私も、サラマンカ宣言は、ととさんと同じ様に考えていました。
「谷間の子ども達への現実対応」の要素があったとは…
>私がサラマンカ宣言を知った、講演会の時も、発展途上国はこの宣言を喜んでいると、言って
>いたので、私としては?? だったのですが、発展途上国は人件費の方が建設費よりも安いので
>この考えを受け入れやすいと解釈すれば良いのですね。 現実はそれに適した人を育てる方が
>遥かに大変だと思うのですが・・・ ここが、「サポートの安売り」となるのですね。
ずいぶん前ですが、神田先生(中京大)とアメリカの話をしていたとき、
「インクル−ジョンは安上がりですむからね。経費節減さ」と言ってみえたのを
覚えています。こうなるとサラマンカ宣言の真意そのものが????ですねぇ。
本当に、注意深く見守っていく必要がありますね。
>ここが、結構問題ですよね。 今、世の中はインクルージョンの方に向いていて、障害児教育
>に関連した人から、普通校へ進むことを強く勧められるときがあります。 (まだまだ、普通
>校での受け入れが問題になる場合が多いので、それに比べれば良いほうなのでしょうが)
>それを否定すると、さも、悪いことをしているような目で見られることもあり。聴覚障害児教
>育を理解してもらうのは大変だな、と思ってしまします。
そうそう、同和教育関係の人たちとは、よくケンカしたなあ。
「かわいそう」という言葉はわれわれろう、難聴者が他の障害者をみれば「かわいそう」
と思うことはあるでしょう。それは仕方が無いと思います。ただまわりから「かわいそう」
という言葉や雰囲気を連発されたらたまらないですよね。それを打破するのは我々なんです
よね。乙武さんのように表に出て活動されたら彼の障害ではなく、彼個人として見てくれる
のではないでしょうか?
何もみんなが明るくしなさいよ!というわけでは無く、聞こえないからと諦めないで積極的
に行動を起こしてほしいです。健常者は我々に関して無知なんですから教えていかないと。
ろう者でもかわいそう、というのは多分自分達が理不尽な思いをしてきたから自分の子供に
同じ思いをさせるのが不憫でならない、ということではないでしょうか?私の親(ろう)
がそうだったと思います。ですから父は私にはなんでもやらせてくれました。
これからのろうの親御さんには言うな!というよりは前よりはすこしづつ良くなってきて
いるではないか、諦めないでこの子たちの未来の為に頑張ろうよ!と言ってみればよいのでは
ないでしょうか?
新潟の監禁された少女のように逃げることを諦めてしまったのと同じように多くの
ろう者は自分が聞こえないから、と諦めていると思います。そうさせたのが大人たちであり
周囲の目なんですね。
簡単には行かないけどたった一人だけでも見る目を変えることはできると思います。
前に書いたかも知れませんがカリフォルニアに居た時に聞いた話です。
ろう夫婦にろうの赤ちゃんが生まれ、お医者様からの手紙(だったと思う)に「残念ながら...
あなたのお子さんはろうです。」というような内容があった。奥様は激怒して
お医者様に抗議したそうです。「残念ながら」という部分を消せと。
彼女は健聴者の親のもとに生まれ、自分の父とはほとんど
コミュニケーションがなかったようです。それで自分の子供はろうがいい!と願っていた。
彼女にとってはろうの赤ちゃんが生まれて嬉しかったはずです。お医者様の「残念なが
ら...」という言葉はお医者様の勝手な判断ですよね。
そういえばあるお母さんが(日本で)自分の子供がきこえないのではないか、とお医者さま
に診せたら「大丈夫ですよ、ろうの子供は表情が暗いですから」とのたまったそうな。
こりゃ呆れて物が言えません。どこに医学的根拠があるんでしょうか??@@
親が悲観にくれてその影響をうけて暗いとかコミュニケーションの欠落で暗いとかなら
わかるけど。
お医者様もあてにできませんね。独断と偏見があるような。
話しがいまひとつまとまっていませんが思ったことを書きました。
さて豆まきしよか。鬼はそと〜〜〜福はうち〜〜!!
KANAさん、サラマンカ宣言の情報ありがとうございました。
私の解釈で、少し違っていたところがあったようです。
> ですから,話を戻しますと,理想的なインテグレーションを求
> めた結果としてインクルージョンが出てきたのではなく,サポー
> トがなされていない,谷間の子ども達への現実対応を考えた結果
> として出てきた考え方であるといえます。
私は、前者と思っていました。 なるほど、そういう発想だったのですね。
> つまり,発展途上国のことも念頭において作られて
> いるということです。これから教育を整備していこうとする国々
> にとっては,ハコは1つであった方が,作りやすいわけですから。
> したがって,安価なインクルージョン学校が生まれる危険性もあ
> ります。サポートの安売り,ですね。
私がサラマンカ宣言を知った、講演会の時も、発展途上国はこの宣言を喜んでいると、言って
いたので、私としては?? だったのですが、発展途上国は人件費の方が建設費よりも安いので
この考えを受け入れやすいと解釈すれば良いのですね。 現実はそれに適した人を育てる方が
遥かに大変だと思うのですが・・・ ここが、「サポートの安売り」となるのですね。
> 障害児教育全体を動かしている人が,聾の問題に敏感であると
> は限りません。
ここが、結構問題ですよね。 今、世の中はインクルージョンの方に向いていて、障害児教育
に関連した人から、普通校へ進むことを強く勧められるときがあります。 (まだまだ、普通
校での受け入れが問題になる場合が多いので、それに比べれば良いほうなのでしょうが)
それを否定すると、さも、悪いことをしているような目で見られることもあり。聴覚障害児教育
を理解してもらうのは大変だな、と思ってしまします。
キンタさんのウェブページを面白く読ませて頂きました。
でも,キンタさんは偉いですね〜。こちらは息子が何か聞いてきたら,「国語辞典がある
だろうか」で終わりです。娘の方は一応,聞かれたら教えますが,面倒臭くなったら,息
子に説明役を押し付けて終わりです。最近,とみに育児,教育への情熱が衰えていくのが
自分でもはっきりとわかります。だからこそ,育児への情熱,気力が充実している時にこ
そ,必要な情報をできる限り与えるべきなんですよね〜。
ようこそ、こねこさん。
今、地域の幼稚園に通っていて、「そろそろ ちゃんとした難聴の教育をと考えています。」
と言うことは、聴力はかなり残っているのでしょうか? また、今まではどのような教育と
いうか、配慮をしてきたのでしょうか? そのような情報を教えて下さい。それにより、
アドバイスも違ってきます。
tamaさんからのお誘いもありましたので、近くなら、連絡してみてください。
