遅れましたが、ご回答ありがとうございます。
優性遺伝もあるのですかぁ。
劣性遺伝だけだと、今まで謂れのない誹謗を受けた親や親戚が,完全に救われると思ったの
ですが・・・ でも確率的に少ないのであれば、かなりの数救われるのかな?
どっちにしろ、そんなことでもめる世の中から早く抜け出したいですね。
<ちひねこさんへ
<「感情論」というと穏やかではありませんから、「心情論」でいいでしょう。
<どうもお疲れ様でした。
そうですね、少し過激でした。気を悪くされた方がいらっしゃったらごめんなさい。
そしてご指摘下さってありがとうございました。
とりあえず、納得されたようで良かったです。
薔薇さんの率直な親の「心情論」で十分納得しました。
考えの違いはあっても、異議を申し上げることはありません。
ありがとうございました。
ちひねこさんへ
「感情論」というと穏やかではありませんから、「心情論」でいいでしょう。
どうもお疲れ様でした。
いのししの娘さん、アドバイスをありがとうございます。
子供の為と思ってやってきたことが、子供にとって苦痛であることもある。
ということを重く受け止めます。
完全に娘のことを理解することは出来ないかも知れませんが、娘の視点に立ってこれからの
こと(教育も含めて)を検討していきたいと考えています。
くどいようですが、最終的に娘が楽しく、幸せに暮らせることが何より大切ですから。
からすさん、遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。
話しを蒸し返すようで恐縮ですが、、、
私が今、難聴の原因に疑問をもっていると同様に、娘が自分の障害に気が付いたときに
なんで?って思うことは必然です。。。
その時に納得できる答えがあるといいのですが、やはり難しいのかも知れません。
私にできることは、からすさんを含めて皆様がおっしゃるように、娘を(障害を含めて)
理解し、ありのままを受け入れて愛情をもって育てていくことだと思います。
いろんな葛藤は、まだありますが娘の笑顔に励まされています。
私が願うことは、娘の幸せだけです。 娘が楽しく暮らせることです。
そのための教育方法を模索しています。
てのひらさん、分かりやすく御説明下さいましてありがとうございます。
検査をするかどうかは別としても、情報として知ることができ大変良かったです。
御多忙のところ、どうもありがとうございました。
<ろう者社会において「ろうの子供を望む」ことはめったにないことなので、合理的な
<説明を求めたのですが、
う〜ん 合理的な説明は、難しいのでは??
だって、こういう子供が欲しい、とかいうのは感情論でしょう?
私の前の投稿にあるように、「自分と同じ世界に子供を置いておきたい」という感情も手伝っているかと思います。
それは見方が狭い!!と言われるかもしれませんが、今の若い親たちは子供を自分の分身のように
捉えている人達も中にはいます。
ろう文化はいくらでも下の世代に伝えられる、と言われましたが、みんながみんな同じ文化を持っているわけではありません。
家庭レベルの文化もあるでしょう。親の気持ちは複雑です。自分の子供がろうで、会話に不自由しない、良かったと思う反面
「やっぱり聞こえる子供が欲しかったかな」という思いがふっとよぎるときもあるときいています。
聞こえる子供がいて良かったと思う反面、ろうである自分となかなか分かり合えないときがあると「こんなときろうの子供だ
ったら」という思いがよぎってしまったという事も聞きました。
いつもいつもそう思っているわけではなく、ふとしたときに感じてしまうようです。そういう人もいます。
この心理はなかなか合理的には説明できないです。
ただ、少しですがその気持ちは分かる気がします。
「うちの家族が全部私に分かる言葉で話してくれたらな」とか思うこともあるし。
「同じ聞こえない家族がいたらちょっとは楽かな?」と思うこともあるし。
その反面「聞こえる家族がいて安心だな」という私もいます。
要するにわがままな自分が現れるわけですね。
もしかしたら、産まれてくる子供にもその様な感情を抱くかもしれないです。
それは産んで、育ててみないと分かりませんが。
情報オンチと言う言葉を使っていましたが、それは誰にでも当てはまると思いませんか?
健康な人は、障害者についての正しい情報をほとんど知りませんよ?
目の見えない人がどうやって生活しているか。
車椅子の人がどうやって生活しているのか。
例を挙げれば切りがありません。
私達はどこかしら、情報オンチになっているところがあると思うのです。
自分だけではどうやっても得られない情報というのもあります。
周りの人から教えてもらう情報も多いでしょう。
その気になればまわりに聴者はあふれています。
自分の世界に閉じこもってしまう人、そうではなく積極的に外に出ていく人、様々でしょう。
沢山あふれている情報を上手に選択し、やがては自分の知識としていけたらいいなと思っています。
Mさんへ:申し訳ありませんが,こちらの不手際により,そちらに連絡を差し上げること
ができなくなりましたので,ご面倒でも再度,DMを下さるようお願い致します。
>薔薇さんは難聴のお子さんをお持ちですが、次の子供も難聴・ろうの子供を望みますか、
>望むとしたらそれはなぜですか。きっと聞こえる子供を望むと思うのですが、薔薇さん
>の回答は如何に。
3人めの子を作る気は毛頭ないのですが(笑),3人めの子が聴児だったら困るな〜と言
うのが,率直な気持ちですね。だってそうじゃないですか。家族5人の中で1人だけ聞こ
える人がいたら,うざったくでしょうがないですよ(笑)まあ,恐らく孫悟空さんには到
底理解できない感情なのだろうと思います。ととさんが言われるようにこういう考えもあ
ると言うことで良いのではないでしょうか。ただ,こういう孫悟空さんから見れば理解で
きないと言うような考えこそがろう教育,そして障害者の世界を変えていく原動力になる
とも考えています。手話が言葉であると言う考えも初めは異端視されていたわけですから
ね〜。
尚,私は盲人家族の例も知的障害家族の例も知っています。デフファミリーの人と言えど
も,こういう家族たちが何を思い,どのように行動しているのかはよくはわからないわけ
ですよ。ちひねこさんの言われる通りだと思いますね。
地元のろう者の世界の中では,私は自他ともに認める娘の家来です。もちろん,息子も可
愛いですけどね。でも,娘も年頃になると,父に冷たくなるんでしょうね。悲しいよ〜。
私の疑問に答えられる人がだれもいないので、この種の議論はおしまいにしようと
思ったのですが、薔薇さんのことを思い出しました。
薔薇さんは難聴のお子さんをお持ちですが、次の子供も難聴・ろうの子供を
望みますか、望むとしたらそれはなぜですか。
きっと聞こえる子供を望むと思うのですが、薔薇さんの回答は如何に。
>その才能とは、なんなのでしょうか。
こるねりおさんは、たしか大学を出ているはずと思いますが、「才能」という
日常的な言葉を理解しないとは驚きです。
いちど国語辞典をめくってみてはいかがでしょう。
「才能とは具体的にどういうことなのか解らないので、教えていただけないでしょうか」
という低姿勢で穏やかな文章になっていれば、説明してあげられますね。
ネット・掲示板に議論はつきものですが、乱暴で刺激的な発言は控えてほしいですね。
ととさんにご心配をおかけして申し訳ありません。
ろう者社会において「ろうの子供を望む」ことはめったにないことなので、合理的な
説明を求めたのですが、いのししの娘さんが「ろう文化を伝える」なんとかで明快な
答えになっていないのを残念に思っています。
>“情報オンチが恐い”の一部に不適切な個人批判の部分がありましたので、ログに
>おいては、その部分を削除させて頂きます。
これは、こるねりおさんのことだと思いますが、
>そんごくうさん、そのはつげんは、はいりょをかいたけいそつなはつげんですよ。
>てっかいされたほうがいいですよ。」
という刺激的な言葉を出されたので、これに答えたものです。
もし、削除されるのでしたら、この刺激的な部分の削除を求めます。
同じ管理人の立場としては、相手に反論の機会を与える意味で「個人批判」のうちに
入らないと思うのですが、いかがなものでしょう。
大きな災害といえば、あの阪神大震災で「聞こえる子供がいてよかった」という話が
多かったのですから「ろうの子供を望む」真意がよく理解できません。
ととさんの
> 主人は、仕事が忙しく、ほとんど手話が出来ません。
>(やる気が無いのかもしれませんが)
> 子供に教えてもらっているという感じです。
恥ずかしながら、それに近い状態です。
しょうちゃんの手話が読み取れなくて、かかさんに助け船を出せど、冷たい視線がそこ
にあるだけ、の状態です。(^_^;
うちの父も同じですよ〜
うちは口話で通してますが、一番私と通じてるのは母です。
私の言っていることの半分も父には伝わりませんし、逆もしかり、です。
「おい。ちひねこなんて言ってんだ」(父)
「ねぇ、お母さん、お父さんなんて言ったの?」(私)
間に挟まれる母は大変です(笑)
友達との会話でそれが話題になって、「うちもそうだよ〜お父さんとはあんまり通じないから、お母さんが間に入ってるんだよね」
「私と話しをするとき、必ずお父さんはお母さんを呼ぶんだよ」
どこの家庭でも、同じだと思いましたね(笑)
でも、ととさん、息子さんでまだ良かったですよ。
これが娘だったら・・・・もっと大変でしょう。
年頃になると、父親に対して距離を置くようになってしまいますから、ますます会話の機会が減っていきます。
共通の話題もなかなか見つからず、悲しいオヤジギャグを飛ばす羽目に・・・うちの父がまさにそれです(悲)
お父さん達、大変ですけど頑張って下さいね!!
