はじめて書き込みさせていただきます。
昨年暮れにわが子が聴覚に障害があると診断された東京都大田区在住の父親です。
最初に診断された際本当に落ち込みましたが、今は現実を受け止めて
自分が何をしなくてはならないかを考えているところです。
子どもは8ヶ月の男の子で、脳波の検査で90dB以上と診断されました。
いろいろと考える上であちこちのHPで検索をしていた際昨年このページを見つけ、
ととさんにもメールにていくつかアドバイスをいただきました。(ありがとうございました)
私自身ととさんが言われていますように手話による幼児教育の必要性を感じ手話を勉強しつつ
日常生活では手話もどき(まだほとんどわかりません)で子どもと接しようとしております。
先日医師の紹介で自宅に一番近いろう学校に行ってきました。
私としては当然手話を教えてくれるものと思っていたのですが、
そこでは中学にならないと教えないと聞き大変ショックを受けました。
また、その方には東京都のろう学校の幼児教育で手話を教えているのは
1校だけだと言っておられました。しかしその場所が自宅からは多少遠く困っております。
また、親である私と家内が一刻も早く手話を修得しなくてはならないのですが、
近所の聴覚に障害を持ったかたを知りません。
どなたか都内で手話を教えてくださる、或いは否定しないろう学校や
私たちが手話を修得する良い方法等でアドバイスくださるかたがありましたらお願いいたします。
まず、「ヴェルボトナル法」ですが、
Verbo-tonal Method 言調聴覚法 と訳されています。この方法の提唱者はユ−ゴスラビア、
ザグレブ大学のペタル・グベリナ教授。日本では、上智大学のクロ−ド・ロベルジュが70年
代に紹介しました。今でも毎年、上智大学で講習会が開かれています。
難しい理論は置いといて、発声・発語させるときに、音に適した身体運動を伴わせると、より
スム−ズに発声ができるというものです。例えば「パ」の時は、胸の前で握ったグ−をパッと
開きながら腕を前に伸ばす。「マ」の時は、右手を左肩から右下に伸ばして振り下ろす、とい
った方法です。
基礎理論は、発音サイン(キュ−サインをこう呼ぶことがある)より深いものがありますが、
教育実践の場では、まあ似たような方法になるのでしょうか。わが国の聴覚障害児教育の場で
は、余り普及していませんね。初期の発声誘導には効果があるかも知れませんが、コミュニケ
−ションには役に立たないでしょう。(上智大学に叱られる?)
さて、むーちゃん、
「口話も、キュ−も、手話も」といいながら、やっぱり「私次第では、口話も出来るようにな
るでしょうか?」なんですよね。非難しているわけではありませんよ。出来れば口話が出来る
ようになって欲しいと思うのは、親の当然の心情です。「手話、手話」って叫んでいる私だっ
て、補聴器フィッティングを一生懸命やっています。聴覚でも発音でも、伸びる要素があるん
だったら伸ばせばいい。
聴覚口話の伸ばし方は、12/11の私の投稿を参考にしてください。
「毎日の決まった場面で、繰り返し使われることば」は、まず口だけで言ってみて、
通じていないようだったらもう一度キュ−を付けて言う、という方法があります。
聴覚も発音も、5歳を過ぎる頃までは、「訓練」というよりも日常のコミュニケ−ショ
ンの中で伸ばしていくのが鉄則です。
でもね、聴覚口話だけに価値を置いて血道をあげるのは、取り返しがつかないことになってし
まう場合があります。いや、現実はこういうケ−スの方が多い。
キンタさんは、「子ども達が大きくなったとき、社会の中で手話のみではコミュニケ−ション
がはかれないだろうことは明らかだと思う」と述べてみえますが、これも確かに真実の一面で
はあれ、「子ども達が大きくなったとき、社会の中で口話のみではコミュニケ−ションがはか
れない」こともまた、真実です。聴力が70dB位で、電話が使える人だって「口話の限界」
を訴えますね。
だから「このままじゃあもったいない。この子は喋りたいんだよ」なんて、教祖様の御宣託み
たいな言い方で親を騙そうとするヤツは、詐欺師以外の何者でもないとボクは思う。
「このままじゃあもったいない。この子は手話りたいんだよ」が、ほとんどの高度難聴児にと
って当たっている。だって、手話こそ高度難聴児が100%アクセスできる言語ですから。
次にととさんへ、 別に突っかかる訳じゃあないんですが、
否!今回はちょっと突っかかりますが!
「キュ−サインは、聴覚口話法の補助手段」確かに正しいです。教師はそう思っています。
でも、子どもが日本語の音韻の存在に気づくまでは、子どもは口を見ずにキュ−サインだけで
意味を読みとっている場合も多いです。教師は日本語を発信しているつもりなのに、子どもは
それを一種の手話みたいなものとして読みとっている!皮肉なことに。 獲得語彙数が少ない
幼稚部の間は(このこと自体問題なのですが)これで結構通じるんです。この意味で、キュ−
もやらないよりはやった方がいいと思います。でも、キュ−サインと口型を併せて読みとり、
それを日本語の音韻として理解できるようになる子は、少なくとも全員ではありません。だか
ら「こんなに一生懸命キュ−サイン=日本語を使ってやっているのに、子ども達はなかなか日
本語を覚えない」と教師が嘆くことになるのです。ここでは、確かに指文字の方が圧倒的に有
利ですよね。
確かに「聴覚口話法も地に落ちた」現状があります。
キュ−も「社会に出たときに役に立たない道具」です。
でも、むーちゃんにそんなことを言って何になりますか?
明後日から、またその聾学校へ行かなければならないんですよ。
おはようございます。朝 早速HPを開いて なんだか感激です。
みなさんが こんなに本気なって アドバイスをくださるなんて・・・
(聾学校の先生に相談したら 発音?そんなこと悩んでいる間にも
子供に名詞の名前を1つでも多く教えてあげて下さい!と怒られてしまうのに)
そして 何度もメエメエ山羊先生 ととさん キンタさんのアドバイス
HPのメッセージを読み返しました。
なにより 私が今出来る事は 落ち着くこと。情報をたくさん収集して
娘にあったやり方を 自分なりにチョイスして作り出していくことなんですね。
どんな方法にも メリット デメリットがあり、子供にも向き 不向きがある
んですものね・・・
この数ヶ月 私は本当に焦っていました。口話法を始めるのに4歳っていうのは
遅すぎる とある塾では断られ、4歳なのにひらがなも読めないの?だれちゃんは
もうとっくに読めるよ とクラスの先生には比較され(キューサインのための口形文字で
精一杯なのに)だんなにも ? されるくらいでした・・・
でも みなさんのおかげで 落ち着きをとりもどせました。本当にありがとうございました。
ところで 早速ですが・・・私の情報収集におつきあいください!
「ヴェルボトナル法」ってなんですか?
