[6200] 訂正。 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月13日 (土) 23時36分くぶしみさん、こんばんは
>前ちひねこさんが「友達にちひねこさんは手話をみないで会話している、
>と誤解され、だんだん手話無しの会話が増えてしまったことがある」
>と書き込まれていた
これ、多分私ではなくて、りなおさんだったと思うんですけど・・・。
私、書いた記憶がないです。寄る年波には勝てません(??)とほほ。
でも、手話というか、幼稚部時代の頃から人の顔を中心に視線を固定してきた私にとっては、手話を見る時に手ではなくて、顔というか、のどの上部あたりに視線が行くことが普通なんですね。
そこから手の動きと、顔の動きを連結させて読みとっていますから・・・。全体的に、ぼーっと見ているという感じです。
手話というと、「手で話すから手を見なくてはいけない」と思いがちですが・・・。
そんなことないです。いろいろな要素が絡み合ってできあがっている言葉だと思います。まぁ、全体的に読みとれればオッケー!!なのではないでしょうか??
幼稚部の先生ですか・・・。難しいですよね。言葉や音声を教え込みたい時期ですから。やはり自分のやり方でやってみたい、あるいは自信がある、ベテランとか・・・。
中・高等部になると、幼稚部よりはゆるやかっていうか、接し方も教え方も違いますから、理解のある先生も少しですが、でてきているのかもしれません。
ろう学校の生徒と出会ってみて「ろう者って、手話って何??」というところから勉強を始めようとする先生も、いますね。ホントに、ろう学校もまちまちならそこにいる先生方もまちまちなんですね。
ほんとうは、ろうの先生が増えてくれればいいのですけど・・・・。
んぢゃ。(桃象さん、真似してごめんなさい。時々使ってみたくなります)
[6199] フリースクールに参加してきました 投稿者:くぶしみ 投稿日:2001年10月13日 (土) 22時54分今日、京都でフリースクールしゅわっちがあり、参加してきました。この掲示板でOKAさんに教えてもらって参加して、今日で3回目。初めて参加したときは、聞こえにくい3歳の息子は泣き叫び続け、聞こえる5歳の姉には「次も行く?」と聞くときっぱり「いや」と言われましたが、慣れてきたせいか、今日は帰り道、上の子は「あ〜楽しかった。なんで楽しい時間はあっという間にすぎるんだろう」と話してくれました。
保護者学習会では、龍の子学園スタッフのお話が聞け、普段はなかなか聞けない話が多く、楽しい時間でした。ろう者は言語をつかさどる左脳で、聴者は絵やイメージなどで使う右脳で手話を理解する、という話もあり、言語も手話も不十分なうちの子はどうなるのか、と不安がよみがえったりもしましたが、ろう者はあごのあたりに視線をおいて手話で会話し、聴者は手の動きのみを見ている、という話には、以前ちひねこさんが「友達にちひねこさんは手話をみないで会話している、と誤解され、だんだん手話無しの会話が増えてしまったことがある」と書き込まれていたのを思い出していました。また、子どもが聞こえにくくなければ、「手話には助詞がない。だからろう者に十分な日本語を書く力がつかないのだ」という誤解をずっと持ち続けたまま、お墓に入るところだった、とヘンな感想を持ちながら話を聞いていました。
残念なのは、いままで3回参加して一度もお世話になっているろう学校の先生に会えないことです(今日、高等部の先生が来られていましたが)。特に今日の学習会はぜひ幼稚部の先生に聞いていただきたかったなぁ。
つまらない書き込みでごめんなさい。日頃できない体験を子どもともどもして、軽い興奮状態のまま、送ってしまいますが・・・。
[6198] 無題 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月13日 (土) 21時34分>前向きな方が多いこの場所でこんな発言してごめんなさい。
>発散する場所をみつけなくちゃだめですよね。
いいえ。そんなことはないですよ。
ここではお母さん、お父さん達の素直な気持ちをぶつける場所でもあります。
ここで書き込むことによって気持ちが楽になることもあるでしょうし、思いがけないアドバイスを頂くこともありますから。
つらかったら、つらいっていってもいいんです。
落ち込むところまで落ち込んだら、少し立ち上がりましょう。
また落ち込むこともあるかもしれませんが、ここに来ている方もそういうことを繰り返されて今に至っていると思います。
今は前向きに見える方が沢山いらっしゃってるのかもしれませんが、みなさん(?)最初は「どうしよう」って苦しい気持ちを持ってこられてましたよ。
大丈夫ですよ。桃象さんじゃありませんけど、時間が解決してくれることもあります。
もしかしたら、1年後にあなたが新米ママにアドバイスしているのかもしれないですからね。
ここがあなたにとっての息抜きの場所になれることを祈っています。
[6197] どうもありがとうございました。 投稿者:ひらひら 投稿日:2001年10月13日 (土) 16時35分こんにちは。みなさん、いろいろ教えていただいてどうもありがとうございました。
近いうちに(月曜日にでも)聾学校の方へ相談の予約を入れたいと思います。
うちの息子はゆっくりちゃんで、こだわりやさんなので補聴器を
受け入れてくれるまでにみんなの倍くらいはかかると覚悟しているので
入学前じゃなく、早めに用意してあげて、ゆっくり慣れていってくれたら
と思っています。
また後日「行ってきました!」とお知らせ出来たらと思います。
>ゆりさん
初めまして。毎日私も泣きたいことだらけです。
うちの場合は息子(中度難聴)は生まれつき先天性の病気を持っていて
毎月、病院で薬を貰い、検査してます。その合併が難聴なのです。
他にも喘息、軽度知的障害を伴う自閉傾向、大分治まって来たけど多動があり、
現在毎日療育に通園しています。3歳まではかなりのアトピーもありました。
そして、来年の幼稚園の事で教委、幼稚園、教育指導質ともめてます。
私も毎日毎日ヘトヘトで、真ん中の娘は息子と同じ先天の病気もあります。
一番下もアトピー、左耳が難聴の可能性もあります。(検診で要観察中です)
ゆりさん、疲れたら、泣きたいときは泣いていいと思いますよ。
人間、泣くことも必要だし、泣くことでストレスを発散することだって出来ます。
私は「大変ね」と言われたら「大変です」と答えてます。
「大変だけど私も勉強出来ることが出来るんです」と。
辛かったら「辛い」「しんどい」と口に出したっていいんですよ。
「辛いけど、しんどいけどあなたと居られることが幸せなんだよ」って
すこし、息抜きも必要ですよ。旦那さんに少し預かってもらって
息抜きしましょうよ!
[6196] 泣き言・・・。 投稿者:ゆり 投稿日:2001年10月13日 (土) 14時13分息子の高度難聴がわかってから、早3ヶ月、今月末には1歳になります。
今は療育センターに聴能訓練、身体のリハビリ、親子クラス、診察、
週に一回は片道2時間の病院へ行き、毎週耳鼻科&小児科へ。
そして上の娘の幼稚園のイベント。
こんなことを言ってはいけないとわかっているのだけど、疲れています。
毎日3ケ所くらいはしごして、とにかく時間に追われています。
今日は皮膚科でした。
高度難聴、発育の遅れ、アトピー、滲出性中耳炎、鼻炎、そして風邪。
「もっと大変な人だっているんだから〜」「私がなんとかしなくては〜」と頭ではわかっていても、
たまに泣き出したくなってしまいます。
「頑張りすぎてはいけない」と言ってくれる人もいるし、私もそう思うけど、
こなさなければならないことが多すぎて、やらざるをえません。
誰かに「つらい」と言ってしまえば楽になるのかもしれないけど、
「聴こえない子供を持って大変ね」と言われそうで、言えません。
息子が生まれて本当に幸せで、だけど彼にまつわる事は確かにたくさんあって、
でも人には「大変」と思われたくなくて・・・。
前向きな方が多いこの場所でこんな発言してごめんなさい。
発散する場所をみつけなくちゃだめですよね。
[6195] ようこそ、ひらひらさん 投稿者:ととさん 投稿日:2001年10月12日 (金) 23時54分まず、現実問題から。
難聴に詳しい耳鼻科医の数は少ないです。 さらに、補聴器の調整まで出来る
医師となると、ほとんどいません。 ですから、難聴と診断された後、皆さん
はどうするかと言うと、療育センターやそこに付属している通園施設で、補聴器
をつくります。 全ての県にその施設があるとは限りません。 この場合は
ろう学校に頼るしかないのです。 ですから、各県のろう学校は難聴児の補聴器
調整をする義務があると言って過言ではありません。 そこしかないのですから。
ですから、ひらひらさんも自信をもってろう学校へ相談に行って下さい。
ろう学校は、教育相談と言って、聞こえについて相談する窓口がありますので
心配しなくて大丈夫です。 きっと親切に対応してもらえるはずです。
50dBですから、キチッと補聴器の調整をすれば、かなり聞こえるように出来る
と思います。ろう学校で相談すれば、どこまで聞こえて、何が聞こえにくいか
など説明してくれるはずです。 まずは、ろう学校で相談して、難聴とはどう
いうことかを知って下さい。
[6194] うむむむ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月12日 (金) 23時43分ほっとママさんの元気な書き込み・・・には笑わせて??頂きました。
ミーハーですか??私もミーハーですよ。今、ある外国人俳優にはまって、ビデオ借りまくってる毎日ですし(笑)パソコンの壁紙にまで設定してしまいました。
でも、私みたいな大人・・・ですか??やめといた方がいいですよ(苦笑)
負けん気ばかり強くて、結果的には精神的に苦労しちゃいます(笑)しかもミーハー。
ほっとちゃんは、ほっとちゃんらしく育てばいいんですよ。
誰かを目標とするまでもなく、ほっとちゃんは自分で大切なものをつかんでいくでしょうから。
礼子さんのお子さんも同じですよ。しっかりしたお母さんの元に育っていくでしょうから、大丈夫です。
無理せずに、伸びやかに育てていってくださいね。
そして、何かおもしろい体験談とか、機会があれば聞かせてくださいね。
[6193] ひらひらさんへ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月12日 (金) 23時35分息子さんは医学的に難聴なんですね。
わりと良く聞こえるのでしょうか?例えば低音は聞き取れなかったり、はありませんか??