文中から、手話で子育て、教育と頑張っておられる様子がうかがえました。こんな家族が
もっと増えたらなぁ〜って思います。 これからも、よろしくお願いします。
> 私と主人の会話に、時々息子が、「何?」と入ってくることがあります。
> 家族の会話は、手話でするべきなのだと痛感しています。
> ととさんのご家庭では、普段の会話はどうなさっているのでしょうか
中々、その領域まで、手話は入れないですねぇ。 理想形として、子供の目に触れる範囲
では、手話がある事なのでしょうが・・・ やはり、心の何処かで「自分のことばで
気兼ねなく話したい」と言うものが残っています。 逆の事を子供に押し付けているのは
わかってはいるんですが・・・
> 聴の家庭であれば、聞きたくないことでも、自然に入ってくることなのに、
>「知りたい!」 「自分も家族!」と主張している息子に親としてはがゆい
> 気持ちでいっぱいです。
聞こえない子と聞こえる親の関係は、常に“はがゆい”気持ちが付きまとうのでは
ないでしょうか? 理想としては、はがゆく感じないくらいの手話を使えるようになる
事でしょうが・・・ まずは“はがゆい”気持ちを持つ事、その原因が、子供が聞こえ
ないからではなく、親の手話力によるものだと認識出来る事。 だと思います。
それ以降は、それぞれの家庭に合わせたやり方で進んで行けば良いと思います。
> 主人は、仕事が忙しく、ほとんど手話が出来ません。
>(やる気が無いのかもしれませんが)
> 子供に教えてもらっているという感じです。
恥ずかしながら、それに近い状態です。
しょうちゃんの手話が読み取れなくて、かかさんに助け船を出せど、冷たい視線がそこ
にあるだけ、の状態です。(^_^;
日頃の孫悟空さんらしからぬ発言に驚いています。
> 自分の意見を主張する場合はきちんと合理的な理由を説明する必要があると
> 思います。
とありますが、ここでは、いのししの娘さんを始め、誰も“ろう夫婦の子供は
ろうであるべき”との意見を主張している訳ではありません。 くどいようですが
“・・・と考えている人もいる”と言っているし、そう考える理由を説明している
にすぎません。 ですから、孫悟空さんがいくら“ろう夫婦でろうの子供を望む
ような人はいない”と言っても、“そう考える人もいます”との返事しか返って
来ないのではないでしょうか?
最初から話が噛み合っていなかったように思いますので他の方が言われるように、
この議論は終わりにしませんか?
“情報オンチが恐い”の一部に不適切な個人批判の部分がありましたので、ログに
おいては、その部分を削除させて頂きます。
結局眠れなくってお酒を少々。
いつもやろうと思って出来なかったことをしてました。
子供のために子供が見そうなところにシールを貼って名前を書き込んでました。
テーブル、イス、れいぞうこ、オーブン、レンジ、でんわ、タンス、そうじき、スイッチ等々。
イス等はひらがなでいいとしても、他のもののカタカナの多いこと。
ほんっとに和製英語ていうんでしたっけ、カタカナの多いこと!驚いてました。
ひらがなを無意識に見てもらうつもりでやったのにな。
まだまだはることろいっぱいだけど、今日はここら辺に。
孫悟空さんホームページ行ってきました。すごくカラフルで素敵!でした。
>「いろいろな考えの人がいます」といえば、角が立たなくてすみますけれども
>「では、あなたの考えていることはどちらですか」と聞かれても、はっきり
>しない人をみると、その人の未熟さを感じます。
まるで自分のことを言われてるようで、ドキッ!!!(-_-;)
私ってどちらかというと自分の意志にかける流されやすいタイプなので。
この世の中は広くて、さまざまな考え・個性のある人間があって当然ですが、
自分の意見を主張する場合はきちんと合理的な理由を説明する必要があると
思います。
どういうことにしても、他人の情報や知識だけで、自分の経験にもとづかない
ものは具体性がなくて、相手を説得させる力を持たないものです。
「いろいろな考えの人がいます」といえば、角が立たなくてすみますけれども
「では、あなたの考えていることはどちらですか」と聞かれても、はっきり
しない人をみると、その人の未熟さを感じます。
デフファミリー(親子ともろう者)はたしかに他人がうらやむほど仲がいい
ですが、聞こえる子供から教えられる情報のメリットは計り知れないものが
あります。
私がもし聞こえない子供をもったら、親子とも情報オンチになることを
もっとも恐れます。特に大きな災害になったらどうするのでしょうね。
いろんな意見ありましたね。読ませていただきました。
おそらく今晩も皆さんのうちの誰かがまた書き込んでくださるのでしょう。
読むのを楽しみにしてます。(一連の議論のことじゃなくて)
読んでいてちょっと悲しくもあり、考えさせられました。
けれど、自分の意見を素直にぶつけることは非常によいことですね。それだけでも自分の視野が広がります。
そのための掲示板ですものね。
明日からお仕事ですね。最近なんだか起きれなくって明日が怖い私です。(>_<)
起きられるかしら?
子供も同じく「起きられない現象」になっているので早々に寝かしつけたのですが、肝心の自分が眠れなくって。
話はかわり、友達が妊娠したそうです。
夏には可愛い子(どっちかな?)が見られそうです。(*^_^*)
自分のことのように楽しみ!
私も娘をもうすこしきちっと育てられてから、というか補聴器にも慣れてくれて手話を片言でも使ってくれるようになってくれてから次の子のこと考えたいです。
(授かりものなので、計画はできないですが。それこそ来月にでも妊娠してたりして。ハハッ)
あたらしい命がそこかしこで生まれてるんですねぇ。(^-^)
素敵なことです。
では、おやすみなさい。
眠れなかったら夜中にでも覗かせていただきます。
いろいろな議論がされているようですが、聞こえる親にしてみれば、子供の障害がわかったときは、ショックというか驚き悲しむでしょう。でも大事なのはこの先です。
どう理解し、受け入れ、こどもをどのような成人になって欲しいか。
何をきちんと身につけていくかでしょう。
それと、女性が魅力を・・・という発言差別とか女性蔑視とかでなく、最近失われつつある女性らしさ男性らしさ、ということではないでしょうか。
やはり女性ならでは、男性ならではという大切な部分変わることの出来ない役割を果たすことは
やはり大切です。
女性として尊敬できる人はやはり、女性として可能であれば子供を産んで育ててから衣って欲しいというような意味ではないでしょうか。確かに産むことの出来ない人もいますがうめないわけでもないのに産まない女性。最近ちょっと話題のメスのオス化に通じる話みたいなものでしょう。
いろいろあるようですが思いを出す、話す場所として大切な場所です。
いろいろと一人で悩んでしまう人のためにはいろいろな意見をいただくことで考えたり反省したり励まされたりとその人の参考になることばかりでしょう。人を否定してはなりませんが意見を言ってみることはいいことだと思います。
なんだかまとまりせんが参加させていただきました。
私も、母親です、女性として、社会に貢献したいと考えている一人です。
議論のきっかけを作った張本人の1人です。
一連の議論を見ると、人それぞれの考え方があるということでは
共通しているようですね。
ただ、相手の意見がおかしいとか、間違っていると言ったりするのは
あまり関心できません。お互いの意見を聞きながら、それを参考に、
自分が思慮を深めればいいはずです。受け入れられない意見は無理に
受け入れなくともいいでしょう。
自分の意見を受け入れろと強制するところに、感情的ないざこざが
起こるように思います。もっとお互いの意見の相違点も尊重しましょう。
失礼します
>女性はやはり男性にできないこと、結婚して子供を産んでからでないと、女性らしい才能が
>発揮できないように思います。社会的に貢献・成功した女性を見るとよくわかりますよね。
いろいろな考え方があってよいでしょうが、上記の意識があなたにはあるんですね。
その考え方は、
「男性はやはり女性にできないこと、結婚して子供を産ませてからでないと、男性らしい才能が
発揮できないように思います。社会的に貢献・成功した男性を見るとよくわかりますよね。」
と言い換えてよろしいですか。
結婚し、子どもを持たないと、才能を発揮できない。
その才能とは、なんなのでしょうか。
孫悟空さんのHPで議論されているところ、考え方は温厚な、聴者に受け入れやすい考え方、
ろう者にもいろいろな考え方があるんだな、など私なりの考え方を見なおす機会を与えて
くれました。
しかしそういう考え方の根底には、冒頭の人間観があるんですね。
ろう者だって、人間だものな。いろいろな考え方があっていいんだよ。
私は、なんとなく親近感をもっていたので、その考え方を派っきり聞かされて、その考え方には
ノーといわざるをえないな、考え方がちがうなと思った。
社会貢献にたいしても、一人の人間として、女がどーとか男がどーとかは関係なく、障害の有無に
関係なく、本人の意志を尊重して、手が組める人といっしょにやっていきたい。
くりかえしますが、
>結婚して子供を産んでからでないと、女性らしい才能が
>発揮できないように思います。
のような考え方は、賛成できません。
いろいろな人間がいます。私が言えるような台詞ではないのですが、
そんごくうさん、そのはつげんは、はいりょをかいたはつげんですよ。
てっかいされたほうがいいですよ。
失礼しました。
大雪なので家で大人しくしています。
ちひねこさんのいわれるようにこの議論にピリオドを打ちましょう。
生まれてきた子どもには無償の愛を注ぐ対象であるということには変わりないのですから。その前提にたって、ろうの子を望むろう者もいるということ。それは決して奇人変人の類いでもないということを知っていただきたい、ということなんだけれどもネ。
この掲示板の方針にもそぐわないようですし(^.^;
あの、この種の議論はいのししの娘さんがいっていたようにもう締めくくったらいかがでしょうか?