施設のショ−トステイですか。それはいいですね。出来ればの話ですが、週1くらいのペ−ス
で施設の子どもたちと遊べる機会が作れるといいですね。子どもの言語獲得能力には“すごい”
ものがあって、毎日その言語に接触できなくても、週1くらいでその機会が与えられると、そ
の言語を習得していけるようです。
もうひとつ、“学校の方針に反して、子どもたちに手話を習得させる方法”ですが、
「日曜教室」の様なものを企画されてはどうでしょう。「教室」といっても、公園か公民館の
ような所に幼稚部の子どもたちを集めて、遊ばせておくだけでいい。親は安全管理さえしてお
れば、あとは井戸端会議でかまわない。できれば親御さんたちが、手話も使って時々子どもた
ちに関わってやるとベタ−(そのときの「手話」は、上手、下手を問わない)。
要するに、手話を習得するためには、手話の言語モデルだけでなく、子どもたちがお互いに自
由に関わり合える場が必要です。手話の言語モデルが乏しければ、ますますそのような場が必
要になります。そのような場で、子どもたちは、お互いの関わり合いの中から手話を「生み出
していく」ことが出来るのです。
三重の幼稚部の子どもたちが先生以上に手話が上手なのは、先生たちが教室で手話を使ってい
ることも勿論ありますが、放課後の子どもたち同士の自由な関わり合いの中で、手話が洗練さ
れていっているのだと思います。幼稚部は2時前には放課になるのですが、子どもたちは毎日
3時過ぎまで自由に遊んでいきます。
大分聾はどうなのかな? 幼稚部の子どもたちが、先生の干渉のないところで自由に遊べる時
間は、毎日保障されていますか? そうでない場合は、是非「日曜教室」みたいなものを考え
てみて下さい。最初は月1回のベ−スぐらいから。幼稚部の子どもたちが全員集まらなくても
いいじゃないですか。
「PTAがまとまって、学校や県教委に要望を出す」のも是非やって欲しいのですが、娘さん
が幼稚部にいる間に即効性のある効果が出るとも思えません。親の手で、上記したような場を
作っていくこと、そして、親自身が少しでも手話を上達していくこと、まずこれが先決だと思
います。本当にやる気があるのならネ。親のこういう動きの中で培われた組織力こそが、県教
委や学校を動かしていくパワ−にもなると思います。
はじめまして。むーちゃん。
いろいろ手探りの状態、ととさんではないですが私も子供が4〜5才の頃を思い出しました。
年末の大掃除の時に、幼稚部時代に学校にへばりついてメモっていた大学ノートが山のように
出てきまして、しばし昔にタイムスリップしたモノです。
…といっても、今は9才の壁を何とか打破すべく暗中模索は続いていますが…
キューサインを指文字のように使って指導を行う学校のことを
以前何かのレポートで聞いたことがあるような気がしますが
その時私は「?!?!」状態でした。内心はそんなバカな…と思ったのですが。(大声では言えない(^^ゞ)
私感を述べさせていただくと、子ども達が大きくなったとき社会の中で手話のみでは
コミュニケーションがはかれないだろう事は明らかだと思います。
そのために、私は聴覚読話(口話ではない)技術は、やはり日々磨いていく必要があると思うのです。
その場合キューサインは的確な補助手段になるのでは…と考えます。
我が家では、聴覚読話能力を鍛えるため、
日常では手話と指文字(キューも)プラス音声でコミュニケーションを取ります。
24時間のコミュニケーションのすべてを一つの手段に絞ることはないと思います。
環境が整えば、聴覚が最大限生かせることもありますし、
リラックスしたおしゃべり時にまで、教育的姿勢で臨むこともないと思います。
口話か、キューか(結局二つは相関関係があるのですが)悩む前に、子供の現状を見ながら
色々な方法のいいとこ取りをしてみてはいかがでしょうか?
教育の現場というのは、その子の日常のたったの数%でしかないはずです。
そう割り切れればカンタンです。振り回されることはありません。
あとは親御さんの思うように好きなように育てられたらいいと思います。
何はともあれ、大変な時期だと思います。
お互い頑張りましょう (^o^)
しょうこママのページから参りました。
東京在住の黒川と申します。
わたくしは、現在手話サークルの会員として、ろう者との関わりは10年以上になります。
手話の勉強を始めたころの、ろう者との考え方の違い、また社会においてのろう者の立場等
かなりけんかもどきの言い合いをした覚えがあります。
しかし、最近はまったくお互いに慣れすぎたのか、そして私自信がサビついたのか
こりゃ 殴られるかなみたいな事がなくなり、ぬるま湯につかっているような生活
いかんなー とおもってるこのごろです。
この掲示板を読み、改めて初心にもどりたい と思っております。
こらからも、おじゃましますので宜しくお願いいたします。
ようこそ、むーちゃん。
4,5才の頃、頑張っているのに、中々進まない言語獲得を前に、悩んでいた頃を思い出し
ます。 この頃って、みんな悩むんですよね。「自分の子には、もっと適切な教育がある
のではないか? このままで良いのか?」ってね。 むーちゃんだけではありません。
まず、少し疑問に思ったことから書きますと、キューとは、聴覚口話法の補助手段です
から、発音指導がない限り成立しません。 少なくとも母音の口径は指導している筈です。
そこで、音声で聞き取り難い子音を視覚的に補助するのがキューなのですから。
現状、多くの聾学校でキューを取り入れています。 何故だか判りますか? 多くの子が
音声情報だけの聴覚口話法で上手く行かなかったからです。 ですから視覚情報のキュー
を導入しているのです。 ここで重要なのが、子供の聴力と聴覚活用に適した子かどうか
です。聴力が軽かったり(80dB以下くらい)聴覚活用の出来る子ならば、割と短期間
で発音ができたりします。その辺をベテランの教師は見抜き、キューを使う度合いを変え
て行きます。もし、その聾学校がこんな事をせずに、一律にキューを導入して、発音指導
を全くやっていないのならば、“聴覚口話法も地に落ちた”と言わざるを得ません。
(私は決して聴覚口話推進者ではありませんが)
では、その塾の先生の発言が適切かと言うと、それも疑問です。 聾学校が十分に考慮し
た結果のキューならば、簡単にキューを止めろとは言えないはずです。 現実に、聴覚口話
では上手く行かない子が沢山いるのですから。 その辺りの説明が成されていなければ、
塾の先生の偏った考えが見えてきそうです。
私は基本的にキューは薦めません。 というのは、キューは発音や聞き取りの補助手段です
から、将来的には(その子の指導が進んで行けば)消えて無くなる道具です。 では、今
キューを導入している聾学校がその様に出来ているかと言えば、「NO」と答えるしかあり
