はじめまして 福井県在住の1歳8ヵ月になる娘の父親です。
今年になってから拝見させて頂いておりました。
皆さんの意見や考えは、本当に参考になり、そして励まされ感謝しております。
(分からない用語も多々ありますが… ^^;)
恥ずかしい話で申し訳ありませんが、自宅でI.Nを引いていません。会社で休み時間や、
帰り際に印刷して(もちろん裏紙に ^^;)自宅で読ませて頂いております。
I.Nは、引きたいと思ってはいるのですが・・・
これから、ちょくちょく投稿させていただきたいと思いますので、宜しくお願いします。
早速で申し訳ございませんが、皆さんからの、よきアドバイイスを頂きたく宜しくお願いします。
昨年の暮れに娘が難聴(両耳、感音性難聴80db)と判り、先月の中旬にイヤモールドを
作製し、補聴器は、聾学校から左耳分だけ借りて現在、補聴器を付ける練習中です。
(補聴器:RIONET HB−53CI、イヤモールド:シェル型)
しかし、娘は、髪の毛を結ぶ事さえ嫌な子で、付けても1秒としていません。ですから、今は
両手を押さえて1日1回5分間付けさせています。(その間、娘は泣き叫んでいます。)
このままでは、補聴器を視るのも嫌になってしまうのではと、心配しています。
なにか、いい方法はないでしょうか?宜しくお願いします。m(_ _)m
lovelyさん、おめでとうございます。
入試直前の入院などで、不安だったでしょうが、よかったですね。
それに、お子さんの言葉、親としてうれしいですね。
しょうちゃんが、そんなことを言ってくれる時期は、まだまだ先でしょうが、
こんな言葉を言えるように育てたいと思います。
ようこそ、やまと'sママさん。
とても元気よさそうなお子さんですね。 最初から、手話を取り入れている様ですが、
それは、聾学校からの影響でしょうか? もしよろしければその背景を教えて下さい。
数年前のテレビドラマによる手話ブーム以後、手話に対する一般の人の見方が大きく
変わって来たようです。 年配のろう者に言わせると「まさか、人前で手話を堂々と
出来る時代が来るとは思わなかった」との話しもあります。 そんな時代でありながら
手話を認めない聾学校がまだまだ多いのは、悲しいことです。
こねこさんは、Windowsでしょうか? それを前提に話します。
一番簡単なのが、“過去のログ”をプリントアウトすることです。 ここは、行が長く
ならないように改行していますから、文字が切れることは無いと思います。 但し、
50件と多いことや、最新のものが入ってない場合があります。
後は、りなおさんが言っているようなやり方ですが、ワープロソフトが入ってなかったら
Windowsに付いているワードパッドを利用すればいいでしょう。
ワードパッドの使い方や、カット&ペーストはわかりますよね。ちなみにかかさんは
知りません。
ようこそ、あるぱさん。
> いや〜すごいですね。ふらふらと迷い込んだらびっくり。
> こういうとこあるなんて時代も進歩してきましたね。
> 開設されたそうであるととさんに感謝します。
いや〜、どうも、どうも。 こういうところが無いから作ってみました。
思った以上の反応に私自身も驚いています。
> あ、わたしめは聴障で家内も聴障、子供二人も聴障、親子2代インテで、
> 長男も次男も聾学校幼稚部でて家の近くの難聴学級のある普通小に通ってます。
> 上が小5,下が小1です。
薔薇さんの所と同じ形のデフ・ファミリーですね。 きっと色んな経験があると
思いますので、よかったら書き込んで下さい。 これから、よろしくお願いします。
右側がきれてしまうとのこと。
少し面倒ですが、このページの文字を、コピーして
ワードなどにペーストして印刷する方法はいかがでしょうか。
これですと文字の大きさなども変えられますので、
文字を小さくして紙の節約をしようということもできるんじゃないかとおもいます。
ちびねこさんが「聴者の中にいて、素直な子供に育つというのは、難しいこと
なんです。」と言われていますが、そう考えると我が子は、当たり前に育っている
ということですよね。
これを読んでう〜んと唸ってしまいました。
本当にそんなことでいいんですか?
私の長年の経験から言わせてもらうと、そんな生やさしいもんじゃなくて相当ひねくれた心
理状態でしたよ。優しくしてくれる人がいても、「この人はこうすることで自己満足したい
んだ、私はそのために使われているんだ」っていう感情がわき上がることすらありますよ。
そう思っていても、顔や態度には出さないで、「ありがとう」ってにこにこして言うわけ。ものすごく不自然でひねくれていると思いませんか?
もし、自分の子供がそんな心理状態だったとしたらどうするのでしょう?
聴き返す度に嫌な顔をされ、聴けなくなってわかったふりをする子にではなく、
嫌な顔をされても聴ける根性です。この根性を身につけるためには、
素直な子であっては、だめなんです
それは、インテしていてはその根性はなかなか身につきません。逆にろう学校から大学に
入ったりしたろう者のほうが強いですよ。「自分は聞こえないんだから」って言う立場が
はっきりとしているから。素直であってはダメという問題ではない気がします。これは「知
りたいから聞く」っていう強さがないと出来ないんじゃないでしょうか?もし、素直でな
かったら、逆になんにも聞かないで自分勝手な行動をとることだってあり得ますよ?
なんで「聴者」として戦うんでしょうか?「ろう者」として戦うのはいけませんか?