ろうの親にろうの子供だと大変だ、可哀想だという見方はやっぱりあると思います。
聞こえる人には想像できないから、仕方ないことでしょう。
たとえば、私だったら目のみえない親子がもしいたら大変だろうなとどうしても思うし。
人間、自分に想像できないことに関しては大変だと思ってしまう生き物です。
どんな組み合わせの親子であっても、子育ての大変さ、社会環境の厳しさは変わらないでしょう。
まわりがどんなに大変だ、厳しい、といっていても本人が大変だと思っていなければ大変ではないということもありますから。
他の人より劣っているから大変だ、だから努力しなくてはいけないという見方を障害を持っているとされますね。
確かに五体満足な人に比べればどこかしら欠けていますが、そんなことを比べてもなんにもなりません。
直らないものは比べてみたってもなんにもならない。直らないからこそ、障害なのでしょう
また、五体満足な人が大勢いる社会に無理矢理合わせる必要もないと思うのです。
そして、無理矢理対決する必要もありません。
彼らの持てる知恵、力は存分に借り、こちらも様々な立場から、
普通に生きていると気がつかないことなどを伝えていけばそれでよいと思うのですが・・・・。
生まれてくる子供は誰だってかわいい。
ろうの子供がいいとか、聞こえる子供がいいというのは生まれる前に思う親の感情で、結果はフタを開けてみないと分かりません。
親の感情は様々で、こうだああだと決めつけるべきではないのでこの議論はもう終わって欲しいです。
いのししの娘さんの長文レスの最後に
>最後に、孫悟空さんみたいなろう者もいらっしゃれば、私のようなろう者もいる、
>ということで、この議論を勝手に??締めくくることにしましょう。
とありましたが、これはあきらかな「逃げ」ですね。
きっと、孫悟空を相手にしていては長引くと思ったのでしょう。
ここに投稿される皆さんは、逃げたり、匿名で書いたりしないで、相手が納得するまで
気長に建設的な議論をすすめば、大きな収穫が得られるでしょう。
「孫悟空って、いったい何者」というご興味がある方は、下のリンクでご覧下さい。
いのししの娘さんが、私に聞こえる子供がいることを知っているということは、
ときどき見てくれているのかなとありがたく思います。
なお、この「親のページ」はもともと私のページ・掲示板に来ていただいたことが
ご縁になっております。
「傍観者」って、どなたですか。
匿名で意見をいうのはひきょうものすることです。
自分のしたことを恥ずかしく思っていないのですか。
どんなにバカな意見であっても、自分の名前で責任をもって言える人間は
必ず共感が得られるはずです。
「ろう者は欠陥種でない」というと、説明がややこしくめんどうになりますから、
「ろう者は欠陥種である、だから努力して社会に貢献すべきだ」といったほうが
単純明快ですみます。
いのししの娘さんが珍しく長文を書いてきました。よほど気になったのでしょう。
>「自分の言語(手話)や文化(ろう文化)を自分の子どもに伝えたい」
> それがろうの子どもを望む理由だと書いていますけどねえ。
そういうことは、ろう者社会(ろう協・同窓会など)に若いろう者がおおぜいいますから
彼らに伝えていけばいいことです。
私の地元・北陸にもデフファミリーがおおぜいいますが、産まれる以前に「ろうの子供を
望む」話は聞いたことがありません。だから「エ、なぜ」と不思議に思うのは当然です。
ろう者家庭にろうの子供が産まれると親は「どっちでもしかたがない、努力して育てよう」
と割り切っていますが、周囲(健常)の目はそうはいきません。「やっぱり、ろうの子は
ろうだね、大変だろうな」という偏見と同情で見られてしまいます。
それが聞こえる子供だと、周囲の目は変わって、好意的に見てくれます。
ろう者は社会的に弱い立場にある人間ですから、聞こえる子供に過大な期待と負担がかかる
のはしかたがないと思います。
その子供が成人してさまざまな分野で活躍する立派な人間になると、ろうの親としてうれしく
誇らしく思っている例も多くあります。
失礼ながら、結婚していない人に、親の心情が実感的に理解できないでしょう。
今回「欠陥種」という言葉を初めて目にしてビックリしましたが、もっと穏やかな表現が
できないものかと不思議に思います。
ちょっと話を変えてみますが、日本の国は何によって守られていると思いますか。
それはズバリ自衛隊(軍隊)ですね。さらにアメリカの軍隊によって守られていること
ぐらいは常識ですよね。
それがもし、聞こえない人間だけの軍隊と聞こえる人間の軍隊が戦争したら、どちらが
勝つか説明するまでもありませんね。今の経済社会においても同じことがいえます。
ろう者は聞こえる人間社会の中で守られていることを自覚して、いつまでも「障害者」に
甘んじていないで、自分の持てる能力を最大限に発揮して、社会に貢献することが大切な
ことではないでしょうか。
そんなわけで「ろうの子供を望む」ろう者を見ると「自分のことしか考えないセコい人間」
と思いたくなります。
たしかにさまざまな考え・個性をもつ人間がいて当たり前ですが、もっと広い視野で物事を
考える人間が少ないことを残念に思います。
米内山さんについては、個性的で魅力的で尊敬できる人物と思いますが「ああいう奇人変人
がいてもいいだろう」とも思っています。
女性はやはり男性にできないこと、結婚して子供を産んでからでないと、女性らしい才能が
発揮できないように思います。社会的に貢献・成功した女性を見るとよくわかりますよね。
生まれてくる子供がろうがいい、健聴がいいという激論があるようですが、私自身の意見を述べたくて出てまいりました。
私は生まれつきのろうです。そして去年娘を出産いたしましたが、健聴でした。
妊娠中、おそらく「五体満足」の子供が産まれるだろう・・と漠然と思ったました。
というのも、風疹によるものでしたから、遺伝でないのはハッキリしてる訳で。
しかし、ろうであってもいいと思ってました。
男と女のどっちがいいかのと同じような感覚ですが。
両親に聞いてみたことがありました。
私が生まれて、聞えないと分かってガックリした?と。
母「さぁ?忘れたわ」 父「・・・・・(無言)」
両親は私が4歳のときに、沖縄からわざわざ遠い長野の大学病院まで連れて行ったくらいですから、
ガックリしてたはずです。にもかかわらず、私を受容してか聾学校に入れ、インテグレーションし、
妹・弟が生まれ、分け隔てなく育てられました。
親だけでなく、両家の祖父母、伯父伯母、いとこたちも同じ態度で接してくれました。
障害があろうとなかろうと・・・
おおらかな環境にあったからかもしれませんね。
要するに、何が言いたいかというと、生まれてくる子供にどうあれ、同じように接し、可愛がってやれば、それでいいんだと思うんです。
>ふつうの人間の感覚では、言葉が不自由なろう者を見たら「欠陥種」と思われるのは
>当たり前のことです。
ろう者が自分自身のことを「欠陥種」なんてどうして言えるのでしょう?
どんな方か存じませんが、聞こえない自分を否定され続けると
そのような自己像しかもてなくなってしまうのでしょうか?
あまりに悲しすぎます。
ろう者は「欠陥種」なんかじゃあないですよ。
そんなこと言われて当たり前なんて言わないでください。
また、いのししの娘さんはどちらの考えを持った人もいると言われているのに、
孫悟空さんはどうして自分の意見がすべてで常識であるかのように言われるのでしょう?
もっと広い視野をもっていただけません?