ません。最後までキューが残ります。 で、社会に出た時、キューでコミュニケーションを
している人がいるかといえば、いません。 結局、役に立たない道具になってしまいます。
日本語を身に付ける道具と言う人もいますが、それも、私に言わせると?です。ならば
指文字の方がもっとましです。 では、なぜキューを使うのか? と再度考えると、「指導
者にとって一番楽な道具だから」との答えしか私には考えられません。 日本語がそのまま
使えますし、憶えるのに、指文字ほど苦労しませんから。 指導を受ける側(子供)のこと
を十分に考えた方法ではなく、指導しやすいからやっている、としか思えません。 もし、
将来的なビジョンを持ってキューを導入しているのならば、それはそれでいいのですが。
具体的なアドバイスは出来ないのですが、むーちゃんの子供にとって今一番大切なことを
考えて上げて下さい。 私が思うに、この頃は知的好奇心が沸いてきて多くの基礎的な
知識を身に付ける大切な時期です。 この時期なんでも良いから、親子間でコミュニケー
ションができることが、一番大切だと思います。 それが、聴覚を使った口話なのか、
キューを取り入れた口話なのか、手話なのか、は私には分かりません。 それは、お子さん
を真剣に見つめているむーちゃんが決めることです。
> あまりにも 両極端な方針に悩んでいます。
と言われましたが、私から見ると、同じ所でぐるぐる回って悩んでいるように思えます。
書き込みを読んで感じたのですが、失礼な言い方ですが、むーちゃんはまだ情報が
不足しています。 もっと色んな情報を仕入れて下さい。今子供に対しどんな教育がある
のか? その教育をした結果、どんな大人になっているのか? 聞こえない大人はどんな
考えを持っているのか? 等々です。 そんな情報を得た後に、自分の子供の教育方針を
決めて行くべきだと思います。 と言っても、むーちゃんだけが不足しているのでは無く
ほとんどの親が不足していますから、心細くならなくていいですよ。私もそうでしたから。
その情報のひとつとして、この掲示板のホームページを読んでみて下さい。メッセージ
をクリックすると、私からの情報が入っています。 そこを読むと本当に極端に違う教育
があることが分かると思います。 益々悩むとは思いますが、こんな情報も必要なのです。
そこから、むーちゃんのお子さんに適した教育法を見付けて下さい。
メエメエ山羊先生 早速のアドバイス どうもありがとうございました。
自分の娘にあったやり方を見つけるって むずかしいですね・・・
確かに キューだけでは 困るっていうのは、私の想いです。
欲張りな私は キューも使えて 口話もできて 手話もできる・・・
それがいいなあ と思ったりしています。それは 無理な話なんでしょうか?
ところで うちの娘は とても人なつっこくて 好奇心のかたまりのような子です。
TVで見たのか?駅前で親指を立てて ヒッチハイクをしちゃったり・・・学校の行き帰り
の電車の中では 必ずお友達が(赤ちゃんからお年寄りまで)できちゃったり
親の私は とにかく面白い毎日です。
発音発語の塾へは まだ2回 時間で言うと2時間しか行っていません。
それでも、「ちょうだい」「とって」「ありがとう」「ばいばい」は口話で読み取れて
言えるようにもなりました。(キューサインでこれらの言葉を覚えるのには大変だったのに・・・
ひょっとしたら キューサインで既に入っていたからこそ すぐに言えたのかな?)
塾の先生に言わせると 「このままじゃもったいない この子はしゃべりたいんだよ」って
キューも口話もって言うのは無理?もしかしたら キュー1本やりの今の学校でも
私次第(ママが教える覚悟を決めて頑張ったら)では 口話も出来るようになるでしょうか?
うち学校以外の教育法を知らない私に そんなことできるんでしょうか?
娘の通う聾学校について、実は、ととさんがとても詳しく知っています。
(去年までしょうちゃんが通ってましたから・・・)
2歳上に、両親聾の男の子がいますが、ちょっと交流はできない状況です。
学校の近くに、盲聾児の入所施設があり、少ない人数ですが、幼稚部から高等部までの子供が、
入っています。
娘と同い年の女の子も、入所してるので、去年の6月から2週間に1回ショートステイを
始めました。
始めは、女の子にくっついていて、その子が間に入ってお互いの通訳(娘と他の生徒との)を
していたそうですが、最近では、女の子と離れて、小学部や中学部の子と遊んでいるそうです。
学校では、一人だけ聾の先生がいますので、その先生をつかまえては、ちょこっと話をする
と、今は、そんな状況です。
それにしても、いくら言っても理解してもらえないと、つらいです。
聴覚口話法で頑張ってきた先生は、急に自分の方針を変えられないのかも知れませんが、
言えば言うほど、娘に対して冷たくなって、その先生には、もう何も言わないつもりです。
今まで、ほとんど活動のなかったPTAも、これからまとまって、学校や、県教委に要望を
出して行こうと思ってます。
少しずつでも、学校がいい方向に、変わるといいのですが(甘いですか)
もう少しで冬休みも終わりですね。
また、忙しい毎日が始まります。
休みだと、どうもパソコンに向かってしまいますねぇ。
プロバイダ−はケ−ブルTVに契約しているので、回線、繋ぎっぱなしでいいし…
先程なんか、インタ−ネットで“お買いもの”までしちゃいました、4万円、トホホ、
この掲示板を覗くのも、今日で3回目!
で、む−ちゃんさんの書き込みを見て、やっぱり書かなくっちゃあと…
何をかくそう、聾学校で「教育相談」担当のワタシ。
お母さん(む−ちゃん)、娘さんを、よ〜くよ〜く見てください。
娘さんはキュ−サインを必要としていますか? そんなに必要ではないようですか?
もう私が何を言いたいか、察して頂けると思います。
そう、すべて、お子さんのニ−ドから出発してください。
難聴のお子さんには、様々なタイプがあります。口話法でやっていける子、キュ−サインを
必要とする子、手話がなければ発達そのものが保障されない子、等々。
一方、塾も含めた教育機関の方には、指導についての思い入れがあって、
一方的に「こうしなさい」と決めつけた言い方をされる場合が多いと思います。それも、
違う所へ行けば、また違った言い方でね。
当然、親は混乱するわけです。
そこで、最初に戻るわけですが、どのアドバイスや情報が「正しい」のかという発想ではなく、
娘さんが何を必要としているのか、どういう方法が娘さんに合っているのか、冷静に娘さんを
見つめて欲しいのです。
その時、「お母さんのニ−ド」は、ぐっと堪えてくださいね。
「かといって、キュ−だけでは困る」のは、ひょっとして「お母さんのニ−ド」じゃ
ないですか? ひょっとして娘さんは、「キュ−がなかったら困る」のじゃないですか?
