3200.聴障者の対人折衝 投稿者:Mogura 投稿日: 8月21日(月)07時59分48秒

下の投稿において会話の中で「ろう者と聴者のちがい」のような内容がありましたけれども、
私は「違い」あるいは差異はあるとしても、TPOをわきまえてお互いに話し合う必要もあ
るのかなと思うわけです。ここでTPOというのは、とりあえず聴社会に合わせたTPOです。

以下、ビジネス/サラリーマン世界ということに視野を絞って書きたいと思います。
私は個人事業を営んでますので、いわゆる営業的な対人折衝は全て自分でやらねばなりません。
聴者の中には非常識な方、対人折衝の下手な方がたくさんいます。また、交渉相手も百戦錬磨の
ベテランもいらっしゃる中で、どうも「人の心」がわからんのではと首をヒネらざるを得ない方
もいますね。つまるところ色んな方がいらっしゃいます。そんな私の小さな経験から申し上げま
すと、聴障者全般に、遠まわし表現や曖昧表現というのは苦手ではないかと思うことがあります。
何故なら、聴障者の多くは視覚的に口話なり手話なりでコミをとるわけですから、聴者の声に潜
む表情というのは全くわかりません。だから、目に見える形で表現することを前提にするために
ストレートになりがちなのではないかとも思うわけです。よく、上司は何を言ったんだかわから
ないといったケースで、「立場上結論をぼかすことによって、事後の責任回避の場を用意」とい
うのがよく見られると思います。また、怒りを表すのに聴者でも聞き取れない程の小さな声で、
「お前、フザケんじゃないかな?」と眠そうな顔してボソッと言う方もいます。私はこの手をよ
く使うのですがこれでたいてい相手はビビりますから、声の表現も面白いものなんです。

聴障者の社会生活は、職場に配置される聴障者を迎える上司の資質に、多大に左右されるのでは
ないかと感じます。そんな中で、聴障者の受けてきた教育や育った環境というのが表面に出てき
た場合に、時としてお互いに「違い」を感じて、主張し合って衝突するのかな?という疑問が私
の中に時々わいてきます。結局、上述しましたようにはっきり言ってもらわないと困るのは聴障
者側なんですが、対人折衝がこなれている方は、TPOを判断して、ビジネス上のルールにのっ
とって、次にどういう行動をとればいいのか見えてくると思います。

聴障者の聴社会における対人折衝の経験も大切な一方、お子さんのしつけの中においてでも、聴
社会の「いやったらしさ」をある程度教えてあげるのも大切ではないでしょうか。

人とのふれあいがままならないと、社会に出た時に、深海魚が浅海に出てくるような塗炭の苦し
みに耐えられずにまた沈むのかと、他人事ながら大げさに捉えてしまう自分も、これからも自己
研鑽を忘れないでいかねばならないし、自分の子供にも聴社会の「いやったらしさ」を教える必
要があると痛感しています。


3199.ろう者と聴者の違い? 投稿者:アース 投稿日: 8月21日(月)02時09分31秒

   オアシスさん:
>聴者はよく、
>「〜は確かにそうです。〜についてもその通りです。『でも』〜だと思うのですが、
> そうでもないのかもしれませんねぇ...。」
>といった回りくどい言い方をすることがあるように思います。(自分を含めて)

確かに聴者はそういう言い方をよくしますが、私自身もそういう言い方を多用しているし
また、私と同じような言い方をするろう者もたくさん知っています。
聴者、ろう者は関係ないのではないでしょうか。それは結局個人の性格の問題なのでは?

もし、ろう者が聴者並みに語彙をたくさん持っていたとしたら、聴者と同じように曖昧に
しておくろう者も次々と出てくるのではないですか?


3198.ろう者と聴者のちがい 投稿者:オアシス 投稿日: 8月21日(月)00時58分02秒

(いのししの娘さん)
>ろう文化圏からみた聴文化は、「曖昧」なんですよねえ。あ、ろう者も曖昧にすると
>きありますけど、ろう者が曖昧にする場面と聴者のそれはホントにすご〜く違うと感じます。

ろう者と話していて
「結局何が言いたいのかわからない」とかといわれることがありますね(^_^;)
メールでもそうですし、手話で会話していてもそうなのですが、
聴者はよく、
「〜は確かにそうです。〜についてもその通りです。『でも』〜だと思うのですが、
 そうでもないのかもしれませんねえ...。」
といった回りくどい言い方をすることがあるように思います。(自分を含めて)

自分の意見は言いたいのですが、とりあえずまずはうなずいておく。
その後に自分の意見は言うのですが、それも相手の意見と異なるかもしれないから
逃げ道をつくっておく..。

そのような表現の中でろう者が聴者の真意をつかむのってすごく難しいでしょうね。(^_^;)

逆にろう者が曖昧にする場面というのがあまり浮かばないように思うのですが、
何か具体例などありませんでしょうか?


3197.再び(^.^;ろう文化 投稿者:いのししの娘 投稿日: 8月20日(日)23時56分04秒

みおさとさんの
 いのしし娘さんがおっしゃっていたけど、「ストレート」というのが聾文化にはあるそうで。
 でも、これは「手話」のもつ性質が大きいかな・・・と思ってます。
 手話で、日本語みたいなもってまわった言い方をしても、余計わからなくなっちゃうの。
------
 みおさとさんも途中で指摘されていたかもしれないけれども、日本語対応手話か日本語で「言えなくもない」っていわれた場合は、手話でなく日本語の論理で受けとめないと、発信メッセージが伝わらなくなりますね。
 でも、ろう文化の「ストレート」は手話の「性質」からといわれると、それもまた違うような気がします。(ろう者的な手話でも婉曲的、謙遜的な言い方はできます。相手を傷つけないように言葉を選びながら手話をしますから。それを日本語の論理で受け止めると発信メッセージを間違えて受け止めてしまうという危険性もあると思います。)

 聴者のほうが露骨にストレートな話し方をしてろう者がびっくりするという場面もなきにあらずですから。

 また、文化の話になりますが、親御さんに間違ったイメージを与えたくないもので、すいません。(ろう文化は、「ある」「ない」の議論はここではしません)

 サトさんも指摘されていたように、時間の感覚がろう者とは違うってありましたよね。それも含めて、ろう者がストレートに出る時と謙遜するとき、遠回しな言い方をするときのタイミングが聴者のそれとずれて(違う)いるような気がします。それで、過去ログを見ていただくとわかると思うのですが、聴文化圏からみたろう文化として「ストレート」と書きました。その逆は、「曖昧」です。以前の書き込みで書くのを忘れたけど、ろう文化圏からみた聴文化は、「曖昧」なんですよねえ。あ、ろう者も曖昧にするときありますけど、ろう者が曖昧にする場面と聴者のそれはホントにすご〜く違うと感じます。

 私も職場で聴者(その方はろう者の手話が堪能です)を怒らせることがあるのですが、私のほうは怒らせるようなことを言ったつもりはない・・なんで?と思うことも多いですね。そういうときはお互い、今いる土俵から出て、客観的に何が起きたかを分析することにしています。


3196.イヤモールド価格 投稿者:daiske 投稿日: 8月20日(日)11時57分13秒

まっちさん>
> それが、みなさんより(さんじさん)値段が安くチョット恐縮してしまいました。
> 今回の請求は片耳7,500円に5%の消費税で15,750円。
> 前回のリオンは片耳6,400円になぜか3%の消費税で13,180円でした。

3%は消費税ではなく相当額です。(福祉法での消費税みたいな物)
これは福祉法の場合です、自費での購入にはかかりません。
イヤモールドにかかる消費税は、非課税のメーカーと課税のメーカーがあります。
つまり、注文したメーカーによって消費税を請求したり、しなかったりするのです。
細かい説明はややこしいので省きますが、あんまり深く考えないでください。

さんじさん>
> イヤーモウルドは、8〜9千ぐらいするのではないのですか?
> うちの娘のは8千円だし、サーモは1万円と聞いていますが?

結論から言うと、
「そのくらいはいただきたい、本音です。」(^^;)
リオンは、補聴器メーカーですのでイヤモールドは販売店向けの戦略価格で設定
しています。
だからといって品質が落ちると言うことはないですよ、。
製造量は業界トップクラスのはずです。

専門メーカーでは特殊な素材を使ったりして、差別化を図っています。
価格はちょっと高いですが、こっちが適正価格かな?
安いだけで良いなら、めがねチェーン店で5000円の広告が入っています。
イヤモールドの価格は、実質的にはオープンプライスです
だからお店によって、かかるコストや手間、リスクを考えて設定します。
”お店”、と言うより”地域”によって価格に多少ばらつきがあります。

> もっと安いのもあるのですか?