今、tamaさんとこは、幼稚園化しているようですから、とても楽しそうですよ。
>ねぇ、tamaさん
ともかく、これからですから、よろしくお願いします。
>近所の人とたまたま立ち話になった際、子供が聞こえないことを何気なく話したところ、
>”かわいそうに”と言われたそうです。
実はですね,私の息子が聞こえないと言うことを周囲にもらすようになった時,聞こえな
い知人たちから「かわいそう」とずいぶん言われましたよ。自分が聞こえないのに,なぜ
同じ聞こえない子供に,なぜかわいそうというのか?と当時はすごくショックだったです
よね〜。でも聞こえない人の深層心理というものがあるんですよ。それで,そのあと,自
分の周りにある聞こえない世界でいろいろ言ってきたんですよ。聞こえない人同士の夫婦
の赤ちゃんが聞こえないとわかっても絶対に「かわいそう」と言うな!と。今はだいぶ変
わってきましたね〜。でも,まあ,田舎はまだまだそんなもんです。
ろう重複障害児・者を持つ親たちと話す機会が増えてきたのですが,親たちの考えの古さ
には本当に辟易しています。でも親たちを「あいつらは考えが古いんだよ」と切り捨てる
こともできないですし,難しいですね〜。
最近黙って読んでばかりで失礼しております。
超多忙な主婦業と、パート業の合間をぬって
ホームページを久しぶりに更新しました、小学3年生のu-goの母です。
遊びに来てくださると嬉しいです。
最近出張でホテルに缶詰状態だったので、あまり書き込みができませんでした。(^^;
薔薇さん、iceさんへ
ろう者に対する差別って実はいっぱいあるんですね。
まあひとつひとつ変えていくしかないんでしょうねきっと。
やはりろう者と接する機会が少ないからそのような偏見を生み出すのでしょうか。
先日も家内が”かちんときた”と言うのでどうしたのかと聞くと、
近所の人とたまたま立ち話になった際、子供が聞こえないことを何気なく話したところ、
”かわいそうに”と言われたそうです。
なるほど。そりゃ頭にくるは。
かべを打ち破っていくのは大変ですね..。
メエメエ山羊さんへ
いろいろアドバイスありがとうございました。
>・・旧規格でもあり入手できるのかどうか?(今日、ダナジャパンの大和研究所へ
>電話したところ、「在庫が無くてもメ−カ−から取り寄せられる」と言っていましたが、
> ここの所員からウソを教えられたことがある…。)
わざわざ確認していただき恐縮です(先輩!)。さっそく私ども(たぶん妻が)も連絡をとって
みます。現在住んでいるところから地理的にも近いようです(だからなんだといってもなにも
ありませんが)。まあ、一番の問題は、「う〜ん、いくらかかるのだろう??」です。場合に
よっては、今年のキャンプ回数を減らさなければならないかも? と心配しています。
>分かりましたでしょうか? でも私って「手話派」なのでしょうか? 分からなくなって
>きました。
私たちからみれば、子供たちの状況にあわせた、親御さんから信頼される「当事者派」だと
思っています。
平日に書き込むのは、大変ですね。それでは、今度はゆっくり週末に。
先週の土曜日に・・・
我が家のヒロがついに魔の2歳になりました。
同じ聾学校に行っているろうのご家族を初めてお招きして・・
オアシスさんとakiさんと一緒にお祝いしてもらいました。
子供は5歳から0歳まで8人・・・壮絶な半日?でした。
やっぱりお父さんは手話が下手!
子供が何を手話っているのか全然わからない・・予想はしていましたが・・ショックでした。
でも慣れてくるにしたがって顔の表情などで不思議にだんだん分かるようなってきました。
ご両親も何度もわかりやすく手話っていただきとても優しさと温かさを感じました。
これからも下手なお父さんに手話を教えていただけることになりました。(がんばろう)
聞こえない長男と聞こえる長男の試練!
何回か長男同士で大声?でケンカや泣き叫ぶ光景がありました。(予想はしていましたが・・)
その時はお互いに納得が行くまで説明するようにしました。(akiさんに感謝です)
すると数分後には何もなかったように・・楽しくあそんでいます。
そして聞こえない長男から直筆のお礼のFAXまでもらいました。
字が書けない聞こえる長男はそのFAXを宝物にして今度会える日を楽しみにしています。
早く手話を覚えたいと言いながら・・・・
出来の悪いお父さんでした。
では。
最近。romばっかりのtamaです。
こねこさんは都内なんですか・・・私は大田区在住です。
お子さんはふつうの幼稚園に行っていらっしゃるとか・・
うちのひろとは条件がちがうかもしれませんが・・・
一度、お会いしませんか??DMください。
では。
ドラゴンズふぁんさんへ
例によって補聴器関連。しかも今回は、めちゃ細かいところ。皆さんどうぞ、読み飛ばして
ください。
同じ学校内で、例え教室は離れていても、同じチャンネルのFMを複数台使うことは
避けた方がいいです。混信というか電波干渉が起こることが必ずあります。
送信機の10proは、チャンネルが変えられます。送信機のお尻の部分だったと思います。
現在はJに合わせてありますが、ドライバ−で簡単に動きます。
受信機のRxシリ−ズは、「クリスタルブ−ツ」というものが装着できます。これを買って
補聴器のお尻にカチッとはめると、そのブ−ツに固有のチャンネルに変わります。
外すとJチャンネルに戻ります。
これで万事解決のようですが、実は、ここからが難しい。
以前は、C・I・Jの3チャンネルが用意されていました。
電波法が変わって、現在は、D3・E1・E5の3チャンネルになりました。
D3とIは同一周波数ですが、他は異なります。
旧規格、新規格ともに3つのチャンネル間では干渉は起こらないはず(とメ−カ−は言っている)
ですが、現実に本校でI(D3)とJが干渉したことがありました。
そこで、クリスタルブ−ツを買うときには、Jから最も遠いCチャンネルを選ぶといいと
思いますが、旧規格でもあり入手できるのかどうか?(今日、ダナジャパンの大和研究所へ
電話したところ、「在庫が無くてもメ−カ−から取り寄せられる」と言っていましたが、ここの
所員からウソを教えられたことがある…。)入手できなかったらD3を選ぶのも仕方ないで
しょう(E1・E5は、よりJに近い)。
しかし、全校集会などで、1人の先生が2本のマイクをつけるというようなことをしなければ、
そんなに神経質にならなくてもいいのかも知れません。全校集会などでは、先生はJのマイクを
使って、クリスタルブ−ツを使っているお兄ちゃん(多分)がブ−ツを外せばいい。
分かりましたでしょうか? でも私って「手話派」なのでしょうか? 分からなくなって
きました。高校は電子工学科中退、大学は歴史学科を6年かけて卒業、大学院は障害児教育…
私の人生どうなってんの? でも春の選抜で四日市工業高校は応援するゾ!