どちらのニ−ドか、その見分けは親であればますます難しいと思いますが、
親の本当の愛情が試されるのが、まずここだと思うんです。
ととさ〜ん、フォロ−をお願いしま〜す。
む−ちゃんさ〜ん、オ−プンな場で言いにくいことがあれば、DM頂いても、お返事します。
幸い、月曜日まではお休み。
もし、私に聞こえない子供が生まれたら、絶対にろう者として育てたいと思っています。
あるがままの姿で、育てようと思っています。
この発言についての補足です。
確かに、環境が整っていないと、ろう者として育てるのは難しいかもしれません。
だから、出来ることといったら子供の立場を尊重することくらいしかない。
でも、ろう学校にいっぱい生徒がいたら入れてしまうかも。
私はろう学校幼稚部にいたころ幸いにも仲間がたくさんいたから大丈夫だった。
ただし、ろう教育の大きな欠点を改善できないうちは、ろう学校にはいろうという生徒は少
ないだろうと思います。
まず、「手話は言語である」事を認識しないと、ろう教育は変わらないのではないかと思い
ます。後は「ろう者と聴者はどうしても違う立場の人」と割り切ることも必要ではないか
と。違う立場の人を同じようにしようとすること自体どうしても無理があるように思えてな
りません。
はじめまして・・・私は4歳の難聴の娘の母親です。現在 聾学校の幼稚部の1年に
所属しています。難聴=聾学校と思い込んでいた私は 何の疑いも無くその学区の
聾学校に通い始め1年がたとうとしています。
ところが、その学校 キューサインを使った教育を行っているのですが、発音発語の
指導を行う先生がいないんです!秋くらいから 慌てた私は 発音発語の塾に通い始め
ました。そこで、子供の目線が 相手のキューサインだけに行っていて 相手の口元を
みたり 自分の口元に意識をおくきになっていない!キューに頼りすぎていると指摘
されました。このまま その学校に通うのなら キューでしか会話が出来なくなる!
キューサインは悪いものではないけれど 口話の邪魔になっていると・・・
確かに 小学部の子供たちを見ているとそうなんです・・・
でも 1年間キューで単語や言葉を獲得してきたのを いきなり 口話の学校に転校
させるわけにもいかないし・・・かといって キューだけでは困る・・・
塾のほうでは 塾だけの力では 力不足 学校もできれば 口話の学校へ転校を
考えるように言われました。
あまりにも 両極端な方針に悩んでいます。どうしたらいいのか 現在 考えがまとまらずに
混乱しています。
「手話は、いつでも獲得できる」と思っている教育関係者が、圧倒的に多いですね。
(ひどいのになると「日本語をきちんと獲得しないと、きちんとした手話も出来ない」と
のたまうセンセもみえる。難聴学級の教師に多いタイプ。こんなのはとりあえず「問題外」。)
「手話も大事だけど、日本語も大事だ」と仰る。その通り!コチラも日本語は大切だと思って
いる。でも「○○も大事だけど、●●も」というレトリックは、○○を結局のところ大事には
しない。その結果、手話は教育課程の中では採りあげられず、本人が自助努力で獲得すること
になる。
それでも聾学校にいる子供は、まだマシ。口話法の学校でも、小学部の高学年くらいになると
手話に接する機会がある。言語獲得の臨界期スレスレで手話を身につける。
でも、インテしていて手話に接する機会が遅れると、ちひねこさんの様な悩みが生ずる。
「聾者なのに、手話が自由に操れない!」
だから「インテは問題」と結論づけてここで終われば、論は簡単だが、現実はそうではない。
聾学校への就学を選択しようにも、児童数が1学年に1人いるかいないかっていう学校も多い。
これでは子供が育つ環境として好ましくないし、手話の獲得も危うくなる。
じゃあ、家庭で親が手話を覚えて、使えばいいか? うん、使わないよりは、ず〜っといい。
でも、それだけで子供が手話のネイティブになれる訳ではない。親の手話は日本手話ではなく、
この「手話のカケラ」みたいなものを子供が取り込んで日本手話化(クレオ−ル化)していく
には、日本手話の言語モデルと、もう一つ、やはり聞こえない子供の集団が必要になる。
「聾者としてありのままに育てる」って言うけれど、中核となる言語の問題を考えるとき、
事態はそう容易くない……
難しいですよね。将来を誰が決めるんだ!!なんて言うのは。
私の経験で言うと、インテすることは親が決めました。私の性格、行動を見たうえで決めた
という事ですから、やはり小さいときの進路は親が決めていいと思います。ただ、子供の視
点に立てばよいだけのことだと思います。それがね、なかなか難しいことなんですよね。
私には、当時、ろう学校を離れることがどういうことか理解は出来なかったです。
これは、親のほうに相当な覚悟がいると思うんですけど、聞こえない子供はどうしても聞こ
える世界には入れません。聞こえるという事を理解できないから入れるわけがないんです。
口話が上手いから聴者の世界でやっていけると思ったら大間違いです。ほとんどの人はも
う、仮面をつけたままやっていると思いますよ。口話が上手いと、相手には一応何を言って
いるのかは伝えられますが、逆に相手の言っていることがわかりにくいなんてもうしょっ
ちゅうです。読話のときは本当に神経を集中させて読みとっています。だから知らない間に
疲れているなんてしょっちゅうです。聴者が手話を読みとろうとするとき、とても神経を使
うでしょう?あれと似ていると思います。いつも「何を言っているんだろう、何を言ってい
るのかな」と推理しながら読みとっているのであって、決して聞き取っているわけではない
です。私はよく読み間違えて、それをそのまま言ってしまい笑われることが多いですね。ふ
ざけてるわけではなくとても本気で言ってるからよけいなんだと思うのですが。
ずっと長く普通学校で過ごしてきたけど、一度として「私は聞こえるんだ、聴者だ」って
思ったことはないです。「頑張ればみんなと同じくらいには出来るかな」と思ったことはあ
るけど。でも、それはろう者であっても出来ることだと思います。
>「声をだしてしゃべりたい、と思った時しゃべれなかったらどうするの」
逆に聞きたいです。
「手話をやりたいと思ったとき手話が出来なかったらどうするの」と
私、今この事で本当に苦しいですよ。手話がやりたい、ろう者と第一言語並みに手話を操り
たいのに出来ないんですから。聞こえないからこそ手話が必要なのに満足に出来ない。これ
につきます。
もし、私に聞こえない子供が生まれたら、絶対にろう者として育てたいと思っています。
あるがままの姿で、育てようと思っています。
「子供の将来を、親が勝手に決めてもいいのか?」
→「いいです」
子供が小さい間は、子供の将来を親が指し示してやるのは、親としての義務でもあります。
そもそも、子育てにしても教育にしても、子供の「あらゆる可能性を伸ばしてやる」ことは、
僕は不可能だと思います。もしそうしようとすれば、ピアノも、エレクト−ンも、絵も、習字
も、算盤も、バレ−も、ダンスも、○○も、△△も、ぜ〜んぶ、塾に通わせなきゃならないで
すからね。
子育ても教育も、大人の意志が反映するわけです。そういう性質のものを、「親が勝手に…」
という言い方で迫ることは、「ヤクザの脅し」と同レベルです。
こういう教師がまだ聾学校にいることを、同業者として申し訳なく思います。でも私に出来る
ことと言ったら、聴覚活用論だけでは教育論として自家撞着に陥っていることを、三重以外の
地でも訴えていくこと位ですが。
あやママさんの娘さんが通われている聾学校には、近い年齢の両親聾のお子さんはいないの
ですか? もしいたら、そういうご家族と親しくなられると、親子共々すごくいいんだけど。
>「子供の将来を、親が勝手に決めてもいいのか?」
「子供の将来を、教師が勝手に決めていいのか? 教師はこの子の将来に責任をもつのか?」
> 「声をだしてしゃべりたい、と思った時しゃべれなかったらどうするの」
「あなたの教え子で、他人が十分に聞き取れるくらいしゃべれるように成った人は