聞こえないことを肯定的にとらえることのできるろう者はたくさんいますし、
子供がろうがいいというろう者も結構いますよ。
横からすみません。
あまりに悲しい内容だったので
でしゃばってしまいました。このへんにしておきます。
いやいや、聞こえない子どもが生まれた時の、聴者の親のショック、どんなものか、というのはデフファミリー出身の私であっても理解しているつもりです。
うちの親は病院めぐりはしませんでしたが、ふつうの?親御さんは自分の子どもが聞こえるようになるなら、といくつもの病院をたずねたり、聞こえる人と同じようになること(声でしゃべれるようになること等)が自分の子どもにとって一番の幸せであると信じているということも知っているつもりです。これも自分の子どもへの愛情の表れのひとつだと思います。
ただ、子どものためにと思って一生懸命にやってきたことが、実は子どもに苦痛を味わせていただけだったということもあるということも、逆に子どものことはすっかりあきらめた?親のもとで育ったろう者のほうが手話のモノリンガルであっても精神的に安定していることもありますしね。
私が願うのは、子どものために思ってやったことが後々になって恨まれないようにすること…です。
私の周囲にいるろう者の多くは、自分の実の親(聴者)との会話に不自由していることから、ろうの子どもを持つ親の方々には、子どもが小さい時分から手話を勉強していてほしいと思います。ろうの子どもは、あっという間に手話の話し手になります(サトさんちのヒロ君のように…)から、親のほうが気合いを入れないと…。
日本語の習得ももちろん課題にいれておかないといけませんね。
ま、そんなこともあって、とにかく、「ろうの子どもが欲しいというろう者『も』いる」、ということも情報として知っていてほしいと思い、投稿しました。
孫悟空さん、私の書き込み、ちゃんと読んでいます?(^^;
「自分の言語(手話)や文化(ろう文化)を自分の子どもに伝えたい」
それがろうの子どもを望む理由だと書いていますけどねえ。
それから、未婚だとか既婚だとか言って、だから答えられないだろうというのもやめて下さいね。例えば、男だから女の気持ちわからないだろうと言われれば終わりでしょう。もし、建設的な議論を望むのなら、こういったことは安易にいうべきではないと思うのです。
それと、ちひねこさん、フォローをどうもありがとう。
ええと、孫悟空さん、聞こえない子どもより聞こえる子どものほうが頼りになるって書いてありましたよね。
そのように考えているろう者も確かにいらっしゃいます。ひどい例といっていいかどうかわかりませんが、テレビの内容を知りたいから聴者の配偶者を選んだというろう者も現実にいますし、自分の子どもを自分の耳代わり、口代わり(つまり、通訳のような仕事)にしているろうの親も周囲に結構います。(※余談になりますが、デンマークやスウエーデン等の北欧では、育児中のろう夫婦に、子どもらしく子どもとして健全に成長するようにするため、通訳は既制度のものを使うよう指導しているシステムがあるようです。社会のしくみがまだわからない子どもに大人同然の通訳をやらせることは、精神衛生にもよくないし、子どもらしさを子どもから奪うことだということなんですね。日本ではそういう認識がまだ一般的になっていないように思います。)
うちの両親は、私がろうと知ってがっかりしたと先の投稿で書きましたね。
確かに、両親の世代のろう者は、聞こえる子どもが生まれると、それを自慢していました。「うちの子は聞こえるのよ」というふうに。それはそれで構わないと思います。「聞こえないことは不幸なことだ」「聞こえる人に可愛がられるろう者になりなさい(=聞こえる人のいうことをよく聞き、守りなさい)」といわれて成人した世代ですから。
私はいわば二世。ろう夫婦からろうの子として生まれたのですから、ろうであることに悲嘆することもないし、ろうであることがあたりまえなので、ろうで残念だったね、といわれる理由がわからない、というのが私の立場なのです。それが孫悟空さんの立場の違いでもあると思います。孫悟空さんは、うちの両親と似ていますね。ただ、違うのは孫悟空さんのお子さんが聴者でいらっしゃるということなんですけど。
でも、最近の、二世でもないろう者の間でも、自分の子どもは「できれば」ろう者のほうがいい、という人が増えているようです。生まれてきた子には、聞こえようか聞こえまいか、自分の子どもとして無償の愛を注ぐ対象であることには変わりない、と先の投稿で書いた通りです。
あの有名な米内山さんご夫妻も、二世同士の結婚なのですが、お子さんは聴者でした。生まれてくる子は当然ろう者と決めつけていたから聞こえると知った時はびっくりした。聞こえる子どもを授かったのも運命だと思っているが、お子さんの方でも、ろうのほうがよかったのになあという親の気持ちはわかっているらしい、といっていましたし、ちひねこさんの書いていましたコーダの方の葛藤もあると思います。
ところで、うちの両親は、いまでは自分の子どもがろう者であってよかった、と思っているようです。両親とは別居していますので、お盆や正月に帰る時しか一緒にならないのですけど、家族できがねなくわいわいやっています。
ろう夫婦に聞こえる子どもの家族でも、手話というコミュニケ−ションがあれば、問題はないでしょう。
ただ、うちの両親の世代のろう者の中には、自分の子どもに手話でなく声で育てた例もあって(発音が上手なろう者等)、手話のできない子どももいらっしゃるわけです。だから、最初は生まれてきた私がろうであることを哀れんだうちの両親の友達からは、いまでは羨ましがられています。変な逆転現象ですけど。
長文になってしまいました。
最後に、孫悟空さんみたいなろう者もいらっしゃれば、私のようなろう者もいる、ということで、この議論を勝手に??締めくくることにしましょう。
何故、ろうの子供を望むのか?という質問をされていましたね。
分かりやすく置き換えますと、
聴者の親が、「聞こえる子供が産まれて当然」と無意識のうちに望むのと同じだと思います。
どうして聴の親がわが子が聞こえないと知ったときものすごくショックを受けるのでしょうか??
それは、自分の子供が聞こえないという、聞こえる自分にとっては想像できない世界で生きていくことになるからです。
それと同じように、生まれたときから聞こえることを知らない彼らにとって、
聞こえる子供というのは家族であれど「自分とは違う」と思う部分もあるからではないでしょうか??
また、自分と同じ世界に置いておきたい気持ちもあるからではないでしょうか?
聞こえる子供がどんなに頼りになるとしても、コーダの彼らにはどこかでろうの親に対して心の葛藤はあったはずです。
ろうの子供が聴の親に対して葛藤を抱いたのと同じように。
ろうの子供を望む親がいるというその例は私も見てきています。
彼らの気持ちは分かります。
もし、家族全員がろう者で、自分だけが聴者っていう状況も苦しいでしょう。
どうしても「通訳」の役目をやってしまいがちですし。
私の友達がそうだから分かるんです。
どちらにしても産まれてくる子供が健康なのに越したことはないでしょう。
何らかの障害を持って生まれてきてしまった場合、それは仕方ないことだと受けとめてやって行くしかないですよね。
確かに耳が聞こえないことで不自由とか、不便だと感じることはありますけど
それを補ってあまりあるものがあるとしたら、ろう者がろうの子供を望むことがあっても不思議ではないと思います。
私ですか?結婚もまだしてないから何とも言えないけど、無事生まれてくるだけですごいことだと思っていますから、
聞こえる子供が産まれても、聞こえない子供が産まれてもどちらでもいいんです。
私の友達もそういう考えの人多いですし。聞こえても聞こえなくてもどちらでもいい。ちゃんと育ててみせると。
どういう子供が欲しいとかそういうことよりも、ちゃんと育てることの方がはるかに大切ですよね。
だから、ろうの子供を望むのもいいし、望まないのもいいんです。大切なのはどう育てるかですから。
いろんな考え方があるという事をふまえつつ、自分の足元をしっかり見据えていきたいですね。
>非常識??
> それは「ろう者は欠陥種」という見方が見えかくれしますね。
> でなければ、上記のような発言はしないはずです。
ふつうの人間の感覚では、言葉が不自由なろう者を見たら「欠陥種」と思われるのは
当たり前のことです。そして、ろう者自身も言葉が不自由なことの不便さをよく認識
していますから、産まれる子供の耳が聞こえてほしいと願うものです。
そして子供が成人して、文字どおりろう者の親の「耳」となり「口」となって活躍
してくれる例が数多くあります。
聞こえない子供よりも聞こえる子供のほうがどんなときでも頼りになるものです。
>ろう者がろうの子どもをどうして望んではいけないのでしょうか?
なぜ、ろうの子供を望むのかという私の質問に答えないで、このような逆質問を
ぶっつけるのは失礼で、非常識ではないでしょうか。
ネームからすると、まだ結婚もしてないようなので、明解な答えができないかも
しれませんね。
ろう者がろうの子どもをどうして望んではいけないのでしょうか?
それはさておき、自分の言語や文化を自分の子どもに伝えていきたい、と思っているろう者もいると紹介したのと同時に、孫悟空さんみたいにろうの子を望まない夫婦もいると書きました。ろう者全員がろうの子どもを望んでいるわけでないということも知っているからです。
私の両親も、私がろう者だと知った時は落胆した、と言っていますしね(^^;
> ろうの子供を望む理由がよくわかりません。
> 理由をよく説明しないで、こんなことをいえば「非常識で頭がおかしいじゃないか」と
> いう誤解を招きかねません。
非常識??
