すみません、先程の書き込みの訂正で、
「4級、5級が2種」ではなく「4級、6級が2種」です。
聴覚障害には、5級はありません。
以前書き込んだ「難聴のお母さん」が、昨日来校されました。
「子どもに補聴器をつける!」と決めていた私でしたが、
お母さんは、やっぱりモジモジ……(うう、美人のこういうのに、弱いワタシ…)。
よ〜く伺ってみると、「最近補聴器店で勧められて、30万円以上の耳穴補聴器を買ったが、
着けるとかえって聞きづらい」とのことで、補聴器に対する不信感がある。
ここをアタックするしかないということで、早速お母さんの聴力測定とその高価な補聴器の
特性を調べてみると…、何と聴力はタイプも含めて子どもと殆ど同じ、しかも補聴器はその
聴力タイプに全く合っていない!
7万円台の耳掛け補聴器をざっとお母さんに合うように調節して試聴してもらうと、
「この方が、ことばが分かりやすい。」
結局その補聴器をお母さんに貸し出して、お子さんの補聴については今月末くらいに返事を
もらうことにしました。
補聴器屋が10軒あれば、そのうちの9軒は詐欺師だと思っている私ですが、今回はちょっと
ショックでした。なぜなら、お母さんが求められた補聴器店は、県下で私が唯一信頼している
店だったからです。もう何も信用できない…。
以前、隣県の親御さんが「○○センタ−で着けてもらったけど、反応が全くない」と来校され
ましたが、調べてみると当たり前のこと。補聴器の最大出力が子どもの聴力よりも低い位置に
ある!
「ことばは、無理だよ」と釘を差してチョイと調節すると、名前を呼んですぐに振り向く。
お母さんは「今まで何をしてきたんだろう」と涙を流してみえました。
その「○○センタ−」は、今や人工内耳人工内耳の大合唱。補聴器の初歩的フィッティングも
出来ずに、何だかねぇ。ホント、信用できな〜い。
同時に、手話手話と言いながら、毎日、聴力測定と補聴器いじりに明け暮れている自分にも
自己嫌悪。
以前わが国では「聴力損失」Hearing Lossという単位を使っていました。
ところが国際学会に出かけていくと、「何じゃそれ?」ということになったのです。
諸外国では「聴力レベル」Hearing Levelという単位を使っていたのです。
そこで、何年だか忘れましたが、わが国もJISを改訂して国際的に通用する単位に合わせた
わけです。
周波数にもよりますが、身障手帳に関係するところでは聴力損失値+10dB=聴力レベル値dBHL
です。
手帳の等級判定に用いられる数値は、平均聴力レベルの値です。
(500HzのdBHL値 + 1000HzのdBHL値×2 + 2000HzのdBHL値)÷4で
求めます。
100dBHL以上 2級
90−99dBHL 3級
80−89dBHL 4級
70−79dBHL 6級(片耳50以上、反対耳90以上も 6級)
1種とか2種とかいうのは運賃等の割引規定の種別で、2、3級が1種、4、5級が2種です。
手帳を申請する場合は(等級の変更も同じ)、市役所の福祉課あたりで用紙をもらい、その中の
「意見書」(診断書)を医師に記入してもらいます。大病院の医師しか書いてくれないと思って
いる人も多いようですが、「認定医」なら誰でも書く資格を持っています。ちなみに三重県では
大半の開業医が「認定医」です。だからいい加減な(親切な?)医者だと「ん?○級が欲しい?
ハイハイ」となるわけです。複数の医者に当たってみるのも、手かも知れません。
県単位で最終判定がありますが、担当医も他の医師が書いた意見書を認めないということは
事実上出来ず、とにかく「意見書」さえ手に入れれば通って行きます。
子どもが大きくなると「聞こえても、『やかましい』ときだけボタンを押すんですよ!」と
言い聞かせる親もいて、これはちょっとどうかと思いますが…。「詐聴」の罪はけっこう重い
と思う。
聴覚障害と言語障害の両方を認定してもらって、「併せ技」で等級を上げる方法もあります。
でも三重県の場合、小学校中学年くらいにならないと、言語障害は認定してくれないのが
現状です。
以前、他県のコネのある医者に認定してもらって、3歳で「併せ技」をやった親御さんも
みえましたが。(言語障害の認定医は、大病院の医師以外は少ないと思います。)
ついでに
……………………………………………………………………………………
補聴器交付 特別児童扶養手当 障害児福祉手当
……………………………………………………………………………………
2級 高度難聴用 1級 ○
3級 高度難聴用 2級 ×
4級 標準 × ×
6級 標準 × ×
……………………………………………………………………………………
・障害児福祉手当と補聴器は、ダブってもらえない自治体が多い。
どっちかを選ぶとすれば、絶対「手当」。
・障害児福祉手当は、平均聴力レベルではなく、3周波数の全てにおいて100dB以上でないと
もらえない。でも、ほとんどの役人はこれを知らない!
・4、6級でも、医師が意見書に「高度難聴用補聴器が必要」と書けば、その金額が福祉から
出る場合が多い。(片耳なら耳掛けで67200円、「両耳」と書いてもらえば134400
円。(「イヤモ−ルド付き」と書いてもらえば、そのお金も出る。)
わが国の福祉は、お粗末なだけじゃなく、県や自治体によってかなり扱いに差があります。
違法にならない範囲内で、役人や医者をプッシュして下さい。
一番多いのは「役人の無知で損をしている」場合。「そんなのはありませんよ」とか
「3歳にならないと無理」とか、いろいろ誠しやかに言われます。くれぐれも騙されないように。
私はお母さんからの訴えを受けて、月に一度は県下の市役所に電話してケンカしてます。
>等級の変更は簡単にできるのですか?。言ったもの勝ち?のように文面からはとれます
>が、どうなんでしょう?。
そうですね。かかりつけの耳鼻科のお医者さんがいまして、ずっと聴力検査もしてもらってた
のですが、「6級でなく、4級になりませんか。」と言うと、「あっ、そう、4級ね。ハイハイ。」
とあっさりと診断書を書いてもらいました。聴力検査図も75dB〜85dBまでありますから…。
どういう基準で平均を出すのかはわからないのですが…。(この辺は、以前来られていた耳鼻科
の方、めえめえ山羊さん、ととさんの方が詳しいと思います。)
余談ですが、当時は、聴力損失度(日本独自の規格?)で測ってましたから、70dB前後でした。
国際障害者年の前後あたりから、国際規格に同一するという事で聴力レベルを採用したみたい
です。 聴力損失度で測ったdB+10dB=聴力レベル(障害者等級ではこちらを見てください。)
今は、たぶん、聴力レベルで測っていると思います。でも正確な事はわからないので、
めえめえ山羊さんか、ととさんに説明をお願いしたいと思います。
>現実的な側面も一応考えておいた方がいいと思いますが…。これ以上、書けませんが、
>でもね…。やっぱりね。と言葉を濁しておきます。)
そうです。ドラゴンズファンさんのお察しの通りです。
今、聴力レベルダウンとかの運動を全難聴連でやってるらしいという事は聞いてるのですが、
(これは、薔薇さんの方が詳しいと思います。)おおきなうねりになってないようです。
聴覚の欠損による障害の強さって、dBの強さに比例しないように思います。
というより、欠損があり、聴く事に不自由があれば、それだけで補助の対象になるべきだと
思います。 一律的にdBの強さで軽重を振り分けるのっておかしいと思います。
ドラゴンズふぁんです。
Mizoさんよろしくお願いします。
ちょっと教えていただけませんか?。
> ドラゴンズふぁんさんがおっしゃっていたような悩みは私にもあります。
>この子が大きくなって、将来、進学、就職する時にどのようになるのだろうか?
>ずいぶんと考えたり、調べたりもしました。
> でも色々悩んだとしても、結局は子供が自ら選んで生きていかなければならない人
>生なんですよね。親が幾ら代わってやろうとしても無理なんですよね。
>それならば、子供が自ら自分の障害を認識して、それを乗り越えていけるような精神
>力を持てるように見守ってやるしかないなあと思えるようになりました。
> その代わり、できるだけたくさんの情報を集めて、親自身もたくさん勉強して、子
>供がつまずいた時に、こんなんもあるよ、ってぼそっと言えるようになれたらいいな
>あと思います。
私たちもそうありたいと思います。
で、「調べたりもしました」ということですが、どういうところから情報を得たのでしょ
うか?。聴力の厳しい方やろう者の就職については、「ベル」や「ろう関係」で、いろい
ろ情報があります(障害者枠もありますし)。が、私たちの子供のような聴力の子の就職
関係については、なかなか見つからないのです。
行動範囲が小さいのかもしれませんが、情報を得るいい手段があればよろしくお願いします。
ドラゴンズふぁんです。
ちひねこさんへ
(同じくありんこレスですみません)
>私も障害者枠で採用されているので、給料面でちょっと差が付いてし
>まっています。マイナス面といえばこれくらいかな?