何%いるのか?」
今年も、この掲示板でいろいろと、お世話になりたいと思います。よろしくお願いします。
冬休みに入ってから、実家に帰ってましたので、年末年始の書きこみをまとめて読んでいて、
メエメエ山羊先生とちひねこさんの「ありのままに生きる」を読みながら、うんうんと
うなずいていました。
聴力130dbの娘に、補聴器をつけて、補聴効果が上がることを信じて4年間がんばって
来ました。 でもスイッチが切れていても平気でいたり、呼んで振り返る事も1度もありま
せんでした。 そうして自分からだんだん補聴器をはずすようになりました。
私達、親の考えも変わり去年の9月から学校でも、補聴器をせずに通うようになりました。
でも、聴覚口話法でがんばってきた先生にとっても「補聴器命」なんですよね。
ろう学校の、ある先生から「子供の将来を、親が勝手に決めてもいいのか?(ろう者として
育てる事)」また娘が、社会に出た時「声をだしてしゃべりたい、と思った時しゃべれな
かったらどうするの」と、言われました。(私は、そうはならないと、思ってますが)
幼稚部の先生の中には、娘がいくら手話ではなしかけても、無視する方もいますし、全く
前途多難ですが、娘が「ろう者としてありのままに育つ」ように頑張るつもりです。
ととさん。皆さん、遅くなりましたが明けましておめでとうございます。
冬休みの真っ最中で、我が家はお正月もあまり関係なく(両実家は車で15分)
子ども達にパソコンを独占されたまますごしております。
ところで、メエメエ山羊さんの、
えりさん:発音訓練関係の資料。聾教育関係では、岡辰夫、柳生浩、お二人の著書がお勧めで
す。わが家の本棚を探したのですが、残念ながら(ラッキ−なことに)見つかりま
せん。お二人とも顔を思い出しただけで、私は気分が悪くなるのです。著者名から、
著書を検索してみてください。どうしてもということであれば、DMください。
調べてみます。
…という事に関連して、私の手元にも実はいろいろな資料があるのですが、
柳生浩さんの「だれでもできる発音・発語指導」(湘南出版社)…こういうのもあります。
実は、私はこれを買っただけで埃まみれになって本棚に眠らせていました。
少しくたびれていますが、眺めただけで使っていませんのでお譲りしてもいいです。先着1名様。(^^ゞ
しかし同著者の「わかりやすい言語指導」(湘南出版社)は、
赤線引いたり、付箋を貼ったりして、私のバイブル的存在になっております。
内容は、言語力ののばし方で、聴覚口話法に限らず、モノと言葉のマッチングから、書記日本語の
獲得までヒントになることがたくさん書かれていると思います。
いつか、ご存じない方にお知らせしたいと思っていましたので、ちょうど良かったです。
それでは、本年もよろしくお願いいたします。
皆さん、いろいろのレスありがとうございます。
まだ研究室で、聴覚障害者の発音についての論文(というか解説)を書くため、いろいろと
インターネットをうろうろしております。う、いいかげん帰りたいけど、電話代の
請求がこあいので、学校でやってます。
碧さん>
確かにいろいろありますね…。
私も親に補聴器を強要されて、いやな思いをしたことがあります。
自分が本当に必要だと思って使うのならまた違うのですが…。
私の場合、補聴器は、小さいころは、うるさいだけで意味をなさない機械でした。
だから、つけるのもいやだったんですけど
<当時は、箱型の補聴器だったんです。
小学校5年生になって、耳掛方の補聴器に変わったときに、 世界が変わりました。
いろいろな音が聞こえるようになって、それから、周りの音に関心を持つようになったのでした。
なんでこんなに変わったのか分からないのですが、、、、。
それから、耳を使うようになって、今にいたってます。
ちなみに聴力も、耳を使うようになってから、コンスタントに95~105台になりました。
前は110台だったんですけど…。
今年もよろしくお願いいたします。
2−4日とスキ−に行って来ました。40歳近くなってから始めたスキ−ですが、10年以上
やっても、パラレルから上達しません。
けいふ〜さん:「酒飲み親父」では負けません。スキ−宿でも、私はしっかり飲んできました。
昨夜は、深夜に帰宅してからウイスキ−のボトル半分。今日は疲れと二日酔いで、昼まで寝て
ました。税金で食べさせてもらっている公務員としては、国民の皆様に申し訳なく思っていま
す(ホントかね?)。
みきさん:骨に刺激を与えて音を認知させるとかいう機械、きっと骨導原理を利用したモノで
すね。ヘッドホンタイプのものとしては、NTTの「ライブホン」というのがわが国にもあり
ます。この骨導原理を利用したモノは、「聞こえない人にも聞こえる!」みたいな言われ方が
よくされています。NTTも「高度難聴の人も音楽が楽しめる」なんて言ってます。でも、要
注意。はっきり言って、ウソです。骨導原理は、頭蓋骨に振動を与えると蝸牛のリンパ液が振
動するので「聞こえる」訳ですが、蝸牛の聴細胞に疾患をもつ感音難聴の場合は、効果があり
ません。骨導の効果があるのは、伝音難聴(60dBHL以下)に限られます。本校(三重聾)
の生徒も、「スピ−ド」の「ライブホン・コンサ−ト」にお招き頂いて、確かに「楽しんで」
来ましたが、それはあくまでも目で楽しんできたわけですネ。NTTさん、ありがとうござい
ました。
ととさん:「補聴器、命」の親御さんの心理を利用して、手話の必要性を訴えている山羊で〜
す。何度もお子さんの聴力検査をやってあげて、補聴器フィッティングをしつこいくらい繰り
返します。やはりこれをしないと、親御さんには手話について肯定的な姿勢にはなってもらえ
ませんからネ。聴覚活用には「無限の可能性はナイ」ことを親御さんに早く悟って欲しくて、
本校で聴覚管理部長をやっているワケです。
(田中先生の論文のコピ−、明日、投函しますね。)
えりさん:発音訓練関係の資料。聾教育関係では、岡辰夫、柳生浩、お二人の著書がお勧めで
す。わが家の本棚を探したのですが、残念ながら(ラッキ−なことに)見つかりません。お二
人とも顔を思い出しただけで、私は気分が悪くなるのです。著者名から、著書を検索してみて
ください。どうしてもということであれば、DMください。調べてみます。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
元旦から飲み続けております。昨日もAM2時まで飲んでました。
もう仕事をしている方も大勢いるというのにお恥ずかしいかぎりで・・・・
こんな酒飲み親父ではありますが本年もどうぞよろしく。
早速のレス、どうもありがとうございます。
>「声が下手でももういいもん」と言ったら「そんなことではダメよ!」と言うような母です
>から、言っていません。読話も頑張って読みとれ!と言うほうですから、正直言うと手話に
>なれてしまうと辛いですね、そう言われるのは。
厳しい親なんでしょうか。うちの親も近いのかも・・・
手話を使う事にもいい顔しない親ですから。特に父が・・・。
久しぶりに実家に帰る度に発音が悪くなっていると「そら見たことか!手話使うからだ!」
っていう人なんですし。あと「耳も使わないからだ」とも(ーー;
自分の声でさえ判別できない位なのに。
おっと、今の聴力は・・・
昔は機械関係?でdB度が違って来るらしいが、当時では左右90dB程度、
最近では左スケールアウト、右は100〜110を行ったり来たり。
今はもう検査してない・・・。体調によって狂いが出るんですよね。
左がスケールアウトってのも怪しいし(^^;
ある時では左が良く、右がすごく悪いって言われた事もある位だし。
(過去のログでも出てたような・・・他の人と内容がタブっていたらごめんなさい)
でも補聴器を取った今、聴力に対してはもう何も気にならないし、
それがどうした?って思っちゃう。
>バリバリの聴覚口話で頑張って来た親にとっては、“補聴器 命”的な事ってありますね。
何が親たちをそうさせてしまったのでしょう??