申し訳ありません、中途半端に聞こえるというイメージがあるのですが・・・。
多分、中途半端に聞こえていると、ある時にはきちんと返事したり、しなかったり・・・で、誤解されやすい面もあると思いますよ。
ここは明日香さんの仰るとおり、聞こえは、スケールアウトの子供よりはいいのかもしれませんが、視覚活用は必要だと思います。何よりも、同じ「聞こえにくい子供」とのふれあいも必要です。
聾学校というのは、何もスケールアウトの子供だけが行くのではありません。
わりと聞こえている、難聴の子供もいるはずですよ。もし、現在そのような子供がいなかったにしても、過去に1人や2人はいたはずです。
失礼かなと躊躇するお気持ちは分かりますが、これから教育を受けるのは息子さんです。
息子さんのためにも、どの教育方法がベストなのか考えてみれば聾学校は一つの選択肢です。聾学校に相談してみないと、普通校の情報と照らし合わせられないと思います。
まず、気軽に??相談してみてください。やらないよりは、やった方がマシ、です。
最初からちょっときついことを書いてしまったかな??お許し下さい。
[6192] Re[6191]: 初めまして。 投稿者:明日香 投稿日:2001年10月12日 (金) 23時25分> 4歳の息子(年中)は今年の1月に両耳50dBの中度難聴と診断されました。
> 浸出性中耳炎もある。ということだったので「じゃ、治療したら治るんですか?」
> と聞いたところ「難聴はこの子の場合生まれつきのもののようだから
> 悪くはなっても良くはならないです」と言われたんです。
> うちから電車で30分程行ったところに聾学校の幼稚部があります。
> そこで、いろいろ相談していただけるそうなんですが、みんな息子よりがんばってる子たち
> なので、ある程度ちゃんと話して、聞ける息子なんかがお伺いしてもいいのだろうか。。。
> なんて思ってしまってます。
ひらひらさん、こんにちは。聾学校教員の明日香です。50dBっていうと、たしかに聾学校に在籍している子どもたちに比べると「良く聞こえていて、よく話しもできる」という状態なのでしょうが、それでも「聞こえにくい」という状態は健聴の子の比ではないはず。聾学校か耳鼻科医か保健センターのようなところ、どこでも良いので、ぜひ早めにケアをしてもらえる場所を見つけて情報保障を図ってください。聾学校に補聴器を担当する先生がいれば、きっと対応してもらえますよ。うちの学校だったら、自分が責任を持って?お世話させていただくところなんですが・・・。
でも、補聴器にも限界があること、ご理解いただきたいところです。いくら聞こえがよい方でも、手話が必要になることもあります。また、仲間作りを考えると、視覚言語は外せないかな・・とも思います。もっと詳しくお伝えする必要があるようでしたら、直接ご連絡下さい。
[6191] 初めまして。 投稿者:ひらひら 投稿日:2001年10月12日 (金) 14時35分こんにちは。初めまして。
うちの子供のことで相談があってカキコさせてもらいました。
4歳の息子(年中)は今年の1月に両耳50dBの中度難聴と診断されました。
浸出性中耳炎もある。ということだったので「じゃ、治療したら治るんですか?」
と聞いたところ「難聴はこの子の場合生まれつきのもののようだから
悪くはなっても良くはならないです」と言われたんです。
他にも発達がゆっくりなので4月から療育に行っていて、先生にも息子のお耳の事を
話しているので対処してくれて、現在では4歳レベルでは無いですが
言葉もすごく増えてきました。
難聴外来には「来てもどうすることも出来ないから年に1回でいいです」
と言われています。
しかし、やはり気になってしまし、ネットで見つけたお耳のDrに相談のメールを
した所、「言葉は出ても、周りの言葉の理解が難しく、音も正確には捉えにくい」と
いうことで補聴器をしたほうがいいですよ。と返答がきました。
しかし、うちの近所では難聴外来、補聴器外来など、無くて、お耳を診てもらってる医大も
電車で1時間半なので、出来れば近場で補聴器、お耳のことを詳しく聞けるところが
あれば・・・と。
うちから電車で30分程行ったところに聾学校の幼稚部があります。
そこで、いろいろ相談していただけるそうなんですが、みんな息子よりがんばってる子たち
なので、ある程度ちゃんと話して、聞ける息子なんかがお伺いしてもいいのだろうか。。。
なんて思ってしまってます。
やはし、面識もないし、失礼にあたらないとか、いろいろ考えてしまって。。。
なんか、おかしな文章になってしまってすいません。
[6190] Re[6186]: またしばらく潜ります。 投稿者:ももぐま 投稿日:2001年10月12日 (金) 01時32分>> ホントにこの世の中にはいろいろな聾者がいます。こういう言い方は良くないのでしょ
> うが,ピンからキリまでいるという言い方がぴったりと言う感じです。そしてろう協の
> 役員,それも中心にいると,ホントに社会の底辺にいるような聾者に会うことが多いん
> ですよ。正直言って,気が滅入ることが多いですよね〜。んぢゃ,ここら辺りで。
わかりますよ。同じろう者なのに銀河系がすっぽり入るくらい離れている事もしばしばです。
でもね、手話があんまり出来なくても人格的に素晴らしい人もいたりするんですよ。
言語獲得と人格の高潔さは正比例しない。何なんでしょうね。変なこと意ってすみません。
[6189] Re[6181]: 皆様ありがとうございました。 投稿者:ももぐま 投稿日:2001年10月12日 (金) 00時50分> 簡単な単語から使っています。子供も真似しています。
> 意味はまだ分かっていませんが、くり返していく内に理解してくれると思います。
指さしとか始まってます?
うちの息子たちは小さいときは興味あるモノを良く指さししてました。
指さしにもいろいろな意味がありそれがわかると楽しかったでした。
「なんで来るんだよ」と言う生意気な指さし(笑)
「テレビで見たのと同じだ」と言う指さし
「あれ何?教えて」と言う指さし
「みてみて」と言う指さし
「あれ欲しいよ」と言う指さし
「これをあの上に持っていって」と言う指さし
聴覚活用が難しい子は手話を持って生まれては来ないので環境作りが重要になってきますよね。
[6188] ろう学校に行ってきました。 投稿者:ほっとママ 投稿日:2001年10月11日 (木) 23時47分ろう学校を希望した時、週に1度朝から登校する事をお願いしました。
本格的な通級です。でも、とりあえず週1回の「教育相談」というかたちをとって様子を見て欲しいと言われました。その時、教頭先生に「週1回の登校だなんて勝手ですよね?」と言ってみた所、「そんな事はないです」というお返事がかえってきました。
中学校では来年度からそれが始まるそうです。そういう受け入れをする難聴教室を持つ学校が2校決定しているそうです。それと、このろう学校とで3校で受け入れをするそうです。
ですから、ほっとの週1通級も別に先の話ではないとの事です。
<初めての「ろう学校」>
ほっとの先生はろう学校の教員になって10年以上のベテラン先生でした。
何より「あたたかい」感じの先生でした。
すぐにほっととも打ち解け、笑いのたえない「先生とのお話会」でした。授業という雰囲気ではなかったです。でもほっとに投げかける一言一言は宝石のように素敵な言葉でした。
障害とわからなかった頃、私は随分娘を傷つけました。6年間の間、娘に自信をなくさせてしまったのは、ほかならぬこの「私」でしょう。先生の言葉は、
「ほっとはほっとの思った事を言っていいんだよ」「自分はどう思うのか言っていいんだよ」
「すげー!全部できるじゃん。」など。
ほっとは自分を大切に、大切に思っていいんだよ、というようなメッセージがこめられているようでした。
ろう学校から帰って、「あぁ、やっとわかってもらえた」という思いがこみ上げ、
ひそかに涙しました。
学校のなかでは、そこここで手話を交わす生徒さんたち、すがすがしく明るい先生たちがいました。先生たちも手話をつかっていました。
学校までは高速を使って片道1時間半とかなり遠いのですが、滋養強壮剤を握り締めて、
母はがんばるつもりです。
<ちひねこさんへ>
先日はお返事ありがとうございました。
以前どなたかも書いておられましたが、わたくしも、ひそかに「ちひねこさんのファン」です!
この間のお返事を見て、「やったー!ちひねこさんからだっ!」とミーハー丸出しで喜んでしまいました。芸能人から返事をもらった気分でした。(恥ずかしい大人です)
ほっともぜったいちひねこさんみたいになって欲しいです。今後とも私たち親子をよろしくお願いします!