インテしている間はどうしても思考が聴者モードです。それでは本当の意味での「聞こえな
いからこそ言える」強さが身につきません。同じ苦しみを共有している仲間がいないとダメ
だと思います。
私は今、分からないことはそのままにしないで、確実に情報をもらえるまで何度も聞き返し
ています。インテしていたときには考えられなかったことです。何ででしょうか?簡単で
す。「手話」という言葉を多少取り戻したことによって「聞こえない自分」がはっきり確立
されたからです。また、同時に聞こえない仲間もできて、その人達の強さに触れて、目が覚
めたという事もあるのでしょうね。
昔は病院に行っても決して筆談はやろうとしませんでした。聴者になりきろうとして、口話
でなんとかすませようとしていました。レストランでも、メニューは紙に書かずに全部声で
すませようとしていました。今思えば随分肩に力が入っていたんだなぁと。それは「強い」
んじゃなくてたんなる「強がり」だったんです。
聴者社会で強く生きていこうと思ったら「戦う」だけではダメだと思います。
自分の出来ないことは聴者に上手くやってもらおう、位のしたたかさが必要だと思いますよ。
そのしたたかさはどこで培われるのか?これはやっぱりろう者のコミュニテイのなかでで
しょうね。
突発性難聴に見舞われた息子でしたが 高校受験をクリアしました。
これからまた親子共々 あたらしい経験に突入です。
いろいろと論議が盛んですね。わたしも幼稚園年長から
地域で過ごさせてきました。 息子のいろいろな経験 考え方の変化は
そのままわたしの成長とはげみになっています。
中学校2年頃から ぐっと落ち着いたように思います。 あるとき
「いやなこととか いろんなことあるでしょう?」と聞いたら
「そんなもん 気にしとったらきりがないからな」という答えが返ってきたとき
あぁ こんなふうに言えるようになったんだなと思いました。
ちょっと話題からずれましたか? では失礼〜
子供を公園や保育園の園庭開放のときに,遊ばせていて思うことがあります。
3歳と言うと,もうすでに口が達者なころです。
耳の聞こえること,コミュニケーションがうまくとれずに,いじわるしたり、させたりと、
見ていてはらはらするときがあります。子供同士なので時間がたてば仲良くうまくあそぶし、
相手の子に私が話して聞かせればよくわかってくれますが、
その前に,もっと保育園幼稚園小学校などで,手話をはじめ聴力障害の人たちに、
どう接すればよいか,どのように、手助けすればよいかを教えるべきだとおもいます。
これは,他の障害に対しても言えることではないでしょうか。
小渕さんに,第二公用語は,手話と点字にして下さいと私は,言いたい。
長男の大和は,3歳です。2歳のとき高度聴力障害が,わかりました。只今,家族4人で手話の
勉強中です。二男大智もうすぐ2歳は,お喋りの前に,手話をはじめたので,声の言葉より手話の
ほうが上手です。楽しいことがいっぱいですが、親子のコミュニケーションが取れなくて,
荒れることもしばしば。もっともっとたくさん言葉を覚えなくては。聾学校の乳幼児クラスで,
一番元気で,あえっこの大和をよろしくお願いします。
聞こえない子供のアイデンティは、聴者社会の中に1人だけでいると確立しにくいものです。
ろう学校にいる子供達は聞こえないことを恥ずかしいとは思っていません。実際、幼稚部に
いたころはキュードを使うことを全然恥ずかしいとは思いませんでした。いいじゃない。自
分の言葉なんだから。声が出せないから、どうしたって聴者のようにしゃべることが出来な
いんだから、キュードを使うのが当たり前だった。聞こえないからこそそういう必要性が分
かっていた。体で分かっていたんです。でも、聞こえる親はそうではないのですよね。聞こ
えるから本当はキュードなんか必要ない。聴者社会では手話とかキュードの必要性が強くな
いから、そういう手話やサインなどを必要とする聞こえない人の行動がなかなか理解できな
いわけです。いたとしても少数派です。
私はどうやったっても聴者にはなれません。また、なりたいとも思いません。私達日本人が
どうしても白人や黒人になれないのと同じです。でも、わざわざなりたいと思わないでしょ
う。日本人であることに納得しているからです。当たり前だと思っているからです。
ろう者は、ろう者であることに納得しているのでしょう。誇りを持っている人すらいます。
だけど、どうしてか、この問題は「聴者と同じようにやっていかないとこの先大変だろう」
とか「聴者に負けないように」となってしまうんですね。
昔、母に言われたんですよ。「お前は聞こえないんだから人より何倍も努力して他の人を見
返してやりなさい」って。子供心に、「そんなの嫌だなぁ、疲れるよ」って思いました。
「見返す」って言うそれがすごくマイナスな方向に働くような気がしたんです。そんなこと
親にも、誰にも言えないからずっと黙ってたんです。
親が、そういう気持ちで、「戦う」とか「見返してやる」とか言う気持ちでいると子供はか
えって疲れちゃうんですよ。そんな親を見ているのも嫌になってきて反抗したりとか、しま
したねぇ。
インテ組が一番苦手な事は、「自分の耳は聞こえない」と相手に告げることだと思います。
どうすれば、「自分の耳は聞こえない」と言う事を伝えられるかが、インテ組の一番の課題
だと思うし、それを言えるようになるには、「自分」をどう受け止めるかが、一番のポイント
だと思います。
のんたんさん
まさにその通りです。
聴者はそういう苦労は経験したことがないから、そういう心理まで頭が回らないかもしれま
せん。インテ組のそういった心理はものすごく複雑で、解決はなかなか難しいです。聞こえ
ないことや手話を使うことを恥ずかしいことだと思っているうちは、ろう者社会でもなかな
かとけ込めないし、逆にストレスが溜まります。かといって聴者社会にも完全には入れませ
ん。とても中途半端です。聴者社会では、言葉がしゃべれない人のことを「言語障害者」と
いいますよね?その逆で、聞こえないのに手話が使えない、手話でしゃべることが出来ない
人のことを「手話障害者」といっているのを聞いたことがあります。どう思いますか?
私が手話に戻るまで15年もかかりました。この年月はすごく長いです。そして、重いです。
手話を使うようになったとき、気づきました。「もしかして私は本当の言葉(手話)を取り
上げられてしまったんじゃないだろうか」と。
言葉は人を豊かにします。その、言葉を取り上げてしまうことの責任の重さを、口話教育を
唱える専門家やろう学校の教師には気づいてもらいたいです。
>ろう者と出会うと、「かわいそう」ですら、うまく使いこなしている事にびっくりする事も多々
>あります。「かわいそう」をどう使いこなしていくか、戦うも、へいへいと受け止めるも、
>それぞれの性格によって違うのですが、いいじゃない、「かわいそう」と言われたって。
>それを聞いて、傷つかなきゃいいことですもん。むしろ、したたかにあしらって
>いきましょうよ。
のんたんさん、だ〜い好き!