時代背景を考えるとそうぜさるを得ないのかもしれませんが・・・
>同世代や、後輩に手話の大切さを話す時、そこに先輩が居ると難しいですね。 あまり
>強く、手話手話と話すと、その先輩のやって来た事を全否定することになり兼ねないので
>所々に「それぞれに合った」「聴覚活用の得意な子は」などをちりばめながら話してます。
是非是非、そうしてやって下さい(^^;
昔、普通校に通うきこえない子供だけの集まり時に先輩方からの情報とかでは
もう「きこえにとって何がベストなのか?」そればかり。
電話を良く聞き取りやすくするようにするには?などなどでしたもの。
あー、これは私のいる場所ではない、と消えた1人でしたから。
>補聴器は、必要か、不要か、の、議論が盛り上がってますね。
ありゃりゃ、議論吹っかけるつもりはなかったんですけど。
私もケースバイケースです。必要な人には必要ですから。
ただ、親の方では強要をしないで欲しい、そして現実をみて!と言いたいのです。
もう子供じゃないんだから・・・(親から見ればいつまでも子供には変わりないのですが)
完全とは言いきれないが(振動という音もあるから(^^;)
耳から入って来る音のない、静けさなここちよさもあるんですね。
では。
>ととさん
早いレスありがとうございます。
ええ、そうですよね…。あたしもそう思うんですよ。
あまり効果は無いでしょうね。ベテランの方が各個人に合わせて指導するのが一番だろうと
思います。
ちなみに私の場合は大阪の聾学校幼稚部卒なんですけど、そういう装置は全然使ってなかったと
思います。
卒論のテーマは私が決めるのではなく、先生から有無を言わさずもらってしまうんで、
全く聴覚障害者と接したことも無い(私が初めて…)健聴者が考えたテーマなんで
とりあえずなにが何でも発音訓練関係(って言っても人間対人間の簡単な奴でいいんです)
の資料を手に入れないことには卒業がやばいかも…(^−^;ということなんで…。
まぁ、そういうしりょうがあって心当たりがあれば、、、、と思って書き込みしました。
さて。
補聴器は、必要か、不要か、の、議論が盛り上がってますね。
私はケースバイケースです。
聴力は、右103、左93ですが、小さいころは110くらいでした。
私の場合は親の目は気にしないというか、親元を離れているので
どっちでも分からないですね。
でも、そういうことではなくて、自分にとってどちらが便利かということが重要だと思います。
今、健聴者と一緒に大学に通って、(そしてこれからは社会に出ていっしょに働いて)
いる以上は、どうしても健聴者とのコミュニケーションが必要ですよね。
私の場合は補聴器があったほうがいい(耳も使ってるんで…)んで補聴器してます。
でも疲れたときとか、耳を休ませたいときは、外してます。
どういう方法が一番いいか分からないんだけど、手話よりも口話が達者な私にとっては
やっぱり補聴器は必要です。
周りのろう者からは、手話をするときに口話がでていて、耳障りだって言われたりとか、
いろいろ言われるんですけどねぇ。。。。難しいもんです。土地によって考え方も違いますね。
びっくりしました〜〜〜。
お久しぶりです。
相変わらず盛り上がっていますね。
私は新しい世界を求めてMLの世界を漂っております。
このHPは覗きに立ち寄っていますが、カキコに手が出なくなった。
このHPの一番の魅力はかって聞こえない子だった人たちのカキコではないだろうか。
ととさんがいうところの「本人」は拡大解釈をしないと、彼らは浮かばれない。
前向きな聞こえない子の親は、そういう彼らに我が子の将来を重ねてみておられよう。
別な言い方をすると、応援団がまったく登場しなかったら、どう?
実際は、かって聞こえない子だった人の続々と登場されている。けっこうです。
後からやってくる後輩のために応援団はもっともっと発言しよう。
それでは再見。
ようこそ、えりさん。
発音訓練関係の資料ですかぁ〜。 昔は結構私も探していたのですが、最近はとんと
していないもので・・・。
発声発語訓練装置としては、古くは、学研のものがあります。(これが、えりさんが
使っていたものだと思います)今は製造中止らしいです。 他には、パソコンを使った
松下の装置があります。これも古いのですが、作った人の話では、儲けがないので、何時
中止になってもおかしくないと2年ほど前に話していました。 松下のHPの中にも
僅かにふれている程度でした。
富士通の子会社「ANIMO」が出している、失語症リハビリテーション支援システム
“花鼓”があります。(もう知っているかな?)
http://www.animo.co.jp/animo_hana.html
富士通も以前は松下と同じようなものを作っていたのですが、今はありません。
えりさんには、申し訳ないのですが、私が使った感想は・・・効果なし でした。
きっと、花鼓みたいに失語症や、中途失聴のリハビリには効果があるのでしょうが、
言語獲得期前の失聴児に対しては、?????です。 使いこなすには幼すぎるし、使い
こなせる年齢になる頃に使うには遅すぎる、と。もっとソフトを使いやすくすれば・・・
ウ〜ム、やはり難しいですね。 発語させようとするには、各個人に合せたやり方がある
ので、ベテランの指導者に優るものはないようです。
ようこそ、碧さん。
音の話、ありがとうございます。 補聴器による、うるさい音ばかりの時には気付かな
かった微妙な振動が感じられるようになったということなのでしょうか。 なんとなく
わかるような気がします。 最終的には、そちらの方が大切になるのかな? とも思って
います。
> 会う度に「補聴器は?なんでつけないの?」とばかり。
バリバリの聴覚口話で頑張って来た親にとっては、“補聴器 命”的な事ってありますね。
親の会の諸先輩方と話す時も「補聴器なんていらない」とは話し難い雰囲気があります。
同世代や、後輩に手話の大切さを話す時、そこに先輩が居ると難しいですね。 あまり
強く、手話手話と話すと、その先輩のやって来た事を全否定することになり兼ねないので
所々に「それぞれに合った」「聴覚活用の得意な子は」などをちりばめながら話してます。
今、しょうちゃんが、学校以外で補聴器をつけるのは、「この子は聞こえません」って
回りの人にわかってもらう為だけにつけているような状態です。
(親も変われば変わるもんだ!)
