[5700] 三つの願い事 投稿者:ボンジュル 投稿日:2001年06月22日 (金) 11時45分

最近になって、全日本ろうあ連盟が、ろう教育のあり方、要求方針が明示されつつあります。
配慮でしょうか、手話や口話、キュード法、TCなどの教育論について、善し悪しや白黒をつけていませんが、幼児に対する教
育やろう学校における手話重要論を、真っ先に明示していることが、今回の第49回全国ろうあ者大会(新潟市)の、着目すべ
き課題の一つであると思います。まだ、周辺の関係団体も、使い方や理論が様々ですが、手話を真っ先に教えるべきという点が
共通であることも知っておられると思います。インテグレーションが理想的教育だと主張しているところがあるのですが、これ
は何とかならないかと思っています。主張するなら、最後まで責任を持って欲しいです。また、過去の多くの失敗ケースについ
て、どう分析して突き止めて、どんな次の段階へ進めようと考えているか、それらを示して欲しいです。今までは、主張だけで、
成果、そして、フィードバック方法論、
などは聞いたことがありません。事実、私のもと同級生や周辺には、インテグレだが失敗したケースの人達が結構います。その
人達の過去の時間を取り戻すことはできません。本来なら、勧めてしまった親や教師が、当事者の過去時間を取り戻すべきです。
でも、過去の時間を取り戻すことが絶対的不可欠なことです。神様から、願い事を三つあげましょうと話して下さる機会を得た
ら、私は、まず、次のように願い事を出します。

1 インテグレで失敗してしまった人達に、過去の時間を取り戻して下さい。
2 インテグレ主張派、手話否定派に目覚めさせて下さい。
3 慈悲・蔑視態度を直して下さい。


[5699] 手話は聴覚口話に優先します。 投稿者:桃象 投稿日:2001年06月22日 (金) 10時57分

>可能性を探ると言う意味では、手話も、聴覚活用も、口話も、人工内耳も(様々なリス
>クがありますので、すべての人が挑戦できるものではありませんが。)、同じ位置に
>あって欲しいと思います。

  上記の考えには到底同意できません。グレーゾーンにいる聴覚障害児の場合はまた
  話が違ってくるのでしょうが,90dB以上の厳しい聴力障害を持つ子供の場合は,
  初めに手話ありきであり,その上で,聴覚口話などがオプションとして考えられる
  べきだと思います。聴覚口話や人工内耳と手話が同じ位置に立つなど,私には論外
  です。


[5698] もう少し考えて見て下さい 投稿者:ボンジュル 投稿日:2001年06月22日 (金) 10時39分

ろう学校の様子を見ると愕然したとか、そういう事実は、本当です。

ろう学校の現実*のみ*見るといった理解の進め方は、何とかならないかと思っています。
そのろう学校の長い間の事実、つまり、歴史を見て、教育がどのように行われて、その結果がどんなものであった
か、その後の展開はどのようなものであったか、見て考えなければならないと思っています。つまり、現実のみ見るという方法で考えることは幾ら繰り返しても何もなりませんし、ろう学校をより改善
させることが不可能であることが、私の意見です。
パンダさんが見て愕然とした「ろう学校の現実」は、悪循環が繰り返された結果、そのものです。
その悪循環とは、どんなものでしょうか?
そのろう学校を卒業された方々、更に、年配から若年に至るまでのいろいろな方々の話を聞いて、考えて見てはい
かがでしょうか。


[5697] 小さなお子さんを育ててらっしゃる方へ。 投稿者:パンダ 投稿日:2001年06月22日 (金) 00時56分

こんにちは。
今聴覚活用について(クラクションや補聴器など)の話題が出ていますが・・・。
なんだか、ここを覗くと、聞こえない(聞こえにくい)と言う状態の子ども?を、「手話」か「口話(聴覚活用)」か、真っ二つに分けているような印象をもってしまいます。
話の流れや、わかりやすく相手の方に伝えようとするために、なのだとは思いますが・・・。

聞こえない、聞こえにくい、という小さな子どもに関しては、たかだか2・3歳ぐらいで、どんなにdBが重くともすぐに「ろう」と判断して、聴覚活用の道を閉ざしてはいけないと思っています。
中途失聴のかたのお話を伺うと、
「言葉として理解できる聞こえと言うのは80dBまでで、それ以上に聴力低下が進むと言葉としては理解できなかった」
・・・とのことでしたが、子どもの気持ちをつぶしてしまうような聴覚活用・口話でないなら、
耳を使うことを教えていくことは大事だと思います。
周囲の音に気がついてそれを共有したり、呼びかけに振り向いたり、子ども自身が呼びかけたり・・・。
音を通じての他者とのかかわりをもつことは、言葉だけに限ったことではありません。

他のHPをのぞいて、一般的な?ろう学校のありさまに愕然ともしましたが(息子の通っているろう学校とは大きく違っていたもので)、その気持ちは変わりません。
可能性を探ると言う意味では、手話も、聴覚活用も、口話も、人工内耳も(様々なリスクがありますので、すべての人が挑戦できるものではありませんが。)、同じ位置にあって欲しいと思います。

ただ、成長とともに「この子に本当にあっているのか?」と見直すことが大切だと思います。
多くの方が言われているように、様々な選択肢を子どものために用意して、いずれは本人が道を選んでいくにしても、親として先輩として、いい道を整えてあげたいですよね。

当たり前のことを偉そうに述べてしまいました。
ただ、子どもの聴覚障害が発見されて間もない方へ、理解の一助になればと思い書き込みました。
小さなお子さんを育ててらっしゃる方、聞こえない、聞こえにくいという障害を持ってても、
「子ども」を育てていきましょう。
耳は重要な器官ではあっても、それが子どものすべてではありません。
「子ども」の力に毎日、驚かされている一人の親からの想いです。
ともに、頑張りましょう。
そして、楽しみましょう。


[5696] 無題 投稿者:トモ 投稿日:2001年06月22日 (金) 00時17分

私は、36歳で4人の子供を持つ父親です。今年の2月におたふく風邪にかかり、片耳の聴力を聾すなわち、無くしてしまいました。左耳の聴力は全くありません。絶望の淵にいきなり立たされてしまいましたが、家族の愛情が私を助けてくれました。特に、5ヶ月になったばかりの4子の笑顔に救われました。私みたいな方は、統計でも非常に少ないと思いますが、このこともしっかり受け止めて、生きていかなければいけないと思います。現状は、24時間左耳にジェット機がいつも止まっています。そして、音が鳴っている方角がつかめません。更に、大勢の人の中では、音がつかめません。しかし、まだ、手足、目、感覚、いろいろな、機能が残っています。
この機能と、子供たちを立派に育て上げる義務に生きがいと感謝しています。
いろいろなことに、落ち込んでしまう場合も多々ありますが、がんばって。がんばって。進んで行きますので、同じような境遇の方もがんばって。がんばって。


[5695] Re[5694]: 運転免許 投稿者:りなお 投稿日:2001年06月21日 (木) 23時47分


> 日常生活に支障をきたすようでした。耳の不自由な方って、補聴器の音の変化にもの

なるほど・・・。

アナログの補聴器は、細いねじみたいなものがあれば、
ふたを開けて自分で調整することもできますよね。
「運転用の調整」と「日常生活用の調整」を
自分で切り替えてつかう、というのは、どう思われますでしょうか?

私は、R社の補聴器は「音楽を聴くため」と割り切って買ったんですが
「低音部を強くしたかったら、ここをめいっぱい左?に回すといいよ」と
助言を受けました。


> R社の方が高域伸びますからね。(だからハウリングしやすい!!??)

ハウリングについては・・意識したことはないですね。
O社でもイヤモールドが合わなければハウリングしまくってくれますし(^_^;


> > 時によってはデジタル(W社)のほうが聞こえることもあるのですが・・・。
> 本当ですか?いい情報ありがとうございます!