特に最後の「むしろ、したたかにあしらっていきましょうよ」ってところ。
したたかにあしらわれたい山羊@聴者
先日のことですが、区役所で住民票をとる必要があり、並んでいた時のことです。
ふと、窓口を見ると、別の窓口に「耳のきこえない方は申し出てください。振動器を渡します。」
という看板があったので、列から離れて聞きにいったのですね。
すると、窓口に並んでいた年輩の人から「こらっ、並ばんか。」という罵声が。
それで、看板を指差して、「耳が聞こえないので、問い合わせてるだけですっ。」
何しろ、今までの経験では、決められた窓口に並んでも、何かを問い合わせると
別の窓口に行くように言われてますから、時間の無駄を省くためにしたんですね。
それで、窓口係に「私は耳が聞こえないから、この看板に書いてある振動器の貸し出しを
して欲しいんですけどぉ。」と大きな声で言ってやりました。傍の窓口には、例の年輩の方が
いたので。で、彼が何を思ったかは、以前なら気になったでしょうが、今は「ふんだ。」です。
振動器の方は、やっぱし使い方がわからなくて、奥の方へ問い合わせに行ったりと
結構時間を食いました。その代わり、「ここでお待ちください。住民票が出来上がったら、
呼びますから。」という事で特別配慮をしてもらいました。しばらくして、住民票をわざわざ
持参してくれて、ストレス無くスムーズに出来ました。
聴力がいい方なので、聴者のふりをする事もできるので、いつ名前を呼ばれるんだろうかと
の前をうろうろしたり、窓口係の口元をじい〜っと見つめたりという緊張状態ばっかし
繰り返して来たのですが、ろう者から「何でもかんでも耳が聞こえないと言えよっ。」と
言われてから、「耳が聞こえないんですうっ。」と役所では言いまくってます。
その方が向こうも適切な対処をしてくれるし、ストレスもずっと少なくなります。
聴者のふりをすると、厳しい顔をする窓口係りも、「耳が聞こえません。」とカミングアウト
するととたんに親切な対応をしてくれる事も多々あります。
インテ組が一番苦手な事は、「自分の耳は聞こえない」と相手に告げることだと思います。
どうすれば、「自分の耳は聞こえない」と言う事を伝えられるかが、インテ組の一番の課題だと
思うし、それを言えるようになるには、「自分」をどう受け止めるかが、一番のポイントだと
思います。ろう者と出会うと、「かわいそう」ですら、うまく使いこなしている事に
びっくりする事も多々あります。「かわいそう」をどう使いこなしていくか、戦うも、
へいへいと受け止めるも、それぞれの性格によって違うのですが、いいじゃない「かわいそう」
と言われたって。それを聞いて、傷つかなきゃいいことですもん。むしろ、したたかに
あしらっていきましょうよ。
そしてキレた私は子供たちにこう言ったのですね。
「バカもの! お前たちは聴者のふりをしているのか!」
でも,子供たちは「またお父さん怒っている」と無視していました。トホホ…。
私の子供たちが通っている難聴学級に通っていた1人の生徒がろう学校に転校することに
なったため,お別れ会をすることになりました。子供たち,手話を使いませんね〜。子供
がお別れのスピーチをする時は口話だけで,隣に手話通訳者が立ったわけです。子供たち
の視線を見ると,手話通訳者の方を見ているんですね〜。
悲しい光景でしたよ。
集団性ゼロ!
かく言う私の子供たちも手話を使いませんでした。あとで,聞いたら,恥ずかしいとのこ
と。深いため息をつかざるを得ませんでした。
おはよーございます。いいことが一杯書いてあるから 友達にも
読ませてあげよう!と 掲示板を印刷しようと思ったのですが・・・
印刷しても 紙に入りきらなくて 右側が切れてしまいます。
どうしても 印刷したいのですが・・・パソコン新米の私に
上手に印刷する方法を教えて下さい!Help me!
>いずれ、我が子も聾の世界にふれ、聞こえない事から解放されるでしょう。
>私も手話を覚えたいと思っています。
いずれ…ではなくて,今必要だと思うんですけどね。
あるぱ@仙台です。
いや〜すごいですね。ふらふらと迷い込んだらびっくり。
こういうとこあるなんて時代も進歩してきましたね。
開設されたそうであるととさんに感謝します。
あ、わたしめは聴障で家内も聴障、子供二人も聴障、親子2代インテで、
長男も次男も聾学校幼稚部でて家の近くの難聴学級のある普通小に通ってます。
上が小5,下が小1です。
聴力は4人ともHA付けても効果がないと思ってもいいです。
まずはご挨拶まで。
過去のログ読ませて頂いてみなさんとの話題に追いつくように
勉強してからまた参りますのでよろしくお願いしますね。
ととさん、遅くなりましたが質問に対して回答していただきまして
ありがとうございました。納得しました。
ところで、皆さん「アイ・ラヴ・ユー」という映画をご覧になり
ました?今度神戸で上映されるので見に行こうと思います。
ひまわりさんへ:
私も同感します。同じ関西ということなので是非一度お会いして
ゆっくりお話できたらと思います。もしよかったらお返事
ください。
ようこそ、ひまわりさん。 そして、これからもよろしくお願いします。
なんだか、私には、ひまわりさんの書き込みと言うか、悩める母さん最後の書き込みを
読んで、パソコンの前で「うーん!」と唸っている自分の思いを書き込んでくれた人達
の姿が目に浮かびます。 私も唸ってます・・・
ひまわりさんの考えって、少数派でしょうか? (インテさせた)親の会に参加すると
それは多数派のように感じるのですが。 私のような考えの方が少数派です。 で、そこ
で私はまだ小1の子をもつ親ですから、新参者です。 決して諸先輩に対して意見したり
アドバイスしたりはしません。「私はこう考える」「私はこうして見る」と言うだけです。
ですから、ひまわりさんに対しても同じです。 自分で信じた道を進めば良いと思います。
でも、ここに書き込んでくれる聞こえない人達の考えは、今迄、表にでることの少なかっ
た貴重な本音だと思っていますから、大事にして下さい。 そして、再度書きますが、
「聴覚障害者の心理臨床」特にその中の「聴こえる親と聴こえない子」 だけは読んで
下さい。 出来れば後で感想を聞かせて下さい。お願いします。
悩める母改めひまわりです。どうぞ、よろしく。
闘う親子は、少数派でしょうね。
でも、決して「ろうの世界」を否定しているのではありません。
いずれ、我が子も聾の世界にふれ、聞こえない事から解放されるでしょう。
私も手話を覚えたいと思っています。
なぜ、闘う道を選ぶかは、ひとことでは言えませんが、
「障害」を持つ子の親の気持ちを数多く聞いてきたからでしょうか。
その親たちも圧倒的に少数派です。
今日の朝日新聞の朝刊の声の欄に「手話への好奇もってのほか」と
ありました。こういうふうに考える人もいることにほっとしました。
でも、やっぱり少数派でしょうね。
悩める母さんへ
私の無神経な(?)投稿、ご容赦下さい。 ちょっとだけ言い訳というか、「意志表明」を。
私の仕事は、「教育相談」です。プロ意識を持ってやっていますし、そうでなければならないと
思っています。「仕事」の時は、親御さんの反応を予想して、こちらは喋ります。「A」と言い
たいけど、「A’」あるいは「B」ってことは日常茶飯事です。口先の仕事ですが、言いたいこ
とが言えず、ストレスが溜まるときもあります。 「仕事」だから当たり前ですが。
この掲示板へ投稿するときは、最初のうち迷っていました。ここで「教育相談」をするのか否か。