それは「ろう者は欠陥種」という見方が見えかくれしますね。
でなければ、上記のような発言はしないはずです。
ベルの思想もそうでしたね。
ろう者どうしの結婚は、ろう者という欠陥種保存の温床になるから、
寄宿舎に入れて徹底的に管理するべきだと。
皮肉なことに寄宿舎生活は、ろう者のコミュニティの堅牢さに貢献することになりましたが。
初めまして。
いつも、皆さんのログを読ませていただいて、参考にしていました。
私の子供もろう児です。両耳108デシベルです。
息子は、4歳で、聾学校の幼稚部に通学しています。
私が、右手首を骨折してしまい、未熟な手話さえも出来なくなってしまい。
息子に悲しい思いをさせてしまいました。
(そのせいか、口話が上手になってしまった様です。)
今「何?」が多くて、私自身もっと手話を勉強しなくては!と思っています。
主人は、仕事が忙しく、ほとんど手話が出来ません。
(やる気が無いのかもしれませんが)
子供に教えてもらっているという感じです。
私と主人の会話に、時々息子が、「何?」と入ってくることがあります。
家族の会話は、手話でするべきなのだと痛感しています。
ととさんのご家庭では、普段の会話はどうなさっているのでしょうか
聴の家庭であれば、聞きたくないことでも、自然に入ってくることなのに、
「知りたい!」 「自分も家族!」と主張している息子に親としてはがゆい気持ちでいっぱいです。(家族という手話を最近覚えて常に使っています。)これから先も、いろんな壁にぶつかると思います。
やるきゃないで、頑張ります。
はじめまして。
遺伝子のことで話題になっているみたいですが、私も聾の子供と共に大学病院で検査しました。私の場合は、次の子供が難聴である可能性は、1/4との結果がでました。私にも主人にも難聴の原因とされている遺伝子があったのです。次の子供が、難聴であってもかわいいということには変わり無いはずです。私が検査してもらった大学病院の先生の話では、妊娠中に調べて「難聴か、否か。」分かるそうです。そこまでしなくても自分の子供であることには、変わりはないのですから、育てていくしかないのではないでしょうか?確かに、「聞こえていません。」と言われた時のショックは忘れられませんが、今、元気に育っている子供の姿を見るとどっちでも「かわいい!」という気持ちになります。
蜜柑さん、お子さんが、もう少し大きくなって笑ったり、小さな手で手話をやり始めるときがきます。過去を振り返らず前向きにお互いがんばりましょう!
(今だから、言える事です。さんざん泣いたときもありました。)
>でも、世の中には、ろうの子どもが生まれてほしいと願うろう夫婦もけっこう
>大勢いらっしゃるということも知っていてほしいと思います。
いのししの娘さんは、なぜこんなことをいうのですか。
子供が産まれてみたら、ろうであったならしかたがありませんが、産まれる以前から
ろうの子供を望む理由がよくわかりません。
理由をよく説明しないで、こんなことをいえば「非常識で頭がおかしいじゃないか」と
いう誤解を招きかねません。
私も含めて、ろう者夫婦のほとんどは五体満足の子供を望み、家族どうしがお互いに
足りないところを助け合うことがもっとも自然なことであると思います。
蜜柑さん、新年あけましておめでとうございます。
>原因を知りたいと思ったのは、不明ということが何となく、ガテンガイカナイからです。
>白黒はっきりさせたい性格のせいでもあります
(蜜柑さん)
蜜柑さんの気持ち、よくわかります。
そして、私の場合は、たとえ治らなくても、娘が大きくなったときに
「あなたの難聴の原因は、○○○がたまたま欠如していたからだよ。でも今、たとえ聞こえなくても手話という大切な言語があるでしょ?他のひとと何もかわらないんだよ。」
(私も手話がうまくなってることを想像して....)
と、娘がもしも自分の難聴の原因を知りたがった場合言ってあげたいから調べられるなら調べたいだけなんです。
もし、私が娘なら何で?どこが足りなくて私はこうなっているのだろう?と知りたいと思うときが来ると思ったから。
お互い聞こえない天使を大事にしましょうね。
よいお年を.....
てのひらさん、ご回答ほんとうに有難うございました。
飲み込みの悪い私でもだいたいわかりました。
他の方々のお話も共感・納得のいくものばかりでフムフムと読ませていただきました。
有難うございます。
>将来のことはわかりませんが、からすさんが生きている時代には不可能のように思います。
>それよりは、コンピュータ技術の発展により、音声を視覚的あるいは聴覚的に認識させる
>機械により、会話に不自由しなくなる時代のほうが近いと思います。これなら、あと10〜
>20年で可能かもしれません。(てのひらさん)
あぁ、やっぱりか。と思いました。すこし残念です。
私、極度な期待はしてませんでしたが、
でもちょっと期待してたんです。手術で治せる日は近いのではないかと。
けれど、なるようにしかならないし今の娘への気持ちを大事にこれからもがんばっていきます。
その上で、何かの拍子にろう者が健聴者と今よりももっとスムーズに会話できる手助けをしてくれる機器なり、あるいは治療法(人工内耳以外で)が確立する事を心の片隅に希望して、明るい年にしたいと思います。
すっかり遅くなったコメントですみません。
皆様よいお年を!!
からすでした。
>前に本で読んだのですが、難聴の遺伝は劣性遺伝(字はこれで良かったかな?)のため、
>片親に難聴の遺伝子が有ったとしても、子には現れない。 さらに、両親ともに難聴の
>遺伝子を持っていても現れる訳ではない。 現れる場合は、その、難聴の遺伝子に共通な
>ものが必要である。 それは、それぞれの祖先にさかのぼった場合に同じ血筋から分かれて
>いる場合などである。
劣性遺伝が多いのですが、優性遺伝もあります。
仮に100人に1人が、ある難聴遺伝子を持っていたとして、両親ともに同じ遺伝子を
持つ確率は、100分の1×100分の1=10000分の1です。偶然の場合、こんな
確率なんだと思います。1万人に1人は難聴が生まれるというような意味です。
ただ、祖先が近ければ近いほど同じ難聴遺伝子を持つ確率は高くなってきます。
戦後日本では人の行き来が盛んになり、他県の人と結婚することも多くなりましたが、
それ以前の日本では、すぐ近くの町の人同士が結婚することが多かったのです。祖先的には
きわめて近いということです。また、ろう者同志の場合、さらに身近な同志が結婚する
ことも多かったようです。結婚したろう者同志が親戚関係にあるということも稀ではあり
ません。
>将来、遺伝子研究が進み、結婚前に両者の遺伝子を調べ、 子供が××病になる確率が何%、
>〇〇病になる確率が何%、だから結婚は止めなさい・・・ なんて時代が来るんですかね?
こんなこと考えていると結婚なんてできなくなりますよ。精神分裂病にしろ、癌や糖尿病に
しろ、遺伝が関わっていると言われていますから、すべてを調べれば必ず何かがひっかかりますよ。
極端な話、自分の寿命が読める可能性もでてくるんです。あなたは、この病気で40歳前後で
死にますということがわかりえるのです。こんなこと知りたいですかね。知らないほうが幸せ
だと思いますよ。小説「リング」の話みたいですね。
蜜柑さんへ
>難聴遺伝子の有無を調べることが可能とのことですが、どのような方法で調べるのですか?
専門的なことは省きます(調べないと自信がないし、蜜柑さんの求めるものとは
違うと思うので)。まず、どの遺伝子を調べるかを決定する必要があります。その
遺伝子をターゲットに、体の中の材料を採取します。その材料とは、筋肉や粘膜など
だと思います。私の出身大学では血液を用いてました。
すべての難聴遺伝子がわかるわけではなく、どの遺伝子があるかをあたりをつけた
上で、その有無を確認するということをおさえておいてください。
>また、結果が分るまでの期間、調べる費用はどの程度かかるものなのでしょうか?
難聴遺伝子の検査は保険そのものの適応にはなってなかったと思います。検査そのものを
大学などでの研究の一環としてやっているのでしょう。ですから、診察料などはとられても、
検査料は無料だと思います。ただ、すべての大学病院で行っているわけではありません。
一部の大学で行っているといったほうがいいかもしれません。
>原因不明の難聴と言われた場合、この難聴遺伝子が関係している可能性が高いのですか?
