2700.おやつの時間 投稿者:薔薇 投稿日: 7月27日(木)15時36分12秒

>日本の聾学校の中身が「ろう児のためだけの学校」ではなく、広く「聴障児のための学
>校」の状況となるのは必然的だと思います。それを踏まえた上で、発想していくことが
>尤も重要であり、それが、「ろう教育」の建設的な改革となるだろうと、私は考えてい
>るのですが。そういう点においてアースさんの意見は、すばらしいと私は思いました。
>こちらを立ててれば向こうが立たずの発想では、結局、どちらかを見放したり切り捨て
>たりする教育方法の堂々巡りにしかならないのでは・・・と、そういう面を危惧してい
>るのです。

>より前向きな話をするためには、聴覚活用の難しい子どもが聴覚口話法により訓練させ
>られつづけているという今の現状をいかにして打破するかについて考えていく必要があ
>るように思います。

  建設的な議論… 噛み合いますかね? まあ,どちらももっともだと思うんですけど
  ね〜。でも,息子や娘たちが通っている難聴学級に通級している聴覚障害児たちの死
  んだ目を思い出すと,やはり心情的にはオアシスさんの方に「うん,そうだな」と言
  いたくなってしまいますね〜。(苦笑)


2699.より建設的にいくために 投稿者:オアシス 投稿日: 7月27日(木)14時36分49秒

ととさんが言われているように
確かにもっと建設的な議論をする必要がありますね。

山羊先生の書き込みを見て。
ろう者とは
   「両耳の聴力レベルが100dB以上の者」または「100dB未満
    60dB以上の者のうち、補聴器の使用によっても通常の話声を解することが不可能
    または著しく困難な程度の者」
で、しかも「ろう者は聾学校において教育する」
とあるのに、なぜ今のろう学校は聴覚口話法にこだわるのでしょう。
補聴器の性能が上がったからすべての人が聞こえるようになったのでしょうか??

より前向きな話をするためには、
聴覚活用の難しい子どもが聴覚口話法により訓練させられつづけているという
今の現状をいかにして打破するかについて考えていく必要があるように思います。


2698.山羊さんへ 投稿者:みおさと 投稿日: 7月27日(木)14時28分13秒

下の法的な定義で言うと、私は「ろう者」だったんだ!!(@@)
と、個人的には一瞬感動を覚えました。でも、だれも認めないと思いますけれどね。
つくづく、この世界は不思議な世界ですね。
それはおいておいて、
それよりも、頭がこんがらがる原因がここにもあったのだと始めて知りました。

>「両耳の聴力レベルが100dB未満60dB以上で、補聴器を使用すれば通常の話
>声を解するに著しい困難を感じない程度の者」と「両耳の聴力レベルが60dB未満
>で、補聴器を使用しても通常の話声を解することが困難な程度の者」

という、難聴者の定義についてですか、これほど、曖昧な定義がありますでしょうか?

ろう者の
>100dB未満60dB以上の者のうち、補聴器の使用によっても通常の話声を解することが
>不可能または著しく困難な程度の者」
という定義の「著しく困難な程度」という言葉も、同様に非常に曖昧ですけれど。

この二つ、実際にはどこで線引きできるのですか?

感音性難聴の聞こえの世界で生きてきた私としては、その部分が興味深いです。

問題1、
「通常の話声」とは、どのような状況をさすのか。相手の声の質、人数、状況(静かな場所であるかなど)
で左右されるのは専門家ならば知っているはず。「通常の話声」に困難をほとんど感じない聴障者を
難聴者と言うならば、難聴者の数は認知されているよりずっと少数のはず。非常に曖昧。矛盾して
いる。

問題2
「著しい困難」とはどの程度の困難をさすのか?非常に曖昧。

問題3
なぜ、聴力60dB未満の場合、「補聴器を使用しても通常の話声を解することが困難な程度の者」
は、聾学校ではなく、難聴学級を指定していることに、納得できるのか?

>私は、この法的措置自体には妥当性を感じています。(山羊さん)
これは、なぜですか?教えていただければありがたく思います。
あえて、曖昧にしているのが妥当といわれると、納得できるのですけれど。
私は山羊さんとは逆で、問題の原点のひとつをここに見つけたような気持ちです。
普通校において難聴学級があるからって、その難聴者定義にあてはまると漠然と思える聴障児
達の「聞こえなくても学ぶ権利」が、聴児なみにちゃんと保障されていると思えるのでしょうか?
アースさんの視点というのは、そこまで考えて「ろう教育」を考える必要性を述べたのだと思
います。その点についてはどのようにお考えでしょうか?

そのような状況を踏まえますと、
難聴学級ではなく、難聴学校が日本にあれば、この法的措置は
「妥当である」と、私ははじめて納得します。
ところが、日本には「難聴学校」が存在しないのです。

ゆえに、
日本の聾学校の中身が「ろう児のためだけの学校」ではなく、広く「聴障児のための学校」の状況
となるのは必然的だと思います。それを踏まえた上で、発想していくことが尤も重要であり、
それが、「ろう教育」の建設的な改革となるだろうと、私は考えているのですが。
そういう点においてアースさんの意見は、すばらしいと私は思いました。
こちらを立ててれば向こうが立たずの発想では、結局、どちらかを見放したり切り捨てたりする
教育方法の堂々巡りにしかならないのでは・・・と、そういう面を危惧しているのです。


2697.聾 と 難聴 (2) 投稿者:山羊 投稿日: 7月27日(木)08時36分16秒

情報提供 その2
アースさんへの返答も兼ねます。

学校教育法施行令第22条の3:
 「ろう者」は、「両耳の聴力レベルが100dB以上の者」または「100dB未満
 60dB以上の者のうち、補聴器の使用によっても通常の話声を解することが不可能
 または著しく困難な程度の者」

文部省初等中等教育局長通達(文初特第309号)1978
「教育上特別な取り扱いを要する児童・生徒の教育措置について」:
 「ろう者は聾学校において教育する」 また
 「両耳の聴力レベルが100dB未満60dB以上で、補聴器を使用すれば通常の話
 声を解するに著しい困難を感じない程度の者」と「両耳の聴力レベルが60dB未満
 で、補聴器を使用しても通常の話声を解することが困難な程度の者」は
 「特殊学級」(難聴学級)または「通常の学級において留意して指導する」

要するに、言葉がほとんど聞き取れない子は「ろう」だから「ろう学校」で教育を、
言葉がかなり聞き取れる子は「難聴」だから「難聴学級」か「通常の学級」で教育を
ってことですね。アースさんが言われるとおり、教育の方法については何も触れられて
いません。
私は、この法的措置自体には妥当性を感じています。でも今改めて文部省に矛盾を感ず
るのは、上のように規定しておきながら平成4年「聴覚を活用する指導」って本を文部
省が出していること。聴覚が使えないのだから聾学校へ行きなさいと言っておきながら、
聴覚を使えと言う!


2696.その他 投稿者:薔薇 投稿日: 7月27日(木)08時05分26秒

ここは某大学(短大)の先生たちも結構見ておられるようです。


2695.マカトン法 投稿者:薔薇 投稿日: 7月27日(木)08時00分14秒

英国にいた時,妻がマカトン法講座を受けています。そのとき,妻は講師から「マカトン
法はあくまでも知的障害者を対象としたものであり,聴覚障害児を対象としたものではな
い」と言われたそうです。


2694.同じく,ウ〜〜〜ン 投稿者:薔薇 投稿日: 7月27日(木)07時49分56秒

●アース君か… 20年近く前の自分を見ているみたいですね。最近,ある有名な手話通訳
者にも言われたのですが,学生のときの薔薇は本当に生意気な若造そのものだったそうで
す。生意気な方が将来が楽しみだとも思うんですけどね。

●これは本当にあった話らしいなのですが,中国のある地方で大洪水が起こり,政府の高
官が視察に訪れた時,地元の住民が「洪水を何とかしてくれ」と詰め寄ったそうです。そ
のとき,まさに何軒かの家が濁流に飲み込まれようとしていたそうです。そのとき高官は
「時間がかかる。今,川の上流にダムを作る計画がある。」などと話していたそうです。
何となくそういう話を思い出しました。

●>私の発言が親たちの気持ちを傷つけているのか考えたことはありますかとありました
 >が、それはむしろ逆なのではないのでしょうか。
 
 まあ,お互い様ということでんな。ア−ス君は自分の母校を侮辱 (?) された上に,若
 いの何のと言われましたからね〜。昔の私だったら本気で怒っていたと思うな。

 でも,自分の聞こえない子供のためにどうすればよいのかと悩んでいる親たちにとって, 
 「時間がかかるんだよ」と言われれば,「じゃあ,私の子供はどうなってもいいという
 ことなのか」 ということになるんですよな。

 まあ,ここの掲示板の常連さんたちはみな,個人的にはろう教育に対する長期的な展望
 も持ち合わせていると思うし,実際にはろう教育の改革には途方もない時間がかかるで
 あろうと言うこともわかっていると思うんですよね。ただ,それを待っていたら自分の
 聞こえない子供はどうなるのか,そういう思いはね,やはり周りのものはわかっている
 ようでなかなかわからないものじゃないかな〜とも思うんですよね。山羊さん,ゴメン
 ナサイ。そういう焦りにも似た思いに対して,アースさんのように冷静に客観的な意見
 を与えることも時には効果的かもしれませんけどね,やはり今回はちょっとタイミング
 が悪かったかなとも思います。

 それからね,アースさんの親は決して焦らなかったと言われていますけどね,まあ,
 「子を持って知る親の心」ともいうように,親の心の奥にしまわれた,いろいろな思い
 と言うものはなかなか子にはわからないものだとも思いますよ。偉そうなことを言って
 申し訳ないとは思いますけどね。

 んぢゃ。


2693.マカトン法 投稿者:山羊 投稿日: 7月27日(木)07時39分10秒

では、情報提供のひとつとして。

マカトン法は、手話の単語もけっこう採り入れてますね。
では、聾教育における手話の導入とマカトン法との違いは何か?
前者は自然な言語獲得を目指すわけですから、とにかくどんどん手話を使っていけばいいわけですが、
後者は言語獲得そのものが困難な子どもを対象としていることから、
1.段階的に語彙の拡充を目指す。
2.抽象性の高い語彙を省き、日常生活に密着した語彙を優先する。
3.記号性を低くして、見ただけで意味が把握しやすいジェスチャー的な表現をする。

以上が私の理解です。
ここも見てください。
http://www1.biz.biglobe.ne.jp/%7Easahide/Makaton.htm


2692.う〜ん 投稿者:キンタ 投稿日: 7月27日(木)06時51分00秒

ろう学校4年生の男の子を持つ聴の母、キンタです。
(聴の母というのも変だな。母は、母でしかないのに…)
この連日すごい書き込みで、投稿するすきがありませんでした。

う〜ん。何というか、ここは、聞こえない子を持つ親の情報交換の場として、
ととさんが、一大決心して立ち上げたモノではないでしょうか?
聞こえない子を持つ聴の親は、もっと真摯に投稿を受け止めるべきだと思いますが?