サラマンカ宣言について,ちょっと補足を。
この「宣言」の,特に「インクルージョン」の解釈をめぐって,
しばしば気になっていることがあります。
特に,聾関係で耳にする解釈です。
それは,インクルージョンを,サポートの行き届いた,理想的な
インテグレーションとして理解するものです。これは,誤解です。
あるいは,先進国だからこそできる,進んだ考え方であるとい
う理解もあります。これは,半分は誤解です。
さらに,聾児にとって充分に配慮された考え方であるという理
解。これも,誤解です。
サラマンカ宣言での考え方の転換は,「障害児教育」という発
想から,「特別なニーズ教育(SNE)」へと転換させたことに
あります。
つまり,健常児とは異なる「障害」児がいるのではなく,人に
はそれぞれ多かれ少なかれ,教育上のニーズがあり,そのニーズ
の程度に応じて教育を考えていこう,という発想です。
この考え方の大きなメリットは,「学習困難児」や「不登校」
のような,「通常の教育」と「障害児教育」との狭間におかれて
サポートが出来ていない子どもに対応ができることです。
「障害がある」と診断されたから特別な教育をするのではなく,
何らかの特別な配慮が必要であるから,特別なサポートを提供す
るという考え方です。
そうすると,デジタルに「障害児」/「健常児」という分け方
はできません。アナログ式に,ニーズの多少によって,サポート
の加減も変わってこなければなりません。
したがって,「障害児」の学校と,通常の子どもの学校という,
いわゆる分離教育では対応できないわけです。そこで出てきたの
が,インクルージョン学校という発想です。
簡単に言えば,小学校・中学校では,学区制があります。住ん
でいる場所で,通う学校が決まっています。それを,障害児でも
同じように徹底させるということになります。そうすると,その
学校には,障害児も含めて,いろんな子どもが通う学校になりま
す。そこで,教員の過配等によって,サポートをしていくという
形になります。
ですから,話を戻しますと,理想的なインテグレーションを求
めた結果としてインクルージョンが出てきたのではなく,サポー
トがなされていない,谷間の子ども達への現実対応を考えた結果
として出てきた考え方であるといえます。
また,この考え方は,国連での採択であることに注目する必要
があります。つまり,発展途上国のことも念頭において作られて
いるということです。これから教育を整備していこうとする国々
にとっては,ハコは1つであった方が,作りやすいわけですから。
したがって,安価なインクルージョン学校が生まれる危険性もあ
ります。サポートの安売り,ですね。
次に,聾の問題にうつります。
確かにととさんのご指摘の通り,サラマンカ宣言には,聾に配
慮した条文が盛り込まれています。しかしこれは最初からあった
のではなく,世界ろうあ連盟が異議申し立てをした結果,付け加
えられた,とのことです。
障害児教育全体を動かしている人が,聾の問題に敏感であると
は限りません。むしろそうではない場合が多いでしょう。聾者が
コミュニティを形成することへの本質的理解がされているわけで
はないのです。ですから,ほっとくと,聾者の望まない形で,障
害児教育のシステムが作り替えられていく危険性があるのです。
サラマンカ宣言やインクルージョンの流れも,安易に「理想的
なもの」に祭り上げるのではなく,注意をしながら見ていく必要
があると思っています。
はじめまして 4歳の難聴の女の子の母親です。いつも拝見していました!
この掲示板は 本当に参考になります。娘は現在、近所のフツー幼稚園に通って
いるのですが、そろそろ ちゃんとした難聴の教育をと考えています。
都内で難聴児教育を行っている施設、教室を御存知の方 情報を教えて下さい!
お願いします!
お久し振りです。
少し前に補聴器のことが出ていたの勉強になりました。
まあ、実は知らない機種名、言葉が出てチンプンカンのところあります(-_-;)
イヤーモールドの件(穴の大きさ)は全く知らなかったです。
自分の聞こえのために難聴者自身ももっと勉強しなくてはと考えさせられました。
これからもいろんな情報よろしくお願いします。
さて、本題について
5年ぐらい前の事なので記憶があいまいのところありますが、ある事例を報告します。
私が初めてそれを知ったのは5年ぐらい前だったと思います。
四国新聞に「手話を使って授業」特集が載っていました。
香川県の牟礼小学校(普通校)で高度難聴児の少女が手話を使って授業を受けている
といったような内容です。
それから数ヵ月後、私が所属する難聴者協会と難聴児を持つ親の会との懇親会が開かれました。
偶然、その親の会の参加者に新聞に載っていた少女の母親が参加していました。
その時自分の子供の現状、中学校についての悩みを話されていました。
お子さんは高度難聴児ですが仲良くしている近所の友達と同じ地域校に通わせるために
学校や教育委員会などいろいろ努力されたそうです。
そして、学校長の理解で手話が(少し?)出来る先生が彼女の担任となられ
簡単な手話、指文字を先生が使って授業していると。
健聴の同級生も手話・指文字を少しずつ覚え授業で使っている。
その時は2・3年生だったと思いますが普通学年が上がると担任が変わるけど
彼女のために同じ担任で6年間教えるとか言っていたように聞きました。
子供さんも楽しく学校に通っているとのこと。
将来、中学校はどうなるのか?が悩んでおられました。
これは、難聴児にとって理想の教育環境でしょう。
現在彼女は同じ地域の中学校(普通校)に通っています。
去年の新聞に久し振りに彼女の名前をみつけました。
感想文か作文か忘れたけど、それで賞をもらいその作文が新聞に掲載されてた。
しっかりした文章でしたよ。中学校でもいい学校生活送っているんだなと思います。
このようなケースは珍しいと思いますがこの町は福祉に関して地域住民の意識が高いです。
ドラゴンズふぁんです。
>RxLIN/○って書いてあるでしょ。この○が知りたいのです。
>混信の可能性を考えるために。
失礼しました。説明書を見て、機種を書きましたが、これではダメですね。
改めて、知識のなさを暴露したドラゴンズふぁんでした。
さて、補聴器本体を隅々まで見回したところ、
「LIN−M/J」と書いてあります。
マイクの方は、前回書いたことと同じのようです。
これで、わかりますか???。
>ドラゴンズふぁんさんは、四日市工業高校卒業なんですネ!!
>私は、四日市工業高校電子工学科中退ですぅ。
>色々あった、青春時代…
そうですか。大先輩ですね。それも電子工学科とは。これは、言葉使いに気をつけな
ければ・・・。
私は、家業を継ごうと思い機械科でした。でも、今は、ぜんぜん違う仕事をしています。
我が家の息子が補聴器を付け始めてからもう半年以上経つのですが、まだ一人
でちゃんと歩くことができないので、耳かけ型を改造したベビー型補聴器を付
けています。それでずーと疑問に思っていたことがあるのですが、なぜ右耳の
補聴器を左肩に付けるのでしょう?
多分ハウリングやケーブルの取り回しのことを考えてそうしているのだと思い
ますが、補聴器をクロスして付けているのに音のする方向がちゃんと分かるの
は不思議です。ずーと付けているのでそれで順応したのかなと思ったりもしま
すが、試しに私も片耳を閉じて聴いてもちゃんと音のする方向が分かります。
単に三角測量の原理で音の方向を理解しているのではないみたいです。
そういえば片目を閉じてもちゃんと距離感はつかめますね。
実に不思議です。こんなことを疑問に思うのは私だけでしょうか。
>スイミングスクールに入ろうとしたのに聴覚に障害があるという理由で断られた。
(オアシスさん)
こういうのを、亀レスと言うのでしょうか(すみません)。
家の子供が年中の時、スイミングに通わせようと話をしにいったことがあります。
そのとき、「何かあったら困る。」と断られました。大人の方が断られたのと意味合いが違う
かも知れませんが。。。
別件です。
聾学校にも、公立、私立、と色々ありますが、どんな違いがあるのでしょうか。
筑波聾(国立)というのは、やはり特別何かが違うのでしょうか。
それと、編入試験ではなかなか入れない(難しい)と聞きますが、その辺も、ご存じの方が
いたら、教えていただけますか。
>Extend−Ear 耳かけ形FM補聴器 モデルRxLINRxLIN/○って書いてあるでしょ。この○が知りたいのです。
混信の可能性を考えるために。ドラゴンズふぁんさんは、四日市工業高校卒業なんですネ!!