障害者枠での採用には、こんな差別(区別?)があるんですね。知りませんでした。
私の勤めている会社(いわゆる私は日本のサラリーマンです)でも、障害者の方が勤めて
いますが、給料までは知りません。高卒と大卒と院卒で給料の基本ベースが違うのと同じ
ですかね。(だから仕事ができる!とは言い切れないところはありますが・・)
ドラゴンズふぁんです。
のんたんさんへ
(ありんこレスですみません)
>聴覚が65dBなら、なんとかして、2種6級の手帳をもらえないものでしょうか。(あと、
>5dB…)
以前の書き込みで、手帳について皆さんからアドバイスを頂いた経緯があります。うまく
やればもらえるかも、ということですが、行動はまだおこしていません。いずれ考えたい
と思っています(現状手帳がなく、2人とも両耳に補聴器を使っているので、経済的には
結構トホホ状態です)。
>大学卒の場合、一般上級試験で健聴者と互角に試験を受けることになります。
>(専門職を除いては、経済学部・法学部が有利です。試験問題の関係で。)
そうなんですか。まったく知りませんでした。
>口話ができた方がいいと考えてしまう方も、いらっしゃるかも知れませんが、中途
>半端に口話ができても、いまの社会状況では、非常にしんどいものがあります。ま
>すます、口話を要求する事が強くなる社会ではなく、いろんなコミニケーションがと
>れる社会になんとか変えていく事が、結局、健聴者のためにもなるのだという考え方
>を基本的に広めて欲しいと思います。(話がとびすぎてるな…突っ込まれそう)
そのとおりですね。でも現実論では難しいですね。DNAが許さないでしょう。
>自分で申請してとっちゃいました。2種6級だったけど、何のメリットもないので、
>2種4級にしてもらいました。
>聴力も、80dB前後なので、診断書を書いてもらうのには、別に困らなかったです。
等級の変更は簡単にできるのですか?。言ったもの勝ち?のように文面からはとれます
が、どうなんでしょう?。
>現実的な側面も一応考えておいた方がいいと思いますが…。これ以上、書けませんが、
>でもね…。やっぱりね。と言葉を濁しておきます。)
すみません。ドラゴンズバカには、よく意味がよくわかりません。が、たぶん手帳があっ
たほうがないよりいいよね、ということかな?。
ドラゴンズふぁんです。
>ところが、ドラゴンズふぁんさんに、3年前、私はウソを言ってしまったようです。
>今日は一日このことを考えていて、ドラゴンズふぁんさんに申し訳ない気持ちでいっぱい
>でした。 申し訳ございませんでした。許してください。
>65dBでも、「補聴器をつければ、何の問題もない」ことはなかったです。
>3年前のことは記憶にはないのですが、・・。
(メエメエ山羊さん)
恐縮です。メエメエ山羊さんが記憶に残っていないことを話題にしてしまったことはルール
違反ですね。申し訳ありませんでした。こんなに重く受け止めていただいて・・。私もこの一
週間、この週末にどう書き込もうかと気になっていました。相談に行った時にいろいろお話を
聞いて、ずいぶん励まされました。メエメエ山羊さんには「その節は、ありがとうございまし
た」以外の言葉はありませんので、気を悪くなさったのでは、と。
さて、私たちは、いろいろ相談等にいくと、その内容はしっかり覚えてきます。しかし、先生
方にとっては、次から次へと新しい親御さんが相談に見えるので、よっぽど印象に残らないか
ぎり、記憶に残ることは少ないと思います。(記憶に残るかどうかは、ルーチン的にあること
なので、仕方がないことです。)それだけに先生方の仕事は大変であると思いますが、私たち
にとっては、貴重な時間となりますので、その人、その時期に合ったベストな指導をこれから
も続けていただくことを切にお願いします。
週末参加のドラゴンズふぁんです。
就職の件で、多くの皆さんに書き込みをしていただき、ありがとうござ
いました。親の心構え(子供の心の教育に関する)は、皆さんの言われる
とおりですし、私たちもそのように考えています(これから迎えるであろ
うすべての壁は、自分自身で乗り越えなければならない。そして、それを
乗り越える心を育てていくこと)。
ただ、手帳をもたない難聴者の就職に関する情報をあまりにも私たちは持
っていなかった。そこで、皆さんに相談したわけです。手帳のあるなしに
かかわらず、いろいろな経験談を聞かせていただき、勉強になりました。
いずれにしても、子供が、最後にいい人生だったと思ってほしい。そう思
えるように一緒に人生を歩んでいこうと思います。
以前、某MLでやった「ダビングサ−ビス」を、ここでもやります。
1.TBS「報道特集」1997,2,9放映
2.TV愛知「手話で学び、遊びたい」1999,5,29放映
1は、ととさんも勧めてみえる「もうひとつの手話」(晶文社)の元となった、
斉藤道雄氏がディレクトした番組。斉藤氏から見た聾者の世界がリアルに迫ってきます。
2は、副題が「龍の子学園誕生」となっていますが、スウェ−デンの聾学校の取材もあり、
「バイリンガル教育とは何か」がよく分かる番組に仕上がっています。
1、2とも三重聾も取材を受け、私めがチラッと登場しています。
1と2を1本のVHSテ−プにダビングしてお送りします。
ただし、希望される方は、ひとつだけお約束してください。
テ−プを他の人にも見せること。
多分数十本に達するテ−プ・ダビングをするには、かなりの手間がかかります。
何も物好きでこんなサ−ビスをするわけではありません。
私めの醜い面を見て欲しいからでもありません。
ひとりでも「目覚めた」方が、増えて欲しいからです。
もちろんこれを見たからって、事態が変わるわけではありません。
特にお子さんを聾学校へ通わせている親御さんには、
学校に対する不満がますます募るだけでしょう。
70−80dB以下の「難聴」の問題も、これらの番組は答えてくれません。
でも、「知らない」より「知った」方がいいことは、確かです。
いづれ、わが国の聾教育を変えていく力になります。
・VHSカセットが入る、返信用封筒をお送り下さい。
カセットテ−プは当方で準備します。(送って頂くとわが家の郵便受けに入りきらない!)
宛先を明記。 切手、貼り付け。(返信封筒の重さによって切手代が変わります!
切手代は郵便局で調べてください。)
送付先 514-0823 津市半田3336-50 八木 治
・1/31(月)到着分で締め切り。
まとめてダビングして、2月中旬までには発送します。
> 今まで夫婦で同じ趣味など持っていなかったのですが、今回のことをきっかけに
> 夫婦で同じことに関して考え、悩み、意見を言い合うようになりました。
それって、良く分かりますね。 私もかかさんもあまりおしゃべりでは無い方です。
インターネットを始める前、電話の通話料が数百円って月がざらにありましたから。
でも、しょうちゃんに関しての話しなら、トコトンしますから、「こんなに会話の
ある夫婦っているのだろう?」って思ってしまいます。(きっと沢山いるのでしょうが
私が話さない方なのでそう感じるだけかな)
> それだけでなく、今まであまりお付き会いのチャンスがなかった障害のあるお子さんを
> 持つ御家族等と話すきっかけができて、ちょっと世界が広がった感じがしております。
> 逆にいうと、今までいかに狭い世界観しか持っていなかったのかということを反省させ
> られます。
そうなんですよね。 きっと、しょうちゃんが聞こえる子だったら、こんなに充実した生活
を送れなかったでしょうね。(悩みも多いですが) 我々夫婦は結婚が結構遅くて、その分、
若い時に自分の好きな事を十分にやったと言う思いがありました。 その後の結婚、子育て、
でしたから「後は余生をどう生きようか?」なんて思っていましたが、とんでもない、今迄と
全く違った世界を子供が与えてくれました。 “子供が親を一回り大きくしてくれた”と
思っています。
自分の子どもが聴覚障害を持っているとわかってから、(昨年暮れ)
パパである私は手話ソフトを探したり、掲示板で仲間を探したり、本を買ってきたりしており
ます。
家内はといいますと、この掲示板の最初から印刷して読みあさっているようです。
まだ半分までしか達していませんが..。
今まで夫婦で同じ趣味など持っていなかったのですが、今回のことをきっかけに
夫婦で同じことに関して考え、悩み、意見を言い合うようになりました。
それだけでなく、今まであまりお付き会いのチャンスがなかった障害のあるお子さんを持つ
御家族等と話すきっかけができて、ちょっと世界が広がった感じがしております。
逆にいうと、今までいかに狭い世界観しか持っていなかったのかということを反省させられます。
とりとめもないのですが、ちょっとそう思ったので投稿させていただきました。
にゃんこさん、ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいです。
聞こえないおばさんの昔話だと思ってくれれば幸いです。
ここに書き込みされてる方だけでなく、ROMされている方も大勢いらっしゃると
思いますが、子供心というものが伝わればいいかなと思ってます。
今から出かけます。続きは来週upします。
悩める母さん
特別、コミュニケーションがうまくとれているわけでもなく、2:1になって
けんかしていることもたくさんあるのですが、息子は、2人は友達だと言います。
聞こえない同士通じるものがあるんでしょうね。
私も、 難聴学級の同級生とはそういうコミニケが多かったです。今は皆大人になって
手話を覚えて、さらに楽になりましたが、当時でも、不自由かも知れないけど、
それはそれで楽しかったと思います。私は聞こえる子供を持つ聞こえないお母さんですが、
聞こえる子供がどうやって聞こえる大人になるのか、時々、わからなくなる事があります。
こうした書き込みを見ると、ああ、そっか、聞こえる人のコミニケってそうだったのかと
逆に勉強になります。良い所がないとおっしゃってますけど、4年まででも、作文がかけるし、
その気になればできるところもあるようで、いい資質を持ったお子さんだなと思います。
「ばか」の所は、うちの子供と全く同じです。こっちは、男の子二人なので、取っ組み合いの
ケンカになり、引き離すのが、すっごく大変です。「どうせ、僕はバカだよ。」と開き直る所も
同じです。そのくせ、他の子に「バカ」って言われると、大変なんですけどね。ふーっ。
自分に対する自信をなんとか持って欲しいなと思ってます。
愚痴、大いに結構です。 現実問題、愚痴を言える場所ってそんなに無いですよね。そんな
時ここを利用して、少しはストレスを発散させて下さい。 それも大切なことです。
ようこそ、“にゃんこ”さん。
お子さんが、幼稚部1年とのこと。子育て、子供の教育と大変な時期ですね。 今は特別に
相談事も無いようですが、同じ聞こえない子をもつ親として、ROMばかりでなく、時には
何でも良いですから書き込んで下さい。 今後もよろしくお願いします。
色々なアドバイスいただいて本当にほっとする場所をみつけました。
息子が留守というのが輪をかけているのかもしれません。
聞こえない友達は、聾学校時代からの同級生が2人います。普段会うには
離れているので長期の休みには、我が家に集まるのを楽しみにしています。
昨年の夏には、泊まっていきました。3人とも手話ができるわけではなく、
特別、コミュニケーションがうまくとれているわけでもなく、2:1になって
けんかしていることもたくさんあるのですが、息子は、2人は友達だと言います。
聞こえない同士通じるものがあるんでしょうね。
メールのやり取りなどに興味を持ってくれるとまた世界が広がるのでしょうが、
まだ、そこには至っていません。少し、興味を持って3回ほど担任の先生に
メールを出しましたが、熱しやすくさめやすいで 続いていません。ローマ字
も全く覚えようとしなかったのに 興味が湧くと1日で覚えてしまうんです。
こんな力をT.P.Oを考えて発揮してくれるといいのですが。
4年生まで宿題の作文など結構まともに書いていて、苦手にしている
とは思っていなかったのに5年になって書くのを嫌がり全く書こうとしません。
プライドがあるのか自分の失敗したことなど「おもしろいから書いてみたら?」
と私が進めても全然だめですね。
アイデンティティーのお話がありましたが、やはり、そこだと思いました。
違っているかもしれませんが自分を好きになれる様に 自信を持てるように
ありのままで良いと自分を受け入れることができる様に育てなくては
ならなかった。でも、聾学校を初め世間は、それを許してくれなかったと
思っています。今も板ばさみ状態はかわりませんが 息子を追い詰めない
ようには、なりました。
学校で「ばか」と言う言葉に過剰反応するくせに 家では妹をばか呼ばわり
私の説教?には「どうせ僕は、ばかですから。」と開き直る。
シュンとしているよりいいかと慰めていますが、悩みは、尽きません。
ととさん、愚痴ばかりで申し訳ありませんが今後ともよろしく。
ずーっと 気にかけていて しょっちゅう覗いてはいたのですが、
相談する事も今のところないし、相談にも乗れない・・・と
思って1度も投稿したことはなかったのですが・・・みなさんが
激論をとばしたり 誰かの相談や呼びかけに 答えたりあんまり
楽しそう(?)だったので つい投稿してみました!