リオン等の補聴器メーカーでは定価設定しています、
少し安く買うことができます。
あと、補聴器を買ったところなら”値切る”べきだと思います。
恥じてはダメです。
ぜひ値切りましょう。


3195.音の教育(2) 投稿者:キンタ 投稿日: 8月20日(日)10時51分36秒

かかさんの投稿を受けて、我が家の場合。
ろう学校4年に在籍するu-goも、この夏休み初めて長期的に補聴器をはずしています。
目的はいろいろとあります。
ひとつは、補聴器をしていても、していなくても、
110dbごえの本人の聞こえかたにはあまり差がないらしい。
(補聴器があったほうが聴者家族としてはコミはとりやすいのだが…)

基本的にu-goは、発声を伴いますので、兄弟間のコミは、それなりに上手くいっています。
子供には、子供言葉があるのですね。
私の通訳はほとんど必要無いのです。

ところで、音に関しての教育ですが、やはり聞こえにくいということからくる音に対するマナーに関しては、厳しく接しています。
ですが、T.P.O を使い分けるようにしています。
いつもいつも、音に関してやかましく注意するのは、こっちもしんどい。^^;

具体的には、日曜日の朝早くのテレビは、音量を下げる。
スープをスプーンで飲む時には、ざらざらした触感の食器で与え音が立つことを気付かせる。
足音や、ドアの開け閉めはもちろん。視覚的、体感的にに分かる音に関しては厳しくしています。

…が、例えば遊びに夢中になっている時の「ぎゃぁぁ〜〜!!! どぉおおお〜〜!!!」などは、本人も発声自体が楽しいらしいので、あまり注意することもありません。
もっとも我が家は、ほとんどお年寄りしかいない地区に両隣りとも空家という一戸建ての借家を借りていますので、誰に気兼ねすることもありませんから…
現実一番大きいのは、私の怒鳴り声だったりするわけですね。^^;

そんなこんなで、夏休みも残り10日。
早くみんな学校へいってくれ〜〜〜
ネコとふたり(?)きりの昼間の静寂が早く欲しい…

http://member.nifty.ne.jp/u-go/


3194.不快音 投稿者:こるねりお 投稿日: 8月20日(日)02時45分54秒

失礼します。

>やはり、その都度、「今、まわりの人(聴者)を不愉快にさせる音を発しているよ」と、
>注意し続けることが一番効果的なんでしょうか?

大昔、団地に住んでたことがあったり、嫁さんが聞こえてたので
ドアの開け閉めなんかに
音を立てないようにしてと、叱られたことがあったことが
思い出されました。

金きり声はうるさいものですね。

改めて思ったんです。

社会生活を送る上でのマナーとして親がきちんとしつけなくてはならないことかなと。
そういうしつけができる厳しさには、やさしさが裏打ちされていてほしいなと。
でないと、心の傷になってしまう恐れもある。

今はまた田舎住まいですし、二度目の嫁さんは難聴ですから
無頓着を決め込んでいます。
でも、息子にテレビのボリュームがうるさい時があったと
聞かされたとき、(*_*;と(なぜかフェースマークに変換された)

職場で、補聴器を外していて、スイッチ切り忘れて、ピーピー鳴らしていることが
ある。以前の職場だと注意してくれる関係があったが、今は時に注意してくれる人も
いるが、なんか迷惑をかけてるかなと思いながら、スイッチを切ることがある。

家の中では気楽でおりたいなーが、しつけされなかった私の本音ですが、
聴社会の中で知らず知らずのうちに、顰蹙を買うのもいやですね。

繰り返していえば、やかましい音をたてないことを子どもの伸びやかさを
押さえつけないでできるといい。すくすく成長することと結び付けなくて
いいものなんですよね。




3193.イヤーモールドの直径 投稿者:ほのママ 投稿日: 8月20日(日)01時26分06秒

初耳でした。
さっそく穴の直径を測ってみました。
どうやらOKのようです。
まっちさん、山羊さんありがとうございました。


3192.イヤモールドについて 投稿者:まっち 投稿日: 8月19日(土)23時36分27秒

daiske様
早速のお返事有難うございました。

今回のイヤモールドの箱を紛失してしまい、メーカーはわかりません。
(白い箱に緑の字でしたが・・・)
前回のは、リオンのものでした。

それが、みなさんより(さんじさん)値段が安くチョット恐縮してしまいました。
今回の請求は片耳7,500円に5%の消費税で15,750円。
前回のリオンは片耳6,400円になぜか3%の消費税で13,180円でした。

昨日、ととさんの投稿で、前にも補聴器の補助の件で過去にログがあった。と書いてください
ましたので、あてずっぽ?で過去のログを探してみました。
チョット、内容がはずれますが山羊さんが(その時はメエメエ山羊さん)
イヤモールドの直径について詳しい説明をしてくださっていました。
凄く勉強になったので勝手に引用させていただきます。(ゴメンナサイ)

>でも、親御さん達に訴えたいことは…、
>イヤモ−ルドについても、ほとんど業者任せですよねえ。
>「ハウリングを止めたい!」と業者に訴えると、イヤモ−ルドの「穴の太さ」を「細く」して
>ハウリングを止めようとする業者がいます。確かに細くするとハウリングは起こりにくい
>のですが、同時に高音も耳に届かなくなります。
>高音をあきらめて、とにかくハウリングを押さえたいという場合は、この方法を利用すること>は
>私もよくありますが、
>イヤモ−ルドの「穴の太さ(直径)」が、1,8ミリ以上は、高音がよく入る
>                   1,6ミリの場合、1000Hzまで入る
>                   1,4ミリ以下は、低音しか入らない
>と、覚えておいてください。
>姑息な補聴器屋も多いです。聾学校のセンセ−も、なかなかフォロ−してくれません。
>??補聴器の機種が何であれ、また、どんな調節がしてあっても、イヤモ−ルドひとつで
>耳に届く音は変わるんです!

へぇ そうなんだぁ。知らなかった。知らなかった。
そして、反省しました。業者任せ、人任せな、自分をです。
そして、いろいろ考え、うちの場合は手帳が出来てから意見書を市役所に提出する手筈なので
まだ、イヤモールドの意見書をだしていない。ので、無理かなとも思ったのですが今回の
補聴器屋さんに、「やっぱり福祉でお願いしたいのですが・・」と電話してみました。
すると、領収書があれば、返金もしてくれるとのお返事で行って来ました。
そして、前回の(安い方)を自費にしたいと連絡し、振込先を教えてもらいました。
不思議な事にそこでは、「自費になると消費税はいただきませんので・・・」との回答で
結局12,800円を振り込む事で落ち着きました。
お騒がせしてしまいした。
でも、なんだか、ハッキリしないなぁ。

こんな事ですが、私なりにとっても行動的にできたかな。と一応納得しました。
でも、山羊さんのご指摘のように私たちももっともっと補聴器に関する事や福祉に関する事
など、たくさん勉強しなくっては、と自分にかつを入れました。

そして、イヤモールドの直径は、うちのものさしでは一ミリ単位でよく分かりませんでしたので
近いうちに、ハッキリ調べてみようと思います。
今度イヤモールドを作る時は、この直径の事も言って息子にとってよりよいものを提供
してあげたい母です。
ありがとうございました。


3191.音の教育 投稿者:かかさん 投稿日: 8月19日(土)21時48分02秒

サトさん、楽しい旅行だったようですね。
音に関しては、しょうちゃんとの経験から、少し。
夏休みに入って しょうちゃんは ほとんど補聴器をつけません。聴覚口話でバリバリ
してた頃は、補聴器をつけないなんて かんがえられなかったけど、いまは、手話と
単語だけなら読話で生活上の不便を感じないので、耳を休める為にも、休みの日は
はずしています。・・・で、外してる時のほうが、音に敏感なんです。
たぶん振動で感じるんだと思いますが、補聴器をしてると、雑音が
いつも聞こえてるような物で、振動に鈍くなるのかな?
それとは別に、知識として知っている音は「目で聞いている」ように思います。
たとえば、恐竜展にいったりして実物大の足の模型が動くと「ドシ−ン、ドシ−ン
、聞こえた。」とか大きく口を開けると「ギャオォ−って言ったね」と私に
言います。これは本から得た音の知識なんですよね。
「へー、こんな音を知ってたんだ。」と思う事が、最近多くなりました。
親が、聞こえに拘らなくなって、逆に音の事を言うようになった。皮肉なものです。

あと、しょうちゃんの声のコントロールは、キンキン声や大声をだしたら、
「大きな声で、うるさいよ。」と言うと声を落とします。これは、補聴器を
つけてる、付けてないに関係ありません。小さい時から、広い場所に行った時
などに、大声をださせて、「今の声は大きかったね。」といって遊んでましたから
体感的?に声の調節ができるようです。
家は、マンションですから大声やドスドス歩きは、「下の人がうるさいから、
だめだよ。」とくりかえし言ってます。歩き方は、実際に歩き方をしてみせて
「良い歩き方」「悪い(うるさい)歩き方」と教えてます。これは、聞こえる
おーくんにもわかりやすくて有効です。


3190.イヤーモールドについて 投稿者:さんじ 投稿日: 8月19日(土)20時24分49秒

とつぜん、すいません。
イヤーモウルドは、8〜9千ぐらいするのではないのですか?
うちの娘のは8千円だし、サーモは1万円と聞いていますが?
もっと安いのもあるのですか?
daiskeさん教えてください・・・ちょっと気になったもので・・・・・


3189.最後に 投稿者:にこにこおに 投稿日: 8月19日(土)19時21分44秒

なんだか難しくしてしまったでしょうか?
そうだとしたら、ごめんなさい。

最後にアースさんに一言。
日本人よりも日本人らしいアメリカ人や
アメリカ人よりもアメリカ人らしい日本人はたくさんいますが、
だからといって、全体としてながめた時の
日本とアメリカの文化の違いは否定できませんね。
聴者とろう者の間にも、私はそういうことを感じるんです。

コギャルや暴走族の常識の話が出ましたが、
コギャルや暴走族は、きわめて日本人聴者的だし、その非合理精神や
保守的な態度は、ふつうの日本人聴者よりも徹底しているくらいですね。
まさにサブカルチャーの典型です。そこがろう者と違うと思います。
その点、大阪人が異文化宣言をしたら、私は納得しますね。
関東人の私としては、大阪人も同じ日本人とは思えないところがあります(笑)。
その筋の団体の方々にももっと「異文化」戦略があってもいいですね。
霞ヶ関の人たちは…なんともコメントのしようがないですが、オウムの場合は、
それが反社会的集団であるから問題なんであって、宗教集団が異文化を主張する
ことはごくふつうのことだし、それは尊重されなければいけないでしょう。