これからもその迷いは続くと思いますが、ここでは出来るだけ「仕事」はしないようにしようと
思います。聾学校教師の山羊ではなく、山羊個人として発言していきたいと思いました。
「過激な山羊」ですから(自分ではそう思ってないんだけどぉ)、これからもカチンとされる
発言はあると思います。どうぞ、ご批判下さい。議論を戦わせましょう。
「厳しいのはどっち?」については、たくさんの方が山羊批判も含むフォロ−を頂いたので、
今、私からのコメントは特にありません。
でも、「元気が出てきたわ!」を読ませていただいて、感じたことは
「何で『闘う』という、しんどい道を選ばれるんだろう?」という疑問です。
確かに、聾者はマイノリティ−(少数派)。社会的な抑圧を受けています。でも聾者は、その
抑圧すらデフ・ジョ−クで笑い飛ばす活力を持っています。さらに、彼らの社会は、聴者から
見て「うらやまし〜〜」と思えるところすらあります(この辺りは、「もうひとつの手話」を
読んでみて下さい)。
親御さんが「闘う」ことが、お子さんが「ろうの世界」へ行くことの足を引っ張るのではない
かと心配しています。
と書けば、多分、ととさんから「そんな書き方したって分からないでしょう!」とお叱りを受け
るのかな? でも、もう一度書きますが、ここでは「教育相談」は止めたいと思っています。
1000回目の記念品「しょうちゃんのビデオ」、ダビングしておいて下さい。
多分今年も、お会いすることがあるでしょう。そのときに。
薔薇さん、情報有り難うございました。
学校のPHでは、学校案内だけで今ひとつですが、紹介していただいたところへも行ってきまた。
年度末で少しバタバタしております。では。。。
たくさんのご意見ありがとうございます。
我が子の声と思って読ませていただきました。
私の悩みは、子供が素直に育って行かないことにあり、そのことで
私も苦しんできました。聾学校でも、難聴学級でもなく普通学級を
選んだ時に覚悟をしていたはずでした。5年間の間にいつまで経っても
親の気持ちや人の気持ちをわかろうとしてくれない我が子にイラついて
いました。その中で聞こえない苦しみをわかってやっていたかと
聞かれると、そうではなかったかもしれません。
ちびねこさんが「聴者の中にいて、素直な子供に育つというのは、難しいこと
なんです。」と言われていますが、そう考えると我が子は、当たり前に育っている
ということですよね。
また、「聞こえない子供が聞こえる子供と全て同じようにできるわけはないんです。」
それは、よくわかっていますし、のんたんさんの言われる「健聴者同様の社会人として
見られる事はない。」 甘い理想を追っているわけでは、ありません。厳しい現実を
知っているからこそ親は心配して悩むのです。
親は、先に死んでしまいます。親亡き後もなんとか幸せに生きて自分の人生を全うしてほしい。
ただそれだけです。そのために我が子を鍛えるのです。兄弟も鍛えるのです。
そして、己自身を奮い立たせるのです。
「甘い生活を送っては、どうしていけないのか。」
障害のある、なしにかかわらず甘い生活を望むか、
しんどい生活を望むかは、その人の生き方でしょう。
私達が生きている間にろう者にとって、障害者にとって生きやすい
世の中になるでしょうか。私は、ならないと思っています。
聴き返す度に嫌な顔をされ、聴けなくなってわかったふりをする子にではなく、
嫌な顔をされても聴ける根性です。この根性を身につけるためには、
素直な子であっては、だめなんです。何も悩む事は、なかったんです。
思い通りの子に育っているのですから。
ただ、自分の世間の狭さから高校行けなかったらどうしよう。とか、中卒で働くなんて
と思ってしまうのです。勉強できるほうが、出来ないより楽に生きていけるのでは、と・・・
世間の隅で小さくなって平和に暮らすのではなく、闘う道を選んだのです。
それは、親も子もしんどいことですが、力尽くまでがんばります。
なんか、意思表明みたいになってしまったみたいで ごめんなさい。
関東の方が多そうなので、私は、関西なのでインテのニュアンスが
ちがっているのかもしれませんし、インテについても考え方は、
様々だと思います。
悩める母でなくなってしまったので、この名前は、返上します。
ご無沙汰しています。 ROMのかかさんです。 家のパソコンがプロバイダーと繋がら
なくて今日やっと3日分読んでいます。 ちょっとカメレスですが、
地域の学校に通わせる親がメエメエ山羊さんのレスを読むと、ちょっとカチンと来ます
よね。 わかります。 でも、ちょっと冷静に。
地域に通わせているからこそ、子供を客観的に見る力が親に 求められているかな? と
思います。 親の感情で走ってしまって、子供の現状を忘れてしまった場合、一番困る
のは、愛する我が子ですもんね。 山羊先生のカキコは、そのためのアドバイスとして
受け止めましょう。
ところで、子供の立場を理解するためにわざわざ外国へ行く必要はありません、地域
のろう協や手話サークルでろう者の中に入って行きましょう。 手話がわからない時、
まさに異国の世界です。 そして、手話が少しづつわかりだすと、今の我が子が学校で
味わっている状況ですね。 ろう者の中で完全に手話を読み取った訳ではないのに、
知ったかぶりしてしまう自分がいます。 中々「今の手話、何?」って聞けなんですよね。
いつも反省ばかりのかかさんでした。
>聾学校では、心やすらぐ友達ができるでしょうが、世間にろう者がいかに差別され、苦
>しい思いをしていることを訴えていく力がつくでしょうか。
そう,今のろう学校ではそのようなことを教えていません。でも,本来はろう学校がやら
なければならないことなのです。ろう学校の現状を論じることと,ろう学校のあるべき姿
を論じることは基本的には別ではないでしょうか。
>差別されている者が声をあげていかないと世の中変わりませんよね。差別するほうが悪
>いに決まってますが、周りが変わって行くのを待ってるだけでは良くなりません。
まあ,差別の構造的要因の解明は KANA さんにまかせとくとして (^^;
声をあげるためにはやはり,心やすらぐ友だちを持っていた方が大きな声になると思いま
すよ。
私は実は大杉さんとは附属ろう幼稚部,小学部時代の同級生だったのですね。私は大杉さ
んのようにカミングアウトする勇気はとてもありませんでしたが,やはりインテのデメリ
ットと言うものはもっと聴者である親に知って欲しいと思います。
そう言えば,私の母が「はまなすの歌」に寄せた文に書いていましたが,私が学生時代,
母にこう言ったことがあったそうです。『僕は手話を覚えて初めて心から笑うことがで
きたんだよ。』と。そんなこと言ったかな〜。
私の子供たちも地域校に通っていますから,悩める母の気持ちもわからないではありませ
ん。しかし,地域校に通いつづけるならば,子供(聞こえない子)が同じ聞こえない子供
の友人とのかかわりを持てるような環境を地域校とは別に用意してあげる必要があると思
います。それがないと,アメリカの高名なろう運動家,ボウ氏が言っているように,『ガ
ラスの箱に閉じ込められている感じ』を,地域校に通っている聞こえない子供たちはいつ
も感じてしまうことになると思います。
んぢゃ。
ちひねこさん、のんたんさん、nonさんの書き込みは私も同感です。
「コミュニケーション能力が中途半端」でちひねこさんが例にあげたような人はたくさん
いるでしょうね。ちひねこさんが例にあげたのとは違うかもしれませんが
友人に大学で教えている人がいます。その人の大学にインテ出身の人が何人か入ったので