聞こえない方々の過去、思考、展望など、こんなに豊富な生情報を
与えていただけることに、まず感謝しなければならないと思います。

確かに聞こえない子供を持って一番悩んでいるのは、私たち親です。
そして私たち親の責務は、この子達をいかに上手く自立させるか?
…ということではないでしょうか?
責任を教育の場に転化してはいけないと思います。
(もちろん、学力保障などは教育現場にお任せせざるを得ませんが)

そのための情報収集の一部であるここが、人の上げ足取りみたいになっているのは
開設後まもなくから見守っている私としては、残念です。

意見を偏らせることなく、本当の意味で色々な情報を与えていただきたいと思いますし
その情報をもとに、我が子には、何が必要か?…ということを
個人的に試行錯誤していけばよいと思いますが、いかがでしょうか?

http://member.nifty.ne.jp/u-go/


2691.アンネ様 投稿者:ぐら 投稿日: 7月27日(木)05時08分33秒

ちょっとずれちゃう投稿ですが、すみません。

「自然体」・・・。
どんな状態を指して、自然体というのか。・・・
難しいところだと思います。

こればかりは、いつか本人が、「これが自分の自然体だ。」と思い、
自分で生き方を決めた時、それが彼の自然体、なのかもしれません。

問題は、彼が自分のことを決められない、特に幼児期・・・。
ほんとに子どもは待ってくれないし、一人一人全く違う。
考えて見たら、聞こえる子だってそうなんですよね。
その違う子達を40人近く集めて、同じ進度を求める現在の教育の
限界は、色々と言われているところです。
親が「こうあってほしい」と思う教育のプロセスを求めるのは、
聞こえる子に対してこそ難しいことかもしれない、と思うくらい。・・・

息子にとって手話は、やっと手に入れた自信をもって使えるやり取りの
道具であることは間違いないようです。
私にとって難しいのは、「こうやっていくと、どうなるか」という予測が
つかない・モデルが大変乏しいことです。
だから、少しでも沢山の情報がほしいと思います。

「友達は、できるもの」
そうですね。
いい出会いは、予期せず与えられるものですね。
この頃ちょっと、いろいろあってバテ気味だった私・・・。
何だか、ちょっと楽になりました。
ありがとうございます。


2690.OKAさんへ 投稿者:アース 投稿日: 7月27日(木)01時50分46秒

OKAさん、意見をどうもありがとうございます。

私は決して皆さんと対立するような、敵として戦っているような気持ちはありません。
私の発言が親たちの気持ちを傷つけているのか考えたことはありますかとありましたが、
それはむしろ逆なのではないのでしょうか。

それぞれが持っている意見、考え方を私は尊重しています。
今まででも、その考え方は違う!私の考え方こそが正しいとは言っていません。
違う考え方を持った人との交流もまた大事ではないでしょうか?
同じ考え方の人たちで固まっているだけでは進歩も何もありません。

今こそ変化を!と求める皆さんと長期的なビジョンを持ってろう教育に
取り組むべきだとする私の考え。
その違いを議論してこそ、真のろう教育というものができると思いますが。
私は確かに歳は若い。ですが、そのようなことを言われるのは心外です。
私は少なくともあなた方よりもろう教育というものを身をもって知っている。
だからこそ、聴者の親たちの考えを理解したいし、どのような教育を求めているかを
理解したいのです。それでもおかしいといわれるのですか・・・?


2689.私の考えは・・・ 投稿者:アース 投稿日: 7月27日(木)01時32分57秒

ととさんは確かこの掲示板の主催者でしたよね。今後よろしくお願いいたします。

ろう学校の重要性という点では確かに一致しています。
ただ、これからどう変わっていくかについての基本的な考えが
皆さんとは違うのです。
皆さんはどうやら手話による教育を求めておられる。ですが、私は
手話法での教育には反対の立場をとっています。かといって、口話法信奉者かと
言われるとそれも違います。
私は聴覚を活用できる児童には聴覚口話法を、活用できない児童には手話法を
と考えています。この考えは、かつて昭和8年に鳩山文部大臣が口話法命令を出した後も
手話を守りつづけたとして有名になっている、故大阪市立ろう学校校長高橋潔が
考え出した教育方法です。一般的には手話法の高橋として広まっていますが、
正確ではありません。それぞれの児童に合わせた教育方法をというごくあたりまえなことを
言っており、また私もその考えをもっています。

また、どのようにしてろう教育を変えていくかという途中のプロセスも違うようです。
皆さんは我が子により良い教育を与えるために急激な変化を求めている。
私は目の先のことよりも長期的なビジョンを持ってろう教育というものを考えていくべきだと
主張しています。こういう違いを議論していくことで建設的な議論になるのではないでしょうか?


2688.アースさんへ 投稿者:OKA 投稿日: 7月27日(木)01時21分54秒

個人的な意見ですが

ゆっくり教育を変えていくのが必要と書かれましたが
その一言、意味、一理はあります
しかし、ここのページでのその一言は
親達をどんなに傷つけているか考えたことはありますか

いままでのこの流れを一度、振り返って下さい
排除するつもりはありません、が
ここのHPの基本である親たちは投稿できない雰囲気を
今、あなたの投稿で作りだしているんですよ

ろう学校の良い面、ここの親達は良く知っていますよ
だからかわいい子供たちをろう学校に入れているんです
しかし、悪い面もある
オアシスさん達も、ろう学校をもっと良くして
子供たちが真に誇れるろう学校にしたいから
がんばってみえるんです

はっきり言わせてもらいますが
あなたは確かに学力はあるかもしれない
しかし、人としてまだ若すぎる(歳だけではありません)

私達とあなたは決して敵ではないんです
一緒に考えを出し合ってよりよい社会を築いていく仲間なんです
その仲間が傷つくようなことを平気で言ってしまう
さらには、まわりの方への配慮できていない
言いたいことはどんどん言っても構いませんが
人としてのルールがある

薔薇さん、オアシスさん、いのしし娘さん、聾阿弥さん
さらに私ももう一度言います「もう、待てない!」
この切実な気持ちを表すもにも皆さん配慮してるんです
相手の受け取り方、気持ちをね

そう感じながらも、もう一方で
アースさんはまだまだ若いなあ
でもろう学校出身なのか
なかなか骨があるじゃないか
楽しみだ。と捉えています

研究、大いに結構!教育に関心がある、これまた結構!
言いたいことを言うのも結構!
ただもう一つ、人の話をじっくり聞く(見る)
これを加えてください(深呼吸してね)
今のままのあなたでは、決してあなたをロールモデルにはしたくないよ
ろう学校の良いところ、悪いところ
お互いに出し合って、一緒に築いていこうよ!




2687.ようこそ、アースさん 投稿者:ととさん 投稿日: 7月27日(木)00時33分59秒

ようこそ、アースさん。

留守にしていた間に、議論が盛り上がっていますが、アースさん、ちょっと冷静になって
下さい。 全体を読んでみると、基本的に同じことを両者が言っている様に見えるのは、
私だけではないと思いますよ。 ここに来ているみんなが、聾学校の重要性を認めている
けど、今までのやり方がベストだとは、思っていない。だから重要なのは、今後、どう
聾学校(ろう教育)を変えて行くかでしょう? アースさんにとって自分の卒業した学校
を批判されるのは、気分のいいものではないのは良く分かります。 でも、御自身が経験
した、悪い点があるからこそ、今でもろう教育に係わっているのでしょうし、そして、
当然良い点もあったはずです。 そんなことを皆さんに知らせて頂けないでしょうか?
その方が、もっと建設的な議論が進むのではないでしょうか?
これからも、よろしくお願いします。


2686.マカトン法って何ですか? 投稿者:うめとも 投稿日: 7月26日(水)23時58分37秒

お久しぶりです。

 すごい雰囲気ですね。
 ちっょと話の腰を折る質問です。
 私が毎月訪問している知的障害者施設にいる聞こえない子(「知的障害者」として
扱われています)で、「マカトン法」という手話?(というより単なるゼスチャーな
のか)を教えられている子がいます(詳しく書くと守秘義務に反するので書けません
が)。
 ちょっと福祉オンブズマンである私に教えて下さい。
    マカトン法とは何ですか。
    これは手話なのですか。
    果たしてこれで他人とコミュニケーションがとれるものなのか。
 知っている方がいたら教えて下さい。よろしくお願いします。     


2685.オアシスさんへ 投稿者:アース 投稿日: 7月26日(水)23時20分04秒

今まで、オアシスさんが私に対して反論したのを
私がさらに反反論し、質問をしていましたがそれに一切答えていませんね。
今、改めて質問しますのでそれに答えて欲しいと思いますがどうでしょうか?

一.京都府立ろう学校小学部の口話法教育の徹底について、私はそうではないと反論しました。
  小学部は学習発表会で手話を使った劇を発表しています。口話法を徹底している学部が
  手話での劇を認めるでしょうか?

二.高等部は外圧に負けたのではなく、自ら積極的に手話を導入していると反論しました。
  それについてオアシスさんは何も答えていませんが、どうですか?