[6187] Re[6183]: 通学の時 投稿者:TORI 投稿日:2001年10月11日 (木) 15時55分パンダさんへ、
私の子も小学校5年、バスで、1時間くらい乗って通学しています。
学校に着いたとき、“学校に着いたよ“
学校から帰るとき、“今から何分のバスに乗って帰るよ”
と電話があります。
聴力は、115デシベルくらいですので、電話での受け答えは、難しいですが、
電話があると、とても安心します。
毎日欠かさずに、5年間、頑張っています。
つい先日、朝バス停から、“今日は、勉強に行きますか?“
と電話がありました。
“あるよ”といったものの、わかったかどうかわからず、
バス停まで、確認しに行くと、本人平気な顔で、わかったよ。
とても嬉しかったです。
話をするときも、顔を見て話をしないと難しいのに、
とても、嬉しかったです。
一年生のときは、とても不安でしたが、
いろんな経験が力となるのだと思うと嬉しくなります。
[6186] またしばらく潜ります。 投稿者:桃象 投稿日:2001年10月11日 (木) 15時26分> 文章も書き方を知らなくて、絵で描いてファクスを送るらしいです。
私の家(ホントは宿舎ですが)から 200 m ぐらい離れたところに,40代前半の聾者が
住んでいます。この人も文章は全然書けません。よく我が家にFAXをくれるのですが,
単語と絵だけです。でも手話だとそれなりに話は通じます。この人のおかげで私の第2言語としての手話は随分鍛えられました。ハハハ。この人のために会社とかけあったり
あれこれと銀行や郵便局からお金をもらう方法を教えたりしましたよ。聾者たちはね,
案外こういうことを知らないんですよ。地方の県の40代~60代の聾者にはこういうタイプ
の人が結構いますね。
ホントにこの世の中にはいろいろな聾者がいます。こういう言い方は良くないのでしょ
うが,ピンからキリまでいるという言い方がぴったりと言う感じです。そしてろう協の
役員,それも中心にいると,ホントに社会の底辺にいるような聾者に会うことが多いん
ですよ。正直言って,気が滅入ることが多いですよね〜。んぢゃ,ここら辺りで。
[6185] しつこいけれど… 投稿者:桃象 投稿日:2001年10月11日 (木) 15時03分介護保険制度が始まってから,いわゆるろう者の「発掘」が進んでいるんですよ。人を
物扱いするような言い方で悪いなとは思いますけどね。つまり,ある聾者(ほとんどは
年輩の聾者)の家族が介護保険の申請をして,ケアマネージャーが訪ねてみたら,当事
者は聾者だったという例があるんですよ。こういう例のほとんどは手話通訳士の資格を
持つケアマネージャーの話を借りれば,「本当に悲惨な状況」なんですよね。[6184]
に書かれているような状況なんですよ。私も1回ろう団体の役員として,そういう聾者
の家を訪ねたことがあります。りっぱな家の裏庭に細い道がつながっているんですよ。
その細い道を20mぐらい歩いたら,ホントに今にも倒れそうな家があり,すごい異臭がす
るんですよ。そういう家の中に聾老人が1人いるんです。嬉しそうに震える手で手話で
話しかけてくるんですよ。でも,家族はこの聾老人を家の外に出そうとしないんですね
〜。色々複雑な事情があるんですな。この聾老人の人生は一体なんだったのかと思う
と,ホントに胸が痛みます。こういう話はまだまだ地方の県には少なくないと思います
よ。
それに比べれば,いろいろな問題はあるにせよ,ろう学校や難聴学級に通っているよう
な聴覚障害児は恵まれているという思いが,私の心の奥にはあるのかもしれませんね。
[6184] Re[6176]: 質問 投稿者:桃象 投稿日:2001年10月11日 (木) 09時26分> 手話が出来ないというよりは、文章というか、会話文としてのレベルにまで行かないと言う感じなのですが、そんな感じのおじいさんでした。
ああ,そう言う人は私の住んでいる市にも何人かいますよ。そして悲しい現実です
が,ろう協の集まりでも話が盛り上がると,そう言う人たちは取り残されてしまうん
ですよね。ろうコミュニティの中にも様々な冷酷な現実があるんですよね。
> 文章も書き方を知らなくて、絵で描いてファクスを送るらしいです。
> 多分、学校に通わせてもらえなかったのかなぁ、と思うんですが、年が70〜80歳のろう者って、学校に通えた人とそうでない人に分かれていましたか??また、どちらの比率が多かったのでしょうか?
この年代のろう者は7〜8才になるまで学校に行くことがなかったという人が多いよ
うですね。それに都市圏の人はともかく,いわゆる田舎の人の場合は2〜3年間ろう
学校に通っただけでもう終わりという人も少なくなかったようです。学校に通った経
験がまったくないというような人はあまりいないと思いますけれど,ろう学校に2〜
3年間通っただけではね〜。
> 全く情報をもらえなかったり、言葉が育つ環境におかれなかったらこうなるのかなぁ・・・と思いました。
それもあるでしょうけどね〜,まあ,都会でも同じようなものだったんでしょうけど
ね,ホントに田舎はね,障害者は畜生と同じという雰囲気が濃厚にありますからね。
私の住んでいる市にもね,昔のろう者がいかに悲惨な状況に置かれていたかと言う証
拠が相当にあります。りっぱな家の裏庭に4畳半程度の小屋があり,そこにろう者夫
婦あるいは独身のろう者が住んでいたというような例が多かったんですね。そしてろ
う者夫婦の子供(CODA)はろう者の兄弟夫婦と一緒に立派な家の方に住んでいたわけ
ですよ。
私の住んでいる市にいる,あるろう者は兄夫婦が亡くなって初めて裏庭にある小屋か
ら小屋の隣にあるりっぱな家に移ることができたんですよね。でも,未だに息子とは
ほとんど話をしません(と言うよりも息子さんが手話ができませんからね)し,孫と
もまったく話はしないそうです。時々,私の子供にお小遣いをくれるんですよ。その
ときにいうセリフが決まっているんです。「自分の孫にはおこづかいをあげる気がお
こらない。代わりにあげる。」とね。このおばあさんの家には介護の関係でときどき
行くのですが,裏庭の小屋を見る度に,なんとも言えない感傷に襲われますね。
> それにしても、昔からろう者の教育を受ける権利って結構ないがしろにされてきたのかなぁ・・・って思います。それが今もちょっと残ってる感じ?
まあ,聴覚障害児はまだ身体障害児の中ではまだ恵まれている方だと思いますよ。
養護学校なんか,未だに幼稚部がないところも少なくありません。精神障害児,知的
障害児の教育問題を知れば知るほど,う〜〜〜〜〜んとうなってしまいます。ろうコ
ミュニティがどうのこうのという話が空々しくなってしまうほど悲惨な話がゴロゴロ
転がっています。
聴覚障害児の場合は,きちんと教育すれば聞こえる子供と対等な学力を身につけるこ
とができるはずだという考えが前提になっているわけですよね。では,知的障害児の
場合はどうなんでしょうね。前提が根本的に違うわけですよね〜。教育を受ける権利
とは一体何を指すのかと言う問題もなかなか難しい問題です。ときどき,他の身体障
害児の教育にも目を向けてみることも,聴覚障害児教育を考えていく上ではとても大
切なことだとも思うんですね。
[6183] 通学の時 投稿者:パンダ 投稿日:2001年10月10日 (水) 14時19分電車で通学している小2の息子。
時々先生から私の携帯に電話がきます。
「不審者がでたという連絡がありました。お迎えをお願いします。」
「電車が止まったそうです。」
そのたびにハラハラどきどき。
幸いに、お迎えに間に合う環境なので良かったのですが・・・。
電車が止まったときは、ホームで電光掲示板をじっと眺めて状況を把握していたようですが、
「ダイヤが乱れています。」
・・・の”ダイヤ”なんて言葉の意味は教えていませんでした。
(ダイヤモンドとか、タイヤなら知ってますけど)
こんなことを繰り返して対処法を身につけていくのでしょうか?