申し遅れましたが、私は難聴の娘がひとりいます。
ろう学校の幼稚部1年に母子登校中、がんばってま〜す!
どうか よろしくお願いします。
初めてなのに失礼ですが・・・のんたんさんの投稿・・・
面白かったです!早く続きが読みたい・・・
ろう学校幼稚部時代…
近所の健聴者の子供とよく遊びました。カラスが泣くまで。
ろう学校では、毎日毎日、友達と楽しく遊んでました。
聴覚口話法…その頃は、きびしくなかったです。友達同士は、口形・身振りを大きくするで
十分通じてました。健聴者の友達とも。又、祖父母が寝たきりと言うこともあって、親が
忙しくて母親法というものは、厳しくありませんでした。担任の先生は、ダンナサマがろう者
という事もあって、子供の気持ちを良く汲み取れる方でした。難聴学級時代…
まず、祖父母が亡くなって、親の教育にかける時間が大幅に増えました。父は、海外出張が多
かったです。 難聴学級では、ろう学校の時、当たり前にやってた友達同士のコミニケ方法が
禁止されました。 母親法がむちゃくちゃ厳しくなりました。当然、同級生の母親達もそれぞ
れの子供に教育熱心になりました。
「聞こえないからこそ、荒波を越えられる強い子供に育てなくちゃ」という考えが基本にあっ
たようです。 とは言うものの、難聴学級の子同士のコミニケは活発でした。ただ、和気あい
あい、仲良しこよしではなかったです。 結構、グサリグサリと言われる事も多く、イジメも
喧嘩もありました。でも、よく遊びました。 途中で、同じ学校の普通学級に編入しました。
いじめられた事はあまりありません。この時も含めて、健聴児からいじめられた事は学生時代
を通じて皆無です。ドッジボールやバレーボール、なわとびなどいろんな遊びを集団でやりま
した。難聴学級の同級生とは、よく家の行き来をしてました。近所の子供と遊ぶ事は無かった
です。たまに合えば、「ヨッ」と言う位の関係になってしまいました。お互いに学校が違って、
遊び時間が合う事もなかったので。 トラウマに近い事を体験したのは、この時期です。いろ
いろあるけど、個人的な事なので、ここには書きませんが。親の発音指導には、むちゃくちゃ
腹が立ちました。 お風呂に入っていて、おしゃべりをする時、一々、発音の矯正(強制)を
やるわ、サ行の発音がむずかしいので、いろいろ、試行錯誤してるのに「なまけるんじゃあり
ません。」と一方的に叱られるわ…。 ついにたまりかねて、親がちょっと外へ出た隙に家の
ドアに鍵をかけて閉め出した事もあります。もちろん、大目玉をくらって、外へ放り出されま
した。 悔しいので、ドアをガンガンとたたきまくったら、近所のおばさんが出て来たので、
「うわっ、メッチャ恥ずかしい」と気が小さい性分なので止めました。
親ってずるいと思いました。
難聴学級でも、家でも、いい子良い子を押し付けてくるので、モヤモヤして、無賃乗車をやっ
た事があります。 難聴学級の同級生の家へ遊びにおいでと誘われた時、お金が無かったけど、
むしゃくしゃしてたので、周りの子供の止めるのを無視して、「定期を手で隠せばいいやん。」
とごり押しして、やっちゃいました。 しかし、目的地が近くなるにつれて、心臓がドッキン
ドッキンパックンパックンでした。冷や汗タラタラでした。 幸い、天の助けか、友達のお母
さんがたまたま乗ってこられて、乗車賃を払ってくれました。 モチロン、親からは大目玉
です。この時は、さすがに「もう二度としない」と心から思いました。
しかし、翌日、難聴学級の担任の先生からお説教をくらった時は、さすがに頭に来ました。
1時間位、へ理屈をでっちあげて、先生と論争をしました。後日談ですが、その時、「おとなし
そうだけど、芯が強い子だ」という評価をもらいました。親も「ホンマにああいえば、
こういう。こういえば、ああ。」と今でも言います。
しかし、これは、私に限った事ではなく、難聴学級の同級生も全員同じような事はしてました。
子供同士で「理不尽な親」について愚痴をこぼし合ってました。それともう一つ困るのは、
親から親への話で、子供の家で起こした数々の不祥事・又は秘密の話をした事が、友達にバレ
バレになってしまった事です。 (つづく)
う〜〜ん,ととさんが言われる通り,やはりお子さんには同じ仲間が必要だと思いますよ。
私(ろう者)が今,この厳しい世の中でなんとか頑張って来られたのは,まあ,家族の助
けもありますが,かつての関東聴覚障害学生懇談会の仲間とのつきあいがあったからとも
思うんですよ。じゃあ,地元のろう者とのつきあいはと聞かれると,これはこれでなかな
か難しい問題があるんですけどね,ともかく同じ仲間とのつきあい,つまりろう者の世界
があるからこそ,聴者(聞こえる人)の世界でもなんとか頑張って来られたと思うんです
よね。
それからもう1つ思うことですが,関東聴覚障害学生懇談会に入る聴障学生や筑波技術短
期大学(聴障および視障学生のみを受け入れる短大)に入ってくる学生を見ると,毎年,
何と言えばよいのか,いわゆる「不適応」を起こして,会の集まりに来なくなる,あるい
は登校拒否になる学生が結構いるんですよね。例外なくインテ出身です。
自分が聞こえない人なのに,聞こえない人たちの集団に参加できない,こんな悲しいこと
はないですよ。聞こえない人たちの集団があることを知らない,あるいは遠いところにあ
って参加するのが難しいのならともかく,目の前に聞こえない人たちの集団があって,い
つでも受け入れてくれるのにですよ。本当に悲しいことだと思うんですよね。こういうこ
とが起こらないようにするためには,やはり小さいうちから聞こえない仲間を持つ必要が
あると思うんですよね。
あとはメエメエ山羊さんの書き込みでもお読みくださいね。んぢゃ。仕事です。
ととさん すみませんでした。
メモ帳で作って落としこんでみます。
悩めるお母さんも登場されて、このHPはますます魅力を
発揮してきますね。
わだかまりを口にできる場があるだけでも
強張りがほぐれるものです。
インテの子が問題となるのは本当はインテの子を囲む側に
問題があるんですね。
多数派の無自覚な横柄さが気になる。
どうしたらいいんだろうか。
一つの道は、りなおさんが紹介されている世界に
やがては入っていくことですね。
とにかくこのHPと出会えたことが
幸運なことです。
くたびれたら一休みしましょう。
就職は・・・私はホント、他の人に比べたら遅く活動を始めましたね。専門学校は「自分の
力と足で会社を見つけてこい」っていう方針だったので、仕方なく職安とかに行って仕事を
探したんですよ。いいなと思う会社があって、面接の申し込みを電話でしてもらった
ら・・・「いやぁ。実はもう採用締め切ったんですよ」といわれてしまったんです。そした
ら担当のお姉さんが「とにかく会うだけでも会ってみて下さい。電話は出来ないですし、耳
聞こえない人なんですけど、話すのは大丈夫だと思うので。」と色々言ってくれて。
「じゃ、会ってみましょう」と面接にこぎつけたんですね。当然、手話通訳者と一緒に行き
ました。
会社が一番重視するのはやはり「コミュニケーション能力」です。頭がいいか、資格を持っ
ているか、もそれは重要ですけど、会社っていうのは人間関係で成り立っているようなとこ
ろもありますから。面接の時に聞かれたのは、
「分からないところはちゃんと分からないから教えて下さいって言えるか?」
「聞こえなかったからってうやむやにしないか」
「自分から行動を起こせるか」
「仕事に責任感をもてるか」
というようなことでしたね。
もちろん、第一印象が肝心なので「はい!」と全ての質問に元気よく答えてしまいました(笑)
あとは自分の言葉でちゃんと自分のことをいう。これだけだったんですけど、受かりました
よ。あとで聞いたら、面接担当の人(専務だったんですねぇ)が私のことを気に入ったらし
く、社長のところにわざわざお願いしにいったんだそうです。
そしてこの会社に勤めてもうすぐ5年になります。まぁ、他の人から見ればものすごく運が
良かったかもしれません。締め切りがもう過ぎた会社に採用されてしまったなんてあまりな
いでしょうし。ただ、私も障害者枠で採用されているので、給料面でちょっと差が付いてし
まっています。マイナス面といえばこれくらいかな?
対人関係ですかぁ・・・私はたぶん上手くやってきたほうです。母にも言われています。
「どうも、お前は私と違って随分社交的な性格ね」って。
たぶん、インテ組のほとんどは、自分の殻にこもってしまうというか、そういう傾向はある
と思いますね。頑張らなくてはいけない自分がどうも嫌とか、頑張ってもどうにもならない
から嫌だとか、色々な感情が交差して、それが対人関係を難しくしているんだと思うんです
よ。プライドも変に高くなってしまったりして。何か、一人で頑張っているような錯覚に
陥ってしまうのかもしれないですね。
私もそういう時期はあったけれど、その度にろうの友達とか、学校の友達に叱ってもらった
から独りよがりにならずにすみました。そのあたりは感謝してもしきれないですね。
私の今の対人関係って、中学か、高校時代に出来上がっているような気がします。
まぁ、こればっかりは人それぞれですから、その人にあった人間関係を築いていくのが一番
いいように思います。もし、それで失敗しても成長できるのであれば無駄ではありませんし
ね。あまり難しく考えずに、なるようになるさで日々を過ごしていくのが疲れなくていいん
じゃないかなぁ?