うーん、こればっかりは人それぞれでしょうけどね・・

私の場合、家の中にいて、車の音が聞こえるようになりました。
以前は親が帰ってくるのが分からなかったのですが、最近は
車の音を聞いて玄関を開けて待つということができるようになって
(100%ではありませんが)
これは純粋にデジタル補聴器のおかげだなと。

あと、父の口笛が前は全然聞こえなかったのですが、
今は、うるさくてうるさくて(^_^;

「うるさい」って言うようになってしまったので
父としては「デジタル補聴器にしなきゃよかったのに」なんて思っていたりして(笑)

http://homepage2.nifty.com/rinao-rina/


[5694] Re: 運転免許 投稿者:J@とある補聴器屋 投稿日:2001年06月21日 (木) 21時35分

>  すごい先生がいらっしゃるのですねぇ・・・

自動車学校も生徒獲得に必死なのかもしれませんね...(苦笑)


> クラクションが聞こえるように補聴器を合わせるというのは
> 具体的にはどのようにすればいいんでしょうか?

その男の子は耳かけ形を両耳に使っていました。かなりの高出力でした。音場検査
を何度も繰り返して「一番いいと思われる」調整にしました。...が、そうすると
日常生活に支障をきたすようでした。耳の不自由な方って、補聴器の音の変化にもの
すごく敏感なんだなー、と思うことは多いです。
本当は運転用に高出力の箱型を用意してくれたらなぁ、と思うのですが高価なもの
ですしねー。若い彼には強く勧めることはしませんでした。それを窓がわに置いて
使ってもらえると、きっとクラクションは聞こえてくれると思うのですが...

その男の子はしばらくすると来なくなってしまいました。免許は取れただろうか...
クラクションが聞こえないとダメ!って、耳がいいヤツでもクラクション鳴らされ
ても気付かないで正面をかじりつくようにして見て運転してる人っていますよね。
そういう人にこそ免許は与えるべきでないと思うんですが。

> 個人的にはO社のものよりはR社のもののほうが
> クラクションなどが聞きやすいような気がします。

R社の方が高域伸びますからね。(だからハウリングしやすい!!??)

> 時によってはデジタル(W社)のほうが聞こえることもあるのですが・・・。
本当ですか?いい情報ありがとうございます!


[5693] Re[5687]: 運転免許 投稿者:りなお 投稿日:2001年06月21日 (木) 21時07分


 すごい先生がいらっしゃるのですねぇ・・・
本人がくればいいのに?と思うのは私だけでしょうか・・・。

クラクションが聞こえるように補聴器を合わせるというのは
具体的にはどのようにすればいいんでしょうか?

個人的にはO社のものよりはR社のもののほうが
クラクションなどが聞きやすいような気がします。
時によってはデジタル(W社)のほうが聞こえることもあるのですが・・・。

http://homepage2.nifty.com/rinao-rina/


[5692] 似たような感想 投稿者:カオ 投稿日:2001年06月21日 (木) 06時14分

以前、補聴器を借りて聴いてみたことがあります
すべての音を捉えて、聞きたい、いえ、聞いて欲しい音が回りの雑音で消されてしまっているのです。それまで補聴器を使えば少しは聞こえるのではと解釈していた自分がいましたが、
まちがいだとわかりました、
だから、手話は必要です。最近、(少し英会話をしていたのですが)手話もひとつの言語と捉えたらとても楽しい会話だと思えるようになりました。
だって、英会話のときも身振り手振り入れるじゃないですか。
三重だったかなぁ・・・幼稚園で手話をとり入れているところがありましたが、あんな風に幼い頃からみんなが使っていると、特別視されず、楽しいのにと思いました。
友達同士で楽しくおしゃべりしていて、うらやましかったです。


[5691] Re[5689]: 同感! 投稿者:J@とある補聴器屋 投稿日:2001年06月20日 (水) 19時00分

> 聞こえない人に対するリハビリは、聴力を回復させることではないと思うのです。
> 医師だけではありません。補聴器の会社の方とか、教員の中にも多数おられます。
>

恥ずかしながら、僕もそう思います。
補聴器のことを理解していれば、「聴覚を補う」のは至難の業だとわかりそうなもの
なんですよね。逆にユーザー側から「こんなに高い器械なのに何にも聞こえない!」と
怒られたりなじられたりすることは少なくないです。気持ちはわかりますね。多分僕が
ユーザーだったらそう言うと思います。
「補聴器は音を大きくするだけの器械なので、言葉は聞き分けたり聞き取ったりして
くれません。だから、話し手の口を見るなどして、理解する努力もしてくださいね」と
説明しています。
聾学校でも、“手話”などの音によらない手段でコミュニケーションをしようと教える
ところと、“補聴器”などで“音+口話”を勧める学校があるそうですね。


[5690] ボンジュルさんへ 投稿者:桃象 投稿日:2001年06月20日 (水) 14時00分

>薔薇さんの書いた文は、何と言えば説明し難いですが、誘惑や妖気が漂うものと等
>しく多くの親の方々に納得させる力量があります。そういう文を書いておられる者
>が、「駄目」この一言だけ書けば、簡単に「右習え!」でおしまいです。そういう
>者が「慎重に考えて書く」行動も必要ではないでしょうか?

  私は現在は『桃象』というハンドルネームで書いておりますので,よろしくお願い
  します。

  ボンジュルさんのおっしゃることはどうもよくわからないのですが,敬愛する先輩
  からのご忠言ということで,慎んでお受けしたいと思います。


[5689] 同感! 投稿者:パンパン 投稿日:2001年06月20日 (水) 12時47分


ととさんのご意見に共感する面が多く、自身の経験を元に思った事を書いてみます。

失聴した後、いろんな耳鼻科を回ったのですが、その中のある耳鼻科で、
人工内耳を勧められたのですが、「貴方の場合は、中途失聴だから言葉を
聞いた経験があるし、人工内耳を付ければ、リハビリ期間も短くて済むし、
前のように聞こえるようになりますよ」と・・・
はっきりした記憶ではありませんが、こんな説明を受けました。
私は人工内耳を付けても、聞こえは100%戻らないと、
(何気なく)確信していたので、拒絶しましたが、
もしこの言葉を信用していたら、手術を受けていたかもしれません。
今、考えると、とても怖いです。大きな勘違いで、閉口してしまいます。
医師やカウンセラー(的は役割を持つ方も含め)が、
こういう解答をしている方にも、何度もお逢いしました。
薬を飲めば、治る可能性がある・・・等も言われた事が多いです。

失聴した頃は、何事に関しても反抗的だったので、人の言葉も信用できずにいました。
これがかえって良かったと、今になって感じています。
聴力や聞こえない事に関する本とかを読んだり、いろんな方のお話を聞いていくうちに、
<失った聞こえを戻すことはできない>ということに気が付き、
この状況の中で、自分が何をすれば良いのか?を考えるきっかけになりました。

聞こえない人に対するリハビリは、聴力を回復させることではないと思うのです。
視覚的に活用できる方法を考えるとか、心理的なケアのリハビリが必要と思います。
医師というのは、どうも「聴力を回復させる研究」ばかりのような気がしてなりません。
(このネット上で、医師の方がおりましたら、失礼な言動お許し下さい)
医師だけではありません。補聴器の会社の方とか、教員の中にも多数おられます。

 >次に教育機関においても、そこの多くは、聞こえる人の考え方が中心で、情報が
>偏っている!! 自分の子が将来なる、聞こえない立場の人からの情報が必要なのに。
これこれ、凄く納得しちゃって、画面に向かって1人うなずいてしまいました。
教育の場においても、聞こえる立場の意向で行われているんです。
だから、聞こえない人が、もっと頑張って訴えて行かなきゃならない。

聞こえない立場から率直な意見交換ができる、この掲示板に出会った時は、
凄く嬉しかったです。感謝、感謝!!!