私は、四日市工業高校電子工学科中退ですぅ。
色々あった、青春時代…
今日電車に乗っていたら近くで手話を使って会話をしている人を見かけました。
どうしても気になって近くに行ってみて、勇気を出して手話で話しかけてみました。
自分の名前と自分の子供のことなどを話したのですが、
そのあと、どこに住んでいるんですかと聞かれて、口で説明してしまいました。(^-^;
あとで分かれるとき連絡先を教えていただいたのですが、
品川ろう学校の同窓会という名刺をいただいたので、思わず品川ろう学校の
ろう教育の現状について聞いてしまいました。
その方によると、以前ほど口話主義に凝り固まっているわけではないとのことでした。(^。^;)ホッ!
できればもっと多くのろう者とお知り合いになって、
いろいろなことをお聞きしたいなーと思ってしまいました。
それにはもっと手話を勉強しなくては。
昨日書いた内容を少し補足します。 障害児教育は最初「分離教育」(セグレゲーション)
からスタートしていますが、次にくるのが「統合教育」(インテグレーション)です。
そして現在、インテグレーションも失敗である、との考えから、「共生」(インクルー
ジョン)が出て来ています。 インテグレーションが失敗、と言うのは、普通学校に障害
児を入れただけで、適切なサポートまでは 行なわなかった、との解釈からです。 キツイ
言い方をすれば、“入れただけ”となります。 当初はサポートまで考えていたのかも
しれませんが、入れる事だけでかなりのエネルギーを使ってしまい、そこまで行かな
かったのが、現実だと思います。 こう言う障害児教育の流れを頭に入れておいてから
ろう教育について考えるのも大切です。 時々、全ての障害児は普通校に通うべきだと
頑なに信じている人もいますから。
先日、紹介した、日本手話文法研究室 の中に、ろう教育についてのページが最近出来ま
した。 今後さらに内容が追加されるようですが、今でも十分に読む価値はあります。
その中に「サラマンカ宣言」に付いての解説や全文が掲載されたHPの紹介もあります。
参考にして下さい。(私のHPのリンクもして頂きました)
ドラゴンズふぁんです。
週末登場のはずですが、メエメエ山羊さんのご好意にちょっとでも早くこたえたいと
思い、書き込みしました。
さて、今日、春の選抜高校野球の代表校の発表がありました。東海の代表として、
三重四日市工業高校が選ばれています。よく見ると、私の出身校でした。プロ野球と
ともに、熱い春となりそうです。
で、使っているFMですが、長男、三男とも
補聴器 Extend−Ear 耳かけ形FM補聴器 モデルRxLIN
マイク 耳かけ形FM補聴システムExtend−Ear MTX−10Pro
です。
現在の使用方法は、
長男・・マイクは学校へ預けっぱなしで、朝礼と授業に使用。
三男・・毎日持ち帰り(幼稚園)、テレビを見るのに二人で使っている。
マイクのボリュームが、微妙に兄弟で違うようです(周波数は一緒)。長男は、補聴器で
ボリュームの調整が出来るので、弟のマイクで不自由は感じていないようです。
よろしくアドバイスをお願いします。
> あと、別件なのですが、先日お会いしたろう者の方が近くのスイミングスクールに入
>ろうとしたのに聴覚に障害があるという理由で断られたと言っておられました。それで
>もどうしても入りたく、手話通訳者を付けて経営者に話したそうですが、それでもだめ
>だったとのことでした。そういうことって良くあるのでしょうか?また、そのような場
>合訴える手段はないのでしょうか??
はい,よくあることです。(苦笑)
訴える方法ですか。う〜ん,いろいろあるとは思いますけど,経営者の感情をこじらせて
しまってもまずいですからね〜。いろいろな事例を紹介して気長にその経営者と交渉を行
うしか方法はないと思いますね。日本ろう者体育協会に連絡をとって,アドバイスをもら
う方法もあるかも知れません。まずは最寄りのろう者協会にアポイントをとってみるか,
全日ろう連の東京事務所あるいは京都事務所に直接連絡をとってみてみるのも1つの方法
ではないでしょうか。
でもね,最近のテーマパークに行ってみてご覧なさい。聴覚障害者は遠慮して欲しいと言
う但し書きが結構あります。まあ,音に関係のあるものだからやむを得ないかなとは思い
ますけど,何か引っ掛かりますよね。
んぢゃ。
ドラゴンズふぁんさ〜ん
お子さんが使用してみえるイクステンド・イヤ−に書いてある機種名を教えてください
(省略しないで)。
送信機も、機種名を教えてください。
FMの混信は非常にやっかいです。混信と言うよりも、同じ周波数だと強い方の電波が
勝ちます。
となりで家内が手話の練習をしています。(たまにちゃちゃ入れとりますが。)
私は自宅にFAXがないのにろうの方にFAXくださいと言ってしまい、
今慌ててFAXソフトをダウンロードしてFAXを受けたところです。はーつかれた。
「サラマンカ宣言」についてありがとうございます。
「共生」と「分離教育」についてですが、たしかに難しい問題ですね。
私としてはやはり、手話という特殊な言語を修得するためには少なくともある程度幼い時期は
「分離教育」が必要だと思います。
「共生」については悪いことではないと思うのですが、
今までのようにろう者が口話を行うことにより、一方的な「共生」を強いるような姿では
良くないのではないでしょうか?
「インクルージョンを理念とし、障害児も適切なサポートをつけ、地域の学校に入れて行く」
とあるのなら、手話通訳者だけでなく、健聴者が手話を学べるようなしくみをつくる必要がある
と思います。「共生」を「強制」としないでほしいものです。
でもこれってどれほどの効力があるのでしょう..。
あと、別件なのですが、先日お会いしたろう者の方が近くのスイミングスクールに入ろうと
したのに聴覚に障害があるという理由で断られたと言っておられました。それでもどうしても
入りたく、手話通訳者を付けて経営者に話したそうですが、それでもだめだったとのことでした。
そういうことって良くあるのでしょうか?
また、そのような場合訴える手段はないのでしょうか??