見守りつつも、たくましく育って欲しいと願っています。
[6182] ろう学校への通級指導 投稿者:明日香 投稿日:2001年10月10日 (水) 14時00分ろう学校への通級指導の件ですが、平成13年度から各県で実施されていると思います。もちろん、地域によって事情が違うので、何とも言えませんが、自分の勤務しているろう学校が所属する県の場合、「普通学級に在籍する“言語障害、聴覚障害を有する児童生徒”に対する週1〜3時間の指導ができる」ことになっています。1日単位となると、通級というより交流の扱いになるのでしょうか?ずいぶん前に、幼稚部の交流で週1か2日ろう学校、その他を地域の幼稚園という事例がありました。あくまでも特殊なケースでしたが、参考になれば・・・。
[6181] 皆様ありがとうございました。 投稿者:礼子 投稿日:2001年10月10日 (水) 02時44分暖かいアドバイスをありがとうございました。
健常者しかいない環境におりますので、とても不安でした。
友人の子供は皆、健常ですので孤独を感じていました。
こちらでお話させて頂いた事で心強い気持ちになれました。
わが子も『ちひねこ』さんのような人格者になれると信じて頑張ります。
以前から、ちひねこさんの事を素敵な方だと思い拝見しておりました。
きっとご両親の教育も素晴らしかったのだと思います。
どうもありがとうございました。
ととさん、手話の本を買ってきました。
簡単な単語から使っています。子供も真似しています。
意味はまだ分かっていませんが、くり返していく内に理解してくれると思います。
素晴らしいアドバイスをありがとうございました。
子供は本当に本当に可愛いです。
障害さえなければ。とやはり考えてしまう時がありますが、
この子さえいなければ、とは絶対に思いません。
いてくれないと困ります。私の命です。
子供の存在が一番の幸福です。
子供がこれ程までに愛しいものだとは母になるまで想像できませんでした。
明日もいっぱい遊びたいです。
それでは、おやすみなさい。
[6180] よかったですね 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月10日 (水) 00時46分ほっとママさん、良かったですね。あれからどうなったのかな、と心配していました。
元気な書き込みを見てうれしくなりました。
案ずるより産むが易し、
そんな感じですね。
多分、この時を迎えるために沢山悩まなければいけなかったのだと思いますよ。
悩んで、考えて、落ち込んで、それだからこそ大切なものは何なのかをかみしめることが出来るのでしょうね。
いい聾学校の先生に巡り会えたようで良かったです。
本当に、聾学校の先生の相性って大切です。
そういう、親が「ホッと出来る」様な聾学校の先生が増えていって欲しいですね。
なにはともあれ、ろう学校初日頑張ってくださいね。
もし良かったら報告聞きたいです。
[6179] ヒースさんへ 投稿者:いばしょう 投稿日:2001年10月09日 (火) 23時55分寝ぼけてますので妥当な返事が出来るかどうかわかりませんが、
ヒースさんの私へのレスは教えてもらってありがとう・・と
言いたいです。確かに当事者のみの努力が多いのがこの世界に
生きる人達なのだろう・・と思います。
ヒースさんが仰りたい事がだんだん分かってきたように思います。
今までは非常に高いところから大声で言われているように、正直
思っていました。でも、ヒースさんもかなりそれをきちんと捉え
て努力されているようですね。それなら、イクラや私と変わりませんね。
聴覚障害をミクロで考えるのではなく、マクロで見て欲しいという
ことですよね?私の知人のろうの方にもいつもそれを教えてもらって
います。現実の世の中で聞こえない障害を持ちながらどう交渉し、解決
の方向へ向かうのかが一番なのだ・・と。これは本当に大切な事でしょうね。
どうしたらいいのか・・具体的なことをこれからも色々教えて頂きたいです。
ろう学校の科目の中の[自立活動」にこういった意見を取り入れて欲しいもの
です。文章さえ書ければいい・・といったものではなく、実際にそれが相手
に受け入れられてこそのものだなんて聞こえる我々には分かりません。
今までイクラが筆談などでやってこれたのは、相手側が良かったからなんで
しょうか、イクラが子どもだから大目に見てくれて相手してくれていたから
なんでしょうかね。
ヒースさん、敢えて言ってくれる人がいるのも大事です。私はとにかくわから
ないことが多く、まだまだ勉強中ですのでこれからも解り易くご指摘下さい。
色んな意見があってこその社会ですから、宜しくお願いします。
[6178] ほっとママさんへ 投稿者:ととさん 投稿日:2001年10月09日 (火) 23時32分書き込み、ありがとうございます。
最初の暗く悩んでいた書き込みと、打って変わった明るい報告に安心しました。
やはり、情報であり、同じ境遇の親と直接話し合う事が大切ですね。
その手伝いを少しは出来たようで、うれしく思います。
今は、教育相談での通学で、個別ですが、近い内にろう学校の生徒と
同じクラスで勉強できるような時間が作れるといいですね。
つまり、ろう学校への通級みたいな形にすることです。 現状では、
ろう学校への通級は制度として、ありませんから。これを実現する
ためには、親がどう動くかにかかって来ます。
今後、お子さんの様子を見ながら、ろう学校がいいのか、地域の学校が
合っているのか、時間をかけて、決めて行って下さい。
[6177] ととさん・皆さんへ 投稿者:ほっとママ 投稿日:2001年10月09日 (火) 21時01分お久しぶりです。ずーっと前に娘の小学校生活の事でご相談いただきました。あれから、周辺の難聴教室や、少し遠いけどろう学校に見学に行きました。いろいろ悩みましたが、その遠いろう学校に週1回通う事にしました。当初の希望は週に1〜2度朝から1日ろう学校に登校を希望していましたが、今年度はまず娘の様子を見てから先の事を考えると言う事になりました。親としては、補聴器のお友達とのふれあいを第一に望んだのですが、とりあえずは個別の教育相談から出発することになりました。主治医にろう学校の必要は無いと言われ、就学前に発覚したにも関わらず、入学後パニックしてしまった私たちですが、「ろう学校」に行ってよかった。本当に情報の宝庫です。手話とも上手に付き合っている様子でした。夏休みはいろいろな事が心配のあまり、眠れない日もありました。でもわが子の事をきちんと受け入れてくださった先生方の対応のおかげで、信じられないほど今、おだやかです。子供の学校生活を楽しんで見つめられるようになりました。ととさんにも「ろう学校へ行ってみたら」とアドバイスいただきましたよね。あの後、私も自分の目でしっかリ見つめようと真剣にがんばりました。ここのお陰で、同じようなお子さんをもつ親御さんとも知り合いになれました。1学期の私を思い出すとうその様です。ありがとうございました。明日はろう学校初日です。がんばってきます!!
[6176] 質問 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月09日 (火) 19時07分っていいますか・・・。
私の地域では、ろう者がメインになって卓球交流会なるものを2ヶ月に1回やっているんですが、先日老人ホームに入っているというろうのおじいさんがやってきました。
ずーっと前に、話題になったと思うのですが、手話も文章も出来ないろう者がいるという話題がありましたね。
手話が出来ないというよりは、文章というか、会話文としてのレベルにまで行かないと言う感じなのですが、そんな感じのおじいさんでした。
文章も書き方を知らなくて、絵で描いてファクスを送るらしいです。
多分、学校に通わせてもらえなかったのかなぁ、と思うんですが、年が70〜80歳のろう者って、学校に通えた人とそうでない人に分かれていましたか??また、どちらの比率が多かったのでしょうか?
全く情報をもらえなかったり、言葉が育つ環境におかれなかったらこうなるのかなぁ・・・と思いました。
なんだか話題はずれのような感じですけど、気になったもので。教えてくれる方がいればうれしいです。
桃象さんあたり、知ってたら教えて欲しいです。
なんだかこういうのって、地元のろう協の先輩とかには聞きづらいんですよね。
それにしても、昔からろう者の教育を受ける権利って結構ないがしろにされてきたのかなぁ・・・って思います。それが今もちょっと残ってる感じ?
それでは、失礼しました。
[6175] 開き直ってはいるのは誰か? 投稿者:ヒース 投稿日:2001年10月09日 (火) 16時44分僕の方こそ、ちひねこさんこそいい加減にして欲しいですね。
僕のちょっとした意見にあれこれ長文を書いて、ご自身の理論を断定的に
まくしたててきたのはどちらが先でしょうか?
ととさんにはそうみえないようですが、僕は最初ビックリしましたが
何も言いませんでした。
何回目かになんでこの子はこんなにも・・・と、ちひねこさん自身に対して
逆に僕は心配になってきちゃったわけです。
厳しいこともいいました。泥をかぶって真正面から向き合いました。
アイデンティティうんぬんは全て君のことを考えて語りました。
人間は君が考えているように杓子定規では計ることはできません。
ろう者、難聴者、中途、聴者とね。
君に期待したのは、そういう視点を育てて欲しいということです。君の立場ならそれが君自身の糧になるだろうと思えたからです。イヤならイヤでいいですよ。
それと、僕はろう文化宣言の否定などしていません。
ろう者の視点のみで語ればそういう見方もできると認めています。
実社会ではどうかという話です。
「ことば」がない環境にしていいのか!とか、それに相反することを
僕は一言も言ってはいないにも関わらず、唐突に断定的にまくしたててくる、ちひねこさんがい
ました。まるで、僕がそう言っているかのようでした。過剰反応ですね。
君が言うことと僕がいったことは、言葉こそ違えど、冷静に考えれば最初から同じ現実の
中で同じようなものをつかんでいて、同じようなことを主張してると気がつく
と思います。問題は、僕がろう文化宣言も一つの考え方としか見ておらず、
ろう者がみなそう考えてもおらず、ちひねこさんに対してもみな難聴者がそ
う言う風に考えているわけではない、そういう部分が見えてしまい、そのよう
に聞こえない人間を断片的に捉えて教育を語っているところにも問題があると
考えてしまうことでしょう。
いばしょうさんへ
歯医者の話ですが、僕だからできるのではないです。
僕は要求する、歯医者がたまたまそれにあわせてコミする人だった。
そういう状況がそろっているからコミが可能なわけです。
僕が声が出せなくても読話ができなくても音が全く聞こえなくても、その人に合わせたコミの取り方があると思います。それをこちらから要求する必要はあります。
しかし、こちらが言っても相手はNO。そういうことだらけです。
聴覚障害のコミュニケーション障害の捉え方はとても大切だと僕は思っています。
世間は、その問題を共有する形ではなく(自分の問題としては捉えない)、当事者側の問題
としてのみ捉えがちです。
自助努力しようがない。相手側に自助努力を求める他ない部分がある。
では、「筆談で重要な部分は知らせているから十分だろう?」と考える。
そのような状況が、コミュニケーション?
違いますよね。
一般の人には、それがわからない。
コミュニケーション障害に対する深い認識を僕は社会的に広めて認知させたいのです。
その為には、言語的少数者でありろう者は特別違うという見方をすれば、実際には聴覚障害者の全体的な問題としてあるのに、それがわけわからなくなります。
当人ができる自助努力は、「こういう風にコミを取ってほしい」と伝えるまでです。
それが現実です。歯医者さんの状況もそういう状態を言い表しています。
とはいえ、僕も自分のことを含めて冷徹に事実を見つめなければ、言わなければと努めている癖があるので、そのあたりの部分かなと思います。すみません。
それと、メンタルな面についてですが、これはその通りです。
ろう者の家族に限らず、全ての聴障者の個別性にあわせてのメンタル面でのフォロー
体制やシステムが、本当に必要です。
なぜなら、それが「コミュニケーション障害」だからです。
これは教育という範疇におさまる話ではないです。
僕もそういう面でなんとかできないかと個人的に努力しています。
こういう場所でこういうことを広く捉えて語ると傷つけてしまうようなので、僕は僕で頑張っていきます。失礼しました。
[6174] お互いの立場 投稿者:いばしょう 投稿日:2001年10月09日 (火) 10時45分間をあけて覗いてみたら、一応議論も終わりかけているようなので、
ちょっとホッとしました。ヒースさんの仰りたい[6165]の
ご意見、私にとっては前提問題です。聞こえない子を育てていたら、
イヤでもコミ障害者である事はわかります。イクラのようにほぼスケール
アウトで補聴効果が厳しい子のみならず、6級の難聴でも人工内耳でも
イクラの同期の子どもたちを見ていると、完全に聴こえる私たちの聞こえ
方を持った子なんていません。つまり、実社会においてはコミ障害を抱えて
生きていくことになるでしょう。
でも、そんなことは前提問題で、今までのろう教育は(今でもかな)聴こ
えない当事者の立場に立つ視点でされてきたとは、どうしても言い難いの
ではないでしょうか?
