぶりに書き込みします。
キュードの話題が出ましたので、やはり一言言わずにいられません。
私はどっちかいうと、反対なんです。
理由は既に書き込みされてますが、
1、各聾学校ごとに独自のキュード語がある。
(教育の為に思うんだったら、全国統一を図るべきではないか?)
2、口話教育の補助であるというが、実際は中途半端なところが否なめない。
3、キュードで覚えた、成人後の聾者は今どうしてるのか?
ほとんどは卒業後キュードを捨て、手話を覚えている。
それなら、始めから手話を学べさせるのがよっぽど人道的。
私が同時通っていた聾学校は口話教育が厳しく、堅く手話は禁止されていました。
キュードすらもまだなかった時代でしたね・・・
その後、地域学校にインテグレーションさせられ、未だ手話が母国語として消化しきってないのが、くやしいと思っている人です。