たぶん高いと思います。少なくとも半分ぐらいはそうでしょう。
いのししの娘さん、はじめまして。蜜柑です。
私の投稿内容に気分を害されたのでしたらごめんなさい。
難聴の遺伝子について知りたいと思ったのは、決して次の子供の心配ではありません。
娘の障害が発覚して1週間程たち、皆様からたくさんの情報を頂き自分でも不思議な位に
すんなりと事実を受け入れることが出来てきています。
娘に対して以前より愛しさが増しました。
それは、障害をもっているから、ではなく、障害のことがきっかけでこの1週間、娘のこと
を真剣に考え、娘と向き合ってきたからです。
正直に言うと私は、今まで娘のことより、自分の仕事(休業中)
のことや、友人と遊びに行く事ばかり考えて、育児が大変だなんて思っているダメな母親
だったのです。
この一件で、改めて娘のかわいさ、大切さ、私にとって唯一無二の存在であることに気が付きました。
現段階では、検査結果が分かっただけで何も始めていないし、聴覚障害についても無知ですが、皆様のお陰で私なりに少しずつ理解してきています。
いのししの娘さん、聞こえないことが不幸だ、なんて思っていません。
娘が聞こえないと分かった時、ショックを受けた一番の理由は、娘と通じ合うことができないのではないか、ということです。
話してあげたいことも、教えていきたいことも伝わらないのではないかと思ったからです。
けれど、皆様からお話を伺ううちに、そんなことは私の勝手な思い込みだと分りました。
これから大変だ、ということよりも愛しさのほうが、はるかに勝っています。
この子を育てる権利を頂いたことに感謝しています。
原因を知りたいと思ったのは、不明ということが何となく、ガテンガイカナイからです。
白黒はっきりさせたい性格のせいでもあります。
誤解を招いてしまったことをお詫びします。
たびたびの登場すみません。
聞こえない子の両親が手話の必要性を感じても、なかなか祖父母となると、理解しにくいようです。
しかし私はこのHPをプリントアウトしたものを読んでもらったり、あるテレビ番組を見てもらったり、遠くに住んでいる義母には私が参加したかった講演会を聞きに行ってもらったりもしました。
そうこうするうち、考え方もだいぶ変わったようで、「手話を覚えなきゃ、○○ちゃんとお話することができない!」と言ってくれるようになりました。
次に生まれる子が難聴になる確率がどうだとか、余計なことを書き込んでしまいました。
本当に書きたかったのは、ととさんや他の皆さんが書かれている通り、聞こえようが聞こえまいが関係ないということ。
自分が生まれたのも偶然、難聴の子の父と母がめぐりあったのも偶然、その間に子供が生まれるのも偶然、その子が聞こえないのも偶然の出来事なのかもしれません。
以前うちの母と義理の母・主人との間で関係がぎくしゃくしたことがあります。
難聴の原因のことでした。 それも遺伝のことなど関係ない、第3者の占いというか宗教がらみで。そんなことを言わなければいいのに、うちの母がそのことを話してしまったためでした。
義理の母たちの住む土地に原因があるとか言われ、それを聞いた義理の母や主人は大激怒でした。
もちろん私も。 ついでに子供の耳は何月何日に治りますとも言われ、その日が過ぎても治らなかったのはいうまでもありません・・・
今ではそのことを口に出す者はいないし、関係が一見戻っているかのようですが、心の中ではまだわだかまりが残っているような気がします。
我が家のように聴の親でも子どもがろうであって欲しいと思う人はいまーす。
次に生むならろうがいいです。
我が家のろう対聴の比率がアンバランスなので..。
原因の追求についてですが、
追求する必要はないのではないかなあと思いますよ。
確かに祖父母や親戚などから「どっちが原因だ」みたいな追求をされる
ケースもあるようですが、「聞こえないことは悪いこと」という考えが
根底にあるためにそういう発想になるんだと思います。
遺伝子に原因があったら、次の子どもはあきらめるのでしょうか?
20世紀人類が行なった失敗の中に
大多数と異なる子どもが生まれた際、原因を追求していき、
その後の誕生を阻止するという優生思想に至ったケースが多くあります。
そんなことを繰り返していってはならないと思います。
医学、科学..などの学問は人間のためのもののはずです。
人間のための学問が人間の誕生を阻止してはならないのではないでしょうか?
最近も水俣病に関するテレビを見たのですが、その中で
「知識人には2つの選択肢がある。
弱者の側に立つか、大きな権力に側に立つか。」
「21世紀は徹底的に弱者の側に立った学問のあり方でなければならない」
と熊本大学だったかの教授が言っておられました。
弱者というのは強者から見た言い方なので、
マイノリティと言い換えてもいいのではないかと思います。
(それもいまいちですが..)
21世紀の人類が学問などにより探求する事柄が、
どれだけ徹底的にマイノリティの側に立つことができるかどうかが、
今後の社会のあり方を大きく左右するのではないかと思います。
私たちひとりひとりが探求する対象を今一度チェックする必要がありそうです。
そして知識人と呼ばれる方は誰よりもその責任を負うことになるのではないかとも思います。
まあともかく、どのような子どもが生まれようとも
その子どもの誕生を心から歓迎しましょう。
今年最初の投稿なのにあまりに固い内容になってしまいました...。
今年もよろしくお願いします。
新世紀があけましたね。
あと50年位すれば、ロボットがロボットを生む時代になるそうですね…
新聞にそう書いてありました。
ライト兄弟が初めて空を飛んだ日から50年、飛行機が飛ぶようになったというのですから、人工知能が人類を支配する、なんて映画のような話もあながち…。ぞっとしますが、それ以上にぞっとするのは、100%完璧な人間しか生まないというシステムが現実のものになるという可能性があるということです。
聴者の親御さんは、生むなら、ろうの子どもより聞こえる子の方がいいですよね。それがふつうでしょうね。
でも、世の中には、ろうの子どもが生まれてほしいと願うろう夫婦もけっこう大勢いらっしゃるということも知っていてほしいと思います。(ろう夫婦でも聞こえる子どものほうがいいっていう方ももちろんいらっしゃいます)
最近、今年6月に赤ちゃんがうまれる予定だっていうろうの新婚さんがいらっしゃるのですが、できればろうの赤ちゃんがいいなって。もちろん、生まれた子どもは聞こえる聞こえないに関係なく、親としての愛情を注ぐ対象になると思いますけど、「聞こえないことは不幸だ」と思っている世の中の一般の方々に、むしろ、ろうの子を望んでいるケースもある、ということを知っていただきたくて投稿しました。
しかし、ろう者はマイノリティ…。
近未来では、聞こえないことは不幸なことだとして、社会から抹消される運命にありそうな気がします。ベルの思想がまだ『しぶとく』生きているのかも…。21世紀初頭に生まれたろうの子どもたちが「ろうコミュニティ」の最後の生き残りにならないようにしなくっちゃ、という思いはありますけど…いったいどうなるのでしょうか。
新年早々から物騒な話をしてしまいました。
すみません(^^;
では、今年もどうぞよろしくお願いします。
両親ろうのろう者、いのししの娘でした。
>「ろう学校で口話を覚えれば聞こえる人とお話しできるようになるって言われたけど、
> 嘘。手話は通じないって言われたけど、嘘。こうやって手話通訳がいれば聞こえる人と
> お話しできる」
そのおばあちゃんのことば、その通りだと思います。近年のインテグレーションの増加と
ろう学校生の減少により、口話でも自由に話せない、手話も知らない、と言う、自分の
言語を持てなかった人を作り出しているのが、現状のろう教育です。それを少しでも改善
して行きたいと望んでいます。
最近、かかさんが時々手話通訳をしています(まだ駆け出しですので、簡単な場合ですが)
ので、通訳者の思いも少しですが、分かってきたように感じます。 hororoさんもこれから
も頑張って下さい。
ちょっと、横から失礼します。私の知っている事が正しいのか確認の為に、てのひらさん
よりも早く、書き込みます。
前に本で読んだのですが、難聴の遺伝は劣性遺伝(字はこれで良かったかな?)のため、
片親に難聴の遺伝子が有ったとしても、子には現れない。 さらに、両親ともに難聴の
遺伝子を持っていても現れる訳ではない。 現れる場合は、その、難聴の遺伝子に共通な
ものが必要である。 それは、それぞれの祖先にさかのぼった場合に同じ血筋から分かれて
いる場合などである。
ですから、近親者に難聴者がいて、子に難聴があった場合、その親が肩身の狭い思いを
する。 と言うことが言われますが、それは、間違いであり、両親ともにその遺伝子を
持っていなければ、それも、祖先が何処かでつながってなければ、子に現れない。と、私は
解釈しています。
将来、遺伝子研究が進み、結婚前に両者の遺伝子を調べ、 子供が××病になる確率が何%、
〇〇病になる確率が何%、だから結婚は止めなさい・・・ なんて時代が来るんですかね?
→ ねぇ、てのひらさん、薔薇さん?
てのひらさん、もう少し詳しく教えて下さい。
難聴遺伝子の有無を調べることが可能とのことですが、どのような方法で調べるのですか?
また、結果が分るまでの期間、調べる費用はどの程度かかるものなのでしょうか?
原因不明の難聴と言われた場合、この難聴遺伝子が関係している可能性が高いのですか?
>なぜ内耳の手術ってできないのですか?
>耳の奥をいじると他の大事な神経までダメになるからですか?
いくつかの理由があります。まず、耳などの感覚器はかなり多くの情報をもった
神経の束を通して情報のやりとりをしているということです。神経の束そのものは
数ミリぐらいですから、目に見えますが、その中に何万本もの神経が集まっている
わけです。束そのものをくっつけても、何万本もの一本一本の神経を正確に接続する
ことは顕微鏡をつかっても不可能です。これはどの神経についても言えることです。
次の理由として、蝸牛そのものが骨の中に埋もれているということです。蝸牛に
アプローチしようとすれば、骨を削る過程で、蝸牛組織が損傷してしまうのです。
これは人間において、内耳の研究が遅れている理由でもあります。その多くの
研究がネズミの内耳によってなされています。ネズミの場合、蝸牛のまわりが骨で
囲まれていないため、そのアプローチが容易です。
> また、他の大事な耳の気管がついていて有毛細胞の欠落のみ、あるいは蝸牛の奇形が
>原因だった場合は蝸牛の手術あるいは有毛細胞の再生手術というのは将来可能なのですか?
