[7550] 私も・・・ 投稿者:みーママ 投稿日:2002年11月01日 (金) 22時47分

だいさん、かかさん、ととさんありがとうございました。

先日、みーの補聴器申請の意見書をもらうために大学病院へ行きました。
受付で待っている時に手話っていたら、ろうの方から「私、ろうです。」と
話しかけられました。
うれしかったですね。

私も、次男の幼稚園のママたちと話している時に思わず手話がでることがあります。
行事の時は幼稚園の園庭が駐車場になってギリギリに止められます。
帰り、車を出す時に「見てあげますよ」と誘導していて無理だなと思ったら「無理」と
手話っていました。
聴のママはポカーン。アッ!と思い手でバッテンをしました。
遠くの人と話す時や車に乗っている人と話す時などに手が動くことがあります。


[7549] 思い出した 投稿者:ととさん 投稿日:2002年11月01日 (金) 19時26分

数年前、かかさんが町で外国人から話しかけられた時、口より先に手が動いていた
そうです。 それでも、どうにか通じた(と思っているだけ?)ようですが・・・
かかさんいわく、「日本語が通じないなと思った瞬間、手が動いた。」


[7548] Re[7543]: 手話での会話 投稿者:かかさん 投稿日:2002年11月01日 (金) 16時20分


> みなさんは自分のお子さんと自宅・ろう学校以外の場所で手話で会話されていますか?
> 前から1度皆さんに聞いてみたかった質問です。

しょうちゃんに対しての情報保障ですし、どんな場所でも手話してます。
デパートや街中で話していると、ろう者のかたから声をかけられたりします。

> 聞こえない子を持つ親として、また1つふっきれたというか成長できたかなと思ってい るこの頃です。

そうですよね。
私も、人目を気にせず手話をするようになった時に、自分自身が変われたような
気がします。


[7547] Re[7545]: 未来 投稿者:toyuu 投稿日:2002年11月01日 (金) 16時03分

 見事な評論です。表装して壁に掛けて置きたいほどの冷静な論旨です。
 社会事象まで対比しての明解な論です。
 確かに、世相は障害の有無に頓着せず、わが道を行くといった親が増えてきていることは目につきます。他のトピで、障害幼児を全面介護せず、家計の都合でと働いている母親について、やむをえないことだと肯定する意見がありましたが、自分の子(聾児)の親としての経験から、それは非である旨語ると、レスが途絶えました。
 確かに、親の全存在を子に賭けてきた私ら夫婦には想像もできない事です。多少の財貨を得るのと子供の将来のため絶対的に必要な親の介護との比較もできない親は私の想像に余ります。
 しかし、危惧はありますが、2極化までするとは思えません。親は評論家ではありませんから、冷静沈着に我が子子を眺めたりせず、全身で抱え込みます。
 しかし、学力、日本語習得の到達度については、なににつけ、安直に流れる時流を見るとかなり2極化は考えられます。今に始まった事ではなく、かなり古くからこの兆候はあったように思います。親の「自己中」は悲しむべき風潮ではあります。


> 恐らく聞こえない子を抱える家族像は二極化していくのでしょう。社会の多様化が図られる一方で,様々な社会状況の二極化は確実に進んでいます。聴覚障害者の世界もまた確実に二極化への道をゆっくりと歩んでいるように見受けられますし,聞こえない子を抱える家族もまたそのうねりの中に飲み込まれていくように思います。このサイトが聞こえない子を抱える家族を片方の極に呼び寄せることができればと願わずにはいられません。
>
> ==


[7546] カラフルな補聴器 投稿者:tera 投稿日:2002年11月01日 (金) 13時16分

nonnonさん、みーママさんへ

いろいろと情報をありがとうございます。
ウチは近くに良いろう学校がないため、また私自身が働いていることもあるのですが
ろう学校には入れずに定年退職された先生の個人指導に頼っています。
ですので、こういう学校生活に密接した情報はとても貴重です。
また何かあれば教えてくださいね。

今は、オシャレな補聴器&イヤモールドが出回っているのですね。
知りませんでした。
次回、娘の補聴器&イヤモールドを購入するときにカラフルなものを
ぜひ考えようと思います。
とりあえずはクマさんの光るラメ入りシール(薄暗いところに補聴器を
落としてもわかるように)をペタペタ貼ってみました。
娘に持たせたら「ぷーま、ぷーま」と喜んでくれましたが、
しばらくしたらポイ(^^; 日常的に装用するまで時間がかかりそうです。
園ではお友達の格好の興味対象になってしまいますが、
保育士さんの気持ちを考えたら仕方ないかなと思います。

昨夜中に補聴器のシール貼りと紐装着を終わらせる予定でしたが、
親の方がシール貼りに熱心になってしまい、紐の方を
忘れてしまいました。
今日こそは・・・・・(笑)


[7545] 未来 投稿者:桃象@国仲涼子ファン 投稿日:2002年11月01日 (金) 12時44分

恐らく聞こえない子を抱える家族像は二極化していくのでしょう。社会の多様化が図られる一方で,様々な社会状況の二極化は確実に進んでいます。聴覚障害者の世界もまた確実に二極化への道をゆっくりと歩んでいるように見受けられますし,聞こえない子を抱える家族もまたそのうねりの中に飲み込まれていくように思います。このサイトが聞こえない子を抱える家族を片方の極に呼び寄せることができればと願わずにはいられません。

==


[7544] 手話を使う場所について 投稿者:だい 投稿日:2002年11月01日 (金) 10時20分

自分はどこでも手話しますよ、
まあそれが一番子供に分かりやすいと言う事もありますが
自分達が使う事によって回りでそれを見る人が必ずいる訳で
そうすれば理解と言うか何かのキッカケになるんじゃないかなー
とも思ってます。
別に自分達が手話使っている事で回りに迷惑かける訳ではないですし
一緒にいれば何処でも使いますね

公園などで遊んでると「可愛いねー」なんてよってくる人達がいるんですけど
自分達が手話使ってるからすぐ解りますよね、
でもそう言う人も自分の真似して使ってくれますよ、
そうやって少しでも手話がみんなに染みてくれば良いかなと思います
......なんて言ってても私自身の手話力がまだまだなんですけどね、、(苦笑)

http://www2.odn.ne.jp/~byplayer


[7543] 手話での会話 投稿者:みーママ 投稿日:2002年10月31日 (木) 23時22分

桃象さんが仰る「障害の受容」。

みなさんは自分のお子さんと自宅・ろう学校以外の場所で手話で会話されていますか?
前から1度皆さんに聞いてみたかった質問です。

私は、手話を習い始めてから引越しをする今年3月まではなかなか堂々とはできませんでした。
周りを見てから手話したり、手話ったあとに周りを気にしたり・・・
でも、4月からろう学校に通うようになって、みーの語彙が増えたり、
7月からは「なに?なに?」が始まったりして、周りを気にして手話するどころではなくなりました。
みーがどんどん手話ってくるし、いろいろな行動をするので注意したりと
どこでも手話をしないとみーは待ってくれません。

聞こえない子を持つ親として、また1つふっきれたというか成長できたかなと思っているこの頃です。


[7542] 補聴器 投稿者:みーママ 投稿日:2002年10月31日 (木) 23時00分

今はカラフルになりましたね〜。
みーの通うろう学校の子どもたちの補聴器はとってもカラフルです。
赤・紫・緑などなど。
イヤーモールドも赤・黄・ピンク・黒にドラえもんのシール入りなどなど。
普通の肌色の子のほうが少なくなってきています。

みーもこのたび耳掛け型の補聴器を買いました。(4月からずっと学校のを借りていました)
色は赤にしました。
イヤーモールドは黒が炭入りで、アトピッ子にはいいかも(?)という話なので黒にしようかな〜と考え中です。
赤に黒。ウ〜ン、ちょっとどぎついかな?