[5688] ようこそ、あひるさん 投稿者:ととさん 投稿日:2001年06月20日 (水) 00時10分

> 「親への情報提供」ということです。
> 学校、医療機関、相談所、サークル・・・など様々な観点から
> どのように親への情報が提供され、また、聴覚障害者を持つ親達は
> どのような情報を提供して欲しいのかなど・・・。

普通は、医療機関で、難聴の診断がなされますが、難聴の専門家が少ない!!
このとき、親の心理的負担は、とても大きいのに、適切なアドバイスどころか
まともな情報提供すらない場合がある。 私の場合も「聞こえていませんね。
これは治療できるものではありませんから、どこか、教育機関へ行って下さい。」
って具合でしたね。 7年くらい前の話ですが、最近はどうなんだろう?
いきなり、人口内耳って話も聞くし・・・
医師に知識がなっくても、診断を下した直後に、適切なアドバイザーが来てくれる
なり、最低限、何処に行けば良いかを教える程度の体制になって欲しいですね。

次に教育機関においても、そこの多くは、聞こえる人の考え方が中心で、情報が
偏っている!! 自分の子が将来なる、聞こえない立場の人からの情報が必要なのに。

子どもが聞こえないと判ったばかりの親の多くは、聞こえないと言うことを
ほとんど知らない状態です。 そこにどんな情報を提供するかにより、自分の
意思で決めるのではなく、その情報に引っ張られた考え方に決定されてしまいます。
だからこそ、多くの情報を平等に提供することに細心の注意を払ってもらいたいですね。


[5687] 運転免許 投稿者:J@とある補聴器屋 投稿日:2001年06月19日 (火) 17時23分

“自動車学校の先生とやら”が
「この子にクラクションが聞こえるように補聴器を合わせろ」
と言われたことがある。態度3Lだ。
僕は車が好きだから、その男の子にも免許を取らせてあげたいと思うのはやまやまです。
だから、いろいろな手を尽くしてFittingしました。
後日、“自動車学校の先生とやら”が「おい、ぜんぜんダメじゃないか!」とクレーム
のようなことを言ってきた。本人が訴えてくるならわかるが、何ゆえこの“大先生さま”
が怒鳴り込んでくるのだろう。いったい、何様のつもりなんだろう。と憤りを感じたこと
があります。


[5686] 薔薇さんへ 投稿者:ボンジュル 投稿日:2001年06月19日 (火) 15時39分

返事が遅くなりました。

>   もちろん、おいおいスタッフ達にも個人的な要望や感想などを伝えていきたいとは
>   考えています。

実行されることを望みます。

> >薔薇さんには、ろう協会理事を務めているという身分事情がございますから、上述の
> >ようなことを述べますと、ここの多くの参加者に、トンデモナイ誤解を与えてしまう
> >のではないかと、危惧を感じております。
>
>   おっしゃっていることがよくわかりません。田舎の県のちっぽけなろう協の一理事
>   が何かを言ったところで、たかが知れているのではないでしょうか。このように感
>   じた人もいると言うことを知って頂きたかっただけのことに過ぎません。

「田舎の県のちっぽけなろう協の一理事」とは、おやおや、どんな肩書きであろうか、
ここでは関係なさそうですね。
薔薇さんの書いた文は、何と言えば説明し難いですが、誘惑や妖気が漂うものと等しく
多くの親の方々に納得させる力量があります。
そういう文を書いておられる者が、「駄目」この一言だけ書けば、簡単に「右習え!」
でおしまいです。そういう者が「慎重に考えて書く」行動も必要ではないでしょうか?

では


[5685] 運転免許 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年06月18日 (月) 22時36分

たろたろさん、はじめまして。

りなおさんが先に書いて下さったんですけど、私も少し書きますね。

障害者専用の、教習所は探せばあります。(うちの地域にもあるらしい。でも評判悪い・・・)

障害者専用、っていうと理解が深そうな雰囲気がありますけど、逆の場合も・・・。変な風に理解してしまっている節があります。ろう学校の生徒が沢山来るような教習所って言うのもあります。(ろう学校に近ければ必然的にそうなってしまう)もちろん、手話出来る教官はいるのですが、教え方が甘いという噂を聞き・・・・やめました(笑)

私は結局、普通の教習所に通いましたけど、そこのシステムは良かったです。何故かというと教官を指定できる。入所から卒業までずーっと、その教官が担当してくれるんです。くるくる変わることもなくて、落ちついて教習を受けることが出来ました。さらに、弟から「手話出来る教官がいるよ、指定できるからやってごらん」と聞いていたので、入所するときにもう「手話出来る人いるって聞いたんですが?」とお願いして手話が出来る人を教官にしてもらいました。
手話が上手い!!訳ではなかったんですが、分かりやすかったですよ。彼なりに考えて分かりやすい動作とか、してくれたから。運転の時は、ちゃんと止まってから説明してくれたし。伝えようっていう気持ちがすごく伝わってきました。

他の友達の話を聞くと、「教官が良く変わって落ちつかない、言ってることが個人個人違うから戸惑う」ケースが多いようです。ケンカした人も中にはいるそう・・・。ですから、聴覚障害の場合は教官はあまり変わらない方がいいと思います。固定制の、教習所を探した方がいいと思いますね。

手話通訳は、教習所には同行できないと思います。個人の趣味などに関しては同行できないことになっていますし、教習所のスケジュールは本当に個人の都合に合わせて進めますから。
学科は確かに不安はあるかも知れませんが、大抵は問題集を繰り返し繰り返し解いて、傾向を掴めば大丈夫です。学科は、いつも寝そうになっていました(笑)
通訳が必要なのは、免許試験の時だと思います。色々指示があって、何がなんだか分からないまま進んでしまうので、通訳はあった方がいいです。免許試験なら通訳は派遣してもらえますから。

今は、道路交通法改正で、補聴器を使用しなくても免許が取れるように交渉中らしいです。もし、これが通ればわざわざクラクション検査をしなくてもすむようになるんでしょうかね?友達は、クラクション検査の時はボリュームをいつもより高めにしたとか言っていましたが・・・。私は何故か補聴器無しで受かりました。聞こえたような気がして、あてずっぽうにやったら全部合っていたらしい。でも、免許には「補聴器装用」ついています。

また何か聞きたいことがあればどうぞ・・・。


[5684] はじめまして。 投稿者:あひる 投稿日:2001年06月18日 (月) 10時23分

初めまして、あひるといいます。
私は、肢体不自由の養護学校に勤めている教員ですが、
現在はT大学院に行き、勉強をしております。
主に聴覚障害について勉強しており手話サークルなどにも
いき始めています。
このページをみて、いろいろなことを感じました。
とりわけ私が関心を持ったことは、
「親への情報提供」ということです。
学校、医療機関、相談所、サークル・・・など様々な観点から
どのように親への情報が提供され、また、聴覚障害者を持つ親達は
どのような情報を提供して欲しいのかなど・・・。

これらのことについて、色々なご意見が頂けたらと思います。


[5683] 教習所 投稿者:りなお 投稿日:2001年06月18日 (月) 09時17分

 クラクションの音、確か
10メートル離れて90ホンの大きさのクラクションが聞こえれば
OKです。この検査は、教習所に入る前に、やって置いた方がいい、と
勧められます。
(卒業した後に「クラクションが聞こえないからだめ」と
 いわれたらお金が無駄になるため)

音声が聞き取りやすいように補聴器を調整している人は
物音が聞こえるように調整し直した方が
いいかも?と思いました(私自身の経験から)


> それと免許を取る時に教習所では教官とはどんなやりとりをしましたでしょうか?

私は、手話のできる教官がいるところを探してみたのですが
いろいろ事情があって(一番の理由は受付の対応が悪かった(^_^;)
ちょっと遠いけれど受付の対応が良かったところを選びました。

その教習所では、本当は教官は指名できないのですが、私には特別に
できる限り同じ教官を回してくださり、また、向こうでノートを用意して、
いつも筆談をしてくださいました。
そのノートも、30時間ほどで2冊目も半分くらい使ってしまうほど・・。

私の人生で、今までで一番情報保障が充実していたのは
教習所だったかもなぁ、と思います。

それから、ろう者でもバイクが好きな人も多いようです。
バイクの教習は少し大変なような気もするのですが、
みんな免許を持っていると言うことはなんらかの
対応があるんでしょうね、きっと。

http://homepage2.nifty.com/rinao-rina/


[5682] 質問です。 投稿者:たろたろ 投稿日:2001年06月17日 (日) 03時54分

今日ふと思ったことなんですが、運転免許を取るにあたってのことですが
確かクラクションの音が聞こえれば取れるんでしたでしょうか?
それと免許を取る時に教習所では教官とはどんなやりとりをしましたでしょうか?
筆談が主でしょうかそれとも、手話の出来る方の居る教習所に通うのか
もしくは手話通訳を同行したのか・・・
まだまだ本当に先のことですが、疑問に思って質問します。


[5681] 親が背中を押してあげて欲しい。 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年06月16日 (土) 09時33分