私が以前在籍していたろう学校では、「3年間幼稚部でがんばって声が出れ
ばいいじゃないの。」と先生が平気で言うのです。じゃあ、声を出すことに
全ての重きをおいて、子供の発達上不可欠なメンタルな成長とか、認知力、
思考力、言語力などには何も助言がない。
このようなケアしか受けられない親が、今現在でもたくさんいるのです。
手話って言っても、本当に自ら行動していかないと環境もない。
現実はそんなに簡単なものでないことは、うんざりするほど解っています。
その中で、手話を使いながら言葉を、そして日本語や学力を獲得してきて
いる子どもたちが育ってきているのも、事実です。私は見ていますから。
「ろう者至上主義」とか「ろう文化」とか、はっきり言って私には現実味が
ないことですが、我が子を育てていてろうの子らしい言動をちょっとした
ところで見る事が多く、それによって自分とは違う聞こえない人たちを理解
しようという気持ちになった事もまた事実です。
歯医者の件ではコメントを頂きましたが、ヒースさんのようにコミがとれて
いる?場合はともかく、聞こえない人で簡単なコミすら苦労されていらっし
ゃる方も現実多いのでは? もっともなご意見ですが、私にとっては高い所
から言われているような気持ちになります。
人は自分が置かれている立場意外のことは、たぶん本当には分かりっこない
のではないでしょうか。私自身もそういう気持ちをいつも忘れないで行きた
いものです。
[6173] Re[6167]: すみませんが、聞いて下さい。 投稿者:桃象 投稿日:2001年10月09日 (火) 09時15分> こんにちは。東北在住の2才半の高度難聴児の母です。
> 管理人さま、下らない内容ですみません。
> 不適切でしたら、削除をお願い致します。
いいえ,こういう書き込みをととさんは待っているのですよ。
礼子さんのような方のためにこそ,この掲示板はあるようなものだと私は考えていま
すから。
> 現在は言葉の教室へ通園しています。
> 言葉の教室のお母さんに伺ったら、年少から幼稚園に入る事は難しく、年中からでも
> ほとんどの幼稚園で願書を受け付けてはもらえないというのが現状だそうです。
> また、無理に入園したところでフォローがなければ、子供が可哀想です。
う〜〜ん,まあ,この掲示板でも今までにいろいろな例が報告されていますが,親が
動かないことにはどうしようもない面があります。フォローというのも,親がどんど
ん学校に要求していかなければ実現はしません。
> 補聴器によって音の存在は分かり、少しなら言葉も発しています。
> しかし、同年令の健常児の子と比較したら。。。悲しい程に違います。
> 最近、幼稚園の運動会の見学の案内がよく届きます。
> もちろん、難聴であることは知らずに送っているのだと思いますが。
ははは。こちらは未だに音楽教室の案内のダイレクトメールがわんさか来ます。
> このところ、子供の事以外でも嫌な出来事が多くて、全てを難聴のせいにして考えてしまいます。
> 気晴らしにと思い、デパートへ行っても、皆が子供の耳を見ているような気になってしまい落ち着かず、また、公共の場で異常に大きな声で話す事も恥ずかしく感じてしまいます。
大きな声で話すということについては,また話が長くなりますし,他の方のレスもあ
りますので,ここでは割愛します。皆が子供の耳を見ているようで気になるとのこと
ですが,そりゃ,世界中どこへ行っても同じですよ。手話を使うようになればもっと
目立ちます。(笑)この手の話には事欠きませんよ。(笑)
同じ、教室のお母さんと一緒に子供服のお店にお買い物に行った時の事ですが。。。
> そのお母さんは、子供にお菓子を持たせてお店に入ったのです。
> チョコなどではありませんが、子供が商品を触れば手に付いた油(お菓子の油です)が
> お母さんは、とても満足気でしたが、、、私は消えてしまいたい程、恥ずかしかったです。
ととさんが言われたような問題もあります。その他にも躾の問題もあります。かなり
前から思っていることなのですが,本当に躾がなっていない親子が増えてきたように
思います。聞こえない子を持つ親も例外ではあり得ません。(こういうことを書くと
桃象は躾がなっていないくせにと言う声が聞こえてきそうですが)
家庭の中のコミュニケーションの問題と躾は非常に深い関係があると思います。ただ
聞こえる親と聞こえる子の様子を見ていても,今の日本は本当に躾と言うものを忘れ
てしまっているんだな〜と思うような親子を見かけることが少なくないのです。その
ような状況の中で,聞こえない子を持つ親(特に若い方)に躾云々を言うのは無理が
あるのかもしれないとも思い始めています。
> 難聴児に接する場合は、いつ如何なる場合でも恥ずかしがらずに堂々としていなければ
> ならないのでしょうか?
手話を使い始めると,いつのまにかそうなってしまいます(笑)
> 私は、子供の事は大好きですし、一緒にいる事は楽しみですが、子供に言葉を教える事、目的を持って接する事は苦手です。
> 言葉の教室でも、私の評価は低いと思います。
気にしない,気にしない,と言っても,まあ気になるとは思いますが,とにかくとと
さんが言われたように,できることから手話を少しでも使ってみてはと思います。
> 時々、健常の子のお母さんが、子育てが大変。などど言っているのを小耳に挟むと、
> バッカヤローと蹴っ飛ばしたくなります。
ああ,これも多分ずううううっと続くと思います。将来,聞こえる弟や妹ができたと
きにはまた話は違ってくるのでしょうが,世の中はそんなもんです。まあ,言葉で説
明できるものではありません。
> この精神状態でしっかりとした子育てができるのか心配です。
> ツケは可愛いわが子にまわってしまうので、、、
大丈夫。私なんか,下の子が小学に入る頃までは,ほとんど毎日夫婦喧嘩でした。今
にして思えば,私も妻も本当にいつもカリカリしている状態でした。しかも子供の前
で平気で夫婦喧嘩をしていました。それでも,2人の子はまあ何とか育っています。
そして今も2人の子に手話と大きな声で怒鳴りまくっています。
==
[6172] ネチケット違反について 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月09日 (火) 02時33分>僕の今回の書き込みがネチケット違反になるようでしたら、ここはネチケット違反
>だらけですよ(笑)
ヒースさん、そう開き直らないで欲しいです。お願いします。
ととさんが仰っているのは、あなたの断定的な、場合によってはけんかを売っているように見える書き込み方を問題にしているだけです。
ろう文化宣言について不満がおありなのかもしれませんが、あのような書き込み方では、ろう文化を大切にされている方が読めば気分を害されるでしょう。そして、我が子をろう者として、聞こえない子供として育てようと決意された方、そのように育てようかな、と頑張っている方の気持ちをそぐような書き込みにもなりかねません。
そのような状況を考慮されて、また管理人の立場としてととさんはああいう書き込みをされたのだと思いますが・・・。
あなたのそういいたい気持ちや立場は理解しますが、パソコンの向こうで息をのんで見守っているお父さん、お母さん達の気持ちも大切です。
「ここはネチケット違反だらけですよ」などといわれると、余計書き込みにくくなるのではないでしょうか?
初心者は気軽に書き込めなくなってしまいます。最初は失敗したってもいいんですよ。失敗から学ぶものもあるでしょうから。
そして、次から気をつけて書き方に注意すればよいと思うのです。
これは、ととさんだけでなくて、この掲示板を利用している方々のささやかな願いでもあると思います。
[6171] まいったな。 投稿者:ヒース 投稿日:2001年10月09日 (火) 02時10分ととさんへ
僕の今回の書き込みがネチケット違反になるようでしたら、ここはネチケット違反
だらけですよ(笑)
それはともかく、ととさんのお考えは理解しました。失礼しました。
礼子さんへ
僕も聞こえなくなって、最初、補聴器をみられることをとても気にしました。
だから、そういう礼子さんはご自身を責めなくていいと思います。
僕がそんなことはどうでもいいとふっきったキッカケは、
気にしている自分が面倒くさくなったという不精ゆえです。
それまで、電車やエレベーターに乗るたびに、自分の背後に立つ人の視線を気にしました。
僕の補聴器を見ているんじゃないかって。
そしてその視線は、悪意や哀れみであるかのように勝手に感じていた自分がいました。
僕はそういう自分が面倒になったから、「見たいなら見ればいいさ。どうとでも思って下さいな」という態度を取ることにしました。
すると、気がつかない人も多く、たとえ見ていても、その視線は大抵悪意や哀れみがあるものじゃなくて「この人聞こえないんだ」程度のもんで、やれやれと、今までの自分にお疲れ様と言いたたかったです。
僕みたいに「気にすると自分が疲れるし損するだけだから気にするのやめた!」と、意思的にふっきろうとしてしまうのも一つの手かもしれません。
参考になるかどうかわかりませんが、やってみようと思えたらお試しください。
[6170] ようこそ、礼子さん 投稿者:ととさん 投稿日:2001年10月08日 (月) 22時25分> その事に憤慨されて「障害児だから軽んじている」と怒っていましたが、
> 私は何か違うような気がしました。
これは、礼子さんの感覚の方が正しいと思いますよ。
でも、これは、聴覚障害児を育てる時に、迷い込む道でもあります。
ことば(音声語)を習得させようと、日夜頑張っているお母さんにとって、
公共の場であっても、それは、実体験に伴う、よい場でもあります。
そこで子供のとった態度が不適切と判断したお母さんは、今が教育の時
(後で幾ら言っても子供にとって意味がないから)とばかりに、子供に
対して、注意をし、ことばを教え込もうとしている状況ですよね。
でも、普通の感覚であれば、店内にお菓子を食べながら入るのは、マナー
違反であるし、それを見た周りの子が欲しがるのも当然の成り行きです。
それに、公共の場で、大声を出すこと事態も問題です。
結論から言うと、このお母さんの取った事は、子供に対して、なんら
教育的効果がない(音声語を教える、相手のことを考えてのやさしい態度
を教える)結果だと思います。
でもね。いままでのお母さん達も同じような事をやって来たと思いますよ。
我家もそうでしたから。 お菓子の件は別にして、発語させようと、大きな
声を出すことを止めなかった。 こんな状況がよくありましたから。 でも、
これは、場所によりますよね。基本的なマナーとして、大きな声を慎む場所
も教える必要があります。 でも、発語して欲しいと思う余り、場所を選ばず…
今にして思えばですが。
子供が音声語を理解できれば、それを使ってシツケが出来る。と思う余り、
音声語が先に来てしまい、シツケが後になる。 それでも、小さい内に音声語
を獲得できれば、間に合うでしょうが、手間取っている内に子供が大きくなり…
礼子さんのお子さんは、高度難聴と書いていますから、私としては、聾学校の
幼児相談へ行くことを薦めます。 聾学校と言っても色々ありますので、一概
には言えませんが、フォローのない地域の幼稚園に行くか、との選択ならば、
そちらを薦めます。 周りに手話の環境が無いと言われますが、普通はありません。
親として、求めて行かなければ、そのような場は出来ないのです。最初は
ちひねこさんが言うようにホームサインでも良いし、手話の本に出ている簡単な
単語(おいしい、好き、危ない、etc )からでもスタートしませんか?