あまりまとまった話じゃないな。すみません。逃げます(T-T)
私が書き込む前に書いていた・・・ で、追加ですが、
> 親が友達を作ってやるわけもいかず。自分で努力する意外はないと思って
> います。そのためのインテです。
インテしているのですから、聞こえる子の友達は言われる通りですが、私としては、
同じ聞こえない友達が必要だと思うのですが。 それには、親がその環境を作って
やるしか無いと思いまが どうでしょう?
ある方から聞いた話しですが、当時その子は高校生(普通校)で、成績は学年で1番。
学校へは毎日行ってますが、朝来て、決まった席に座り、変えるまで一切、他の人との
コミュニケーションが無く、時間になると帰宅する。 そんな生活を送っていたそうです。
先生も成績が良いので何も言わなかったようですが、これが、まともな学生生活だと思い
ますか? その子の心を開くのに随分と時間がかかったようです。
ようこそ、mizoさん。
聴覚活用がかなり出来るお子さんのようですね。 最近、この掲示板で話題になっている
“それでも限界がある”と言う事を十分承知しておられるようなので、安心しています。
> 近所の小学校の「ことばと聞こえの教室」に月2〜4日・・・程通っています。
とありますが、小学校で幼児を見てくれるのですか?“むーちゃん”の所とかなり違い
ますね。 学校によってその対応が随分違いますから、ここで、情報交換をし、
「XX学校ではこんなこともしているのに、どうしてここでは出来ないのか」
などと学校に対して意見が言える情報源に ここがなれると良いですね。
これからも、よろしくお願いします。
ようこそ、悩める母さん(“かあさん”になってしまいますね)
私としては、まだ経験がないので、何とも言えませんが、ひとつだけ。 お子さんには同じ
聞こえない友達はいるのでしょうか? これから思春期であり反抗期ですから親には言え
ないことを、気兼ねなく話せる友達が必要だと思うのですが。
きっと、しょうちゃんの近い将来像でしょうね。 本人達が色んなアドバイスをしてくれて
いますので、就職の話しと共に、私も勉強させて頂きます。
“悩める母”さん、愚痴でも結構ですから(それが後輩への良い情報にもなります)何か
ありましたら、また書き込んで下さい。 よろしくお願いします。
それから、ここに書き込む時、直接書き込みのスペースに書くのではなく、一度、Windows
なら、“メモ帳”や“ノートパット”を使って文章を作り、完成したら、カット&ペースト
で、この書き込みスペースに貼り付けると失敗が少ないですよ。 私は文章を書くのに時間
が必要なので、いつもそうしてます。
皆さん本当に熱心ですね。過去の掲示板を少しずつ読ませていただいてます。
akiさんの言われるようにかわいい子には旅をさせろ。ですよね。
そう願いながらも旅をさせたことは、今回が初めてです。学校から5泊6日の
スキーに行ってます。喘息を持っているので1人で泊まらせたのは、入院した
時だけです。いつ、電話で呼び出されるかどきどきです。みんなと仲良くね。
勝手なことしたらダメダメ。と送りだしたのですが・・・どうしているやら。
家の中は、我が家始まって以来の静けさです。
聾学校を中退したのは、私の仕事の都合もありましたがやはり、一番には、
将来、聴者の社会の中で自立して行くための生きる力を獲得してほしい。と
言う願いでした。聾学校の中で言葉は、獲得できても社会の荒波に負けない
根性はつかないと思いました。文字は、早く覚えさせたかったのですが、
興味は、なく結局小学校に入ってから覚えました。その後3年生ぐらいから
マンガならなんでも読み、5年生になってから、ずっこけ3人組シリーズを
全部読んで推理もの等色々なジャンルに広がっています。
学力がついてほしいのは、当然なんですが、それよりも大事なことを
学校で学んでほしいのです。1つは、友達を作ってほしい。
3年生ぐらいまでは、家にもくる子が数人いたのですが、最近は、行くことも
来ることもありません。学校には、友達は、いない。と言います。先生に
聞くと気が向けば遊んで楽しそうにしているようですが・・・
親が友達を作ってやるわけもいかず。自分で努力する意外はないと思って
います。そのためのインテです。
荒波に放り出したものの、人間関係がうまく作れず、本当にこれでいいのか?
聞こえないフラストレーションが反抗、無気力と言う形でサインを送ってるん
だな。と理解できるのですが、どうしてやることもできません。乗り越えて
いくのを見守るしかないのでしょうか。このまま潰れてしまうのでしょうか。
こんなトンネル抜けられた方あったら聞かせてください。
薔薇さん、こんにちは。 久しぶりに書き込むりなおです。
遅れましたが、今年もよろしくお願いいたします。
>でしょうね。関東聴覚障害学生懇談会に毎年入ってくる
>学生たちの大半は学力(書記日本語能力など)はグンバツですが,
>対人コミュニケーション能力がからっきしダメというよ
耳が痛いといいますか、目が痛いといいますか・・・。
私は現在関東聴覚障害学生懇談会に入って活動していますが、
私自身も、入った当初は、手話もわからず、周りの状況が把握できないまま
自分勝手に行動していたことが多かったように思います。
もちろん今はそうではない、とも言い切れませんが(^_^;)
普段は、「あの人は聞こえない人」というレッテルが
貼られてしまいますが、周りもみんな聞こえない人、という
関東聴覚障害学生懇談会のような環境において、
聴覚障害者ははじめて「聞こえない人」というレッテルがとれて
その人自身がみえるようになるんじゃないかな、って思うんです。
その時にはじめて、自分の対人関係の作り方というのが
みえてくる人が(私も含めて)多いんじゃないかな・・って思いますね。
そういった意味で、関東聴覚障害学生懇談会の存在は
私にとってかなり大きいものがありますね。
悩める母さんへ
お子さん、本が好きなんですね(*^_^*)
短い冬休みに、本を30冊なんてすごい。
私も、小学校の時は、買ってもらった本を
帰りの車の中で読み終えてしまうほどで、とうとう、親に
「もっと字が多くて、読むのに時間がかかる本を買いなさいって
言われてしまいました(^_^;)
でも最近はなかなか読まないですね。読まないとなぁ・・
日本語力が落ちてきたって実感します(^_^;)
読むのが好きなお子さんには、小学生新聞や、中学生新聞が
お勧めです。私も読んでいたのですが、ニュースなどが身近に
感じられるようになり、かなり役に立ちましたよ。
地域の図書館にもあると思いますので、よかったら一度目を通してみて下さいね。
何だ 薔薇さん ROMしてる間に、英国に飛ばれたのか。
知らなかった。今日 薔薇さんのことを思った。最近姿を見せてないなと。
薔薇さん お帰り!
>実は、大学に入った時、言語能力も日本語能力も全く自信がありませんでした。(のんたん)
>子供のよい部分をどんどんのばしていくことではないでしょうか?(aki)
>あとは対人コミュニケーションだけでしょうね。(薔薇)
二十歳で難聴を出会って、自分らしさを見失った。これを精神的挫折とも言ってるが、
そこからの立ち直りに、私の場合はエリクソンのアイデンティティ理論との葛藤をくぐった。
もう詳しいことをうまく呼び出すことはできないけれども
難聴者として自己確立していく上で、その考え方は導き手になってくれた。
そのキーワードの一つが、「自己実現」と理解している。
自分の望みと現実が合致しておれば、自己実現度は満点だけれども
逆に望みと現実がかけ離れた状態にあると、自己実現は混乱の極地に置かれる。
青年期はそのバランスが壊れる時期で、そこに難聴問題がかぶさって、
アイデンティティ拡散の状態に陥った。
アイデンティティは日本語ではいろいろな訳語に化ける。
「自我同一性」とか「自己同一性」という訳語は使い分けるところまで飲みこめていないが
私は「自分らしさの発揮」という具合に受け止めている。自分らしさを発揮して生きておれる
と感じられれば、アイデンティティは確立されていると言える。
難聴であっても、子どもの時期を子どもらしく生ききることが意欲的な精神を培う。
じゃあ、子どもらしくって、どういうことか。
「お受験」の言葉に象徴される状況に親も子も追いこまれて、らしさの意味付け自体を
変質させているか。
自己実現をキーワードにして、子どもは子どもらしく生きるということを尊重できると
いいですね。
話を難しくしてるかな?
薔薇さん お後はよろしく。
東京に初雪がふりました!!私は雪がだいすきなので雪だ〜と叫んでしまいました。
さて、就職について。私の場合は大学に居た時(10何年前の話)に(多分)就職課から
電話もらいました。私の性格上、会社に勤めることは考えていなかったので断りました。
私の小さい時からの夢は教師になることだったのですが、中学の担任から難聴だから教師に
はなれないだろうと言われました。その時はもしかしたらショックを受けたかも知れません
が、今思うと全然覚えていません。それと部活に忙しくてあまり深刻には考えていませんで
した。大学進学先は自分の行きたいところへ。大学では教職課程をとろうかどうか迷いまし
た。中学の担任の言葉を覚えていたので。友達に相談したところ、取るだけ取って、止めた
いときに止めればいいのでは、と言われてまずは取りました。大学の研究生時代に近くの
小学校の産休補助講師の話が私に来ました。私の先生はおまえならできる、と言ってくれま
した。その小学校の教頭にもいままで普通学校でやってこられたから大丈夫でしょう、と
あっさり。そのあとは養護学校、私立高校の非常勤をやりました。
私は軽い難聴でまわりのみんなが難聴だと気付かないほどです。ですから私の経験では
役に立ちませんが、ただやはり周りの理解があったのが大きいです。
あとは積極的にいろいろな人と会うことでしょうか。人脈や情報は大切ですから。
私はいつも図々しくいろんな人に聞き回ります。わからないことも聞きます。
我々ろう、難聴者にとっては会話がネックになって人(特に健聴者)との会話を避けがちに
なります。その部分をどうカバーしていくか、というのが課題ではないでしょうか??
子供が小さいうちは親御さんも積極的に外へ出ていくしかないでしょう。そして子供自身が
きこえなくても大丈夫と思えるようにしてあげて下さい。親が余計に不安になると子供も
それが伝わります。子供のよい部分をどんどんのばしていくことではないでしょうか?
私は乙武さんの著書「五体不満足」を読んでこの親だから彼は明るく臆せずに挑戦できたん
だろうな、と思いました。私の親(ろう)は放任主義で、やりたいことはやらせてくれまし
た。進学のことも自分で決めました。(知らなかったから何も言わなかったのかも)
でも自分が教壇に立ってわかったことは「何も言わずに見守ることの難しさ」を痛感しまし
た。私の親はすごい!と思います。
具体的なことも書かずに申し訳ないのですが、まずは可愛い子には旅をさせろ!精神で
どんどんとやらせましょう!!