私の子供時代は迷いっぱなしでした。

聞こえる子供達とどう付き合って良いか分からなかった。
ろう学校から普通校へとその違いと、コミュニケーションが完全に保障されている訳ではないということを理解するのに時間がかかったと思う・・・。

小学1.2年までは難聴学級に何故通っているかさえも理解していなかったかも。
小学4年生の時に、いじめを経験しました。女の子の集団の難しさを感じたのもこのときから。私には何故、彼女たちがわざわざグループを作って、派閥争い??するのか理解できなかった。私はどっちつかずだったから、目を付けられていじめられました。お金取られたりねぇ・・・・。生キャベツ食べさせられたりねぇ。お腹壊しまして、親がおかしい!!って担任の先生に訴えて、先生になるべく、そのグループのボスのことは近づけさせないようにお願いして、さらにクラス替えの時も別にするようお願いしたらしいです。
知らないところで、親が色々と動いていました。

中学の時も、部活の先輩のいじめがひどく、やめようか・・・ともらしたら「許しませんよ、そんな理由でやめるなんて。もうちょっと頑張ったらどうなの(どうせ先輩は後少しで卒業するんだから)」「友達がやめるからといってあなたもやめるの??それはおかしいわ」と続けさせてくれました。
あのおかげで忍耐力ついたかも知れません。

高校の時も、前に書いたと思うんですが、あまりの環境の変化になじめずにろう学校に戻りたいともらしたら「その高校選んだのあなたでしょ。私、ろう学校でも良いよといったけどあなたはここを選んだじゃない」
さらに忍耐力が付いてしまいました(笑)

自分が選んだことに関しては最後まで責任を持てと、教わった気がします。

肝心なところで、見えない力で背中を押されていろんな分かれ道を選んだ気がします。
見えない力とは、親の愛情っていうか、そう、後ろで見守られている感じがしましたね。ホントに子供時代の私はふらふらしてました。どこにいっていいか分からなくて。

母は、私が以前「苦しい」と今までの本音をぶつけたとき、かなり戸惑ったようですが、理解してくれているようです。「間違い」とか「正しい」で片づけられる問題ではない。当時母が得られた最大限の情報で選択したのだということが今では分かりました。母の昔話を、もっと掘り下げて聞けるようになったのもあの件以来です。

だから、やはり私もバンバンさんと同じように、子供が自分の障害を自覚し、親の気持ちを理解できるような時期に来たとき、話してあげて欲しいと思います。それにはまず、親子の信頼っていうか、絆がないと難しいかも知れないけど、ここに来ている親御さん達ならできると思います。こんなに子供のことを真剣に考えているのですもの。今は伝わらなくても、いつかは伝わります。長い葛藤を経て得られる和解、信頼などはより深みがあり、強いものになっていくと私自身の経験からも言えます。

時には一緒に歩きながら、後ろから背中を押しながら、押されながら、進んで下さいね。

今日はフリースクールの会議みたいなものがあります。いってきます。


[5680] ようこそ、バンバンさん 投稿者:ととさん 投稿日:2001年06月15日 (金) 22時42分

とても、たのもしい書き込みありがとうございました。 親にとって、ためになり、
そして勇気付けられる思いです。 もし、自分の子どもから、こう言われたら・・・
とても口には出せないくらい嬉しいでしょうね。
青年期での失聴ですから、ちょっと違う方向からの意見が聞けるのではないかとも
思っていますので、これからも、よろしくお願いします。


[5679] 親子の絆 投稿者:パンパン 投稿日:2001年06月15日 (金) 12時59分

いくつかのコメントを頂き、感謝しております。
失聴時、私以上に、両親は苦しんでいたかもしれませんね。
でも、全然表面には表さず・・・それがかえって良かったのかもしれません。
親が不安で心配ばかりしていたら、親を見て育つ子としては、
余計に不安に陥ってしまうでしょうし・・・

聞こえない子を持つ親御さん、たとえコミュニケーションの壁が
あったとしても、子供に接する時間を多く作ってあげて下さい。
自然に会話ができなくても、心で通じるはずです。
親子間でしかできない事ってありますよね。きっと・・・

デフフリースクールの役目にも、期待しているところです。
私の地域でも、ボチボチ本格化しつつあります。
課題はまだ、たくさんありますけどね。


[5678] ととさんへ 投稿者:しぃー 投稿日:2001年06月15日 (金) 12時06分

早速お返事いただきましてありがとうございました。
教えていただきましたURL見ました。
たくさんの情報が手に入りうれしいです。
自分の研究に生かせられるよう頑張ります!
 8月の大阪での研究集会の件ですが、行きたい気持ちは山々ですが、
少し離れていますので行けません。

いろいろ教えていただきありがとうございました。
またなにか情報がありましたら、ぜひ教えて頂けたらうれしいです。


[5677] バンバンさんへ 投稿者:さくら 投稿日:2001年06月15日 (金) 08時36分

今日は バンバンさんの意見に涙しました。
苦しかったかもしれませんが、それがあったから、今のバンバンさんが居ます。
そんなあなたがいとおしいです。お母様も素晴らしいです。
私の母もそうでした。生まれたときから、聞こえない私に色々な体験、新たな挑戦を
見守ってくれました。又、常識も言葉も沢山教えてくれました。こう言うことは親でなければ続きません。教師はその場限りですから、、、聞こえない子供が独り立ちする事は不安がいっぱい有ります。出来る事はやらせてくれた母にとても感謝です。
その母は亡くなった今、とてもとても残念です。感謝の言葉を言いたかった。
高校生の子供を持った今、母の偉大さをすごく感じて居るんです。そんな母を見習って
子供に接したいと日々思っています。


[5676] この2週間ほどで・・・・ 投稿者:カオ 投稿日:2001年06月15日 (金) 05時38分

パンパンさん、あなたのご意見とても心に響きます.
私は、りりこさんの感想を読んでからずっと、子供の側からと親の側からの両サイドで考えていました。
そして、とても価値観を変えられたように思えます.親としてはホントに自立させたいと必死ですから、どの方法が良いとか悪いとか誰にも言う権利はないと思います.
本当に思考錯誤でしょう.ただ、途中、こどもが自分をしっかり見つめられるようになったら
親は子供の心に「添う」という事を心がけないと行けないのではないかと思います.
また、子供自身、世界が広がっていくのですから、出会った人に感化されながらそして、自分の世界を自分自身で切り開いていきたいでしょうから。
なかなか、親としては難しい事なのですが、子供を個人として見つめるそれ以前にひとつの大きな宇宙の中でつかさどられている大きな力があるとしたら、私達はその一生命体として生かされているのではないか.そうすると、障害がある、ないに関わらずどんな存在も生きている価値というものがあって、(たとえば、「花は生きたいから生きているのではない」生かされています.)
それ自身が持つ特性を自然体に生かした生き方ができるのではないかと思うようになりました.
 中途での障害が生じてからのあなたのお母さん、必死だったでしょうが本当に良きサポーターとしてあなたを見つめられたんだろうなあと一人の人間として見習いたいです.
なんか、今まで、とても自分が高いところに位置して我が子や周りに存在する人を見つめていたようで・・・恥ずかしいです.そして、はて?私はどんな特性を持っているのだろうと一生命体としてまたまた、なやんじゃうな.なるようにしかなんないか・・・・!