三.データ上では私は京都府立ろう学校から大学に進学したのではなくなってしまう。
  市立からも進学したという形にはならない。とすれば、私は一体どこの学校から
  進学したことになるのでしょうか?とも質問しています。

これらの質問について答えていただけませんか?


2684.皆さんへ 投稿者:アース 投稿日: 7月26日(水)23時05分29秒

いろいろと皆さんのご意見を聞かせていただき、また、それに対する
返答というか、反論をしてみたいと思います。

まず山羊さんへですが、私の言う細分化は入学の条件ではなく、
教育方法の細分化という意味です。そのような細分化も学校教育法に
明記されているのですか?私の知る限りではなかったように思いますが。
もし間違っていた場合にはご指摘をお願いします。
また、峻別の基準は今の私には答えられません。なぜならばこれに関する研究が
ほとんどされていない為であり、定義そのものが非常にあやふやなものになっているのでは?
個人的な考えを言うならば、子供自身が選択する。それがベストでしょう。
ですが、残念ながらそれは非現実的です。だとしたらどうするのか?
それは今後の研究を待つしかない。無責任だと言われるかもしれないが、それは
皆さんも同じだと思います。ろう者と難聴者を区別する定義そのものが一体なんなのかが
わからない現状では。ようするに口話法があるという現状も仕方ないと。

次にオアシスさんに対してですが、私はなにも大学進学率が高いから
誇れるとは言っていませんよ。京都府立ろう学校に対して愛着があり、そこで教育を受け、
中学・高校の6年間をそこで過ごせたことに対して、生徒会長をやらせていただいた時の
さまざまな活動を通して、京都府立ろう学校で育ったと誇りを持って言う。そういう意味です。

ろう者は優れているとの事ですが、それは聴者にもいるでしょう。優れている優れていない
云々は関係ない。むしろ同じ人間だが、耳が聞こえない。それだけのことです。
ろう者は優れているんだと言われるならば、逆に聞きますが、聴者はろう者よりも優れていると
発言した者がいたらどうしますか?差別だと言うでしょう。よく考えてみてください。

私が大学進学率について言及した元々の理由は、ろう学校は教育水準が低いとの意見に対して
それを否定できるごく一部の資料として出しただけであり、ここまで大きな議論になるとは思ってもいませんでした。
また、データの話ですが、例えばあそこのろう学校は大学合格者がいないという話になって、
実際にはそこを卒業して大学に行った人が「それは違う。私はそこのろう学校の出身だが
大学に行っている。」と言っても、「データでは0人となっているからおかしいよ。」
そういう混乱が出てくる場合があるのでは?
ですからデータはデータとして見るのではなく、その裏にある現実というものを
容認するという行動をとっていただきたいと思います。

次に、時間をかけてろう教育を変えていくことを否定していますね。
確かにオアシスさんが出した経験は事実でしょう。しかし、それは悪い意味での
時間をかけてでしょう。私は本当にろう教育というものは一体なんなのかを定義づけるためには
焦ってはいけないと思っています。焦れば焦るほどいい結果を生みません。
中には急激な変化に成功したという例も世の中にはあります。ですが、教育という問題は
時間をかけて論議していく。そういうものではないでしょうか。
我が子により良い教育を!と言われるのは本当に良く分かります。今までにさまざまな親から
そういう話や相談を受けてきたので。
ですが、本当にすばらしい教育というのは短期間ではできない。違いますか?
時間をかけてさまざまな教育方法を試し、あらゆる研究を進める。そういう意識が必要なのでは?
今から研究を進めたとして、早くても結果が出るのは20年後です。幼児が成人するには
20年の歳月が必要なのですから。

最後に、私の両親もろう教育に対して不安を持っていました。
ですが決して焦ろうとはしなかった。現状を受け入れ、この子がろう学校を卒業するまでに
何の変化が起こらなかったとしても、この子がろう教育に対して不満を持っていたら
私たちが今までやってきたろう教育への問題取り組みをこの子が受け継ぎ、
変えていくからという考えでした。そういう長期的なビジョンも必要でしょう。
皆さんに聞きますが、我が子が成人したらあなた方はろう教育問題について
積極的に取り組もうとしますか?そこらへんのこともお聞かせいただきたい。


2683.ろう児が学校にいる今しか変えられない 投稿者:オアシス 投稿日: 7月26日(水)20時25分19秒

アートさんと書いてしまいましたねすみません。アースさんでした。

>なるほど、確かに大学進学率には影響がないというのはそうでしょう。
>しかしそれを言われると、私は京都府立ろう学校で育ったという誇りを
>否定された気持ちになってしまう。専攻科で通った市立ろうでも
>大学進学率にはカウントされない。とすると私は一体どこに自分の誇りを見出せばよいのか?
>一体私はどこの学校から大学に進学したことになるのか?
>そこらへんのことについてオアシスさんはどのように説明しますか?(アースさん)

アースさんが府立ろう学校で育ったという誇りを失う必要などもちろんありません。
これからも誇りを持ちつづけていただきたいとは思います。
ただ、大学に進学できた人が数名いたから誇れるというのだとすると少し悲しい思いがしてしまいます。

そしてこれからも母校の生徒の為に是非頑張っていただきたいと思います。

>ろう者は聴者と変わらないばかりか、むしろ優れているとありますが、何を証拠に
>そのようなことを言われるのですか?
>私は優れているとは思わない。聴者もろう者もまったく同じ人間です。優れている云々は
>逆差別という形になるのでは?(アースさん)

いろいろあると思うのですが、
目の鋭さ。聞こえる人では絶対に気づかないような変化をとらえることができると思います。
また、方向感覚のすごさ。一緒に地下鉄の地下道を歩くことがあるのですが、
自分などはどちらを向いているのかさっぱりわからなくなってしまいます。
しかし、ろう者の多くは驚くほどの方向感覚をもっていると思います。

おそらく他にもたくさんあるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。


>本来ならば、「ろう教育=ろう児に対する教育」と「難聴教育=難聴児に対する教育」
>と細分化し、より必要ならばさらに細分化すべきだと。(アースさん)

今のろう学校ではろう児に対しても難聴教育をしているといえるのでしょうね。

>オアシスさんはデータのみで判断しないようにといいつつも、データで判断している
>のではないですか。大学進学率について実際にはちゃんといるのに
>データでは0人となるから。という趣旨の発言をしていますね。(アースさん)

いえいえ、学校側が管理できる大学進学率というのは通常直接入った先であるし、
その年に何割の人が入ったかというのを毎年評価するので、
ほとんどの年で0%でありまた、学校側に聞いても今まで0人であるというのは仕方ないことだと思います。

しかし大学進学率というのは学力レベルをはかる単なる客観的評価手段としてあげただけで、
大学進学自体はそれほどこだわる必要はないと思います。
大体聴者社会で大学出たからって「それがどうしたの」と言われるだけですし、
逆に大学など出てなくても素晴らしい人格者はたくさんいますから。

ろう学校において聴覚口話法によりしゃべれることを重視するあまり
学力のレベルが地域校のレベルに達することができないことが問題なのです。


>また、オアシスさんはろう教育に不満を持っていて、変えたいと発言していますが、
>私から見ると、オアシスさんやその他の人たちは急激な変化を求めているように見える。
>私はそうは思わない。今までのろうあ運動をみてください。
>運転免許にしろ、ろう教育への手話導入にしろ、急激な変化ではありません。
>時間をかけてゆっくりと変えていったのです。
>これと同じように私も時間をかけて「ろう教育」とは如何なるものか、その定義はなんなのかを
>議論していき、また、「ろう教育」の研究も進めていくべきです。
>
>我が子により良い教育を与えたいというのは理解できますが、それだけで「ろう教育」
>云々を論じてはいけません。(アースさん)

これだけはとんでもないと否定せざるを得ません。
時間をかけて?
似たようなことをろう学校の教員から聞いたことがあります。
「急には変わらない」「実現は難しい」...。
手話を全く知らない教員ばかりのろう学校で手話の導入を進めようとするとき
自分可愛さから(自分が首になるから)全く話をすすめようとしないのです。
もちろんろう教育についての研究も必要ですが、
平行して親である私たちが勉強し、実際に提言していくことが不可欠です。
少なくとも今の聴覚口話法一色の教育に対しては声をかげていかなくてはならないと思います。

自分の子どもが卒業してからろう学校が良くなればよいと考える親がいるわけありませんよ。


2682.聾 と 難聴 投稿者:山羊 投稿日: 7月26日(水)19時41分37秒

>本来ならば、「ろう教育=ろう児に対する教育」と「難聴教育=難聴児に対する教育」
>と細分化し、より必要ならばさらに細分化すべきだと。       (アースさん)

既に細分化されていますよ。
学校教育法施行令 第22条の3において
聾学校に入学できる子と難聴学級に入学できる子の条件を示しています。

でも現実は、この法令通りには行っていない。
聴力が厳しくても「難聴児」として難聴学級にわが子を入れる親もいるし、
聴力が軽くても「聾児」として聾学校にわが子を入れる親もいる。
後者の例は数は少ないが、現にあることを私は知っている。

要は、何を基準に「細分化」するのか? ということ。
そこには、「聞こえない」あるいは「聞こえにくい」ことをどう捉えるのかという
いわば思想性の問題が色濃く絡む。

アースさんの場合、
「ろう教育=ろう児に対する教育」と「難聴教育=難聴児に対する教育」とを峻別する
基準は、何なのでしょうか?


2681.Re:待てない親 投稿者:聾阿弥 投稿日: 7月26日(水)18時01分58秒

聾阿弥です。

 久しぶりです。私のこと覚えている方はどれだけいるか・・・。
いのししの娘さんのおっしゃるのはすごくわかります。アースさんのように時間をかけて
変えていこうとするタイプ、待てないタイプそれぞれあると思いますねぇ。
 私自身、もうすぐ2歳になる息子がいますが、待ってくれません。どんどん大きくなる。
どんどん手話を使い始める。どんどん意見を言い始める。手話を記録している暇がない。
しかし、ろう学校は変わってくれない。もし、手話で十分なコミュニケーションが保障され、
かつ手話による勉強ができるなら、親としてはとても安心なのです。息子が大学にいこうと
いくまいと、そんなことは関係ないのです。
 大学進学率にこだわるよりも、ろう者として、コーダとして生きる社会を、すなわち
モデルを見つけていきたいというのが親心では?