ろう学校の乳幼児相談の子たちは、補聴器を落としてもなくならないようにnonnonさんが仰るような紐をつけています。
みーは、学校以外では補聴器をつけないので紐はつけていません。
補聴器を嫌がる理由は、人それぞれでしょうね。
大人の方は、頭が痛くなるという方が多いようですが・・・
みーが嫌がる理由は・・・わかりません。


[7541] ゆたかです。 投稿者:きょうこ 投稿日:2002年10月31日 (木) 22時37分

ゆたかの事です。長女も次女もそうでしたが、ある日を境にトントンします。
トントン見事に肩を叩く者があったので、長女か次女と思って振り向いたら
一番下のまだ1歳2ヶ月のちっちゃい長男でした。
その位、ほんとうにちゃんとした、見事な叩きぶりでした。
その日を境に肩を叩きにくるようになりました。
大抵は、自分の見て感じたものへ対する同感を求めるものなんです。
車を指差したら手話と口話でブーブー、車と表現したらウンウン。色々指差します。
それと手をよく動かします。手話みたいな手の動き。
よくよく見たらそれぞれ意味があるような、気がします。
私のを肩をとんとんして、おちんちん指差しているので何かと思ったら、じわーっとお漏らし。
あれ、もしかしたら出そうなの手で教えてくれたのかなあと。
単調な指差し一つでも色々使っているみたいです。指差し一つでも十分に事足りるなあと改めて思いました。







[7540] 障害の認識と受容 投稿者:桃象@国仲涼子ファン 投稿日:2002年10月31日 (木) 16時56分

障害の認識:普通の人はそういうことを考える必要はありません。とにかく子供の世話をすることです。一生懸命手話を覚え,聞こえないわが子とコミュニケーションを図ろうとする聞こえる親は確かに増えてきました。その一方で,聞こえないわが子とろくにコミュニケーションをとろうとしない,聞こえる親もどうも少なくなくなってきたようにも思います。デフファミリーもまた然りです。「あんたね,もう少し子供に話しかけてあげたらどう?」とお節介のひとつも言いたくなるような,デフファミリーの若い親がホントに私の周りでは増えてきたと感じています。

障害の受容:これまたそんなに難しいことを考える必要はありません。どこでも手話を
平気で使えるようになれれば,それでいいのですよ。このウェブサイトのお月さまの話
をご覧なさい。ああいう会話をどこででもやるんですよ。

息子は中1になりましたが,「メシ,フロ,カネ」を地で行くような子になってしまい
ました。後悔先に立たずです。

==


[7539] Re[7538]: ベビー型補聴器から耳掛け補聴器へ 投稿者:nonnon 投稿日:2002年10月31日 (木) 05時32分

teraさま
耳かけ補聴器になってフックのところが耳にかかるようになって、くずったいないのかな?

子供がはずさない様にするための装置はないと思います。うちの息子はめがねホルダー?めがねを
首にぶら下げる時に使う紐みたいな物を使っていた事があります。真中を安全ピンで洋服に留めていました。今は使わなくなりましたけど。

今は似たようなものでクリップで留めるタイプもあります。他の子供が興味を持って、ひもを引っ張る事があると思うので、向いてないかな。

補聴器本体がカラー(黒・青・赤等)になっているのもありますし、イヤーモールドを作成する時に
シールを入れてもらったり、色をつけてもらうこともできます。


[7538] ベビー型補聴器から耳掛け補聴器へ 投稿者:tera 投稿日:2002年10月30日 (水) 23時44分

こんばんわ。
娘(一歳七ヶ月)の補聴器装用についてお尋ねします。
先日、ベビー型補聴器から耳掛けにチェンジ(改造)しました。
新しいイヤーモールドが痛いのか音が大きくて嫌なのかわかりませんが、
娘は自分で取り外してしまいます。保育園にも入っているのでお友達の興味の対象にも
なるらしく、「高価な補聴器の紛失や破損などの責任は園では・・・・・。」と言われる始末。
私が小さかったときもやはり補聴器の買い替えは、結構多かったようで、
それは仕方のないことと思いますよね。

いまの耳掛け補聴器は肌色をしていて、気づきにくいですよね。
それが逆に保育士さんの負担になるようなんですよ。リボンを掛けたり色を塗ったり
するなどして対策は立てられると思いますが、補聴器を取り外すことのないような
ストッパーみたいなものはありませんかね?と聞かれちょっと困っているのですが、
そのストッパーみたいなものはあるのでしょうか。
また皆さんのところではどう言う工夫をされているのでしょうか。



[7537] こんにちは! 投稿者:ユキチ 投稿日:2002年10月30日 (水) 15時36分

初めまして!「かんなべや」のユキチと申します。

「かんなべや」とは、高齢者・障害者のインターネット参画支援サイトの事です。
スタッフ10名のうち、7名が視覚障害者ですが、チームワークはバツグン!
ホームページの更新と、メルマガの発行を手分けしてやっています。

視覚障害者は手話が見えません、聴覚障害者との交流は、ネットだとできるんです。
よかったら、一度 遊びに来てください。

「かんなべや」のホームページは
http://kannabeya.tripod.co.jp/
「週刊 かんなべや」 毎週月曜発行!の登録は
http://www.mag2.com/m/0000098414.htm

今後とも、よろしく お願い致します。
よかったら、相互リンクをお願いします。

http://kannabeya.tripod.co.jp/


[7536] 雑感 投稿者:桃象@国仲涼子ファン 投稿日:2002年10月30日 (水) 15時26分

最近の国仲涼子ちゃんは,女優っぽくなり,何だか悲しいです。

最近,いろいろな方と呑む機会がありましたが,やはり「幼児期の手話教育をどう
文章能力につなげていくのかを論理的に説明していく」ことが,今後の聴覚障害児
教育の改革の大きな課題であるとの思いを新たにしています。

そして恐らく文章能力というものは,聴覚障害児本人の能力が大きくものを言うこ
とになるでしょう。バイリンガル教育の先に待っている大きな課題はマイノリティ
に寛容な社会の構築でもあります。バイリンガル教育はそのための出発点にすぎな
いとの思いもまた新たにしております。

==

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[7535] う〜む 投稿者:ぺこぽん 投稿日:2002年10月27日 (日) 03時43分

 受容と認識の問題って、奥が深いですよね。たしかに哲学的な問題もからんでいるように思います。自己や自分の人生をどう捉えるのかということと深く関わりますし・・・・。
 教員である私は、やはり、スタート時点のことを考えてしまいます。親が最初に出合った専門家に「補聴器を使いこなして、お話できるようになれるかどうかはあなたの努力にかかっている」などと言われたら、いかに聴こえる子のようになれるかどうかが子育ての大目標になってしまいますし、それが子の幸せにつながるのだと誰でも信じてしまうのではないでしょうか。現状の否定がありのままを受容することにつながるのは至難のわざだと思います。最初に植え付けられた価値観って、なかなか変えられないですよね。なにしろ「子の幸せのために」という熱い親心に根ざしているのですから・・・。

 たとえば、「うわっ、かわいい赤ちゃん! ほおずりしたくなるね。お母さんも手話がバンバン使いこなせるようになるよ。バイリンガルになるチャンスってめったにないから、お母さんもラッキーよね。」なんて、ろう学校で最初に言われたら、どんなにいいスタートをきれるだろうと思ってしまいます。

 親が子どもの体の特徴もなにもかもまるのまま受け止め、愛し、子育てすることが、「子どもが自分自身を自己肯定する」ことにつながるのではないでしょうか。


 ひらりさんのお話、できればもう少し聞きたいです。障害に対する考え方・感じ方を変えるタイミングが遅すぎるってことは、ぜんぜんないと思うんです。今までやってきたことを自己否定する必要もないと思うのです。

 あ、なんかすごくえらそうなかきこになってる。聴障児の親でもないのに・・・。ごめんなさいね。


[7534] 連続ですが。。 投稿者:みすず 投稿日:2002年10月26日 (土) 17時49分

連続ですみません。
「障害の認識」についてですが、去年NHKで放送された広島ろう学校についての番組の中で、小学部の生徒に、外国の手に障害がある子の写真を見せて「あなたと違うのは何?」「彼女があなたを見たらどう思うかな?」とうような授業をしていました。
その子はいろいろな体の特徴を挙げていましたが、始めは「手がない」ということに驚いていました。そして自分は補聴器をしていると思われるだろう、と言ってました。

あるフリースクールでは「聞こえない人」と「聞こえる人」のメリット、デメリットを話し合ってました。
「自分達は電車が半額だ」「聞こえる人は蚊の音で眠れない」なんていってましたが、機能的なこと生活様式のことなどの違いを確認していました。「手話だと好きな人と手をつないで話せない」というのもありました。
ちょっと思い出したので書きました。


[7533] 障害の受容 投稿者:みすず 投稿日:2002年10月26日 (土) 01時25分

参考になるかどうかわかりませんが、私は時々精神障害者の作業所に伺います。そこに来ている方は、病院に通いながら(時々入院したりしながら)作業所で仕事をしたり、レクリエーションを楽しんだりしています。
彼らは自分の障害を理解し、コントロールしながら生活しています。中には一人暮らしをしている人もいます。こんなことを聞くと、精神病なのに?と思われる方が多いと思いますが、例えば幻聴のある人は、「昨日、幻聴が○○と言った」とか「私の幻聴は悪いことを言う」などと、幻聴の存在を認めることで、「でもそれは幻聴なんだ」と思って普通に暮らすことが出来るのです。
商店街の中にあるので、商店に買い物にも行きますので、周りの人も「精神障害者って別に普通なんですね」と言います。(実際には病気なのですが)
これが、家族が隠して家に閉じ込めていたらどうでしょう。また作業所なんて行ったら病気がわかってしまう、などと考えたらどうでしょう。病気は悪化するし、社会と遮断されてしまいます。
精神障害は障害のなかでも最も差別されやすいものです。他の障害者からも、たぶん聴覚障害の方からも違った目で見られていると思います。その一方で学歴は高く、知能障害はないので一見わからないこともあります。
でも最近はいわゆる「カミングアウト」をして、社会参加する人が増えています。そのほうが気兼ねなく自分のペースで仕事ができるからです。