>それによって聞こえるようになったりする時代は近い将来来ますか?
将来のことはわかりませんが、からすさんが生きている時代には不可能のように思います。
それよりは、コンピュータ技術の発展により、音声を視覚的あるいは聴覚的に認識させる
機械により、会話に不自由しなくなる時代のほうが近いと思います。これなら、あと10〜
20年で可能かもしれません。
難聴遺伝子については、何種類もの遺伝子が同定されており、そのいくつかに関しては
大学病院のような研究施設であれば調べることは可能です。ヒトの全遺伝子を解明しよう
というヒトゲノム計画がもう少しで完了しますから、この結果がでればさらに数多くの
遺伝子(難聴ばかりでなく、さまざまな病気の遺伝子も)がわかる時代になってきます。
ただ、現時点では難聴遺伝子がわかったとしても、それらの感音性難聴に対しては
治療法はありません。(人工内耳が治療法だという医者もいますが、私自身はこれは
植え込み型の補聴器であり、治療という概念にはあてはまらないと思っています。)
ようするに、感音性難聴に関しては原因がはっきりわかったとしても、その子供に
関しての対応はまったく変わらないということです。
難聴遺伝子の有無を確認することで、次の子供への難聴の確率は推測できます。
しかし、このことは難聴児の選別に関わってきます。難聴の子供はいらないけど、
そうでなかったら子供を産みたいという考えが親や社会に芽生えることが、難聴児の
環境をさらに悪化させる原因になります。現にダウン症の場合には、胎児診断がおこ
なわれるようになってきており、ダウン症であれば中絶するという親の選択が可能
です。そればかりか、これが一般的にまかり通るとダウン症の子供を産んだ親や
そのダウン症の子供自身が避難されるという事態さえおこりかねます。
日本人は家系の血筋を重んじてきた民族です。父母どちらの血筋による遺伝なのかは
大きな問題と考えられて来ました。このため、障害児が生まれた場合、お互いの家系を
避難し、それがもとで離婚や子供の養育拒否につながったり、不幸な転帰を繰り返して
きました。みなさんの世代ではこんな考え方はすでに過去のものかもしれませんが、
祖父母の世代にはまだまだ強いのです。難聴遺伝子をどちらがもっていたかがわかる
ことで、いらぬあつれきが起こる可能性は十分にあります。そういう意味からも、
調べないほうがいいのだと思います。
>我家でも、下の子をつくるかどうかで、迷わなくはありませんでしたが、
>「聞こえていようが、いまいが、しょうちゃんはかわいい。 それと
>同じようにかわいい子が欲しいし、しょうちゃんには兄弟が必要だ」と言う
>思いが強かったです。(ととさん)
ととさんの言うように、聞こえようが聞こえまいが、生まれた子供をかわいがる
ほうが正しい選択と思います。
感音性難聴の原因を調べることは、害が多くて益が少ないのです。それでも知りたい
というかたは、近くの大学病院にでも行って一度相談してみればいいと思います。
やっと1年ぶりに更新いたしましたので、お知らせ申し上げます。
エッセイ、聾学校不要論、日記、掲示板を思い切って大リニューアル!
次は月1回の更新に目指します〜(マンガもアップ予定)
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
あのぉ、次に産まれる子供が難聴である確率ってやっぱりあるんですか?
私も娘が難聴とわかったとき、自分が(妊娠初期で気が付かなかったとき)飲んだビールのせいだろうかとか色々と他にも悩みましたが、病院の助産婦さんからの説明は「これは偶発的なもので決してお母さんのせいではないんです。絶対自分を責めないように。」でした。
私はふつう分娩だったし、妊娠中すごく順調でしたので。
結局どんなに気をつけていても、生まれるときは生まれるんではないのでしょうか。
気にしていても始まりませんし、私もととさんと同じ心境です。
けどちょっと前は、私も主人もやはり次の子はどうなんだろうと考えました、やっぱり。
親類縁者には難聴者はお互いいないので、最初、自分たちには遺伝はないと思っていましたが最近遺伝を持ってないなんて言い切れないよな、と思うようになりました。
娘が偶発的ではなくて、遺伝によるもので難聴になったかもしれないし。
はぁーっ。考えたらきりがありませんね。だから考えません。
けど今の医学では、そういう遺伝子を持ってるか持ってないかというのは調べられるのでしょうか?
あと、補聴器をつけているときに大きな太鼓の音を鳴らしても全然気づきません。
気づいたときも2,3回ありましたが(勝手にそう受け止めてただけかも)、気づかないときもあるのですか?よくわかりません。娘はすぐに補聴器を外してしまうし。
また、話は変わりますがうちの子は夜泣きともつかないのですが、夜寝て1時間後くらいから明け方までずっとひどい寝相および寝返りばかり打ち、そのたびに泣きます(唸るというか)。
寝返りで布団を巻き込んで思うように動けないだけでぐずったり。
時折飲み物のを与えたりすると少し落ち着きますが、その後もやっぱりぐずって。
ぐずるといっても殆ど目は閉じてるんです。
こっちは寝相を治してあげたりその声で起きたりと毎日睡眠不足でヘトヘト。
誰か同じ経験をされた方いあらっしゃいませんか?いたら解決法を教えて下さい。
娘は1才2ヶ月です。
また、耳鼻科医のてのひらさんにお聞きしたいのですが、難聴の原因はいろいろあるのでしょうが、なぜ内耳の手術ってできないのですか?耳の奥をいじると他の大事な神経までダメになるからですか? 基本的なことを聞いているようで恐縮ですが、教えて下さい。
また、他の大事な耳の気管がついていて有毛細胞の欠落のみ、あるいは蝸牛の奇形が原因だった場合は蝸牛の手術あるいは有毛細胞の再生手術というのは将来可能なのですか?それによって聞こえるようになったりする時代は近い将来来ますか?
また今の医療機関では難聴になっている原因はいったいどこまで調べられるのですか?
質問ばかりですみません。聞かせて下さい。
新年早々とりとめのないことばかりたくさん書き込んですみません。
お久しぶりです。今年もどうぞよろしくお願いします。
次に生まれる兄弟が難聴になる可能性は1/4から1/○○○(1/4の数字は合っているとは思いますが、○○○のところはけっこう大きい数字だったように思います)ということを何かの本で読みました。
そのことを知った時(1年以上前)は、絶対にもう子供は産まないと思いましたが、やっぱり兄弟はいた方が楽しいな・・・と自分の子が1人で遊ぶ姿を見ると思います。
さて、うちの子供に手話を使いはじめてから数ヶ月経ちました。
横断歩道を渡る時に「赤」「青」の手話をやって教えてくれ、信号の意味「赤」=止まれ、「青」=進め、も理解しているようです。
表情がすごく豊かです。
昨年の夏あたりにこの掲示板を見つけて、時々覗かせていただいている者です。
我慢ができなくなって(読んでいるだけでいることに)書きこませていただきます。
パソコントーシローの手話通訳者です。(もしかしたらこの掲示板では諸悪の根源かもしれませんが)日本手話・・とか色々言われている中、じゃぁ私はなんなの?私の昨日の通訳は・・・?と大袈裟に言えば苦しみまくってるのですが…、それは置いといて
(今日の朝日の伊藤しゅん(漢字出ないですね)祐氏の言葉で少し元気になれての書き込みです)
もしかしたら、私が聞こえないおばあちゃんに言われたこの言葉、少しはお役に立てないでしょうか?思い上がりかもしれませんが…。
70歳ぐらいの方です。病院の待合室で楽しく?おしゃべりしててその中で
「ろう学校で口話を覚えれば聞こえる人とお話しできるようになるって言われたけど、嘘。手話は通じないって言われたけど、嘘。こうやって手話通訳がいれば聞こえる人とお話しできる」
私たち手話通訳者の集団はまだまだ歴史が浅く、社会の中でもそう認知はされていませんが、とりあえず、私たちもいます。
皆さま、あけましておめでとうございます。
冬休み中に毎日やるように言われていた、聾学校からの課題をさぼりまくって、ちょっとあせっている、怠け者の母親です。
でんぼさん、
うちの息子も座ったのが1歳2ヶ月、歩き出したのが1歳8ヶ月でした。
そのころは、難聴とはわかっておらず、運動発達遅滞の専門医に定期的に受診し、ボイタ法という訓練を毎日するように指示されていました。訓練の内容は、その月齢によって違い、ツボを押して腹筋をつけたり、手押し車(足を持って腕だけで歩く運動)などいろいろありました。
こちらの方もさぼりがちでしたが・・・。
あと、生後10ヶ月で保育園に行きだしましたが、そこの保母さんから感情表現が乏しいので精神発達面でも遅れがあるのでは、と言われ、そちらの専門医にも3〜4ヶ月に1回定期的に受診をしていました。いまにして思えば、こっちはまったく無駄な通院だったと思います。
こんなふうに、医者をあっちこっちするのもどうかとは思いますが、でも、運動発達面での専門医の話は参考になることが多く、今でも通院してよかったと思っています。
乏しい経験の中での話で何の参考にもならないとは思いますが、思わず返信してしまいました。
我家も、聞こえないと判明した頃は、色々と考えました。
陣痛が来て出産まで24時間以上かかり、その間、レントゲンを取ったり、促進剤を打っ
たり。 出産後も、感染症になり、ミルクを吐いたりしたものですから、NICUに
1週間入ったりと・・・ 又、妊娠直後(まだ気付かない間)年末を迎え、忘年会シーズン
で酒を飲んだり、胃薬を飲んだりと。 私はまだしも、かかさんが、かなり気にしていま
した。 でも、結局、難聴の原因って分からないのです。 同じお母さん達に聞いても、
千差万別でしたし、医学的にも、特定できるようなものも無いようです。
兄弟でどうなるかも、不明です。 私の知っている範囲で見ると、1〜2割くらいの所で、
兄弟が聞こえない場合がありました。 それも、兄弟全員もあれば、その内の何人か、も
あるといった、色んなパターンです。 我家でも、下の子をつくるかどうかで、迷わなくは
ありませんでしたが、「聞こえていようが、いまいが、しょうちゃんはかわいい。 それと
同じようにかわいい子が欲しいし、しょうちゃんには兄弟が必要だ」と言う思いが強かった
です。
役に立つアドバイスではありませんでしたが・・・ 今は、全ての事に悩む時期です。
でも、気にしても始まらない! それよりも先の事を考えよう! って思って下さい。
(過ぎたから言えることばですけどねぇ)
サトさん、レスありがとうございます。
今後の教育については、家族と相談して考えていきます。
大変参考になりました。
もうひとつ、どうしても気になってしますのですが。。。
娘の難聴の原因です。
診断した医師は原因不明だと言いましたが。
調べる方法はありませんでしょうか?