 まあ、我が子によりよい教育をしたいという親心から、シュタイナー教育研究をはじめて
いるんですがねぇ。幼稚園にしてもそう。妻と喧嘩しながら、キリスト教幼稚園か、
保育園か、シュタイナー幼稚園か、もめています。その間に子供はどんどん大きくなる。


2680.待てない親 投稿者:いのししの娘 投稿日: 7月26日(水)17時15分40秒

 いのししの娘です。

 アースさんの書き込みを読んでの感想を一言。
 親は待てない状態だっていうことも忘れないでほしいと思います。
 時間をかけてろう教育を検証していくスタイルも、ある面ではあってもいいと思いますが、
それでは親は待てないですよ、だって、子どもはあっというまに大きくなってしまいますから。
 
 そのことも忘れずに書き込みしてほしいと思います。


2679.雑感 投稿者:薔薇 投稿日: 7月26日(水)17時12分30秒

>これと同じように私も時間をかけて「ろう教育」とは如何なるものか、その定義はなん
>なのかを議論していき、また、「ろう教育」の研究も進めていくべきです。

まあ,客観的にそうなんでしょうけど,議論している間に子供はどんどん大きくなってし
まうンでね。ったく,子供ってヤツはしょうがないですね。聴者とろう者との考えの違い
と言うよりも,聞こえない子供を実際に抱えている親とそうではない人との違いと言った
方がいいんでしょうがね。私も前はそうだったんですよ。


>我が子により良い教育を与えたいというのは理解できますが、それだけで「ろう教育」
>云々を論じてはいけません。

まあ,いろいろあるのはわかりますけどね,我が子により良い教育を与えたいという親の
気持ちこそが教育を変える原動力になり得るとも思うんですけどね。

それから,まあ,M先生とよく会っているのなら,差し障りのない範囲でここにも全国の
ろう学校の様子を紹介して下さいね。ホントに聞こえないわが子のために,ろう教育の情
報を求めてもがいている親は多いんですから。よろしくお願いしますね。


あ,もう娘のスイミングスクールへの迎えの時間。ああ,忙しい。


2678.追加発言 投稿者:アース 投稿日: 7月26日(水)16時08分05秒

先ほどの発言で書きもれたことがあったので付け加えます。

オアシスさんはデータのみで判断しないようにといいつつも、データで判断している
のではないですか。大学進学率について実際にはちゃんといるのに
データでは0人となるから。という趣旨の発言をしていますね。

また、オアシスさんはろう教育に不満を持っていて、変えたいと発言していますが、
私から見ると、オアシスさんやその他の人たちは急激な変化を求めているように見える。
私はそうは思わない。今までのろうあ運動をみてください。
運転免許にしろ、ろう教育への手話導入にしろ、急激な変化ではありません。
時間をかけてゆっくりと変えていったのです。
これと同じように私も時間をかけて「ろう教育」とは如何なるものか、その定義はなんなのかを
議論していき、また、「ろう教育」の研究も進めていくべきです。

我が子により良い教育を与えたいというのは理解できますが、それだけで「ろう教育」
云々を論じてはいけません。


2677.オアシスさんへ 投稿者:アース 投稿日: 7月26日(水)15時37分17秒

なるほど、確かに大学進学率には影響がないというのはそうでしょう。
しかしそれを言われると、私は京都府立ろう学校で育ったという誇りを
否定された気持ちになってしまう。専攻科で通った市立ろうでも
大学進学率にはカウントされない。とすると私は一体どこに自分の誇りを見出せばよいのか?
一体私はどこの学校から大学に進学したことになるのか?
そこらへんのことについてオアシスさんはどのように説明しますか?

私は聴覚口話法教育について否定的な考えをもっています。ですから聴覚口話法教育が
優れている証拠として「大学進学率」を前面に出したわけではない。
私の一家は全員ろう者です。皆ろう学校で育っている。
だから聴覚口話法教育がどんなものかもよく理解しているし、優れていると言う気にもならない。

ろう者は聴者と変わらないばかりか、むしろ優れているとありますが、何を証拠に
そのようなことを言われるのですか?
私は優れているとは思わない。聴者もろう者もまったく同じ人間です。優れている云々は
逆差別という形になるのでは?
また、そのような能力を引き出せないろう学校には問題があるとのことですが
では、難聴学級、普通校ではそのような能力を引き出す教育をしているのですか?
そこらに疑問を感じるので、教えていただければ嬉しいです。

私はほとんどのろう学校で手話を使っていると発言した覚えはありません。
京都府立ろう学校についての範囲内では発言しましたが。
表向き手話を使っていると公表していても、私はそれで情報収集を打ち切ることはしません。
先ほども書きましたが、「全国聴覚障害教師連絡協議会」の会長と親しいので、
全国各地のろう教育現状が「現場の声」として連絡会に入ってきています。そのデータや
教育現状報告などを読ませてもらっています。すべて全国各地にいるろう教師の声です。
ですから現在のろう教育がどのような状況かは知っています。
私の知る限り、手話導入に積極的といえるのは近畿、東海ぐらいでしょう。
また、それぞれのろう学校を卒業した人たちに会い、いろいろと聞いています。

話がそれてしまいましたが、元に戻して。
聴覚口話法教育では成果が上がらないとの事ですが、では手話での教育をすれば
効果が上がるということですか。オアシスさんは長期的な視野に立って、手話での教育の
評価は今から50年後にわかるとの考えを持っているのでしょう。
私はそのように考えており、また、手話での教育を導入しても大学進学率は変わらない
でしょう。ですが、ろう児たちが自分は聴覚障害者なんだと自覚し、誇りを持つという面では
いい教育方法と思います。

私はこう考える。以前、「ろう教育=ろう者の意見を無視した教育」と書きました。
そのほかにも「ろう教育=聴覚障害者に対する教育」というふうに大雑把、抽象的な
表現になってしまっている。それがために、ろう者と難聴者への教育方針の違いが
なくなっているし、混乱してしまっている。
本来ならば、「ろう教育=ろう児に対する教育」と「難聴教育=難聴児に対する教育」
と細分化し、より必要ならばさらに細分化すべきだと。
「ろう教育」云々を語る前にこのような矛盾があるではないかと考えていますが
皆さんはどうでしょうか?

最後に、今までいろいろな意見を出し、ずいぶんと反発を食らいましたが、
私は有意義な時間であったと思っています。聴者の意見というものがどのようなもの
であるかが良く分かったので。
ろう者と聴者の間に基本的な意識の違いがあるんだなとも理解しました。


2676.手話っち!ヒーロー 投稿者:サト 投稿日: 7月26日(水)13時25分59秒

<ある日の出来事1>
聴のお兄ちゃんカイ君(5歳)が、
商店街のくじ引きで小さなカニを5匹もらって来ました。
カニを持ち上げるカイ君の姿を憧れの眼差しで見ていたヒロ君。
ところが、突然カイ君が「イテテテテ・・・」
そう、カニのハサミに挟まれたのです。
驚いたヒロ君は、キッチンにいる私のところへ飛んできて、
『カニさん怖いよ〜(カニ・怖い)』
『お兄ちゃん痛い痛いになっちゃった(お兄ちゃん・痛い〜痛い)』
そして、カニのところへ戻って『カニさんダメでしょ(カニ・ダメ)』

<ある日の出来事2>
朝、保育園の門を閉めようとしたとき、
カイ君の姿が見えないことに気づいたヒロ君が『お母さん・お兄ちゃんは?』
『先に行ったよ』と答えた瞬間、ガッチャ〜ン!
母は門に指を挟んでしまったのです。
しばし、しゃがみこんで痛みをこらえる母。
その辛そうな表情と震える指先を見たヒロ君は、真剣な顔をして、
母の痛い手をムンズとつかみ、保育園の建物の方へグイグイ引っ張って行きました。
下駄箱に着くと、母の手をつかんだまま、もう一方の手で自分の靴を脱ぎ、
母のサンダルのかかとのベルトを外して脱がせ、事務室へまっしぐら。
事務室にいた園長先生に、真剣な表情で母の手を差し出し
『痛いの大変なの(痛い・と眉を寄せた表情)』
??の園長先生に「すいません、痛いの痛いの飛んで行けをして下さい」と頼むと、
事情を察して、大げさな『痛いの飛んで行け』を3回もしてくれました。
母は、ニッコリ笑って『ヒロ、ありがとう大丈夫だよ』と手話ると、 
ヒロ君も表情が緩んでニッコリ。
夕方、保育園に迎えにいったとき『ヒロ・朝・お母さん・痛い痛いだったね』と言うと、
目を三角にして『お母さん・痛い・ダメ!』と。
きっと彼にはショックな出来事だったのでしょう。
『もう言わないで』と言いたかったのかな?                    