個人差と文化差の境目というのはたしかにあるようでないんですが、
すべてを社会としてくくって個人差を尊重しないというのが間違いであるのと同様、
すべてを個人差に還元してしまうというのも間違いだと思います。
(それはまさに「トータルコミュニケーション」が犯した誤りですね)

「文化」をめぐっては、本来つかみどころのないものを、
大胆にも言語化しようとしているわけですから、いろいろ問題もあるでしょう。
それにしても、ちひねこさんの次の文は名言ですね。

>ただ、定義っていうのは、その中にいる人には説明しなくても肌で分かっている
>ものを、分からない人(その外にいる人)に分かるように説明するためにあるん
>だと思うんです。

でも、わかる人だけにわかればいい、というふうに言っていられないところが
ろう者がコギャルや暴走族と違うところでもあるんですね。

Moguraさん:
>つかぬことを伺いますが、にこにこおにさんは何者ですか?
>差し支えなければもう少し自己紹介をお願いしたいです。
>できればメールアドレスも教えてください。(笑)

手話の言語学的研究をしてるってくらいで勘弁して下さい。
アドレスはつけておきました。

次は出番をよ〜く見きわめてから出てこようと思います。


3188.まっちさんへ 投稿者:daiske 投稿日: 8月19日(土)16時35分25秒

まっちさんこんにちは、daiske@補聴器屋です。
ただいま盆休み中、ちょっとぼけしています

一般的にですが
イヤモールドの価格は、市販の価格設定は福祉よりやや高いです。
福祉法の設定価格はこれより安いですから、そこら辺はお店でかぶっています。

まっちさんの場合、ちょっとハウリングがしやすいようなので、特殊な物に
したかもしれませんね。
おそらく「サーモテック」か「e−コンパウンド」では無いでしょうか。
それだと市販で...(^^;)たぶん8千円〜9千円じゃないですかね。(片耳)

> 今後、補聴器も作る事となるので(今はレンタル中)教えてください。
> 又、今後どのような事に注意して購入したらいいでしょうか?

補聴器は、先生の奨められる物を買うしかないでしょう。
ただ、財布とは相談しましょう。福祉法の物でも、粗悪品はないですよ。
お店とは、きっと長いおつき合いになるでしょうから、お互いに信頼しあえる様な
関係になってください。

> 営業マンの立場上言いにくいこともあろうかと思いますが・・・スミマセン

匿名ですから、なにも言いにくくありません(^^;)
ただ、言い過ぎそうで...


3187.音について 投稿者:ちひねこ 投稿日: 8月19日(土)14時50分35秒

音について、今更なんですが、私の場合です。

ハウリング・・・ある程度自分でも「あ、ハウってるなぁ?」って分かるときはあります。
ですが、それがどのくらいの音量なのかは分からないんです(笑)
だからどのくらい聴者にとってうるさいのか判断できないです。
ハウリングしてても会話は出来ますよ。相手がうるさがらなければ・・・。

物音に対するマナーなんですが、私は家族全員聞こえましたから、
うるさいくらい注意されてました。
小さい時って、自分の声をコントロールできなくてすごく高かったんです、声が・・・
頭からキンキン出してるって言われました。
私がしゃべるとき、母が耳を押さえるもので、何度か繰り返すうちに「私の声はうるさい
らしい」と思い始めました。
そこからコントロールしていった感じです。
物音も、階段を登り降りするとき「バタバタ降りるな」と言われましたし、ドアの音とかも。
食べ物の音は・・・言われなかった気がしますが、やたらマナーには厳しかった。
食事中はよほどのことがない限り中座するな!とか。

あとは友達に注意されたりとか。今でも彼には注意されます。
静かにしている場所でどの位声が響くのかって私には分からないんですよね。
小さい声でしゃべってるつもりでも意外とひびくみたいなんです。
声を出しちゃいけない場所って、判断が難しいですね。
特に小さい子供には、ね。なんで黙らないといけないのか納得できないと思いますし。
「うるさいから静かにして」って言っても何のせいでうるさくなってるのか分からないですからね。

あとは自転車のやってくる方向とか、聴者は判断できますね。よく、友達に「危ない!!」
って脇によけられてるんです。
その度に「どうして分かるんだろう、どう聞こえてるんだろう、不思議だな」って思いますね。
軽い難聴の人はどこまで聞こえるんでしょう?音の方向とか分かる事ってありますか?


3186.ろう文化 A 投稿者:アース 投稿日: 8月19日(土)14時25分18秒

「ろう者の常識」と「ろう文化」。これは同じものなんですか?
私としてはまったく意味合いの違うものとして捉えていますがね・・・。

   =岩波 国語辞典から引用=  <常識 じょうしき>
@ 健全な一般人が共通して持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別

どう考えても「文化」と「常識」は違う意味なんですよね、これを見ている限りは。
ですが、にこにこおにさんは「文化」と「常識」を同一視していますよね。うーん。
常識が違うから文化も違うっていう論法ならば、最近の言葉で言う「コギャル」や、
暴走族やその筋の団体の方はそれぞれの文化を持っているってことになりますね。
ですが実際には普通の常識からかけ離れているにもかかわらず、独自の文化を持って
いるとは言われませんし、彼らもまた、そう主張はしません。彼らは「常識」が違う
だけだと言っていますよ。

  にこにこおにさん:
>同じ日本に暮らしながら、よくこんなに違う価値観、行動規範をもつ人たちが
>いるもんだと感心してしまうくらいです。

私から言わせて貰えば、それは偏見ですよ。聴者の中にもそういう人はいますから。
例えば、一般の人々とオウム真理教の信者。価値観も違えば行動規範も違いますよ。
一般の人々と霞ヶ関の住人たち。これも常識は違うようですし、行動規範もですよ。
これらは単なる「常識」というものをどう捉えているかの違いであって、「文化」が
違うからこうなっているのではありません。
ところが、ろう者となるとこれがなぜか「文化」が違うから常識も違ってあたりまえ
という話になってしまう。一体何故???ろう者は特別な存在???

  にこにこおにさん:
>問題は、ろう者の常識からみればきわめて「常識的」で賞賛すべき行動が、
>時として聴者の常識によって「非常識」であると評価されることがある

こんなのは聴者の世界でも一般的では?先ほど述べた理由をここにもあてはめる事が
出来ると思うんですがね。「常識」「非常識」で「文化の違い」って話になるのなら
自分の常識と君の常識は違うから文化も違うって無茶苦茶な話になる可能性もある。


3185.STOP THE 文化論 ! 投稿者:Mogura 投稿日: 8月19日(土)14時17分55秒

文化論はもうそろそろやめられませんか? (^_^;)

つかぬことを伺いますが、にこにこおにさんは何者ですか?
差し支えなければもう少し自己紹介をお願いしたいです。できればメールアドレスも教えて
ください。(笑)

話はそれます。
ここは、ととさんのHP上の掲示板であり、誰でも気楽に書き込める場ではあります。
聞こえないお子さんを持つ親御さんがホッとできるような雰囲気を心がけようではありませんか?
成人聴障者は体験に基づいた投稿をすればいいと思うし、「こういう考え方もある」という紹介
はほどほどにした方が良いような気がしますけどいかがですか?
言語民族関係研究者の方々のご高説はありがたいですが、時として聞きなれない言葉があったり
して私も頭中が混乱します。もっとお手柔らかにお願いしたいです。

文化民族論?は他所でやって頂きたいのですが、私の我ままでしょうか?


3184.もひとつ、ろう文化 投稿者:にこにこおに 投稿日: 8月19日(土)13時37分36秒

アースさん:
>そう考えて見ると「ろう者の常識」はとてつもなく小さなものに感じますがね。

KANAさんが、方言と言語の例をあげて解説されていますが、
「文化」と名乗るにあたって、違いが小さいか大きいかは基本的に関係ないです。
ろう者の常識の一部が、聴者の常識からは「非常識」に映る、ということが、
社会的にどんな意味をもたらすか、ということにかかっています。

まあ、私は、ろう者の常識はとてつもなく、聴者の常識と違っていると思いますけど。
私はいつもいっしょにいるろう者と衝突するたびに、
「あなたたちは日本人じゃないっ!!」と叫ばずにはいられません(笑)。
同じ日本に暮らしながら、よくこんなに違う価値観、行動規範をもつ人たちが
いるもんだと感心してしまうくらいです。

それから、子どもを大人に対する異文化とみなす考え方は、
もちろん、本田和子『異文化としての子ども』を意識しています。
もっとも子どもを「異文化」ととらえることは、
本田和子がこの本を書いた頃はまだ比喩にすぎなかったかもしれませんが。
「文化」という言葉のもつ意味が変わってきた、というより、
「文化」という言葉のもつ力を借りることによって、
物事がよく見えるようになるということがある、ということかな。

みおさとさん:
>(本当は否定したいのだけど、ストレートに否定するのは相手の気を悪くする)って
>日本人のよく言えば慎み深い、悪く言えば自分の意見をハッキリ言えない性質が
>含まれている言い方なのです。

>そういう言葉のやりとりが聞えてなかったわけ(接することがなかった)ですから、
>わからないのが当たり前なのです。

私は、日本語が堪能で、そういう表現もよく熟知しているのに、
基本的な行動規範がまったく「ろう者的」というろう者たちに囲まれています。

ろう文化は、決して聴者文化を学び損ねた結果ではないですよね。
「文化」という言葉は、まさにそういう一方的な見方から脱却して、
相対的な視点を獲得するということを助けてくれるのです。