これからもよろしくお願いします。
ようこそ、Tabeさん。
> ととさんとはあちらこちらでお会いしていますが、いつも挨拶程度ですね。
ですね。 次はじっくりとお話がしたいですね。
> 年も改まったことですし、時々はカキコしてみたいと思い、まずははじめましてと
> いったところです。
ここが“親”“本人”“先生”の三者がそれぞれの立場で話し合う場となってくれれば、
いいなと思っています。 今の所、先生の参加が少ないので、よろしくお願いします。
しょうちゃんはゾイドにはまっているのですが、親もプラモデル世代なもので、ついつい
手を出したくなります。 そこをグッとこらえて、間違うまで本人にさせるのですが、
間違った後の修復は大変なんですよね。(仕方ないですが) それにしても最近のプラモ
よく出来てますね。動きがリアルですし、接着剤を使わなくて出来るように工夫がなされ
ていて、驚きました。
はい。今年の正月ははっきり言って寝正月でした。
だけど、知り合いのろう者の家に招いてもらい、おばあちゃん方の手話をたっぷり見てまい
りました。おばあちゃん方の会話はとてもテンポがよく、昔のことをすっごく細かく覚えて
いるのです。年をお尋ねしたら一番上が87歳、次が74歳、そして73歳という事でした。でも
元気いっぱいに止まることなくおしゃべりしているのでした。
手話が言語であるという事を実感させられたときでした
そして、もう一つ。これは1/1に6チャンネルで「プロスポーツマンNO1選手権」でケイ
ン・コスギさんが優勝したとき、彼は感極まって、日本語ではなく英語で話してしまったの
です。彼の第一言語は英語で、やはりネイティブですから、いつも会話とか思考は英語なの
だろうと思います。日本語をしゃべるときは英語を頭の中で翻訳してからしゃべっているの
かなぁ?と思いました。どちらにしろ、自分の気持ちを素直に表すとしたら自然と第一言語
でしゃべると思うんですよね。手話も同じかな?第一言語のほうが分かりやすいのは当然ですね。
おもしろいことがありました。
手話サークルの友達(聴者です)と話していて、「ろう者はどうして3分間スピーチを突然
頼まれても困ることなく手話で表現できるの?」という話題になりました。聴者の場合、そ
の様なスピーチを頼まれたら動きが止まって、しどろもどろになると言うことでした。
それを聞いていたほかのろう者や私はこう言いました「あのね、ろう者が考えることなく手
話でスピーチ表現できるのは当たり前だよ。あなた達が口でしゃべるとき何も考えずに3分
間しゃべれるのと同じだよ」
質問した友達は、「私ってバカだ。当たり前のこと聞いちゃった・・・」と落ち込んでいま
したが、こういう当たり前のことがなかなか分かり合えないんですよね。
手話は言語であるという当たり前のことが、なかなか聴者には認識できないものかな?と思
いました。
そして、これは碧さんへのレスです。
補聴器を外していることについて親は知っているか?ということですが、知りません。
「声が下手でももういいもん」と言ったら「そんなことではダメよ!」と言うような母です
から、言っていません。読話も頑張って読みとれ!と言うほうですから、正直言うと手話に
なれてしまうと辛いですね、そう言われるのは。
でも、厳しく言わせてもらうと、聞こえる人に近づいて欲しいというのは聞こえる親の願望
であって、聞こえない子供は自然と聞こえない世界に生きているし、戻っていくと思うんで
すよ。もちろん、うちの親がやってきたことは悪いとは思っていません。むしろ感謝してい
るくらいですが、もうそろそろ聞こえない世界に帰りたがってる私を認めて欲しいなと言う
気持ちはありますね。
今は親元を離れて一人暮らしですが、補聴器は仕事以外は全然付けていません。
あるろう者は、「補聴器は一応つけているけどスイッチは切っている」そうです。車のこと
もあって、一応使っているふりをしているんだそう。
たぶん、私もそうするでしょう。親の前では付けています。
いつかはきちんと説明して分かってもらうつもりです。
新年早々長い書き込みになってしまってごめんなさい。では。
あけましておめでとうございます。
聴覚障害者とか、発音の訓練関係のHPを検索していたら、ここにたどり着きました。
私も生まれつき聞こえなくて、聾学校の幼稚部を経て、後はインテグレートしました。
今は大学の卒業研究で追い込みです。
掲示板を読ませてもらったのですが、うん、分かる、分かる〜〜〜みたいな
感じです(^-^)
人工内耳がかなり普及してきているのに驚きました。
話は元に戻って、何で、発音訓練の資料を探しているかというと、
卒業研究で、聴覚障害者の発音訓練関係のソフトを作っているのですが、
<といってもまだまだ実用的ではありませんが
そのために発音訓練関係の資料がほしいのです。
私も小さいころは、訓練をしていたので、あったのですが、
もう20年近く前の話、もう、捨てられてしまっていました・・・。
というわけで、どうやったら手に入るか、お教えいただけたら幸いです。
はじめてきたのに、ぶしつけなお願いですみません。
これから、ぼちぼち、顔を出していくつもりですので、よろしくお願いします。
あけまして おめでとうございます
昨年は、ホントにお世話になりました。
まずは、新年、笑える話しを・・・。
今月末に2歳になる「ひろくん」が、夜中にもぞもぞ動いていました。
「また脱ぎ出してるー」と、布団をかけようとすると、
なんと、寝言ならぬ「寝手話」で「ちょうだいな、ちょうだいな」と
やっているじゃありませんか。もうビックリ!
何が欲しかったのでしょう。オモチャかな、お年玉かな。
みなさんも「根手話」ったこと、あります?
最近の「ひろくん」は、自分が投げたオモチャが私に当たると、
あわてて飛んできて「痛い痛い飛んでけー、ゴメンネ」と手話ってくれます。
少しずつだけど、コミュニケーションがとれるようになってきました。
これって、親にとっては、本当に嬉しいことです。
これからも、気負わず、頑張らず、自然体で「ひろくん」と接していこうと
思っていますので、みなさん、今年もよろしくお願い致します。
皆さん、初めまして。碧(あお)です。
某MLでのHP紹介時から拝見させて頂きました。
私は生まれつき聞こえませんでしたが、ろう学校幼稚部を経て地元の普通校を卒業、
今は会社につとめ、?年です。
ところで、ずいぶん古いほうですが、
>で、最近のしょうちゃんの話題。 冬休みになって、ほとんど補聴器を付けていません。
>その時に「今、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、と聞こえた」と言うのです。 きっと音にでは
>なく、振動やそのイメージで言っているのだとは思いますが、これが、聞こえない人が
>持っている「音」なのかな? と思っています。 音を聞かせようとしていた頃には、
>決して自分から「聞こえた」なんて言わなかった子です。 それが、聞く事を強制しなく
>なった今ごろ「聞こえる」と言うのも面白いものです。
これ、私にも良く分かります。気が付いた時から補聴器をつけていたけど、2年前に
あるきっかけで補聴器を装用するのを止めました。それ以来なのでしょう、それまでまったく
気付かなかった音が振動となって身体に伝わって来る・・・。補聴器はあまり耳に合わず
なにかしら音が入ってましたから。聞こえるほうばかりに注意がいって、振動までには
全く気付かなかったのでしょう・・・
ところで、ちひねこさん、初めまして。
補聴器を外している事、親も知っているのでしょうか? その事で何か言われませんでした??