[5675] 今の思いを! 投稿者:パンパン 投稿日:2001年06月14日 (木) 23時22分


いつも静読してるばかりでしたが、今日は投稿してみました。
先日「全国ろうあ者大会」(新潟)へ参加しました。
「ろう教育」の分科会で、日頃の自分の思いと共通するお話しがあって良かったです。
いろんな立場からのパネルディスカッション、良いお話しが聞けて参考になりました。
ろうあ連盟として「ろう教育の改善」を提唱していますが、
これから、具体的にどんな方法で運動して行くのか?興味あるところです。

今、人工内耳の話しが出ていますね。私は基本的には反対です。
人工内耳をしてる方に会うと、どうしても目をそむけてしまいがちです。
しかし、この場では賛否の討論するよりも、もっと大切な事があると思うのです。
人工内耳にしろ、口話にしろ、聴覚活用にしろ、手話にしろ・・・
聞こえない子を持った親御さんが、自ら選択した方法に自信を持って欲しいと思います。
小さな子は自分で選択する能力がまだなく、親が権限を持つことになりますが、
子供が成長した時に、どういう根拠で、なぜその選択をしたのか?
親からきちんと話してあげて欲しいのです。
きちんとした情報を得た上で、自分の子の能力に合わせた選択をして欲しいです。
失敗、成功で決めつけるのではなく・・・
そうすればきっと、自分の人生に自信を持てる子になると思います。
ただ、人工内耳に関しては、失敗という言葉で解決できる問題ではないので、
慎重な判断を下して欲しいものです。

できるならば、大きくなった時に自らの道を選択できるように、
いろんな選択枠を与えてあげて欲しいです。将来歩む道は、子供自身が選択すべきで、
その選択を、親としても肯定的に認めてあげて欲しいです。
1本の道を歩むより、迷いながらでも歩むべく道を自ら選択して、
進んで行った方が、たとえ困難があったにせよ、得るものは多いと思うのです。

私自身の話しなってしまいますが、中途失聴(17才で失聴)ですが、
突然聞こえない世界に入り、死にたいとまで考えた時期もありました。
でも、母が一生懸命になり、いろんな情報を集め、いろんな方法を見つけ、
私にいろんな選択枠を与えてくれたおかげで、今の自分があります。
聞こえを戻すためにいろんな耳鼻科へ行ったり、口話の練習をしたり、
難聴者の集まりの場を紹介してくれたり、手話サークルを見つけてくれたり・・・
その中で、私が最終的に選択したのは「手話」でした。
その選択に、母は賛同してくれ、一緒に手話の勉強をしました。
歳なので覚えが悪く、私はドンドン追い越しましたが・・・(^^;)
少〜しだけですが、今も使ってくれてます。

失聴してから、随分日が経ちましたが、経験を踏まえた今、言えることは、
聴覚活用、口話を訓練しても不充分でした。今も変わらず、役に立たないです。
人工内耳はどうなのか?経験していないのでわかりませんが、
自分としては、上記と同じではないか?(さほど変わりない)と思っています。
失聴時に人工内耳を勧められたこともありましたが、受け入れられず拒否しました。
どんな方法を用いても、100%の聞こえの保障は、あり得ないと思っています。
「手話」から学んだことは多大です。「手話」という言語的な面だけでなく、
いろんな「ろう者」から、数知れない程いろんなもの頂きました。
「ろう運動」に目覚めたのも、ろう者のおかげです。
自分の選択に誇りを持っています。
巡り会えた素晴らしい「手話」に感謝すると共に、子供達へ還元して行きたいです。
自分で何ができるか?と、施行錯誤の繰り返しですが・・・

自分の考えばかり話して、すみませんでした。
日頃の思いをメールに打ったら、頭の中と違ってしまった感じです。
また機会があったら、投稿したいと思います。


[5674] しぃーさんへ 投稿者:ととさん 投稿日:2001年06月14日 (木) 22時55分

情報をもうひとつ、
聴覚障害英語教育研究集会が8月の大阪であります。
もし、興味をお持ちでしたらDMにて連絡下さい。詳細を送ります。
(インターネットにて得られた情報で、転載許可がありませんので
ここへ、書く事が出来ない為です。)


[5673] プールの授業 投稿者:りなお 投稿日:2001年06月14日 (木) 22時40分

 私、プールでは危険防止のために
白い帽子をかぶったみんなのなかでひとりだけ
オレンジ色の帽子をかぶらされたという、あんまりうれしくない思い出が・・・。

補聴器なんですが、
入る前に外して、終わった後は、
1時間くらいは外したままでした。(高校の時)
小学校ではすぐつけてたかな。・・・

綿棒は、教室でつかうと、友達がぶつかってきた時など
どうなるかな・・・とちょっと心配なのですが。
悪気はなくても、後ろからだれかが呼びかけようとして
肩を叩いたりして・・・っていうこと、結構多いですから。

水は、最後にシャワー浴びるときにわざと水を入れて
その後片足ケンケンすると、キレイに水がとれて、
結構早く補聴器つけられるようになるとおもいます。

http://homepage2.nifty.com/rinao-rina/


[5672] ようこそ、しぃーさん 投稿者:ととさん 投稿日:2001年06月14日 (木) 22時32分

う〜ん、英語教育ですかぁ。
私は、その方面の情報は持ってないのですが、こう言うものは、技短の資料の中に
幾つかあります。下記のURLへ行って、同意すれば、閲覧できます。
学校の勉強、頑張ってください。

http://www.tsukuba-tech.ac.jp/techno/index.html


[5671] 教えていただきたいのですが 投稿者:しぃー 投稿日:2001年06月14日 (木) 19時31分

 初めまして。私は「第二言語習得」について学んでいる学部生です。
手話についてはASLの単語を本当にごくわずか知っているだけで無知ですが、
現在、聾教育における英語教育はどのように行われているのかを調べています。
しかし、なかなかみつけることができません。
聾学校での英語の授業の様子、どのような教育方法で教えられているのか、参考文献等、
どのようなことでもいいですので
ご存知の方、是非教えて下さい。


[5670] ちひねこさんへ 投稿者:桃象 投稿日:2001年06月12日 (火) 22時23分

>多分、探せば身近なところにいるんじゃありません??

  ええ、スカウト活動展開中です。(笑)

  私のいる県にはろう学校は2校ありますが、聴覚障害を持つ先生は2人だけですか
  らね。1人は定年間近。もう1人はね…。聞こえない先生なら誰でも良いと言うわ
  けではないという事実がここにありますね。。


>フリースクールのスタッフから「ろう学校の先生を目指す」人はいないのですか?

  かなりいますよ。でもね、ちひねこさんのような方はあまりいないと思いますね。
  本当はみおさとさんもろう学校の先生になると良いと思うんですけどね。

  私ですか。学生時代は「瞬間湯沸かし器」と呼ばれていましたからね〜。  


[5669] 気を付けますねぇ。 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年06月12日 (火) 19時45分

桃象さん、アースさん、ご忠告ありがとうございます。警察にはつかまりたくない(笑)

桃象さん、私は教えるという作業に全く向いていない人間です。というか、先生になろう、なんて思ったことなかったです。期待していただいて申し訳ないんですけど、他の方に・・・(汗)多分、探せば身近なところにいるんじゃありません??
フリースクールのスタッフから「ろう学校の先生を目指す」人はいないのですか?

アースさん、「ろうコミュニティ」という言葉をあまり使わない方がいいですか??
私としては、「手話を第一言語とし、かつ聞こえない子供集団で育ってきた人」がろうコミュニティの核だと思っています。変な言葉を作るとすれば、その「ろうコミュニティ」のまわりに「聴覚障害者コミュニティ」があって、一般的には「ろうコミュニティ」は見えにくいものだと感じています。
ここの掲示板だと「聴覚障害者コミュニティ」っぽいですが、どきどき「ろうコミュニティ」も見えかくれします。そう見えます。だから混乱しちゃうのかも知れませんね。
他の方の意見はまた違うと思いますが。あくまで私個人の意見を述べました。
他の方の意見がでてくると良いですね。

講習会の時の生徒とメールのやりとりをしていますが、何故か「外国人的」と言われています。生徒としては、「これで良いんだよ」と言われたいけど言えない、雰囲気で読みとって欲しいという要求があり、そこら辺はどうも私には理解できない(笑)ので、メールのやりとりで「良いところを見つけたら言うようにする」とかいたら「・・・ここら辺が外国人的だなって思う」と言われました。なんでじゃ。


[5668] 教えてください 投稿者:アース 投稿日:2001年06月12日 (火) 11時32分

車の運転をする時に補聴器をするしないは個人の自由なんですが、桃象さんが言われているように法律面での規制がありますから、補聴器は常時携帯しておいたほうがいいでしょうね。でも、事故を起こした時に補聴器をしていなかったことが分かると、圧倒的に不利な立場に置かれてしまう、検問などで引っかかったら最悪の場合、法律違反ということになりますからね。こんなこと、もうとっくに知っておられるとは思いますが・・・。