あまりにひどい内容に頭にきちゃって、ちょっとご機嫌ななめのオアシスでした..。
ちょっと、タイミングを外しましたが、オアシスさんとメエメエ山羊さんのやり取りで、
オアシスさんに知って置いてもらいたい事があります。 世界の特殊教育方向性です。
1994年、スペインのサラマンカで92ヶ国の政府と25の国際組織の代表などが
集まり、「特殊ニーズのある教育に関する世界会議」が開催されました “特殊ニーズの
ある教育”とは、日本で言う特殊教育、特別に配慮が必要な子どもの為の教育と考えて
下さい。 日本も参加しています。 そこで、話し合われた内容は、今後、各国がどの
ような方向性を持って“特殊ニーズのある教育”を行なって行くかが議論され、「サラ
マンカ宣言」が出されました。 その内容は、簡単にまとめると、インクルージョンを
理念とし、障害児も適切なサポートをつけ、地域の学校に入れて行く、というものです。
基本的に、分離教育(セグレゲーション)は良くないとの考えです。 但し、その宣言
の中の行動計画の一部に、
○ 教育政策は、個人の差と個人の状況を十分に配慮しなければならない。 例えば
ろう者の間で交わされるコミュニケーション方法としての手話の大切さは認知
されなければならず、すべてのろう者が自国の手話で教育を受けられるように
すべきである。 ろう者や盲ろう者は特殊なコミュニケーション手段を持って
いるため、その教育は特殊学校や普通校の特殊教室で行われる方が、(その
ニーズに)適した教育が施されるかもしてない。
というものがあります。分離教育は否定しているものの、ろう者に対しては、その
必要性を認めています。 世界の特殊教育はインクルージョンの方向に向いています。
日本も今度の教育改革で、「共生」ということを強調しているように、その方向には
向いています。(現実問題、実現するのにどれだけ時間がかかるかは不明ですが)
しかし、その中でも、ろう者は、別枠で考える必要があるのです。 では、分離教育
で良いのか? それも当然問題があるから、「サラマンカ宣言」が出たのであり、ろう
教育もその例外ではないはずです。 この問題は今後、多くの議論が必要になるでしょう。
難しい問題ですよね。
ドラゴンズふぁんです。
ちょっと、ご無沙汰でした。
私は、雪が好きなので、ちょっとでも積もると大喜びですが、「ぱっち」さんのよう
に、雪深いところで過ごしている方のご苦労を考えると、ちょっと不謹慎と反省し
ています。ちなみに、妻は雪が大嫌いです。
我が家では、片方の耳はFM補聴器の「イクステンド・イヤ」を使っています。
AVR社(米国)だったのですね。知りませんでした。
>確かに「イクステンド・イヤ」は、兵器みたいにがっちりした造りです。見かけ
>は。でも使い込んでると、バッテリ−ケ−スのネジが抜けてくるぅ……
(メエメエ山羊さん)
使っているのは、耳かけ型です。確かに、耳かけ方の電池部分のネジが外れていたことが
ありました(2つの内1つ)。それにしても、あまりFMを使っている方が少ないようで、
長男の通っている通級学級の先生に逆にいろいろ聞かれています。この前、スキー場で試
しましたが、40〜50メートルくらい通じました。
ちょっと、教えていただきたいのですが、今度FMを使っている2人が同じ小学校へ通う
のですが、同じ周波数のマイクを使おうかと思っています。
・1年と6年なので、校舎がかなり離れている(棟が違う、階が違う)。
・とは、いいつつ、説明書等を読むと、別々の周波数とする必要がある。
現状は、テレビ等の音声は、同じマイクを使っています。経済的にも厳しいところでもあ
るので、混信するかどうか、4月以降しばらく様子を見ていきたいと思っています。
いままでに使われた方、あるいは専門的な立場からアドバイスがあれば教えていただきた
いのですが・・。
ところで、実は我が家には、子供が3人います。何度も登場している長男、三男(小5、
年長)の間にもう一人(小3、健聴者)です。小さな声では、上下の兄弟に言葉が通じな
いので、いつの間にか、二男は、大きな声で話をするようになっています(時には怒鳴る
ような声で、ハハハ)。
さて、近況を2つ。
いまだに家族5人で一緒に寝る生活を続けています。寝るときは補聴器を外します。この
ため、寝床に入ってからの会話は、夫婦に二男を加えた3人の会話となります。たまには
おかしな話で、笑ったりすると、長男が気付き、「何を話しているの、ずっこい!」となっ
てしまいます。この時は、簡潔に内容を話します。三男は、もう少し聴力が厳しいのでほ
とんど気が付きません。
ある朝、ストーブの前を占領している三男(起きたばっかりで補聴器なし)に向かって、
二男が「どいて、どいて!」と、何度も声をかけていました(いろいろ前後の事情があっ
て、三男がどくべきだったのです)。しかし、三男が動こうとしません。そのうち、堪忍袋
が切れた二男が、足蹴にしてどかせました。三男いわく、「お兄ちゃんがいきなり蹴ってき
た!」と訴えてきました。この場合、最後は、二男にとばっちりがいきます。「補聴器をつ
けていないのだから、聞こえるわけがないやろ。三男にとっては、なにか言っている?、
程度なんやに」と言い聞かされるのでした。「なんで俺が怒られるのや!」という顔の二男、
いろいろあるものです。
ということで、兄弟間では、健聴者である二男が少数派で、何かにつけて寂しい想いをし
ています(それなりにフォローはしているつもりですが・・)。社会に出れば、逆になるで
すが・・。いずれにしても、楽しい我が家です。
それでは、また来週。
メエメエ山羊さんありがとうございます。
デマで良かったです。
福祉関係者で今まで手話をやっていた方からの情報とかって聞いたので
不安になってしまいました..。
やはり普通の聴者にとって、ろう者が手話で話すのはあたりまえで
今現在ろう学校で手話を教えないで口話を教えていると聞くと
それが最新の教育方法とかって思ってしまうのでしょうね。最悪の教育だというのに..。
では現場の教師の意識を変えるにはどうしたらいいのでしょうね。
次第に変わってきているとはいえ、いまの口話主義の教師たちが定年になるまで
黙って待っているわけにもいきません。
黙って見ていたらそのような教師達の影響で口話主義の教師が育っていくかもしれませんからね。
今日試しに鏡のまえで、”あ”、”は”と言ってみたのですが、わかりませんでした。
”い”、”き”、”し”、”ち”、”に”も、
”う”、”く”、”す”、”つ”、”ぬ”も、全く違いが分かりませんでした。
聴者ができないのに、今まで声を聞いたことのないろう者がやはりそんなことできないと
思います。 一度今の口話主義教師たちに口話五十音判別コンテストでもやってもらったら
どうでしょう。きっとできるわけありません。自分にできないことを教えないで欲しいです。
ちょっとひにくになってしまいました。
ととさんへ
パソコンは、4、5ねんまえから家にいます。相方が、仕事に趣味にと
楽しそうに使っていました。が、機械オンチの私にとっては、まさに
「置物」でした。ビデオですらつかいこなせなくて、未だに、パパに
たのんでます。機械は便利になってるんだけど、人間の方がついていけなくて
・・・・トホホホホ
私のパソコンの先生は夫です。
結婚して10年近くなるのですが、久しぶりに「頼りになるなー」と
思いました。間違った操作をしたときに助けてくれると、神様に
みえます。
私は北海道に住んでいます