>聾者も聴者も、実に、ストレート(^^;;;
>ね?こんなの文化じゃないのですよ。

ろう者の常識からも、聴者の常識からも「非常識」なのなら、
それはただの「非常識」ということですみますよね。

問題は、ろう者の常識からみればきわめて「常識的」で賞賛すべき行動が、
時として聴者の常識によって「非常識」であると評価されることがある、
ということです(もちろん、その逆もあって、聴者である私はろう者の中で
いつもその問題に悩まされています。聴者の常識からすれば賞賛すべき行動を
とっているのに、いつもろう者から「非常識」だと責められる!!!!(笑))


3183.ろう文化って、あって無いようなもの 投稿者:ちひねこ 投稿日: 8月19日(土)13時31分57秒

戸惑ってます。
元々は私が最初に「ろうコミュニティ」とかいたのが「ろう文化とは何ぞや?」
みたいな話に発展しているんですから。
私もあまりろう文化については知りませんし、はっきりした定義もないのではな
いかと思います。
ただ、定義っていうのは、その中にいる人には説明しなくても肌で分かっている
ものを、分からない人(その外にいる人)に分かるように説明するためにあるん
だと思うんです。

ろう文化とか、聴者文化とか言う以前に「ろう者だからとってしまう行動」
「聴者だからとってしまう行動」から考えた方が生産的なような気がします。
そういう点では、サトさんとデフファミリーの交流はとてもいいと思いました。
「聞こえないから分からなくて」とってしまう行動もあれば「聞こえないなりに
工夫する」行動もあるわけですよね。
聴者だと「聞こえるからとる行動」だったり「聞こえるからこそなんでもない音
に敏感」だったりするのでしょう。
ろう者だって、生活していく上ではどうしても聴者社会に入って行かなくてはい
けないわけで「聞こえないからしょうがないもん」ではすまされない面は確かに
ありますね。その線引きが実はとても難しいように思います。その人の育ってき
た環境に左右される面があるから。
「誰も教えてくれなかった」と言われてしまえば、教えなかった周りの人が悪い
のか、自分から気付こうとしなかった本人が悪いのかって分からなくなってしまいますね・・・。

これは文化の違いではなくて、「障害を持っているか持っていないか」の違いか
らくる行動のズレだと思った方がいいような気がします。
だって、「うるさい音を立てたりする」のは聞こえていればやらないわけですよね。
「人の言葉を聞き取れない」のも完全に聞こえていれば直面しない問題ですし。

あくまでろう文化だと言い張る人もいると思います。「ろう者として堂々と生き
る」誇りを与えるために必要だという人もいるでしょう。
まぁ、これは「日本文化の中にあるろう文化」と細分化すれば問題はないのかな?
何も、「私は日本人ではない!」と言っているわけじゃないし・・・。
ただ、これだけは言えます。
聴者がろう者の集まりの中に入っていこうとするときには彼らの中にあるルール
を尊重する必要がありますし、
ろう者が聴者の集まりの中に入っていこうとするときでも同様でしょう。
それは一方的な押しつけではなくお互いが気持ちよくコミュニケーションをとる
ためには必要だと思います。
ののしり合いになってしまっては元も子もないしねぇ・・・

これは、聞こえる親と聞こえない子供の関係においても同様で、大切なことだと思
うのですが、どうでしょうか?


3182.ろう文化 投稿者:アース 投稿日: 8月19日(土)12時34分43秒

私の投げた一石がここまで大きくなるとは・・・。

   =岩波 国語辞典から引用=  <文化 ぶんか>
@ 人類の理想を実現して行く、精神の活動 
A 技術を通して自然を人間の生活目的に役立てて行く過程で形作られた、
  生活様式およびそれに関する表現

精神的な面の行動のみの違いを捉えて、「文化の違い」と主張するのはどうでしょう?
精神的な面での行動の違いだけならば男性や女性の行動も違う訳ですし、子供と大人の
行動も違います。その違いをにこにこおにさんは「文化対立」と表現されていますが、
私から見れば、それは「社会」ではないかと思うんですが。

   =岩波 国語辞典から引用=  <社会 しゃかい>
@ (人間が)集まって生活を営む、その集団。「地域−」「利益−」
A 同類の仲間。「われわれの−では」

私としては、ろう者は確かに言語的少数者。しかし文化としては日本文化に属していると
思うんですが。ろう者はろう者独自の「地域」を持ち、そこで文化を育ててきたわけでは
ないし、もともと日本文化に依存して生活してきたわけです。差別されても抑圧されても
ずっと日本文化での世界で生きてきたから。

ろう者に「聴者の常識」は通用しないとありましたが、だからと言って「文化の違い」と
いう表現は間違いでしょう。ろう者も聴者と同じように「日本人の常識」も持っています
からね。そう考えて見ると「ろう者の常識」はとてつもなく小さなものに感じますがね。

例えば、アイヌの人たちは今でこそ日本人ですが、本来ならばアイヌ民族として認定され
て当然の存在です。琉球人も同様。なぜなら彼らは独自の地域を持ち、独自の文明を持ち
独自の言葉を持っていたからです。日本人(大和人)に侵略され、日本に併合されていく
過程で日本人になったのであるわけで、もともとは違う民族なのだから「アイヌ文化」や
「琉球文化」と言われても納得できます。

「ろう文化」はもともと存在していなかったわけですよね。それを行動が聴者と少しだけ
違うから「ろう文化」があるというのはどうですかね。
だから「ろう者がゆえの行動」と思えばいいのではないかと思っていますが。


3181.書記言語は音声言語の記号か 投稿者:にこにこおに 投稿日: 8月19日(土)12時29分11秒

ログ2980で、ボンジュルさんから指名されていました。
第一指名のKANAさんからはレスがないようなので。

ととさんの疑問:
>言語って音声言語(手話も含む)のことであり、
>書記言語はそれを記号化したものって考えるのでしょうか?

結論をいえば、書記言語は音声言語の「単なる」記号化ではない、
だから、書記言語を自律したひとつの「言語」とみなすことは可能だ
(ただし、書記言語が母語になりうるか、という点については判断保留)
というのが私の意見ですが、
この問題は意外に、ろう教育では重大な問題かもしれません。

というのも、
書記言語を習得するには「音韻の理解」が欠かせない、という
口話主義にも、「同時法」という「かくれ口話主義」にも、
どっしりと根を下ろしている「信仰」は、
書記言語は音声言語の単なる記号だ、という思想から
生まれているともいえそうですからね。

岡本夏木氏のいう「二次的ことば」と「書記言語」の関係などは、
ろう者の言語習得を視野に入れれば、もっと議論を深めていけそうな感じがしますし、
単一方言使用者の、書き言葉としての標準語の習得などについては、
どこかに先行研究がありそうです。
それに、LD(学習障害)の分野での、
読字障害が脳内の音韻処理過程と関係している、という
最近の論調も無視できませんね。
このあたりを論じるには私自身まだまだ勉強不足です。

このあたりのことをきちんと研究する人が
これから出てこなければいけませんね。

ちなみに、岡本夏木氏は以前紹介した『ことばと発達』の中で、
ろう教育について少しふれていますが、
さすがの岡本氏といえども、専門外ということで、まったくの認識不足。
ろう学校の校長や教頭の言葉を鵜呑みにするマスコミと大差ありません。
残念!


3180.ろう文化2 投稿者:みおさと 投稿日: 8月19日(土)11時19分08秒

「言えなくもない」を、どう説明します?聴者の皆さん。
手話ができない人が、手話を学ぶということは、手話のみならず、日本語を学ぶことにもなるの。
私はつくづくそう思います。
手話だともっとストレートにあらわす他ないです。
「●●?んー(考えるしぐさ)私、□□、思う」みたいにね。
手話通訳者は、この日本語と手話との間に立たされて四苦八苦しているだろうと思う。
頭さがります。えらいです(^^;
では、当人が手話で語る場合、もっともっとストレートになるのは容易に想定できます。
「違う。□□、思う」
こういう表現になれてない日本人は、その言い方に「まぁ、なんて押しの強い」とか「気が強い」
とか、そういう印象を受けてしまう面がある。
それに対しても、聴者はまたもって回った言い方や、聴者側の無自覚な感覚を無知なまま押しつけて
、相手を諭そうとするわけで。
「通じ合えない」という心理的壁もできてしまう。
そういう部分、「文化」として言えてしまうけど、その言葉でその心理的壁まで肯定していいのか
どうか・・・。その辺が、私は納得できないものを感じるのです。

ところで、同じストレートでも、思いやりのないストレートさってありますよね。
聾者側が「思いやりが欠ける」と思う場合も確かにありますよ。
それは文化なんかじゃなく、人として他の立場の人に思いやりに欠けた言動をしているのです。
聴者にだって腐るほどいますからね。
私は、そんなもん「ろう文化?納得」なんて、絶対思わない。
私の手話を学ぶ友人から聞いた話で、そのまた友人が聾者に「あなた、手話下手。話にならない」
などといわれ思いっきりバカにされたらしい。それで、ぶちきれて「私、手話下手。だから、今一生懸命勉強
してる。あなた、日本語下手。あなたも少しは努力して、日本語うまくなれ。それで五分五分だ!」って、大喧嘩になった
らしい(^^;;;
聾者も聴者も、実に、ストレート(^^;;;
ね?こんなの文化じゃないのですよ。