少なくとも、街中で大声出さずにすみますよ。 そんな気軽な気分で始めてみませんか?
[6169] 礼子さんへ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月08日 (月) 19時45分こんばんは ちひねこです。
はじめまして、ですね
>気晴らしにと思い、デパートへ行っても、皆が子供の耳を見ているような気になってしまい
>落ち着かず、また、公共の場で異常に大きな声で話す事も恥ずかしく感じてしまいます。
公共の場で大声を出すのが恥ずかしいのでしたら、大声で話さなくても良い方法をやってみてください。
手話でなくてもかまいません。子どもとお母さんの間で通じるホームサインを作ってみてください。
皆が子どもの耳を見るのが気になるようですが、最初はそう思うものですし、もしかしたらお母さん自身が子どもの耳を気にしすぎている面もあるかもしれません。それは別に悪いことではなく、ごくあたりまえのことですよ。いまは色々な補聴器が出ています.色もたくさんあって、かわいいものも有りますから、もしそのような補聴器ならば「みんな、この補聴器がかわいいから見るのかな?」と思ってみるのかもしれない、って言う気持ちにもなれるかも?
また、同じ教室のお母さんに付いてはなんとも言えませんが、あなたが「おかしい」とかいやな気分になったのだとしたら、あなたがそのお母さんと同じような行動をとらなければ良いのではないでしょうか?
私も「???」と読んでいて思いましたから。
まず、お菓子を持ってデパートに入らないのが普通だと思うんですけど。
もしかしたらそのお母さんは「障害者だから」とすべてにおいて開き直っている面があるのかもしれません。
そういう人も、たまにいるのです。
親から一方的にコミュニケーションをしかけ、子どもが納得していなくても自己満足で終わらせてしまう方も、たまにいるのですね.
でも、あなたの文面からするとあなたはきちんと物事を判断できる方のように思います。
あなたなら、きちんとお子さんに接してあげられると思います。
>難聴児に接する場合は、いつ如何なる場合でも恥ずかしがらずに堂々としていなければ
>ならないのでしょうか?
そういうことはないと思います。まぁ、いつも恥ずかしがりながら接するのも問題ですけど。
やりすぎは良くないですね。普通に接してあげればそれだけで良いのではないのでしょうか。
前にも書きましたけど、大声が恥ずかしいのならそうしなくて済む方法を考える方が結果的にはそういうことを気にしなくてすむ生活を送れるようになるのではないでしょうか?
>今後の事、現在の事、明日の事、など何を考えてもユウツな毎日です。
>時々、健常の子のお母さんが、子育てが大変。などど言っているのを小耳に挟むと、
>バッカヤローと蹴っ飛ばしたくなります
そうなのでしょうね。ここらあたりはここに来ている先輩お母さんからコメントを頂いた方がよさそうです。
でも、自分と他者を比べようとしないほうが良いとも思います。疲れませんか?
その面では多少開き直りも必要かもしれませんね。
>一緒にいる事は楽しみですが、子供に言葉を教える事、目的を持って接する事は苦手です。
子供に言葉を教える、のではなく「子どもとお話する」と思うようにして欲しいです。
いつも言っている事ですけど、子供が1番話したい相手は「お母さん」なんですから。
子供とお話できたら、もっと一緒にいる時間が楽しみになりませんか?
また、無理やりに目的を持って接そうとしなくても良いですよ。
>この精神状態でしっかりとした子育てができるのか心配です。
>ツケは可愛いわが子にまわってしまうので、、、
だいじょうぶですよ、その「可愛い我が子に」という気持ちがあれば。
ここに来ているお母さんたちにたくさん聞いてまわってもいいと思いますし。
しっかりした子育てを、と気負わないでくださいね。
あまりいい返事になってなくてすみません。
後はととさんとか、常連のお母さんたちが書きこむのがいいかな?
[6168] 礼子さんへ 投稿者:ミュウ 投稿日:2001年10月08日 (月) 18時30分大きな声で話さないといけないのがはずかしい、
すべてを難聴のせいにして考えてしまう。
そういった事はとてもよくわかるのですが、どうかあまり気に
しないで生活して欲しいです。
親が気にしていると子供は自分の耳が悪いのを責めると思います。
健常者と言われている人達だって自分に足りない何かを補完しなが
ら生きています。難聴者の人に限った事ではないと思います。
もちろん、「自分に足りない何か」のためにじろじろみたり、
嫌な気分になったりする人もいるのでしょうが、そう感じる人には
そう感じさせておけばいいと思うのです。
「自分と違う人の認められない、人生経験の乏しい人なのだ。」と
思えばいいと思うのは間違っているでしょうか?
[6167] すみませんが、聞いて下さい。 投稿者:礼子 投稿日:2001年10月08日 (月) 17時29分こんにちは。東北在住の2才半の高度難聴児の母です。
現在は言葉の教室へ通園しています。
補聴器によって音の存在は分かり、少しなら言葉も発しています。
しかし、同年令の健常児の子と比較したら。。。悲しい程に違います。
最近、幼稚園の運動会の見学の案内がよく届きます。
もちろん、難聴であることは知らずに送っているのだと思いますが。
言葉の教室のお母さんに伺ったら、年少から幼稚園に入る事は難しく、年中からでも
ほとんどの幼稚園で願書を受け付けてはもらえないというのが現状だそうです。
また、無理に入園したところでフォローがなければ、子供が可哀想です。
このところ、子供の事以外でも嫌な出来事が多くて、全てを難聴のせいにして考えてしまいます。
気晴らしにと思い、デパートへ行っても、皆が子供の耳を見ているような気になってしまい落ち着かず、また、公共の場で異常に大きな声で話す事も恥ずかしく感じてしまいます。
同じ、教室のお母さんと一緒に子供服のお店にお買い物に行った時の事ですが。。。
そのお母さんは、子供にお菓子を持たせてお店に入ったのです。
チョコなどではありませんが、子供が商品を触れば手に付いた油(お菓子の油です)が商品に付いてしまうのではないかと、私は危惧していたのですが。
その子がお菓子を食べているので、わが子も欲しがりました。
私も持っていましたが、お外に出てからね。と子供に伝えました。
すると、子供はお友達のお菓子をもらおうと近ずいて「ちょうだい」とやりました。
お友達は、くれませんでした。
すると、そのお母さんが自分の子を捕まえて、店内に響き渡る声で
「ちょうだい、してるからあげなさい。一緒に食べた方がおいしいよ」
などと、何度も何度も繰り替えしていました。
子供が泣いて逃げようとするのを、押さえ付けて顔を向かせて話しています。
当然、その子は大泣きでした。
全てが店中の注目の的でした。
結局、子供が自分で(泣きながら)渡してくれました。
わが子は、「ありがとう」とやって食べました。
お母さんは、とても満足気でしたが、、、私は消えてしまいたい程、恥ずかしかったです。
お店を出る時に店員さんが「ありがとうございました」と言いませんでした。
(ちなみに購入したのは特売品のトレーナー1枚です)
その事に憤慨されて「障害児だから軽んじている」と怒っていましたが、
私は何か違うような気がしました。
難聴児に接する場合は、いつ如何なる場合でも恥ずかしがらずに堂々としていなければ
ならないのでしょうか?