自分の状態を知り、周りにも知らせ、より暮らしやすい方法を見つけるのが「受容」とか「認識」ではないでしょうか。


[7532] ひらりさんへ 投稿者:ととさん 投稿日:2002年10月25日 (金) 23時29分

障害の受容という言葉の意味を説明しようと色々と悩んだのですが・・・ 難しいですね。
そこで、ちょっと逃げになるかもしれませんが、私にとって理解しやすかった話しを紹介
します。 吃音の場合です。
それをみんなに知られないようにするため、真剣に訓練を続けたそうです。その結果、
誰が聞いてもわからないような状態になれたそうです。 ある日、ちょっとした事で吃音が
出てしまいました。その途端、さらに出てくるのではないか、みんなが軽蔑するのでは
ないか、などと言う思いがおそって来て、他人と話せない状態になり、仕事を続けられなく
なったそうです。 その後、同じ、吃音の人々と話し合う中で、得た結論が、
吃音が出るのは私にとってあたりまえのこと。吃音で話してもいいじゃないか。
他の人は決して、それを理由に軽蔑したりしない。 というものでした。
そう思うことで、吃音がほとんど出なくなり、また出たとしても「すにません、吃音な
ものですから。ちょっと聞きにくいかもしれません。」などと言う事で相手も理解してくれ
何のストレスもなく会話ができるようになったそうです。

聞こえない場合は、ちょっと違うかもしれませんが、基本的なところは同じだと思います。

「障害の認識」ですが、これは、上農正剛先生が最初に使い出したことばだったと記憶して
います。 上農先生が言っているのですが、「受容と同等に使われる事が多いように感じるが
まったく違うもの」だそうです。もっとも簡単な定義で言うと
“私達の気持ちの根底にある「聞こえない」という身体的状況に対する考え方への
根源的問い直し”
VVVVVVV
です。 哲学で言う“認識論”を使って考えて行けば、私達が「聞こえない」という身体状況に、
「障害」というマイナスのレッテルをはって価値付けているけれども、その考え方自体、
思考として、果たしてどこまで適切さや正当性をもっているのか、そういうふうに根源的に
問い直していくことができる。ということだそうです。

でもこれじゃ分からないですよね。 もし、もっと知りたいと思ったならば、
DM下さい。資料を送ります。


[7531] 声の大きさ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2002年10月25日 (金) 23時15分

なっちママさんへ

小さいころから回りの大人や友達ににいろいろ大きな声で話しかけられた経験を持ってますが、基本的に、声の大きさはあんまり重要じゃなかったです。
それよりも口の動きをみるのに必死でした。

声が大きすぎて余計わかりにくくなったこともあります。また、小さすぎても???ってことも。ほどほどがいいと思います。

これも聴者として、「大きな声で耳元で話せば分かるかな?」と想像してやるしかないから出てしまう行為なんでしょうね。よくやられました。逆に私はイヤでした。
だって、耳元で息吹きかけられるのもイヤですし、何より口が見えない!!よけいなに言っているのか分からなくて、困りました。多分、補聴器を「マイクと同じだ」と思ったのでしょうね。「これで聞こえないんですか??」「イヤ、聞こえるんですが、何を言ってるかは分からないんです」こんな事の繰り返しでした。

なっちちゃんの聞こえの程度がどのくらいかは分からないんですが、重い方ならば、大きな声を出して分かってもらうよりは手話の方がいいかも知れませんね。
また、中程度の難聴でも場合によっては聞き取りにくい音があって、とびとびの状態で聞こえるそうです。中途半端に聞こえる感じなのかな。

妹さん家族については、これをいい機会として、いろいろ話し合ってみてはどうでしょうか?こういう事があって、うちではこのようなやり方だけど、あなたはどう思ってる??とか。多分、妹さん夫婦も面と向かっていろいろいいにくいんじゃないのかな?これは妹さんだけに限らず障害者を知らない人が、当事者に向かって面といいにくいところがあるからです。障害者に対して変に構えてしまうんですよね。

こんな事の繰り返しで、ある程度慣れちゃったところはあるんですが、言わないと分からないこともあるかな、って出来るだけ自分から「これはこうなんで、こうしてください」って情報提供するようにしてます。相手もちょっと安心するみたい。お互い不安なんですよね。
わたしは「ろう」をあんまり障害だという風には思っていないけれど、まわりからみたらどうしても「障害者」ってなってしまうんですね。でも慣れてくるとそういう「構え」がなくなってきて「障害者って事があまり気にならない」って言う人も出てきます。人それぞれですよ。

なっちちゃんが明るく育ってくれれば、その従姉妹もなっちちゃんの良き理解者となるのではないでしょうか??二人で仲良く手話でおしゃべりしたりして?同じ年の従姉妹ってなかなかないですからね。先ずは妹さんと話してみてくださいね。それからですよ。


[7530] Re:声の大きさ・・・ 投稿者:ととさん 投稿日:2002年10月25日 (金) 22時18分

気付いたことを2点。

なっちちゃんは、まだ補聴器を付けてないですよね。だったら、まだ当てはまらない
のですが、今後の参考に書きます。 小さな声よりは大きな声の方がいいのですが、
大きすぎる声も聞きにくいものです。 補聴器は大きすぎる音が入るとリミットがかかり
歪んで来ます。 基本的に、1mくらい離れたところでハッキリした声で会話する事を
想定して調整します。 ですから、大きな声よりも、お腹からハッキリした声を出すよう
に意識した方が良いと思います。アナウンサーのしゃべりみたいなものと理解して
ください。

妹さんの対応ですが、今後も付き合って行く訳ですし、なっちちゃんと同じ年で
いい遊び相手にもなりますよね。 その為にも、なっちちゃんのことをよく説明
して理解してもらう事が先決だと思います。 この場合、子供はまだ半年くらい
ですし、相手に合わせてもいいのでは? その子ももうちょっとすれば、「静かに!」
と言っても騒ぎ出す年になるでしょうしね。 障害児を持つと、相手からムッとする
ような行為をされる事が少なからずあります。 しかし、その中の多くは、障害を
知らないが為に、無意識の内にしている事がほとんどです。 親としては、そんな
状況を理解してもらうのも子どもの環境を整えることになるのではないでしょうか。


[7529] Re[7526]: 声の大きさ・・・ 投稿者:きょうこ 投稿日:2002年10月25日 (金) 21時37分

月に一回とか会うのではなく時間の許す限り、なっちちゃんともいとこであるわけだんだから
あったらいいのではないでしょうか?
はじめはびっくりさせても、だんだん回数を重ねるにつれてなっちちゃんの障害にも
お母さんの声の大きさにも慣れてくるのではないでしょうか?


[7528] ひらりさんへ 投稿者:きょうこ 投稿日:2002年10月25日 (金) 21時32分

受容というのは二通りあると思います。ひとつは聴覚障害者本人が自分自身の聴覚障害と向き合うこと。
二つ目はその親をはじめとする健聴者が、その子の聴覚障害を理解することだと思います。
自分の子はこういうタイプの聴覚障害があるということを理解し、それとどう向き合うか
付き合っていくかを探っていくことなのではないでしょうか?それも長い時間をかけて。
親と子、お互いのうちどちらが死ぬまで続くものなんですよ。
スタートは良くなくても、時間をかけて自分の子どもを理解していき、最後には
子どもと二人で笑い会えたりできたらいいのでは?
子どものことで真剣に悩んでいる親は、ダメ親なんかでは決してありませんよ。

自分の親なんか未だ、自分の娘の聴覚障害を受容していないんですよ。
わたしもこういうものだと思ってあきらめています。
けれども自分の新しい家族、インテグのだんなと娘たちと一番下の男の子。
聴覚障害の親と健聴者の子ども達。どうやって付き合っていくか愉しく模索していきます。