3179.ろう文化1 投稿者:みおさと 投稿日: 8月19日(土)11時18分43秒

ろう文化って言葉の定義は、漠然としているもので、それを使う人自身、その人なりの定義
を持っているのか?っていうと、それすらも曖昧なのだろうと思うのだけど、つまり、「聾者
の聴者とは違う部分」を肯定的に捕らえたときに使われてるのね。
みなさんの意見を聞いて、私はそう思いました。
厳密にいえば、それは文化ではないのだろうけど、それを「文化」という言葉で表してしまうから、
いろんなギャップがうまれて、よくわからないけど、なんとなく「聾者と聴者の相違」があるのは
事実だから、漠然とうなずいてしまうんじゃないかな?
「ろう文化」といって、厳密に「文化」としてうなずけるのは、手話や手話劇のみなんじゃない
かな???と、私は思っているのだけれど。

いのしし娘さんがおっしゃっていたけど、「ストレート」というのが聾文化にはあるそうで。
でも、これは「手話」のもつ性質が大きいかな・・・と思ってます。
手話で、日本語みたいなもってまわった言い方をしても、余計わからなくなっちゃうの。
聴者の会話っていうのは、手話とのつきあいが長い聴者にはわかると思うのだけど、日本人の
特質からくる遠慮やら謙遜やらが入った表現が本当に多いのね。
「●●とは言えなくもないですが、□□ではないでしょうか」なんてよく使いますね。
日本語堪能な人は、その言葉のニュアンスごとなんの自覚もなく受け止めてしまうけれど。
「言えなくもない」これは二重否定なのです。日本語の独特のニュアンスを含んでいる。
(本当は否定したいのだけど、ストレートに否定するのは相手の気を悪くする)って日本人の
よく言えば慎み深い、悪く言えば自分の意見をハッキリ言えない性質が含まれている言い方なのです。
そのまま、その言葉どおりに手話であらわしても(これが日本語対応手話の悪しき面なのですが)
、聞えない人は、頭が混乱する。
口で「言えなくもない」といっていても、手話の形はそのままならば「言う、ない、ない」ですから。
「言う、ない、ない」・・・これだけだったら聴者だって意味がわからないはず。
日本語堪能な聴障者は、相手の声・口の形で「言えなくもない」って言う意味だなぁって想定して
聞き流すけれど。
こと、日本語なれしてない聾の方々、全く音が聞えない方、口の動きが読み取れない状況下では、
聞えない人は、大混乱するわけです。(こういう面は、別に聾者に限られた問題でもないんですよ)
しかし、日本語堪能ではない聾者は「言えなくもない」という表現のニュアンスからして、わからない人が
多い。
そういう言葉のやりとりが聞えてなかったわけ(接することがなかった)ですから、わからないの
が当たり前なのです。しかし、実際には「言葉を知らない」なんてよく考えもせず無知で見下す
輩も世の中には腐るほどいるわけです。これは問題ありありです。
これらについては、聾者特有の問題だと、私も思います。


3178.音の教育 投稿者:のんたん 投稿日: 8月19日(土)11時07分03秒

音の教育の場合、何故音がするか、原因も含めて説明すればいいんじゃないかな?
スリッパの場合は、スリッパが足から離れていると音がなりやすい、
なるべくスリッパが足から離れないようにする。絨毯が床の場合は大丈夫とか。
歩き方…例えば、足を垂直に打ちつけるように歩くと音が大きい、
踵から下ろすようにすると音がなりにくい。ズルズルひきずるような歩き方はしない。
スプーンの場合は、スープなら、底を撫でるようにすくう、コーヒーの場合は、カップに
あたらないように回す。でも、手に振動が伝わるから、そのうちに区別がつくと思う…。

補聴器…確かに音を区別できる人は、自分で区別できるようになります…と言うより、
聴者より響きやすいと思います。金属音は…。裸耳でも人によっては響きやすいんでは?
音によりけりですが…。

ろう学校でも、級友同士で注意しあっていたと思いますが…。(補聴器をつけてる人、
あるいは、家庭で注意をよく受けている人が外出先で仲間に注意するというように)
でも、昔の話かも知れませんね。今は、注意する人がいなくなったのかな?

ごはんを食べる音…う〜ん、疲れると出るんですぅ。子供に注意されるとムッ。
背筋を伸ばして、口を開けないにつきるのかなぁ。この頃はBGM(店に流す音楽)が
大きいから目立たないように思うけど…。

肩たたき…肩たたきが強すぎるのかも知れない…。うちのダンナ、強いんです。
「もっとそっと叩いてっ」「普通だよ」「骨折れるかと思うよっ。」
今でも、そんなやりとりが続いてます。この頃は、ダンナのサンダルの音が響くので
サッと身構えてます。パシッの前に前を向くっ。


3177.「文化」と「一般化」 投稿者:にこにこおに 投稿日: 8月19日(土)10時50分28秒

実家での夏休みから帰ってみたらすっかり浦島太郎……状態ですが、
文化の「一般化」の問題についてひとこと。

一般化するのはたしかに危険性もありますが、
なんらかの一般化をしないと見えてこないものもやはりあります。

日米文化の違いなら、誰でも知っていますが、
ろう文化の存在は、ろう文化を知らない人々によって黙殺されているのです。
あ、ここでは「文化」という言葉は使わないほうがいいですね!?

ろう者が「ろう者の常識」に従って行動し、
それが「聴者の常識」から外れていた場合、
そのろう者の行動を「聴者の常識」という基準によって
「非常識だ」と判断するのは簡単なことなのです。
(イスラムの常識をキリストの常識で審判するみたいに、あるいは、捕鯨問題しかり…)

あらかじめ異文化的存在と認識されているのであれば、
「郷に入ったら郷に従え」という議論にもなるかもしれませんが、
そうでなければ、ただの「無能、無知、偏屈」ということになりかねない。

聴者の常識と違っているというだけで、自分たちの常識を否定されてきたろう者が、
自分達の常識の復権を叫ぶことは、歴史の流れの必然のようにも思います。
もちろん、そのこと自体、その「常識」を「文化」と呼ぼうが呼ぶまいが、
KANAさんの言われるように政治的な態度の表明にほかならないのですが…。

問題は、「ろう文化」の存在を実感できない人に対して、
「ろう文化」の存在を知らせるためには、言語化する以外になく、
そこではどうしてもある程度の一般化を避けて通れないということです。
そういう文脈で、「一般化」を諌めるということは、
多数者から少数者への抑圧になりかねないと思うんです。
少数者が多数者に訴えるためには言語化する以外に道がないのですから。

聴者がろう者としばらくいっしょに過ごしたとしても、
聴者の多くが「ろう文化」の存在を実感できるわけではないことは、
毎日ろう者(この場合、特定文化を体得するといわれる小学部高学年以上
としましょう)と過ごしているはずのろう学校の先生たちの例をみれば、
はっきりしています。
(ろう学校の子どもと先生の例では「ろう対聴」だけでなく「子ども対大人」
という文化的対立も重なってしまうので、適切ではないかもしれませんね。
ろう者と「ともに歩んでいる」はずの手話サークルの会員たちとか?)

だから、ろう者と出会えばわかる、というものでもない。
「私たちは異文化的存在ですよ」という表明をしてもらって初めて、
ろう者の世界が見えてくるという部分がある。
そのことについて考える必要があるのではないでしょうか。

PS 上ではついつい「ろう文化」という言葉を使ってしまっていますが、
「文化」という言葉はどうしても受け入れがたいという場合は、
「ろう者の常識」というふうに読み替えて下さい。


3176.音の教育 投稿者:サト 投稿日: 8月19日(土)04時41分32秒

いのししの娘さん、「音」に対する教育について、具体例をありがとうございます.
やはり、その都度、「今、まわりの人(聴者)を不愉快にさせる音を発しているよ」と、
注意し続けることが一番効果的なんでしょうか?
でも、それって気が遠くなるような作業ですよね。積み重ねの教育ですね。
デフ・ファミリーの長男は、両耳スケールアウトで補聴器がキライ。
一方、一番うるさい!次男は110dBで補聴器が好きです。
そういう場合、こと「騒音教育(?)」に関しては、補聴器が有効といえますか?
ヒロ君にも、「うるさいよ、しーっ!」を始めてみました。
もちろん本人は???ですから、キョトンとしています。

もう一つ、デフ・ママに聞かれたことに、こんなものがありました。
「以前、聴者の肩を後ろからトントンと叩いたら嫌な顔をされたけど、
 聴者は肩を叩かないの?」と。
たぶん、その聴者は“嫌な顔”をしたんじゃなく“驚いた顔”をしたんだと思います。
突然、後ろから肩を叩かれると、なぜか後から、
「おい、こら!」とか「ちょっと、きみ!」という言葉がついて来そうな気がするんですよね。
(私だけかなぁ)
とにかく、これからは、2家族の親が協力しあって、
「ろう社会」と「聴社会」の常識と非常識を確認し合い、
その両方を子供たちに教えて行こうね!ということでグアム旅行をしめくくりました。

明日は、私もTC研に参加して来ます。ととさんに会えるかな?