さて、ここでいう「ろうコミュニティ」とはどういう定義で位置付けされているんでしょう?ここを覗いている時、ろうコミュニティの位置付けがよくわからないで混乱してしまう時があるので、誰か教えていただけたら幸いです。

http://homepage2.nifty.com/law-earth/


[5667] ちひねこさんへ 投稿者:桃象 投稿日:2001年06月12日 (火) 08時56分

>私の地域で、フリースクールを立ちあげる話があり、興味があるので協力??と言う
>形で参加していくことになると思います。

  ろう学校の先生になる気はありませんか? ちひねこさんならまだ時間の余裕はあ
  ると思います。是非ともちひねこさんのような方にこそ、ろう学校の先生になって
  頂きたいとも思っています。


>車運転も補聴器無し。

  まあ、大分前にここでもちょっと問題になりましたが、法律と言うものがあります
  からね。補聴器は車の中においておきましょうね(笑)。


[5666] マルチレス 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年06月12日 (火) 01時15分

桃象さんへ:「人工内耳はどうも・・・」という機会が今はないです(爆)
私の地域で、フリースクールを立ちあげる話があり、興味があるので協力??と言う形で参加していくことになると思います。その色々な行事で人工内耳を考えている人達に会うかも知れません。そしたら言うかも知れません。考え抜いての結果なら止めはしませんが、それでも聞こえないものとしての気持ちはそれとなく伝えてみたいと思っています。人工内耳はどうも・・・と言いながら自分が補聴器付けていたらヘンですから、補聴器無しの生活はじめています。5年前は補聴器がないと不安で外を歩けなかったのに、不思議なもんです。車運転も補聴器無し。何だ、補聴器なくても運転できるのね・・・・。

パンダさんへ:聞こえる親の気持ちは一筋縄では行かないのではなく、とっても複雑なのですよね。頭では分かっていても、つい自分の子供には自分と同じ世界にいて欲しい。音声語という世界に少しでもいて欲しい。音声語への囁きはとても甘く、誘惑的です。デフファミリーでも、音声語への憧れを抱いている人はいますよ。
聞こえるがゆえに起こる価値観、感覚、感情は私には全部は理解しきれないのですが、親の気持ちは切実なのでしょうね。

プールの件について: どなたが書いていらしたのか失念しましたが、私の経験から言うと、「補聴器はね、水に入れると壊れるんだよ」とうるさいくらい注意された記憶があります。あとは、お風呂にはいる前に自分でとって、ケースにしまって、お風呂から上がってしばらくしたらまた自分で付けるという習慣を身につけさせたらよいと思います。私は小学3年までボックス式だったので、まさか水着の上に付けるわけにも行かず(笑)
補聴器がないと、友達との会話は難しいと何となくですが、分かっていましたので、プールから帰ったらちゃんと自分で補聴器はつけていました。
でも、水の中ではなにいっているか分からない(本当に分からない・・・・)
だから、カオさんの言われるとおり何か合図みたいなのを決めておくと子供は安心すると思いますよ・・・。あとは、多分友達の行動を真似ると思う・・・。
私は、きょろきょろしながら友達の行動を真似ていました(笑)
懐かしい、思い出ですね。


[5665] Re[5629]: もし、聞こえるこどものように育てようと思った場合 投稿者:パンダ 投稿日:2001年06月11日 (月) 15時14分

ちひねこさん、こんにちは。
大変貴重なご意見をいただいて、ありがとうございました。
子どもの病気のため、しばらくここに来れませんでした。失礼しました。

> 人工内耳とろうコミュニテイは共存するかどうか、ですが、
> 人工内耳を付けてどのような育ち方をしてきたのかでまた分かれると思います。

「人工内耳とろうコミュニティは共存するか?」
私の漠然と考えていたことに、ぴったりな言葉を当てはめていただいて驚いています。
どのような育ち方をしてきたのか・・・どのような育て方をしていくのか。ということですよね。
私は、まさにそれに悩んできたのでしょう。

> 問題は、「聞こえる子供のように」育てられてしまった人工内耳装着者が大きくなったあと、ろうコミュニテイにはいるのは簡単じゃないんだろうなぁ、ということです。そういう人がでてくるかどうかはまだ何とも言えませんけど、私の経験からいえば、自分はろう者だと言い切りたくても言い切れない部分があるのは十分肌で感じましたから・・・。

聞こえるように育てられた場合、多くは大人になってから、自分と社会とのひずみに気づきながらも、無理をしてきたことに対してつらい気持ちを持つことになるのではないかな、と想像しています。
聞こえない子はどんな努力を重ねても、聞こえるようにはならない。
それは人口内耳をしても同じで、補聴器とは比べようもないくらいの質のいい聞こえを得られますが(dB的には重度難聴が中度難聴程度の聞こえになります。)、やはり聞こえないことには変わりないのです。
聞こえないなりの(決して消極的ではない)生き方を学んでいって欲しいと思います。

「聞こえる子のように」
それは遊びや、勉強等の環境を整える、親の気概でそれを思うのは良いとしても、子どもの状態を「聞こえる子のように」と求めるのは、子どもの聞こえないと言う立場をあまりにも無視しているのではないでしょうか。

でも、情報保証のしっかりしている息子のろう学校にあっても、私が「手話は大事」というと引いてしまうお母さん方もいました。
視覚言語を全面的には受け入れたくない(出来れば口話もマスターしてほしい)、その気持ちは私が何を言っても変えられませんでした。
ろうの方に対しては手話を使おうとするお母さんも、我が子に対しては・・・。
聞こえる親の気持ちは、一筋縄ではいかない、ということなのでしょうか。

> 人工内耳をいいと思う人もいれば、戸惑う人もいる。
> それはどうしてなのか、単なる埋め込み型補聴器だからと片づけて良いとは思えないのです。だから、慎重に考えていかなくてはいけないことだと思っています。

戸惑う人の気持ちに対して、私はなんて答えたら良いのか、判りませんが、人工内耳に関しては、安易な判断をしてはいけないと思います。
繰り返しますが、調べて、考えて、悩んで、結論をそれぞれ出して欲しいと思います。


[5664] パンダさんへ 投稿者:桃象 投稿日:2001年06月11日 (月) 15時02分

>桃象さん、手話の大事なことはわかります。でも、聞こえる親にとって、書記日本語も
>口話も大事なんです。

  それは聞こえない親にとっても同じです。むしろ、聞こえない我が子だけは書記日
  本語をきちんと身につけてほしいと願いは、聞こえない親の方が、自分自身の経験
  からしてもより切実なのではないでしょうか。


>それは決して「優劣」で考えているのではなく、年老いたおじいちゃん、おばあちゃん
>ともコミュニケーションさせてあげたい(もちろん言葉のみがコミュニケーションで
>はないのですが。)とか、近所の子どもたちとの遊びの手助けになれば、とか生活全
>般を聞こえる親なりに考えての想いなんです。(すべてに親がそうとは限りません
>が。)

  私は口話を否定はしません。パンダさんが考えておられることは尤もだとも思っ
  ております。しかしながら、他人から「手話『も』大切」と言われると、何と言う
  か、カチンときてしまうのですね。そのようなことを私なりに述べたつもりに過ぎ
  ません。


>聞こえる親も悩み、「手話も大事」といえるようになったんだとおもいます。

  それはそうでしょう。


>子どもの状態を知りたいと、耳栓をしてもそれでも音はもぐりこんでいます。きっと、
>聞こえなくならない限り「聾者を理解している」なんて言ってはいけないのでしょう。
>でも聞こえない我が子を理解したいと思っています。

  それはよくわかります。私は聴覚障害者ですが、だからといって、自分の子供(聴
  覚障害児)のことは全部わかると言う気などさらさらありません。むしろ、今は息
  子や娘が私に見せつける、いわゆる難聴の文化(難聴者・児の行動パターンなど)
  との軋轢に歯ぎしりしている毎日です。


>それから、桃象さんは人工内耳に関して否定する立場をとられていますが、人工内耳を
>装用する子どもの親としては、「人口内耳をしている」「人口内耳をしていない」と言う
>ことで、偏見なく人間としての中身を見てやっていただきたいと思います。子どもは
>子どもなんです。