かかさんの言葉いい得てます。まさにその通りです。
自由を謳歌するというのはこういうことを言うのでしょうね。のびのび。




[7527] いばしょうさんへ 投稿者:mona 投稿日:2002年10月25日 (金) 17時16分

遅くなりましたが、お返事ありがとうございました。同じウィルスが原因で難聴になられたお子さんがいると知って、とても安心しました。とにかく医師の言葉しか情報がなく、悪い言葉だけが残りただただ不安でした。もちろん今もきっとこれから成長を見守る中でも、不安はついてまわると思いますが、娘の一日一日を大切にして、毎日を楽しく過ごしていけたらと思っています。もし宜しければ教えて頂きたいのですが、今の時点で娘も重度だろうとわかっているのですが、いばしょうさんの娘さんは今まで、どういった施設とか学校とかを利用してきましたか?例えばフリ-スク-ルとか聾学校とか。あとお家でどの様にすごしてきたか、例えば手話はいつ頃から使い始めたてきたとか、差しさわりのない範囲でいいので教えて頂けたらうれしいです。


[7526] 声の大きさ・・・ 投稿者:なっちママ 投稿日:2002年10月25日 (金) 00時59分

こんばんわ。急に寒くなってきましたけど風邪などひいていませんか?
私となっちは風邪をひいています。私はなっちにもらってしまったみたい。

今日はちょっと愚痴になってしまうんですけど。
普段、子供と接している時 声の大きさってどれくらいですか?私はなるべく大きな声で接しています。先生もできるならばなるべく大きな声で接してあげた方がとアドバイスもいただきましたし。なっちの難聴がわかってから、パパと話の中で「私たちの声って気が付かないうちに大きな声になるのかね」って話していた事があるんです。
今、まさに気が付かないうちに大きな声になっているようです。それが悪い事とは思わないんですけど、そんな中で先日あった話です。
パパの妹夫婦が遊びに来て、そこにもなっちより2ヶ月大きな子がいるんですが、私の声の大きさで泣いてしまったんです。その時はどうして泣いてしまったのかわからずに一生懸命あやしていたんですけど、妹は「怒られたと思ったから」と一言。その他、なんの説明もフォローもありませんでした。私はそんなに大きな声のつもりはなかったのですが。一応、気を使って声のトーンも気をつけたつもりなんですけど。
その数日後、妹の友人から「声が大きいのダメみたいよ。あの家ではあまり大きな声をださないから。もっと小さな声で話してあげないと・・・」と言われたんです。
もちろん妹夫婦も妹の友人もなっちの難聴は知っています。
難聴の事を理解してもらうのは難しいでしょうが、そんな言い方をされてとても悲しかった。なっちのいない場なら声を小さくして話してあげる事もできるけど、なっちが一緒にいる時はやはり大きくなってしまいます。
妹もその時はただ抱きしめて「大丈夫だよ」と子供に言うだけ。なんだかショックと腹がたちました。
声の大きさって難しいですね。


[7525] 雑感 投稿者:かかさん 投稿日:2002年10月24日 (木) 22時16分

みなさん、こんばんわ。また何人か 新しい方が来て下さってますね。

ちいねこさん。ビザさん。きょうこさんの 1人暮らしの話を見て、
思い出した事を 書きます。

ある ろうの先生が、大学に受かって、始めて一人暮らしを始めた時に
まわりの人から「1人暮らし大変でしょ。寂しくない?」
と聞かれたそうです。
その時、どうして「寂しくない?」と聞かれるのか分からなかった
と言ってました。
本人は、聴者の家族の中でただ1人聞こえないので孤独だったと。
逆に、1人暮らしで聞こえる家族に気を使うことなく、のびのび
できて楽しかった。と言ってました。


[7524] 四国のろう学校の事 投稿者: 投稿日:2002年10月24日 (木) 10時23分

お邪魔いたします。
先日、四国のほうへぶらりと行って、友達と楽しく飲みまくって来ました。
その時に、先天聴覚障碍の子の親(親も聴覚障碍で手話が中心)と無理やりというか、ろう学校の話しを聞いてきました。やはり、教育の面で口話中心では不安があるとのことで、手話を取り入れている学校を選んで通わせているとの事です。
幼稚部の時にその子と会ったときは発音の練習もあるので、キュウドサインも使って居たのを覚えてます。
今は、聴者の親と同居しているので、お子さんも手話と口話が中心だそうです。
やはり、口話中心では読話が大変だそうです。その学校の卒業生(小父さんの年齢)も、当時はきつくて大変だったと、こぼしていました。
でも、授業以外では、生徒同士の会話はほとんど手話だそうです。
口話授業はあまり意味ないのか。

つまらない話しでごめんなさいまし。


[7523] おはつです 投稿者:ぺこぽん 投稿日:2002年10月24日 (木) 08時32分

いつもは、読者をきめこんでいます。ぺこぽんともうします。よろしくお願いします。
今朝は、あんまし気になるので、かきこさせていただくことにしました。

ひらりさん、じぶんのことダメ親って思うことないよ。それは悲しいよ。
私は、ひらりさんがどんな子育てしたのかも、どんな事情があったのかも、文面からはさっぱり見当つけへんけど、じぶんのことダメ親って思うことないよ。

自分の勝手な想像っちゅうか、空想なので、まとはずれかもしれへんけど、きいてください。
がっこの先生に「がんばって、いろんな音きかせて、しゃべって、ことばを育てましょう。ちゃんとしゃべれるようになります。」とか教えてもらって子育てしてたんじゃないの?
言われたとおりに、がんばってきたんやないの?
それって、どうやったら聴こえる子どもの世界に入るかやから、最初から目標がインテグですやん。
先生のことばを信じ、ひたすらインテグめざしたお母さんのこと、「受容ができていない」と言うてたかもしれんよ。

ごめんなさい。空想の話を続けます。もしそうだとしたら、とても変な話やと思う。がっこの先生が聴こえる子どもに近づけることが理想のような、インテグすることが理想のような指導をしてきたのに、ある日、突然「障害を受容していない」なんて言うの。
障害を受容してないのは、がっこの先生や学校自体やないの?

「かげで私のことそんな風に言うてたんやあ」って、なんかきしょく悪いよね。正面きって言うてほしいものです。そういうことでは信頼できん。

私の空想では、ひらりさんは、子どもの幸せを願う一途な人やと思う。こんなサイトのぞいてはる人やもん。

かく言う私もろう学校の関係者です。汗汗^_^;
空想話でごめんなさいね。


[7522] ありがとうございます 投稿者:ひらり 投稿日:2002年10月24日 (木) 05時45分

わたしの混乱のままのわけのわからない質問に答えてくださって。自分の質問、読み返しても恥ずかしいです。

手話サークルは半年ほど前から通っています。息子にも一緒にいこかって誘ったんですけど、興味ないみたいで・・。会話の中で自然に使うようこころがけています。

今のところ、私の中ではなにもかも消化不良です。じゅようができないダメ親ってことばかり頭の中でぐるぐるしてました。
自分がわかるところからやっていこうと思ってます。

また、なんかあったら書き込みさせてくださいね。ありがとうございました。


[7521] ひらりさんへ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2002年10月24日 (木) 01時31分

障害の受容と認識の問題に悩んでおられるようですが、

障害の受容と言うよりは、「自分の子供はろう児(者)なのだ」と頭ではなく、体で感じることが大切ではないのでしょうか?頭だけでぐるぐると考えていると出口が見えなくなってしまいます。

親が障害を受容できていないと、子供が自分の状態を認識できないと言われたそうですが、半分正しいです。残りの半分は、うーん。

子供が、自分の状態を自分で把握し、コントロールできるようになるためには、同じ聞こえない友達、そして聞こえない大人と一緒にいる必要があります。
そして、今までずっとろう者と出会う機会がなくて自分の子供がろう者だったことで初めて「聞こえないってなに??」と戸惑う親たちもやっぱりろう者達の行動様式をその目で見ていかないと聞こえないことに対する受容=理解とも言いますが、身に付かないと思いますね。こればかりはいくら本を読んで勉強しても分かるものではないでしょうか?