私は、子供の事は大好きですし、一緒にいる事は楽しみですが、子供に言葉を教える事、目的を持って接する事は苦手です。
言葉の教室でも、私の評価は低いと思います。
こちらで拝見するような、手話の環境もありませんし、今の教室に通うしか道はなさそうなのです。
今後の事、現在の事、明日の事、など何を考えてもユウツな毎日です。
時々、健常の子のお母さんが、子育てが大変。などど言っているのを小耳に挟むと、
バッカヤローと蹴っ飛ばしたくなります。
この精神状態でしっかりとした子育てができるのか心配です。
ツケは可愛いわが子にまわってしまうので、、、
管理人さま、下らない内容ですみません。
不適切でしたら、削除をお願い致します。
[6166] Re:誰も書き込まないなら 投稿者:ととさん 投稿日:2001年10月08日 (月) 16時58分ヒースさん、どうして誰も書き込まないか、ご理解下さい。
まず、ここに来ている普通の親は、このような議論が続くと、自分達と次元の違う
所のように感じて、書き込みにくくなっています。
そして、それが分かっているから、ヒースさんの考えに対して異論がある方々も、
敢えて返信しないのです。
ヒースさんの主張は、分かりました。 しかし、以前注意しましたが、ネチケットに
反する書き方をしている所がまだ残っています。
> ろう者は障害者ではない。という明言する人は、大抵ろうコミュニティの中だけで
> 生活している人(無職でろうコミにどっぷりつかっている人やろう関係の仕事についている人)
> であり、その環境からくる特有の感覚だといっていいでしょう。
’’’’
> それか障害者という言葉にネガティブなイメージをその人が持っていて、自分だけは違うと
> 言いたいだけです。
’’’’’’’’’
「ろう文化宣言」について、ここで議論するつもりは毛頭ありません。 それを最初に
断っておきます。
問題視しているのは、ヒースさんの断定的な表現です。 もし、ヒースさんが、この関係
の研究者であり、多くのことを調査研究した結果、 御自身のHPや、このような議論を
前提にした掲示版での発言ならば、ある程度許されるのかもしれません。
しかし、ここで、発言するのであれば、
> であり、 → である場合が多いように私は感じています。
> 言いたいだけです。 → 言いたいように私は思います。
のような、表現にして下さい。 あのままでは、まるで喧嘩を売っているように読めます。
そして、ここは、親が気軽に来てもらいたい掲示板ですから、これ以上、この件についての
書き込みはご遠慮下さい。 よろしくお願い致します。
[6165] 誰も書き込まないなら 投稿者:ヒース 投稿日:2001年10月08日 (月) 12時07分僕が書き込みます(笑)
>コミュニティがどう、言葉がどうという問題にばかり目を向けていると、
>全体として何を抱えているのか見えなくなってしまいます。
これ、僕がいった台詞だけど、全体として何を抱えているのか見えなくなる。
この何かは、
聞こえない子の学ぶ権利が守られていないという状況が日本ではまかり通っている
ということ。
聾学校の方が、いろいろご不満もあるでしょうが、まだマシでしょう。
そういう状況だということですね。
僕はバイリンガル教育そのものには、手話を使っている者の感覚から「他の授業の内容を手話で教えるのは賛同するけど、最初から手話で日本語を教えることなんて本当にできるの?」という疑問がよぎる。でも、ろう者が可能というならばそれもまたやってみる価値がありますが、その責任を認識した上で主張しているならば偉いと僕は思います。
それはともかく、僕が「コミュニケーション障害」となぜ強調するかというと、
「コミュニケーション」というのは「相手」が必要であり、
「コミュニケーション障害」というのは「相手」がいてこそ起こる障害だからです。
これが曲者で、聴覚障害がそういう障害だからこそ
「ろうは障害ではない」というのは「ろう者同士」においてはいえますね。
これはろう者に限らず、手話で語り合う聴障者同士においてもいえます。楽にコミュニケーションができる関係において、「コミュニケーション障害」という障害の側面は消えるわけです。
聴覚障害というのは、その当事者だけの問題ではなく、相手がどうあるかがかなりのウェート示す障害であるという、社会的な自覚こそが必要だと僕自身は考えています。
これはろう者に限らず共通していえることだと僕は思いますね。
ろう者に限って言えることではありません。
ろう者は障害者ではない。という明言する人は、大抵ろうコミュニティの中だけで生活している
人(無職でろうコミにどっぷりつかっている人やろう関係の仕事についている人)であり、その環境からくる特有の感覚だといっていいでしょう。それか障害者という言葉にネガティブなイメージをその人が持っていて、自分だけは違うと言いたいだけです。
そのような状況を言語から眺めて、ろう者は言語的少数者である。として、障害者の側面を薄めると「聴覚障害とはなんぞや?」という部分が、見えなくなってしまう。ろう者だけは特別違うということになってしまう。違っていないことも違うように見えてしまう。
実社会においては、ろう者も手話が必要な聴障者も変わらないよ。という僕の発言は、「僕の気持ち」の話ではなく、聴覚障害がコミュニケーション障害となる実社会での現実の話なんです。
家庭において手話は必要と、僕も考えます。
我が子が聞こえないということを考えるとき、
僕がいった前述のコミュニケーション障害という側面をじっくり考えて欲しい。
これは、相手が変われば障害でなくなる障害であるということ。
その子だけが努力してどうにかなる問題ではないということ。
家庭においても、我が子を障害者にするなというのは、ろう者に限らず子どもの頃から聞こえなかった僕らの強い願いであったりします。
僕が言いたいことは以上です。
[6164] ちひねこさんへ 投稿者:ヒース 投稿日:2001年10月05日 (金) 20時44分「違う立場の人を拒否するのではなく、互いに配慮しあいながら柔らかな絆を作り上げていきたいと思っています。」
この言葉忘れないで下さい。
[6163] ヒースさん、もう終わりにしてください。 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月05日 (金) 18時51分ヒースさん、あなたのいいたいことは分かりましたが、
誤解しないでいただきたいことがあります。
私は自らを境界の立場であると自覚していますが、
アイデンティティであるとは思いません。
私に何を求めているのか分かりませんが、
私は私なりのスタンスで聞こえない世界とつき合っていきます。
違う立場の人を拒否するのではなく、互いに配慮しあいながら柔らかな絆を作り上げていきたいと思っています。
どうか、見守ってやってくださいませんか?
では、終わりにしましょう・・・・。
[6162] 境界人 投稿者:ヒース 投稿日:2001年10月05日 (金) 12時16分ちひねこさんへ
僕は「境界人」という発想自体「違いを認める」とか、アイデンティティ
ではないと思うのですね。
まぁそもそも、難聴者の認知度は低く、さらに、難聴者の聞こえの
世界というのは聴者には想像しにくいハンディがあると思います。
第一の問題点はそこにあると思います。
聴者には、ろう者の方が理解しやすい面もありますしね。
一般の人たちの聴障者像というのは「ろう者」ですから。
聾学校に入れてろう者にしてしまえば問題解決か?というと、
僕はそれは違うと思います。
かなり聞こえてしまうわけですし、僕らが子どもの頃よりも補聴器も
良くなっているので、そのあたり聞こえの環境も違うと思います。
「境界人」などというアイデンティティを持ったところで「身の程知る」
だけならば、そのようなアイデンティティなど持たせようとする必要はない
と思います。
ちひねこさんの発想で教育を考えれば、
難聴者を「小さくさせるため」の教育になってしまいます。
僕が言っていることわかりますか?
それこそ、ストレスためこんで胃潰瘍になってしまいますよ。
聴者が特別に「聴者」というアイデンティティを持たないように、「自分は自分」
でよいと僕は思います。
その為にどうするか?なんですが、それを考えるときにろう者を軸にして
考えても問題解決にはならないじゃないかな。
僕自身は、インテ側の授業の情報保障とされてないことに大きな問題
があると考えています。
もし、小学校・中学校・高校・大学と、PC通訳による通訳が可能となった
とき、またインテの世界というものに新しいムードが生まれると思います。
コミュニティがどう、言葉がどうという問題にばかり目を向けていると、
全体として何を抱えているのか見えなくなってしまいます。
聾学校と普通校では全く別の世界だと思われるかもしれないが、一人の
聞こえない子には関係ない話ではない、という視点が成人聴障者には必要です。
まぁ、このお話はここでお開きにしましょう。
[6161] あ、 投稿者:アース 投稿日:2001年10月05日 (金) 10時50分メールアドレス入れるの忘れてました。
[6160] ミュウさんへ 投稿者:アース 投稿日:2001年10月05日 (金) 10時50分内耳再生プロジェクトのことで、ちょっとお伺いしたいことがありますので、もしお手数でなけ
ればメールをしたいと思っています。上にメールアドレスを入れておきますので、よろしければ
メールをお願いします。
ととさん、私信ですみませんでした。
[6159] Re: そうですか。 投稿者:ととさん 投稿日:2001年10月05日 (金) 02時20分ヒースさん、ご理解頂きありがとうございます。
> 僕はとても冷静です。感情論でなんて物事を語っていません。
> 本当のことを言っただけです。
確かに、ヒースさんの本音の気持ちをぶつけてきたのだと思います
から、もし、ここが閉じた世界(メンバーだけの掲示板や、部屋の
中での友達同士での議論)ならば、問題無いと思います。 でも、
ここは公衆の面前と言うか誰でも見ることの出来る所です。
言うならば、人通りの多い街中で、大声で議論している状態に
見えるのです。 やはり、そういう所では、ことばを選んで発言
するでしょうし、本格的になりそうならば、場所を変えるはずです。
それと同じだと思います。そんな配慮をお願いしたいと思います。
> なにはともあれ、ご迷惑をおかけしたようで失礼しました。
いえ、こちらこそ、失礼致しました。 今後ともよろしくお願いします。
[6158] 雲の隙間からこんばんは 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年10月05日 (金) 02時18分ととさんが帰ってこられて、コメントを述べてくださいましたので、雲の隙間から・・・・
ととさんの仰るとおり、私も書き込みの度が過ぎました。それについては反省しております。それによって、お母さん、お父さん達が入りづらくなっているのかなぁ、と猛省しています。
また、ヒースさんから一つ質問らしきものを頂いているので簡単にお答えしますね。
>自覚させられるから辛いと思うのですが、僕の見解はちひねこさんから見ると間違っ
てますか?