  パンダさんの話はよくわかります。かつてこの掲示板でも議論がありましたが、ろ
  う学校出身であろうか、地域校出身であろうか、人間の中身を見て、同じ聞こえな
  い、あるいは聞こえにくい仲間としてつきあうという考えには誰も反対はしないと
  思います。しかし、実際はどうでしょうか。ろう学校出身のろう者と地域校出身
  の聴覚障害者との間には、何と言うか、目に見えない、しかし厚い壁があります。
  (もちろん、例外もあります)冷酷な現実があります。パンダさんのようによくよ
  く考えぬいた上で、人工内耳を我が子に装着させた場合は周りがとやかく言う必要
  などないとも思います。しかし、そのような親は少ないのです。私は人工内耳その
  ものに反対すると言うよりも、人工内耳が幼児に装着される背景、そしてそのよう
  な背景が存在する社会に異義を唱えているのです。

  先ほども書いたように、私もおととい人工内耳装着児といろいろ話をしました。
  パンダさんも言われたように、子供は子供です。私は分け隔てなく聞こえない、聞
  こえにくい子供に接したいと考えています。人工内耳装着児がしっかりしたアイデ
  ンティティを身につけられるような環境を私達がきちんと用意してあげなければな
  らないと思います。そして幼児時代から人工内耳を装着していた人がろうコミュニ
  ティに受け入れられるのかどうかは、私の息子、娘の世代に委ねたいと思います。


[5663] 聞こえる親としては・・・。 投稿者:パンダ 投稿日:2001年06月11日 (月) 14時10分

こんにちは。
息子が高熱の出る病気をやっていて、やっと熱が下がったところです。
まだ安静にしておいてもらいたいのに、外で遊びたがって困っています。
(今自転車に夢中なんです。)

桃象さん、手話の大事なことはわかります。
でも、聞こえる親にとって、書記日本語も口話も大事なんです。
それは決して「優劣」で考えているのではなく、年老いたおじいちゃん、おばあちゃんともコミュニケーションさせてあげたい(もちろん言葉のみがコミュニケーションではないのですが。)とか、近所の子どもたちとの遊びの手助けになれば、とか生活全般を聞こえる親なりに考えての想いなんです。(すべてに親がそうとは限りませんが。)
聞こえる親も悩み、「手話も大事」といえるようになったんだとおもいます。

子どもの状態を知りたいと、耳栓をしてもそれでも音はもぐりこんでいます。
きっと、聞こえなくならない限り「聾者を理解している」なんて言ってはいけないのでしょう。
でも聞こえない我が子を理解したいと思っています。

それから、桃象さんは人工内耳に関して否定する立場をとられていますが、人工内耳を装用する子どもの親としては、「人口内耳をしている」「人口内耳をしていない」と言うことで、偏見なく人間としての中身を見てやっていただきたいと思います。
子どもは子どもなんです。




[5662] ボンジュルさんへ 投稿者:桃象 投稿日:2001年06月11日 (月) 13時34分

>どこのフリースクールか、わかりませんが、意見などをここで出していただくより、
>まずは、スクールスタッフと話し合われた方が望ましいかと存じております。

  もちろん、おいおいスタッフ達にも個人的な要望や感想などを伝えていきたいとは
  考えています。ここに書いたのはあくまでもフリースクールに参加した子供の親と
  しての感想に過ぎないと言うことをご理解ください。


>薔薇さんには、ろう協会理事を務めているという身分事情がございますから、上述の
>ようなことを述べますと、ここの多くの参加者に、トンデモナイ誤解を与えてしまう
>のではないかと、危惧を感じております。

  おっしゃっていることがよくわかりません。田舎の県のちっぽけなろう協の一理事
  が何かを言ったところで、たかが知れているのではないでしょうか。このように感
  じた人もいると言うことを知って頂きたかっただけのことに過ぎません。


>又、フリースクールのことを存じていない親の方々が、薔薇さんの上述のことを読み
>ますと、フリースクールに子供を預けない方がいいと、そう思わせてしまうのではあ
>りませんか。

  そのように受け止められる方がいるのでしたら、お詫びします。


>所謂、各々のフリースクール活動の芽を摘み取ってしまうのではないのでしょう
>か?

  そうなんですか? 私はむしろ逆だと思います。フリースクールに参加している親
  の大半は聞こえる人です。そして必ずしも手話を十分に使いこなせるわけではあり
  ません。ですから、ある意味ではスタッフ達に遠慮している面があります。しかし、
  いかに聞こえていようと、フリースクールに参加している子供の親たちは実際に育
  児に携わっている面では、スタッフ達の先輩なのであり、聞こえる、聞こえないと
  はまた別の面で育児、教育に関する様々な面からスタッフ達にアドバイスを行うこ
  とは可能なはずです。


[5661] Re[5653]: フリースクール 投稿者:ボンジュル 投稿日:2001年06月11日 (月) 11時28分

> 昨日から今日にかけて、ある聴覚障害児対象のフリースクールが開かれ、私の子供2人
> も参加しました。このフリースクールに私の子供が参加するのも3回目になり、私もス
> タッフたちの様子を見学する機会が増えてきました。今日のスタッフたちの様子を見た
> 感想を一言で言うならば、「スタッフたちの若さ故の未熟さが目につくようになってき
> た」というところでしょうか。もちろん、若いと言うことは強力な武器にもなり得ます
> し、私達親もその点を買って、いわゆる投資という形に近い形で会費などを納めている
> わけです。フリースクールのスタッフたちと、ろう学校のベテランの先生達をうまくつ
> なげる方法はないのだろうかとの思いは深くなるばかりです。

どこのフリースクールか、わかりませんが、意見などをここで出していただくより、まずは、ス
クールスタッフと話し合われた方が望ましいかと存じております。
薔薇さんには、ろう協会理事を務めているという身分事情がございますから、上述のようなこと
を述べますと、ここの多くの参加者に、トンデモナイ誤解を与えてしまうのではないかと、危惧
を感じております。
又、フリースクールのことを存じていない親の方々が、薔薇さんの上述のことを読みますと、フ
リースクールに子供を預けない方がいいと、そう思わせてしまうのではありませんか。
所謂、各々のフリースクール活動の芽を摘み取ってしまうのではないのでしょうか?


[5660] 雑感 投稿者:桃象 投稿日:2001年06月11日 (月) 11時09分

ちひねこさんへ:だったら、あなたがどんどん「人工内耳はどうも…」と言いなさいよ。
フリースクールでは人工内耳の子供も何人かいました。その子たちと話もしました。ま
あ、子供には何の罪もありません。人工内耳をつけた子たちがしっかりとしたアイデン
ティティを持つことができるようになることを祈るばかりです。

フリースクールである親(聴者)と話す機会がありました。その親は「手話も大切」と
言われていました。でも、その時にハッとしたんですよ。まあ、言葉の綾と言われれば、
そうなんでしょうけどね、「も」じゃないんですよ。手話「は」大切なんですよ。手話
も大切と言う言い方は、結局は手話も口話や書記言語と同じレベルのコミュニケーショ
ン手段としてしか見ていないと言うことの裏返しでもあるんじゃないかな〜とも思った
んですね。そうじゃないんですよ。手話は口話や書記言語に優先するものなんですよ。
この辺りの感覚がなかなか理解されないのかなとも思いました。


[5659] Re[5653]: フリースクール 投稿者:ボンジュル 投稿日:2001年06月11日 (月) 11時04分

> 昨日から今日にかけて、ある聴覚障害児対象のフリースクールが開かれ、私の子供2人
> も参加しました。このフリースクールに私の子供が参加するのも3回目になり、私もス
> タッフたちの様子を見学する機会が増えてきました。今日のスタッフたちの様子を見た
> 感想を一言で言うならば、「スタッフたちの若さ故の未熟さが目につくようになってき
> た」というところでしょうか。もちろん、若いと言うことは強力な武器にもなり得ます
> し、私達親もその点を買って、いわゆる投資という形に近い形で会費などを納めている
> わけです。フリースクールのスタッフたちと、ろう学校のベテランの先生達をうまくつ
> なげる方法はないのだろうかとの思いは深くなるばかりです。

どこのフリースクールか、わかりませんが、意見などをここで出していただくより、まずは、ス
クールスタッフと話し合われた方が望ましいかと存じております。
薔薇さんには、ろう協会理事を務めているという身分事情がございますから、上述のようなこと
を述べますと、ここの多くの参加者に、トンデモナイ誤解を与えてしまうのではないかと、危惧
を感じております。
又、フリースクールのことを存じていない親の方々が、薔薇さんの上述のことを読みますと、フ
リースクールに子供を預けない方がいいと、そう思わせてしまうのではありませんか。
所謂、各々のフリースクール活動の芽を摘み取ってしまうのではないのでしょうか?