今は親元と離れて暮らしてるのですが、私が補聴器をしていないことに気付いて以来、
会う度に「補聴器は?なんでつけないの?」とばかり。
自分にとって、補聴器は役に立たない、と充分自覚してるのに・・・
親からのみえない抑圧ってすごい疲れるわ・・・
初めてのところにグチめいてしまい、すみません。
これからもちょくちょくのぞかせていただきます、
のでよろしくお願いしますm(_ _)m。
では。
遅ればせながらの新年のご挨拶をさせていただきます。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
この最後の20世紀が戦争のない、平和な一年でありますように。
あらゆる子供達にとって、毎日が笑顔いっぱいでありますように・・・・!
新年早々、埼玉県の幸手市にお住まいの保護者からのファクスで、「最近の委員会
会議のテーマの中に、障害者に対する配慮を取り上げた内容が見られなくなってきて
いることは残念です。我が市では小学校から手話を子供達に浸透させる運動が行われ
ていますし、講演会でも五体不満足の筆者である恩師を招いて障害者への理解を学校
ぐるみで取り組んでいます。これから高校を育って社会へ出ていく子供達への真の
教育を親たちも真剣に考えましょうよ・・・」という力強いメッセージが送られてき
ました。実現にはかなりの困難が伴いますが、このような保護者が存在してくれる
ことに眠っていた頭を叩かれたような気がします。
この2000年に、音の無い世界の人達が心おきなく楽しめるTV放送局への実現を
せひお願いしたいものです。かの障害者代表としての郵政大臣に強く力を発揮しても
らいたい!! 本物か偽物か・・・命かけて頑張って欲しいところですね。
ととさんHPの繁栄と、参加される皆さん及びご家族の健康と平和を
心からお祈りいたします♪
あけましておめでとうございます。
広島ろう学校呉分校で小学部の担任をしている聴者でTabeと申します。
ととさんとはあちらこちらでお会いしていますが、いつも挨拶程度ですね。
このHPは、別のMLで紹介があった時から時々見ていましたが、ROM専門でした。
年も改まったことですし、時々はカキコしてみたいと思い、まずははじめましてと
いったところです。
みなさんのお話はとても勉強になります。
ところで、ととさん、ゾイド、わかりますよー。それくらいはちゃんと知っておかない
と新製品を買うたびに、小さな手をパタパタさせて話しかけてくる担任している子とお
話ができませんからね
では、また。
皆さんハッピーな新年を過ごされましたでしょうか? 私は1日そうそうから具合悪くダウンして
ました。 今日は大丈夫です。 昨日34インチなんて大きなテレビが運ばれてきました。 実
去年買ったものです。 大きなテレビは迫力が違いますね。 ついついテレビの前から離れられ
ず状態です。 あー明日から娘の学校が始まるってのに、、、主人が家にいるとどうしてもだら
けてしまいます。
あー今年はどんな年になるのかな? 娘の手術。。。。
3日ほど前インターネットでいろいろ人口内耳の情報を見てみました。 インプラント今はいろ
いろ種類があるんですね。 選択に迷います。 それとつい最近アメリカの方で発明されたもの
らしいですが、聾の方でも手術せずに音を認知できるものがあるとか。。。英語でちょっと理解
に苦しみましたが、要はヘッドホンのようなものを耳のところではなくて頭につけるそう、そし
て骨に刺激を与えて音を認知するようなことがかかれてありました。(さて,,,効果はどうなの
やら????)面白いもの考える人いるんですね。
皆さん今年も話し合いましょう。。私の悩みも聞いてください。
今年もよろしくお願いします。 皆さんにとって良い年になることを願っています。
みなさん、あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いします。
Y2K関連で仕事をしていた方はご苦労さまでした。 準備万端で無事切り抜けたのか、
それほど騒ぐ必要も無かったのか、不明ですが、大きなトラブルも無く、良かったですね。
私のおふくろなど、ノストラダムスとY2Kを同レベルの騒ぎと認識していたようで、
大正生れの人にとっては、そんなものなのかもしれません。
我が家の正月行事は、年越しを私の実家ですごし、一日は夕ご飯まで実家。 2日は
かかさんの実家(車で10分)で過ごし、三日は自宅から、近くの神社へ初詣。
このパターンです。 すべて近場ですませています。
昨年の正月にブツブツ言うふたりを、玩具屋に連れて行った事に(一日から開いている
所は無いだろうと思っていたのに、トイザラスが開いていて親はガックリ)味を占め
今年も、お年玉をもらった二人を連れて、玩具屋へ行くはめに。 おーくんはレゴ、
しょうちゃんはゾイド(わかるかなぁ?)のプラモデルを買い、ふたりとも真剣に組み
立てていました。 子供にはとても甘い、ととさんとかかさんでした。
コンピュータのY2K問題の対応で年末年始の対応で会社からカキコしてます。
幸いにもトラブルは発生していないので・・・もうじき家に帰れそうです。
皆さまは新年をどう迎えられましたか?
昨年はこのHPでととさんをはじめ、みなさんからの暖かいメッセージをいだだき
本当にお世話になりました。とても感謝しています。
今年は私たちの少ない経験ではありますが、少しでもメッセージが発信できればと
思っています。まだまだ新米ですが、よろしくお願い致します。
MUさんへ
2000年生まれのお子さんですね。本当におめでとうございます。
これから寒い日が続くと思います。カゼなどひかないよう気をつけてくださいね。
私は長男と次男のとき立ち会いました。今から思えばいい思い出?になっています・・?
みきさん
人工内耳の手術とケア・・・がんばってください
陰ながら応援しています。
では。
あいにくの天候(雲が多い)で日の出が見られませんでした。皆さまはいかがでしたか?
それでも産まれてくる赤ちゃんのためにお手を合わせてきました。
ではでは、よいお年をむかえますように。
皆様お元気で2000年をお迎えのことと思います。
明けましておめでとうございます。
このHPに出会えたこと、そして、ここで無事に新年を迎えられたことに安堵し感謝しております。
この、記念すべき年が、皆様の より素晴らしい年になります様 心よりお祈り致します。
今年もよろしくお願い致します。