間違っているかもしれないし、間違っていないかもしれない。と思います。
自覚させられるのでつらい、と思う方もいるでしょうし、そのつらさをかみしめた上で聞こえない人たちの世界を何とかやっていこうと思う方もいるでしょう。
ですから、自覚させられるのがつらい人に対しては当たっているのでしょうし、そういう問題をクリアしてしまった人に対しては当たっていないかもしれない。
私はどちらかといえば後者のスタンスを取ることが多いと思います。
納得行かないような答え方かもしれませんが、今の私にはこれくらいしか言えません。ごめんなさいね。
[6157] そうですか。 投稿者:ヒース 投稿日:2001年10月05日 (金) 01時58分僕はとても冷静です。感情論でなんて物事を語っていません。
本当のことを言っただけです。
僕があえてちひねこさんに対してそうしなくてはならないと思った気持ちは、おそらく
皆さんが想像しているようなものじゃないと思いますが、これは言うべきではないですね。
なにはともあれ、ご迷惑をおかけしたようで失礼しました。
[6156] 運動会 投稿者:ととさん 投稿日:2001年10月05日 (金) 00時33分先週の土曜日は、聾学校の運動会でした。桃象さんの書き込みを読むと
(報告ありがとうございました)我が地域の聾学校って、聾学校らしいのかなぁ?
って思ってしまいました。 生徒、保護者、それぞれに手話通訳はついていましたし
生徒は、手話で司会や挨拶などをしています。 そこでちょっと面白いことが、
宣誓は、幼稚部から、高等部までそれぞれの代表がするのですが、確か、今年
Uターンで高等部に戻って来た生徒だけが、片手を上げて、口だけで、宣誓を
しました。 それを見ていた保護者席のおとうさん(おじいちゃん?)
「何だ? 何だ? 今のは?」
「あの子は、今年聾学校に入って来た子だよ」
「えっ? 聞こえるのか?」
「違う、違う、難聴かな? 口話が得意なんだよ」
「あぁ〜、そうなのかぁ」
と言う手話がちらっと見えました。
手話がずーっと続いていた時に突然、口だけだと、聞こえている私もちょと
違和感を憶えました。(良い、悪いを言っている訳ではありません)
しょうちゃんが幼稚部時代より、少しづつ変って来たようです。
確かに子供たちは、元気になって来ていますね。
[6155] お久しぶりです。 投稿者:ととさん 投稿日:2001年10月05日 (金) 00時12分管理人のことばとしては、申し訳ない次第ですが・・・
昨日、出張から帰って来て、ここを読んだら、議論が白熱していること・・・
私としても、思う所はありますが、管理人として、このような場合はあまり首を
突っ込まないようにしております。 もっと激しくなる場合が多々ありますので(^_^;
しかしながら、掲示板の運営上気になる事を少しだけ。
ちひねこさん、ヒースさん、それに いのししの娘さん少々。
それぞれの考え方が合わなくて、激論になる事はかまいません。
でも、お互いちょっと言い過ぎでは?
その中でもヒースさんの書き込みに個人攻撃的な発言が見られます。
掲示板は、いろいろな方が見ていますので、正直言って、このような書き込み
は、気分の良いものではありません。 ネット上の基本的ルール
"発信は慎重に、受信は寛容に"
を思い出し、送信をクリックする前にゆっくりと落ち着いて自分の書いた文章を
読み返して欲しいと思います。 よろしくお願いします。
[6154] HOPEさんへ 投稿者:ミュウ 投稿日:2001年10月04日 (木) 23時24分内耳再生プロジェクトを推進するにあたって、お話したい事があります。
もしよろしかったらメールをください。
patric_n@star.endless.ne.jp
聴力回復を願う方々などいらっしゃいましたら是非メールをください。
[6153] 報告その3(やっぱり中学部も…) 投稿者:桃象 投稿日:2001年10月04日 (木) 17時46分中学部の授業を見学した様子も一応報告することにします。
国語:よく知っている生徒が授業の冒頭に口話だけで「授業を始める」云々を言ったの
には面喰らいました。あとでその生徒の親に言わなきゃ。でも,手話を使うと,先生に
怒られるのかもしれませんね〜。先生はほとんど手話は使いませんでした。ん〜,見る
のに疲れてしまいました。
理科:先生は全くと行ってよいほど手話は使いませんでした。金魚パクパクの例の口話
を使っていましたけどね,でも理科で使う言葉を手話で表すのは確かにちょっと難しい
ですね。硝酸カリウムじゃ,指文字になってしまうわな。ある生徒が先生の質問に答え
ていた時,他の生徒たちはその生徒を見ていませんでした。あかんわ,こら。授業が完
全に先生と1人の生徒の個別授業の集合体になってしまっていますね。集団という観点
がすっぽり抜け落ちているんですね〜。
英語:一番がっくりきた授業でした。前置詞の勉強をしていたのですが,いくつかの前置詞の意味を板書も交えて勉強した後,いきなり先生が英語(口話)で生徒たちに質問
してきたんですね〜。私が読話した限りでは多分「What is it ?」「It is a bag」とか
話していたと思うんですけど,おいおい,生徒たちはわかってんのかよ?と言いたくな
りました。おまけに生徒たちが先生に言う時に,全然手話を使わないんですよ。他の生
徒にわかるように話すとかと言うことを考えないんですかね〜。休み時間の時の生徒た
ちの様子と授業の時の生徒たちの様子のあまりの落差にう〜〜〜んと考え込んでしまい
ました。
クラス懇談会:中3の生徒たちが文化祭の準備について話し合っていたのですが,これ
もいただけないものでした。まず,生徒たち全員が輪になっていないんですね。ですか
ら,発言者の手話が見えない生徒がいたはずなのですが,先生も生徒たちもお構いなし
でした。はぁ〜。先生もね〜,手話もほとんど使わずにお口パクパクで生徒たちの話し
合いをまとめているんですよ。そういうことは生徒たちが自分でやればいいのに。
その他にもいろいろ,細かいことをあげればキリがありません。本当に息子を見学した
ろう学校に通わせる気がなくなってきました。こんな学校に行かせるぐらいなら,み
そっかすを承知の上で,地域校に通わせ,週末はしっかりとデフフリースクールに通わ
せた方がまだましなのかもしれないとも思いました。
聴覚障害児の集団にいることがとにかく大切なのだという考えもありますが,そんな生
易しいものではないことをつくづく感じました。総論賛成,各論反対ですな。ろう教育
全体を論ずる時は,ろう児の集団の保障と言う総論をぶちあげることはできるのです
が,いざ自分の子供のこととなると,二の足を踏んでしまいますね〜。難しい!!。
[6152] 報告その2(難癖のオンパレード) 投稿者:桃象 投稿日:2001年10月04日 (木) 14時36分小学部6年の授業:
生徒は4人。算数の授業。長さの単位の置き換えの勉強をしている。先生は手話を全く
使わない。FM補聴器を使っている。4人の生徒の顔は明らかに「わからない」という
顔をしている,と言うよりも畏縮してしまっている顔をしている。
先生が1人の生徒の前に来て,何やら言う。(私にはわからなかった。妻もわからなか
った。)生徒が何やら答えた。この間,他の生徒は下を向いて,教科書を見ていたり,
ノートに書いていたりしていた。このような状況が何回かあったが,生徒が手話を使っ
て答えることも全くなかったし,生徒が他の生徒の先生への回答を見る(聴く)ことも
まったくなかった。
ある生徒が手を振って,先生を呼んだが,その生徒の位置はちょうど先生の横だったに
も関わらず,先生は無視したままだった。(気付かなかったのか,無視したのかはわか
らないが,おそらく気がつかなかったのだろう)。ほどなくして生徒はあきらめてまた
ノートに書き始めた。こういうケースが私が見た間だけでも3回もあった。
最低の先生である。実はこの生徒たちの中に息子のかつての同級生がいる。その生徒の
親から風の便りで聴いてはいたのであるが,これほどひどい先生とは思わなかった。
次に6年のもう1つのクラスの授業を見る。理科だった。このクラスも生徒は4人。
驚いた。先生のいうことが全然わからない。一瞬,地域校にいるかのような錯覚を覚えた。あとはもう何も言う気になれない。先生の言うことが全然わからないのでは,その
後は何を言っても話にならない。
中学部。コメントは控える。(苦笑)
それにしても息子は正直である。小学部の理科の授業では,1分もたたないうちに授業
を無視して部屋の後ろにあるいろいろな展示物をながめ始めた。でも中学部のあるベテ
ランの教師の数学の授業では,いろいろ父に授業の内容について聞いてきたりした。確
かにこのベテランの教師の数学の授業は,手話はほとんどなかったものの,見ていてそ
れなりに分かりやすいものであった。
もちろん,授業で手話を使えばいいと言うものではない。教師が手話を使っていても,
さっぱりわからない授業と言うものもある。逆に手話が余りなくてもそれなりにわかり
やすい授業と言うものもある。それにしても小学部の授業は本当にひどかった!!。
あれでは生徒たちがかわいそうである。
[6151] 報告 投稿者:桃象 投稿日:2001年10月04日 (木) 10時05分昨日は家族4人で某ろう学校を見学してきました。
見学から帰って夕食を3人でとった時に次のような会話がありました。(妻は会議)
この会話がすべてを物語っていると思います。
娘:小学部の授業,私,よくわからなかったよ。
父:6年だったからね。
娘:うぅん,先生のいうことがわからなかったの。
父:お父さんもよくわからなかったよ。特に理科のときはひどかったな。
娘:みんな,わかってるの? わかったふりしているんじゃないの?
父:う〜ん,生徒たちもよくはわかっていなかったと思うよ。
娘:なんて? ろう学校でしょ!。みんな,なんてわかったふりをしているの?
中学部の授業と小学部の授業を見学したのですが,「先が思いやられる…」ものでした。