聞こえない状態をよく分かっているのは、実は子供の方だと思います。この音は聞こえない、この音は聞こえる、というように。また、聞こえないから出来ないことがある、というのも本当は分かっていると思います。ただ、それを客観的に、見つめ直す機会をなかなか与えられないでいるだけ。

障害の受容が出来ていない、と言うよりは「手話という言葉を使って生活しているろう者達」を認めることが出来ないと自分の子供に対しても正当な評価が下せない、そういう親たちが今多すぎるのではないでしょうか?50年以上も続いてきた口話教育がそれです。親たちが悪いわけではありません。今みたいに情報が沢山あるわけではなく、限られた中でやるしかなかったのですから。ただ、間違っていたことを認めることは大切だと思います。辛い作業ですが…

私自身も、インテを否定する訳じゃないんですが、インテしたのは間違いだったなぁ。と今では思っています。

ひらりさんは、今疑問を持っているのですよね。
子供さんとはどの様にコミを取っているのでしょうか??手話ですか??
子供さんの気持ちを、一度聞いてみてください。親には言わなかっただけで、我慢している何かがあるかも知れない。また、成人ろう者に会わせてみるのもいいかも知れないです。
この掲示板に来て、ここに書き込んだと言うことは自分でもどうにかしたい、と思っておられるのですよね?その気持ちがあるのでしたら大丈夫です。
何かあったらまた書き込みに来てくださいね。

何か上手く答えられなくてすみません。では


[7520] はじめまして 投稿者:t.4.2 投稿日:2002年10月24日 (木) 00時30分

ずっと読ませていただいているばかりのt.4.2と申します。
大阪でサークルに入って、色々とさせていただいています。聴者です。
家族間(幼児期の)のコミュニケーションの大切さを書いてられるのを読ましていただいて、
その度に聴覚障害の友人の家に遊びに行った時の事を思い出してしまいます。
友人は家族の中で一人だけのろう者なのですが、何かの話の時に、友人にお母様が
「家では手話で話さないよね。手話もこの子が勝手に覚えたしね...」とおっしゃっていました。
親子間の仲が悪いわけではないし、その友人も母親思いで、小さい頃の教育方針がどうとか、
細かいところは本当に知らないのですが(友人は30才)何と言うか、不思議な感じがしました。表現の仕方は『勝手に...』なんてなったけど、今、そのお母様はどんな心境なのかなぁ。と。
私と友人間では会話に不自由が無いので、心情を推し量りきれずにいます。(子どもも産んだ事がありませんので尚更)
大阪では、11月23日に成人ろう者とろう児の交流会が催されるそうです。昔の教育で育った成人ろう者の方々が、交流の必要性を感じてられるという事なのだろうと理解しています。
取り留めの無い話で失礼しました。


[7519] 聞こえないということ 投稿者:みーママ 投稿日:2002年10月23日 (水) 23時32分

聴者には、聞こえないこととはどんな状態なのかやっぱり理解しにくいんですね。
今、自分が聞こえなくなったら・・・と考えてしまうんですね。
ろう者は聞こえないのが普通という感覚が聴者にはわからない。
聞こえないのが普通だから、聴者とは違う危険に対しての注意の仕方や
周りの人とのかかわり方などを心得ているのにそれをわかってもらえない。
もどかしいでしょうね。

「聞くこと以外は何でもできる」 あるろう者から聞いた言葉です。
聞こえない子を持つ親は、我が子を信じ、「かわいい子には旅をさせろ」の精神で
1人立ちできるように育てていかなければなりませんね。
やはりそれには早い時期から成人ろう者に会わせて、ろうとしての生き方を身につけさせることが大切かなと思います。

みーは今まで兄たちを呼ぶ時は、「お〜い」と声にならない声で一生懸命呼んでみたり、
私を介したりしていましたが、最近は兄たちの肩をトントンとたたくようになってきました。
周りの成人ろう者を見て、少しずつ身についていくんですね。


[7518] マルチレス? 投稿者:ちひねこ 投稿日:2002年10月23日 (水) 22時56分

ちひねこの旅行話に食いついてくださってありがとう(笑)

ピザさん初めまして。
HP見に行ってきましたよ。私も国リハ、1年前まで通ってました〜 といっても、社会人をやってから退職して入ったので、職リハだけでしたが。
多分、勉強した内容も同じです。うーん、こんなところで先輩??に会うとは。

ひとり暮らし、私も断られたことがありましたよ。火事とか地震があった時に責任が持てないとか言うよく分からない理由で(苦笑)
でももう1人暮らし5年目です。逆に、聴者の友人の方が実家から出られないでいる人が多いですね。
もう5年もひとり暮らししてるの、凄いね、寂しくないの??ってきかれますよ。

何で寂しくないの??って聞かれるのか私にはよく分からないんですが。私もきょうこさんと同じく他人に干渉されるのが嫌いだからかなぁ。1人で何でもやってみたい、自分の時間を自由に使いたい!!っていう気持ちが強いからなのか、寂しいって思ったことないですね。

車の免許も、母は最初いい顔しなかったんですよ。聞こえないんだから危ない!!とかって。20歳過ぎるまでは免許はダメ!!って。20歳過ぎて学校通いたい!と訴えたら「お金がないからダメ」 結局、免許取らないまま会社に入ってしまって、でもどうしても免許欲しい、車も欲しい!!ってことで会社入って3年目の時に仕事と平行しながら免許取りましたねぇ。全部自分のお金で、自分のやりたいように決めました。
免許取ってから、3年過ぎましたけど、今まで事故もなく運転できてますね。危ないってこともなく。逆に、視野が180度使えるから普通よりは注視力あるんじゃないかって思うほど。

聞こえないから出来ないこと、っていうのは聞こえない本人がよーく分かってるんですよ。これは自分の力では無理だから、お願いしよう、っていうことはありますが、タイミングが悪いのか「そういう風に人に頼るのはやめなさい」とか言われちゃうんですよね〜 電話とかね
電話は断られやすいです。何ででしょうね。これもみすずさんがいう、不便な事柄に関する認識のズレかも知れませんね。


きょうこさんへ

私も勝手気ままな人間なので、一人旅というか、1人であちこち出かけたりするのがスキですね。
1人でふらっと東京(近いだろ、そりゃ‥)まで買い物に出かけちゃったりとか、1人で広島に帰ったりするのがスキです。
家族とは一緒に帰りたくないな〜、1人で帰りたいよ、って中学の時から思っていて、高1の時に1人で初めて広島まで帰ったんですよ。ホント、爽快でしたねぇ。誰にも気を遣わずに、自分の好きなように歩いて帰るってのが気持ちよかったです。
大阪に友達がいて、会いに行く時も1人でうきうき楽しかったし。

海外旅行も、いずれは1人でチャレンジしたい!!と思ってます(笑)自分が出来ることがどんどん広がっていくのって、気持ちいいですよねぇ。
本当は、そういう気持ちいい経験を子供のうちからいっぱいしておいた方がいいんじゃないかなって思うんですよ。
勉強が出来ることもある程度は大切かも知れませんけど、実際に行動してそこから得る経験の方が何百倍も大きかったりするんですよね。

だから、今の言語訓練とかに通っていて子供らしい遊びをしたことがないような話を聞くとなんだか「これでいいんだろうか?」って思っちゃうんですよね。
その話を聞く度に、幼稚部だけでも、のびのびと遊べたことは幸せだったのかも知れないなぁ、と感じています。


[7517] 一人旅お勧めですよ。 投稿者:きょうこ 投稿日:2002年10月23日 (水) 20時30分

私は勝手気ままな人間です。他人に干渉されるのが嫌いです。
というのはちびねこさんの体験の様に幼少の頃から、干渉されて育ってきましたから。
ほらほら、危ないよ。何やかんや周りの人がいちいち気を回して、先回りして
私のすることなすことを邪魔するんです。子どもの頃はしたいようにすることが出来ませんでした。
だからこの干渉が今の私の性格を作り上げたといっても、過言ではないと思います。
干渉されるのが嫌いで、親元を離れて(家出同然に)付属校の寮に逃げました。

前に外国に一人旅をしたくて旅行会社に申し込んだことがあって、そしたら契約書を書けと
いわれました。耳のことで迷惑をおかけしませんっていう内容の。
そんな事書けないわよ。と突っぱねたら、すみません旅行はお断りさせていただきますっ
ていう返事が来ました。お金も何割か増しで帰ってきましたが、納得できませんでした。
要するに聴覚障害者は、いっぱしの大人としては扱われないんだなあと実感しました。
社会人になって自分の給料で生活をしているのに、この扱いは何でしょう?