3175.手話導入の学校 投稿者:ほのママ 投稿日: 8月19日(土)04時35分27秒

手話を導入するようになった聾学校というのは、どのような過程を通って導入するように
なったのか、知っている方がいれば教えていただきたいのですが・・・


3174.留守にします 投稿者:ととさん 投稿日: 8月19日(土)00時20分04秒

21日に東京への出張が入り、これ幸いと、明日からのTC研に参加して来ます。
ということで、3日間留守にします。 帰ってから、ここを覗くのが恐い (^_^;)


3173.ようこそ、まここさん 投稿者:ととさん 投稿日: 8月19日(土)00時16分50秒

ようこそ、まここさん。
小学3年ですか、来年のしょうちゃんの姿ですね。 聴力も同じくらいです。
勉強の方法ですが、基本的に親子間で、どれだけコミュニケーションが取れているか
だと思います。 勉強を教えている時にも、親の言っていることばをどれだけ子供が
理解しているかでしょう。子供に対し、一方的に聞こえる人に近づけるのではなく、
子供の方に近づくことも大切だと思います。 最近、つくづく感じます。 
これからも、よろしくお願いします。


3172.ようこそ、パンダさん 投稿者:ととさん 投稿日: 8月19日(土)00時09分25秒

ようこそ、パンダさん。
難聴乳幼児の指導に関わっているとのこと、この時期に伝える情報により、その子の
運命が大きく変ってきます。 とても、大切な仕事だと思います。
私からのお願いですが、乳幼児だけを見るのではなく、その子の将来の姿、成人した
聞こえない大人達を見て下さい。 そして、聞こえない人の視線を持って下さい。
よろしくお願いします。 補聴器の補助の件ですが、過去にそんな話題が一度出て来ま
した。 今度、ログを探してみます。


3171.サトさんへ2(音) 投稿者:いのししの娘 投稿日: 8月19日(土)00時08分45秒

子どもの奇声や物音への注意に関してのサトさんの書き込み、そうなんですよね。
デフママの疑問、ごもっとも! どうして教えないんだろうね?
バイリンガル教育だけでなく、ホントはバイカルチュラル教育も必要では?と思うのです。
要するに2言語2文化教育ですね。
ろう者はマイノリティで、マジョリティである聴者社会の中で折り合いをつけながら生きていかなくてはいけない。無用のトラブルはないほうがいいですよね。だから、自分達の文化を知るのと同時に、聴文化についても知る必要があると思うのです。その中のひとつというか、「音」に関する知識も持つべきだと思います。dBとかハウリングとかそういう次元の話ではなくて。

私の家族は全員ろう者ですけど、何故だか「音」には敏感でした。父は無頓着でしたが、母のほうは「音」にうるさかったですね。でも、それはろう者にもわかりやすい「音」、う〜ん、なんていえばいいのか、ドアの開け閉めとか、振動の伴うもの。あるいは空気がふるえるような感じがする「音」かな? でも、ろう者にはわかりにくい「音」っていうのもあるよね。それは、伯母やいとこから注意されて初めて知ったんです。両親の仕事の関係で夕御飯は、3軒隣の伯母の家で食べることが多かったのですが、伯母やいとこから私のたてる「音」にうるさい、気をつけろ!とよく注意されましたね。たとえば、食事のときの物音。「口をあけて食うな、うるさい」「スプーンをがちゃがちゃさせるな、うるさい」「スリッパの音がうるさい、静かに歩け」 え〜、スプーンてうるさいの?スリッパってうるさいの?信じられな〜い!小さい時の私は、あんな小さなものが大きな音をたてるなんて信じられないと素直に思っていたの。だから、伯母やいとこにどんな音がするの?どうしてうるさいの?って聞きましたね。

もっと驚いたのはスナックの菓子袋の音。インテした高校の友だちと一緒に映画を見にいったときに、友だちから「しっ!静かに」と言われた時、最初は何のことか全くわからなかったんですよね。え〜、この袋がうるさいの!?しんじられな〜い!です。
ほんとは、こういったことをろう学校で教えるべき、将来、聴者社会に出ていく子ども達のために。それを全くしていないのも信じられな〜い!ことですけど。

一方、ろう児を持つ聴の親は「ろう文化」についての知識を持つ機会に乏しいっていうのも同時にひとつの課題になると思います。サトさんは、そういう意味でも、デフファミリーと一緒に旅行することで「ろう文化」を実際に目の当たりにしたりする。いいことだなと思います。


3170.再び、ろう文化 投稿者:いのししの娘 投稿日: 8月19日(土)00時06分55秒

白馬岳さんのご指摘は当然のことだと思いますね。
一般化し過ぎてもいけないと思います。
けれども「ろう文化」があるっていうことは知ってもらいたいですね。
KANAさんも指摘されていましたように、多分に政治的な側面も孕んでいると思います。
だから、深入りしないほうがいいみたいですね。泥沼試合になっちゃう。
Moguraさんも指摘したように、誰でも自分の文化が一番いいのですから。
でも、履き違えたらいけないと思うんですよね。
自分の文化を誇りに思うことと、自分の文化が一番、絶対だと思うこととは別問題だと思うんです。自分の文化を誇りに思うことは愛国心というか、その文化を持つ社会への忠誠心をあらわすことになると思うし、それはいけないことではないと思う。
私がいけないと思うのは、自文化主義。自分の文化、つまり自分の所属する社会の規範や常識、ものさしで、異文化を評価しようとする態度はよくないと思います。
イスラム圏の文化も、日本人の価値観からみれば信じられないことばかりだけれども、だからといって、それを日本人が否定する権利があるだろうか、と思います。そういう意味では、「郷に入れば郷に従え」ということわざ、的を得ているなと思いますね。
ろう者も、聴者社会では、ろう文化を全面に出さずに、聴文化の規範に従って動くのがスマートなやり方では?と思います。
けれども、繰り返しになりますけれども、ろう者に接したことのない聴者の多くは、ろう者に独自の文化があるとは思いもよらない。だから、一部のろう者は、「ろう文化」があるのだと強く主張する。それが、他者には排他的に見えるだろうなと思います。てのひらさんの指摘されていたように。


3169.サトさんへ 投稿者:いのししの娘 投稿日: 8月19日(土)00時05分44秒

サトさん、おなか抱えちゃいました。
正直、なあんだ、そういうことだったのか、という感想です。
ろう者のこうした些細な日常のこと、聴者からは見えてこないんですね。なるほど。
「レストランで注文する時ろう者はどうするんだろう?と聴者は疑問に思うのでは?」とこちらで予想することはできても、「税関をどうやって通るだろう?という聴者の疑問」までには頭がまわりませんでした。
ろう者の生活を淡々と描いた映画がひとつくらいあってもいいですね。


3168.daiske様、質問です 投稿者:まっち 投稿日: 8月18日(金)23時25分42秒

2歳10ヶ月(100dB)の息子を持つ母です。

4月の下旬に初めてイヤモールドを作りました。
本当はそこで補聴器も調節していただく予定でしたが、通園施設が決まりそこにて、お願い
する事となりました。
検査がなかなかできず、手帳の申請が今月初でした。

もう、ハウリングが始まってしまい新しいイヤモールドを作る事になり通園施設で紹介して
頂いた補聴器屋さんで、作りました。
(いつもは定期的に通園施設まで来てくださるそうですが、お盆休みもあるし、急いでいるので
 直接作りに行きました。)

単純にメーカーの違いなのかな?とも思ったのですが、最初に作ったのと今回と両耳で3千円位
違うのですよ。(今回のほうが高い)
手帳の申請が遅かった関係もあって、どちらかは自費になってしまうかも。と言われていたので
「今回は自費で」と言ったのがいけなかったのでしょうか?
その値段を通園施設にて話したら、ビックリされました。
言葉は悪いのですが「ぼったくられた」のでしょうか???
一応値段が違うので、「こちらを福祉の方にしようかな」と言いましたら福祉を通すと
前に作ったものも結局はこの値段になる。ような言い方をされましたが、これは違うようです。

もう支払いも済んでしまい、使用してしまっています。が、なんだかモヤモヤしてきました
ので、質問してみようと思いました。
今後、補聴器も作る事となるので(今はレンタル中)教えてください。
又、今後どのような事に注意して購入したらいいでしょうか?

息子は多分ワイデックスL32型を購入するであろう。と、言われています。
福祉の範囲をカナリ超えて片方の補聴器を購入するくらいの自費が必要と言われました。
ので、daiskeさんの意見も伺っておきたいと思っています。
お忙しいと思いますが、宜しくお願いいたします。

営業マンの立場上言いにくいこともあろうかと思いますが・・・スミマセン


3167.moguraさんへ 投稿者:まここ 投稿日: 8月18日(金)23時00分55秒

お返事,ありがとうございます。読んでみて確かにそうだと思いました。
生活面では確かに甘やかしてしまうこともあったり、なぜこんなことも
分からないんだろうとむやみに怒りちらす毎日です。
正直、まだ暗いトンネル」から私自身ぬけだせません。
先のことを考えると不安です。学校でもうまく友達とコミュニケーションが
とれません。でも,今のところいじめはありません。
ここのページを開いたのは同じ立場の人たちの生の声を聞くことで
成長したいなと考えたからです。今回の返事はたいへん嬉しかったです。
まだまだ未熟な私ですがこれからも宜しくお願いします。


3166.ごめんなさい、まだ文化 投稿者:白馬岳 滑太郎 投稿日: 8月18日(金)20時41分25秒

Moguraさん、ほんとにそうですねえ。
いのししの娘さん、「一般化」することは、目的によりますけれども対象数が多ければ
多いほど、危うさを感じます。私の仕事仲間のシンガポールやアメリカ人は「日本人は
英語ができない、恥ずかしがりや、質問をしない、首相が頭わるい、不良債権隠す」とか
日本カルチャ・スクールで学んだり、いろいろな情報からそう思っています。
一緒に仕事をしながらあなたは違うねと言われるとほっとします。
「日本人」ではなくて、私を見てくれと悲しくなるほどです。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwje0315/


3165.聾学校教諭免許 投稿者:アース 投稿日: 8月18日(金)20時36分10秒

KANAさんへとふっていますが、ちょっと口を出します・・・。

一応、資格としては聾学校教諭免許なるものがあるんですが・・・。
京都府立聾学校で聾学校教諭免許なるものを保持している教諭はゼロ!!
他の聾学校ではどうかは知りませんが。
このことからも聾学校教諭免許がなくても聾学校に配属されますし。
要するに専門技術なんかなくてもOKって考えがちらほらと見えますねぇ。