今、1番寒いので「あったかいところにいきたい」願望でいっぱいです
昔は雪が降ると、うれしかったけど、今は「ゲッ、雪かきか」っな
具合でよろこべなくなりました。上の子が大きくなったので、玄関前は
彼の仕事です。もちろん、仕上げは私の担当ですが・・・
「三重県聴覚障害者協会新聞」に、以下、投稿しました。
好評だった金澤先生の講演
昨年の12月10日、聾学校で金澤貴之先生(筑波大学文部技官)の講演会がありました。
参加者は30人前後。愛知県から駆けつけた聾者もいました。
私の印象に残ったことは、ふたつ。
ひとつは、「聴者のリアリティ(現実感)」ということです。聞こえる人たちは「この
『聞こえ』が無くなったらさぞかし不便で、不幸なことだろう」と想像します。確かに聴者が
突然聴覚を失えば、明日からの生活に困ることは明らかです。でも、生まれた時から聞こえ
ない(または、3歳位までに失聴した)人は、「聞こえない」状態が自然で当たり前の状態です。
なのに聴者は自分が持っている「リアリティ(現実感)」で、聾者を「不幸な存在」と決めつけ
がちです。聴者のこの勝手な思い込みこそが、聾教育の不幸な歴史を生んできました。
「子ども達に障害を克服させなければ」「子ども達を正常な人間に近づけてやらなければ」と
いう、いわば“善意”が口話教育を継続させてきたのです。
もうひとつ印象に残ったことは、「『手話は社会では通用しない』と言うが、本当か?」と
言う問いかけです。この言い方は、口話主義者が手話を否定するためにいつも用いてきました。
しかし、金澤氏は「口話こそ社会で通用しないではないか?」と問い返します。例えば、口話法
で有名な先生たちが、聾者も誘ってお酒を飲みに行く。「○○さん、きょう・は・た・の・し・
い・で・す・か?」と「分かりやすい口話」でひとこと聞いて、後は聞こえる先生同士でペラ
ペラペラ。当然○○さんには、その内容は分からない。口話法で有名な先生達ですら、こんな
ことは日常茶飯事。それでも「社会で通用する口話を!」と仰います。図々しいというか、現実
が全く見えていないというか…。
ちなみに、講演会の後の交流会はとっても楽しかったですよぉ。上手下手はあっても、聴者は
全員「手話って」いました。参加した聾者も、お酒が美味しかったのではないでしょうか。
やっぱり「社会で通用する手話を!」です。
以上、講演の内容とその解釈と感想が、ごっちゃまぜの報告でした。
>「文部省の考えがろう者の教育に手話を使わないようにするようになってきているので、
>もう手話やっても意味ないんじゃない?」
「福祉関連の仕事をされている方」も、いい加減なもんですねえ。
1993年、文部省が「聴覚障害児のコミュニケ−ション手段に関する調査研究協力者会議報告」
というのを出して、聾学校の中学部や高等部で手話を取り上げることについては認めました。
文部省としては一歩前進です。
問題は、幼稚部・小学部では相変わらず手話を認めていないことです。
でも、聾学校の現場の実状は、文部省の方針にそんなに拘束されません。文部省以上に問題
なのは、現場の教員達の意識です。特に幼稚部・小学部の先生達の多くは、「手話をすると、
日本語獲得の邪魔になる」と考えています。しかしそれは、理論的に考えてそう思っている
のではなく、「直感」や「先輩の先生からそう言われた」という類のものです。
私は、聾学校の先生の多くが手話を毛嫌いする本音は、自分が手話が出来ないから、手話を肯定
されたら自らの教師生命が危うくなるからだと思っています。
でも、事態は少しずつ改善されてきています。
文部省の方針に関わらず、聾学校の幼稚部や小学部で「手が動く」先生の数が、全国的に見て
ここ数年で確実に増えてきています。それらの先生達の意識は、「口話では通じないから、
仕方なしに手話を」といったレベルが殆どですが、まあ、「お口パクパク」よりはずっとマシで
しょう。
少なくとも最近の情勢は、
「文部省の考えがろう者の教育に手話を使わないようにするようになってきている」という
どこから仕入れたか分からないデマよりは、進んできています。
最近周りの健聴者に自分の子どものことを話す機会が増えてきています。
自分達自身で現実を受け止められたからというのもあるのですが、
何とか今のろう教育の現状についてひとりでも多くの方に知って欲しいと思うためです。
そのような時”ろう者の第一言語は手話です”とか
”今のろう学校では手話を教えていないんですよ”と言ったことを言うのですが、
ホームページを読むことができる方にはこのととさんのページを紹介するように
しています。(ととさん勝手にすみません。(^-^;)
私自身が今のろう教育の問題点について多少でも分かるようになれたように
きっと聞こえる人たちの中にも分かってくれる人がいるのではないかと思ったからです。
今日は健聴者の親である何人かと話す機会があったのですが、
”大変だねえ”とか”頑張って”とかと言ってくれる方などがいました。(..。)
ととさんのページを紹介した人もいたのですが、
全く興味がないのか読んでもくれていないような人もいましたが、(残念。)
実際に読んでくださる保母さんの方もおられました。
その方は「新しい世界が広がった」と言ってくださいました。
また、福祉関連の仕事をされている方からの話として耳を疑うような話しを聞きました。
全く別の2人の方が言った話だったですが、
「文部省の考えがろう者の教育に手話を使わないようにするように
なってきているので、もう手話やっても意味ないんじゃない?」
プチン!と切れてしまい、熱弁をふるってしまいました..。
でもまだいまだに文部省は分かっていないなんてことないですよねえ??
これ以上なくすなんてことしませんよね??
ともかく今は一人でも多くの聴者にろう教育の現状を伝えていかなくてはいけないと
感じました。
どなたか知っておられるかたおられましたら教えてください。
心から応援いたします。
これからも是非この掲示板で声を聞かせてください。(文字ですけどね。)
また困ったことなどありましたら言ってください。
ここに来る人は本当に素晴らしい方ばかりなので、いろいろと助けてくださると思います。
そういう私も随分助けられておりますので。
これからもあきらめずに頑張ってください。では。
オアシスさん・のんたんさん・薔薇さん・かんたさん
ととさん・lovelyさんへ・・・
アドバイス!本当にありがとうございます。
皆さんのアドバイスを参考に少しづつですが、頑張って
行きたいとおもいます。
私はこんな病気になって、生きていてくれるだけで十分だと
心から思っています。二度目の手術後、呼吸停止をおこし
危険な状態が続いた時、私の中で学校の価値は無くなりました。
でも優海(子供の名前)がお友達や学校での生活が楽しければ
言葉の収得などは別として登校出来る時には行かせてあげたいと思っていました。
だから学校を休んでも、別に気にもしていなかったのです。
でも、うちの学校は毎日登校させる事が美徳みたいな所が
あり、今元気なら学校に来させないなんて!
と厳しいご批判を頂きます。ましてや就学前なのに!と
だから少し焦っていたのかもしれません。
でも私の中では、どんなに学校でのお勉強を頑張らせても
再発したら、意味が無いと思ってしまいます。
今度再発したら、100%悪性・・・考えたくもありませんが
生存率は10%以下。でも家族とのコミニケーション手段だけは
確立したいと思っています。
ですから頑張ります。これからも応援して頂けますか?