で、仕方ないから、帰ってきたお金で一人で3泊4日のZ550FXと一緒に
無謀な、国内バイクツーリングに行きました。
何もかも自分で決め、何もかも自分で責任を追う初めての経験。
聴覚障害者としての自分を解き放つことが、出来たツーリングでした。
1号線をひたすら真っ直ぐ、京都から東京に向かって、ひた走りました。
私って、自分で決めて自分で考える何かをしたかったのだと改めて思いましたね。
今となっては遠い青春の思い出ですが、自分で何かをするという今の自分の礎と
なっている気がします。


[7516] ちびねこさんへ 投稿者:ピザ 投稿日:2002年10月23日 (水) 18時41分

初めまして。ちびねこさんの書き込みを見て、すご〜い同感してしまったんです(笑)
聞こえない人は、何もできないんだ。一人で旅行でもいけないんだって
考えを持っている人が多くいるのも確かですね。
一人暮らしなんかも無理だ。危ないだよとかばっか言ってたしね(笑)
ウチは、今、一人暮らし4年目です。東京に引っ越す前、埼玉の寮で
暮らしていました。就職ついで、東京で暮らすことに決めていて、
東京の何件かの不動産に回ったんです。耳が聞こえないウチだと
分かったら、断られてばっかでした。断る理由は、聞こえないだと
もし、火事が起きた時とか、ガスとか使う時、危ないとか、でした。
どうして、聞こえないだから、危ないんだと決め付けるの?って思ったけどね。
聞こえる人も火事を起こるときもあるでしょが?(笑)
ガスを止めるのが忘れたりとかたばこを消すのが忘れたりとか
火事が起こしたじゃないの?ってね(笑)
聞こえる人でも聞こえない人でも関係ないじゃないの?
聞こえない人は、自分が聞こえないからこそ、最低限に気をつけるように
心得してるしね。運転なんかも同じだよね。事故が多いのは、
聞こえる人が一番、多いじゃないの?(笑)
あれこれと勝手に決めつけるのは、聞こえる人の勝手な判断じゃないの?
聾学校の先生もそういう人がいるよねぇ。

ウチは、出身は、福岡なんです。聾学校の専攻科時代、
卒業後の進路&就職相談があるよね。ウチは、卒業後、就職すると考えて
いなかったから、夢があるから、もっと、勉強したいと思っていて、
埼玉県にある国立職業リハビリに行きたいと進路&就職指導担当に言ったら、
猛反対されたんですよ?『あんな所に行くなんか必要ない。遠いところまで
行って何になるんだ?』って言われたんですよ。

生徒達の希望を聞かずに先生の名誉のために自分の好きに押し付けるなんて
最低じゃないか?
その先生は、ウチにあの有名だったデパートの『そごう』に就職しろと
強制的に勧められたんです。
ウチは、先生のお勧めを聞かずに国立リハに行くと一方的に言い続けました(笑)
認めてくれないと、手続きができないんです。成績表とか、必要な物を揃えない
と願書を出せないから…。約3ヶ月間、先生と戦い続けてたんです(笑)
8月末、やっと、国立リハに行くことを認めてくれたんです。
ホンマにむかつきましたねぇ。自分の人生は、自分で決めるのに、
なんで、あれこれといわれなきゃいけないのかって思ったんです。

聞こえないから、無理に決まってるんだと勝手にそう思ってない?って
言いたいですね。
聞こえなくてもやってみないと分からないじゃない?やればできることも
あるじゃないかって思いますね。
だから、何でも、挑戦してみようよ!(笑)チャレンジして失敗しても
経験を重ねて行くからいい経験になれると思うよね。

http://piza46.hp.infoseek.co.jp


[7515] お久し振りです☆ 投稿者:ピザ 投稿日:2002年10月23日 (水) 18時12分

今晩は☆2週間前、書き込みしたピザですm(_ _)m
ウチのHPに遊びに来てくださってありがとうございますm(_ _)m

☆ととさんへ
初書き込みなのにストレートで生意気に書き込んですみませんm(_ _)m
聞こえないと分かった時の親の気持ちがよく分かりますが、、、
聞こえないだけ、悲しむ必要がないと思いますね。
いつまでも悲しんだら、子供が可哀想です。子供は、結構、敏感ですよね。
悲しまないで、聞こえなくても、この子は、個性のある人間を育って行くわ
っていう気持ちを持てないとやっていけませんよね。
私は、子供を持ったこともないから…まだ、独身だから大きく言えませんが、
自分、今までの人生の中で経験したことを言えるくらいしか
ありませんが、聞こえないウチが思ったことを親たちに伝えたいと
思っています。


☆きょうこさんへ
初めまして。きょうこさんの書き込みを見て、ウチも同感だと思いました。
聾学校育ちの人は、文章が苦手だと考えを持っている聴者が
多いんですよね。
実際では、インテも聴者も文章が苦手の人が結構いるそうです。
ウチの場合は、幼稚部からずっと聾学校育ちだったんだけど、
中学まで通った聾学校では、文章力をつけるために日記や作文などを
多く与えていました。そのおかげなのか、ウチは、作文を書くのが
好きになっていました。小さい時から、両親に絵本や漫画などを
ウチに与えてくれたから、今は、何でも読むぐらい読書大好きになって
いました(笑)きょうこさんの言う通り、家庭環境や教育環境などに
よって影響があって、文章得意な人もいますし、苦手な人がいますよね。
ウチの妹は、聞こえる人と同じくらい文章上手なんです。ウチより上です(笑)
ウチなんか、まだまだだなぁ〜って感じです(笑)
でも、もっともっと、文章を上手く書けるように磨いています(笑)


ウチの同級生の話ですが、高校時代の同級生の二人が筑波技術短期大学の
推薦試験を受けたのです。1人は、ウチと同じく幼稚部から聾学校育ち。
もう1人は、中学までずっと普通校育ち。成績レベルは、二人とも同じくらい
学年トップです。中学まで普通校を育った彼の方が受かるだろうって
ウチらもそう思ってたんです。聾学校育ちの彼も自分は、落ちるかもしれん。
普通校育ちの彼が受かるだろうって言ってたんです。
でも、合格発表では…聾学校育ちの彼だけが合格したのです。
普通校育ちの彼は、落ちてしまいました。ウチらは、その結果に驚いたんです。
聾学校育ちの彼も驚いたのです(笑)まさか、自分は、合格するなんて
思っても見なかった。ビックリした…だそうです(笑)
普通校育ちの彼は、推薦試験も一般試験も落ちていました。

どうして、普通校育ちの彼は、落ちたんだろうって不思議に思ったことがあった
んです。筑波技術短期大学では、試験と面接で結果を決めると聞いていたので、
二人が面接を受けた時、どんな話をしてた?って聞きました。
普通校育ちの彼では、自分の頭良さとか勉強する時間とかこの大学に受験した
理由などをアピールをしたのです。
聾学校育ちの彼では、聾学校で過ごした事とか、先生に対して事とか、自分
家族の事とかをアピールしていました。

その違いさが分かったんです…。学校の先生も分かったのです。
聾学校育ちの彼が合格するのも当然だなって言ってました。
成績だけが良くても落ちるときもあるそうです。面接がポイントで
合格ができただろうって話していました。
普通校育ちの1つ上の先輩も学年トップでしたけど、技短の受験を
受けたけど、落ちたんです。成績が良かったけど、面接がダメだったらしくて
落ちたそうです。

だから、インテでも聾学校育ちでも成績には関係ないなぁって思いました。
やっぱり、人生の過ごし方や話し方や考え方の問題なんだぁと思ったんです。
成績が悪くても考え方とか人生の過ごし方とか素晴らしく話してる人が
何人がいますしね。。。
だから、やっぱり、親の教育方針や家庭環境や教育環境に関係がありますね。
結果的では、インテも聾学校育ちもどっちも同じですね。
影響されて子供が育てて行くのですから、大きくなった子供は、どんな
人間になっているかってことが一番大事なところですね。

なんだか、話がめちゃくちゃになってるような感じが…(汗)
読みづらかった人、ごめんなさいm(_ _)m

http://piza46.hp.infoseek.co.jp


[7514] あれ? 投稿者:みすず 投稿日:2002年10月23日 (水) 17時46分

↓お疲れ様の間違えです。


[7513] ちひねこさんの疲れ様でした。 投稿者:みすず 投稿日:2002年10月23日 (水) 11時08分

せっかくの旅行に監視付では楽しさも半減、気疲れしちゃいますね。
やはり聞こえるものにとっては、聞こえないことで不便なのは何なのか、どのようなサポートが必要で、どれは必要でないのか、それがわかり難いです。
きっと、はぐれられたら放送で呼ぶことができないから(周りが)困る、ということもあったと思います。ほんとうはちひねこさんの言うように、時間や場所を明確に伝えてくれれば済むのでしょうけどね。まあ、とかくおばさんたちは世話を焼きたがるので、それは聞こえる人同士でもあることだと思います。
あるろうの男性はサハリ砂漠や、山登りみたいなのばかり行ってます。普通のツアーに参加しているのでろう者は彼だけです。きれいなところや便利なところには行きません。今や旅のベテランで、旅行会社からお声がかかるとの事です。
気をつけるのはホテルに泊まった時には誰かと合部屋にしてもらうことで、ビデオを見せていただきましたが特に誰かが世話を焼くなんてことは無かったです。テントから出て外で寝てたりしてましたけど、だれも何も言わないようです。
旅行社も事前に聞こえる家族を通して話し合っておけば心配ないことが段々と理解できてきたのでしょう。