実際、数年前に中学部にいたある教諭が養護学校に飛ばされましたよ。
その教諭はろう教育にとっても熱心で、手話も素晴らしいものを。
よく校長と激論?していたんですが、ある日校長に呼び出されて
「君は農業実習が優れているので他の学校でそれを生かしてください」と
いわれ、有無を言わせずに養護学校に転勤・・・。

ろう教育に熱心な教諭ほど次々と飛ばされていき、経験ゼロの教諭が
入ってきた時代が3〜4年続いたことがありました。
もっとも、いまはそのような不当人事はなくなっているようですが。
ちなみに昨年、今年はこのような人事はゼロでした。


3164.ろう学校の先生って????? 投稿者:オアシス 投稿日: 8月18日(金)20時10分50秒

夏休み中実家に行ってました。
ネットにつなげすぎたためか携帯のバッテリーがなくなってしまい、
随分ご無沙汰してしまいました。(^_^;)

(あるぱさん)
>先生は、軽度の重複児が質問する日本手話を読みとれたし、イメージでリードするよう
>工夫したし、軽度の自閉症の聾児が何を考えているのかを僅かな表出態度で見抜いたし、
>僕の変な発音の質問にも的確に答えてました。休み時間に冗談で声無しで話しかけたら読
>みとるんですね。僕の話は読唇で分かるの?ときくと声だけで分かるときもあるとフォロー
>されました。それで後ろから「はさみ下さい」話しかけると「ダメですよ。試しちゃ。はい」
>と、ちゃんとはさみを渡されました。

そんな先生がかつてはいたのですか!?
日本手話が読み取れる先生がいるだけでも今のろう学校も少しは変わるのにと
思うのですが...。
私の見てきた先生は生徒が言っても(キュード、口話)一度ではほとんど
理解することができない方ばかりですよー。

(あるぱさん)
>6年になって聾学校経験のない地域校からの転入の先生が担任と

ところで、ろう学校の教員って特別な資格や技能(手話など)は要らないのでしょうか?
だとすると教員採用の仕組み自体に大きな問題があるように思うのですが。
そのあたり、KANAさん教えていただけませんでしょうか?
(と、かってにふってすみません)


3163.文化比較?の結論?? 投稿者:Mogura 投稿日: 8月18日(金)18時00分10秒

結局、ろう文化も聴文化も自分の文化が一番と思っているかも知れない。(笑)


3162.文化比較? 投稿者:いのししの娘 投稿日: 8月18日(金)16時54分13秒

ろう文化と聴文化、単純に比較はできないかもしれないですけど、
私のこれまでの社会経験からいうと、やはり違いを感じます。

ろう文化圏からみた聴文化;
 形式的、合理的でない(無駄が多い)、義理人情、上下関係が厳格

聴文化圏からみた?ろう文化;
 合理的、実質的、ドライ、頑固、ストレート

こんな感じかな?と思います。
全員がそうとはいえないけれども、大体の傾向としてそんな感じかなという程度です。
 


3161.雑感 投稿者:のんたん 投稿日: 8月18日(金)16時46分37秒

ハウリング一つとっても、今まで思いも寄らなかった盲点があるものですネ。
山羊さんが疑問を呈しなかったら、私、全く気がつかなかったカモ。
daiskeさんの解説で補聴器の性質を知る事ができちゃいました。
聴者・難聴者・ろう者と情報を交換しあうチャンスはあるようで今までなかったな。

サトさんのハワイ旅行体験記、ほのママさんの「名前の呼び方」も、
その意味では、なるほどと思う所がありますネ。

あるばさんの千手観音のような先生…そうそう、昔はいたんです。
幼稚部の先生も今から思えばマルチコミニケが出来る人だったようです。
幼稚部は楽しかったです。どんな話をしても、すぐいい反応が返ってくるし
友達と存分に話ができたし…。難聴学級へ入った後の方がコミニケが不自由に
なった感じがします。口話の妨げになるとホームサイン(?)を禁じられた事が
未だに納得できてない所があるなぁ…。口話法と共存できるはずと思ってたけど
子供によって違うかも知れない…。


3160.まここ様へ 投稿者:Mogura 投稿日: 8月18日(金)16時18分49秒

いつもなら最初にととさんからコメントを頂くのですが、強引な横レスになって申し訳
ありません。

まず、ご両親様が「学力」をどうとらえていらっしゃるかにもよると思います。
単なる学校のペーパテストの点数を上げるためだけではないはずです。将来社会に出て、
生きていける力を身につけるための「学力」ではないでしょうか。多種多様な価値観の
中で、受験戦争の中で聴者のお子さんでさえ落ちこぼれるのも見られるのに、あえて聴
障児にムチを打たねばならない苦しさは、該当児をとりまく関係者にしかわからないと
拝察申し上げます。

聴者生徒に交じって学校生活を送る中で、聴障児を受け入れる学校の質が素晴らしく、
家庭環境も含めて、学力を培うような環境になければならないと思います。

以上ふまえて、なぜ、どのように学力が遅れているのかを見極める必要があると思います。

(1)知的発達が全く正常なのにただ単に、聞こえていないため?
(2)いくらか聞こえてはいるものの、いつも場面逃避で逃げているのか?
(3)日本語の読み書きの力が遅れているのか?

その他にもあるかも知れませんが、ケースバイケースで担任の先生に相談するとか、場合
によっては塾や家庭教師という解決策も出てくると思います。聴障児を担当される先生の
個人的な資質も大きく影響されると思うので、一概に勉強が遅れるからこうすれば解決す
るという問題でもなさそうだと思います。


3159.文化とは思考様式 投稿者:てのひら 投稿日: 8月18日(金)16時04分05秒

>どんどん拡散してしまうよ。(^_^;)

さらに拡散させます。

>確かに
>「ろう文化」を主張する人たちの論調に,「排他性」が
>全くないとはいえない気がします。

  この排他性は何もろう文化に限ったことではなく、1つの民族、地縁集団、
宗教集団、政治集団などほとんどの意図的グループに共通していえることでは
ないでしょうか。集団内での結束が固いほど、より排他的になります。

 たとえば、田舎の町なんかがいい例です。地域の結束が固い反面、非常に排他
的です。よそものをなかなか受け入れない。その地域内での共通のしきたりなどを
重視していますから、よそものが急に入って来ても、すぐにはそのしきたりになじ
めないからです。
 逆に都会は開放的ですが、集団としてのつながりは弱いですね。ひとり一人が
ばらばらな考えをもって行動している。

 ろう者の場合、手話という共通言語を持っているだけに、そのつながりが強く、
だからこそ、より排他的になるのはうなづけます。

>「どうも,聴者のやり方と,違和感を感じる」ところに,
>ろう文化の主張のコアがある。
>ただし,それを「単なる生活様式の違い」と主張するか,
>「やはり1つの独立した文化だ」というか「サブカルチャー」
>というかは,感覚というよりは政治的な主張(ここでいう
。「政治的」というのは,広い意味に捉えてください)。

 「ろう文化」の文化とは何かと言った場合、生活様式のように狭い概念では
なく、「考え方」ととらえています。ろう者特有の考え方ですね。たとえば、
「たとえ医学が進歩して、自分の耳が聴こえるようにできるとしても、自分は
その治療を受けずに、ろう者のままでいる」このような考え方は、聴こえる人
には理解できないことです。でも、そのように考えるろう者がいる。この考え
こそ「ろう文化」であると考えます。その思考様式に基づき、生活や行動様式
なども違ってくるわけです。


3158.Re:ボンジュルさんへ 投稿者:ボンジュル 投稿日: 8月18日(金)15時22分46秒

ボンジュルさんへ 投稿者:アース  投稿日: 8月18日(金)09時56分46秒
    でも、「上方文化」も
   「畳文化」も結局は「日本文化」になるような気がしますが・・・。

山羊さんポストのように、上方文化は、日本文化の「サブカルチャ」という見解もあるの
ですね....。

   それと訂正を求めたいのですが、私はイスラム圏の人々が悪いとは言っていない
   ですよ。他の文化は平和的だとも言っていないし・・・。

はい、はい。

めるしーぽーくー


3157.オー ルヴアール 投稿者:山羊 投稿日: 8月18日(金)12時12分48秒

daiskeさん、KANAさん、分かりやすい説明、ありがとうございました。
でも、機械(補聴器)は単純明快ですねえ。
それに較べて、人間ってやつの何と複雑怪奇なこと。
なんて感想を持った単純な山羊でした。
またしばらく、ここを離れます。


3156.「文化」の政治性 投稿者:KANA 投稿日: 8月18日(金)11時40分53秒

ボンジュルさん,お返事をどうも。

>薔薇さん調で言わせれば、「止まれ、この討論」。

…おいおい。止めようとホントに思っている?
どんどん拡散してしまうよ。(^_^;)
でも,「相対的な見方」提示されている点は,私も同感。
でも,アースさんにちょっとだけ肩入れすると,確かに
「ろう文化」を主張する人たちの論調に,「排他性」が
全くないとはいえない気がします。
でも,「ろう文化」がある(と感じる)聾者は,確かに
少なからずいるのも事実。ここのポイントは,「感じる」
のは直感であって,理屈じゃないってこと。
「どうも,聴者のやり方と,違和感を感じる」ところに,
ろう文化の主張のコアがある。
 ただし,それを「単なる生活様式の違い」と主張するか,
「やはり1つの独立した文化だ」というか「サブカルチャー」
というかは,感覚というよりは政治的な主張(ここでいう
「政治的」というのは,広い意味に捉えてください)。