2歳5ヵ月。聴力はABR検査で105dB。
ヒロ君が自分で“使う”手話の単語は、およそ100。
どこで覚えたのか、眉や顎など顔全体でいくつかの感情を表現します。
確信:かたく信じて疑わないこと(広辞苑)
「私は、聞こえないヒロの心が聞こえる子と同じように成長している様子を見て、
 道を誤らずにすんだと確信しています」


2675.ろう社会 投稿者:薔薇 投稿日: 7月26日(水)12時43分40秒

確か,過去のログの中に「聴者社会」と「ろう社会」の対立云々についての書き込みがあ
りましたね。捜すのがちょっとめんどくさいもんで…。ああ,これも「ろう文化」と同じ
類の食い違いがあるなと思いましたが,言語学とか文化論は嫌だと言う書き込みもありま
したので,ちょっと気後れしてしまったと言うか,そのままになってしまいました。まあ,
自分の考えを整理する意味あいも兼ねて少し書き込んでみることにします。

「ろう社会」と言う言葉は「ろう文化」という言葉に比べると,それほど頻繁に用いられ
ているわけではないようですが,「ろう文化」について書かれたものの中には「ろう社会」
という言葉もかなりの頻度で出てくるようです。

「ろう社会」という言葉も「ろう文化」という言葉と同じように,英語に由来する言葉で
す。ではアメリカのろう者たちや手話活動関係者たちの間で用いられている「ろう社会」
に相当する言葉は何でしょうか。「deaf community」なのです。この他にも似た意味あい
で用いられる言葉はいろいろありますが,この掲示板で盛んに主張されている「ろう者の
仲間」というような意味あいで用いられる時は大概は「deaf community」という言葉が用
いられます。さて,「community」という言葉はなかなか厄介な代物です。「community」
にぴったり合うような日本語がないのです。もちろん,文脈に応じて様々な訳語が用いら
れていますが,「社会」「集団」というような言葉ではどうしても「community」の語感や
概念がぼやけてしまう傾向があります。だから,敢えて日本語への訳語を用いずに,「コ
ミュニティ」と直接用いる例も少なくありません。

次にこれがもっとも肝心な点なのですが,アメリカのいろいろな文献にあたってみると,
「聴者社会」と「deaf community」を別々に分けて論ずるようなものはむしろ少数派です。
もちろん,アメリカでもいろいろな考え方があることは言うまでもありませんが,最も一
般的に見られるのは「アメリカの一般社会 (society)」の中に「deaf community」という
ものがあるというものです。ここではきちんと「society」と「community」の関係が成立
しています。

「society」と「community」の関係が日本語に翻訳された時にどちらも「社会」という言
葉になってしまうために,本来の「deaf community」の持つ意味が歪曲されてしまうこと
になってしまうわけです。更に「アメリカの一般社会 (society)」が「聴者社会」と更に
意味がすり替えられてしまう傾向があります。このために「聴者社会」と「ろう社会」云
々についての議論が,「society」と「deaf community」の関係についての議論とはかけ離
れてしまうことになるのだろうとも思います。

このような問題は「ろう文化」と「deaf culture」についても言えるのですが,つくづく
異なる言語世界の間における言語概念の伝達は難しいものだと思います。


2674.Re:大学ばかりがすべてじゃないけど 投稿者:薔薇 投稿日: 7月26日(水)10時17分16秒

2人の難聴児の父&ろう者です。
私の息子(小5)は中学を出た後,高校へは行かずにフリーターになるのが夢でした。確
か2週間ほど前に,ある新聞に「ある高校がフリーターがいかに大変かと言うことを説明
する講習会を始めた」と言う記事が載ったので,それを読ませたところ,かなりショック
を受けた様子でした。しばらくして息子が言うには「でも働くのは嫌だな〜」とのこと。
「どうして?」と聞くと「だって,いつもお父さんが言っているじゃん」とのこと。「ガ
クッ」でした。


2673.TC研大会 投稿者:山羊 投稿日: 7月26日(水)09時44分05秒

>確かに手話の単語は表現しています
>そして、一部のろう者教員の授業こそが
>当たり前の授業風景に見えましたが・・・(OKAさん)

「手話を採り入れている聾学校」のことですね。
早期教育の段階からピジン手話を採り入れることが
如何に素晴らしい効果を生み
如何に不満足な結果を生むか
8月の「TC研大会」で私なりの見方を話させていただきます。
8/19,20 於、昭和大学


2672.大学ばかりがすべてじゃないけど 投稿者:山羊 投稿日: 7月26日(水)09時24分37秒

すでにオアシスさんに先を越されてしまいましたが、せっかく書いたので投稿します。

>レベルが高いろう学校もあれば、低いろう学校もあると。(アースさん)

その通り。でも、これでは何も言っていることにはならないでしょう。だって、
聞こえる子ども達の学校でも特に高校は、レベルが高い学校もあれば低い学校もあるから。
要は、「聞こえる子ども達の平均値」と「聞こえない子ども達の平均値」を較べなければ。
「○○聾学校では過去何年間に何人の大学進学者を出した」って実例も、その学校のレベル
の高さを裏打ちするどころか、聞こえる子ども達の学校に較べて如何にレベルが低いかを
証明しているようなもの。
もちろん「それなりにレベルが高い」聾学校がどの様な教育を行っているのか、調べて
そこから学ぶ必要はあるでしょう。しかし私が描いている聾学校は、「それなりにレベル
が高い」学校ではありません。聞こえる子ども達と「同等のレベル」の学校です。
だって、ろう者の能力は聴者の能力と等しいはずだから。

能力、学力、大学進学率、どれも嫌な言葉ですねえ。でもここを避けると
「聞こえないのだから勉強が遅れるのは仕方がないこと」になってしまう。


2671.アートさんへ 投稿者:オアシス 投稿日: 7月26日(水)08時35分28秒

(アートさん)
>大学進学率についてですが、それは高等部から直接進学した生徒のみをカウントしている
>からです。実際、私は専攻科に行き、中退して大学に進学しました。
>そのためカウントの対象からは外れているのでしょう。
>ですが、私の同級生で一人短期大学に進学している人もいます。そして、私の三年先輩
>も専攻科を中退して大学に進学しています。短期大学を含めると、実に5年間で
>3人もが短期大学・大学に進学している計算になります。
>私の同級生は短期大学だから除外されたのかもしれないと思うんですが。
>これでも大学進学率が0%と言い切れますでしょうか?

短大は普通カウントしないでしょうね。
また、大学進学率というのは当然直接進学した人のことを
言いますし、毎年の割合ですので、0%には変わりなさそうですね。

山羊さんも言われていましたが、
平均点において聴者の学校にははるかに及ばないといわざるをえません。
何十年も行なってきた聴覚口話法でこれしか成果がでていないということに目を向けず
数少ない成果をことさら誇張するのはおかしなことです。
ろう者は聞くこと以外の能力は聴者と変わらないか、むしろ優れていると思います。
それを引き出すことができないろう学校にはやはり問題があると考えます。

ろう学校の情報を入手する際、単に鵜呑みにしないでください。
ろう者を相手にろう教育関係者は実際はほとんど手話を使っていないのに「手話は使ってます」と
言うことは良くあります。
以前、手話について研究されている某大学教授が「ほとんどのろう学校で手話を使うようになっている」という
誤った現状認識をされていましたが、それも手話の研究をしている有識者に対して
ろう学校側として全く使っていないとは言えなかったのです..。

また、大学進学率を上げることが目的であると考えているわけでないことを
付け加えておきます。
ろう学校の中には無理やり学年対応教科書を使ってそのほとんどを教えなかったり、
試験前に試験問題や答えを教えて学力が高いように見せかける学校すらあるため、
客観的に学力を調べる手段が高校の大学進学率くらいしかないのです。
ろう児のためのろう学校であるはずなのに、学校や教師の面子を守ることが重要視されている
場合が少なくありません。

ろう児のために必要なのは大人のろう者(ろう者として誇りを持った方)や
同年代のろうの友達がいる環境だと思います。
それをろう学校の中に実現することが必要だと考えます。


2670.ぐらさんへ 投稿者:アンネ 投稿日: 7月26日(水)07時21分59秒

>うちの上の子の、去年の担任の先生が、「学校にはどうして行くか、という
>と、ひとつは勉強をするため、もうひとつはお友達をつくるため」と言われ
>たそうです。

友達は、“つくるもの”ではなく“できるもの”だと思います。
自然体ですよね、その方が。
聞こえない子の手話ってのも“自然体”だと思いますが。。。


2669.山羊さんとサトさんへ 投稿者:アース 投稿日: 7月26日(水)02時15分45秒

私はなにも自分が一番良く知っているとは言いません。
私よりも専門家はいるし、はるかに事情に通じている人もいる。
ですので山羊さんのような方がいれば、積極的に意見交換したいと思っているのです。
私自身、分からないことがまだまだあるので。

サトさん、大変失礼しました。私は新参者ですので、ここの事情に通じていないまま
このような発言をしてしまったことをお許しください。
今後は気をつけたいと思います。


2668.オアシスさんとOKAさんへ 投稿者:アース 投稿日: 7月26日(水)02時06分07秒

私のろう学校(京都府立ろう学校)は確かに幼稚部では口話法を徹底して行っています。
しかし小学部では徹底して行われているかと言うとそうではありません。なぜなら
4年前、小学部にろう教師が採用されました。そして次第に手話での教育も認めつつあります。
実際に学習発表会で手話を使った劇が発表されたのです。それまでは口話、キュードのみでした。
口話法を徹底している学部だというのなら、なぜ手話での劇を認めるでしょうか?

中学部・高等部では外圧に負けて手話を使うようになったとありましたが、中学部では
確かにそのような雰囲気があります。ですが高等部はそうではないのです。
高等部では毎朝の職員朝礼時に15分程度を使って手話講習会を実施しています。
授業でも、毎週一時間「自立活動」という形で生徒を集めて手話を教えているんですよ。
使うようになっているのではなく、積極的に手話を取り入れています。

大学進学率についてですが、それは高等部から直接進学した生徒のみをカウントしている
からです。実際、私は専攻科に行き、中退して大学に進学しました。
そのためカウントの対象からは外れているのでしょう。
ですが、私の同級生で一人短期大学に進学している人もいます。そして、私の三年先輩
も専攻科を中退して大学に進学しています。短期大学を含めると、実に5年間で
3人もが短期大学・大学に進学している計算になります。
私の同級生は短期大学だから除外されたのかもしれないと思うんですが。
これでも大学進学率が0%と言い切れますでしょうか?