いいかげんですみません ^_^;
就職について、昨日一日、いろんな方の顔を思い浮かべていたのですが、
結局、タイミングが会えば、仕事は見つかる…という結論になってしまいます。
口話ができた方が有利とか、学力の高い方が有利とか、日本語能力が高ければ有利とか、
親がしっかりしてれば有利とか、性格が強いと有利とか、そんな事はないようです。
大企業でも、45才〜50才のろう者で就職に成功した例もあるし…。
先の事は皆わからないので、今をどう過ごすかを考えた方がいいのでは…と思います。
>対人コミュニケーション能力がからっきしダメというようなタイプ
(よくわかりますね。大学進学当時は、私もそういうタイプでした…。今はまあ2人の子供が
いるから世慣れて来て、まあ、一応、世間並みです。どうにかなるもんですね。苦手意識は
ありますけど。)
実は、大学に入った時、言語能力も日本語能力も全く自信がありませんでした。
健聴者にはかないっこない…とずっと思ってました。入学式の時は、ずっと体が震えていました。
(武者ぶるいみたいな…緊張しまくってました。)なんせ、高校までと違って、教科書はない、
発表が評価につながると聞いてましたから、合格したものの、どうしようっと目眩のする思い
でした。 声がうまくないし、文章も大丈夫なのか、全く、見当がつきませんでした。
でも、清水の舞台から飛び下りる気持ちでこなしました。意外に「優」を貰えた時、「アレッ」
と思い、その時、やっと自分の力を見直す事ができました。発声にも自信はなかったのですが、
意外や意外と通じるだけでなく、健聴者に間違えられる事があり、又、健聴者のくせに「電話
での交渉をやって」と受話器を持たすトンデモナイ友達を持ったことで、トンデモない経験を
させられました。その積み重ねで、どうにか、対人コミニケ能力を養う事の第一歩を踏みました。
手話を覚えて、いろんなトンデモナイ健聴者とも出会った事も、貴重な経験になりました。
一応、つたない経験ですが、逃げられない状況を積み重ねる事もまあ貴重だと思います。
それから、日本語能力が決して高くないけど、世界を漫遊しているろう者との出会いが
多々あったのも、大きな刺激を与えてくれました。
昨日、いろいろ考えていて、思い出した事をまとめました。
(20年位前ですので、忘却のかなたに埋もれてました。)
皆さん、初めまして。
HP開設当初からのぞかせていただいています。
なかなか難聴の親御さんのHPがなかったので、とても参考になっています。
私にも去年の初め頃に難聴が分かった、3歳10ヶ月の息子がいます。
中等度難聴(60〜70dB位)で、現在は両耳に耳かけ式の補聴器を装着し、療育
の真っ最中です。障害者手帳はたぶん無理のようです。
うちの子は未熟児で生まれたり、6ヶ月の時に心臓の手術を受けたりもしましたが、
小さいながらも順調に成長していました。
2歳を過ぎる頃から言葉もわずかながら出始め、簡単な2語文も出ていました。
聞こえに関しては、聞こえにくいかもとは思いながら、後ろから呼ぶと振り向くこと
も多いし、生まれが小さかったので、ゆっくりなんだろうと思っていました。
でもある時、新聞で滲出性中耳炎の記事を見て、もしやと思って耳鼻科に行くと、
滲出性中耳炎もあるが、どうもそれだけではない、ということで、検査をしてもらい
分かりました。
現在は、難聴幼児通園施設や近所の小学校の「ことばと聞こえの教室」に月2〜4
日、保育園に3日程通っています。
去年の5月頃に補聴器をつけてからは、ずいぶんと聞こえもよくなったようです。
補聴効果はあるようで、別の部屋やちょっと離れたところで話しかけても、言葉が返
せています。かといって、それで全てを補うのはやはり難しい面もあると思っていま
す。
親としては、ある程度は耳で聞き、話せるようになってほしいという希望もありま
すが、手話等の必要性も感じています。
できれば、最終的には色々な手段を使って、コミュニケーションがとれるようになっ
てくれたらいいなあと思っています。そのためには、私自身も手話が使えるようにな
りたいなあと思っているところです。
ドラゴンズふぁんさんがおっしゃっていたような悩みは私にもあります。
この子が大きくなって、将来、進学、就職する時にどのようになるのだろうか?
ずいぶんと考えたり、調べたりもしました。
でも色々悩んだとしても、結局は子供が自ら選んで生きていかなければならない人
生なんですよね。親が幾ら代わってやろうとしても無理なんですよね。
それならば、子供が自ら自分の障害を認識して、それを乗り越えていけるような精神
力を持てるように見守ってやるしかないなあと思えるようになりました。
その代わり、できるだけたくさんの情報を集めて、親自身もたくさん勉強して、子
供がつまずいた時に、こんなんもあるよ、ってぼそっと言えるようになれたらいいな
あと思います。
とは言っても、今はまだ思考錯誤しながら毎日を過ごしている段階です。
皆さんにも色々なことを教えていただきたいなあと思っています。
よろしくお願いします。
長々とすいませんでした。それでは…。
★ベアさん
(すいません、アドレスが分からなかったもので、掲示板を使わせていただいてます。)
今は転勤で他県にいますが、来年、香川県に帰る予定です。
もしよろしければ、色々とお話できたらと思います。
DMでもいただけたらありがたいです。
昨日英国から帰ってきました。ロンドン日本人学校の知人たちと会う機会を持つことがで
きましたが,現在ロンドン日本人学校には難聴生徒が2名いるそうです。また別に日本人
子弟対象の幼稚園に難聴児が1名いるそうです。今年の3月には新たな難聴児が1名増え
る予定です。ロンドン日本人学校では英語の授業がかなりあり,これが難聴生徒たちにと
っては大きな負担となっているようです。地域の中学,高校に通っている難聴生徒と同じ
問題ですね。そう言えば,ここのウェブページにはほとんど中学,高校の年代の難聴児を
持つ親が出てこないですね〜。まあ,この年代になってしまうと,今のままで大丈夫と思
うようになってしまう組ともう諦めてしまう組とにはっきり分かれてしまう傾向が出て来
るからかも知れませんね〜。でも,中学,高校に通う難聴生徒の親たちにも悩みはいっぱ
いあるはずだと思うんですけどね〜。
>悩める母へ
お子さんは学力に関しては問題はないと思いますよ。あとは対人コミュニケーションだけ
でしょうね。関東聴覚障害学生懇談会に毎年入ってくる学生たちの大半は学力(書記日本
語能力など)はグンバツですが,対人コミュニケーション能力がからっきしダメというよ
うなタイプです。かく言う私も以前はそうでした。今も対人関係はどちらかと言うと苦手
な方なんですけどね。
小五男児、両耳90db感音性難聴、聾学校2年母子通学、公立保育所2年、
公立小学校普通学級に通っています。口話しかできません。
難聴と言う障害からくるのか、違ったところに問題があるのか
良くわかりませんが、育てるのが難しい子です。日々悩みの中です。
愚痴を聞いてください。
書き込み初挑戦で1度書いたのを消してしまいました。ちょっと疲れています。
気を取り直して。
1〜4年までそれなりに問題は、あったのですがなんとか無理やりやらせてきました。
5年になり、反乱を起こしました。学校に行きたくない、1年かかってやっと慣れた
学習塾(マンツーマン)を止める。年中から月2回通い続けた聴能訓練教室を止める。
学校の宿題はやらない、テストも受けない、やりたくない掃除当番はしない。家で
説得しようとも、叩いても聞き入れない。
そんなこんなで私も悩んだ末、叱ることを止めました。止めようと努力しています。
3学期になった今もたいした変化はないのですが、私の、気持ちは落ち着いています。
息子の良いところがなかなか見つけられないのですが、
読書が今のところ唯一の楽しみのようです。この冬休み30冊以上は、本を買わされました。
読むスピードは、我が家ではぐんを抜いています。
バイリンガル教育法を読ませていただいて 私も、息子の聞こえない辛さを
無視してきたことをあらためて突きつけられたような気がします。
今すぐ変われるものではありませんが、皆さんと一緒に考えていきたいと
思います。
メエメエ山羊先生 ご返事ありがとうございました。
手帳を持たない難聴児の問題が、ドラゴンズふぁんさんから提起され、話題は広がった。
難聴児は、ただ聞こえないことだけを悩むのではない。それぞれのライフステ−ジで誰もが
抱える共通の問題を悩まなくてはならない。そのとき難聴の問題が重石にならないことを
注意したい。
大学まではなんとかなる。
うちのかみさんがいい例です。彼女の場合は他の病気もあって就職せず、長い入院生活を送った。
入学試験はペーパーテストだからと言ってます。聞こえなくても学友達が助けてくれたと、
卒業もしてます。
私の個人的な体験で申し上げれば、本人が自らの決心で描く人生設計を親が尊重して
過剰な干渉をしないことだと理解します。
そういう忍耐力を親が持たなくてはならない。耳の問題ではなく、子どもかわいさの余り
余計な手出し、口出しが子どもの精神力をひ弱なものにする。
子どもが描く夢を尊重し、我慢して見守り、夢への挑戦の責任は子どもに負わせる。
そうであれば挫折しても子どもは自分で納得できる。
耳が悪いだけならなんとかなる。そればかりか最難関の司法試験に合格もできる。
社会をどう生きるか、就職も含めて、子どもが自分で選んでいける力を養う。
これはもう幼児の段階から始まっているわけです。親は賢明な手助けをしてやる。
転んで泣こうが自分で立ちあがるまで親はこらえる。
就職問題は親の問題ではない。それを心配するのは親の身勝手というものだ。そのくらいに
割りきっているとけっこう子どもは自分でやっていかなくてはならないのだという精神力が
つちかわれるのではないだろうか。
就職する時点では手帳はなかった。
大学に入って難聴が分かった。心の準備がなかったため混乱した。
過保護に育てられている。
耳が悪かろうと自分の足で歩かなくてはならない。
ようこそ、nayaさん。 そして返事が遅れてすみません。
ろう者の問題を突き詰めて行くと、それは、社会環境であり、彼らが受けた教育であると
思います。 多くの聞こえない子を持った親のほとんどは、その時点で始めて聞こえない
世界の問題に直面します。 そして、そこで受ける情報はどうしても聞こえる側から見た
聞こえない世界であり、自分の子が置かれる聞こえない側に立った視点にがける傾向にあ
ります。 そんな中、このページが少しでも役立つことを願っています。
nayaさんはろう者と係わっての経験があるようですから、必要な時はその情報をここに
出して下さい。 これから、よろしくお願いします。
3年前本校へ相談にみえたドラゴンズふぁんさんのお子さんについて、私は次のように言った
様です。
「この程度であれば、補聴器をつければ何の問題もありませんよ。
どんどんことばを獲得していきますよ。」
確かに教育相談の現場では、言葉を濁したり、婉曲な言い方をしたり、私の本意とは違った
言い方をしなければならないことは、しょっちゅうです。
以前、「お子さんは聴力、厳しいからねえ。補聴器、それでも着けますぅ?」みたいな言い方を
して、2度と来校されなかった親御さんもみえました。他にも苦い思い出は、2,3あります。
でもねでもね、「ウソだけは言わない」のが私の心情です。この世界、あまりにもウソだらけ。
曰く「大丈夫、喋れるようになりますよ」(110dBを超えるお子さんに)
曰く「聴覚活用には無限の可能性がある」
曰く「この子は喋りたがっている」(これもよく聞く、お決まりのセリフ。
それは「あんたの願い」だろ!)