すが、彼等は手話もできなければ、人とのつきあいかたもよくわからないようです。
その大学は(多分)レベル高いようですから勉強ひとすじできたのだと思います。
遅刻しても謝らない、お母さんに任せっきり、廊下で会っても挨拶しない、昼休みは隅で
ひとりポツン...などなど。お話を聞いてびっくりしました。
私の友人は聴覚障害の学生たちが入ったことでろう社会に興味をもちはじめ彼の専門の中で
ろう者に関連する研究をしているようです。ですから彼の学生に対しても理解しようと努力
しています。
モラル、常識、マナーなどは親から教わり、社会との関わりの中で学んでいきます。親との
十分なコミュニケーションもできず、社会との関わりとも満足にできなければそれらは
欠如してしまいます。
私がcaliforniaに居た時に聞いた興味深い話に、健聴の親が壊れたテレビのことで話してい
ます。「電気屋さんに来てもらって修理してもらおう。」と。ろうの子供はその話の内容が
聞こえていません。子供がいない時に電気屋さんが来て修理しました。子供は直ったテレビ
をみてびっくり。神様が直してくれた!(マジックで直した!だったかな?)と思ったそう
な。
普段の何気ない会話からも子供は学んでいくのですね。でも聞こえない子供は想像を働かせ
なければなりません。親御さんは子供を想像の世界や子供だけの殻に置いていっては
いけません。
*のんたんさん
>それが、吉に働くか、凶に働くかだけなのです。だから、それは割り切って生きるしかな
>いなあという事です。ただ、インテのきつい面は、一人ぼっちだと感じてしまうことにあ
>るので、聞こえない仲間は必要です。そして、聞こえる親は、一度でも、いいから、言葉
>の通じない外国で一人暮らしをしてもらいたいものです。自分の出来ない事を子供に押し
>つけていないか、もっと深く考えて欲しいし、何故、甘い暮らしをしてはいけないのか教
>えて欲しいなあ…。
んだんだ。まったくその通りだ。一部の先生も。外国まで行けなかったら耳栓して英語とか
外国語を口話法で学ぶとか??
のんたんさん、ちひねこさんの書き込み、同感ですね。
とくにちひねこさんの書き込み、目頭が熱くなってきました。
>インテしたときのデメリットというか、欠点は「コミュニケーション能力が中途半端」な所
にあるんですよ。この中途半端というのがすごくやっかいなもので、トラブルのもとにもな
ります。聴者社会に1人だけでいると、「分からないのに分かったふり」をどうしてもして
しまいます。「分からないときはちゃんと聞きなさい」とか「分かるように努力しなさい」
とか言われるけど、どうしても限界はあります。そうして「分かったふり」を自然にやって
しまうという・・・。で、あとで問題が起こったとします「だってわかんなかったんだも
の」「でもあなたはあのときちゃんとうなずいていたじゃない」こういう事になります。
そこで「この人は何言ってもわかんないからほっとこう」になるか「いや、分かるまでちゃ
んと話そう」ここで分かれると思うんですよ。「分かるまでちゃんと話す」聴者は意外と少
ないです。
そうです。その通りです。何回も聞き返すと逆にうっとうしがられるんです。
口では言わないけれど、表情を見ればすぐ分かります。
悲しいかな、それが現実ですよ。そして、
>情報能力にどうしても欠けるから、外のことに目が行かずに自然と自分の内側にこもってし
まい、時として独りよがりになってしまうこともありますね。
私もそうでした。そうならざるを得なかったというか、、、。
自分の殻に閉じこもって、自分の心の一番奥は誰にも見せない、
そんな自分でしたよ、最近までは。
ある人に出会って、少し変わったのですが、前の自分は孤独でした。
まあ、そこは自分の気持ちの持ちようと、本人の性格もあると思います。
でも、自分が思っていたことと同じようなことを、
ちひねこさんが言ってくれたので、なんだか嬉しいですね(^^ゞ
なんだかまとまりがない文章になりましたが、以上です(^^;
今週は私事いろいろあり疲れました。
めえめえ山羊さんのかかれた事、よくわかります。でも、悩める母さんの言うことも
よくわかります。いじめられた事がない、差別された事がないというのは、うそだと
いうより、いじめられないように生きていく、目立った差別を受けないように
全力を尽くすと言ったほうが実情に近いのではないかと思います。
にこにこと笑顔を作って摩擦を起こさないように自分を殺して生きるか、
いろんな事を考えて、健聴者の先を一歩制するように先んじて生きるのか、
自己主張をして、袋叩きにあうのか、それぞれの性格によって決まりますが、
この掲示板に来られているろう者の方たち 立派な方ばかりで
就職、結婚、言いたいことは主張できる。理想です。
いいえ、そんな事はないと思いますよ。健聴者に対して自分の権利をどうどうと主張できる力が
ありますと言い切れる人は未だないと思います。残念ですが、それが実情ではないでしょうか。
ただ、結婚、就職は誰でもチャンスがあれば出来ます。
しかし、恐らくここに書いて来られてる親御さんの期待通りに健聴者同様の社会人として見ら
れることはどんなに優れた学力があろうと、能力があろうと、なかなかないだろうと思います。
子供扱いされる事はよくある事だし、障害者=弱者として見られることなく、生きている人は
恐らく皆無でしょう。
それが、吉に働くか、凶に働くかだけなのです。だから、それは割り切って生きるしかないなあ
という事です。ただ、インテのきつい面は、一人ぼっちだと感じてしまうことにあるので、
聞こえない仲間は必要です。そして、聞こえる親は、一度でも、いいから、言葉の通じない外国
で一人暮らしをしてもらいたいものです。自分の出来ない事を子供に押しつけていないか、
もっと深く考えて欲しいし、何故、甘い暮らしをしてはいけないのか、教えて欲しいなあ…。
あのぅ。
インテ経験者の私が言うのもなんですけど。
聴者ばっかりの中にいて、明るく素直な子供に育つていうのはなかなか難しいことなんですよ。
例えば内緒話がすごく気になる。何を言っているのか分からないから。自分のことをいって
いるのではないかとすごく神経質になってしまった人を私は沢山知っています。
また、ととさんが言っているサイレントマジョリティーも存在します。
インテしたときのデメリットというか、欠点は「コミュニケーション能力が中途半端」な所
にあるんですよ。この中途半端というのがすごくやっかいなもので、トラブルのもとにもな
ります。聴者社会に1人だけでいると、「分からないのに分かったふり」をどうしてもして
しまいます。「分からないときはちゃんと聞きなさい」とか「分かるように努力しなさい」
とか言われるけど、どうしても限界はあります。そうして「分かったふり」を自然にやって
しまうという・・・。で、あとで問題が起こったとします「だってわかんなかったんだも
の」「でもあなたはあのときちゃんとうなずいていたじゃない」こういう事になります。
そこで「この人は何言ってもわかんないからほっとこう」になるか「いや、分かるまでちゃ
んと話そう」ここで分かれると思うんですよ。「分かるまでちゃんと話す」聴者は意外と少
ないです。会社でもそうです。
情報能力にどうしても欠けるから、外のことに目が行かずに自然と自分の内側にこもってし
まい、時として独りよがりになってしまうこともありますね。インテしていたころは本当に
よく自分の殻にこもってしまい、親からよく怒られました。インテしていて、自分の殻にこ
もらなかった人っていないと思う!