出産は、麻酔を使っての無痛分娩でした(実際には有痛でしたが、、、
子宮口が7cm開いてからの麻酔ですたので、、、)
その前に陣痛誘発剤を1錠飲みました。
その結果、1時間程で陣痛がきて3時間後に産まれました。
吸引分娩です。
分娩台に乗ってから40分位かかりました。
医師は、へその緒が2重に巻いていたと言っていました。
その後は、私の方の回復が若干悪かったものの、子供は順調でした。
難聴の原因の中に出産時の異常というのがあったのですが、
私の場合は、異常になるのでしょうか?
その他に考えられる可能性がありましたら教えて下さい。
また、もうひとり出産する場合も同じように障害をもってうまれる
可能性が高いのでしょうか?
明けましておめでとうございます
今年は、いよいよ幼稚部入学!
1)口話教育は絶対にしないこと!
2)声なし手話でコミニケをとること!
3)ヒロ君の手話を正しく読み取ること!
以上、3点が、学校への要求事項です。
さて、私の代わりに八木さんがレスをして下さいましたが、
>手話での教育をしていった場合、娘が成長してから手話の分らない人(現段階の私を
>含め、世の中の大半だと思うのですが)との会話やコミニケーションはどうやってする
>のでしょうか? (蜜柑さん)
私も、これにずいぶん惑わされました。でも、これが理解できると後がグッと楽になりますよ。
まず、第一に忘れてはいけないのが、
『第三者の聴者が、聞き取れる発音を獲得できる子は、極めて少ない』ということです。
(ろう学校の運動会や文化祭を見学してください。すぐにわかります)
次に、『家族にしかわからない口話のために、子供の大切な時間をすべて使って良いのか?』
第三者の聴者には、まったく理解できない発音でも、家族(特に母親)には理解できるようです。
それじゃあ、何のための、誰のための口話なのか?
確かに、聴者のほとんどは手話がわかりません。
でも、ろう児の言葉を聞き取れる聴者もほとんどいない!ということです。
仮に、第三者の聴者が聞き取れる発音を見につけたとしても、
聞えるようになったわけではありません。
(これが、なかなか理解できないと思いますが・・・)
ろう児が、頑張って上手に喋ると、相手(聴者)は安心してベラベラ喋ります。
ところが、ろう児は自分は喋れても、聴者のベラベラを100%読み取ることはできないのです。
もし、ろう児が、初めから筆談をしていたら、相手(聴者)も当然筆談に応じます。
これで初めて、両者の情報量は同等になるのです。
(ろう児が喋って、聴者にだけ筆談を求めることはマズ無理でしょう)
蜜柑さんや、みっちゃんさんたちは、お子さんが小さいですから時間がたくさんあります。
どうぞ勉強なさって下さい。“勉強”とは、“ろう者”と会うことです。
一人でも多くのろう者、ろう児と会って下さい。
自分の子供の将来を案ずるなら、ろうコミュニティに飛びこんで下さい。
子供のために泣く時間があるのなら、ろう者と話しをして下さい。
「手話ができない?」大丈夫、筆談があります。
彼らは、私たちの子供がこれから受けるであろう聴覚口話法教育よりも、
はるかに厳しい口話法教育を受けてきた人たちです。
その彼らと話しをすることで、きっと何かが見えてくると思います。
21世紀が、「聞えない天使」にとって良い時代になるよう、お互い頑張りましょうね。
※アンネさんへ
お久しぶりです。お元気ですか?
ろう幼児を手話で育てている聴親の仲間として、もっと登場してくださ〜い!
ととさん、皆さん、あけましておめでとうございます。
子供の成長の著しさにたじたじの母です。
でんぼさん、うちの息子も伝え歩きはするんだけれど2歳直前で歩き始めました。
これがもう逃げ足速くて。
皆様、新年あけましておめでとうございます。
山羊さん、アドバイスをありがとうございます。
現在の私には、少し厳しい現実ですがこのことを知った上で進んでいきます。
今のところは、この道しかありませんので。。。まず最初の一歩を踏み出してみます。
その後のことは、またその都度検討していきます。
今後もお伺いすることばかりですが、宜しくお願いします。
こんばんは。とっても久しぶりに投稿します。
うちの子は今月で1歳9ヶ月になります。でもまだ歩かないんです。以前、耳鼻科の先生には「聴覚障害の子は運動発達のおくれを伴うケースがある。」と言われていたので、その言葉を信じて様子をみてきましたが、いいかげんに歩いてくれても・・・。と、心配になってきました。
行きつけの小児科の先生には1歳6ヶ月健診の際、歩かないことを相談したら、「伝い歩きができていれば大丈夫。あとはきっかけだから・・・。」と言われたんですが、12月頃カゼをひき、行きつけの小児科がお休みの日だったので、違う小児科へ行ったんです。その時、何気なく「うちの子、まだ歩かないんですよ。」って言ったら、先生は「それは遅いなー。耳に気を取られていたのか?・・・」と言われ、くわしく検査することになったんです。
正直なところ「エー!!耳だけじゃないのー???」と心配でたまりません。
どなたか、同じような経験や、身近にそんな方はいらっしゃいませんか?情報を下されば幸いです。よろしくお願いします。
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
今日は娘の満1歳の誕生日でもあります〜(^_^)
新21世紀、希望の年でありますように!
(HPの大リニューアルの準備中!お楽しみに)
あけましておめでとうございます。
ととさん、昨年中は本当にいろいろとご苦労様でした。
今世紀は、ろう者がろう者として当たり前に生き、そして
ろう文化というものを理解し、より多くの人々がろう者の
ことを十分に理解できるように、精神的に進化できます
ように。
20世紀は産業革命といった、物質文明がもっとももて
はやされ、人類の奢りが招いた戦争、人種差別などいろいろ。
21世紀にはこれらのことがもはや過去のことになり、
精神的に幼かったのだと思えることになるでしょう。
読売新聞の編集手帳(第一面)で、日本における伝統芸能、
「能楽」が世界文化遺産の無形文化財として提唱されることに
なりました。
日本における、六百数年にわたる、日本人が築いてきた、
最高峰の精神文明の奥義、「能楽」は21世紀のものになる
でしょう。
そのように、ろう者が築いてきたものが尊重され、教育も
職業も優劣なしにお互いに尊重される時代になるでしょう。
今年もよろしくお願いします。
皆さん、あけましておめでとうございます。
一昨年にこのHPを立ち上げて、2回目の正月を迎えました。
掲示板のアクセス数ももうすぐ10万件になろうとしています。 この数を多いと
見るのか、少ないと見るのか? 聞こえない子とその親にとって本当に必要な情報
を提供しようと始めたこのHPですが、ここからの情報を得た親は、全体からすると
僅かなのでしょう。 しかし、ひとりでも多くの親が、手話の大切さ、それがもつ
本当の意味を理解してくれることを望んでいます。 たとえ、子供の教育に手話を
取り入れなくても・・・ それぞれの親子が、多くの情報を得て、その中から自由に
選択できるような教育環境になって欲しいと望むと共に、今の教育が変って欲しいと
考える親のパワーが集まり、それぞれの地域で、変えて行って欲しいと思います。
今後とも、聞こえない子をもつ親のより良い情報提供の場として行きたいと思います
ので、皆さん、これからもよろしくお願いします。