ところが、ドラゴンズふぁんさんに、3年前、私はウソを言ってしまったようです。
今日は一日このことを考えていて、ドラゴンズふぁんさんに申し訳ない気持ちでいっぱい
でした。 申し訳ございませんでした。許してください。
65dBでも、「補聴器をつければ、何の問題もない」ことはなかったです。
3年前のことは記憶にはないのですが、どうしてそのような言い方をしたのか考えてみますと、
結局、私の勉強不足だったと思います。中等度難聴者の困難や悩みについて、当時も知らなか
ったわけではないのですが、軽く考えていました。難聴者には独自の、ある意味で聾者よりも
社会生活上の困難があることをきちんと認識することが出来たのは、ここ1、2年のことです。
いや、難聴の問題にしても、聾の問題にしても、本当に奥が深くて、聴者の私には完全に理解
することは出来ないのかも知れません。(でも、こういう言い方は「いいわけ」ですよね。)
何れにしても、プロとしてはミスを犯してしまったことになります。
お詫びすると同時に、「中等度難聴は恐いんだぞ!」という単なる“おどし”に受け取られな
いことを願っています。(聾ではなく)難聴独自の問題は何か、私も勉強を続けます。ドラゴ
ンズふぁんさんもお子さんをしっかり見つめられ、すてきなドラゴンズ・ファミリ−をめざし
ていって下さい。
聴覚障害者の就職についての書き込みがあったので、、、、
私の場合は1種2級なので結構聞こえてない方だと思います。
現在大学4年生で、春からは電機メーカーに就職です。
私の場合は、工学部だということもあって、大学から学部推薦をもらえたのでそれで就職
しました。障害者手帳がある場合、企業の障害者採用枠の対象になるので、比較的大企業
でも入りやすいと思います。
違う大学ですが、同じ工学部の学生さんも会社は違いますが、電機メーカーに就職されました。
まだ働いてはいないので、耳の聞こえがどう影響するかは私は全くわかりません。
でも、できないことはできない、できることはできる、と、きちんと伝えることが、
とても大切なことだというのは、今までのアルバイトの経験などから分かっているので
何とか頑張っていきたいと思います。
もともとこの不況でも私の学科は就職内定率ほぼ100%なので、(といっても半分は院進学ですが)
半導体・電機メーカー系はある程度景気はほかの分野よりはましなのではないでしょうか。
ちなみに、聴覚障害者なので、やっぱり就職に不安があって、自分の母校は遠くて相談に
行けないので、近くの聾学校に相談に行きましたが、全然相談に乗っていただけなくて
どうしたらいいのか困った経験があります。職業安定所でも学校に相談してくださいね、と
言われ、取り付くしまもなく、仕方なく適当に選んで、大学から推薦してもらったのでした。
一発目で入れたからよかったものの、相談相手がいないと言うのは大変でした。
やっぱり情報というのは大切だと思います。。。。
こんにちは! 数日前はパニックに陥っていたのに、今はつきものが取れたように
すっかり落ち着きを取り戻せた私です。いろいろな可能性を信じて 当面 ミックス型で
行こうと 早速 がんばっています!(頑張りすぎない様に それなりに 頑張っています)
ととさんのおっしゃる通り 先生に「せっかく口形のついたキューサインなんだから もっと
発音をしてほしい」と 何度もお願いしたんですけど・・・「先生の数が足りないのは
私達にもどうしようもないし・・・県へ直談判してもらわないと・・・」という頼りない返事
その上「私達のやり方に 意見されても もう10年もこのやり方でしていますから そう簡単に
やり方を変えるのは無理です!」と断言されてしまいました。「じゃあ 私たちママに発音指導
の方法を教えて下さい!」と言っても 「なかなか時間が無くて・・・」という返事・・・
その上、何かにつけて「私達は商売だから・・・結局はママ次第」ですって・・・(そんなこと
をいうのはひとりの先生だけですが・・・)
なんか・・・先生不信になってしまいました。
こうなったら 少しでも早くに 転校させるしかない!でも、いきなり口話法の学校ってのは
無理だろうし・・・と 困っている時に このHPを発見したんです!
なんか このHPのみなさんに私は 救われた感じです・・・同じ学校に通うママ達へも
このHPを紹介したいと思います!
早速 今日から また 学校が始まりました!
仕事上の電話にいつも不安がつきまとい、電話が終わった後でいつも「先程のお話はこういう
ことだったですよね」と、確認のFAXを入れているという話も聞いたことがあります。
これを「よく工夫している」と褒め讃える向きもありますが、本人にとっては(相手にとって
も)かなり面倒なことだろう。
要するに、補聴機器の活用や工夫をすれば改善できるところもあるが、場面によっては現実的
でなかったり、努力や我慢を強いられるといったところでしょうか。
まさにその通りですが、我慢を強いられると考えるより、創意工夫に満ちた人生を歩んでいると
考えた方がいいです。やけくそです。(別にいい子ちゃんするわけではないけど。少数派という
ものは、常にそういうもんです。手話であろうと、口話であろうと、どうやって局面を打開する
か、いろんな発想ができて、実行に移す事ができるかどうか。そのためには、いろんな人と話を
する機会を得る事が大切です。)
蛇足(愚痴かも)ですが、就職に際して、障害者手帳を持たない難聴者は、健聴者と同じ
土俵で競争しなければならない。小さいうちは、程度が軽くて(聞こえて)いいじゃない
と言われていても、最後は一番厳しいと思っているのは、私たちの甘えでしょうか、
認識不足でしょうか?。
まったく、その通りです。聞こえに不自由な耳があるのに、健聴者並に手加減されない状況って
ものはもう大変です。たとえば、電話一つをとっても、企業の場合、クレームがつく事がありま
す。それって健聴者には、日常茶飯事ですね。耳が聞こえないという事で免除されていれば、
そういうクレームと直面しないで済みますが、電話がなまじできると、直面する事になります。
しかも、聞き違いが生じれば、さらに、クレームが拡大する事もあるわけです。障害が軽くても、
精神的には健聴者以上にタフにならざるを得ないこともあるのです。だから、健聴者並に一人で
何もかもバリバリ責任を持ってやることが、「完全参加と平等」というのであれば、尻込みした
くなります。
手話で教育する考えの延長として、手話を主な言語として生活できるためには、どんな社会を
具体的に実現させるかの視点も欠かせないと思います。
口話ができた方がいいと考えてしまう方も、いらっしゃるかも知れませんが、中途半端に口話
ができても、いまの社会状況では、非常にしんどいものがあります。ますます、口話を要求する
事が強くなる社会ではなく、いろんなコミニケーションがとれる社会になんとか変えていく事が、
結局、健聴者のためにもなるのだという考え方を基本的に広めて欲しいと思います。
(話がとびすぎてるな…突っ込まれそう)
蛇足ですが、私自身の就職について
はっきり言って、親のコネです。大学就職課で大手の商社の求人があり、親に話した所、
コネがあり、アタックしてもらいました。事実上の内定をもらいました。
一応、大学での成績(優が40以上)・英文タイプ・簿記三級の資格取得済と三つの条件も
有利には働きました。ただ、持病があり、それが悪化したため、最終的には、行きませんでした。
半年位、体を休めて、やっぱりコネで専門商社に入りました。やはり、資格がものを言ったと
思います。電話はとらないという条件をのんでもらいました。
結婚してからは、ダンナの仕事を手伝ってました。今は、一応、パソコン関係で自営してます。
(会社勤めの方がいいです。)一応、何らかの資格を持ったほうがいいと思います。
ただ、どんな資格がいいのかは、時代によって違うので、今はなんとも言えませんが。
ちなみに当時は障害者手帳はもらってませんでした。(もらえる資格はあったけど、親が要ら
ないと判断したため。自分で申請してとっちゃいました。2種6級だったけど、何のメリットも
ないので、2種4級にしてもらいました。聴力も、80dB前後なので、診断書を書いてもらうのには、
別に困らなかったです。1種3級だったら、すっごくいろんな面で有利なんですけど。幼稚部時代
だったら、とれてたかも知れない…。語音明瞭度が50%以下でしたし。現実的な側面も一応考え
ておいた方がいいと思いますが…。これ以上、書けませんが、でもね…。やっぱりね。と言葉を
濁しておきます。)
聴覚が65dBなら、なんとかして、2種6級の手帳をもらえないものでしょうか。(あと、5dB…)
今は親御さんの元で暮らしているので、必要ないでしょうが、大人になるといろいろと費用が
かかります。補聴器・Fax・文字放送チューナーの助成金がもらえるし、交通費が半額という
のも、助かるものです。2種4級ならば、住んでいる地域によっては、公共交通の乗車費の無料
券をもらえますが…。
就職に関して
地方公共団体の職員の障害者枠の試験があります(地域差がある)。障害者手帳の有無を聞か
れるかどうかはわかりませんが、あった方が無難でしょう。ちなみに大学卒は、試験を受けら
れません。大学卒の場合、一般上級試験で健聴者と互角に試験を受けることになります。
(専門職を除いては、経済学部・法学部が有利です。試験問題の関係で。)
ただし、収入の事を考えると、大学卒が有利とは、あんまり言えないです。
20年前、障害者枠での聴覚障害者採用当初は、ろう学校卒から採用されてましたが、
しばらくして、難聴学級出身者を重く見るようになったそうです。
理由は、口話で対応できる・一般社会常識を良く知っているからだという事ですが、
真実かどうかはわかりません。よくできる子供の層が単にろう学校から難聴学級へ
移ったからかも知れません。一般社会常識と言っても、しっかりした家庭なら
どこでもやっている当たり前の事だと思いますし。
障害者枠での就職…障害者と言っても、内部障害者(心臓・腎臓)も含まれてます。
地元でも、面接が行われているのですが、ろう者の中途採用は厳しいようです。そして、
口話で対応できる障害者を求めているのが、企業の現実でしょう。
(掃除でも、口話ができる人が要ると言われたそうです。…何故なら、道を聞かれたりする時
対応できる人が必要…というトホホなものです。又、昨今の厳しい状況では、障害者を一人
雇う前に健聴者を一人クビにするのだそうです。だから、健聴者をクビにしても、採用甲斐が