一つ例をあげますね。会社でのことだけど。
私の他に、ろうの女性が1人働いています。
彼女のコミュニケーションは手話だけ。筆談は誤解が起きやすい。典型的なろう者です。
彼女がトラブルを起こして、同僚が不満を上司に訴えます。上司の答えはこうです。
「彼女は可哀想な人なんだから、あなたが大人になって我慢しなさい」
そうして同僚は彼女に対して何も言えなくなってしまいます。言われないので気づかないま
ままたトラブルを繰り返します。
「障害者だから大目に見る」人と
「障害者でも関係ない、同じ人間としてちゃんとやってもらう」人がいるっていうことです
よね、やっぱり。
でも、これがろう者同士だったらどうでしょう?お互い聞こえない者同士、立場が同じだか
ら「障害者だから大目に見る」っていう意識は少ないと思いますね。
私も実際、「人付き合いに失礼な面があるから気をつけなさい」ってろう協に入ってから言
われましたもの。それまでは言われたことがなかったんです。みんな「しょうがないよね」
って感じで。
でも、これだけは言っておきたいです。
いくらインテしようが、口話が上手く出来ようが、聞こえない子供が聞こえる子供と全て同
じように出来るわけはないんです。これが障害です。
「出来ないことは出来ない」っていう障害の受容は必要だと思います。
これは本人だけじゃなくて聞こえる親も必要なことなんじゃないでしょうか?
はぁはぁ・・・。なんか熱くなってしまいました。久しぶりに書き込んだのにこんな内容で
ごめんなさい。かみつかれるかなぁ・・・。
いろんな議論をかわしましょう!!
今日、子供(3番目)の身障者手帳をもらって
きました。赤い表紙でした・・・
乳幼児医療申請の用紙も重度障害者用に変えられ
ました…(望みもしないのに)
1種3級でした。手帳の写真には、1才の
我が子が貼ってあります(5200gですが)
がんばらねば。
仕事中でも、いろいろなHPを見ることが
出来ます(サボリですが)情報もいっぱい手に入れることが
出来ます。
でも、親の気持ちは、多分、昔も今も変わらない
のでは?と思います…
だから、ココでいっぱい話し合いましょう!
便利な世の中です(自分がネットワーク関係の仕事
してるのに今更、こんな事言うのはおかしいのですが)
チョット前は、このような場さえなかったのですから・・・
2000回目を狙っていきますネ。
メエメエ山羊さんの“厳しいのはどっち?”を読んで、誰かから噛付かれるぞ、と思って
いたら・・・ 案の定。 少し静観しておきます。(振られる前にっと)
あっ、でもひとつだけ。 悩める母さん、以前メエメエ山羊さんが薦めていた
「聴覚障害者の心理臨床」(日本評論社)は悩める母さんにとっては必読だと思います。
読んで見て下さい。
さて、1000回の記念品ですか? う〜ん、しょうちゃんのかわいいビデオなんて
いかがですか?
メエメエ山羊さんへ
インテしている親としては、黙っていられないです。
学校で色々もめて(子供同士のトラブル)、電話したり、
家まで行って頭下げたり。嫌な事いっぱいあって、
しんどくなって、逃げ出したくなります。「どうして
みんなと同じことできないの。当たり前のことでしょ。」
と次男を叱ってきました。
今もクラスの中には、次男のさぼりを許さない子達もいます。
許してくれる子は、いるのか後は、無関心なのかわかりませんが。
大目にみてもらえるほうがいいと正直思ったこともありますが、
今の選択が間違っていない事に気づきました。
メエメエ山羊さんの言葉で目がさめました。親も負けません。
普通学級に行きつづけます。
この掲示板に来られているろう者の方たち 立派な方ばかりで
就職、結婚、言いたいことは主張できる。理想です。
我が子もそうなってくれたらどんなにいいか。
聾学校では、心やすらぐ友達ができるでしょうが、
世間にろう者がいかに差別され、苦しい思いを
していることを訴えていく力がつくでしょうか。
差別されている者が声をあげていかないと世の中
変わりませんよね。差別するほうが悪いに決まってますが、
周りが変わって行くのを待ってるだけでは良くなりません。
いじめられたり、差別されたことがない。とおしゃる方がいますが
それは、うそです。気づいていないだけです。
なんか一気に書いてしまいましたが、力が湧いてきました。
>デフファミリーに一番残酷な仕打ちができるのは、実はろう者社会でもあるのです。
2年ほど前だったかなぁ。大杉豊さん(ロチェスタ−大)が、自らを振り返って書いていた
ことを思い出しました。
「インテグレ−ションこそ、甘えられる世界。マナ−違反をしても『あの子は聞こえないから』
と誰も注意してくれない。だから、自分の我がままと独善に気づかない。聾者社会に入って
始めて叩かれ、己の至らなさに気づいた。」
文面は違っていると思いますが、こういった内容でした。
厳しい健聴者社会に出すためには、わが子をインテグレ−トさせて鍛えておこう と考えている
親御さん方。どんなものでしょうか?
健聴者社会って、実は聾者には甘いんだよね。なんかあっても「アイツの場合、しゃ−ないか」
となる。でもそのツケは結局本人に返ってきて、「やっぱり聾者は、我がままだ」と言う評価を
受けることになる。責任はどっちにあるのか、分かりませんがぁ。
聾学校(=聾者社会)でわが子を鍛えておいて、甘〜い健聴者社会に出すっていうのがベタ−?
ところで、
1000回目の投稿者には、管理人から記念品は出ないの?