 「知識は権力である」ということを「発見」したのは,
かのミッシェル・フーコー。科学的な「真実」もまた,
人々のせめぎ合いの結果として,「真実」となる。
 だから,私のスタンスで言えることは,山羊先生の要求
にも答えずに,変化球で逃げる形になります。
 つまり,「ろう文化」が指し示すところの,具体的な相
互行為自体は観察可能だけれども,それをどう呼ぶかは,
政治的な問題。そして今のところ,そのせめぎ合いにおい
て,決定打はないように感じます。

 これって,言語か方言か,という議論と似てるんですよ。
例えば日本の端と端では,同じ日本語かを疑いたくなるく
らい,すごく違う。でも,我々は「その違いは方言であっ
て,どちらも同じ日本語だ」といいます。でも,それより
もずっと小さい違いでしかないにもかかわらず,「違う言
語」と定義されるものは,ヨーロッパのゴチャゴチャした
あたりには,たくさんあるわけです。
 つまり,「言語か方言か」というのは,明確に分けられ
る違いがあるわけではなく,多分に政治的に決定されるも
のにすぎないのです。
 …ということで,「逃げ」かもしれませんが,「ろう文
化」は「本当」に「文化」か? みたいな論争には加わり
たくない,というのが私の考えです。実際,あんまり生産
的な議論になっていない気がしますし。それよりは,とも
かく「ろう文化」と聾者が感じる個々の現象を作り出して
いる相互行為を具体的に分析していく方が,生産的かなあ
と思っています。


3155.ハウリング時の補聴器の動作 投稿者:daiske 投稿日: 8月18日(金)10時35分59秒

山羊さん、こんにちはdaiskeです。

ハウリングしているとき、補聴器の出力が下がる現象は、出力制限に関係しています。

出力制限の種類は、代表的な物で
AGC−O(OPC)>ほとんどの、市販品の高度難聴用
PC(MOP)>ほとんどの、福祉法用
の2種類が有ります

AGC−Oだと、ハウリングしている音(大きな音)にたいして、全体のボリューム
を下げます。当然聞こえが悪くなります。
他に、自分で話しているときは補聴器にとって大きな入力ですので、AGC−Oが作
動して他の音を押さえます。結果、ハウリングを押さえる事があります。

PCだとハウリングしている音(大きな音)だけをカットしますので、それ以外の音
はあまり影響されません。
高域の音は、低域に対してのマスキング効果は低いとされてますので、ハウリング自
体が聞こえなければ会話に影響しないです。

ハウリングは電池を異常に消耗しますので、ハウリング後は一時的に補聴器が使えな
くなることも考えられます。


3154.マルチレス失礼 投稿者:山羊 投稿日: 8月18日(金)10時05分50秒

<のんたんさん、ととさん、Moguraさん、白馬岳 滑太郎さんへ>
ハウリングについて、すごーく参考になるお話、有り難うございました。
ひと言でまとめると
「ハウリングしているときでも、相手の声は聞こえる。でも、少し聞きづらい」
って言うことかなと理解しました。
ハウリングについては、あるお母さんからこんな話も聞きました。
「少々ピーピー鳴ってても私は気にならないけど、電車に乗るとみんながこっちを見る。」
成るほどねえ。ハウリング対策は、むしろ聴者のためにしなければならない?

<あるぱさんへ>
「○○先生オリジナル法」、素晴らしいですねえ。
「バイリンガル法」がいいか「聴覚口話法」がいいかと言った理念的な問題とは別に、
どんな方法を採ろうとも、現場にはこの様な先生が望まれますねえ。
でも「狂い咲き」の時代は、もう来ないでしょう。
「サラリーマン先生たちでも教育効果が上げられる方法」
これからは、こういう方法を探っていかなければならない?

<アースさんへ>
「ろう文化」を「日本文化」のサブ・カルチャーとして捉えるというのはどうですか?
でもこの辺は門外漢なので、KANAさんにも質問と言うことにして、逃げますぅ。


3153.ボンジュルさんへ 投稿者:アース 投稿日: 8月18日(金)09時56分46秒

うーん、ですから文化というのは簡単に論じられないものなんですよね。
ボンジュルさんの意見も確かに筋が通っていますね。でも、「上方文化」も
「畳文化」も結局は「日本文化」になるような気がしますが・・・。

イスラム文化を引き合いに出したのは失敗だったかな・・・?まあ、あれも文化の
もつ危険性を指摘しようと思ったのですが。
それと訂正を求めたいのですが、私はイスラム圏の人々が悪いとは言っていない
ですよ。他の文化は平和的だとも言っていないし・・・。

「ろう教育」に「ろう文化」を持ち出す、関連させるのに危険性を感じるというのは
こういう理由ではないのですが、イスラム文化を持ち出したことから誤解が生まれて
しまったようです。ボンジュルさんと個人的に話せるチャンスがあったら、ぜひこの
問題について話し合ってみたいですね。ではここらあたりでやめておきます。


3152.Re:KANAさんへ 投稿者:ボンジュル 投稿日: 8月18日(金)09時41分44秒

書きたくないのに、手が勝手に動いてしまいました。(影の声:うっそぉ〜ばぁ決まっとる。)

KANAさんへ 投稿者:アース  投稿日: 8月18日(金)03時56分08秒
   「文化」と「教育」の関連についての考え方ですが、なるほどなぁと思いました。
   ただ、普通の「文化」であれば、教育と関連することに何の疑問ももちませんが、
   「ろう文化」となるとどうなんでしょう?
   「ろう文化」は潜在的に他文化、つまり「日本文化」を排除するというか、その
   文化に対し優越感を持とうとしている部分があるように思えるんですよね。これに
   ついては人それぞれのとらえ方がありますが、私はそう感じているわけです。
   例えば、ろう者は聴者よりも優れているというような趣旨がいくつか見られます。
   こういう文化を教育と関連させたらどうなるのかなぁ・・・と思った次第です。

薔薇さん調で言わせれば、「止まれ、この討論」。
「文化」定義の認識が違っていると、討論はとんでもない方向へ行ってしまぅのでしゅね。
アースさんの「文化」に対する認識、或いは、理解は、どこからどこまでの範囲でしょう
か?

   他の文化を例にするとしたら、過激ですが「イスラム文化」がありますよね。
   あの文化の中には自分に敵対する勢力(他宗教)は絶対に認めないし、最終的には
   武力をもって制圧するという考え方が一般的だという話を聞いたことがあります。
   そういう文化が教育と関連したらぞっとしますねぇ。

ろう教育を考える時、ろう文化を持ち出しゅこと、結び付けることに危険を感じるのは、
このことか!
短絡だなぁ。
イスラム文化(或いは、アラブ文化)に属する某集団が過激に走るのは、哲学的理由によ
るところが大きい。この哲学も、文化の一要素でしゅね。
哲学的理由ってなぁ〜にと聞かれても、ここは、親のページ、門外の話で書きませんので
悪しからじゅ。

まぁ、アースさんこう思っては、イスラム文化の人々は、かわいそうでしゅねえ。
キリスト教も仏教も、過激な暴力を振るい、随分殺生なこともしたという過去事実がある
のに、「イスラムの人々は悪い」と思い込んではいけませえ〜ん。

   「愛国心」の話題がありましたが、私は高校の時から愛国心が人一倍強いと
   言われていました。今も日本に対しての愛国心はありますし、ですから私は
   「ろう文化」ではなく、「日本文化」に依存している人間なんですね。(^_^;)

見解をもっと広めたら?

京都を愛しゅる人なら、「上方文化」に依存しゅる人間。
仏教をこよなく愛しゅる人なら、「仏教文化」に依存しゅる人間。
畳を愛し、それなしでは暮らせない人なら、「畳文化」に依存しゅる人間。
    :
    :
    :
もう、きりがありましぇんが。

それでは、「アースさん」という人間は、「日本文化」だけ依存しゅる人間でしょうか?
改めて、自己分析をしてみては....。

かくいうボンジュルも、日本と風土を愛し、日本文化を尊重し、日章旗も愛してましゅよ。
畳・障子も、ご飯も、演歌も、好きでしゅ。外人から質問や批判や冷やかしがあった時、
きちんと、日本文化の素晴らしさを説明し、日章旗は「汚れた歴史」事実を知るための存
在であると説明していましゅよ。「日本文化」依存しゅる人間であること、アースさんと
は変わりはないでしゅね。

「日本文化」も「ろう文化」も、ボンジュルの帰属意識の一つでしゅ。

めるしーぽーくー


3151.KANAさんへ 投稿者:アース 投稿日: 8月18日(金)03時56分08秒

あれ?KANAさん、こちらへの登場とは珍しいですね。

「文化」と「教育」の関連についての考え方ですが、なるほどなぁと思いました。
ただ、普通の「文化」であれば、教育と関連することに何の疑問ももちませんが、
「ろう文化」となるとどうなんでしょう?
「ろう文化」は潜在的に他文化、つまり「日本文化」を排除するというか、その
文化に対し優越感を持とうとしている部分があるように思えるんですよね。これに
ついては人それぞれのとらえ方がありますが、私はそう感じているわけです。
例えば、ろう者は聴者よりも優れているというような趣旨がいくつか見られます。
こういう文化を教育と関連させたらどうなるのかなぁ・・・と思った次第です。

他の文化を例にするとしたら、過激ですが「イスラム文化」がありますよね。
あの文化の中には自分に敵対する勢力(他宗教)は絶対に認めないし、最終的には
武力をもって制圧するという考え方が一般的だという話を聞いたことがあります。
そういう文化が教育と関連したらぞっとしますねぇ。

「愛国心」の話題がありましたが、私は高校の時から愛国心が人一倍強いと
言われていました。今も日本に対しての愛国心はありますし、ですから私は
「ろう文化」ではなく、「日本文化」に依存している人間なんですね。(^_^;)