ある人を求める。)
とはいうものの、ろう学校関係者の方から聞いた話ですが、小学2〜3年生程度の日本語能力しか
ないが、一応、準デフ・ファミリー(親戚にろう者が多く、手話で活発に話ができる)で育って
いて、人慣れしているのが、面接で有利になって採用され、インテ組でUターンして、ろう学校
高等部に入った人・日本語能力は申し分ない、しかし、自己主張が弱いため、面接で不利に
なって採用されなかったという例もあるそうです。(新卒の例です。)
就職に関しては、個人差・地域差もあり、裏の情報もいろいろあると思います。できるだけ、多
くの人と接触して、情報を集めておいた方がいいでしょう。コネの問題もあるし。(公務員試験
でも、案外あるようです。ここには書かないので、情報を地元で集める事をお勧めします。)
<書き込もうとしたら、ちひねこさんが来てた、ちひねこさんはキューを上手く使って来た
<んですよね。 こんな場合もあるので、やはり多くの話しを聞いて下さい。
(ととさん)
この点についてもう少し書かせて下さい。
確かに、私はキューを上手く使ってきたかもしれませんが、それは私と同じクラスの子もそ
うでした。また、私の後輩を見ても、ほとんどの人がなんとか発語できるようですし、文章
力も付いている人が多いです。もちろん、手話のほうが言葉が滑らかですが。バイリンガル
の十歩手前という感じですね。
私達を担当していた先生が文字どおりろう教育に関するベテランの先生でした。発音指導も
他の先生よりは上手かったですし、でも、「絶対しゃべれるようにしなくてはいけない」と
いう人ではありませんでした。それよりは、言葉の存在を子供にあった方法で教えようとす
るほうでしたね。言葉を獲得できるのなら、絵でも、写真でも、簡単な手話でも、なんでも
いいのです。発音のうまさにはこだわっていませんでした。他のクラスのほうがこだわって
いて、言葉の獲得がなおざりになっている感は否めませんでした。
子供達には多くのことを要求しなかったかわりに、親にたくさん勉強させたと聞いていま
す。「子供とたくさんお話しして、その話した内容を毎日日記として書いてくること」だっ
たそうです。結果的には子供とコミュニケーションをとることになり、子供も話す力が付い
たと思います。また、子供の能力を先生も把握できたのではないかなと今では思っています。
私はというと、そういうことを毎日やっていたにも関わらず、嫌だと思ったことはないです。
勉強だと思っていなかったからです。
「普通の親だったら途中で投げ出してしまうかもしれないのに、このクラスのお母さん達は
毎日欠かさずに3年間ずっと日記を付けてくれて逆に私がびっくりしてしまいました」とあ
とで先生が話してくれました。もっと驚いたのは、先生もその日記を20年近くたった今でも
保管していたことですが。
母も、「あの先生が教えてくれたからみんなここまで伸びた。先生が担当した子供達って、
何かが違うところがある。先輩達を見ていても分かるもの」といっているくらいです。
ちなみにその先生は校長先生とは仲が悪かったそうです。教育方針に合わなかったんです
ね。だけど、ちゃんと実績があったからみんなからは一目置かれていました。
というわけで、幼稚部時代にもう「恩師」と言えるべき先生に出会ったのは私達の幸運だと
思っています。今でも会いに行っています。遠いところにすんでいるのでなかなかお会いで
きないでいるんですが。
昔は、ろう学校の先生は簡単に異動はしなかったと思います。幼稚部でも、最低3年は連続
して受け持っていたと思います。ところが、最近は2年くらいで異動されてしまうという話
を聞いています。校長先生もあまりろう教育に理解がない人が就任してしまったりとか・・・
(これは昔からあるのかもしれないけど)ここら辺にもう、大きな問題があると思っています。
参考になるかどうか分かりませんが、昔はこういう先生もいましたよ、ということで・・・・
早速お返事くださりありがとうございます。
龍の子学園にできたら連絡してみようと思います。
ただ、現在まだFAXが我が家にない状態なので聴覚に障害を持っておられる方と
うまくコミュニケーションがとれません。今後なるべく早く導入して連絡をしてみようと思い
ます。
ろう学校についですが、ととさんやメエメエ山羊さんなど問題意識を持った方が多くいるのに
どうして改善されないのでしょうか??いろいろな方の意見をきくにつけ、ろう学校の対応の
遅さに腹立たしく思えてなりません。
なんとか改善して欲しいと願うのですが、そのための働きかけのようなことはできないもので
しょうか?
マスコミに取り上げてもらうなりどこかに陳情するなりができると良いのですが..。
手話については現在本を何冊かかって勉強するとともに日立製手話ソフト注文をしているところ
です。 あと、会社の聴覚に障害をもった方にも相談してみようと思っております。
ただ、同じような聴覚障害のある幼児をお持ちのお母さんと出会うことができません。
家内に何とか楽しく育児をして欲しいと思っているため仲間がいると良いのですが..。
これからも是非いろいろと教えてください。
私たち夫婦の一番の悩みは、子供たちの将来(就職)についてです。
中学・高校・大学は、それなりになんとかなると思っていますが、就職については、大きな不安
があります。
障害者手帳を持たない難聴者に対して、企業就職に対するハンディがどの程度あるのか。書類審
査で落ちるのか(試験のチャンスもない)、試験は受けることができても結果的に受からないの
か(私が経営者なら障害者手帳を持たない難聴者をあえて取る必要性を感じない)、等いろいろ
疑問があります。
なにしろ、このような立場の方々がどうしているのかわからない。どのような仕事をされている
のでしょうか?。具体的な例など、ご存知の方があれば教えてください。
蛇足(愚痴かも)ですが、就職に際して、障害者手帳を持たない難聴者は、健聴者と同じ土俵で
競争しなければならない。小さいうちは、程度が軽くて(聞こえて)いいじゃないと言われてい
ても、最後は一番厳しいと思っているのは、私たちの甘えでしょうか、認識不足でしょうか?。
ということで、週末まで「ROM」です。
こるねりおさんとメエメエ山羊さんへ
「70dB位の人の口話の限界」について、私も最近感じているところがあります。
(過去の書き込みと重複するところがあるかもしれませんが…。)
正確な我が子の聴力は、
上の子・・R60、L65(四分法)、高音急墜型感音性難聴
下の子・・R65、L75(四分法)、高音急墜型感音性難聴
で、障害者手帳はありません。
上の子は、発見前(単に親のボケで発見が遅れただけですが)は発音に幼児語が残っていました
がほぼ正常(サ行等以外)で、年齢とともに正確な発音ができるようになりました(文字を覚え
たからでしょう、聞き損じは今でも多くあります)。
下の子は、発見前にはほとんど言語獲得はありませんでした(3歳後半)。補聴器を付け始めて
からは、目覚しく言語を獲得してきましたが、発音は、まだまだ健聴者のようにはいきません。
で、上の子は、学校でFM補聴器を使用しており、通常の授業は先生の声が良く入り(と本人が
言っている)、それなりにうまくいっているのかなと思っていました。(長い前段でした)
ある日、子供が給食を食べるのがグループで一番早い、という話題がでました。なんでも一番は
いいことかもしれないが、友達と話しをしたりしてゆっくり食べるのがいいのでは、と聞いたら、
友達の話しが聞けない(聞き取れない)から、食べるのに専念しているとのこと。詳しく聞いて
みると、1対1での話はよく分かるが、みんなで話をするとよくわからないようです。
上の子でさえこのような状況では、下の子がこのまま口話だけで将来コミュニケーションがしっ
かり取れていけるのだろうかと最近感じています。(メエメエ・・さんに下の子の教育で相談し
た時(3年程前)には、「この程度であれば、補聴器をつければ何も問題ありませんよ。どんど
ん言葉を獲得していきますよ。」ということだったので、「口話の限界」の書き込みにはちょっ
とびっくりしました。まあ、今ならともかく、当時の私たちにそんなことを言っても戸惑うだけ
と判断されたのだと思っています)
ということで、今までは自分たちの子には手話は必要ないと思っていましたが、将来のために少
しずつ手話も勉強していこうと思っています(将来手話を使うかは本人たちの判断ですが・・。
妻が大昔にちょっと手話を勉強したので、ちょっと楽かな?)。
もう、賞味期限切れかもしれませんが、
「新年あけましておめでとうございます」
週末参加のドラゴンズふぁんです。
年末年始は、実家へ帰郷し、「おせち&お神酒」を連日続け、
からだじゅうしっかりアルコール消毒をしてきました。
今年も週末参加を続けさせていただきますので、みなさん
よろしくお願いします。
ようこそ、オアシスさん。
私が、手話、手話、と言いながら、その手話を積極的に取り入れている聾学校が余りにも
少ない現実があります。 無責任なようですが、それが現実です。 ですから、今は親が
積極的に手話を取り入れるしか方法がないのが実情です。 メエメエ山羊さんの言うと通
り、東京ならば、たつのこ学園に行ってみて相談するのが一番かもしれません。 あと、
今回行かれた聾学校でも、教師によって考え方が違いますから、全部の教師が手話に反対
とは限りません。その辺はTC研(http://www.deaf.or.jp/tc/)辺りに相談すると良い
かもしれません。 他には、ここに来てくれているtama&サトさんが近くですね。
よろしかったら、登場して下さい。 ―>tama&サトさんよろしく
DMでやり取りしても良いかもしれません。
ともあれ、まだ8ヶ月、これからです。あわてず、じっくりと、まずは情報収集をして下
さい。 たつのこ学園の連絡先はDMします。
メエメエ山羊さんから、噛み付かれた・・・
キューサインを薦めないのは、あくまで私個人の考えです。 他にも色んな考えがあり
ますので、ひとつの参考として読んで下さい。
私としては、聞こえない子をもった親が、もっとろう教育について勉強してもらいたい
と思っています。 教師がする指導に対し、疑問が出てくる事は多々あると思います。
そこで、もし教育に関する情報源が教師からのみだと、言い方は悪いですが、教師の
言いなりになってしまいます。 そこで、色んな方面から情報を仕入れていれば、教師