出ないんだったら、10000回目をめざします。
まあ,公立のろう学校の教員たちはですね,構造的な問題がありますから,難しいんです
よね。あれこれ話すと,私自身気が滅入ってしまいますから,ととさんや山羊さんにおま
かせしたいですね。
でも附属ろうの今の副校長は,私が附属ろう小学部にいた時の担任の先生だったんですよ
ね。幼稚部の今の主任の先生は幼稚部で3年間お世話になりましたね。この先生と話すと,
やはり時代の流れと言うものを感じますね。んぢゃ。
下のウェブページは附属ろう中学部の先生のものです。この中に中学部の入試の様子が
ちらっとかかれています。このウェブページでは附属ろうの様子を時々紹介しますから,
時々読むのも良いかも知れませんね。
そう言えば,去年霞ヶ浦ろう学校を見学した時,中学部の部屋に「今年の目標:附属ろう
に入ること」という紙が貼ってあったな〜。
> 聾学校にも、公立、私立、と色々ありますが、どんな違いがあるのでしょうか。
> 筑波聾(国立)というのは、やはり特別何かが違うのでしょうか。
> それと、編入試験ではなかなか入れない(難しい)と聞きますが、その辺も、ご存じ
>の方がいたら、教えていただけますか。
山羊さんから回答があるかなと思ったのですが,ないですね。う〜ん,私の知っている範
囲で少し書き込もうかなと思います。インテグレーションが大きな流れとなるまでは,全
国各地の公立ろう学校の学力優秀な生徒が附属ろう学校に転校するようなシステムがあっ
たんですね。ろう教育の歴史と言うものを見ると,そうなるような必然性があったと思う
んですけど,これはまた別の機会に誰かが書いてくださることでしょう。インテグレーシ
ョンが普及して,学力優秀な生徒が地域校に転校する例が相次ぐようになると,附属ろう
の相対的な地盤沈下が始まったんですけど,まだまだろう者社会の中では附属という名前
は相当なブランドイメージがありますね。
附属ろうの教育が特別優れているとかということはね〜,あまりないと思います。まあ,
全国のろう学校の先生を附属ろうに引き抜く例も相変わらず続いていますけどね〜,ま,
そんなもんです。要するに,一般社会の進学校と同じで,教育方法が優れているのではな
く,もともと優秀な生徒が集まると言うことなんだと思いますね。
まあ,今の附属ろうは相変わらず口話主義を掲げてはいますけど,私が聞く範囲ではずい
ぶん変わってきたようです。(続く)
附属ろうの変化と言えば,一番の変化はやはりデフファミリーが劇的に増えてきたことで
しょうね。まあ,それは他のろう学校でも同じなのですが,幼稚部の場合,デフファミリ
ーが増えてきたことで,手話はダメとは言っていられなくなったと言うところがあります
ね。ただ,デフファミリーにもいろいろ裏表があって,一概には言えないんですけどね,
ま,附属ろうの幼稚部でも聞こえる親たちが聞こえない親たちと一生懸命手話で会話をし
ている光景はそんなに珍しいものではなくなりました。小学部では親だけの手話講習会も
やっています。指導者は小学部の生徒の親(ろう者)です。
でも,私の知人たちから聞く話では,「附属ならきちんと教えてくれると思って入ったの
に,現状のひどさにがっかりした」という話も結構ありますから,先生による違いが大き
いんでしょうね。私の知人(ろう者)の息子が附属ろう小学部の生徒なのですが,この生
徒の担任の先生はとにかく手話を使って授業をするそうです。また,生徒が口だけで返事
をしたり,話をしたりすると,手話を使ってと注意するそうです。
でも若い手話に理解を示す先生と年配の先生との衝突が耐えないと言う話も聞きますし,
附属ろうもいろいろあるようです。日本ろう話学校はもう日本で一番口話主義に凝り固ま
った学校と言うイメージがありますね。実際そうだったんですけど,今日本ろう話学校の
校長が手話講習会に通っているそうです。「へ〜〜〜〜〜!」と思いましたね。まあ,日
本ろう話学校の先生たちの中には手話通訳の資格を持っている人も結構いますから,ま,
それなりにやってはいたんでしょうね。
> 聾学校にも、公立、私立、と色々ありますが、どんな違いがあるのでしょうか。
> 筑波聾(国立)というのは、やはり特別何かが違うのでしょうか。
> それと、編入試験ではなかなか入れない(難しい)と聞きますが、その辺も、ご存じ
>の方がいたら、教えていただけますか。
山羊さんから回答があるかなと思ったのですが,ないですね。う〜ん,私の知っている範
囲で少し書き込もうかなと思います。インテグレーションが大きな流れとなるまでは,全
国各地の公立ろう学校の学力優秀な生徒が附属ろう学校に転校するようなシステムがあっ
たんですね。ろう教育の歴史と言うものを見ると,そうなるような必然性があったと思う
んですけど,これはまた別の機会に誰かが書いてくださることでしょう。インテグレーシ
ョンが普及して,学力優秀な生徒が地域校に転校する例が相次ぐようになると,附属ろう
の相対的な地盤沈下が始まったんですけど,まだまだろう者社会の中では附属という名前
は相当なブランドイメージがありますね。
附属ろうの教育が特別優れているとかということはね〜,あまりないと思います。まあ,
全国のろう学校の先生を附属ろうに引き抜く例も相変わらず続いていますけどね〜,ま,
そんなもんです。要するに,一般社会の進学校と同じで,教育方法が優れているのではな
く,もともと優秀な生徒が集まると言うことなんだと思いますね。
まあ,今の附属ろうは相変わらず口話主義を掲げてはいますけど,私が聞く範囲ではずい
ぶん変わってきたようです。(続く)
山羊さんにはかないませんね〜。(苦笑)まあ,いろいろ思うことはあるのですが,あまり,
ろう者社会のアラをあげつらうのもなんですしね,ここら辺りで終わりにしましょう。
ととさん、有り難うございました。
>聾教育の中心という自負
が、やはり、大きいということでしょうか。
>谷間の子供達(KANAさん、はじめまして、です。)
と言う言葉が、とても印象に残りました。
聾教育の中心と谷間、なんて、あまりにも上手いタイミングで登場した言葉だと思って
しまいました。
キンタさん、また、お邪魔してきました。
私もいつも思うことなんですが、「この子ってゆうずうがきかないよ。。。」って。
直球勝負で、変化球を教える余裕のない親のせい・・・と感じる毎日です。
メエメエ山羊さんの言われていること確かにそう思います。
(薔薇さんのお話しだとそうでもない人(ろう)もいるようですが。)
昨日ちょうど似たような内容のメールを友人に出したので載せちゃいます。
「自分の子どもがそうだったらと思うと...」と言ってなぐさめてくださるので、
(そこ方自体私が話して以来ととさんのページを自分で見つけあてたり、いろんな勉強をして
教えてくださり非常に助かっています。)
「 うふふ。
現実を受け止めるまでには多少かかりましたが、
今はわが子の耳が聞こえないこと自体何とも思ってません。
生まれ直したとしても、同じろう者でいいかなって思います。
わが子のおかげでろう文化に触れ、ろう社会を知ることができましたから。
わが子は私たちとろう社会の人たちとの大切なパイプ役です。
ろう者の親になるのもなかなかいいですよー。なーんてね。」
ってね。
まっ、これから結構忙しいのかもしれませんけど(手話の勉強とかろう教育の
改善を求めたり..)それも面白いじゃないですか。
”かわいそう”ではなく、
”それは忙しくなりますね”って言ってくれるのもいいかもしれませんね。
最近こういうのもありましたよ。
”ふーん。そうなんだ。”
それもわるくないなあ...。
最近聴者の反応を観察しているオアシスでした..。
問題:1000件目の方は・・・・・
答え:1000件目の書き込みは、メエメエ山羊先生でした。 \(^o^)/
さて、この書き込みのタイトルは何だったでしょう? ヒントは過去ログにあります。
ところで、ととさん。これからも頑張ってください。
ここのおかげで、どれほどたくさんの親たちが励まされ、勇気づけられたことでしょう?