他のろう学校についてはよく知らないんですが、奈良ろう学校では過去5年間に
大学進学者を2名出したというデータを見た記憶があります。
愛知県にある豊橋ろう学校でも、5年か6年前に国立大学合格者を出しています。
それ以外については手元に資料がないので、見つけ次第、ここに乗せたいと思います。

実例を挙げてくださいとありましたが、それは上記で説明できると思いますので省きます。

学力レベルについてはちょっと意味が違います。
私のいたろう学校は学力レベルは普通校と比べて見劣りはしますが、決して低くはないはず。
後者については一般的なろう学校についての意見を述べたものであって、全部のろう学校が
そうだとは言っていません。レベルが高いろう学校もあれば、低いろう学校もあると。

最後の質問ですが、大学生の身でなぜそのようなことができるのかということですね。
別のところでも書きましたが、私は地域の聴覚障害者協会本部役員をしています。
また、私自身ろう教育に大変関心を持っているので、各地の教育フォーラムや、教育関連集会
にも参加しています。例えば今週、岡山で開かれる「聴覚障害教師の全国集会」、
八月第一週に北海道で開催される「第12回ろう教育を考える全国討論集会」にも参加します。

そのほかにも個人的に親しいろう教師と情報交換をしています。その中の一人は
「全国聴覚障害教師連絡協議会」とかいう組織の会長です。ですから必然的に
そういう情報などが入ってきます。
視察に関してですが、奈良ろう学校・生野ろう学校・堺ろう学校・姫路ろう学校・
神戸ろう学校に関しては行きました。視察という形もあれば、公開授業という
形もあります。近畿地方のろう学校ばかりですが、今後はチャンスがあれば
全国各地のろう学校にも行きたいと思っています。

最後にOKAさんへですが、足立、三重には行っていません。
ただし、そこに視察に行った人の話やその学校が出した資料を総合した結果です。


2667.お願い 投稿者:ぐら 投稿日: 7月26日(水)01時10分46秒

6歳の聞こえない息子をもつ母です。
先日、何故日本手話?という質問をさせていただきました。

今も私の頭の中は、多くの疑問でパンクしそうです。
そして、質問することができる場も、限られています。
とびかう様々な意見で、ますます混乱し、疑問も増え・・・。
しかし、私はそれでも限られた情報しか入ってこない状態よりは、ずっと
よいのでは、と思っています。
特に、聞こえない本人の方々の声をこんなに広く聞くことができ、かつ、
聞こえない子の教育について沢山の意見を聞くことができる場は、私の
ように周りの殆どが聞こえる人ばかり、といった環境にある人間にとっ
ては、この掲示板を含め、ごくごくわずかです。

そこで、身勝手なお願いとは思いますが、私は「情報に飢えて」いるの
で、このHPの「聞こえない子の教育は、日本手話で」という趣旨の意見
ももちろん、それ以外の趣旨の意見も、もっと聞きたいのです。
日本手話・対応手話についてももちろん、うちの子は口話のみでは無理
ですが、口話にはこのような優れた点がある、という意見も聞きたいし、
ろう児のコミュニティーが必要、とは思いますが、インテにはこんな優
れた点がある、という意見も聞きたいのです。

教育に「これが正しい」というものはないかもしれませんが、親として
は、「うちはこれでいい」という信念が必要、と思います。これは、聞
こえる、聞こえないは関係ないと思いますが、現状では、聞こえない
子を育てるのにあたり、より多くの?信念が必要とされるように思います。
その信念をもつための情報が、少しでもたくさん欲しいです。

うちの上の子の、去年の担任の先生が、「学校にはどうして行くか、という
と、ひとつは勉強をするため、もうひとつはお友達をつくるため」と言われ
たそうです。
その通りだな、と思いました。
手話を使って、学年対応の授業を。そして、1クラス20人は欲しいとこ
ろだよなー・・・。そんなろう学校があったら、即、入れちゃうんだけど・・・
と、思っています。


2666.アースさんと、OKAさんへ 投稿者:オアシス 投稿日: 7月26日(水)00時09分58秒

アースさんはじめまして。
遅くなりましたがお返事させていただきます。
私は1歳のろう児を持つ父親です。

私はろう児を持つ親としていつも子どもの将来を考え必死になってどうすればよいのか悩んでいます。
ろう学校の公開授業があるとえば見学に行き、勉強会があるとえいばとんで行き、
ろう者としての誇りをもった方の意見を伺うことができると聞けば会いにいきます。

アースさんの投稿に対しても私なりに期待を持って調べさせていただきました。
なぜなら、学力の高い、大学進学率の高いようなろう学校があるというのは初めて聞くことだったからです。
そしてもしそれが事実なら是非見てみたいと思ったからです。


その結果を一応報告させていただきます。

アースさんのろう学校は明治からの伝統的なろう学校で、
幼稚部、小学部は聴覚口話法を徹底して行なっています。
中学部、高等部では外圧に負けて手話を使うようになっているようです。
肝心な大学進学率ですが、少なくともここ5年間に大学に進学した人はひとりもいませんし、
それ以前も聞いたことがない。とのことでした。
一度専攻科に行かれてから大学に進学されたアースさんがどうしてカウントされていないのか
わかりませんが、アースさんのような方がそれほどいたとはどうしても思えません。
もしいたのなら、学校としても自慢して言うでしょうから。

現在大学進学率が0%であるというろう学校の実態(どこもそうだと思いますが)を無視し
過去の学校運営の中で例え数名の大学進学者がいたとしても、
どうして

>その経験から考えると、受験に一番大切な時期を聾学校で過ごしているんですよ。
>にもかかわらず、受けた大学全てに合格しています。だから聾学校の学力レベルが
>低いってのは間違いだと思います。(アースさん)

などということができるのでしょうか?
(アースさん以外の方で実例を挙げられた方、
 そのろう学校の実情を是非お聞かせください。)

また、その後

>「ろう教育」に問題があるから学力レベルが低いってのは
>同じ考えです。(アースさん)

と正反対のことを言っておられますが、後者のお考えだと思えばよろしいでしょうか??

それから、
>私はろう教育問題に関わっており、各地の聾学校の教育方針に
>ついての情報をもっています。また、実際に聾学校視察もしています。
とありますが、大学生という立場でどのようなことを具体的にされているのか
お聞かせいただけませんでしょうか?


OKAさんへ
自分が今まで信じてきた教育を自分自身で否定するというのは
本当に勇気がいることだと思います。
それでもご自分のお子さんの今の状態に目をそむけることなく直視し、
将来の子どものことを考えて方向転換をされたというのは
素晴らしい勇気だと思います。
これからも是非頑張ってください。


2665.奈良、三重、足立 投稿者:OKA 投稿日: 7月25日(火)22時08分28秒

(アースさんwrote)
>例えば、奈良ろう学校・三重ろう学校・東京都立足立ろう学校では幼稚部から
>手話や指文字での教育を実施しています。ただ、口話も多少は教育しているようですが、
>これらのろう学校の場合、手話と指文字が中心で口話は重要ではないと位置付けています

実際にこの3校を見たことがありますか?
そしてカキコされているんですか?
口話が重要ではないと位置づけてと誰がおっしゃったんですか?

確かに手話の単語は表現しています
そして、一部のろう者教員の授業こそが
当たり前の授業風景に見えましたが・・・

いかがでしょう山羊さん


2664.私の場合 投稿者:ゆうのはは 投稿日: 7月25日(火)21時37分31秒

 私は、9月で、5歳になるろう児の母です。
 私もいろいろ投稿させていただいて、一番大切なのは、親子、家族、兄弟
が、どこまで、ろう者(ろう児)を、理解し、何が大切なのか、模索し合い、
成長に合わせて話し合うことだと考えています。
 親である、私たちが、これで良いと、先走るのでなく、そのこそのこに合わせて
コミュニケ−ションをはかり、おかしいとか、不安に感じたことは、早めに話し合い
ろう児に関わる大人すべてが、今のその子供の状況を的確に捉えること。
と感じています。それから、親が子供が小学部に上がるくらいを境目に、子供
任せ、学校任せになることが多いことも、子供の成長を学力の伸びもふくめて
遅らせている原因のようにも感じます。
 幼稚部と小学部からとのギャップ(親の態度)も大いに関係しているとも思えます。
まだ、1年とちょっとのろう学校生活ですが、今までの聴覚口話法神話も、それを否定し
切り替えることは、相当のエネルギーと説得力ある先生の事例など、精神的にも
大変なことだということがわかりましたし、切り替えの時期に当たった子供達
は、何らかの影響を受け、いまだに、様々な問題を抱えたりと、親の不安と苛立ち
学校に対する不信感などは、間違いなく子供に、多大に影響することもご承知
いただきたいと思います。
 たまたま、今の担任には、恵まれておりますが、来年、再来年、と毎年毎年、
かなりの不安に襲われる親が、たくさんいることも現実です。
親が、いろいろな情報を集め、研究(ちょっと大げさかな)しながら工夫をしてい
くことを続けていけば、ある程度は、解消されていけるのではないでしょうか。
 ろうであるとか、聴覚障害であるとかという事でなく、一人の子供の将来は、
誰のものでもなく、本人のものであり、その子供の生きる世界を広めること、
そのためにはどうしたらいいのか。というレベルでいいのではないでしょうか。
 学校も、先生も、悩んでいる人のほうが多いと思います。
 ただ、なかなか、ほとんどの人に結果と言うものを出せていない、立場先行の
先生が目立つ、学校経営ばかりが目に付くなど、なかなか理想へは、辿り着けないだけ
と思い、学校をどう通過していくか、それが、我が家(私)の課題でもあります。
 慌てて、書きました。少しでも思いが伝われば・・・
 聴の親は、どうしていいのかわかりません。情報をどう選ぶかすべて子供に
影響するという不安と、同じ気持ちを分かち合えるのか?ということ背負って
いるのですから。変わることのできない現実の中で、やがて来る障害をもった
子供を社会にださなければならないその日の為に、全力投球をしているから
いろいろと問題も出てくると思います。
 思いの強さなのですから、書き込みを止めるのではなくしばらくながめて
また意見を聞かせてください。
この世の中、不必要なものはないはずです。何かの形で必要だから、存在するの
だと思います。


2663.お詫び 投稿者:Mogura 投稿日: 7月25日(火)19時58分01秒

私にも責任の一端はありますね、これを書かせて頂いたらしばらく休むことに
します。場合によってはもう書き込みはやめるかも知れません。

バラさんがおっしゃているように、ここはととさんのHPです。主張としている
ことのひとつに聴覚口話法が困難な場合のろう児にどんな方法がいいのだろうか?
ということだと思います。聴障児には色んなパターンがありますが、ここは
どうも難聴児よりも「ろう」に重点がおかれている気がします。これはこれで
ととさんの個人のHPであり、私がとやかくいうことではありません。
このことは十分認識しているつもりですが、聴覚が活用できる方に対しては
どうも反応が冷たいのではないかと私は思うのです。どうして、難聴より「ろう」を
重くみるのでしょうか? このあたり偏りがありませんでしょうか?