みなさんからのアドバイスで本当に元気がでました。
本当にありがとう!感謝しています。
わたしも読んでから ずっと考えていました。
ここにいつもいらっしゃる方々がなにかとお返事なさる中で
わたしの意見は ごくばかばかしいものかもしれませんが・・・。
幼いからだに何度も大きな手術を受けて 精神的に不安定とのこと。
その不安定さがゆうままさんに感じられるなら とにかく抱きしめたり
なでたりして その不安の共有することで心は通じ合っていくのではと思います。
通じ合える決まった手段がないのは大変なのかもしれないけれど
それはまだまだこれからのことでは・・・ないのでしょうか。
くだらないことですみません。 でも 小さい子は安心して のんびりして
信頼できる人がそばにいることが一番大切で それがあってそのあとのことを
考えていけるものだと わたしは自分の子育ての中で感じてきたので・・。
ゆうままさん、お久しぶりです。 お子さんが再度の手術とは、心配ですね。
通っている聾学校はキュードで、ゆうままさんとしては、お子さんにはあまり合ってい
ないようなので、家庭では手話を取り入れているとおっしゃってましたよね。
私からのアドバイスも他の方々と同じです。
子どもの要求って複雑になって来ますから、今の手話では、通じない場面が段々増えて、
心配しておられるようですね。 我が家でも同じです。 親の手話は下手です。特に
ととさんは、中々上手のならずに、最近かかさんから「言う事に実践が伴っていない!」
と叱られております。(^^; そんな親の手話を見ていただけじゃ、子どもの手話も
すぐには上手にはなりません。 ですから、親も子もその手本となるような手話の達人
(要はろう者)と多く交わり、そこから、少しずつ手話を獲得するしかないと思います。
親と子の世界だけで手話によるコミュニケーションを発展させようとしても無理があり
ます。 聾学校にデフファミリーはいませんか? そんな方と家族ぐるみのお付き合い
をするのが一番良いと思うのですが。 先生に相談しては如何でしょうか? 学校内で
難しければ、地域のろう協へ相談してみるのも良いかも知れません。 そこへの敷居が
高ければ、まず、手話講習会や手話サークルに参加するのもいいと思います。
時間はかかりますが、こうする事が親と子のコミュニケーションを深める近道だと
思います。 我が家は今、その最中です。
風邪からの入院生活を終え、先週、退院してきました。
生まれつきの感音難聴で、あさって1才の男の子の父です。
3番目です。<小6♀、小4♂有り>(両耳100db位です)
超未熟児で、いつ何かあってもおかしくない状況を超え、やっと退院したら
今度は難聴、さらにスグ風邪から入院・・・と続き、やや、疲れ気味です。
現在5200gくらいです。増えるのに1月半、減るのは3日。
(その前はNICU=新生児集中治療室に7ケ月入院、毎週3回、母乳運搬でした)
NICU入院中でした・・・でも、生きていてくれれば、それでいい、
とそんな風に思えるようにチョットなりました。生存率30%位
でしたし・・残念な結果になってしまった赤ちゃんもいました・・・
(400g台の時の人口呼吸器をはずしたら呼吸困難になり
心臓マッサージした跡が今でもクッキリ有り・・大きくなったら整形しますが)
親のツラサって、よくわかります。まして、自分のことならまだしも、子供に
対するものって、ホントしんどいですよね・・・
がんばりましょう!というのも、お互い様、よくわかるので、言えないし
・・・でも、がんばらなければいけないし・・・
ホント、でも、一緒にやっていきましょう!
みんなで情報出し合ったり、ツライ事相談したりして
やっていきましょうネ。そんなことしか言えない自分ですけど
これからも、よろしくお願いいたします。
以上
下の掲示板は盲ろう児を持つ親達が中心になっている掲示板ですが、盲ろうだけでなく、
その他の病気と戦っている子供達の話も時々出てきます。この掲示板も訪ねてみてはいか
がでしょうか。
また、このウェブサイトのリンク集のところを見ればわかると思いますが、CHARGEのしょ
うこの物語のところのお母さんもきっと親身になってアドバイスをして下さるのではない
かと思います。
お子さんとのコミュニケーションの方法については、気が向いた時に、もっと具体的な様
子などを書いて下されば、ととさん、メエメエ先生たちがいろいろな案を出して下さるの
ではないかと思います。
ゆうままさんへ
オアシスさんと同じでアドバイスになるような事は言えないのですが、
家庭教師のような形で誰か勉強を見に来て下さる方がいるといいですね。
お母さん一人に全て負担がかかってしまうと、しんどいのではないでしょうか。
私が子供の時、ろう学校の先生に家庭教師に来てもらった事があります。
(初歩的な訓練と本の読み聞かせですが。)
ゆっくりとつきあってくれるような、 そういう方を探してみるのもいいのでは…。
朝方ゆうままさんの書き込みをお読みして、
どのように書いたら良いか考えておりました。
ひとそれぞれ障害や病気の程度は異なります。
今まで知り合いの中にはてんかんの方や脳腫瘍の方もおられましたし、
うちの子どもとて、聴覚障害以外にも不安要因があり、検査をしている最中です。
人生っていろんなことがありますね...。
私たちは自分や自分の周りに起こることを変えることはできません。
自分の力ではどうすることもできないのです。
でも、実はできないことだけでもありません。
起こってくる事象自体を変えることは確かにできないのですが、
起こった事をどうとらえるかといくとについてはひとりひとりいかようにも
変えることができます。そしてそれこそが大切なのではないかと思うのです。
コミュニケーションについても、ゆうままさんがあせってしまうよりは
ゆっくり落ち着いてお子さんと接する時間をもった方が良いように思います。
その上で手話によることばをひとつひとつ増やしていったらどうでしょう。
うちも一つ親が言葉を覚えてはそれをろうの子どもに何度も教えるといったことを
繰り返しています。(まだまだ反応はありませんが。)
またもしろう学校が手話を教えていないようでしたら、
教えてくれるフリースクールや手話サークルなどに行くのも良いと思います。
(私自身まだまだできていないのですけどね..。)
それでは。
こんばんは!前に何度かお邪魔させて頂きました。
実は今とても悩んでいます。どうか意見を聞かせて下さい。
うちの娘(5才)のことです。(両耳100db以上高度感音難聴です)
一歳半から聾学校に通っています
ですが、3才頃からケイレンを起こす様になり4才で脳腫瘍と
診断され、入院・手術を受けました。結果は良性で再発の可能性
は少ないと言われ、後遺症も出ず安心していました。
しかし去年6月に再発し、今回はかなり悪性に近く、悪い部分は
手術で全摘出来ましたが、再発の可能性が高いのです。
その為、幼稚部教育が殆ど受けれず、コミニケーション手段も
身振りです。
彼女にとって病気で受けた治療などは、とても辛いものだった様
で半年たった今でも精神的に不安定な状態が続いています。
何を思っているのか?気持ちの詳しい部分が判ってあげれない
のです。学校も拒否しています。
お勉強はしなくても、良いと思ってはいるのですが
このままでは、コミニケーション手段が情緒についていかない
のではないかと心配しています。
コミニケーション手段をお互いに広げなければ、彼女の気持ちも
私の気持ちも何時までも、判りあえないような気がしています。
どんな事でも結構です。良いアドバイスを頂けないでしょうか?