[5658] 6/9-10全日本ろうあ連盟全国大会 投稿者:ボンジュル 投稿日:2001年06月11日 (月) 10時13分

先週末の6/9〜10に、新潟市にて、全日本ろうあ連盟主催第49回全国大会が開催され、
感想や報告が、だれから出されているかなと思って、6/11今朝に覗いて見たけど、一つも来
てない!?
というと、ここの参加者のほとんどが行かなかったのかな?
6/9午後「教育」分科会で、「デフファミリー」について話し合われました。詳細は、全日連
刊行の「日本聴力障害者新聞」、或いは、NHK教育放映の「聴力障害者の時間」で見ていただ
いて、ここでは、ポイントだけ。

全日連教育対策部が、ろう学校重要論、ろう教育においての「手話」の重要性、ろう学校環境
の改善が至急課題であることを、明示しました。
デフファミリのろう者、デフファミリのコーダ、ろう児を持つろう親、ろう児を持つ聴親を迎
えて、パネルディスカッションが行われました。収束方向であった幾つかの課題の一つは、ろ
う教育やろう運動の先導者に、デフファミリ出身者の存在が必要であることでした。

めるしーぽーくー


[5657] でしゃばりでごめんなさいね 投稿者:カオ 投稿日:2001年06月11日 (月) 09時29分

WOODYさん、今はそっとして欲しい時かもしれないけれど、子育ての少し先を行くでしゃばりの「ひとりごと」として、読み流してください。私も第一子の誕生一週間目に聴覚障害の
恐れがあると告げられ、真っ暗になった覚えがあります。体重も小さく保育器に入ったのでお乳も直接あげられず、母親が先の退院でした。医師の言葉がなかなか認められず、よい医者がいると聞けば、夜を徹して走った記憶があります。特に、自分を責めました。妊娠中の薬(?)それとも、DNA(?)・・・・・・。けれど、ととさんの言うようにまず具体的に
動き始める事でしょうか・・心が落ち着く事はないのですもの。それと突っ張らない事です。
こどもと関わっていくうちにややもするとへこたれてしまう弱い弱い自分が見えてきます。けれど、その弱い自分をさらけ出す事で楽になる事もあるのです。子育て=個育て=己育てなのかもしれません。自分をコントロールするのが一番難しいなと思うこの頃です。なにも知らない私がまた、でしゃばってしまいました。


[5656] 複雑・・・・ 投稿者:ちひねこ 投稿日:2001年06月11日 (月) 00時36分

いま、8チャンネルのスポーツ番組見ていたら、たまたま外国人騎手の子供さんが難聴だと言うことでわざわざ??日本に来て人工内耳の手術をして、それで音声語で言葉を教えている場面を目にしました。

複雑だったのは、お母さんの「今まで音の反応がないのに失望したが、人工内耳で音を聞いたとたんに私に抱きついてきた、感動した」というくだりでした。
聞こえるが故に起こる自然な感情なのだと思うのですが、聞こえないことを否定されているような気分に陥ったのは私だけなのかなぁ・・・・。

あの家族が、あのまま日本に居続けるのか、気になります・・・。外国の方がケアがちゃんとしていると思うんだけど・・・。


[5655] くぶしみさんへ 投稿者:ととさん 投稿日:2001年06月10日 (日) 22時46分

やはり、"出会い"ですねぇ。
このホームページで情報を仕入れたとしても、最終的に人の心を動かすのは
人と人との出会いであり、くぶしみさんたちもフリースクールで、お子さん
の将来をたのしみに出来るようなろう者に出会ったから、時間を無理しても
手話教室に通うようになったのだと思います。 これからも、もっと沢山の
すばらしい人たちと出会えるといいですね。


[5654] 授業参観は、体育だぁ! 投稿者:ととさん 投稿日:2001年06月10日 (日) 22時38分

先週の金曜日に授業参観があったのですが、その科目がなんと体育! 前日にそのことが
わかり、仕事が忙しいこともあり、かかさんのみの参観になりました。 どう見ても、
普通の授業をさけたなぁ〜、って思いですが・・・

ですから、内容を報告するほどのものは無いのですが、問題視していた、あの先生は体育
は得意らしく、張り切っていたようです。 それにみんな補聴器を外しての授業ですから
手の動きも多く、まあ、そこは良かったようですが・・・ 数年前までは、体育でも口話
の延長で「ボ・ー・ル・を・と・っ・て」なんてやってましたから、それに比べれば格段
の進歩という所でしょうか・・・ さみしい報告でした。

こんどは、時間が出来た時に、抜き打ちで学校へ行ってみよぉ!


[5653] フリースクール 投稿者:桃象 投稿日:2001年06月10日 (日) 21時50分

昨日から今日にかけて、ある聴覚障害児対象のフリースクールが開かれ、私の子供2人
も参加しました。このフリースクールに私の子供が参加するのも3回目になり、私もス
タッフたちの様子を見学する機会が増えてきました。今日のスタッフたちの様子を見た
感想を一言で言うならば、「スタッフたちの若さ故の未熟さが目につくようになってき
た」というところでしょうか。もちろん、若いと言うことは強力な武器にもなり得ます
し、私達親もその点を買って、いわゆる投資という形に近い形で会費などを納めている
わけです。フリースクールのスタッフたちと、ろう学校のベテランの先生達をうまくつ
なげる方法はないのだろうかとの思いは深くなるばかりです。


[5652] 気をつけます! 投稿者:カオ 投稿日:2001年06月10日 (日) 05時51分

ととさん、Kの変換ありがとう。「人権を守る」と言う視点で大失敗ですね。助かりました。ただ、Kの場合はあらゆるマスコミに前向きに出ています。当然、職業だけでも知る人は知るでしょうし私もここに載せなければよかったかなと思うのですが、逆に試験は通っても国が
認めないと言う事実に対しては許せないところもあります。まあ、正直に生きる苦労知らずの私のよくやる失敗です。親戚ほど厄介なものはないとKやご両親は思っていることでしょう。
ところで、プールでお悩みの方、大変ですね!私も教えた事があったので参考までに!
まず、教師と言うもの気を配っているようで抜けています。聾学校はわかりませんが、普通学校は30から40人ですので1年生なんてパンツがない!ところから始まるパニック!もう2時間かかります。そんな中で補聴器の取り外しです。本人にもしっかり家で練習しておく必要がありますね。それと子供が多いときは、必ず先生にできるだけ中に入ってもらう方と上からの監視的存在の方とあと、我が子を見ていただける方をお願いしておくといいかな。加えて、合図を視覚的な絵や「一回手を上げるとプールサイドに上がる」など決まりを作っておいてもらうとお子さんも動きやすいですよ。でもね、一番のお助けマンは子供の友達ですわぁ!楽しいプールになるといいですね!


[5651] 手話教室に通い出しました 投稿者:くぶしみ 投稿日:2001年06月10日 (日) 02時06分

久しぶりの書き込みで、ちょっと近況報告を。
先月から手話教室に家族4人でお邪魔するようになりました(子供たちが騒いで教室にはすごく迷惑をかけているのですが・・・)。
思えば、去年の秋、このホームページに来るようになるまでは、週に1回通うろう学校で手話の指導がないのは、息子の聞こえにくさの程度が軽いからだ(補聴器をつけているとうぐいすの鳴き声も聞こえるようです)と思っていました。そうではないことがわかってきて、わずかに昔覚えた手話をちょっと使ってみると、不明瞭な音声より手話の方がすっと入ることを実感しました。
1月に手話教室に通おうと思いましたが、仕事が忙しい時期だったのと、夫の「夜、そんな無理して行く必要が本当にあるのだろうか」という消極的な意見に、ついめげてしまいました。そんな夫も今一緒に通っています。夫の気持ちが変わったのは、4月に京都であったフリースクール「しゅわっち」に参加したことが大きかったと思います。今は「先生は俺にばっかり注意する」とブツブツ言いながら参加しています(注意を多く受けるのは自業自得なのですが)。
息子は遊んでいるだけなのですが、でもいつのまにか手話は覚えていて、思いがけないところで使っていたりしています。
ととさんはじめここに書き込んでくださる多くの方に改めて感謝しています。