私だって聴覚口話法は絶対素晴らしいと私は思っていません。
手話否定、聴覚口話法絶対の環境で育ってきた私からみても、聴覚口話法に対する
疑問は強いです。ですが、現実にその口話法にすがって頑張っておられる親御さんに
対するエールと思ってああいう投稿したことを白状します。また、友人デフファミリー
が今、某ろう学校で何も疑わずキュードを一所懸命やっています。私はそういう方達に
対して、ここの掲示板の情報を持ってきて「こういう問題があるんだよ」だなんて
とても言えなのです。だいぶ前に、OO付属?だったかのろう学校は何とかをつくる
と悪し様に書いてあったのを覚えていますが、そこの卒業生の一人が私の友人なので、
彼を見ていて気の毒で複雑になります。ここは不特定多数の多くの方がごらんになって
いるわけで、ろう学校のことを悪く書くのはどんなものなのでしょうか?もう少し
建設的になれないものかと思うのですがいかがでしょうか?口話法を真っ向から
否定されますと、正直言って私だって不愉快です。口話法で育ったろう学校の卒業生に
いたってはどんな心境になるでしょうか?ここを読んでいるろう学校の先生方や難聴
学級の先生方もどんな心境になるか?その辺もご考慮頂きたいと思います。
ろう学校を変えるならどのように変えて欲しいか、もう少し具体的にはまだまだ
なのでしょうね。ろう学校は変わってもらわなければというのは私は一票投じます。

どうも自分の都合のいい情報だけを求めていないだろうか?
このことは自分にも言えますが、皆様におかれてはいかがでしょうか?

この掲示板を、難聴用と「ろう」と2つに分けるべきなのだろうかと提案しようかと
思いましたが、ととさんの多忙さを考えるととてもできません。逆に分けて
しまうことの問題も出てくるかも知れませんし、別にメーリングリストの方が
いいかというご意見も出てくるかもしれませんがいかがでしょうか?

ろうと学力については、何回も申し上げましたが、ろうだから学力が低いのではないです。
ろう学校の教え方の問題が大きいとにらんでいます。ですが、具体的にとなると私もまだまだ
考えと情報がまとまっていません。

最後に私は言語論文化論はわかりませんし、理解しうるだけの能力も持ち合わせていません。
それがために学者的見解は敬遠してきました。これについては私の方の偏見があったと
認めますので重々お詫び申し上げます。

それでは皆さん、楽しい夏休みをお過ごしください。


2662.アースさんへ 投稿者:山羊 投稿日: 7月25日(火)19時29分37秒

ホント、すごい量のカキコですねえ。投稿ボタンをクリックするのがちょっと遅れたら、
すでに、いのししの娘さんとアースさんの書き込みがありました。

たぶん、アースさんより私の方が全国の聾学校の状況をよく知っていると思いますが、
    (この3月まで15年間三重県立聾学校に勤務。転勤したが現在も聾学校兼任。)
全国的に見れば口話思想はまだまだ根強いですよ。
口話法のノウハウを持った先生が極めて少なくなったという意味で言えば
>小学部になっても口話法を実施しているのは全国的にも少数派になりつつあるというのが現状です。
とも言えますが。

>そういうろう学校もあるということを知っていただきたい。
サトさんは、
「そういうろう学校があるということ」も「そういうろう学校が少数派であるということ」も
「そういうろう学校でも真の意味でろう児のための教育はなし得ていないこと」も
すべてご存じですよ。


2661.学力について 投稿者:山羊 投稿日: 7月25日(火)19時03分48秒

私は、端的に、簡潔に言えば、次のようなことじゃないかと思っています。
異論があれば、お願いします。

ろう者の「能力」は、‘聞く’ことを除いて聴者と等しいはず。
しかし、ろう者の「学力」は、全体的に見るとその平均点において、聴者よりも劣る現状がある。
                       ^^^^^^^
この要因は色々あるのかも知れない。子育てや本人の自覚や、教育を含む社会の状況や…。
しかしこと「学力」の問題については、学校教育が最大の責任を問われるのは当たり前。
インテの環境も問題にされてしかるべきだが、聾学校については殊にその責任が問われなければ
ならない。なぜなら、聾学校は「ろう児のための学校」であり、子ども達に「学力」をつける事が
教育の大きな目標のひとつだから。


2660.サトさんへ 投稿者:アース 投稿日: 7月25日(火)18時42分04秒

「ろう教育=聴覚口話法教育」と書かれていますが、それは間違いです。
「ろう教育=聴覚口話法教育」ではなく、「ろう教育=ろう者の意見を無視した教育」
となるんですよ。この方程式はろう学校だけではなく、難聴学級や普通校にも適用できます。

「最近の聴覚口話法教育や早期教育を一番よく知っている・・・」にも違和感を感じます。
先ほども書きましたが、私はろう教育問題に関わっており、各地の聾学校の教育方針に
ついての情報をもっています。また、実際に聾学校視察もしています。
そういうことを理解して欲しいものです。

サトさんの子供が通われているろう学校は口話法主義なんでしょう。小学部になっても
口話法を実施しているのは全国的にも少数派になりつつあるというのが現状です。
また、ほとんどのろう学校では学年に沿った教科書を使ってはいないんです。
学年に沿った教科書を使うよりも、本人の学力に合わせた教育を実施しているろう学校では
そういう傾向が強いようです。しかし、サトさんの子供が通われているろう学校の場合は
事情がわからないのであまりは言えませんが・・・。

最後に、「ろう学校は聴覚口話法を身に付けるところ」ともありましたが、これも違います。
例えば、奈良ろう学校・三重ろう学校・東京都立足立ろう学校では幼稚部から
手話や指文字での教育を実施しています。ただ、口話も多少は教育しているようですが、
これらのろう学校の場合、手話と指文字が中心で口話は重要ではないと位置付けています。
そういうろう学校もあるということを知っていただきたい。

最後の最後に、サトさんに言いたいことがあります。
「聞こえない子を育てる道を誤らずにすんだと確信している」とありますね。
それはおかしいのではないでしょうか?教育というものに確信はないのです。
しかも今現在、ろう教育は混乱を極めているのです。そのあたりも考えてみてください。

よかったら、この意見に関して反論などや自分の考えがあればぜひお伺いしたいと思います。


2659.いろいろ・・ 投稿者:いのししの娘 投稿日: 7月25日(火)18時24分51秒

 いのししの娘です。
 定時になったし、ちょっとと思ってこの掲示板を見に来たら、なんとすごい量の書き込み。
 びっくりしました。
 空調の関係で頭痛がするので、ちょっとまとまりのない文章になるのですが、
 これだけはいいたいってことを書いていただきまあす。(^O^)/~

 ボンジュルさんのいわれているのと同じことをいってしまいますが、
 心の拠り所がまず家庭にあるというのは、人間全てに共通していることだと思うのです。
 その上で、ボンジュルさんのいわれるように心の拠り所は聴者社会にあるかといわれたら、
 そうではない、ろう者社会にあると。

 心の拠り所がろう者社会にあるから、親子の絆を切れ!というようなことはいっていません。
 子どもは大きくなっても親からみれば子どもです。親は子どもにとってありがたい存在です。
 けれども、ろう児は、聞こえる親と同じではない、という事実を真正面から向き合うことも必要だろうと思います。
 そうでもしなければ、親は逃げるだけで、自分の子どもと健全な関係を作れないのではないかと。

 それから、学力のなさについて。
 発端はオアシスさんの書き込みですが、私もその通りだと思います。
 オアシスさんの発言は、ろう学校全体のこと、一般論としてとりあげているだけにすぎないのだと
思います。ろう学校の生徒の中にも優秀な成績を修め、大学進学を果たした人もいるでしょう。
けれども、やはり特殊な例なんだということを忘れてはいけないと思います。その特殊な例をあたかも
普通のこととして議論するのはちょっと危険ではないでしょうか。

 そうそう、ほのママさんへ。
 書き忘れていたことありました。アメリカや韓国では、自動車の免許は無条件で取得できるそうですよ。
韓国の場合は、数年前まで聞こえない者はいっさい運転できなかったのですが、法改正で運転免許がとれる
ようになったのです。すばらしいのは、日本のように条件をつけなかったこと。
 補聴器をつけないと運転できないというのは、聴者側の思いこみに過ぎないってことを示すためにも、
補聴器をつけないでこれからも運転しようって思ってます。(道路交通法違反になっちゃうけどね)

 それから、話をもとに戻して。
 学力が全体的に低いこと。そして、その責任はろう教育にあると思います。
 親は、自分の子どもの幸せを第一に願うもの。
 だから、親は自分の子どもが聞こえないとわかったら、それこそ必死になって情報を集め、
これこそは!と信じた方法を信じるしかないのです。その信じた方法が間違っていたら!?
そんなことをOkaさんやサトさんはいいたいのだと思います。
 
 あれ〜、なんかまとまりのない文章になりました。
 ほんとはもっとほかにもいろいろあるのですが、だらだら書いてしまうのも何だかと思いますので、
ここらへんで切り上げますね。
 ではでは。



2658.個人の責任??? 投稿者:サト 投稿日: 7月25日(火)17時37分46秒

2歳5ヵ月のろう児をもつ親です。
昨年の10月、幸いにもろう学校に行く前にこのHPと出会い、
聞こえない子を育てる道を誤らずにすんだと確信している聴の親の一人として、
ここ数日の書き込みに違和感を隠せず、あえて書かせて頂きます。
皆さんにお願いです!
ここは、自分の子が聞こえない子だと知って愕然としてる親が、
ワラをもすがる思いで覗いていることをお忘れないで頂きたいのです。
そして、その親(私)たちは、このHPを頼りに微妙なバランスで立っているということも。
あえて、相手を挑発するような、またさげすむような言葉を使わないで下さい。
dBは音の単位ですので、正しく使い方って下さい。
聴社会だけで生きてきた聴の親には意味が通じません。
小さなろう児をかかえる聴の親には、日々「自分の子も聴者にできる」という
聴覚口話法による音声言語獲得の素晴らしさという情報の雨がド−ッと降っています。
(最新技術の補聴器も含め、最近の聴覚口話法教育、早期教育を一番よく知っているのは
私たち現役の新米ママでしょう)
このHPのような「それ以外」の情報は、まさにスズメの涙!です。
もう少し、この場を大切にして欲しいのです。