宜しくお願いします。
のんたんさん どうもありがとうございました。神戸にお住まいのもうひとりの方は
どなたなのでしょう。 ログを見落としていましたらごめんなさい。
障害者福祉についての冊子は転入の際もらっています。
手話サークルの方でも見たことがあります。4級なので あまり
恩典はないのですが バスの無料はとても助かっているようです。
薔薇さん うちは子供が6年生になる春休みに引っ越してきたのですが その前も転勤のため
転々としてきたので 幼なじみもなし 聾学校 難聴学級の同級生もなし・・
という状況でした。 地元の人だと なにかとつながりもできるのですが。。、
けれど 引っ越して4年たち ぼつぼつ友達はできてきました。またいい風に
言えば大阪や東京には友達がいるので あちこちの情報はもらえるのです♪
自分が携わることが必要なのはわかっていますけれど 自分の子供が幼い頃は
そのことで手一杯で なかなか何か活動するなんてできませんね。 力不足です。
今度 もし!?めでたく高校に入ったら あとに続く人たちのため また
努力していこうと思ってます。
グランブルーさん わたしは その”漫才”の印象で結構悲しい思いをしました。
東京に住んでいたとき どんなに真剣に話していても冗談のように
受け取られたり 茶化されたりして ちょっとかなしかったですね。。
メエメエ山羊さん いつもいろいろなことを教えてくださってありがとうございます。
わたしの息子はエクステンドをつかっています。 本人は高校に入ったら
カナル式を希望しています。
あっ、オアシスさんは、
「まずは自分の家族や親戚、友人や会社の聴者にろう教育の現状を訴えることから始める」って
書いてみえますね。 と言うことは、
まず「聾者や聾教育に関心がある(携わっている)聴者」の考え方を変えること を
考えてみえるわけですネ!
納得しました。
>ともかく何とかして”無関心”という状態からの前進のために何かをしていきたいと思うのです
おっしゃってみえること、よく分かります。基本的には異論はありません。
聴者の側へのアプロ−チも、もちろん必要です。
でも、(「でも」が多い山羊)
聾者のことを全く知らない“一般大衆”を、広く浅く啓蒙することも大切でしょうが、
人間、我が身の周辺に起こったこととか、現在携わっている仕事や趣味以外のことに関心を
向ける人は少ないのではないでしょうか。
私は「聴者へのアプロ−チ」と言う場合、「聾者や聾教育に関心がある(携わっている)聴者」
の考え方を変えることの方が先決のように思えます。
あっ、でも(また!)、ガリガリの口話主義の先生の考え方を変えるよりも、“一般大衆”に
訴えた方が早いのかも知れませんねえ。
どっちも大事ってとこになるんでしょうか。
AVR社(米国)の製造工場が、イスラエルにあります。
前にも書いた「イクステンド・イヤ」というFM補聴器が有名。
イスラエルは兵器生産のための電子工業が進んでいるようで、その技術を流用した
ってな噂があります。
確かに「イクステンド・イヤ」は、兵器みたいにがっちりした造りです。見かけは。
でも使い込んでると、バッテリ−ケ−スのネジが抜けてくるぅ……
今日 関西では雪が降っているんですか? こちら関東は この2.3日 とぉ〜っても
寒いけれど 雪は降っていません・・・
先日は 皆さんに 補聴器やイヤモールドについて 本当にいろいろ教えていただいて
勉強になりました!ありがとうございました!補聴器の話が 一段落したばかりだというのに
また補聴器のことなんですが(ごめんなさい)どなたか イスラエル製の補聴器って
御存知でしょうか?教えていただきたいなぁ・・・
久しぶりの、雪にはしゃいでいます。
私も、関西人なのに、しらん言葉ばっかりでおもしろいなと、おもいました。
でもイントネーションが伝わらないのが残念ですね。
よく友達と普通に話してるだけで「漫才」と、他の地方の人にいわれます。
毎日の日課になったこのホームペイジ、そしてみなさんからの温かい言葉で
ほんと元気になりました。 ありがとう!!
神戸市障害者保健福祉計画関係の hphttp://www.dinf.ne.jp/doc/law/pref_plan/xp560101.htm
神戸市・教育関係のhp
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/15/020/kurashi/shussan.html
神戸にお住まいのお二人には、メールを送りました。
メエメエ山羊さんへ
出張で大阪に来ているので返事がおそくなりました。
>手話は、言語です。聞こえる子ども達が簡単に習得できるものではありません。
>そりゃあ少しでも覚えてくれたら、ある程度の意志疎通は出来るようになるかも知れませんが、
>何のストレスもなく相互に自由に通じ合う(これこそが言語)ところまで、絶対に行けないです。
おっしゃる通りだと思います。
何よりもまずろう者の第一言語が手話だということを保障するというのは大前提です。
そして実際はそれがほとんど進んでいないため
そこから何とかしていかなくてはならないのでしょう。
また、”もうひとつの手話”を読んでも、ろう者の手話の難しさを感じますし、
現在手話を教えているろう学校の教師たちですら、子どもたち同士の手話での会話を理解する
のがとても困難であるということも聞いています。
きっとそれは私が想像している以上に難しいことなのだと思います。(^_^;)
そして、メエメエ山羊さんが言われるように
”何のストレスもなく相互に自由に通じ合う(これこそが言語)ところまで、
絶対に行けない”のかもしれません。
しかし、何とか少しずつでもろう者と聴者の壁を崩していきたいのです。
龍の子学園のようにろう者がろう教育の問題に正面からぶつかってまず行動を始めているように
聴者にも何かができるのではないかと思うのです。
まずは自分の家族や親戚、友人や会社の聴者にろう教育の現状を訴えることから始めるしか
ないかもしれません。また、ろうの子どもとその兄弟・家族とのコミュニケーション、しかも
ろう者にストレスを感じさせるようなコミュニケーションの場しか提供できないのかもしれま
せん。でも、今の隔絶された状態を改善していくためにはろう者の側のアプローチだけでなく、
やはり聴者の側へのアプローチも必要に思えてなりません。
自分の子どもがろうであると知る前、私自身がほとんど目を向けていなかったように
今の多くの聴者がろう者の教育の現状などについて無関心な状態と言わざるを得ません。
私は学校を卒業するまでろう者と話しをしたことがありませんでしたが、
恐らく多くの聴者がそうなのではないでしょうか。
ですから何とかしてろう者との接点をもって欲しいのです。
それが日本語対応手話であってもまずは仕方がないのではないでしょうか。
ろうや難聴の子どもを持つ親との出会いがきっかけになってもよいと思います。
ともかく何とかして”無関心”という状態からの前進のために何かをしていきたいと思うのです。
では。