とある程度の議論ができます。 その議論の末、納得の行く教育法に少しでも近づく事
が出来れば良いと思います。
この場合ですと、キューについての知識を持ってもらいたいのです。むーちゃんの書き
込みを読むと、その学校は、キューの使い方をどう理解しているのか、疑問です。
発音訓練をせずに、キューだけだと、絶対に指文字の方が有利です。 そんな、議論を
教師と親とでしてもらいたいのです。
メエメエ山羊さんが言われるように、キューの指だけみて、口元を見ないと言う事を
私は知りませんでした。 と言う事は、口話で殆ど母音のみで音声言語を聞き分けて
いるのと同じ様に、キューの手形で子音のみでことばを判断している現象が起きるの
ですね。 それなら、益々、指文字の方が有利ですね。 結局、キューって、音声言語
に拘って、それを捨てきれず、かと言って、音声言語のみでは理解できないので、
どうするか? から出て来ていますよね。 また、同じ教室に耳を使う子と、使えない
子がいた場合の、良い言い訳にもなってますよね。 何か中途半端な道具で私個人と
しては、どうも・・・。 昔、ずーっとキューでやって来て、あまり効果が上がらず、
手話を使って変わってきた経験があるものですから。 でも、これはしょうちゃんの
場合であり、他の人は違うかもしれません。
メエメエ山羊さんが言うように、今のむーちゃんにこんな事を言うのは酷だったのかも
しれません。ーー 反省ーー
書き込もうとしたら、ちひねこさんが来てた、ちひねこさんはキューを上手く使って来た
んですよね。 こんな場合もあるので、やはり多くの話しを聞いて下さい。
キュードサインについては、私は条件的には賛成なんです。
賛成する条件は、「いずれは手話という言語を身につけられる環境が保障されていること」
です。例えば、お風呂という手話を表し、子供が分からなかったらキューで表して「あ、こ
れはお風呂という言葉なのか」と認識させるといった具合です。ですが、これはネィティブ
サイナー(手話を母国語として使う人)のデフファミリーに限られるかもしれません。
さて、私自身のキューの効果については・・・
確かに、ありました。たぶん、キューはろう学校によって異なった形だとは思いますが、う
ちの学校の場合、あ・い・う・え・おは全て同じ手の動きなんです。ちょっと混乱するかも
しれませんが、あ行の場合は手を胸の真ん中に押してそれから前方に離す形です。(手話の
形で言うと「不満」の表現に似ています。)か行の場合は顎の下、喉仏の近くで「嫌い」と
いう手話に似た形の手の動きをします。こんな具合に行ごとにサインの形が決まっていて、
子音は口の形で見分けるというやり方でした。
キューなしの読話では私でも限界があります。今でも母と話が通じないときはキューを使う
ときがあります。これは母と私だけが使えるコミュニケーションで、他の人には全く使えま
せん。でも、キューなしよりはあった方がいいという感覚でした。
日本語を獲得するという概念は小さい子供には当然ないと思います。
じゃぁ、なんで使うのか。簡単です。仲間とコミュニケーションをとるためには必要だから
です。友達とおしゃべりするとき、キューがあると確実に通じるから。
キューの時は確かに口の形と、話の流れで判断していました。大抵のろう者は聴者よりは読
話が出来ていると思います。そこに手話がつけば話がかなり通じます。
むーちゃんさんへ。今の娘さんに必要なのは日本語の獲得ではなくて、友達とのコミュニ
ケーションです。友達と話しているときくらいは何も考えずキューでおしゃべりしたいので
はないでしょうか?それでも日本語を獲得したかったら、写真とか、絵とかを使って教える
方法もあると思います。お風呂の例と同じです。キューを上手く使って、単語やものの名前
などを教える方法もあるんじゃないでしょうか?完璧に出来るわけではないかもしれません
が、やらないよりは、ダメもとで試してみたらいかがでしょう。ひらがなが読めないとのこ
とですが、私の場合、家のあちこちに「47音表」が張ってありましたねぇ・・・「世界地図
(民族の絵入り)」や「四季の動物や行事」なんてのも張ってありました。絵入りの単語本
もいっぱいあった。全部絵だったので、視覚的な情報が入ったんです。聞こえない子供に
やっぱり必要なのは視覚情報だと思います。ですから、手話は視覚言語なんですよね、やはり。
そういう小さいころに使った単語本とか、まだ実家にたくさん残っています。もし、良かっ
たらおゆずりしようかなぁ・・・と思っていますので、興味ある方はDM下さい。
あぁ、キューサインについてだとどうしても鼻息荒くなってしまう。
長文で失礼しました。
こるねりおさんにお答えしますが、
やはり「多人数の会話についていけない」というのをよく聞きます。
指向性マイクロフォンの耳掛け補聴器を使っても、呑み会なんかの場では限界があるようです。
FMマイクを回して喋ってもらうと、同時に多人数が喋らないから分かりやすいという話を聞
いたこともありますが、会議の時なんかはそれが出来ても、呑み会なんかの席ではそんなこと
は出来ないだろう。
仕事上の電話にいつも不安がつきまとい、電話が終わった後でいつも「先程のお話はこういう
ことだったですよね」と、確認のFAXを入れているという話も聞いたことがあります。
これを「よく工夫している」と褒め讃える向きもありますが、本人にとっては(相手にとって
も)かなり面倒なことだろう。
要するに、補聴機器の活用や工夫をすれば改善できるところもあるが、場面によっては現実的
でなかったり、努力や我慢を強いられるといったところでしょうか。
むしろ、こるねりおさんの書き込みで、私も勉強になりました。
特に「(聞き取れなかったことの)説明を受けても、語られた背景が分からないから、よく
理解できない」というところ。成る程ねえ。「なになに?」って聞いて、親切に説明してくれ
る人がいても、その説明は必ず「要約」ですからねえ。
こんにちは!!ひさしぶりの書き込みです!!遅ればせながら今年もどうぞよろしくお願い
します!!
日本にもどってきて何をどこから始めたらいいのかわからない状態ですが、まずは色々な
人達とお会いしていこうかと思っています。
私は都内在住です。ろう教育に携わりたいのですが、学校という中だけでなく親御さんと
お子さんが本当に必要としていることの何かをやりたいと思っています。
メエメエ山羊先生のおっしゃるような日曜教室か放課後に子供達が集まるような場所など
できたらいいなと夢を描いています。
ここの掲示板で親御さん達のお話がきけるので大変参考になります。
何もない私がなにができるかわかりませんが、がんばりたいとおもいます。
みなさんよろしくおねがいします!!
先生 質問があります。
>聴力が70dB位で、電話が使える人だって「口話の限界」
を訴えますね。
「70dBの聴覚障害者(児)の場合の「口話の限界」とは
具体的にはどんな訴えを耳にされますか。
私がちょうどそのくらいです。
他の人の受け止め方を知ってみたい。
「口話の限界」って、三つくらいの面から感じとれますが。
社会生活上補聴器頼みでも感音性難聴では対面の声以外は内容を聞き取れない。
フィッティングでどこまでカバーできるのか、と時々気になりますが。
話を聞くという面から限界を感じる。
そこから派生することですが、話題に対する理解が行き届かなくなる。
口話だけで育つ子はいろいろな社会でばりばり行動できない、と言い切るのは
断定し過ぎかもしれないけれども、社会の中での行動力を高めるには口話だけでは問題
ある。手話もまだまだマイナーです。職場で手話だけで通じるところがありますか。手話肯定者
ですが。
コミュニケーションの面から困難がつきまとう。
仮に話されたことをたまたま説明されても、そのことがどういうことか健聴者のように
理解できない。
話題には語られるべき背景があり、それは上辺の辞書で意味を調べるような具合にいかない。
ことばの理解という側面で問題がつきまとう。
メエメエ山羊先生が耳にされていることを教えてください。
都内で、早期から手話を使っている聾学校ねえ。
足立ろう学校しかないですねえ。 だから、親が「小さいときから手話を」と考えた場合、
“大変”なことになります。ずいぶん前ですが、新潟県の方が、お父さんが仕事を辞めてまで
東京へ転居され、足立ろう学校へ入られた例があります。 最近も、近県からいわゆる
“越境入学”で足立に入られたケ−スがありました。お子さんは、遠い距離を通学してみえます。
早期から手話を使っている聾学校は、増えてきているとはいえまだまだ少ないですから、
「手話を使って欲しいんだけど」と思いながら、地元の口話法の聾学校に「仕方なく」通って
いる親御さんも多いようです。
その場合は、オアシスさんも考えてみえるように、家庭では親御さんが手話を覚えて使っていく
わけですね。当然子どもは、学校でも手が動くようになります。 そのお子さんに対して
「口話で」対応してくれる先生がいたらまだマシな方で、無視または親に文句を言う先生すら
いるのが現状ですねえ。 特に東京は、足立を除くと口話思想でガチガチの聾学校ばかりです
から・・・。筑波付属の幼稚部は最近両親聾のお子さんが増えて、「手話はダメ」とは言えなく
なってきているようですが。 あっ、同年齢か少し上のお子さんで、両親聾のお子さんが2名
以上いるっていう学校を探してみるのもひとつの手かも知れません。学校の方針に関わらず、
子どもは「手話っている」わけですから(ただし例外あり。聾のご両親にも、様々)。
12月に「龍の子学園」(聾者によるフリ−スク−ル)の見学に行ったんですが、
「仕方なく地元の聾学校に通わせて」または「仕方なくインテさせて」、月に一回「龍の子学園」
へ通っているという親子がたくさん来ていました。 オアシスさん、一度ここへ行ってみるのも
いいかも知れません。いろんな情報が得られると思います。今のところ、毎月第4土曜日に都内
の場所を変えながら開いています。私も、今月また見学に行くつもりです。どこでやるんだろう?
分かり次第、何なら連絡いたしますが。
手話を習得する方法ね。これも大変ですよ〜、ひとつの新しい言語を習得するのと同じことです
から。でも、頑張りましょう。私も50歳を過ぎても、少しでも上手くなりたいと思っています。
先ずは地域の手話サ−クルへ通われるのが、普通の道筋か。どんなサ−クルがどこでやっている
か、社会福祉協議会あたりに問い合わせば分かると思います。