>子供を育てると言うことは、全てを育てるという意味
>「音声発語を育てる」ことではありません (OKA)

その通りだと思います。
全て・・・の中のひとつが、日本語獲得であり学力だと思います。
それに関しては、残念ながらヒロ君がかようろう学校では、
1年生になっても1年生の教科書を使いません。
理由は、聴覚口話法による基本的なコミニケがまだ出来ていないからだそうです。
「ろう学校」は、学力をつけるところではなく聴覚口話法を身につけるところというわけです。
そして次の段階・・・、基本的なコミニケができるようになった〔?)聞えない子の何%が、
聴覚口話法だけの授業で内容をすべて把握出来るのでしょうか?
もし「ろう教育=聴覚口話法教育」という公的器より、
個人(またはその家族)の資質に責任の大半を求めるとしたら、
それはもう社会そのものが成り立たないことになりませんか。
そして、ろう児をもつ母として、これだけは言いたい。
学ぶ姿勢をしつける!これは、家庭での子育てにおいて当然のこと、
どの母親も必死になってやっていますよ。


2657.OKAさんへ 投稿者:アース 投稿日: 7月25日(火)16時50分32秒

説明不足だったなーて反省してます。

「ろう教育」に問題があるから学力レベルが低いってのは
同じ考えです。ただ、本当に「ろう教育」だけの問題かなぁ?
全ての責任は・・・って書いてありましたが。

私は今、地域の聴覚障害者協会で役員をしています。また、私自身
ろう教育問題に関わっています。

ろう学校ではどこでも日本語教育に力を入れていると思う。
ただ、その形が口話教育につながってしまっている。それは問題。
だけど、それだけで責任を追及されるんですか?

私はこう考えています。「ろう教育」に問題があるのではなく、
ろう学生自身の自覚のなさもあるはずです。
そして日本社会全体の意識の問題もあるんですよ。
現実を見ていないのはOKAさんの方ではないでしょうか?

私はろうあ者は学力が低いって言ってるのではありません。
日本語読解力が低いために全般的な学力が低くなってしまっている。
ただ、日本語を必要としない数学では優れた人たちがいます。
そういう意味で発言したのですが・・・。

暴言ととられたならば、謝ります。ただ、これも意見と思って欲しいんです。


2656.御無沙汰です 投稿者:てつ 投稿日: 7月25日(火)16時38分31秒

ふーーー・・・ あっどうも、御無沙汰しております。
仕事のほうが忙しく、なかなかレスできずにいました(悲)

ひととおりによんでいましたが、ちょいと意見ってことだけを。。。

★ moguraさんの
  「心のよりどころはろう者社会ではなく、家庭にあります。」
  …心にズンとひびきました。 (キンタさん)

私は「家庭」だけでなく、「仲間」にもあります。
「家庭」においては、社会に飛び出す、また出た後のためにあるものですね。
飛び出す前には全般的な教育です。
私で言うと、親がのんびりしすぎなのか、マナーがちと悪いほうです。
今、聴者の妻にいろいろとしつけられております(苦笑)
要するに人間性を育てるのが家庭にもあるということです。
飛び出たあとは、もちろんいろんなサポート。
自分でもできることはもちろんあるが、例えば古いしきたりとか、そういう話を
知りたいときには実家に帰ったりしています。
まぁ、人によりけりだと思いますので、参考までに。

★ ろう学校の話題(学力)

私はろう学校出身ではありませんが、皆さんの中には偏見をお持ちになっている方が
います。

>ろう学校の学力レベルは低いですよ
>いろいろなろう学校の現実を見て下さいね (OKAさん)
逆にいいたいですよ。もっと広く見てください。
全員が全員、学力レベルが低いということはありません。
「ろう学校」だけをとらえてはいけない。通う子どもたちの一人一人をみてください。
どこかの一人が、7月24日2時前に登場された「アース」さんのような人もいるし、
私の友人ではないが、友人の友人が大学にいかれたことがあったことを聞いています。

私はたいぶん前に投稿しました。(ホントに古い昔です)
ろう学校生であれど、その子どもがどう学力をつけていくのは最初から最後まで
親の手にかかっているのです。要するに、学ぼうという姿勢を身に付けることが。

でも逆にいわれるかな?!
「そのようにその姿勢を身に付けさせようとしたよ。でもダメだったよ。」
これはもちろん反論とかいいようはありません。私は学識者でもないから。。。
どのようにすれば、その姿勢を身に付けてくれるんだろうか。
私にもわかりません。私の場合や、アースさんの場合でも、同じ教育を受けたわけでも
ないし、子どものパターンもあるでしょう。。。

でも、私はこれだけはいいたいのです。
姿勢を身に付けてくれれば、その子どもは育ちます。
「ろう教育」と騒ぐ前に必要なことは子育てにも関わりがあると思います。


2655.ろうあ者の性質? 投稿者:OKA 投稿日: 7月25日(火)14時10分27秒

(アースさんwrote)
>だから聾学校の学力レベルが
>低いってのは間違いだと思います。確かに学力が低い人もいるけれど、それは
>ろうあ者特有の性質なんだと思います。特に日本語読解力。

ろう学校の学力レベルは低いですよ
いろいろなろう学校の現実を見て下さいね
学力が低い人はろうあ者特有の性質???

なんとも意味不明な・・・??
素晴らしい能力があるのに、学力が低いろうあ者
すべての責任は現在の「ろう教育」にあるんですよ

子供を育てると言うことは、全てを育てると言う意味
「音声発語を育てる」ことではありません
ボンジュールさんのカキコは私達聴親にとって
デフ・カルチャーの扉です
是非、これからもどんどん扉をひらいて
未知との遭遇をさせて下さいね


2654.なるほど... 投稿者:Mogura 投稿日: 7月25日(火)14時08分41秒

>ろう者を含む聴覚障害者全体の現実問題を踏まえて、今の、ろう児を含む聴覚障害を持つ
>子供に対して我々は為すべきことは何かと、意見の一つとして書きました。

ボンジュルさん、これが見えませんでした。これまでの暴言謝罪します。m(__)m


2653...... 投稿者:ボンジュル 投稿日: 7月25日(火)13時39分26秒

Re:ボンジュル様 投稿者:Mogura  投稿日: 7月25日(火)11時20分29秒
   あんたは何か勘違いされているようだ。失礼だが、既婚でお子さんをお持ちですか?
   ここは、「聞こえない子を持つ親の掲示板」です。そういう次元を持ち込んでのごていねいな
   説明をありがとう。ご苦労さんです。みおさとさんのおっしゃっている、家庭の中の団欒における
   会話のところをよく読んで頂きたい。この場で学者の文化論の紹介はいかがなものか?再考を
   お願いしたい。

すぐ「...様」「あんたは...」「勘違いされている」、こんな(排他的な)言葉を使うと
はなぁ。

「聴覚障害児教育に関心のある方」の一人として、ろう児や聴覚障害を持つ子供にとって
心行くまで満足できる将来を考える者として、また、「聴覚障害者・ろう者」現実問題の
「二の舞」になって欲しくないと願う者として、「聞こえない子を持つ親の掲示板」を読
ませていただいています。

「学者の文化論の紹介はいかがなものか?」とご批判をいただいておりますが、文化論に
ついて述べているのではありません。
ろう者を含む聴覚障害者全体の現実問題を踏まえて、今の、ろう児を含む聴覚障害を持つ
子供に対して我々は為すべきことは何かと、意見の一つとして書きました。

もっと書きたいのですが、仕事がありますので、この辺りにします。
明日からエジプトへぶらぶらしに出掛けます。帰国して、続きを書けるようにかんばって
みます。

めるしーぽーくー


2652.ボンジュル様とOKAさん 投稿者:Mogura 投稿日: 7月25日(火)13時36分20秒

ボンジュル様
あなたと個人的にメールでお話がしたいです。ひとつだけご高説を伺いたいことがあります。
(個人的な投稿で失礼しました。)

OKAさん
私は元々昔から変わり者と呼ばれていることを自覚しています。ですから、私のような考えは
危険とも言えますし、いのししの娘さんをロールモデル視は結構なことだと思います。
ですが、奇人の私がここに投稿しているのは「ある考え」があってのことです。それだけ
断っておきます。


2651.親として・・ 投稿者:OKA 投稿日: 7月25日(火)12時43分12秒

ろう児(小5)を持つ聴者の親です
いろいろな意見がありますね
難聴を否定する訳ではありません
その方の生き方、考え方も否定しません
どうぞこれからも自分の信じた道を歩いて下さい
 
私は自分の娘の将来を決めることは出来ません
彼女自身が決めるべきだと思っています

それを前提として今、聴の親である私が思うことは
娘が将来moguraさんのような考えになって欲しくない
ということです(人格ではありません念のため)
moguraさんのカキコを読めば読むほどそう思うのです
私はいのしし娘さんを娘のロールモデルとして読んでいます

ろう児を持つ親は真剣に子供の将来を考えています
ここでの情報はそういう親にとってはありがたい場所です
いろいろな方の意見をそのまま飲み込むのではなく
そしゃくし、吟味すれば、自ずと自分にとっての本物が残ります

聴覚口話法をとことんやってきた、そしてべらべらしゃべる娘の
心の問題が見えてきた親として選択した道です
私達、聴親はろう児のロールモデルを見すえ、
今何をすべきかを考えなければなりません

そして、私が考えた結果とは
ろう児がろう児として当たり前に育ち、当たり前の教育が受けられるように
「ろう教育を変える」ことこそがろう児を授かった親の役目だと考えます