今後ともよろしくお願いいたします。 m(_ _)m
「かわいそうと言うな」と言う方法もあるでしょうが、私は次のような言い方をしまくって
います。
聾のお母さんが妊娠したと聞けば、そのお母さんに「聾の赤ちゃんが欲しいね!」。
他のお母さん方には「聾の赤ちゃんが産まれるといいよね!」。
聞こえる親御さん方には、何かにつけ「残念ながらお父さんもお母さんも聞こえるので…」。
聞こえない親御さん方には、 「おお、デフファミリ−!ラッキ〜」。
マントラ唱えて洗脳してるみたいだけど、ヤツら(口話主義者)だってもっとひどい洗脳を
してるんだからネ−
薔薇さんへ
ろう者がかわいそうとは...。
聴者からそういわれつづけているからでしょうかね。
でも理解に苦しみます。
話しは変わりますが、8ヶ月の子ども(ろう)にできる限り手話を教えているのですが、
まだ応答してくれません。(笑顔は振りまいてくれますけどね。)
パパ、ママ、かわいい、大好き、おはよう、なまえ、お姉ちゃんA、お姉ちゃんB、ご飯
(^з^)−☆Chu!!(これは手話ではありませんが。)、おいしい、ばいばい
(これもちゃうかな)....。 とかいろいろやってるつもりなんですけどね。
でも、ちょっと手をほっぺに持っていくと、”ほれほれこれパパや”などと、
ばかおや、いや、おやばかになっております..。
あと、おかしいのはお姉ちゃんA(大きい方の聴者)が手話で歌を歌ったり、
いろいろ説明したりするんですよ。でも全然手話になっていないっていうか、
全くの自作手話をやるので、夫婦そろってかげでクスクス笑ってます。
お姉ちゃんB(小さい方の聴者)はこれまた笑えるんですが、
知ってる手話を連発するんですよ。
お母さん、お父さん、ネコ、お花、お船、ってね。(akiさんに一度教えていただいたのです。)
何の脈略もなく、いきなり連発するんでこれもおかしいです。
下の子が話し始めるのが楽しみ。
そして、兄弟同士手話で会話する姿を早くみたいものです。
ベアさんの報告、ありがとうございました。 聞こえない子が普通学校に通う場合のほぼ
理想形に近いものでしょうね。 通常、聞こえない子が聞こえる子に合わせて行くことが
普通学校に通う条件みたいなものでしたから。 手話を取り入れない聾学校がまだ沢山
あるのに、普通学校での手話導入なんて、皮肉なものですね。
ただ、この場合でも、問題はあります。 その聞こえない子がどうやって手話を獲得し
発展させて行くか、です。 より高度な学習をする為には、手話のレベルも上がって行か
なければ、なりません。 それをどこでするか? です。 同級生間の場合は、その子が
発っした手話を見て、周りの子が取り込んで行くことになるでしょうから、その子の手話
レベルは、その場では、発展しません。 先生の手話力が大切になります。 しかし、それ
だけで十分では無いはすです。 現在、我が家もそれで悩んでいます。
所で、ベアさんの近くに住んでいるという“mizo”さんから、連絡したいとの書き込み
がありました(ログの822)。 良かったら連絡して下さい。
ベビー型で左右逆にするのは、グランブルーさんが考えているように、ハウリング防止
です。 小さい子の場合、耳はどんどん成長しますから、イヤーモールドからの音漏れが
すぐに起こります。 本当は音の方向性を正確に認知する為には、同じ方に付けた方が
良いのですが、ハウリングが起こればそれどころではありませんので、左右入れ替えて
います。 逆に付けても音の方向がわかるのは、音の情報だけで方向を認識しているので
は無いからです。視覚的なもの、振動、等々です。 右から音がすれば左を向くと、無意識
に判断している可能性も無きにしもあらずですが、う〜ん、今の段階でそこまで音を聞き
取っているとは考えづらいです。
> 聾学校にも、公立、私立、と色々ありますが、どんな違いがあるのでしょうか。
> 筑波聾(国立)というのは、やはり特別何かが違うのでしょうか。
> それと、編入試験ではなかなか入れない(難しい)と聞きますが、その辺も、ご存じの方が
> いたら、教えていただけますか。
私も詳しくは知りませんが、誰もResがないので、少し書きます。
私立は「日本聾話学校」だけです。 ここは、口話教育一筋と聞いています。
筑波聾に関しては、iceさんと同じような情報しか持っていません。 ここも、
口話バリバリです。ろう教育の中心と言う自負が先生にも生徒にもあるようです。
(そんなことを何時までもやっていたら奈良や三重に抜かれるぞ!)
他は総て、県(都、道、府)立だったと思います。 全国で107の聾学校があります。
>これからのろうの親御さんには言うな!というよりは前よりはすこしづつ良くなってき
>ているではないか、諦めないでこの子たちの未来の為に頑張ろうよ!と言ってみればよ
>いのではないでしょうか?
いいえ。そう言わなければろう者の世界ではなかなか理解してもらえません。そして、大
半のろう者はろう教育には無関心です。なぜなら彼らの子供は聞こえるからです。彼らに
とって、もはやろう教育は過去のことなのであり、本当にろう教育を変えなければならな
いと考えるようなろう者はほんの一握りに過ぎません。大半のろう者は自分の子供が聞こ
えることを望んでいます。それはまぎれもない事実です。かわいそうという何気ない一言
でいかに傷付く人がいるか、そう言うことに思いをはせられるようにするためにも、時に
は過激とも言えるようなもの言いも必要であると思います。
デフファミリーに一番残酷な仕打ちができるのは、実はろう者社会でもあるのです。実は
この辺りの実情があまり聴者の世界では理解されていないとも感じています。そこに大き
ないらだちを感じてもいるのですね。
皆様のおかげで、掲示板の書き込みが1000件を突破しました。
1000件目の方は・・・・・(ちょっと意地悪して)ログを見ればわかります。(^_^)
これからもよろしくお願いします。
ところで、昨日から自宅のパソコンがインターネットへ接続できなくなりました。
変則的な事をしているので、思うように返事が書けずにすみません。
早く復旧させなければ!!!