やはり、大丈夫と言うだけでなく、何が不便かを明確に周りに伝えておけば、その他は必要ないということが自然とわかってくるのではないでしょうか。
私もその方のビデオやお話しで、不便な事柄に関する認識のズレに気がつきました。


[7512] はじめまして 投稿者:ひらり 投稿日:2002年10月23日 (水) 07時16分

インターネット最近はじめたとことです。毎日、ここ読ませていただいています。子どもは難聴学級に通っています。(学年と地域はちょっとごかんべん)

実は、教えていただきたいんですけど、幼稚部にいた頃、私は「障害の受容ができていない親」と先生方の間で言われていたことを、最近ひょんなことから知りました。それから、じゅよう、じゅよう・・・って、考えているんですけど、よくわかりません。障害を認めるってことですか、それってどういうことですか?先生たちのおっしゃるままに、いっぱいことば、ことば、きこえ、きこえってやってきたのに、どこがどうだったのか、さっぱりわかりません。

難聴学級の先生の話に障害の認識っていうことも出てくるんですが、それもよくわかりません。親がじゅようできていないと、子はにんしきできなくなるんでしょうか。

へんな質問ばかりですいません。

子育てをする最初の頃にこんなページに出会いたかったです。ぐちばかりですいません。


[7511] ひさしぶりでございますぅ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2002年10月23日 (水) 01時06分

久しぶりです。
韓国に社員旅行で行ってきたりとか、いろいろ忙しくてここはご無沙汰でした。

韓国旅行に行ってきて、やっぱりどーしてもひっかかることがあるので、ちょこっと書かせていただきますね、

聞こえないと、やっぱり何にも出来ない、って思われてるのかなぁ??と思わされる場面にイヤというほど遭遇してしまいました。悪気がないのは分かるんですよ。心配したくなる気持も分かります。でも、私ももう大抵のことは判断できる年齢なので、1人で歩き回らせて〜!!頼みたい時には自分から動いて頼むからさぁ〜と何度か叫びたくなりました。

韓国、ソウルには有名スポットとして南大門、東大門がありますね。ツアーで東大門をお買物して回るというのがあったんですが、私1人で歩きたかったんですよ。1人で買い物をするのがスキなので。でも、一緒に同行していたおばさんが、「危ないから私達と一緒に行きましょう!!」とか言い出すし。え??デパートの中で危ないって、外を歩き回って迷子になるんならともかく、デパートの中を歩き回って迷子は、さすがにないだろうと、「イヤ、いいです、1人で歩き回りたいから」って振り切りました。

夜、自由行動で「南大門に1人で行きたい」と言ったら周りにいたみんなに「夜の南大門は危険だからやめとけ!!」と必死で止められました。昼間も南大門を少しだけみたんですが、危険なところはあまり感じなかったんですよね。人通りも多いし。「危ないものを買わされたりするから」とか言われましたけど…
聴者だったら呼びかける声にふと耳を傾けてしまい、店に引っ張り込まれることはあるかもしれませんけど、私、聞こえないですから耳の傾けようがないし(苦笑)

結局次の日の昼間、自由行動で大勢の中の1人に混じって連れて行ってもらうことに。
お願いとして、南大門までは一緒で、買い物する時だけは私の自由に動き回らせて欲しいと言いました。
結果は少し道を迷っただけであとは問題なく買い物を済ませることが出来ました。店に引っ張り込まれることもなかったし(笑)

帰りの空港でも、「ちひねこさん、誰々さんと離れないで行動してね!!」と言い渡され、飛行機のゲートに乗るまで、何番の所に行けばいいのか教えてもらえませんでした。飛行機のゲートの番号と、搭乗時間さえ教えてくれれば時間まで自分1人で歩き回りたかったですねぇ。

東大門も、南大門も「1人で買い物してきた」というとみんな驚くんですよ。出来ない、って思われてたみたいで心外でしたけど。そんなに出来ない、ってイメージあるんでしょうかねぇ。
これくらいで驚いていたら、アメリカやロンドンに一人旅とか平気でしているろう者のことを聞いたら腰抜かすかもしれないな、とも思いましたね。

これ、ろう教育にも当てはまるんじゃないかなぁって。親や教師達が先回りして、ろう児達の本当は出来ることを取り上げていることがあるんじゃないかなぁと言う気がします。
たとえば集合時間や場所を教えないで、ぴったりとくっついて回り、「どこ行くんだろう??どこへ行けばいいんだろう?」と思いながらも一緒に歩いているうちに目的の場所について「何だ、ここか。最初から言ってくれればいいのに」という経験はわりと誰もがしているかもしれません。本当は情報さえもらえれば1人で歩き回れる。例え迷子になったりしたとしても、それも1つの経験であり、学習にもなるはずです。そういう機会を奪っていることがあるかもしれません。その結果、ろう者は何も出来ない、ついていないと危なっかしいとか思われてしまうことがあるのだとしたら、凄く残念ですね。

初めての韓国旅行でしたが、自分の好きなように歩き回れなかった、ということもあって今度行くとしたら気心の知れたろう友達と一緒に行きたいなと思っています。


[7510] Re[7504]: teraさんへ 投稿者:tera 投稿日:2002年10月22日 (火) 22時03分

お疲れ様です&謝礼金についてのアドヴァイスをありがとうございます。
参考になりました。<ととさん

> 聞こえる親ときこえない子、聞こえない親と聞こえる子、聞こえない親と聞こえない子、
> など、立場は違っていても、それを支えるのは、なによりもコミュニケーションです
> よね。 今の親たちが手話を使おうとしているのは、かつて音声語中心のろう教育への
> 反省があればこそです。 子供の将来を考え過ぎて、足元の、今一番大切な親子間の
> コミュニケーションがおろそかになってしまった。 人間としての基礎をつくるであろう
> 親子間のコミュニケーションが不足するということは、結果としてどうなるのか?
> あやふやな基礎の上にいくら立派な家を作ったところで、ひと風吹けば、それは壊れて
> しまうでしょう。 まずは、何を置いても基礎作りですよね。

そうですね。
私自身の経験からも手話は大切なコミュニケーションだと思います。
音声日本語は自然に耳に入るわけではなく、神経を集中させて会話に臨まないと
息切れしてしまいますね。ですから時間にして10分が限界です。私の場合は。
個人差もあるのでしょうけれど。
手話だと神経を集中することもないわけですから、リラックスして会話できます。
自然体でいられる手話は子供にも伝えていきたいです。
いや、伝えなくとも自然に覚えていくでしょう・・・・・と思います。


[7509] 学校見学会がありました。 投稿者:かかさん 投稿日:2002年10月22日 (火) 22時01分

先週の金曜日、しょうちゃんのろう学校で、見学会がありました。
細かい事(先生方の手話スキルなど)を言うと、いろいろありますが、
学校全体では、良い雰囲気でした。
2〜3年前までは、先生の質問に生徒が手話や動きで答えると
「それじゃわからないでしょ。」という大きな声が聞こえてたのが、
今回は、「そう、手話であらわせばそうだよね。それを日本語にすると
何かな?教科書で調べて、黒板に書いて。」と、まず、生徒の答えを
受け入れたあと、次のステップに進ませようとする姿がありました。
まずは、生徒から発信する情報を受け取ろうとする姿勢です。
受け取れる量は、それぞれで、差はありますが、この積み重ねによって
徐々に学校が変わって行くのだと思います。これからの変化に期待します。


[7508] Re[7501]: teraさんへ 投稿者:tera 投稿日:2002年10月22日 (火) 21時45分

> その身振り手振りが素地になって、多分人間形成してくれるかなあという淡い期待を持っています。
> 親が子どものいうことがわからないというのは、親子共々ストレスになるのではないかしら?
> 身ぶり手振りが長男のこれからの、色々な表現に形を変えてくれることを期待しています。
> 又、このHPに報告させていただきますね。
> 健聴の親にとって喋り始めの子どもは可愛いと同じようにベビーサインを使って、
> 一生懸命にわたしに訴えてくる長男は愛しいです。
> 長女は5歳で手話、指文字が達者。3歳の次女は、指文字を使い始めたところ。
> きょうだいで手話を使って欲しいなあと思うこの頃です。

そうですね。親が聴覚障害者だから気を使って手話で話しているのではなく
聴者同士でもコミュニケーションとして手話を使っているんだというのは
いいことだと思います。
会話の中にわざわざ入らなくても「うふふ、兄弟で仲良くおしゃべりしているな。」
と親が感じることができたら幸せですよね。
ぜひ、お子さんの近況報告をお願いします。楽しみにしています(^^)


[7507] monaさんへ 投稿者:いばしょう 投稿日:2002年10月22日 (火) 12時17分

久々に開けたらサイトメガロウイルスについて書かれてあったので思わず書き込みします。
うちの娘は今7歳ですが、どこから感染したのか分りませんが妊娠中に胎児に感染して、
生まれて3日目で総合病院に移されICUで1ケ月入院している間にサイトと言われました。
娘の場合、身体機能発達が遅く、首の座りからお座り歩行に至るまで通常の3倍かかりましたが、今では運動会も普通にこなし、自転車もスイスイのれます。
耳のほうは確かに重度です。補聴器をつけても殆ど低音の響きくらいしかわかりません。
でも、2歳からの手話(日本手話とか対応手話とか混合ですが)や指文字など目でみてはっきりわかる方法で現在まで育てている中では、確かに聞こえない人ではありますが、よく話す(手話で)普通の女の子です。とても明るく育っています。
サイトの子供は今まででも4人は知っていますが、方耳だけ聞こえていて歌も歌っている子もいましたし、まったく軽度難聴の子もいました。次第に進行するという可能性もあるのかもしれませんが、うちの場合は最初から重かったと思います。サイトの場合、脳内にウイルスが入り込み、胎児でいる間に脳内のどこかにいわば「虫食い」のようなものを作ってしまうので、それが個人によって多少なりとも異なるがゆえに障害の表れ方も個人差がある・・・と医者には言われました。進行性ではなく、成長と共に脳が発達する段階で徐々に個人の持つ障害として確定していくとでもいいましょうか。最近の研究ではどうだかしりませんが、お母さんが心配される気持ちは物凄くよくわかりますが、今は落ち着いて、子供と目と目を向き合ってたくさん笑顔で育ててくださいね。
それから、サイトメガロはお母さんに何か過失があったからとか言うものでは、全くありません。お母さんがその子を妊娠する以前にサイトに免疫がなく、(かかっていたとしたら風邪とか
の軽い症状で出て、普通は免疫がある人が多いらしいですが)まあ私も含めて多分お元気にお過ごしになっておられていた訳で、たまたま妊娠中に感染した場合に限って胎児に影響を及ぼすらしいです。100万人に1人の割合とも言われました。今でこそ言えますが、そんな貴重な子供を
授かったと思って、大事にしてやって下さいネ。お母さんも自分を責めたりせず、誰も何も悪くない偶然なのですから、開き直って堂々と子育てして欲しいな〜と思います。
サイトの情報、他にもありましたら、私にも教えて下さい。


[7506] お久しぶりです 投稿者:なっちママ 投稿日:2002年10月21日 (月) 22時37分

最近、パソコンを広げていない間に色々な情報が
あってとても勉強になりました。
なっちと同じくらいのお子さんがいらっしゃいますね。
なっちは今日、9ヶ月になりました。
言葉を少しでも話せるようになるかなと自己流ですが
なっちと遊びながらアレコレと試してみたら、なんと
先週、なっちが「ママ」や「まんま」を言うようになりました。
これぐらいの月齢だと言うみたいなので、たまたまでしょうが
嬉しくて。声にならずにパクパクしているだけの時もあるけど
なるべく気づいてオーバーリアクションをしています。
今度は「パパ」と言えるといいな。
なっちは私の自己流の言葉の勉強が楽しいみたいでニコニコして
勉強に励んでいます。
今出来る事を少しでも楽しみながら頑張ってます!


[7505] 久々の更新です。 投稿者:ととさん 投稿日:2002年10月20日 (日) 22時45分

久々にHPを更新しました。 と、言っても、リンクを1件追加しただけですが…
以前ここへ書き込んでくれました“かがやきパソコンスクール”です。
このような、聞こえない人の為の場が増えるといいですね。 これからは、
中学生を対象とした学習塾も併設するそうです。


[7504] teraさんへ 投稿者:ととさん 投稿日:2002年10月20日 (日) 01時44分

ごあいさつが遅れました。 長期出張もほぼ終了し、家へ戻ってきました。
最近遅れ気味だったのですが、これからはレスポンスを早くしたいと思います。
teraさんへの返信は同じ境遇のきょうこさんが色々と書き込んでくれたので、
とても助かりました。 > きょうこさんありがとうございました。

聞こえる親ときこえない子、聞こえない親と聞こえる子、聞こえない親と聞こえない子、
など、立場は違っていても、それを支えるのは、なによりもコミュニケーションです
よね。 今の親たちが手話を使おうとしているのは、かつて音声語中心のろう教育への
反省があればこそです。 子供の将来を考え過ぎて、足元の、今一番大切な親子間の
コミュニケーションがおろそかになってしまった。 人間としての基礎をつくるであろう
親子間のコミュニケーションが不足するということは、結果としてどうなるのか?
あやふやな基礎の上にいくら立派な家を作ったところで、ひと風吹けば、それは壊れて
しまうでしょう。 まずは、何を置いても基礎作りですよね。

質問の“個人指導の謝礼金について”ですが、私も経験がないので、はっきりした事は
言えませんが、ひとつの意見として聞いて下さい。
その方はそれを専門としている訳ではないようなので、基準としては、学生の家庭教師
の礼金程度に考えてみてはどうでしょうか?
専門家ならば、料金をはっきり提示するでしょうし、かといって、その方の一定の時間
を費やしてもらっている訳ですから、この辺りが妥当なような気がします。


[7503] サイトメガロウィルス? 投稿者:きょうこ 投稿日:2002年10月20日 (日) 00時10分

> 「サイトメガロウィルス」が陽性でしたといわれました。このウィルスが原因で難聴になった児というのは、半数以上が進行し2才頃には全く聞こえなくなる場合が多いといわれました。>

サイトメガロウィルスについて、専門的な講釈は医師関係者にお願いするとしておぼろげながら
知っていることについて述べさせていただきますね。
ヘルペスってご存知でしょうか?いっぺんかかったら、表面は治っても免疫機能が衰えると
しつこく出てきます。それとよく似ていて、普段はひそんでいるのですが何かのひょうしで
発病します。また、産褥のときにかかるとも聞いています。とにかく、目新しい病気で
研究が始まったばかりなので、病気のことはさておいて今は娘さんとのコミュニケートを
大切にしてあげていってくださいね。
ベビーサインの長男はもう1歳。振り向くと早い!早い!お母さんと子どもの蜜月は短いです。
ほんとうに。寂しいです。駆け足で大きくならないでと思っています。


[7502] お久しぶりです 投稿者:みーママ 投稿日:2002年10月19日 (土) 22時50分

2才4ヶ月のろう児をもつみーママと申します。
何人かの新しいママたちがいらっしゃっていますね。
でも、みなさん不安を抱えておられながらも明るいし、口話にこだわらず何とか子どもと
コミュニケーションをとりたいと仰ってすばらしいと思います。
このまま、明るい笑顔でお子さんにたくさん語りかけてあげてくださいね。

*月とみーの話を2つ*
十五夜から「月」の手話を覚え、月を見るのが大好きです。
・先日、夕方にベランダに出て月を見つけました。
 「ママ、月」と月を指さして真剣な表情で見ているみーを見ていたら、
 「ママ、月、見て!」と手話って私の顔を月に向けてしまいました。
 ママは、月を見るあなたの顔を見ていたかったのに・・・

・昨日の月はうす雲に隠れてボーっと見えていました。
 その月を兄たちが見つけて興奮して「ママ、月、見て見て!」と感動していたのです。
 みーも月を見て「月」と手話って「抱っこ」と。
 抱っこすると、月に向かって一生懸命手を振って、「お〜い」(のつもりの叫び声)
 しばらく手を振っていました。

最近はこんなにしおらしいみーばかりではなくなってきました。
反抗期に入ってきたようで、何でも初めは「ううん」と首を横に振ることが増えてきました。


[7501] teraさんへ 投稿者:きょうこ 投稿日:2002年10月19日 (土) 19時41分


>
> 私はまだ小さい第一子しか経験がないのでわからないのですが、
> 言葉が出てくるとベビーサインをしなくなる(あるいは一時的なものかも知れませんが・・・・・)
> というのはあるんでしょうか。
>
その身振り手振りが素地になって、多分人間形成してくれるかなあという淡い期待を持っています。
親が子どものいうことがわからないというのは、親子共々ストレスになるのではないかしら?
身ぶり手振りが長男のこれからの、色々な表現に形を変えてくれることを期待しています。
又、このHPに報告させていただきますね。
健聴の親にとって喋り始めの子どもは可愛いと同じようにベビーサインを使って、
一生懸命にわたしに訴えてくる長男は愛しいです。
長女は5歳で手話、指文字が達者。3歳の次女は、指文字を使い始めたところ。
きょうだいで手話を使って欲しいなあと思うこの頃です。